バックナンバー(十二)    第六十四話〜第六十八話

『へぇ〜、天女様が手招きをねぇ・・・。で、どこへ行ったんですか?。』
『その天女様について行くとな、大きな宮殿があった。』
『宮殿ですか?。』
『そう、まばゆいばかりに輝く、大きな宮殿ぢゃ。あんな大きな宮殿は、見たことも聞いたこともなかった。その宮殿はわしの知らない宝石でできておった。天界にしかない宝石ぢゃ。でな、そこはな、閻魔様が住んでいらっしゃる宮殿だったんぢゃ。』
『閻魔大王の住居だったんですね。』
『そうぢゃ。そこに我ら蓮から生まれた男女が通されたのぢゃ。そこで、閻魔様よりお言葉があった。
〜汝ら、子孫の信心と汝ら自らの徳により、この天界に生まれ変わることができた。善きことである。ありがたきことである。汝ら、今後とも怠らず、仏法を学び、修行に励めよ。この地が楽園だからといって、この地にいることで満足せぬよう、精進してまいれ〜。
とな、そうおっしゃったのぢゃ。そして、そのあとをあの美しい天女様が引き継いだのぢゃ。』
おじいさんは、いまやもううっとりとした状態であった。守護霊でもこんな状態になるのだ。意外と人間味がある。しかし、ここでの姿は老人なので、どうもイメージがわかない。どうしてもちょっと助平なじいさん、というようにしか見えない。見ようによっては不気味である。
『おじいさん、おじいさんは、その天女様に惚れてるんでしょ。いいんですか、そういうの。』
『な、何を言っておる。そ、そういうものぢゃない。そんな、惚れてるとか、そんな気持ちぢゃないわい、このバカモノが。そう・・・そう、憧れぢゃ。あの天女様、ヤマ天での第一級天女様は、みんなの憧れなんぢゃよ。そんな惚れたはれた、というものぢゃないのぢゃよ。』
『はあ、そういうものですか。ふ〜ん。』
『なにがおかしい。いやなやつぢゃのう。そういうことなら、もう話さないぞ。』
じいさんは、いきなり拗ねだしてしまった。どうやらこのことは、触れてはいけないことだったようだ。今の姿を見ているから、老いらくの恋、と見えてしまうが、実際のところはそうではないのだろう。本当に純粋に憧れているのかもしれない。それに本体は天界に生まれ変わっているのだ。別に恋をしようが、誰かに憧れようが、それは構わないことなのだろう。
『あ、いや、すみません。冗談です。続きを教えてください。』
じいさんは、横目で俺をにらながら話を始めた。
『ふん・・・。でな、その天女様は、ヤマ天での生活の細かいことを教えてくれた。食事とか、日常生活とかな。教えられるのはここまでぢゃ。』
『えっ、そんな〜、拗ねないでくださいよ。意地悪しないでください。ちゃんと謝ったじゃないですか。反省してますよ、からかったりしてすみません。なので、もっと詳しく教えてください。』
『いや、別に意地悪をしているわけぢゃない。拗ねているのでもない。これ以上は話していけないのぢゃ。』
『どういうことなんですか?。』
『さっきわしはヤマ天に戻っておったろ。』
『あぁ、はい、私が声を掛けても通じなかったときですよね。確か、閻魔様に確認をするために行っていたとか・・・。』
『そうぢゃ。どこまでお前に教えていいのか、その確認に行っておったのぢゃよ。』
『そうだったのですか。じゃあ、閻魔様は・・・・。』
『そうぢゃ、楽園での生活については、今は話す必要はない、ということぢゃった。なので、ここまでぢゃ。あとは、自分で聞くんぢゃな。』
どうやら閻魔様に口止めをされたようである。おじいさんは、口を真一文字に閉じ、目も閉じて、いかにも頑固ジジイという姿になっていた。

