バックナンバー(十一)    第五十九話〜六十三話

『証明のう・・・・。う〜ん、まったく疑い深いやつぢゃ、婿殿は・・・。まあ、仕方がない。じゃあ、わしが知っていることを話そうか。』
女房の守護霊だ、と主張しているじいさんは、そういうと
『わしのひ孫は、生まれは昭和××年・・・・』
と、女房の生い立ちを語り始めたのだった。
『どうぢゃ、間違いなかろう?。いや、むしろ、お前さんよりも詳しかろう。』
俺は驚いた。このじいさんが語った女房の生い立ちは、すべて本当のことだった。それどころか、俺の知らないことまでよく知っていたのだ。俺よりも女房のことに詳しいのだ。俺は、ちょっと面白くなかった。
『はっはっは、どうぢゃ、詳しいぢゃろ。・・・・そうそうお前さんとひ孫が知り合ったのは、社内ぢゃな。あ〜んな小さな出版社ぢゃが、まあ内容は悪くはない。なのでわしも就職には反対はしなかった。お前さんと恋愛関係になったときも、まあ、真面目そうだったし、反対はしなかった。しかしのう・・・、こんなに早く死ぬとわかっていたのなら、あの時止めておけばよかったかのう・・・。けども、仕方がないのう、あの時はわからんかったしのう、仏様のことぢゃし・・・。』
じいさんは、最後のほうを小声でもそもそと何か言っていたが、気が動転していた俺にはよく聞き取れなかった。それどころか、じいさんの、いかにも勝ち誇ったような意地悪そうな目が気になっていた。このじいさんを守護霊として認めなければならないことが面白くなかったのだ。
『ちょ、ちょっと待ってください。そんな意地悪な目で見なくてもいいじゃないですか。あの、おじいさんが、女房のことをこと細かく知っていることは、よくわかりました。実際、こうして女房にいつも一緒にいるのだ、ということもよくわかりました。』
『そうか、わかったか。ぢゃあ、わしを守護霊だと認めるのかな?。』
『う、うぅ〜ん、そうですねぇ。まあ、はい、認めなきゃ仕方がないでしょう。しかし・・・。』
『しかし、なんぢゃ。』
『守護霊っていうのが、今ひとつよくわからないんですよ。・・・先ほど、女房が出版社に勤めるのも、私と付き合うのも反対しなかった、と言ってましたが、そんなことってできるんですか。』
『おぉ、そういうことか。うんうん、そりゃあ、守護霊ぢゃから、できるんだな。わしから見て、この会社はこやつには合ってない、この男はひ孫には適しておらん、と思えば、わしは反対するんぢゃ。』
『反対するって・・・・、どうなるんですか?。』
『邪魔をするんぢゃよ。』
『邪魔?。どうやって。』
『たとえば、この会社はよくない、とわしが判断したら、入社試験のときにわざと遅刻をさせる、とかな。』
『遅刻をさせる・・・・んですか。』
『たとえば、ぢゃ。そうぢゃなぁ・・・。たとえば、化粧の瓶を落とすとか、はいていこうと思っていたスカートのチャックを壊すとか・・・・。』
『あぁ、なるほど・・・。』
『まだ、あるぞ。会社へ向かう道中、ちょっと使えそうな者がいたら、そいつを使って絡ませるとかな。』
『絡ませる?。』
『そうぢゃ。道を聞かせるとか、手荷物を落とさせるとか、ぶつかって謝らせて話がはずむようにしむけるとか、老人を使って何かと邪魔をさせるとか・・・・ぢゃよ。』
『そ、そんなことまで・・・。』
『まあ、あくまで、たとえば、の話ぢゃがな。そういうこともできるんぢゃよ。』
『じゃあ、たとえば、おじいさんが気に入らない相手とデートするのを邪魔することも・・・。』
『あったよ。お前さんとひ孫が知り合う前にな。あんまりいい男ぢゃなかったんで、デート中に邪魔をしてやった。』
『な、なにを・・・・。』
『いや、なに、車を故障させたりとか、道を迷わせたりとか、ちぐはぐなことをいうようにするとか・・・・。』
『そ、そんなこと・・・できるんですか・・・。えっ、うん?、ちょっと待てよ、それって、おかしくないですか。』
俺はじいさんの言っていることに矛盾を感じた。だってそうでしょ。じいさんが女房の守護霊で、女房を守るため相手に働きかけて邪魔をしたのだとすると、相手の守護霊は何をしていたのだ?。じいさんのちょっかいを相手の守護霊は黙ってみていたのだろうか。俺は、ちょっと考えをまとめてみた。

『おかしいって、何がぢゃ。』
『おじいさんは、女房の守護霊ですよね。』
『そうぢゃ。』
『で、女房を守るためには、時に邪魔をしたりするんですよね。』
『そうぢゃ、そうぢゃ。』
『で、時には、その邪魔は道具だけではなく、人も使ったりするんですよね。たとえば、デートの邪魔をするとき、相手の男に働きかけたりして、邪魔をするんですよね。』
『そうぢゃ、ようやくわかってきたのう。』
『いや、問題はここです。』
『どこぢゃ。』
『おじいさんが働きかけた相手の守護霊は何をしているんですか?。ボーっとおじいさんの働きかけを、邪魔を見ているんですか?。そのデートの相手の男だって、守護霊はいるんでしょ?。そいつの守護霊は何をしていたんですか?。』
『あっ、あぁ、そういうことか。なんぢゃ、なんぢゃ、そのことか。そうぢゃな、一方的な説明ぢゃったから、わからんのう。』
じいさんは、首を振りながら一人で納得していた。
『簡単なことぢゃよ。そやつの守護霊は力が弱かったんぢゃ。だから、わしの働きかけに負けたんぢゃ。』
『守護霊の力が弱かった?。』
『そうそう、そうぢゃ。その時の相手の守護霊は、弱っていたんぢゃよ。』
『どういうことか、よくわからないんですが・・・・。』
『問題は、力の差ぢゃ。そもそも、そのデートの相手の守護霊が強ければ、その相手はちゃんとした人物になっておる。そういう相手なら、わしは反対はせん。ところが、そやつは守護霊が弱っておっての、守護霊がそやつをいい方へ導くことができんのぢゃ。だから、ち〜っともうだつの上がらぬ、ボンクラよ。そんなんぢゃから、わしは反対したんぢゃ。そやつの守護霊が弱かったおかげで、簡単に邪魔ができたよ。』
『ということは、相手の守護霊が弱ければ、勝つことができる、と考えていいんですね?。』
『そうぢゃ、守護霊の世界も、力の強弱が運命の分かれ道よ。それにぢゃ。』
『それに?。』
『守護霊が強ければ、この世で生きているものも運が強くなる。したがって、人間的にいい奴になるんぢゃ。』
『守護霊が強ければ、運も強くなり、いい人生が送れる、ということですか?。』
『そうぢゃ。運をよくしたければ、守護霊を強くすることぢゃな。わしのようにな。』
『ちょ、ちょっと待ってください。聞きたいことがたくさんあって・・・。何から聞けばいいのか・・・。』
『なんぢゃ、疑問があるのか。まあ、よく考えてまとめてみよ。わしゃ、あわてんからのう。』
そういうと、じいさんは、ニンマリと笑い、鼻歌を歌い始めた。

