Sound [音]を向上させる秘策 HOME↑

ヴァイオリンの音を、少しでもよくするいろいろな工夫が、
過去から現在まで、多くの先人たちによって、延々と続けられてきました。

その中から、ユニークでおもしろいもの、試して損のないようなものを取り上げ、
筆者の推論や、考察などをまじえて記述しました。

いずれも長文ですが、どうぞ、「お気に入り」にでも入れていただき、オフラインで、ごゆっくりお読み下さい。

◇ サパールの実験(台形のボディ)
◇ 『ヘソ』のあるヴァイオリンの話とその検証
◇ 糸川博士の試み〜E線側にもバスバー?
◇ 駒の改造による音色の向上
◇ 映画『愛を奏でる女』の話
◇ 映画『カミーラ』の話
◇ アニメ『星空のバイオリン』の話
◇ 映画『レッドヴァイオリン』の話
◇ その他の秘策を検証

 ◇ 糸川英夫博士のこと 

1999年の2月、宇宙工学、物理学で著名な糸川英夫博士が亡くなりました。

博士は、ご自身の趣味でもチェロを弾き、ヴァイオリンについても研究していたことは、 よくテレビのトーク番組などでも語っていたところです。

そして、ずいぶん昔から自身のもつ理化学的な解析力や、洞察力をもって、 ストラドを越す理想のヴァイオリンを設計するのだと豪語していたことも、筆者は記憶しています。

博士は45年の歳月をかけてその論文をまとめ、製作者N氏の協力もあり「ヒデオ・イトカワ号」を完成させました。

1995年3月、そのヴァイオリンでアメリカの特許(No.5396822)をとった、と書かれています。

また、その楽器で演奏会が開催されたりCDも発売されたといいますが、その結果や論評、もしくは具体的な製作方法については、 いまだに国内の業界や全世界に普及していません。


 ○ E線側にも別のバス・バー 

1992年に発行された博士の著書『80歳のアリア・45年かけてつくったバイオリン物語』によると、 過去の誰も思いつかなかった、E線側にも別のバス・バーがつけられていたといいます。

それを巨匠・メニューヘンが「E線の音がよくでるね」と評したそうです。

どのような形状、大きさ、場所など定かでありませんが、バス・バーは、元来、ブリッジ(駒)の響板に対する弦の圧力を広く分散させる役目と同時に、ギターのバス・バーやファンのように、表板の中心部を厚くすることで、振動しやすい効果を果たすものです。(以上『楽器の辞典・ヴァイオリン』より要約)

過去、幾多あまたの制作者、科学者が同様な『音づくり』に挑戦し、丸いものや三角、ハート型、スプーン型のものまで出現したらしいのですが、そのいずれも世に出ることはありませんでした。

また、こうした奇妙きてれつなヴァイオリンについて、ヘロン・アレン著『ヴァイオリン製作・今と昔』第3部5章には、その実例と共に取り上げており、詳細を記すだけでも小冊子ができてしまうというほどあったといいます。

その多くは、発明者や制作者の苦労や努力にかかわらず、論評にあたいしないものとしていますが、その中で、唯一、 科学的根拠があり評価できるものものとして、フランスのサパール氏が1820年頃につくった、3角台形(不等辺4角形)のヴァイオリンをあげています。

私も、ヴァイオリン以外の形をしたものはヴァイオリンと認めたくはありませんが、ここに記述されているいつくかの項目に、 音づくりに対する秘策のいくつかが存在していると思われますので、あえてここに取り上げました。
  サパールの台形ヴァイオリン 

サパールは、注意深く行われた一連の実験の結果、以下のような結果を得て製作に踏み切ったという。

1. 平らな響板の方が、隆起したものより振動伝達速度が速い。 

2. ヴァイオリンの表面では、振動が最小に抑えられ、あるいはほぼ止まってしまう場所が何カ所か生じる。

3. 3カ所のバウツ(上下の幅がいちばん膨らんだところと、中央のいちばんくびれたところ)やコーナーのブロック、f字孔はこの振動減りの場所を引き起こす主な原因、としいてる。

表板や裏板の板はほぼ平らだが、弓が当たらないように駒を高くした分だけ少しふくらみをもたせてある。

駒が高い分、響板の圧力も増すので、それに耐える板厚を必要とし、不要な縁の部分だけを削ったとも思える
台形そのものには科学的な根拠があるのではなく、所定の内部容量を得るため、また、弓で引きやすいということである。

