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首が折れたチェロの修復 -1 |
Oct. 2007 |
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猛暑だった今年も、ようやく秋らしくなった10月の初旬、
となり町のN氏からアクセスがあった。
『一度は、ネックの根本が折れ修復したが、また、別の場所が折れてしまい、
今度は、直しを頼むにもどこに頼んだらいいのか分からず、自分で、ボンドで貼った』という。
しかし、思うようには貼れてはなく、ネックがだんだんと下がり、今は使いものにはならなくなっていた。
はっきりと様子が分からないので、一度、見てみないとはっきりしたことはいえないし、当方、趣味家であるだけに、
レッスン生程度のグレードならいいが、高級品や、名工の作ならお断りしたい、とメール。
持ち込まれたそれは、国産・大手S社のNo.71であること、生産年は19○3年だか、ゴム印の○は判読不明。
そのS社のサイトで、過去の製品ににいて品番から調べたら、1952〜 1972年の20年間につくられたもの、
それが、チェロとしては最下位の普及品であることなどが分かった。
それに、使ってある素材にしてもフレームが全くない、すっぴんのカエデ材であること、また彼自身もマンドリンやギターなど、
地元の音楽愛好会で低弦部としてチェロを演奏しているということもありそれで、安心して修復することをお受けした次第。
しかしながら、『どのようなグレードのものも、所定の調整さえすれば、練習や楽しみとしては十分使える』ことも説明。
このことは、他のページでもときおり述べているが、素材やメーカー、生産年や価格に関係なくこのヴァイオリン族の楽器は、
構造上、
ある程度の音が出せるわけだし、人生の「楽しみ」に対して、そのようなグレードは関係ない。
その上、楽器は、愛車と同様、持ち主のステータス的存在でもあり、ときには舞台にも上がる。
そのために、外観上の品位・品格も十分配慮して仕上げたいものだと、私は常々考えている。
そられは、当サイトの基本的なポリシーでもあり、私自身の、製作や修理・修復の基本概念でもある。
◇ 現状と修復の準備 | |
弦やペグ、テールピースなどのアクセサリーは一切外し、 その箇所をチェック。 よくもまぁ、首だけを二度も・・・・。 最初の割れにしても、修復程度はあまりよくない。 筋がくっきり見えていた。 二度目は、素人のオーナー自身修理だから、もっと悪い。 しかも、ボンドで貼ったもの、これはくせ者だ。 |
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テールピースの下にも割れが・・。 しかも、この角度から見てこの程度白く見えているわけだから、 当然、向こう側が高くて段差があり、割れた小口が見えているのだ。 その上、数センチのところに見られるように、全身、痩身創痍、 打ち身や打撲、きつくこすられたキズだらけ。 |
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裏から見ると、さいわいにして表板が少しずつ剥がれていた。 その時点では、このハガレを拡大してローア・バウツ程度のところまで 剥がせば、クラックの修復は楽に思えたのだ。 ついでに、エンドピンの本体付け根が、穴からズレ、 2mmほど、浮いていることをご記憶願いたい。(詳細は後述) |
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◇ ネックの「剥がし」と「ダボ接ぎ」 ボンド貼りだっただけに、ただ濡らし、少しぐらい暖めただけではびくともしない。 熱いお湯を浸した蒸しタオルで何回も何回も、まるで、腰痛患者に温湿布するかのようにして処置した。 |
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さて、苦労の末、ボンドを剥がし、
茹だったようなボンドの残りカスやニカワの残骸をきれいにそいでみると、なんと、折れたのではなく、最初から接いであったものであった。
その証拠に、下側の左上には節らしいものが出ているが、指版側にはそれがない。 割れたのであれば木の髄線に沿ってランダムに切り口になるはずだが、両面とも、カンナで削ったように真っ平ら。おかげで、ボンドくずを削り取るのは、ノミ先で数回、楽にそぐことができた。 普及品としてコストを安く上げるためか、資源を無駄にしたくないためか?それは別として、接ぐのであれば、ここは大きな弦の張力が重くかかる場所、 せめてダボ釘でも使って接いでもらいたいものだ。 グァルネリのヴァイオリンなんかは、ヴァイオリンでも裏板のボタン下には黒檀の爪楊枝で、ダボを打っているに・・・。 |
