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第7章 マッターホルン登頂!

◎起床

 7月18日、3時過ぎに起床。まだ暗い。ヒュッテの部屋で、隠れて自炊して米の飯を食べる。日本人はやはり米の飯を食わねば力が出ない。いよいよマッターホルン本峰アタックの日である。天気は今日も良さそうだ。

 あれだけ心配だった体調も、今日になると不思議と調子がよくなっている。

 4時に食堂へ降りると、もう他のパーティも出発し始めている。Kさん達や、O夫妻のパーティも先に出かけていった。僕たちガイド組は後から出ていく。

 自分のガイドのウィリッシュはかなりのんきで、急ぐことはないよとゆっくりコーヒーを飲んでいる。こちらははやる気持ちで、少しあせっているのだが、しょうがないので自分もコーヒーを飲んでからいく。おかげで、出発は4時30分、小屋の中では一番遅いほう。

 今日マッターホルンにアタックするのは、日本人は我々のグループ7人、そしてブライトホルンで会った夫婦、他にどこかの山岳会のパーティ5人ほど。後はドイツ人、アメリカ人など20人ほど。北壁に登るパーティもいた。総勢50人くらいだから日本人の比率は高い。ガイド引率組と、自分達で登る組の比率は半々くらい。

◎さぁ出発!

 小屋で、ザイルを結んで出発だ。東の空は既に白くなってきていたが、まだ空は満点の星。

 小屋の裏からいきなりの岩場、いよいよマッターホルンの登攀開始だ。

 最初はわりとやさしい2級くらいのルート。それでも落ちればかなり下まで落ちるような場所だが、ガイドに着いていると安心。安心感があるので、ピッチが上がる。すぐに先行していたパーティを全て抜かし、その日の登山者のトップになってしまった。

 後ろに、ヘルンリヒュッテと、ツェルマットの街の灯が美しかった。

 最初はルートは東壁側を大きく巻き、がれ場のようなルートが多い。1時間ほどするとかなり明るくなってきて、ヘッドランプを外す。ウィリッシュはヘッドランプを岩陰において来たが、このヘッドランプ、帰りにとってくるのを忘れたようだ。

◎もうちょっとゆっくり行ってくれぇ

 いつしかトップは、自分とウィリッシュのパーティ、その後にOさんとそのガイド、そしてその後はKさん、Hさんのパーティだ。

 ソルヴェイヒュッテまでの道は非常にわかりにくい。ガイドと一緒のグループはいいとして、そうでないパーティはルートファインディングに苦労する。Kさん達はガイド組にくっついていくことで、ルートファインディングを楽しようと言うのが、我々の作戦だ。

 が、ガイド頼りの僕やMさんと違って、Kさん達は、自分達で確保しながら登るので、ペースが早いと苦しい。

 そこで、
 「もうちょっとゆっくり行きたいなぁぁ」
 と、Kさんは日本語ですぐ前のMさんに呼びかけるのだが、Mさんはもうちょっとゆっくり行くと言うのが、ガイドに英語で言えないのだった。ペースは遅くなるどころかますます早くなった。

黎明のモンテローザ

黎明のモンテローザ(ソルヴェイヒュッテより)

◎テスト合格

ソルヴェイヒュッテよりマッターホルン山頂

ソルヴェイヒュッテよりマッターホルン山頂→

 しばし登って、東壁側を巻くとモズレイスラブと呼ばれるスラブに出る。少しシビアな場所だったが、何とか越す。ウィリッシュはこれを見て、「OK、OK」と言ってくれた。どうやら自分の技量レベルを図っていたらしいが、合格したようだ。

 モズレイスラブを抜けると、そこにソルヴェイヒュッテがあった。ここで初めての小休止。ヘルンリヒュッテから、ちょうど2時間。標高差800mだからかなり早いペースだ。ここまで4時間以上かかると、ガイドにそこで降ろされると聞いていたから、我々も必死で登ってきたが、結局かなり早いペースで着くことが出来た。

 あたりの山々は真っ赤なモルゲンロートに染まっていた。が、自分の気持ちは、マッターホルンの頂上のみに向けられていて、景色などを鑑賞する余裕はなかった。

◎ファイト!

 ソルヴェイヒュッテ前で、ごく短い休憩を取って出発。小屋の前からはいきなりシビアなルートが続く。ヒュッテまでは、それほど難しい場所はなかったので、マッターホルンと言ってもこんな物かと思ったが、何の何の、ヒュッテからは岩場の連続だ。

 こんなので頂上まで行けるのかと、一瞬愕然とするが、気を取りなおして、また力を出して登っていく。要所要所にはフィックスロープがついているが、白人の手に合わせてあるようで、かなり太い。それに頼りすぎると、腕が疲れてくる。

 かたい岩場をしばらく登ると、いきなり雪の斜面に出た。ここが、ソルヴェイヒュッテより上で、唯一の少し広い所である。そこでクランポンをつけた。

 しばらく雪の斜面を行くと、先程より難しい岩場に出た。登れないことはないのだが、やはり疲れる。ガイドが「見てろよ、この通りに登るんだ」と言うから、その通りにしようとしたが、身長が違うので手が届かず苦労した。

 この頃からヘルンリ稜の稜線に出て、風が強くなってきた。また空気が薄くて息がゼーゼーするし、目まいもしてきた。手の先もしびれて来た。が、頂上はもうすぐだ。

◎ついにマッターホルン登頂!

 そこを何とか抜けると、頂上雪田だ。「あと5分だ。頑張れ」と言う声にはげまされて登った。

マッターホルン山頂にて

←マッターホルン山頂にてガイドのウィリッシュと

 そして、ついに、忘れはしない1989年、7月18日7時50分、あこがれの、永年のあこがれの、マッターホルン頂上に到着した。

 ヘルンリヒュッテから3時間半、無我夢中の登りだった。

 この山に登りたいと思ってから、もう10年以上。とうとう山頂に着いた。
 信じられない気持ちもするが、本当に着いたのだ。

 頂上からの展望は遮るものがない。モンブランからヴァイスホルン、モンテローザ、360度一望の元。思わず「ヤッホー」と大声を上げた。

 ほどなくMさんのパーティも登ってきて、二人で感激をわかち会う。Mさんとガイドと抱きあって、「登れた、ヤッタ」と叫ぶ。Mさんも自分も泣いていたように思う。

 ウィリッシュが、土産だと言って、頂上の石を拾ってくれた。

マッターホルン山頂よりの展望

マッターホルン山頂よりの展望
左遠方モンブラン


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