疑問はいくつかあった。
まず、守護霊を強くするには、どうするか、ということ。それと、いろいろな働きかけをして、守護霊は弱らないのか、弱らないとしたらそのエネルギーはどこから来るのか、ということ。生きているものの中には、運が強くてもイヤな奴がいるが、それはどういうことか、ということ。
それと、そうそう、守護霊は生きているものの生活をどこまで見ているのか、ということ。これは聞いておかねばなるまい。ひょっとして、その・・・夫婦生活まで見ているのだろうか・・・。そう、さっきから俺はそのことが気になっていたのだ。だから、まずはこのことから聞くことにした。それには、話を元に戻さなくてはならない。
『すみません、ちょっと話を戻していいですか?。』
『あぁ、なんぢゃ、かまわんよ。』
『あの、おじいさんは、いつごろから女房の守護霊になっていたのですか?。』
『そうさなぁ・・・、あれは確かひ孫が女子高生の頃ぢゃったから・・・・。わしが死んで、十七回忌の頃ぢゃったかな。』
『十七回忌ですか?。』
『そうぢゃ、それまでは、先代・・・わしの親ぢゃが・・・が守護霊を務めておった。やっと十七回忌にいたって、わしが守護霊になってもよいという許可がでたんでな。それで守護霊になることができたんぢゃ。』
また、わからないことがでてきた。わからないことだらけだ。
『先代・・・ですか。そうやって先祖が守護霊になっていくんですね。』
『そうぢゃ。守護霊は先祖がなるもんぢゃ。まれに神仏が守護しているものもいるが、そういうものは、そういう職業・・・神主やら僧侶やらになっているわな。しかも、相当の法力をもつものにな。まあ、そんな方はそうおらん。むしろ、魔物が守護しているものの方が多いがな。』
『ま、魔物?。』
『まあな、一般的には守護霊は先祖がなるもんぢゃ。その家のな。で、たまに魔物にとり憑かれておるものいるんぢゃな。この場合、そいつの守護霊は魔物になる。ぢゃから、そやつは極悪人ぢゃな。善人の顔をした悪人もいるがな。と、それと、神仏が守護霊になっていらっしゃる方もたま〜にいるが、それは滅多にない。わしも一度しか会っておらん。』
『ちょっと待ってください。魔物が守護霊って話もすごく興味があるんですが、順番に行きましょう。その、おじいさんが十七回忌のころ、守護霊になってもよい、と許可を与えたのはどなたなんですか?。』
『そりゃあ、決まっておろう、先祖ぢゃよ。ご先祖様ぢゃ。ご先祖様の中には、立派な方がおられてな、その家の繁栄を仕切っていらっしゃる方々がいるんぢゃ。その方たちが、その家のそれぞれの守護霊を決めていなさる。』
『なるほど・・・。じゃあ、女房の場合、女房の実家のご先祖様の偉い方が、おじいさんに女房の守護霊になりなさい、と命じたんですね。』
『まあ、そういうことぢゃな。』
『じゃあ、生きているもの一人につき、一人の先祖が守護霊になっているんですか?。』
『どういうことぢゃ?。質問がよくわからんぞ。』
『いや、え〜っと、じゃあ、聞き方を変えます。おじいさんは、女房の他の人の守護霊にはなっていないんですか?。』
『あぁ、そういうことか。いんや、なってるよ。』
おっと、これは意外であった。俺はてっきり先祖の一人が生きているものの一人に対応しているのかと思っていたのだ。つまり、マンツーマンだと思っていたのである。それがどうやら違うようで、重複していることもあるようなのだ。
『他の方の守護霊もやってるんですか?。』
『守護霊をやってる、って言うのも変ぢゃが、やってるよ。わしの孫のね、守護霊も務めているんぢゃ。つまり、こやつの父親と母親ぢゃ。それと、こやつの兄貴ぢゃな。妹はわしの連れ合いがやっておる。』
また、頭がこんがらがってきた。どうもこの守護霊の話はわかりにくい。俺は、
『ちょっと待ってください。整理します。』
といって、しばし時間をとった。

『え〜っと、おじいさんは、女房の父親の祖父、ですよね。』
『そうぢゃ。』
『で、おじいさんが十七回忌の頃、守護霊となった。それまではおじいさんの先代が勤めていたんですね。』
『そうぢゃ。わしは、十七回忌になるまで、天界で修行をしていた。まあ、わしの本体は未だに天界にいるんぢゃがな。今、ここにいるわしは、その分身ぢゃ。』
『あ〜、もう、よけいなことを言わないでくださいよ。またわけがわからなくなってきたじゃないですか。なんですって!、おじいさんは分身?。で、本体が天界にいる?。あ〜、どうなっているんだ。さっぱり意味がわからない!。』
俺はとうとうヒステリーを起こしてしまった。頭がこんがらがって、何がなにやらさっぱりなのだ。質問をするたびに、余分な話が次から次へと出てくる。挙句の果てには、天界・分身・本体・・・である。
そんな俺をおじいさんは、哀れな奴・・・というような目つきで眺めていたのだった・・・。


『お前さんのう、そう興奮しなさんな。青いのう・・・・。そうぢゃな、わしの説明も下手ぢゃったな。う〜ん、と・・・・。そもそもぢゃ。』
『そもそもなんですか?。』
俺は、まだ興奮が冷めていなかった。つい、とんがった言い方になってしまった。
『落ち着きなさいな、あんたぁ〜。リラックスして。興奮すると、魂のエネルギー消費が激しくなるぞ。』
まただ。なんだそりゃ。魂のエネルギー消費?。はぁ・・・、もうわけわからん・・・。俺はガックリきて、力が抜けてきてしまった。
『ほらほら、あんまり興奮するから、力がなくなってきただろ。しょうがないな・・・。よし、まあ、わしに任せろ。その方が説明がしやすい。』
そういうと、このじいさん女房の背後に廻った。すると・・・・。
「あらやだ、もうこんな時間だわ。そうだ、お線香、どうだったかしら。ご住職さんに、四十九日までは線香を絶やさないようにっていわれていたんだ。ちょっと見てこようっと・・・。」
女房は、そういうと俺の遺骨やら白い位牌が安置されている祭壇に向かった。俺は、力が抜けたようになっていたが、這うようにして女房のあとを追った。
「あらあら、線香がもうなくなっている。おかしいわねぇ。いつもより早くなくなっているような・・・・。え〜っと、いつ点けたんだっけ。まあ、いいわ。線香を・・・と。ついでにお参りしていきましょ、っと。」
そういうと、女房は線香とローソクに火をともし、ごにょごにょお参りを始めたのだった。そのとたん・・・。
『どうぢゃ、力がわいてきたろ。線香が切れていたんだな。お前さんが、あんまり興奮するから、線香が早く消費されたんぢゃよ。だから、わしがこやつに働きかけて、線香を見に行かせたのぢゃ。これが守護霊の力よ。』
『そ、そんなことって・・・あるんですか?。』
『風もないのにローソクの火が揺れる。風もないのに、いつもの線香なのに、なぜか早く燃え尽きる・・・。そういうことは、あるぢゃろ?。』
『あるぢゃろ?、といわれても、今までそんなことは感じなかったし、仏壇もあるにはあるけど、お参りなんて俺はしなかったし・・・。』
『まったく無信心なやつぢゃ。これだから・・・、うん、まあいい。どっちにしろ、お前さんが興奮したり、イライラしたりすれば、風もないのにローソクの火が揺れたり、線香が早くなくなったり、お供え物が妙に早くいたんだりするんぢゃよ。お前さんがな、それだけ魂のエネルギーを消費している、ってことぢゃ。それを救ってやったのぢゃから、感謝してもらわねば、な。』
じいさんは、俺に顔を近づけて、力を込めてそういった。

俺は思い出していた。そういえば、そんなような話を聞いたことがある。・・・・あれは、あぁそうだ。死出の山だ。あの消えてしまった男と出合ったときだ。確か、我々魂は、食べ物や線香の気、のようなものを吸って存在を維持しているのだ、と山おとこさんたちは言っていた。その気がないと、だんだん力が尽きてしまうのだ、と・・・・。
なるほど、それとあわせて考えると・・・。そうか、魂であっても興奮したり、イライラしたり、移動したりすれば、エネルギーを過度に消費するのだ。ということは、じっとしていれば、落ち着いていれば、そんなに消費することはないのだろう。ならば、守護霊となっているこのじいさん、かなりエネルギーを消費するのではないだろうか。特に別の誰かやモノに働きかけるときなどは、余計に力を使うのではないだろうか。
『ありがとうございます。』
俺は素直に頭を下げた。
『でも・・・、それじゃあ、おじいさんも、結構エネルギーを使っているんじゃないですか?。』
『そうそう、そういう素直な態度が一番ぢゃ・・・それと、わしのエネルギーの消費は、まあ、使っているにはいるんぢゃが・・・、まあのう、うん、順番に話した方がよかろう。』
そういうと、じいさんは、再び女房にくっついて、リビングの方へ移動したのだった。そのあとを俺もついていった。