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バックの、ボタン側の部分はL型に接着していてはがしにくいし、
それに、裏板のボタン部分はライニングの溝もあるって弱くなっているところ、ここは無理せず、そのままにした。 そこで、この接合には、前後二本のダボを打って接ぐことにした。 写真は、まずセンターラインを書き、5mmのドリルビットで穴を空けたところ。ダボは、6〜7mm程度のものにするつもりだが、最初からその大きさに空けてしまうと、ずれたときに修正しにくい。 つまり、ここでの5mmはあくまでガイド穴。一気に目的の太さで、無理して空けたりするとずれたり、ものが細かったりすると割ってしまうこともあるわけで、これは、小生がよく使うテク。 エンドピンを差し込む穴やペグ穴のような、素材を痛めないために空ける穴などは、失敗したくないものの細かなものほど無理ができない。だから何段階もビットを徐々に大きく替え、目的の太さにしていく。 |
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ところが前述した通り、最初のハギが悪く見えたのは、この場所が少し浮いていて、しっかりと接合されていなかったのだ。 コピー用紙を切って差し入れれば、これだけ、楽に入ってしまう。 百分の数ミリ?の紙が入ってしまうということは・・・、これは問題。 |
紙を半丸に切って差したわけではない証拠がこれ、同じペーパーをずらして撮したもの。
もし、将来、同じようにここが折れたとすると、当然、最後に手を入れた小生の責任も問われかねない。 だから、複合的に補強するためにも、思い切って貼り直すことにした。 |
剥がす前に、ダボを長くとるので、穴も深くなければ要をなさない。 そこで、ドリルビットを目一杯、差し込んで穴あけを・・・ |
この通り、その長さは、十分、最初の割れをカバーしている。 |
よく乾燥した孟宗竹を手持ちで持っていたので、その竹を使ってダボにする。木より竹の方が丈夫だし、とくに横からの剪断(せんだん*注釈は後述)には竹は強い。 昔からの、大工さんなどの木工関係者は、ヒノキを挽くノコでは、絶対、竹は切らない。なぜなら、竹を切ると刃こぼれしてしまうからだ。 現代の方たちは、ほとんど使い捨ての刃を使っているから、そんなことに気を遣う人は少なくなったけと゜・・・ね。 この竹、じつはお祭りのお囃子で鉦(カネ)をたたく撞木(シュモク)の柄にとっておいたもの。 ちなみに、その撞木の頭には、「鹿の角」をほどよい大きさにカットし、成形、その中央部にドリルで穴をあけて柄をすげるのである。 ビリヤードの玉には「象牙」を使うように、撞木のヘッドに鹿の角は、固すぎず、やわらかすぎず、そのアタリや打った音も最高にいい。 写真での厚さは分かりにくいだろうが、この竹、肉部分は1cm以上。 |
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竹ヒゴづくりの道具 = ひごこき (竹ヒゴ引き ひごこき ひご抜き) 竹で、ダボを削り出す。 小口を、必要な直径に合わせほぼ正方形に割り、
ナイフや逆反りの半丸カンナを使って、四角の角から落としていき、八角にする。
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なお、写真の右下においてある小穴が空いた金属片は、「ヒゴコキ」(正式名称は分からないが、この地区の少年たちはそう呼んでいた。また、ヒゴ引きとかヒゴ抜きともいうようだ)といい、 丸い、細い竹ヒゴをつくる道具。これは、一昨年、高校の先輩がオーナーの、竹専門店のお店においてあるのを見つけ、使いもしないものだが、懐かしさのあまり、衝動的に買ってしまった。(歳をとったら、スズムシのカゴでも・。) 子供の頃は、よくこれを使ってゴム動力の模型飛行機の主翼や尾翼、その他の竹の骨材や、竹ヒゴで作る虫カゴ、 小鳥の目白を捕るための「落とし」というワナ・カゴや、鳥カゴなどをつくったりもした。 その使い方だが、木の切り株のような台に、下の三角部分の脚を打ち込んでしっかりと固定する。 そして、細く割った竹の先を少しとがらせ、その入る穴に突っ込む。その先をペンチやヤットコでつまみ、目一杯の力で引き抜き、 丸いヒゴにする。そして、太い方からやっていき、徐々に目的の太さまで何回も、何回も引いてつくる。 要は、刃が丸になっているスクレーパーと同じ理屈で切るわけだ。 だから、それぞれの穴の裏側は、スクレーパーの刃先の断面のようになっていて、大きくテーパーがついる。 そのために切れていく、ごく簡単な構造でありながら、もっとも合理的な仕掛け。 |
