ある傭兵の独り言
釣りをしていたら妙なものがヒットしたので、一瞬捨ててしまおうと思いました。
けれど中を開けてみればどこかで見た顔がいて、何やら深刻そうだったし
二人まとめて引きずり出して我が家に運ぶことにする。
もう10年以上昔の話だ、この子に出会ったのは。
その頃は既に身体の限界を感じていて、傭兵稼業から身を引こうと考えていた時期だった。
そんなある日、モリュウにある自宅に帰る途中で泣きべそをかいている女の子を林の中で見つけたのだ。
正直面倒だたけど、このまま放っておいてモンスターや野盗に襲われでもしたら後味も悪い。
と思っていた矢先のこと、血に飢えたモンスター共が子供の肉を狙って襲いかかってきた。
これも乗りかかった船だと刀を抜いて応戦する。
まあ敵わないと知るや蜘蛛の子を散らすように逃げていったけれど。
で、振り返ってみれば、なぜか瞳をキラキラと輝かせながらあたしを見ている子供が。
ああ、本当に面倒だな、と心底脱力した。
この子はあまり自分に興味がないようだった。
巣立った後も、この子の情報は伝わってきていたのだ。
なんせこの子が利用する情報屋のほとんどが、あたしの紹介であったからだ。
元傭兵仲間だったり、その他いろいろの人脈。
そういうわけで、彼女の素行はそれなりに知っている。
拍車がかかったのは、姉と慕っていた女性が殺された直後のこと。
だから、久し振りに会った時には大層驚いたものだ。
心配してくれる仲間を見つけたらしい、表情が人が変わったように柔らかくなっていた。
下世話な話かもしれないが、やはり恋をすると変わるもんだ。
そういう浮いた話はとんと聞かなかったもんだから。
だから早く目を覚まして、あの少年に笑いかけてやりなよ。
このバカ弟子め。
とある女性の独り言
自分がいなくなったせいで、大切な人たちが荒れてしまったり笑わなくなったりしたら
それはとても悲しいことだと思う。
今でこそ落ち着いてくれたみたいだけれど、その当時は私も本当に辛かった。
彼は毎日毎日報復のことしか考えていなかったし、もう一人は辛いあまりに自分への
執着というものが極端に薄れてしまった。
悲しまないで、泣かないで、そんなことは言えるはずもない。
ただ自棄になってほしくはなかった。
誰だって大切な人には幸せに笑っていてほしいものでしょう。
けれどそれが叶わなかった事がとても哀しかったこと、今でもはっきりと覚えている。
それから私はしばらくの間、疲れのせいか眠りについていたらしい。
次に声が聞こえたのは大分時間が経ってからのことだ。
"果たさなきゃ前に進めないんだ"
その声にハッとなって、彼らの様子をそっと覗いてみる。
笑ってはいなかったけれど、二人とも胸の中のつかえが取れたのか、すっきりした
表情に変わっていた。
私がここに来た原因となった人は、また違う場所へと送られることになったらしい。
それは手放しで喜べるようなことではないけれど、何より私は二人が前向きに
生きてくれるようになったことが何よりも嬉しかった。
ねえ、お寝坊さん?
あなたを一番想ってくれる人は前を向いて進んでいるわよ。
だから早く安心させてあげなさいな。
とある剣に宿る意識の独り言
彼女に初めて出会ったとき何を思ったかと言うと、実は特に何も思わなかったんだ。
どうせすぐに坊ちゃんの我儘っぷりに疲れてしまうだろうと思っていたから。
・・・僕はもう慣れていたから平気だけど。
まあそういうわけで何の興味もなかったんだ。
けれど僕の声が聞こえるとわかった途端、彼女への興味がむくむくと膨れあがっていった。
この16年間、坊ちゃんとしか話す機会もなかったから何だか新鮮だったな。
坊ちゃんは彼女のことが気に入らなくて仕方がなかったみたいだったから
僕らが話をするのはとても短い時間だったけれど。
話せば話すほど彼女は少し変わっているなあ、とよくそう思った。
でもそれは単に育った環境が違うからなだけで、大半の部分は至って普通だったと思う。
・・・いやでも刀を持っていた時点で"普通"ではなかったのかな・・・。
僕は彼女と話していると楽しかった。
彼女の話の内容は、ほとんどが故郷モリュウやシデンであった事柄だ。
文化だとか習慣だとか、親しい人の話だとかお客さん愚痴なんかもあったな。
そのうち坊ちゃんも彼女と話すようになって、僕は内心ホッとしていた。
頑なに大切な人はただ一人だと決めつけていた坊ちゃんが、もしかしたらこのまま
心を開いていってくれるんじゃないかって。
そして僕の期待通りになった。
二人は次第に距離を縮み始めていったんだ。
坊ちゃんは認めようとはしなかったけれどね。
でも今は違う。
坊ちゃんは自分と向かい合って生きている。