リビングでは、女房が夕刊を見ながらくつろいでいた。
『ほう、やれやれ、これでちょっと落ち着くな。わしの憩いの時間ぢゃ。』
じいさんは、そういうと俺のほうを見てニヤッとした。
『さてと、順に話そう。まずは、本体と分身の話しぢゃ。黙って聞いておれよ。
そもそも守護霊になるには、資格が必要ぢゃ。死者ならば誰でもなれるものぢゃない。守護霊になれるだけの力を身につけねばならん。わしは、その資格を得るまでに17年かかったわけぢゃ。十七回忌から守護霊をしているからな。
でな、その資格というのは、天界へ生まれ変わっていること、ぢゃ。天界へ生まれ変わっていることが守護霊の条件なんぢゃよ。死んだ者が天界に生まれ変われると、守護霊になれる資格を持つのぢゃな。
そうして、天界へ生まれ変わったものは、自分の子孫の守護霊となる。しかし、勝手になるわけにはいかん。自分よりも古いご先祖の指示に従うのぢゃ。そのご先祖の指示がなければ、天界で修行しながら、守護霊になれる日を待っているしかない。勝手に「わしは孫の守護霊になる」な〜んて決めるわけにはいかんのぢゃ。
ここまでで、疑問はあるか?。』
『あ、いいや、わかります。生まれ変わりの話も少しは聞いていますからね。え〜っと、つまりですね・・・。
亡くなった方が、その家の子孫の守護霊になるには、その亡くなった方が天界に生まれ変わっていないといけない、という決まりがあるわけですね。これが第一の条件です。
で、無事、天界に生まれ変われることができたとしても、すぐに子孫の守護霊になれるわけではなく、もっと古い先祖の指示に従わなければならない、これが第二の条件ですね。』
『そうぢゃそうぢゃ、なかなかよくまとまっておる。その二つの条件を満たして、初めて守護霊となるのぢゃな。
そこでぢゃ。守護霊になるのぢゃが、それは天界に生まれ変わったものが直接この世に出向いて、守護霊になるのではない。分身がなるのぢゃ。わしの例で話してみようか。
わしは、死後13年をへて天界へ生まれ変わることができた。それまでは、地獄へ行っていたわけではないぞ。おお、そうぢゃ、お前さん、生まれ変わる先はいくつあるか知っておるか?。』
『え〜っと確か・・・・。下から地獄・餓鬼・畜生・・・・、えっと修羅・人間・天、じゃなかったですか?。』
『そうそう、ご名答。死んだ者が生まれ変わるのは、地獄・餓鬼・畜生・修羅・人間・天の六つのうちのいずれかぢゃ。亡くなった者は、四十九日を経て、生まれ変わり先が決まるのぢゃな。
しかし、ここで問題が生じる。』
『問題・・・ですか?。』
『ふむ。人間にはすぐに生まれ変われない、ということぢゃ。』
『えっ、どうしてですか?。』
『それはな、人間に生まれ変わると言っても、縁のあるところしか生まれ変わることができないからぢゃ。たとえばぢゃ。お前さんは死んだろ。やがて四十九日がやってきて、生まれ変わる先が決まる。そのとき、お前さんは人間界に生まれ変われ、と決まったとする。しかし・・・。』
『しかし?。』
『しかし、お前さんは、お前さんの縁のあるところにしか生まれ変わることができない。つまりぢゃ、お前さんは、お前さんの家系にしか生まれ変わることができないんぢゃよ。』
『あっ、・・・・そういうことですか。じゃあ、たとえば、また女房が子供を産まなくてはいけない・・・・のですよね。その子が俺の生まれ変わりになるんですね。』
『そういうことぢゃ。それは不可能ぢゃろ?。』
女房は、まだ30代である。だから出産は不可能ではないが、そうなるには再婚するかしないといけない。それはちょっと・・・・。
『納得いかんぢゃろ。』
じいさんは、俺の心を見透かすように言った。
『となると、お前さんは生まれ変われるチャンスが来るのを待たなければならない。お前さんの家系で次に子供を産めそうなのは、娘か息子の嫁、ぢゃな。』

『・・・・つまり、たとえば私の場合、もし人間界に生まれ変われ、と言う判決が出たら、私はうちの家系で誰かが出産するまで待たなければいけない、というわけですね。』
『そういうことぢゃ。』
『それは・・・どこで待つのですか?。』
『なに、天界のちょっと下に、人間界へ生まれ変わるのを待っている魂が集まる待合所があるんぢゃよ。』
『ま、待合所・・・ですか。』
『うん、そうぢゃ。まあ、一種の天界、ではあるな。わしもそこに13年いたんぢゃ。人は死んで、四十九日を経て先ほどいうた六つの世界のどこかに生まれ変わる。しかし、人間界だけは別ぢゃ。そのチャンスがすぐにないからぢゃな。そこで、天界へは行けぬが、人間界にも生まれていくチャンスがなくて生まれ変われない、という魂のために、人間界へ生まれ変わるのを待つ場所があるのぢゃ。そこが待合所だな。そこで、人間界へ生まれ変わるチャンスが来るのを待つんぢゃな。
しかし、ただ待っておるわけではない。修行をしながら待つんぢゃ。修行というのは、菩薩様が教えを説きに来るからそれを聞くのぢゃな。それと、現世の方で子孫が供養をしてくれるから、その時に唱えられるお経を聞くのぢゃな。そのお経の意味をよく吟味する、それが修行ぢゃ。そうしておると、次第に魂が浄化されるのがわかるんぢゃ。
そのうちに、時がたつに従い、天界へ移動するものも出てくるんぢゃな。時々、裁判官がやってきて、天界へ移動してもよいという許可を待合所にいる死者の魂に伝え、その許可が出た魂をそれぞれ天界へ連れて行くのぢゃ。それはたいていその魂の年忌のときに行われる。わしも十三回忌のとき、待合所から天界へいけるという許可がでたんぢゃ。
逆に、下へ落ちていく魂もある。折角、人間界に生まれ変われるチャンスを待っている魂なのぢゃが、現世の子孫が供養などをしないがために、エネルギーが尽きて、待合所にいられなくなるんぢゃな。そうなると、その魂は苦の世界へといってしまうわけぢゃ。』
『なるほど・・・。わかりました。死んだものは、四十九日後に生まれ変わる先が決まるけど、人間界に生まれ変わると決定したものだけは、すぐには生まれ変われない、それは子孫にその受け入れ態勢ができていないから、ですね。そこで天界の下に、そういう人間界に生まれわかるチャンスを待っている魂のために、待合所をつくったわけですね。
で、そこで人間に生まれ変わるのを待っている間、修行をしているのですね。その修行は、菩薩様が説く教えを聞いたり、子孫が現世で供養してくれる時に坊さんが唱えるお経を聞いたりすることなのですね。
その修行をしているうちに、魂は浄化され、天界への移動が許される。それはたいていは、死んだ者の年忌のときに行われるのですね。逆に、供養をされない魂、子孫が供養をしてくれない魂は、待合所にいられなくなり、どこか下の方の苦の世界へ移動させられる。』
『そう、そういうことぢゃ。なかなかものわかりがいい。』
『はぁ・・・まあ・・・。』
別に誉められても嬉しくはないのだが・・・。

『わしの場合で話そう。さっきもいうたが、わしは十三回忌のときに天界に移動をすることを許された。子孫がちゃんと供養をしてくれたおかげぢゃ。まあ、世話になっとる住職さんもなかなか立派な方ぢゃしな。おかげで、二段抜きで特進できた。』
『えっ?、なんですかそれ?。』
『天界にも段階があるんぢゃよ。レベルがあるんぢゃ。それによって待遇も変わるし、力も変わるんぢゃ。』
そのときである。
「ただいま〜。あぁ、おなかがすいた。お母さん、今日のおかずな〜に〜。」
娘が帰ってきたのである。そのため、話は中断させられたのであった。