木の繊維を切ると、その分だけ振動の伝達の妨げになること、また、普通のヴァイオリンにおいては、膨らんだ表面が振動を妨げるのを防止する理由だけのためにf字孔にしてあることを説明し、これにまっすぐの音響孔があけられている。

その穴の正確な位置と大きさ、互いの間隔は、いくつかの実験の結果、図のようにしたとされている。

バス・バーだけは、誤った推論で中央に置かれているが、こうすれば振動が全表面にいきわたると思ったからだろう。

彼はまたあるときには、いちばん上の図のように、バス・バーを駒の下だけで表板に触れるように設置した。

これは普通に入れるより、より丈夫だということに気づいたのである。もっとも楽器の組立と調整は難しくなってしまった。

彼は同じ木でつくる側板を約2ミリの厚さにして、サイド・ライニング(表板、裏板を側板に貼るための補助材)はつけなかった。

魂柱は普通のヴァイオリンと同様、駒の後ろに立てたが、だいぶ右に寄せていた。

この新しいヴァイオリンは当時のフランス科学アカデミーの会議で認められ、その会員たちに披露された。

隣室で当時の名ヴァイオリニスト・ルウェーブル氏によってイタリアの名器と弾き比べられ、互角という結果となった。

しかし、熱狂的なフランスのアカデミーの人たちが、新しい発明や発見に、いかなる場合も最高の賛辞を惜しまぬ態度でいたのに対し、実際に音楽を楽しむ一般大衆は、彼らの意見を拒否し、歓迎しなかった点がおもしろい。

サパールの「箱フィドル」−−軽蔑をこめた別称で呼ばれていた−−は、音のセンスと科学的な原理にはのっとっていたといえる。

このモデルは、普通の形の第一級の作品に比べたら劣るとしても、普及品のミルクール産の量産品よりましだったろうと結んで、 魅力に乏しいものだが興味のある人のためにと、詳細な寸法まで記載してありました。

  へそのあるヴァイオリンの話 

ヘロン・アレンの著書第1部の製作の中に、表板の削る厚さの図に注目すべき場所があります。

駒の右足のあたり、つまり魂柱のところが周囲より少し、デベソのように盛り上がっているのです。

中央部の周辺が1/8インチ(約3.2ミリ)の厚みに対し、5/32インチ(約4ミリ)になっています。

大きさは、だいたい英国の1シリング(百年前の著書なので詳細寸法は不明)ほどの出っ張った「へそ」をつくっているのです。

ただし、これはオールド・ヴァイオリンやよくシーズニングされた(ねかされた)木であって、新作では異なるとなっています。

その効果と理由はいっさい記されていません。 しかし、このことについておもしろい記事があります。

無量塔氏の著作『ヴァイオリン』の終わりの方に書かれている、日本の黎明期のもっともすぐれた製作者であり、もっとも自作のヴァイオリンを高く売ったことで有名な宮本金八氏に関する記事です。

ミュージック・トレード誌1963年10月号に『楽しいかな楽器に生きる』 と題する特集記事中、宮本金八翁と鈴木梅雄氏(鈴木ヴァイオリン初代・政吉の長男)との『ヴァイオリン製作物語』という座談会の記事が残されています。以下はその抜粋。

ある夜、彼は夢の中で、ヴァイオリンを解体しているうちに、魂柱の立っている部分だけポコンと厚くなっている不思議な構造を発見した。

宮本は1910年から日本楽器(ヤマハの前身)の東京支社でヴァイオリンの修繕をしていた。

そして、この臍が原因でヴァイオリンが微妙に振動するだろうと思った。

6年を経過した1916年に、突然、彼はその夢を思い出し、ものは試しとその不思議なヴァイオリンを製作した。

その楽器を高階哲夫が弾いてみて賞賛し、さらにドイツ人のヴァイオリン教師であったクローン氏がそのすばらしさに驚いてこれを借り受け、このことが当時の新聞紙上で話題となったという。

