cello_repair3-3
Repair_index
Back
首が折れたチェロの修復-3
Oct.2007 HOME

 

さて、それまで中でコロコロさせていた魂柱を取り出したら、

なんと、このように「くの字」に曲がったものだった。

しかも、倒れたものを出したから、よもや?とも思うのだが、

どう見ても、上下のテーパーの切り方が逆にカットされているように思うのだ。
次の写真でもお分かりの通り、

サウンドホスト・セッターの差し込み穴が反っている内側にあるのだ。

晩材が詰んだ素材ではあったが、

その年輪も木の根本のように同じ曲線で曲がったものだった。
チェロぐらいの大きさのものを、遠いC線側から入れることは、まず、ないはず。

 しかも、テーパーをつけたカットは、逆に、外側の方に向かって広がっているのだ。

その上、この魂柱の上下・断面をルーペで見ると、

明らかに、その断面積の全部が表板・裏板に接していたと思われる形跡はなかった。

押されて接していたと見える部分が、2/3程度しか接していなかったことが伺えた。

ちなみに、古いものは直径10mm、小生が削りだした写真・上は直径11mmにし、

これが太さとしては現代チェロの標準寸法。

では、なぜ魂柱は曲がっていてはいけないのか?

真っ直ぐなものなら、上からの力は素直に真下に伝えることができるが、

曲がっていると、その曲がっている分、 「力の分力」で、

上からの圧力はごくわずかであっても斜め横に逃げる結果になる。

高校時代、物理で「力のモーメント」とか「ベクトル」というように学んだ記憶があるが、

その道の専門ではないので、 この程度のことは、私はあくまで常識として考えている。

左図は、そのことを分かりやすく説明するための概念図であるが、この状況で、

より以上の力を上から加えたら、 中間の柱は、真っ直ぐ、

真下に押しつぶされるようなことはなく、

当然、左方向に折れる結果になることは間違いない。

それだけ、横方向に力が逃げていることになる、と考えるからだ。

はなはだ残念であるが、これを差し入れた者は、メーカーの人間か、

リペアー師がやったものか、それは分からない。

しかし、少しでも「魂柱の意義」を考えてやったものだろうか? 

あるいは普及品だからいいと判断したのだろうか?

「魂柱」は、本来なら製作者やリペアー師が、文字通り「魂を込めて」削り、入れ、

調整するべきものと筆者は考えるのだが・・・。


魂柱の先端のカットが悪いと、板との接する面に隙間が空いてしまう。

その分、いちじるしく振動の伝達効率を下げる結果となる。

そのため、筆者は写真のように、その場所に魂柱を垂直に立て、

接する面のアーチにぴったり合うように、

何度も切っては合わせ、合わせては切るというように調整している。

ペグもこのメーカーが一時代よく使っていたもので、

色も白っちゃけていて軽々しく、品位がない。
そこで、露出する部分にだけ茶系のニスを塗り、落ち着かせた色にした。

もちろん、反対側から見える小口にも塗ったことはいうまでもない。

だいぶ重々しく見えるようになり、しっとり感もでた。

左右の写真を見比べてみて下さい、皆さんならどちらを選びますか?

 

塗り物だった指版も削って修整し、ネックの取り付け角度をチェックするとともに、

その角度を安定させるため特別につくった「つっかえ」を指版の先端にさしたり、

「当てもの」として三角のコルクシートを使って接着。

全体も、キズをパテで埋めたり着色ニスでレタッチしたりしたので、

ごく薄くした仕上げニスを塗って仕上げた。

この写真でご覧になっても、指版も、黒檀らしく見えているでしょう

さて、最後に、塗り物だった指版について一言。

◇ 黒檀らしく見える「つや消し塗装」と「タンポ刷り手法」

カシュー・ウルシが塗ってあった現状の指版は、以前からこのメーカーが普及品の多くに使っていたもの。

それで、高弦側、第1ポジあたりにはところどころ、塗料の剥げたところや、押さえた弦の凹みもあったり、

キズで剥げたところも多く、その上、表面が襖の縁と同じで、木目を完全に殺したテカテカした艶出し仕上げ。

それは、どう見ても品がなく、筆者の好みではないので次のような方法で着色しました。

完全に白木にしてから、墨汁で着色。(インクジェットの黒ではだめです。)

