nymph_head_Old ニンフ・ヘッドをもつオールド HOME

昨年の暮れのこと、偶然、手に入れることができたドイツ製の工芸品といっていい、とても素敵なヴァイオリン。
ときおり、オークションなどで獅子頭のものは目にしていましたが、下手な彫刻だと『エッ、これが獅子。ポチの頭みたい・・』というのも多い。
ところが、今回のこれは、正にヴィーナスを彷彿とさせる見事な彫刻。

◇ ニンフの彫刻が素晴らしい!
現代の日本人の目から見ると、ものすごい美人というわけではない。

それは、江戸時代の版画、浮世絵に見られる美人もそうだが、美人の条件は、国、時代によって大きく変わるものです。
ラベルによると、1905年製になっているのだが、ご覧いただく皆様も、どうぞ、百年前のドイツ人になって見ていただきたいのです。
ふくよかで、おおらかな、しかもどこか憂いを秘めた表情。

まぁ、これについてはその美人・不美人ではなく、木工の匠技も、また、驚嘆の目で見ていただきたいのです。

目、鼻、口、それに流れるようなヘヤーライン、櫛や首にかけた真珠のネックレス、ペグボックス壁面に彫られたバラの蔓草文様などなど、精巧の一語に尽きるのです。
作者の恋人か、既婚者なら最愛の妻の面影を彫ったものか、あるいは、亡き母上の若き日の肖像画でも見ながら彫ったものか・・・。

ロマンチストな筆者は、そのようなことに想いをめぐらしながら手にとってはながめ、リペアーしているのです。

後ろだけが美人に見えることをバック・シャンといいますね。(ご婦人には失礼!)

この彫刻は、うしろから見てもなかなかのものです。
西洋の、昔の帆船にはその舳先には、かならず人魚の像がついていましたよね。

この作者のお父さんは、フルートやピッコロの製作をしていた工房のらしいのです。

当時のピッコロは、まだ黒檀でつくられていた、純然たる木管ですからね。
それから、ヴァイオリンもつくるようになったとか?

木工にかかわる各種の工具が揃っていて、さらに、有り余る木工技術と美術センスがつくり出したものだと思うのです。

そのような技、美意識があったら、当然、ヴァイオリンにも・・・と、考えるのは不思議ではありませんね。

なお、この写真の船首像は、南米アルゼンチン海軍所属の練習帆船「リベルター」(Libertad)のもので、 [日本・大阪海洋博物館]から拝借しました。

『大阪海洋博物館「なにわの海の時空館Osaka Maritime Museum」は比較的新しく開館した博物館である。2003年、世界の代表的な帆船の船首像(フィギュアヘッド)の実物大レプリカの特別展示がなされた。
お国柄をも反映して、いろいろな人物が帆船の守護神として船首を飾り、行く手を照らし、風を切り、波を切って、目的とする港を目指す。』と説明されています。

まっ、首から下の本体の方は、きわめて普通のヴァイオリン。

でも、それだけの技術の裏付けがあるだけに、なかなかシャープなつくりでしたし、その上、ヘッドにこれだけの彫刻を施すのですから、材も最上のものとはいえないまでも、決して悪いものではありませんでした。
こちらが、そのラベル。

Carl Gottlob Schuster jun.  Markneukirchen 1905

この作者について、いろいろネットで検索したり、つい最近入手した「KNOWN VIOLIN MAKERS」のヨーロッパのページで調べましたが載っていません。

あるサイトに、ドイツ製メル・フォルンに同名の刻印があったといいますから、この工房は木管やヴァイオリンだけではなく、幅広く、金管もつくっていたとも考えられます。

ジュニアとついていますから、多分、長男として父と同名を名乗っていたことは、十分、推測できます。
古いものだけに、あちこちに「割れ」や「欠け」たところもありました。

そのことは、当初より承知していたことです。
ポルトガルの良家から出たものということでしたが、本当に古い木製のケースに納まったままの状態で入手していますから、長期間、大切に保存されてきたことが伺えます。

その上、中もまったくきれいなものでしたし、修復の跡もなく、ご覧のように裏から見ても、はっきりと、リペアーされていないクラックがあることで、使われずに保管されていたことが分かります。
クラックは、丁寧に修復し、要点の場所にはごく薄い、小さなパッチで補強しました。