自分への憎しみも、誰かへの想いも認めているんだ。
だからいい加減起きてくれないと僕も安心して眠れないんだよ。
坊ちゃんがずっと待ってる。
ああ、僕のことは気にしなくていいよ。
だってそういう―――――――――――
最近夢を見てばかりだ、と何度目かわからない気だるい覚醒。
そしてこれもまた何度目かわからない知らない天井。
しかし目は開いてはいいけれど、何故か全く身体に力が入らず起き上がることも難しい。
どうしようもないので、彼女はまた目を閉じる。
「さて、と。次は洗濯ね。」
朝から忙しなく家事を卒なくこなすのも一苦労だ。
洗濯が終われば次は子供たちの昼食の準備、それが終われば買出し、帰ってからは
乾いた洗濯ものを取り込んで、その次はもう色々。
孤児院経営は想像以上にハードなものであった。
けれど夫となったスタンの支えもあり何とかうまくやっていた。
洗濯物を干し終えたルーティが階下に下りていくと、ある部屋の前で佇んでいるスタンの姿があった。
「スタン?どうかした?」
「ああ、いや・・・。ふと、さ・・・もう一年以上もなあ、って思ってさ・・・。」
「・・・・・・。」
あの事件からもう一年以上が過ぎていた。
スタンは部屋の前で思いを馳せる。
楽しかったこと、辛かったこと、悲しかったこと、嬉しかったこと。
色んなことがあったけれど、何より嬉しかったことといえば
リオンが戻ってきてくれた事だった。
正にダイクロフトへと乗り込もうとしていた時、リオンが息を切らせながら戻ってきてくれたのだ。
あの時の嬉しさといったらもう、言葉ではとても言い表せない。
マリアンを助けたいんだと訴える彼との間にはもう以前の壁は感じられなかった。
ただ、のことを聞いたら表情は曇ってしまったけれど。
「っとと、のんびりしてる場合じゃないな。もう昼かぁ・・・みんな腹空かせてるなぁ。」
「・・・そうね、ウチは子沢山ですから。」
「ははっ。」
そうしてその場から離れようとすると、スタンがピタリとその足を止める。
「なに、どうしたの?」
「いや・・・今、なんか音がしたような・・・。」
「そ、そんな訳ないじゃない。あの子はずっと・・・。」
しばらく黙って顔を見合せていた二人だったが、やがて意を決したようにその部屋の扉を開けた。
が眠り続けてから、もう一年にもなる。
どの医者に診せてもわからない、前例がないの一点張り。
ただ言えることは健康にはそれほど影響がなく、本当にただ眠っているだけだということだ。
しばらくは彼女の師であるベルのところにいたのだが、静かな島よりも賑やかな孤児院の方が
目も覚めやすいかもしれない、という意見から彼女はクレスタの孤児院に移されたのだった。
そしてリオンもまた、こちらへと身を寄せていた。
まだまだ風あたりは強い。
ミクトランと倒したとはいえ、リオンはスタン達とは違い一時でもヒューゴを乗っ取った彼に
加担していたのだから。
彼はせめてもの償いだと、ヒューゴ邸の全私財をなげうちダリルシェイドの復興に尽力している。
スタンとルーティは結婚して、クレスタの孤児院を引き継いでいる。
ウッドロウは王に即位し、フィリアは相変わらずストレイライズにこもって
研究三昧な日々を送っているらしい。
そしてマリアンもまた自分の道を歩み始めていた。
「エミリオ。」
「ああ、マリアン。まだ帰ってなかったのか。暗くなってきたからそろそろ・・・。」
「ふふ、エミリオは本当に心配症ね。」
彼女は今もダリルシェイドに残り、復興を手伝っている。
食べ物を人々に配ったり、色んな相談を受けたり、子どもたちの面倒を見たりと忙しいようだ。
心なしか以前よりもよく笑うようになったような気がするのは、大切な人間ができたおかげだろう。
彼女からそのことを聞いた時、あれほど自分の中でのたうち回っていた嫉妬心はほとんど
消え去っていることに気がついた。
確かに複雑な気持ちにはなるものの、それよりも祝福したいという気持ちの方が強いのだ。
マリアンが幸せを感じてくれるのなら、それだけで良い。
だがそんなリオンにもただ一つだけ問題を抱えていた。
それは―――・・・。
「・・・は・・・相変わらず・・・?」
「ああ、・・・眠ったままだよ。」
「早く起きてくれるといいわね・・・。」
マリアンも何度かクレスタへと見舞いへと行ったことがある。
優しく呼びかけてもピクリとも動かない彼女に随分と心を痛めていた。
リオンが唯一気がかりなことは、いまだに眠り続けているのことだ。
目覚める可能性もあればその逆も然り、このままずっと眠り続ける可能性もゼロではない。
彼なりに色々な方法を模索しているものの、手がかり一つ掴めなかった。
片っぱしから医者を探してみたり、書物を読みあさってみたり。