これが宮本金八のヴァイオリン製作の第1号である。

この楽器は、高階哲夫が当時の金額で、大枚400円をはたいて購入している。

最初の作品がこのような巨額な金額に化けるのだから、摩訶不思議な話である。

しかし、座談会の記録として残っているのだから事実であろう。

宮本金八は、ストラディバリに匹敵する超天才であったかも知れない。

当時、普通のヴァイオリンの値段が2円ないし6円程度であったから、想像を絶する値だったに違いない。

この座談会の記録をそのまま引用する。

『その時分にロンドンのヒル商会の所有するストラディバリが30万円だということを聞いたんです。

だから、木工として、こんなおもしろいものはないなと、こう思ったんですよ。

別にそこに金やダイヤモンドを散りばめてあるわけでもなく、同じ大きさのもので、その技術のいかんによって・・・。

そうして、ピアノやオルガンは非常に耐用年数が短くて、どんなに大修理したって新しいときみたいに鳴らなくなる。

ヴァイオリンはそうやって200年以上たってもまだ使っているわけだから、木工としてこんな面白いものはない。

それで、これをなんとか研究したいなと、まぁ、わたしも強情なものですから・・・。』

彼の楽器は、当時、来日した海外の一流のヴァイオリン奏者たちに激賞された。

ジンバリスト、ハイフェッツ、クライスラー、プルメスター、エルデンコ、エルマンたちである。

また、わが国のヴァイオリン奏者の多くを育て上げたモギレフスキーも、宮本金八の楽器の熱心なファンで、 彼のヴァイオリンを愛奏したと伝えられている。

モギレフスキーは、彼の作品の40番、102番、103番の3本を所持していたという。

92歳でこの世を去るまで、ヴァイオリン270本、ビオラ30本、チェロ28本をつくったことが記録されているが、 その所存は現在のところ不明とのこと。(『楽器の辞典・ヴァイオリン』より)
 ○ へその検証 

無量塔氏の著書中、表板材質の説明の項で、[ドイツ語で「ハーゼ」という蝶が舞うように年輪がくねっているものがいい]、 と書かれています。
ハーゼは、その余分な年輪のくねりが『天然のバスバー』のような役割をしているのではないかと無量塔氏は推論しています。

しかし、このへそに関しては、その場所と大きさから同じ推論は当てはまりません。

製作者もしくは制作経験者でないと分からないことですが、直径たったの6ミリしかない魂柱をカットする際、 裏板、表板のアーチの曲線に合わせ、ぴったり納まるように、上下を正確に角度をつけて切り出すことは至難の業です。

また、丸い魂柱を立てる際、その角度をつけて切った通りの向きに、しかも定位置にちゃんとはめ込むことも大変な作業です。

つまり、魂柱の切断面すべてが両方の板に完全密着していることが、魂柱の振動の伝達という役割を的確に果たすことになるからです。

少しでもカット角度が合わなかったり、回っていたりすると、板との接点が一部だけということになる。

その結果、振動の伝達エネルギーそのものも、伝達速度も落ちてしまうことになるでしょう。

その点で、このへそ構造にするとやや水平に近いわけですから、魂柱のカットもやや水平に近くて楽だし、向きの心配もなくなります。

これは駒の脚の、響板のアーチに対するカット調整と同じで、すき間なく入っている方がいいに決まっています。

音でも熱でも、接地面積が多い方がエネルギーの伝達効率はよいはずだからです。

接地面積だけを考えるなら、魂柱の上下を、アルファベットの[I]や[T]のように、上だけ、もしくは上下に、 1センチくらいのメンコのような丸い形状のものをつければ同様の効果があるはずだと思うのです。

ただし、狭く小さいf字孔から入れなくてはならないことと、軽いことが前提になりますが。

以上は、構造的な見地で見た音質向上の具体例ですが、付属品の改良で音を向上させることも可能です。

その中で、実現が可能であり失敗が許される手軽な方法のひとつに「駒」の改良があります。

 ◇ 駒に無数の穴をあける 

この方法はアメリカで考案されたもので、今から25年ほど前に、新聞紙上で『劇的に音色が向上する』と センセーションを巻き起こしたそうです。

どんな大きさの穴をどの部分にあけるかは記載されていませんでしたが、手軽で安価な分、実験に値します。

ヴァイオリンの音色は、ブリッジ(駒)の高さ、厚さ、重さによって大きく変化します。

ヘアーピンや事務用のクリップ1本程度のものをブリッジにかませただけでも、音が小さくなります。(ミュート効果)