『娘の顔も見たかろう。行ってこい。話の続きはあとぢゃ。』
女房の守護霊のおじいさんは、笑顔でそういうとスゥーッと消えていった。あれっ?と思ったが、なぜ消えたかは後で聞けばいい・・・、そう思った俺は娘の方へと移動したのだった。
「帰ってきたら手を洗って、お父さんにご挨拶でしょ。」
女房がリビングから大きな声でそう言った。
「わかってるわよ。あ、そうだ。テストもお父さんに見せなきゃ。」
娘はそういうと、洗面所で手を荒い、ランドセルの中をかき回していた。
「あった、あった。へっへっへ〜。じゃ〜ん!、100点だもんね〜。」
大きな声でそういうと、娘はそのテストを持って祭壇の前に座った。
「お父さん。100点だよ〜。あたしも頑張ってるから、お父さんもそっちの世界で頑張ってね。和尚さんにちゃんと聞いてるから。お父さんは、あの世で大事なことをしてるんでしょ。だから、早くそっちへ行っちゃったんでしょ。だから、ちゃんとそっちでお仕事頑張ってね。あたしは、大丈夫だよ。お母さんの手伝いもするし。弟の面倒も見てあげるからね。じゃあ。」
そういうと、娘はお鈴をチーン・チーンとならし、手を合わせたのだった。
俺は、涙が出そうだった。死人じゃなきゃ、そっと抱きしめているところだ。身体という実体がないことがもどかしかった。
『いい子に育っているではないか。』
ふと、声が聞こえてきた。
『えっ?・・・あなたは・・・・。ひょっとして娘の守護霊・・・ですか?。』
その声の主は、娘とぼんやり重なっていた。あまりにもうすっらとしか現れていないので、よくよく見ないとわからないくらいだった。
『そうだ。この子の守護霊だ。汝の遠い遠い先祖だ。はるか昔のな・・・・。いずれは、汝がこの子たちの守護霊となるのだが、それはまだまだ先だ。それまでは、我らが守護霊を勤めるのだよ。安心していなさい。』
そのうっすらとした娘の守護霊は、そういうとスーッと消えていったのであった。

また、消えた。女房の守護霊のおじいさんといい、娘の守護霊といい、なぜに消えるのだ。また、どうして娘は遠い遠い先祖が守護霊となっているのだ。そういえば、俺の両親だってもう死んでいるし、父方も母方も、祖父母は亡くなっている。そうだ、そういえば、俺は結婚するとき、すでに天涯孤独の身の上だった。俺に残されたのは、親が残してくれた少しのお金だけだったのだ。
俺はこの土地のものではない。大学からこっち、この地に住んでいる。就職をしたすぐに父親を亡くした。そのあとすぐに母親が亡くなった。残ったのは、両親が残していたわずかな貯金と保険金だけだったのだ。そのお金を持って、俺は故郷と別れた。もう二度と帰ることはないと決めていた。俺の両親や祖父母は、今あの世でどうしているのだろうか。どの世界にいっているのだろうか。そういえば、俺は供養も何もしていなかった。故郷のお墓はどうなっているのだろうか。娘の守護霊は、俺の家の遠い遠い先祖と・・・。
「ただいま〜。あ〜、おそくなちゃった。」
俺のとりとめのない思考は、息子の声で中断させられた。いつの間にか、娘は祭壇の前からいなくなっていた。
「手を洗って、お父さんにご挨拶なさい。」
女房がキッチンでそういっている。夕飯の支度をしているのだろう。もう、そんな時間になっていたのだ。
息子は、大声で返事をすると、とたばたと家の中を駆け巡り、祭壇の前に座った。チーン・チーンと無造作に鈴をならし、
「お父さん、ただいま。おなかがすいたから、ご飯食べてくるね。じゃあ。」
それだけ言うと、さっさと立ち上がってキッチンの方へと向かった。その立ち上がる瞬間であった。またうっすらと影が現れたのだ。
『安心しなさい。この子も守護している。汝と交代するまで、しっかりと守護しているから。安心しなさい。』
その影はそれだけいうと、またスーッと消えていったのだ。

俺の家の遠い遠い先祖・・・。俺は、両親が亡くなって以来、故郷に戻っていない。年忌の供養も、墓参りも何もしてこなかった。今思えば、それはすごく親不孝なことだったのだ。父親も母親も祖父母も、なんのエネルギーも与えられなかったことになる。
確かに、仏壇は購入した。この家だって、両親が残してくれたお金があったからこそ、建てることができたのだ。もちろん、ローンもあったが・・・。いや、そんなことよりも、俺の両親や祖父母、先祖はどうなっているのだろうか。どこへ行っているのだろうか。天界・・・ではありえないだろう、それは間違いない。俺は供養も何にもしてこなかったのだから・・・。
『まあなぁ、そういうもんぢゃが、そうとも限らんのぢゃよ。』
おじいさんの声が聞こえてきた。キッチンの方からだ。俺は、キッチンに向かった。
『お前さんの両親は、よく考えておったようだな。それにお前さんの性格もよ〜く理解しておったようぢゃ。』
食卓には、女房と娘・息子が座っていた。楽しそうに語らいあいながら、食事をしている。一家団欒の風景だ。欠けているのは俺の存在だけだ。とはいえ、俺が生きているときでも、この家の食卓はこんなものであったのだ。俺は仕事上、こんな早い時間に帰宅したことはない。一家全員で食卓を囲んだというのは、せいぜい休みの日ぐらいである。それも月に一回あるかないか・・・だ。こんなことなら、もっと家族サービスをしておけばよかった。
『まあ、何を思っても後の祭りぢゃよ。いまさら仕方がなかろう。』
どこまでわかっているのか、おじいさんは俺のほうを見て、そう言った。確かに、後の祭りである。いつまでも嘆いていても仕方がない。俺は俺のやらねばならないことをやるだけだ。
『俺の両親がよく考えていた、というのはどういうことですか?。』
『お前さんが無信心で供養なんてしない、そういう人間だ、ということをよく理解していたのぢゃよ。』
『どういうことです。まあ、確かに私は無信心ですよ。実際供養なんてしませんでした。両親はそのことを予測していた、ということですか?。』
『そういうことぢゃな。』
『そ、それはどういうことですか?。なにか、根拠でもあるんですか?。』
なぜか面白くなく、俺はムキになってしまった。
『根拠も何も、お前さんの両親は、お寺さんに永代供養を頼んであるんぢゃよ。そうぢゃから、遠い先祖もちゃんと守護霊ができるんぢゃよ。』
『永代供養?。なんですか、それ。』
『お前さんの両親は、お前さんが供養をしたり、法事をしたりするなんて思っていなかったんぢゃな。このままでは、死んでから見捨てられるだけだと、そう思っておったのぢゃよ。それは、当たっておったわけぢゃ。実際、オヌシはな〜んにもしておらんからな。』
俺はムカムカした。あからさまに他人にそう指摘されると面白くない。しかし、事実であるから、何も言い返せなかった。
『そこでぢゃ、お前さんのご両親は、お寺さんに五十回忌までの永代供養を頼んでおいたのぢゃ。お墓のお守りもな。田舎のお寺さんは真面目ぢゃからな。そりゃあもう、ちゃんとしっかり供養をしておる。年忌も忘れずにしっかり勤めていらっしゃる。お前さんが知らぬだけぢゃ。』
俺はちょっとショックを受けた。と同時にやはり両親に悪いことをしたのだ、と恥ずかしく思えてきた。さらに、両親は俺に何の期待もしていなかった、と思うと、淋しくもあったのだった。
『そ、そうだったんですか・・・・。俺は、親不孝者なんですね。え、じゃあ、その永代供養の費用はどうなっているんでしょうか。』
『ご両親は、生前のうちにお寺さんとよく話し合っていたようぢゃな。で、ご両親お二人分の永代供養料を払っていたようぢゃ。五十回忌までのな。お前さんに期待していなかった・・・ということもあるが、迷惑もかけたくなかったのぢゃろう。田舎を嫌っていたのぢゃろ。折角都会で就職したのぢゃ。両親の面倒を見るとか、死後の供養のためとかで就職先を辞めるようなことをして欲しくなかったのぢゃろう。それで死後のことまで始末をしておいたのぢゃろう。ありがたいものぢゃ、親というものはな。』
そうだったのか・・・。そこまで俺は両親に・・・・。面倒をかけてしまった。それなのに、俺は早死にしてしまった。やはり、親不孝ものだったのだ、俺は・・・。
『いまさら嘆いても仕方がないぞ。死人ぢゃからな。それにぢゃ。お前さんの死は、特別ぢゃからな。』
『特別?。前にもそんなようなことを言ってませんでしたか?。それはどういうことですか?。』
『う〜ん、まあ、言ってもいいのぢゃろうか。それとも・・・。』
じいさんの歯切れが急に悪くなった。どうも俺の死に関することになると、歯切れが悪くなる。何か秘密でもあるのか・・・。
『そうぢゃなぁ・・・。えっと、お前さんの葬式をしてくれたあの和尚さん、あの和尚さんに聞いたほうがいいと思うのぢゃが。あの和尚さんはお前さんの知り合いなんぢゃろ?。』
『えぇ、そうなんですよ。知り合いというか、大学の先輩でして。しかも、サークルが私と同じだったんですよ。報道研究部だったんですが、そこの有名人だったんです。まあ、先輩といっても、ずいぶん上の先輩なんですけどね。なんで、大学時代は直接は知りませんでした。あの和尚と関ったのは、私が出版社に就職してからのことでして・・・。
あの和尚、ちょっと変わった和尚さんでして、昔は坊さんになるのが嫌でしょうがなかったらしいんですよ。ところが、大学の4年の頃ですか、就職活動のときに、ちょっと病気になったらしいんです。それも霊の仕業とか。その話を聞いたとき、私はまったく信じていませんでしたけどね。で、あの和尚さんのお父さん、先代の和尚さんですね、その方にお祓いをしてもらったんだそうです。すると、その霊・・・悪霊なんだそうですが、たちまちのうちに消え去り、病気が治ったんだそうです。そこで、就職せずに高野山に修行に行ったんだそうですよ。その話がね、うちのサークルに伝わっていたんですよ。私はまったく信じていませんでしたけど、そんな先輩がいる、その先輩のお寺はこの近所だ、という話は知っていたんです。
で、就職してからのことです。ご存知のように私の就職先は小さな出版社でして、雑誌も三流なものですから、流行ものは何でも扱う、というのがモットーでした。それで、あるとき心霊特集を組んだのですよ。そこで編集長から心霊関係のネタはないか、と聞かれまして、大学の先輩にこういう人がいるんですがと報告したら、取材をしてこい、となったわけです。それ以来の関係なんですよ。』
『ふ〜ん、そうか、ぢゃあその時に感じた、わけぢゃな。・・・ふんふんそうか、そうか・・・。しかし、わしも気付かんかったのにのう・・・。なかなかのものぢゃ。』
『ちょっと、一人で納得してないでくださいよ。私にも教えてくださいよ。どういうことなんですか?。』
『うん、それについては、直接和尚さんから聞くのがよかろう。明日にでもお寺へ行くがいい。』
『いけるんですか?。この家から出ることができるんですか?。』
『お前さんは、今誰の守護霊も勤めておらん。いわば自由ぢゃ。ぢゃから、どこへでもいける。まあ、次の裁判が近付けば、戻らなきゃいけないがな。それまでは、ともかく自由ぢゃよ。』
『ほう、そうなんですか。じゃあ、会社にもいけるわけだ。』
『無論ぢゃ。ぢゃが、行ってどうする。それよりも、和尚さんのところへ行くことぢゃ。会社はそのあとでよかろう。』
『はぁ、まぁ、確かにそうですけどね・・・。』