前述したように、平均的なドイツのつくりでしっかりしていましたが、データを取りながら計測すると、やはり気になるのが板厚のバラツキ。

プロの工房で、商品としての製作なら、それもやむを得ないでしょう。


しかも、当時はまだダイヤルゲージなんかありませんし、要所要所のスポットで計ることで、多少のバラツキがあったとしたも、ヴァイオリンの発声にはさほど影響もでないでしょう。

でも、その辺はボクの気持ちで、どうしてもなだらかに、平均させないと気が済まないのです。

ましてや、その場所が低弦のところが少し厚かったのですから、削らないわけにはいきません。

それで、白っぽくなったところだけ、ほぼドイツの標準値までに周囲にならし、スクレーパーで削ったのです。
さて、話ついでに、木彫についても少しふれさせていただきます。  ◇ 木 彫   私も若干経験があるだけに、なおさらその魅力に惹かれたのです。

実はこれ、別のページにも紹介していますが、ずっと若いときに彫った筆者の作品。
同じカエデ材(大工さんからいただいた、床の間・上がり框の端材)を使い、しこしこと彫った全高30cmのもの。


これも若いときのもの。
あるとき、友人がきて『ハンド・クラフト用のパイプの材料が売ってたよ』と、
もともと、こうしたものが好きなボクの分として、余分にひとつ買ってきてくれたのです。
もちろん、立て替えていただいて代金は支払っていますよ。

パイプ経験者はお分かりいただけると思うのですが、パイプ・タバコを吸うと、普通の紙巻きタバコは紙臭くて吸えなくなりますよね。

上のカエデの彫刻も、これも「女性の裸像」、よっぽと好き者だろうって思われてしまいますね。

これは、高校時代に見た「国立西洋美術館」、オーグュスト・ロダンの彫刻。
その白い大理石に彫られた美しさは、いまだに脳裏から離れません。

皆さんはご存じかどうか、パイプの素材には、なぜかバラの「根っこ部分」を使うのです。
タバコの火で燃えることがないほど、固いのです。
原木をしげしげ眺め、この材は、たまたまこんな形が合うだろうと思い、
それで、ロダンにとても傾倒していたこともありましたから、この「裸像」にしたのです。

でもね、このパイプを握って吸うとなると、どうしても中指がお尻の割れ目にいってしまうのです。
で、他人がいる前で、そんなことをしたら、それこそ変な想像をされてしまいます。
他にも、ごくノーマルなものを何本かもっていましたから、結局、これは書斎の飾り物として今日まできたのです。

下手でも、こうしたものを手がけた経験があるだけに、木彫として実に見事なニンフ像なのです。

さて、こちらは小物ですが、日本の古美術といっても過言ではないような工芸品。

こうしたものが好きなだけ、これは三島大社の縁日で見つけ、骨董屋さんから衝動買いした「根付け」です。

お若い方はご存じないでしょうが、この根付けというのは、昔、腰にぶら下げた「印籠」の、紐の末端につけるもの。
この部分だけを帯に挟み、大切な印籠(もっぱら旅をする際の、薬入れ)を、根付けで身につけていたのです。

それだけに、昔の人はこんな小物にまで、ずいぶんこだわったのです。
実は、私自身もお祭りのお囃子で『篠笛』をやっていましたから、着物の際には、こんな小物にもこだわったのです。

今、目の前に置いてこれを打ち込んでいますが、全巾約2寸、高さは1寸程度の、ごく小さなものです。

その小さなものに、草履の上に乗ったヒキガエルを、これだけの細工で施しているのです。

つまり、これは旅する夫に『無事にカエルように、祈ります』という、妻の想いがこめられているのです。
それで、旅に不可欠な草履と、カエルなんです。

草履のかかと近くには、螺鈿(巻き貝)が象嵌され、「日昇」という銘が刻まれています。

この作者がお分かりになる方がいらっしゃったら、ぜひ、メールでお知らせ下さい。

一方、こちらは丸まった蓮の葉に乗った、二匹の、ちょっと不謹慎なポーズをしたカエル。

『ちょいと、お前さん!旅先で私以外の女にちょっかい出したら、承知しないヨー』と、おかみさんが手渡したものでしょうか。
『無事に帰ったら、また、じっくりとお相手してやるからー』かな?

あるいは、もっとしおらしく、『あたしとのこと、忘れないでおくれよネー』だったかも知れませんね。

でも、このカエルの腰つき、ずいぶんと色っぽいと思いません?


丸めた蓮の葉には茎もまるまって、微妙にスクロールさせています。

昔の人たちは、洋の東西を問わず、なんて器用だったんでしょう。
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