ただ一つ引っかかっていることはあるけれど、それを口にした彼はもういない。
ソーディアンはもうこの世には存在しないのだ。
「エミリオ・・・?」
「いや、何でもない。・・・そろそろ帰るよ。」
「そう・・・。またお見舞いに行くわね。」
「ああ。ありがとう、マリアン。」
以前では考えられないような柔らかい笑みを浮かべて、リオンは彼女に背を向けた。
そんな彼の背を見送るマリアンの表情はとても穏やかで、それはまるで巣立つわが子を
見送るような、そんな表情だった。
クレスタへ戻ると、何やらいつもよりも少し騒がしい。
どうやらその中心には孤児院らしく、リオンは自然と歩みが速くなる。
「エミリオ帰ってきた!ルーティかあさーん!」
孤児院が見えてきたところで、入口にいた2〜3人の子供たちが彼を見るなり
中へと慌てて走っていった。
不思議に思いながらも、けれどどこか妙な胸騒ぎがする。
とにかく大人を探そうと歩を進めた時だった。
「エミリオ!遅いじゃないか!待ちくたびれたんだぞ!」
物凄い勢いで中から出てきたのは、何故か満面の笑顔のスタンだ。
いまだ困惑しているリオンの腕を、スタンはぐいぐいと遠慮なく引っ張っていく。
「な、何なんだ一体・・・。」
「いいからいいから!」
どうやら今は聞いても無駄らしい。
彼は諦めてそのままされるがままにい連行されていった。
だがやがて、そこに近づくにつれ彼の表情は段々と硬くなっていく。
そして、やはりスタンはその部屋の前でピタリと止まり、扉をノックする。
返事などあるはずが、とリオンが口を開こうとしたときだった。
「――――――・・・エミリオ?」
それは、彼が一番聞きたかった声。
この一年、何度この部屋を訪れて何度呼びかけただろう。
何度呼びかけても眠ったままの彼女からの返事などなくて。
けれど今、その彼女が名を呼んでくれた。
あまりにも非現実的な気がして、言葉が何も出て来ない。
もしかして、都合の良い夢でも見ているのでしゃないか、幻なのではないか
すぐに消えてしまうのではないか。
すっかり困惑してしまっているエミリオの背中を、スタンは少々乱暴に押して
部屋の中へと促した。
そろそろ痺れを切らしているらしい。
「ほら、突っ立ってないでこっち来なさいよ。」
そう言うのはベッドの傍に座っているルーティだ。
「今一通りのこと説明してたとこ。詳しいことはアンタに任せるわ。あたしは
お昼の用意しなきゃいけないしね。」
「っあー・・・オレも用事がいろいろとあるんだよなー。」
ルーティはともかく、スタンのは誰が聞いてもわかるぐらいの棒読みだ。
二人は笑顔でエミリオの肩をポンと叩く。
「忙しいんだね、二人とも。」
「は大人しくそこにいなさいよ。後で何か軽いもの持ってきてあげるから。」
「ああ、ありがとう。」
そしてスタンとルーティは口を揃えて、ごゆっくり、と言い残して部屋を出ていった。
「ようやく落ち着くわねー。」
「ああ。」
部屋を出た二人は心底ホッとしたように溜息をつく。
「この一年、気の休まる事も少なかっただろうからなぁ・・・エミリオ。」
「無理もないといえば無理もないんだけどね・・・。ま、あの子が起きてくれたんなら
良い方に進むでしょ、きっと。」
「だな。」
今までずっと気を張り詰めて生きてきたのだから、もうそろそろ心安らかに過ごしてもいいはずだ。
二人はそう思っている。
一方、残された方はというと――――。
「えーと・・・エミリオ?でいいのかな。」
「あ、ああ・・・それで、いい。・・・そう、呼んでくれ・・・。」
その名で呼んでもらえる事をずっと待っていた。
思考がまだどこかぼんやりとしているので、あまり実感がわかないけれど
どくりと彼の心が震える。
名を呼ばれるだけで、どうしてこんなに心が震えるのだろう。
「エミリオ。」
「・・・っ!なっ、何でもない。そそれより・・・ど、どこまで聞かされた?」
あまりの動揺っぷりには不思議に思ったけれど、きっと彼にもいろいろとあるのだろうと
敢えて何も聞かないことにした。
「どこまでというか・・・断片的にしか聞いてないんだ。君が戻ってきてくれたとか
ヒューゴがヒューゴでなかったとか、あれから一年ちょっと経ったとか・・・。
・・・一年・・・。」
何やらどんよりしている。
「・・・余計に混乱するだけだな・・・、わかった。僕が順を追って説明してやる。」
「お願いします・・・。」
ようやく元の調子を何とか取り戻したエミリオは、くすりと笑って話を始めた。
BACK TOP NEXT
―――――――――――――――
ほのぼのなカンジで。
長くなりそうだったので一旦切ります。
細かいツッコミはこの際ナシということで!(笑)
引っ張ってきた名前もとりあえず消化。
平和な雰囲気が伝われば幸い。