言葉が途切れた。そこまで話したおじいさんは、考え込むような顔つきになっていた。子供たちは食卓から離れ、リビングのTVの前に座り込んでいる。あまり近くからTVを見るな、と注意をしていたように思うが、今から思えば、そんなに注意をしたことはない。仕事仕事で接触が少なかったのだ。子供に対しては、自分の心の中で思っていただけで、直接注意したことなんてほんのわずかしかない。もっと、話しておけばよかった。
女房はというと、食卓に座ったまま、TVを見ている子供たちを温かい目で眺めている。いつもあんな目をして子供たちを眺めていたのだろうか。その目を見たら、安心して子供たちを任せられると、俺はそう思った。それが顔つきにでたのか、俺の顔を見ておじいさんがいった。
『大丈夫ぢゃ。子供たちは安心して任せておきなさい。』
その言葉に、俺は心癒される気分だった・・・・。
いや、まてよ、何か忘れている。そうだそうだ。おじいさんに守護霊について教えてもらっていたのだ。のんびりしている場合じゃない。まだ、その話が途中だった。どこまで聞いたっけ・・・。確か・・・。
『おじいさん、話が途中になっていますよ。続きを教えてください。』
『うん?、なんぢゃったかな?。』
『守護霊の話ですよ。確か、守護霊の本体は別のところにあって、分身がこちらに来ている・・・というような話じゃなかったですか?。えぇっと、二段階特進で天界に進んだ・・・とか。』
『おぉ、そうぢゃそうぢゃ。その話ぢゃった。年を取ると物忘れが激しくなるからいかんのう。そうそう、わしはな、13回忌のときに、二段抜きで待合所から天界へと移動できたんぢゃよ。天界にもレベルがあるんぢゃ。』
話がようやく戻ってきた。

『天界のレベルですか?。』
『そうぢゃ、天界にもレベルがあるんぢゃ。天界はな、大きく分けて三つに分かれる。欲も肉体もある天界、これが一つ。欲はないが肉体はあるという天界、これが二つ目。そして、欲も肉体もない、魂だけの天界、これが三つ目ぢゃ。初めの欲も肉体もある天界を欲界(よくかい)といい、欲がなくなり肉体だけがある天界を色界(しきかい)といい、欲も肉体もない魂だけの存在の天界を無色界(むしきかい)というのぢゃ。ここまでで質問はあるか?。』
『はい、え〜っと、天界に生まれ変わるっていうのは、人間みたいに肉体があるんですか?。その欲界と色界ですか、そこに生まれ変わったものには肉体があるんですね?。』
『そうぢゃ、肉体があるんぢゃ。天界に生まれ変わっているんぢゃから、ちゃんと肉体はあるよ。魂だけの存在、お前さんみたいな幽霊みたいな存在とは違うんぢゃな。ちゃ〜んと肉体がある。』
『でもおじいさん、今、肉体はないじゃないですか。どうみても、幽霊みたいですよ。』
『ぢゃから、今のわしは分身ぢゃ、と言っておろう。本体は天界の方にいるんぢゃよ。』
『あっ、そうか・・・。おじいさんは、分身なんですね。あぁ、そうか。それで幽霊みたいなんですね。つまりは、肉体のある本体と言うのは天界にいるんですね。』
『そういうことぢゃ。ようやくわかってきたのう。』
『あぁ・・・、はい、なんとなくですが・・・。で、おじいさんの本体はどの天界なんですか?。欲のあるところなんですか?。』
『もちろんそうじゃ。そう簡単に上のほうへ行けぬわい。まあいい、順に話そう。さっきの話、天界には大きく分けて三種類ある、というのはわかったな。』
『はい、わかりました。』
『でな、その大きく分けて三種類ある天界それぞれは、さらにいくつかに分かれておるのぢゃ。』
『え〜っと、欲界の天界、色界の天界、無色界の天界、それぞれがさらに分かれているんですね。』
『そうぢゃ。さらに細かくランク付けされておる。で、わしがいるのは、欲界の中の天界なんぢゃが、下から三番目のところにいるんぢゃよ。』
『下から三番目ですか?。おじいさんは、人間界と天界の間の待合所にいたのですから、普通はその上の天界に行くんですよね。確か、二段抜き・・・と言ってましたよね。ということは、一番下とその上を抜いた、ということですね。ははぁ、なるほど・・・。それで下から三番目、ですか。』
『そういうことぢゃ。おぉっと、いかん。話はここまでぢゃ。また、あとでな。』
どうしたことか、おじいさんは急にそういうと、すーっと消えてしまった。突然のことだったので、俺にはなぜ話が中断されたのかわからなかった。
『いったいどうしたのですか?。急に消えてしまって?。またあとで、ってどういうことです?。』
そう問いかけてみたが、おじいさんの姿は現れなった。が、魂に直接話しかけているように声が伝わってきた。
『あとでと言ったら、あとでぢゃ。どういうことかすぐにわかる。』
と・・・・。
『すぐにわかる・・・っていったてねぇ・・・。』
と独り言を言っているときだった。女房が、ふと立ち上がったのだ。
「さぁ、あなたたち、そろそろお風呂よ。いつまでもテレビばかり見てちゃダメよ!。」
女房がそういうと、子供たちがテレビの前からしぶしぶ立ち上がった。しかし、
「お母さんたち、先に入ってよ。あたしはまだテレビ見てるから。」
娘はそういうと、再びテレビの前に座ったのである。まあ、いつものことなのだろう。娘の言い分に女房と息子はすぐに反応したのだ。
「わかったわよ。じゃあ、二人で先にはいろ。」
そういうと、女房と息子はお風呂へと立っていったのだった。