油性のものより、水性の方が木自体にによく染み込み、しばらく使って塗料が摩滅したとしても、

直に白木が見えるよりいいだろうと判断してのこと。

その後、黒ラッカー「つや消し」を、シンナーをふくませた布でこすりつけるように塗ります。

全体の塗幕の厚さを黒檀らしく、木目がほんのわずか見える程度になるまで、様子を見ながら二度、三度と塗り、

最後に、ウレタン系の硬質・つや消しニスを同様の、いわゆる「タンポずり」で塗って仕上げました。

黒檀ならスチールウールで磨くか、2000〜3000番程度のペーパーで軽くこすり

黒檀らしいしっとり感が筆者の好みだから、ここは、あえて刷毛塗りではなく、とくに、このような方法でやりました。

この「タンポ刷り」という塗りの手法は、布を丸めて「てるてる坊主」のような形(タンポ状)にし、それで塗る方法です。

刷毛では凹凸に関係なく、全体に平均して塗料が回ります。

(とはいっても、塗料はある程度は凹みに集まる習性があることは事実。)

一方、「タンポずり」では、タンポにごくわずかの水を含ませ、

半乾きの状態まで、それでこすることにより、凹面を埋めるように塗ることができるのです。

油性の塗料に水を? と思う方も多いと思いますが、

これは、オフセット・印刷に使われる水と同様の働きをしますから、まずその説明からします。

ご承知かも知れませんが、オフセット印刷(平板印刷)は、真っ平らな亜鉛原盤に、印刷する原稿から、

強力な紫外線を多く含む光を用い、写真の引き伸ばしのように光学的に転写。

それで、原盤の印刷するインクを乗せたい面には何もせずにツルツル、

印刷しない余白部分の表面だけを薬品でエッチングしてザラザラにという具合に、

あたかも、写真を現像するようにして薬品処置をしておきます。

それを輪転機にセットすると、まず最初に、原盤を水を含ませたスポンジ・ローラーに当てます。

すると、原盤のツルツル面は水をはじいてしまいますが、ザラザラ面にだけは水がくっつき、水の幕ができます。

次のインク・ローラーにいくと、、水がついていないツルツル面にだけインクが乗り

水がついているザラザラ面は、その水がインクをはじいてインクが乗りません。

それが紙にあてられ、その結果、印刷されるのです。

このタンポにつける水も、そうした「親水性」と「親油性」との働きの関係で、

薄い水の幕がタンポの布と塗装幕との間に広がり、

塗料がタンポにべたついてくっつくのを防ぐことができたり、より平らに延ばして塗ることができるようになるのです。


ですから、ここでは水を含ませるタイミングと量が、最大のテクになるのです。

なお、この手法は、あちらの文献ではあまり見かけませんが、

日本では、かなり古くから職人たちに使われている技法で、楽器や家具の仕上げに使えるものです。

結果的には、予算さえ許せば新しい黒檀を調整してつけるほどの手間をかけました。

従来なら、ここで完成品の写真をお見せしていましたが、

今回は、ご本人がアンサンブルの練習があるとかで、写真を撮らぬままユーザーに引き渡してしまいました。

でも、ところどころに修復後の写真を使っているので、どうか、全体の感じはご想像下さい。

そして、二日後、『より弾きやすく、反応がよくなり、よく響くようになった』と、お礼のメールが入りました。

製作や、修理、修復をしているものにとって、

ユーザーに喜んでもらえることがもっとも幸せなことで、ご満足いただけて嬉しい限りです。

Repair_index
Back

Page Top

HOME