実際にその性質を逆利用して、同様のものを弱音器(ミュート)として、音を小さく演奏するときには使われています。

駒は、もともと弦の振動を響板に伝えるのが目的ですから、ある程度の硬さがあれば、軽い方が振動の妨げにならないでよいことは 常識的に理解できます。

だからといって「音の伝わる道筋」にあたる駒の木の繊維を、めったやたらに切ってしまうのは、いくら軽くなったとしても、 マイナスにこそなれ益にはならなくなってしまいます。

このことからも、所定の硬さ、厚さがあり、穴をあけることで音の伝達速度が落ちない、かつ、 軽くする目的を持つようなあけかたさえしてあれば、それなりの効果が期待できます。

駒の削り方については、
こちら  もしくは、こちらも参照して下さい。

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 ◇ 映画『愛を奏でる女』の話=駒の調整 

少し以前のフランス映画に『愛を奏でる女』というのがあります。

ダニエル・オットールというちょっととぼけた感じの演技派俳優が、ステェファンという中年ヴァイオリン製作者に扮し、主役です。

『美しき諍い女』で確固たる評価を受けたエマニュエル・ベアールという美人で演技派の性格女優が相手役。

そのエマニュエル・ベアールが、天才女流ヴァイオリニストという設定です。

地味な映画なので、ビデオショップや映画館で行列になったり、センセーションを沸かしたというものではありません。

しかし、ヴァイオリンと音楽、中年の恋がテーマですから、BS2で放映されたときにはしっかりビデオに収めました。

−− ヨーロッパの演奏旅行から戻った、天才ヴァイオリニストの彼女が、パリで新しいアルバムの収録をすることになった。

ところが、ヴァイオリンが思うように反応して鳴ってくれないで、いらついていた。

そして、ヴァイオリンをステファンに預け、調整してもらうことになる。

ステファンは、楽器の全体をチェックして、駒の調整にかかった。

暗いステファンの工房には、何台かのヴァイオリンや木型が吊してあったり、彼自身や弟子たちの使う工具、備品なども、背景に映し出されます。

私には、それだけでも興味深々でした。

外した響板を「締め具」で締めて貼り付ける作業や、ネックの取り付け溝の切り出しや調整。

そして、繰り小刀でブリッジを削って修整する作業もアップで映し出されました。

市販の駒は、大体の楽器に合うように脚の角度や上部の曲線など、大まかな削りになっています。

知らない人は、買ってそのまま使ってしまいますが、正しくは自分の楽器に合わせ、削って調整しなければなりません。
メーカーや作り手、楽器によって若干アーチング(曲線)も異なるので、駒を取り替えたりするときには、 ちゃんと合わせなければいけないのです。

私のレッスン仲間のK女史も、私に指摘されるまで買ったままの既製品のヴァイオリンで、駒の脚もすき間が空いた、 びっこのまま使っていたぐらいです。

右の写真は、私がカットするおおよその線を赤で入れました。
[ 削り方の詳細は、こちら を参照 ]

赤線の基準は、G線側で、指板の延長線から6、7ミリ高く、E線側で3、4ミリの高さに設定します。厚さもE線側を少し薄くしています。

もちろん、マイスター製の高額のものや高級輸入品では専門家による調整(フィッティング)がされているので、 駒の調整なんかは必要ありません。

この映画では駒の脚だけではなく、さらに余分なところをもカットするシーンも取り入れてありました。

そして、彼女に試し弾きをさせて、どうかと聞く。

彼女は熱いまなざしでステファンをみつめ、『貴方にかかると、たちどころに音をよくしてしまうのだから、天才ね』と答える。

たかが映画の1シーンですが、私にとってはひとつのヒントの啓示になりました。

原作からそうなっていたのか、監督や脚本家が挿入した状況設定場面なのかはまったく分かりません。

背景の工房や小道具、作業行程などから、かなりヴァイオリン制作業界に詳しい、 しっかりした考証担当のスタッフがいたことがうかがえるのです。

それだけに、ブリッジ調整のひとつの技法として、このシーンのような脚だけではない部分のカットも駒を軽くし、 反応のよい楽器にするためには必要なこととして受け止めたいのです。

 ◇ 映画『カミーラ』の話し 

同じヴァイオリンをテーマにした、カナダ・アメリカ合作の映画に『カミーラ』があります。 ヘンリー・フォンダの孫娘、ジュリエット・フォンダがシンガーソング・ライターの役で主役。