そんなヒゴコキでは7mmもの太さがないので、ここでの削りはすべて小刀が中心。最後は、ドリルのチャックにかませ、回転させながらペーパーでしごき、できるだけ真円に近いものにしていく。 むろん、時折、ノギスで直径をチェック。こうして、目的のダボもできた。 |
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オーナーさんからは、事前にこの修復について説明を受けていたが、最初のワレには、
ご覧のように、ごく太い、ラワン材のダボが打ち込まれており、剥がすのにはだいぶ苦労した。 結果的に、そのダボを破断するほどの強引さでようやく外せた。だから、この写真の穴には、引きちぎったようなラワン材がまだ残っている。 なお、小生が空けた小さい方の穴はセンターをはずれているが、それは、本体側が大きく、ドリルスタンドが使えないこと、 それに、ネックブロックのホゾ穴の部分には太いドリルチャックが当たってしまうのだ。 そのため、ハンディ(充電)・ドリルで、目見当で垂直に空けたのだが、ドリル・ビットを目一杯差したので、その先端の方がブレてしまい、 そのためのズレである。だが、ダボ接合の目的として、強度的には関係ないことをお断りしておく。 |
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元の穴は直径が11mmあり、正規なチェロ用の魂柱ほどの太さ。 これはドリル・スタンドに据え、10mmのドリルビットでそのラワンくずをとるために穴を成形、あとは半丸の彫刻刀で元の穴の通り、 丁寧に彫っていった。 |
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その、太さのダボで、差し込み具合の勘合(かんごう:と読み、♂♀のかみ合わせのこと)をチェック。 なお、本来ならこの部位の補には、この太さである必要はない。 弦の張力がネックを引っ張るわけだが、ネックブロックの上端(表板)のところがテコでいう支点になり、 この部分が反対方向のヘッド側に、横にずれる(*剪断)ような形で引っ張られることになる。 早い話、竹なら、爪楊枝程度の太さでも間に合うほどである。 |
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まっ、能書きはともかく、この程度にしっかり貼っておけば、後顧の憂いはないはず。 結局、最初に折れたところは、大小2本のダボで接合。 | |
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余談ですが、ここでダボの強度についてひとこと・・・。 例えば、この切断面を簡単に見て、4cm×4cmとすると、その面積は16cu。 その一方で、ダボの方は直径6mmとして、その円柱の表面積を計算すると、0.6cm×3.14=1.88cu×長さになるわけだ。 それで、もし、上下に3.5pずつ突っ込んで接着したとすると、 1.88×3.5×2=13.16cu となるが、これはダボピンだけの面積。 それに、元々の16cuが加わるので、16:29 と、元の破断面から比べると8割り増しの接着面積が得られる計算。 たかが、直径6mm、長さ7cmのダボでも、単純な上下の引っ張りだけでも8割りアップの強度となり、さらに、横方向の剪断力に対しては、 とても、とても大きな抗力になることは間違いないこと。 しかも、今回の場合、古い方の、前のダボ穴には、もっと太いものを入れたので、丈夫さにおいてはこの上ないものになったはず。 |
*剪断(せんだん)力 : とは、外力を受けて部材が圧縮されたり、折り曲げられようとする時に、
部材の両側に逆方向にずれて(部材をひし形に変形させて)抵抗しようとする力が働くが、これを「剪断力
」という。 つまり、ハサミのようなもので、物を切ったりする「かみ切るように、物を真横から断ち切ろうとする力」のこと。手持ちの「広辞林」には載っていたが「実用国語辞典」には載っていない、どうやら構造力学などの専門用語らしいので、 あえて注釈を添えます。 上の記述は、つまり、刃のついていない板のハサミで細い爪楊枝を切ろうとしても、かなりの力を加えなければ、たやすくは切れないことを説明。 その、ハサミの両面の、隙間を少しでも空けて「折る」のではなく、隙間がなくて「断ち切る」力のことをここでは述べているのです。 この場合、そこに隙間があると、その空いた距離がテコの応力として働くから、空けば空くほど比例して、小さな力でも爪楊枝程度なら簡単に折れることになります。 ところが、この修復のように、上下がぴったりとニカワ付けされるわけですから、横にずらそうとしてもかなり膨大な力を加えなければズレはおきない、 ということの説明でした。 |