『はは〜ん、そういうことですか。おじいさん、一応遠慮してるんですね。女房の裸を見ないようにしてるんでしょ。わかりましたよ。お気遣いありがとうございます。でも、普段からちゃんと消えてくれているんですか?。こっそり見たりしてないですよね。』
俺はわざと、そうつぶやいてみた。が、返事は来なかった。ということは、本体へと戻っているのだろうか?。本来いるべき場所の天界に戻っているのだろうか。ということは、今、女房は守護霊がいない状態なのだろうか?。じゃあなんだぁ、女房は今、無防備なのか?。もし、無防備なのなら、それはそれで困らないのだろうか。いや、まてよ・・・。俺はふと思いついた。最初に思った疑問点への解答である。つまり、夫婦生活のことだ。お風呂に入る程度で守護霊のおじいさんは遠慮して姿を消した。ということは、夫婦生活のときもきっと姿を消しているのだろう。まさか、見ている・・・・ということはあるまい。お風呂程度ではすまないのだから・・・。
『そうか、そういうことなんだ。守護霊も場合と状況によっては、姿を消すこともあるんだ。しかし、その時は無防備なのか?。守護霊がいない状態なのだろうか?。そういえば、息子や娘の守護霊も姿を消したが、それはいなくなってしまったのだろうか?。しかし、我らがちゃんと守る、と言っていたように思うが・・・・。ということは、消えてはいるが、それは姿を隠しているだけなのだろうか?。う〜ん、よくわからないな・・・。なぞだらけだ。』
俺は、一人ブツブツつぶやいていたのだった。もちろん、俺のつぶやきには、誰も答えてはくれない。誰も振り向いてもくれない。虚しいだけである。
俺は、女房についていって一緒にお風呂に行こうかと思ったが、やめにした。下手に刺激を受けて、この世に未練が出てきては困るからだ。俺は若くして死んだ。女房だって若い。俺は覚っているわけでもなんでもない。欲望も多々ある、今でも。ただ、肉体がないだけなのだ。しかし、下手な刺激は避けたほうがいい・・・。俺は、そう思ったのだ。だから、娘の横に並んで、テレビを見ることにした。他愛のないドラマだった・・・。

女房の娘を呼ぶ声が聞こえてきた。どうやらお風呂からあがったらしい。娘は、
「わかった〜。これが終わったら入る。」
と、テレビを見つめたまま返事をした。極普通の日常である。どこの家庭にもある風景だ。ただ欠けているのは、父親の存在だけである。
『はぁ〜、人間界のドラマは相変わらずつまらないねぇ〜。さて、女房のところへでもいくかな。』
俺はそうつぶやいて、立ち上がった。そのとき、ふと娘が
「ふ〜ん、結構おもしろいんだけど・・・。ま、いいか・・・。」
とつぶやいたのだった。俺はびっくりした。まさか、俺の声が聞こえたのだろうか?。それにしては、顔を俺のほうには向けていない。どういうことなのだろうか。ためしに、俺はその場に立ち止まったまま、娘に話しかけてみた。
『この主役の男のファンなのか?。』
が、今度は無反応だった。娘はひたすらテレビに見入っているだけだった。無言で・・・・。
『そうか・・・。さっきのはたまたま偶然だったんだな。ドラマのセリフにでも答えたのかな?。単なる独り言だったのかな・・・・。そりゃそうだよな。あははは・・。』
俺は、ちょっと虚しくなった。しかし、仕方がないことだ。俺は死人なのだから・・・・。

娘のところをあとにして、女房のところへと向かった。女房は、息子の横で宿題の手伝いをしていた。
『おぉ、やっと来たか。』
そこには、おじいさんの姿があった。俺は、少々意地悪く聞いてみた。
『何で消えたんですか?。いきなり。』
『バカモノ、知っておるくせに。』
そういうと、おじいさんはニヤッとしたのだった。
『わしだって見たくはないものもあるし、見ない方がいいものもあるのぢゃよ。いくら守護霊でもな。ぢゃから、そういう時は姿を消すのぢゃ。』
『姿を消すって、どういうことなんですか?。本体のいる天界に戻っているんですか?。』
『戻っているときもあるし、意識を消しているだけのときもある。まあ、簡単に言えば瞑想中ぢゃな。』
『へぇ〜、瞑想もできるんですか。すごいですね。じゃあ、そういう時は、何も感じないんですか?。』
『そうぢゃ。そういう修行をしたからこそ天界に生まれ変わることができたのぢゃし、天界に生まれ変われたからこそ、いろいろな神通力が使えるようになったのぢゃ。』
『じ、神通力ですか?。』
『そうぢゃ。今、わしが分身としてこやつらの守護霊を勤めることができるのも、神通力があるからぢゃよ。』
『分身の術・・・・みたいな。』
『あっはっは。時代劇のか?。う〜ん、まあ、似たようなものかな・・・。そう思っても間違いではないのう。ま、いずれにせよ、本体は天界にいて、その分身の術で今こうして守護霊をしている、そう思っていいよ。その方がわかりやすかろう。』
『へぇ〜、そういうものですか・・・。神通力ねぇ。じゃあ、おじいさんが、消えているとき、たとえば本体に帰っているとき、女房は守護されていないんですか?。』
『いいや、守護してるよ。それも神通力ぢゃ。神通力の一つでな、遠くから守護することができるんぢゃ。ただし、それはちょっとエネルギーをたくさん使う。分身の術の方が楽なんぢゃよ。』
『う〜ん、ちょっと待ってください。もう、何を聞かされてもあまり驚きませんし、興奮もしませんけどね、どうもまたこんがらがってきました。なので、さっきの話しに戻りましょう。それから、その神通力について教えてくださいよ。』
『おぉ、そうぢゃな。話の続きがあったのう。どこまで話したっけ?。』
『下から三番目の天界にいる、とか・・・。』
『そうそう、そうぢゃったのう。えぇっと、わしがいる欲界の天界は、六つのランクがある。わしは、その中の下から三番めに生まれ変わることができたんぢゃ。一番下の天界は、名を下天(げてん)という。』
『それって、織田信長が好んで舞ったときに歌った歌に出てくる、あの下天ですか?。』
『おぉそうぢゃ。よく知っておるのう。さすが、マスコミの人間ぢゃな。そうそう、あの歌・・・人間五十年 下天の内をくらぶれば 夢幻のごとくなり・・・ぢゃ。その下天ぢゃよ。そこが一番下の天界で、四天王が住んでおる。』
『四天王って、え〜っと毘沙門天とか、広目天とか・・・の?。』
『そうそう。下天の東に持国天、南に増長天、西に広目天、北に毘沙門天が住んでおるのぢゃ。』
『へぇ〜、四天王でもそんな下なのですか?。天界の一番下なんですね。おじいさんは、その上に行ったんでしょ?。じゃあ、四天王より偉いんですか?。』
『いやいや、そういうわけぢゃない。四天王は、天界を守るために一番下にいるのぢゃよ。天界の入り口は一番下の下天にあるからな。そこに魔物などが進入しないように、門番をしているだけぢゃ。ガードマン役ぢゃな。』
『あぁ、じゃあ、仕事で下天にいるんですね。』
『そういうことぢゃよ。で、その上が三十三天。トウリ天ともいうがな。そこには、三十三の国があるんぢゃ。』
『天界の中の国家・・・ですか。』
『そうそう。その中で最も大きな国が帝釈天様が治める国ぢゃ。』
『帝釈天って、あの柴又の?。』
『そうそう、あの帝釈天様ぢゃ。呼び捨てにするな。帝釈天様は、そのトウリ天という天界の王者なんぢゃぞ。』
『でも下から二番目なんですよね。』
『これこれ、滅多なことをいうもんぢゃない。意味が違うんぢゃ。そんなことを言うたら、バチがあたるぞ。いくら下から二番目、とはいうが、そこの王になろうと思ったら、そう簡単なことではないぞ。帝釈天様の元に生まれ変わる事だって難しいのに。』
どうしたことだろう、おじいさん、妙にあわてだした。帝釈天になにかあるのだろうか?。バチがあたるとかいっていたが・・・。俺は、少し突っ込んで聞きたくなった。
『でも、帝釈天もなんだか頼りないですよね。もっとすごい神様なのかと思っていましたが、下から二番目の天界の王なんですか。その上にもまだまだたくさんの天界があるんでしょ。なんだか、帝釈天も価値が下がってしまったような・・・。』
『バ、バカモノ!。な、なにをいうか。失礼な。』
突如、おじいさんは、大声で怒り出した。俺は、びっくりしてしまった。
『あ、あ、あの・・・でも、だって、おじいさんは、その上に行ったんでしょ?。』
『バカモノ、それと帝釈天様が下にいるのとは、わけが違う。あのな、トウリ天には、三十三カ国あるんぢゃ。それはさっき言ったな。』
『は、はい聞きました。』
びっくりである。じいさんの剣幕に俺はたじたじだった。よほど悪いことを言ったらしい・・・。
『その国々はな、大小さまざまぢゃ。つまり、トウリ天の中の国にもランクがあるんぢゃ。』
『あぁ、なるほど。帝釈天の国は、その中でも最高位なんですね。』
『そうぢゃ。帝釈天様、ぢゃ。ぢゃから、帝釈天様の国に生まれ変わるのは難しいんぢゃよ。その上の天界、わしがいるヤマ天に生まれるよりもな。』
『そ、そういうことだったんですか。わ、わかりました。え〜っと、トウリ天ですか?、そこは、天界でも下から二番目ですが、そのトウリ天内にもランクがあって、最高位の帝釈天・・・帝釈天様の国は、上の天界よりも、本来的にはランクが上、なんですね。』
『ふぅ〜、そういうことぢゃ。ぢゃから、帝釈天様が下から二番目のような、低い神、と思っては間違いなんぢゃよ。まったく、コイツは恐ろしいことをいいよる。』
『は、はい、わかりました。あの、じゃあ、人間がそのトウリ天に生まれ変わっても、帝釈天・・・様の国には生まれ変わるのは難しいんですね。』
『そうぢゃ。トウリ天に生まれ変わる人間は比較的多いが、たいていは、小さな国ぢゃな。名前もよう知れておらん神様の元に生まれ変わる。どうしても帝釈天様の国に生まれ変わりたいのなら、帝釈天様の信仰をするか、ぢゃな。それでも、せいぜい帝釈天様の国の掃除係にでもなれたらいいほうぢゃ。』
『は、はぁ・・・。わかりました。帝釈天様は、実は偉いのだ、と・・・。』
『そうぢゃよ。滅多なことをいうもんぢゃないぞ。バチが当たる・・・。』
どうやら、帝釈天は怒ると恐ろしいらしい。おじいさんのあわてようは尋常じゃなかった。相当怖い神様のだろう。俺は、話題を変えることにした。
『と、ところで、おじいさんのいるところは、そのなんていう名前の天界でしたっけ?。』
『うん?、わしか、わしがいるのは、ヤマ天ぢゃ。閻魔様のところぢゃよ。』
『えっ、閻魔様?。』
また、とんでもない名前が出てきたものである。俺は思わず、叫んでしまったのであった。

