7月20日、今日も相変わらずいい天気だ。朝、大急ぎで荷をまとめ、駅へ直行。クライネシャイデック(KleineSheidegg)行きの登山列車に乗り込んだ。
始発の列車だが、観光客が多いので臨時便が増発され、何本もの列車が続けて出発するが、我々の乗った列車は最後に出る列車になってしまった。
朝のさわやかな空気の中を列車は登っていく。線路は、アイガー北壁の下をかすめるようにしてついているので、頭上にアイガー北壁がどっとのしかかる。こんな所を登る人間がいるなど、とても信じられない。北壁の胸のあたりの「白いクモ」がとりわけ印象的だった。じっと見ていると、首がいたくなってきた。
やがてクライネシャイデック駅に到着。ここでユングフラウヨッホ行きの登山列車に乗り換えるのだ。が、我々がクライネシャイデック駅に着いたときは、既にユングフラウヨッホ行きの始発列車は満員で、列車の扉は既に閉まっていた。次の列車は30分後だと言う。
「どうするぅ、30分も待ってられんぞ、氷河の口が開くまでに登りきらなあかんしなぁ」
「おい、立ち席でもええから乗せてくれっつうて交渉してきて」
「そんな難しいセリフ、英語でよう言いませんよぉ」
そんな問答を聞いていたHさん、
「俺が交渉してくる」
と言って、駅員につかつかと近づいていった。そして、
「ユングフラウ!」
とピッケルで山をさしながら叫んだ。
これで意味が通じたらしい。既に閉まっていた列車の扉が開き、我々だけ乗せてくれた。旅は度胸である。
ユングフラウヨッホ行きの列車は、クライネシャイデックを出ると、すぐにアイガーのトンネルの中に入り、景色は全然見えない。途中のアイガーバントと言う駅では北壁をくり抜いた窓から、北壁をのぞける。その窓から垂直に切り立った岩壁を見て、
「やっぱりすごいなぁ」
と納得して、こんなところ人間の登るところではないとあらためて思った。
40分ほど列車に乗って、ユングフラウヨッホ駅到着。標高3454m、ヨーロッパで一番高い駅で、スイス第一の観光名所。ユングフラウとメンヒの間のコルに位置する。観光客は、氷の宮殿とかを見て、展望台からアレッチ氷河などを眺めてまた帰っていくのだが、我々はここから登山だ。
荷物をまとめてザイルを結んで歩きだす。自分と、Kさん、Hさん、Yさんはユングフラウへ、O夫妻、Mさんはメンヒへ向かう。
ヨッホ駅からはアレッチ氷河をずっと渡って、ユングフラウへ向かった。ガイドブックでは、ヨッホ駅からまっすぐユングフラウ南東稜へ向かっていくようになっているが、大きな口が開いていて、とても行けそうにない。が、南東稜からさらに南の方を氷河を渡っていくトレースが出来ていたので、それを行くことにした。
アレッチ氷河はさすがに広い。日本のスケールでは、考えられないほど広い雪原の上をずっと行く。既にトレースがついているので歩きやすい。トレースがないと氷河の経験のない我々にはクレバスを避けたルートファインディングは難しい。
ルートはユングフラウの南側のロートタールホルンの東北東稜を大きく迂回して、ロートタールホルン直下に出る。大きなセラックがある。20mくらいあるだろうか。「はぁぁ」と言葉も出ないほどスケールがでかい。
この近くで小休止して、アイゼンをつけてそこからはロートタールホルン東北東稜を登り、その雪稜をずっと登ってロートタールザッテルと言うコルに出る。終始アレッチ氷河と、彼方のヨッホ駅の建物を見ながらの雪のルートは非常に快適だった。
ザッテルからはユングフラウ南東稜になる。かなり急な雪の斜面。既に日が高く、雪が腐っているが、その年に行った北鎌尾根ほど、緊張を強いられることはなかった。が、いったん滑ると、遥か下の氷河まで一直線だ。慎重に確保しあって登った。
南東稜を登ること、1時間弱、ユングフラウ頂上に着いた。
7月20日12時50分。アルプス4000m峰3つめ、そして今回最後の山頂だ。一緒に登った4人で、握手をして感激をわかち会う。トランシーバーで、メンヒに行ってるOさん達に連絡すると、そちらのパーティもメンヒに登頂し、下山を始めたところとのよし。向こうの山とこちらの山で、あらためて喜びあう。
はるばる来たなぁ。いろいろあったなぁ、来てよかった。そんな気持ちがお互い交差して、これまた最高の一時だった。
相変わらず、天気は良くて、向かいのメンヒ、アイガーはもちろんの事、彼方にはマッターホルンまで見えた。
ワインで乾杯。回し飲みだ。「ヤッホー」
頂上を思う存分満喫した後、下山にかかる。南東稜の雪の斜面は、スタッカートで抜け、ロートタールホルンの東北東稜を快調に下った。
氷河に降りるところで、行きにはなかった1mくらいの大きなクレバスが口を開けていた。躊躇するが他にルートはないのでやはり飛ぶしかない。皆でピッケルを雪にさし、一人ずつジャンプ。最初はKさん、次はYさん、そして自分だ。
「えらい深いですよぉ、こんなとこ飛ぶんですかぁ」
「ゴチャゴチャ言わずに早く飛べ!」
「ハ、ハイ!。。。ヨイショォ!」
なんとか飛べた。これほどスリルに富んだジャンプは初めて。実際はそんなに飛んでないのだろうが、アイゼンつけて、助走つけて飛ぶのは難しいのだ。
再びアレッチ氷河に降りて、氷河をまた横断してヨッホ駅へ戻る。不思議と全く風はなく空の青と雪の白だけの静かな世界。前方にみえるヨッホ駅の展望台が近くに見えるが、なかなか着かない。
「このあたりの景色、こうやって見たら、室堂に似てると思えへんか。」
「言われてみるとそうですねぇ」
我々はここを「スイスムロドウ」と名づけた。後から思えば、どこが似ていたのだろうか疑問だ。
時間が止まったかのような、氷河の横断を終えて、ユングフラウヨッホ駅へ戻った。そこでは、既に駅に着いていたOさん達が待っていて、出迎えてくれた。
ガラス張りの展望台で、アルプスの雄大な景色を眺めながら、コーヒーを飲んで、皆で今回の旅の成果を語りあった。
ヨッホからグリンデルヴァルトヘ帰る列車では、ずっと寝ていた。さすがに疲れていたのだと思う。
その夜は、日本から持ってきたラーメンを食べた。そろそろ日本食も恋しかったので、おいしかった。