それに、カミーラという、昔はヴァイオリンでならしたという老女がからみます。

その老女に若いときに憧れていたという、これまた私以上の老人がヴァイオリン製作者としてでています。

そのヴァイオリン製作の手元だけのアップシーンが、老女の過去の栄光を象徴するように、ときおりサブリミナル映像のように挿入されているのです。

それが私にとっては見逃せないシーンなのです。

道具類、とくに日本では見ることができない特殊な形をしたスクレーパーや、半透明なフィルムでつくられた合わせ型など、カナダ?の制作者の片鱗を見るつもりで参考になりました。

ただ、主演女優は大好きな女優のひとりでとてもいいのですが、ストーリーと、英国の舞台女優だった老ヴァイオリニストのヴァイオリンを演奏する演技はぎこちなくていただけません。

音づくりという視点からは、直接関係はありませんが、あえて紹介しました。
 ◇ アニメ『星空のバイオリン』 

宮崎 駿監督の『耳をすませば』はあまりに有名なアニメです。

主人公の月島 雫ちゃんが出会うヴァイオリンづくりをめざす中学生・天沢聖司君。彼は、中学を卒業するとひとりクレモナに修行に出るというお話。

一方、こちらの『星空のバイオリン』はそれほど出回っていませんが、ヴァイオリンづくりをめざす人間にとっては、感動の一編です。
タイトルで見る限り、長野県中野市に在住の実在の製作者・小沢僖久二さんの伝記を原作にしたものです。

工作好きな農家の次男の主人公が、演奏会で聞いたヴァイオリンに魅せられ、独学でつくっていきます。

ストらディパリが自然の木材の性質をいかに大切にしたかを本で知り、自分の手でそのコツをつかんでいきます。

そして、材料のカエデをもとめ、新潟の山奥にまで入り、サワカエデやヤチカエデを探しまわります。

第二次大戦中、衛生兵として徴兵されますが、満州に送られ、偶然、ロシヤ人のヴァイオリニストと出会い、 あこがれていたストらディパリと初めて対面するのです。

その型を和紙にとらせてもらい、戦火の中でも肌身離さず大切に持ち帰り、生涯ヴァイオリンをつくりつづけたそうです。
 ◇ 映画『レッド・ヴァイオリン』 

残念ながら、私は田舎在住のため、近隣都市で上映された本編を見逃してしまいました。

ヴァイオリン制作者のあいだでは、赤いヴァイオリンといえば、それはストラドに代表されるクレモナのニスという意味があります。

2号機の写真にしても、私も最初の頃は「ストラドの燃えるような赤」を目指したことがあります。
しかし、この映画では、作者が亡くなった奥さんの血をニスに混ぜ、髪の毛でつくった刷毛で塗り、レッド・ヴァイオリンに仕上げました。

その後、このヴァイオリンを持つ、何代かにわたる人たちが不幸になるという、ちょっと猟奇じみたドラマです。

でも、私は見たくてたまらなく、ときおり知り合いのビデオ屋さんに、まだ出てない?と聞いたりしています。

後日、このホームページを読んで下さったEさんからビデオをお借りし、見ることができました。

バックの演奏が本物のストラドを使っていることを知り、さらに興味深く見ました。


 ◇ その他の『秘策』を検証 

さて、過日、朝日新聞の投書欄「ひととき」に陳昌絃氏という製作者の、糸川英夫博士の逝去を悼んだ記事がでていました。

その陳氏は、明治大学時代に糸川氏の「ヴァイオリンの秘密」という講演を聴いて以来、独立独歩でプロになった方のようです。

その記事の中で、とくに = 糸川氏の科学者魂と、自分の体験から培った職人魂の二刀流をもって『いくつかの法則』を解明し、 国際コンクールで金賞を受賞 =とあり、注意を引きました。

陳氏の住所は楽器の辞典・ヴァイオリン製作者名簿に載っており、一度は連絡をとってみたいと思いました。

しかし、会ったこともないプロの先生に突然の手紙などは失礼か、そして、プロは「プロ意識」が強く、また、 独立独歩でやってきた人だけに自分が培い、解明した法則があったとしても、決して見ず知らずの部外者には話すことはないだろうとも考えました。