『閻魔様って、あの閻魔様・・・ですか。』
『そうぢゃ、他にどの閻魔様がいらっしゃるのぢゃ。』
『はぁ、そうですねぇ、他にはいませんよね。』
閻魔大王の天界といえば、確か一番初めに見つけられた楽園ではなかったか。閻魔大王は、本当の名をヤマといい、人間の死者第一号だった。で、あの世を進んでいったら楽園があった。そこには仏様たちがいて、閻魔様にその場所を譲った・・・・という話を俺は思い出していた。それは、第一裁判所の裁判長である秦広王から教えてもらった話である。
『確か、閻魔様が見つけた世界は楽園だったんですよね。ということは、おじいさんは、その楽園にいるんですか?。』
『そうぢゃよ。よく知っているぢゃないか。裁判官様にでも教えてもらったのか。』
『はい、閻魔様が人間の死者第一号で、楽園を見つけられた方、という話は聞きました。』
『そうか、ぢゃあ話は早いな。わしはそこにおるんぢゃ。』
『閻魔様もそこにいるんですか?。』
『いらっしゃるんですか?、ぢゃな。言葉に注意せよ、若者よ。もちろんいらっしゃる。お優しい方ぢゃよ。』
『でも、閻魔様は裁判官もされているんですよね。しかも、恐ろしいという評判ですが。』
『それはな、仕事ぢゃからぢゃ。裁判所にいらっしゃる閻魔様は分身ぢゃよ。ご本体は、ヤマ天にいらっしゃる。菩薩様のお話を聞き、優しく我々に接してくださるんぢゃ。』
閻魔大王のイメージとは、まったく合わない話である。優しい顔の閻魔様・・・・。まだ、俺は閻魔大王には会ってはいないが、閻魔様といえば恐ろしい顔、激怒した顔、というイメージが強い。どうも優しい顔というのは想像がつかない。確か、ヒゲモジャでごつい顔で・・・、それが優しく?・・・・。山賊の親分が笑った顔か?。
『まあ、今ぢゃ想像つかんぢゃろうて。わしもな、ヤマ天に行くまではわからんかったよ。ヤマ天への昇格が決まったときは、ドキリとしたからのう。きっと、厳しいところなんぢゃろうと思ってビビッていたが、そうでもなかった。本当にヤマ天は楽園ぢゃ。』
おじいさんは、そういうと、何を想像しているのか、嬉しそうな顔をしていた。
『はぁ、そんなにいいところなんですか。ふ〜ん、何がそんなにいいんですか。おじいさんはそこで何をしているんですか?。』
『わしか?。う〜ん、教えていいものぢゃろか。』
『ぜひ教えてくださいよ。別に怒られるようなことじゃないでしょ。』
『しかしのう、お前さんは・・・まだまだ、これから裁判を受ける身ぢゃしのう。』
そういうと、おじいさんは腕を組んで考え込んでしまったのであった。
と、その姿のままおじいさんは動き始めた。俺はびっくりしたが、なんのことはない、女房が動いたのである。俺は、女房のあとをついていった。

女房は、和室の方へ向かった。そこには俺の遺骨と写真、白木の位牌がおいてある。ローソクを新しいものにつけかえ、渦巻状の線香に火を灯した。そして、
「あなたおやすみなさい。」
と声をかけ、鈴を鳴らし、しばらく頭を下げていた。俺は、おじいさんと話しこんでいて時間を忘れていた。いつの間にか、もう子供たちは眠ってしまったようだ。女房も、もう寝るのだろう。ローソクを消し、線香はそのままで、和室の電気を消し、和室を出た。
2階にあがり、一つの部屋に入った。そこには2段ベッドがおいてある。息子と娘がそこで寝ている。子供たちの寝顔をながめて、布団を直し、女房は部屋を出て、自分の寝室に入った。静かな夜である。女房も一人静かにベッドに入っていった。
おじいさんは、腕組をしたまま女房の横に座っていた。眠っているのか?。いや、そんなことはなかろう。守護霊、というくらいだから、霊的な存在であるはずだ。ならば、眠る必要はない。と俺は思ったが、そうではないのかも知れぬ。なぜなら、おじいさんの本体は天界にあり、今俺が見ている姿は分身なのだからだ。本体が眠れば分身も寝るのではないだろうか。おじいさんは、俺とは違って死者ではないのだ。本体は天界で生きているのだ。俺は死者だから、眠る必要はないが、おじいさんの場合、本体が寝てしまえば、ここで守護霊をやっている分身も寝てしまうのではないだろうか。
いや、まてよ、そもそも、おじいさんは天界に生まれ変わったと言っていたが、天界でもこの姿で生まれ変わっているのだろうか。生まれ変わった?、おじいさんのままで?、それはないだろう。そうなると、それはこの世で死んで、そのまま延長しているだけとなる。生まれ変わると言っている以上、やはり別の姿、というか、赤ん坊になって生まれていくのではないだろうか。

俺は、おじいさんに声をかけてみた。
『おじいさん、おじいさん、ちょっと聞こえてますか?。どうしちゃったんです?。寝ちゃったんですか?。』
何の反応もなかった。本当に眠ってしまったのだろうか。姿が見えている、ということは、本体の方へ帰ってしまったわけではないのだろう。もう一度、声をかけてみた。
『おじいさん、どうしたんですか?。寝てるんですか?。おじ・・・。』
『なんぢゃ、うるさいな。』
『なんだ、起きてたんですか?。どうしたんです。急に黙り込んで。』
『なにをゆうとるのぢゃ。わしゃ、最初っから寝てなんぞいない。わしらは、眠る必要なぞないんぢゃよ。分身ぢゃからな。だいたい、霊体ぢゃから、睡眠の必要はなかろ。お前さんもそうぢゃろうが。』
『はぁ、まあ、そうも思いましたけどね、声をかけても返事も何もなかったもんですから。』
『あぁ、ちょいとな、天界に戻っておったんぢゃ。』
『戻ってた?。でも姿は見えてましたよ。』
『魂だけ戻っておったんぢゃ。閻魔様に確認をしにな。』
『確認ですか?。なんの確認をしていたんですか?。』
『まあ、いいぢゃろう。うるさいやつぢゃ。それよりも、何か用があったんぢゃないのか。』
『あぁ、そうそう、今、思いついたんですが、おじいさんって、ヤマ天にいるときも、この姿なんですか?。』
『はん?、どういうことぢゃ。』
『いや、だから、ヤマ天にいるときも、おじいさんはおじいさんのままなんですか?。だって、おじいさん、ヤマ天に生まれ変わったんでしょ?。その姿のまま生まれ変わったんですか?。それとも人間みたいに、赤ちゃんとして生まれてくるんですか?。』
『あぁ、そういうことか。もちろん、ヤマ天ではわしはこんな姿はしていないぞ。まったく違う。』
『そうなんですか?。じゃあ、どんな姿なんですか?。』
『いい男ぢゃ。』
『いい男?。』
どういうことなのだろうか?。おじいさん、俺をからかっているのか。
『まあ、そうぢゃなぁ。なんていったらいいかのう。』
『あぁ、じゃあ、その生まれ方から教えてくださいよ。ヤマ天でも両親がいて、子供は母親から生まれてくるんですか?。』
『いや、そんなことはない。そもそもぢゃ、ヤマ天に父母はいないんぢゃ。』
『えっ?、両親はいないんですか?。』
『そうぢゃ。いないんぢゃ。人間みたいに、母親の胎内に命が宿るわけぢゃない。母親から子が生まれる・・・ということはないのぢゃよ。わしがいるヤマ天ではな。』
『じゃあ、どうやって生まれてくるんですか?。ヤマ天では、ということは、他の天界では人間界と同じような誕生の仕方なんですか?。』
『あぁ、そうぢゃ。天界によって違うんぢゃ。帝釈天様の統治されている三十三天では、そこの住民として生まれてくるから、まあ、人間界とよく似ておるらしいと聞いておる。わしは、詳しいことは知らんがな。ぢゃが、ヤマ天はちょっと違う。わしにはヤマ天のことしかわからんから・・・、それでいいなら教えてやろう。』
『もちろん構いません。私が聞きたいのは、おじいさんがヤマ天の中でも、今私が見ているおじいさんの姿なのかどうか、違うのならどうやって生まれてきたのかが知りたいんですから。』
『そうか、そういうことなら、・・・うん、そうぢゃな、どこから話そうか・・・。そうぢゃな、待合所から呼ばれたところからのほうがいいな。うん。』
おじいさんは、一人でそう納得すると、そもそもぢゃ・・・と話し始めたのであった。

『待合所で天界へ生まれ変わることができる、と告げられるぢゃろ。そうなると、待合所にいたその連中・・・そこではみんな亡くなった時の姿でいるんぢゃが・・・それらは、大きな蓮の花が咲いている池に連れて行かれるんぢゃ。で、その蓮の花の中に入るように言われるんぢゃ。』
『蓮の花の中・・・ですか?。花の中に入るときの姿は、亡くなった時の姿なんですよね。今のおじいさんの姿ですよね。』
『そうぢゃ。わしのこの姿のまま、蓮の花の中に入るんぢゃ。でな、花の中に入ると、蓮の花びらが閉じてくる。中は真っ暗ぢゃ。で、眠たくなってくる。なのでわしは寝てしまったんぢゃ。でな、しばらくすると・・・。』
『しばらくすると?。』
『なんとも気持ちがよくなってな、目が覚めた。すると、花びらが開いていくんぢゃな。』
『ほう・・・。蓮の花びらが開いていくんだ。』
『うん、そこはな、大きな池ぢゃった。花びらが開いて、初めて目にしたものは、大きな池の中に大きな蓮の花がいくつも咲いている、そういう景色ぢゃった。その花の中には、薄絹の衣・・・そうぢゃのう、昔話に出てくる天女の羽衣と言えばわかりやすいか・・・、そういう布をまとった美しい人が座っておった。あちこちに咲いている大きな蓮の花の上に、その人たちが座っているんぢゃ。そりゃあ、きれいぢゃ。でな、わしも自分を見てみようとした。わしも同じようなものを着ているのかと思ってな。』
『やっぱり、おじいさんも・・・。』
『あぁ、わしも身につけていた。触ってみようとして、手を出すと、なんとその手はわしの手ぢゃない。こんなしわしわのごつい手ぢゃないんぢゃ。』
そういうとおじいさんは、自分の手をひねりながら眺めていた。
『きれいな手なんぢゃよ。若い娘のような、な。着ている衣もきれいな色をして美しい。しばらくは、見惚れていたよ。衣、手、足・・・。周りもキョロキョロ見回してみた。みんな同じような色とりどりの美しい衣を着ていた。他のみんなもキョロキョロしてたよ。
誰かが、ふと立ち上がった。それを見て、わしも立ってみた。周りの蓮の花の上でも、みんな立ち上がった。その姿は、何ともいえずきれいぢゃった。そうぢゃのう、男前と別嬪さんばかりぢゃったんぢゃ。』
『男の人とか、女の人とか、わかったんですか?。』
『あぁ、わかったよ。そりゃもう、外見でわかるんぢゃ。そういう点は、人間とかわりはない。ただ、きれいぢゃ。男も女もきれいぢゃ。
わしは、池の水面に自分の姿を映してみた。どんな顔をしているのか気になったんぢゃ。』
『どんな姿だったんですか?。』
『こんな男前は見たこともなかった。まるで・・・人形のようぢゃった。自分に惚れたくらいぢゃ。』
『え〜、でも今の姿はおじいさんじゃないですか。』
『あわてるない。順番があるぢゃろ。あせるな、ちゅうんぢゃ。まあ、ええわい。
でな、その時はまだ意識がハッキリしていないというか、ぼんやりしておったんぢゃ。そこがどこかも、自分がなんでこんなところにいるのかも、なんで自分がこんな美しい姿になってしまったのかも、よくわからんかった。ただただ、驚きぢゃ。
そんな時、頭上から声が聞こえてきたんぢゃ。優しい、きれいな声ぢゃった。』
『その声はなんと?。』
『うん、その声はな、〜ようこそ天界へ。ここはヤマ天です。あななたたちは、人間界よりヤマ天界へ生まれ変わったのです。おめでとう、おめでとう、おめでとう〜と、そう聞こえてきたんぢゃ。でな、わしはその声のするほうを見てみた。するとな・・・。』
おじいさんは、そこでうっとりするような顔をした。おじいさんのうっとりした顔は、妙に不気味だった。
『わしらの頭上には、そりゃあもう、なんともいえぬくらい美しい天女様がいらっしゃたんぢゃ。』
『天女様?。』
『そうぢゃ。たんなる天女様とは違うぞ。とても神々しくて、そうぢゃな・・・あぁ、言葉では言い表せん。そりゃあもう、あんな美しい方はおられんぢゃろう。あぁ、美しいお方ぢゃ・・・。』
おじいさん、なんとなく顔が赤らんできている。半分透き通っているのだが、その顔がなんとなく赤い、いやピンクっぽいといったほうがいいか。思うに、じいさん、その天女に惚れているようだ。
『そのお方がな、〜さぁ、こちらへいらっしゃい〜、と手招きしてくれたんぢゃ・・・。』

つづく。



バックナンバー(十二、64話〜68話)


あの世の旅今月号へ        表紙へ