無量塔氏の著書『ヴァイオリン』の巻末に、鈴木ヴァイオリンの初代・鈴木政吉のことが書かれています。

彼の研究の中で『済韻』という、「すべてのヴァイオリンは音質、音量が自由自在に変化改良される大発明」ということがありました。

初代・鈴木ヴァイオリンの『済韻』にしても、同社の研究員か役員にでもならないかぎり、陳氏同様、企業秘密として公にはしないはずだ、と思うのです。

そこでまず、『済韻』という名前から、中国故事のようなネーミングだけに、 その表題に匹敵するだけのなんらかの意味があるはずだと考え、その意味から広辞林で調べてみました。

ところが『済韻』という熟語はなく、やむなく一宇ずつ漢語林で引いてみました。

『済』には主な意味として=等しい、入れる、数の多い、美しい、立派、渡る、成す、済ます、などという意味があることが分かりました。

『韻』は、文字通り = ひびき、音色、調子のほか、おもむき、様子、風雅、風流、好み、趣向なども意味しています。

一見、意味ありげな名前でしたが、「美しい音にする」という内容以外のものは浮かんでこきません。

それもそうでしょう。名前から秘密や秘策がもれてはしょうがないのですから!

それから考えられることは、時代が明治から大正、昭和の初期の、日本のヴァイオリンの黎明期であり、外国の文献や情報も少なかったはずです。

現在からみればそれほど飛躍的・革新的なものではなかったのではないかと思うのです。黎明期だけに、 ひょっとしたら魂柱の太さや、その位置関係だけだったかもしれません。

古楽器の魂柱が若干細かっただけに、こうした推論も成り立つわけです。

とくに、鈴木氏は古いものからその時代までの、数多い輸入品の「修理」をあわせておこなっていたといわれていますから、 何らかの変異を見いだしたと考える方が妥当ではないでしょうか。

また、どんなものでも「自由自在に変化させられる」というし、既存のものをも変えられるということですから、 私は、『済韻』というのは、前述した魂柱とバスバーに関係すると推論しています。

魂柱のの太さや長さ、位置、それに、バスバーの長さや高さ、重さに加え、中央側に寄せるか、f字孔側に寄せるか、 または上下バウツのどのくらいの位置にするかという若干の位置のずらし。

そして、バスバーそのものの高さに対するアーチング(曲線)の取り方などを数値化・計量化したものではないかと思うのです。

また、もしそれが革新的なものであれば、鈴木ヴァイオリンはもともと市販品主流ですから、同業者や商売がたき、 修理する制作者の目に触れない訳にはいきません。

それが今現在、法則なり方法論として普及していないのは、『フィッテングの範囲』だったのではないかと私は思うのです。

同様に、表板を何グラムに仕上げ、裏板は何グラムにというように、よくいわれる単なる「響板の厚さや重さ」であったり、 ハイ・ローの「アーチングの取り方」も音には大きな影響を及ぼします。

また、「たたいた音の高さ」をデジタル周波数計で計ったり、筆者のようにヴァイオリンの調子笛で、 そのタップトーンを確認することもよく行われています。

古木の方がよく鳴るといわれていることから、白木のものを軒先に吊し、反射紫外線に暴露すること。

それを人工的に、ガングロ娘よろしく、ロッカーの中で紫外線の多いブラックライトを当てる「シーズニングやエイジング」処理。

また、原料の木をわざわざ古く見せ、古木の効果を引き出すための、過マンガン酸カリで薬品処理するようなことさえ、 よくその効果の是非がいわれます。

早計な結論、過去の名人への批判は傲慢であり、尊大だと思われるかも知れませんが、私は、つとめて事実認識をし、 自分が用いる材料と、その晩材(冬目ともいい年輪のこと)の粗密、堅さ、質量などを十分に考慮し、最適な条件に合わせて削り、 組み立てることがもっとも重要なことだと考えています。

いずれにしてもヴァイオリンはヴァイオリンであり、構造上は木を組み合わてつくっただけのものなのです。

『秘策』といっても、けして上述した三角ほどの飛躍したものではなく、それは単に技術・技法のハウ・ツー的なものと考える方が自然です。

それだけに、趣味家は趣味家らしく、『古来からの基本に忠実な形・製作』をこころがけ、その中での「音づくり」を目指す楽しみ、 「制作する喜び」を味わいながらつくることが大切だと私は思うのです。

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