『わかりました。楽園の内容については、もう聞きません。でも、まだわからないことがあるので、それについて教えてくれませんか?。答えられないことがあるなら、それについてはノーコメントでも結構です。』
俺は、生きているときの感覚を取り戻していた。そうだ、こうやって何度も何度も取材をしてきたのだった。
『なんだ、まだ聞きたいことがあるのか。しょうがない、答えられることだけは答えてやろう。』
『じゃあ、お聞きします。おじいさんはヤマ天にいるときは、いい男に生まれ変わっている、といってましたよね。』
『あぁ、そうぢゃ。いい男になっておる。』
『じゃあ、なぜその姿で守護霊をしていないんですか?。いい男のままでこちらの世界に来ればいいじゃないですか。』
『あぁ、それはな、そういうわけにはいかないのぢゃ。決まりがあっての、人間界に戻って守護霊をするときは、人間界での最後の姿で・・・というのが条件なんぢゃよ。ぢゃから、わしは、この老人の姿しかとれないんぢゃ。』
『へぇ〜、そうなんですか。それって・・・不便じゃないですか?。』
『いや、そうでもない。むしろ、こうぢゃないと通じないのぢゃ。』
『どういうことですか?。』
『たとえばぢゃ。まったく知らない姿で子孫の守護霊となったとしても、誰も気付かんぢゃろ。』
『気付かないって・・・・それでもいいんじゃないですか?。気付く必要はないでしょ。』
『いや、そんなことはない。たとえば、守護霊が弱っているとしたら、その場合困るぢゃろ。』
『よくわかりません。言ってる意味がわからないです。』
『え〜っとな・・・。ある人の守護霊が弱っているとしよう。そうすると、その者は不幸が続く。何かとうまくいかんのぢゃな。』
『あぁ、昼間言っていたように、恋の邪魔をされたりもするわけですよね。就職とかもうまくいかなかったり、とかく運が悪くなるんですね?。』
『そうぢゃ。よく覚えておったのう。そう、守護霊が弱くなると、その守護霊が守っている人間の運勢が悪くなってくるんぢゃな。』
『それと亡くなった時の姿で出てくる、というのとどういう関係があるんですか?。』
『それを今から話すんぢゃ。あわてるない。・・・・そういう守護霊の弱った人間は、不幸が続く。何かとうまくいかない。するとそういう奴らは、相談にいくんぢゃ。』
『相談に・・・?。どこへ?。』
『バカぢゃな、お前さんも。そういう奴らは、たいていは占い師のところや、いわゆる霊感占いのところへ行くんぢゃよ。』
『はっ!、そういうウソくさいところへ行って、騙されるんですね。』
『まあな、騙される奴もいるにはいるが、まあそれは置いておいてぢゃな・・・。それはそうと、お前さんは幸せ者じゃのう。』
『なんでですか?。』
『そういう占い師のところへは行かんかったのぢゃろ?。』
『えぇ、私は大っ嫌いでしたからね。占いとか、霊感とか。ウソくさくって。そんなところへ行ってる暇があったら、努力すればいいんです。』
『そうぢゃから、幸せ者ぢゃ、というたんぢゃ。世の中には、努力してもどうしようもないことや、どうしても壁が乗り越えられないものや、何をどう努力してもうまくいかないものが、たくさんいるのぢゃよ。お前さんは、守護霊がたまたま強くて、運がよかったに過ぎないんぢゃ。』
『運がいい・・・・んですかねぇ・・・。早死にしましたよ、私は。』
『まあな、それはそれで、理由があるんぢゃろ・・・・。まあ、それはいいとしてぢゃな・・。』
どうもこの話、俺の早死の件になると、じいさんは歯切れが悪くなる。そういえば、明日、先輩の和尚に聞いて来い、といっていた。俺の死は特別だとも・・・・。俺の死に関しては、何か秘密があるに違いない。明日は、必ず和尚のところへいってやる。その前に、できるだけ情報を集めておかねばいけない・・・・。

『わかりました。そのことはいいです。まあ、確かに、私の人生は順調でしたから、運がいいほうだったのでしょう。幸せ者だったともいえますね。』
『うん、まあな。・・・でな、運の悪い奴らは、占い師や霊感師とか言うもののところへ行くんぢゃな。で、たまにぢゃが、こう言われることがある。
〜あなたの守護霊が弱ってます〜
とな。で、そのとき、守護霊の役を担っている先祖が、本体の姿・・・つまりは天界での生まれ変わった姿をしていたら、守護霊が誰かわからんぢゃろ。その霊感のある占い師が、
〜あなたのおじいさんぢゃないかしらん〜、
などと言うこともあろう。』
『あぁ、なるほど、守護霊は、誰がその人の守護霊なのか、教える必要があるわけですね。』
『そうそう。わしも今は元気ぢゃ。しかし、いつ守護する力が弱るかわからんぢゃろ。そんな時、たとえばぢゃな、お前さんの先輩の和尚さんなら、わしのことを見抜くぢゃろう。こういう姿で、こんな顔をした、こういうおじいさん知らないかって、ひ孫に聞くぢゃろう。ひ孫は、わしのことは写真で見たことがあるから、すぐにわかるはずぢゃ。そうすれば、このわしを供養してくれれば、わしの力も戻るのぢゃ。』
『つまりですね・・・。守護霊が人間界で亡くなった時の姿で現れるのは、先祖のうちの誰が守護霊であるか、ということをわからなければならないときが来るから、ということですね。う〜ん、うまくないな。え〜っと・・・。』
『そんであってるよ。そういうことぢゃ。』
『そんなあっさり言わないでくださいよ。いま、もう少しうまい表現を考えているんですから。・・・え〜っと、そうそう。こう言えばいいんだ。
守護霊が亡くなった時の姿で現れるのは、その守護霊が力が弱ってしまった時、救ってもらう必要が出てくるんですね。だけども、守護霊を救うといっても、それが誰なのか特定しないと救いようがないわけですね。そこで、誰が守護霊なのか、生きている人間にわかるようにするため、亡くなった時の姿で現れる・・・・こういうことですね。』
『そうぢゃ。その通りぢゃ。よく理解したのう。それとぢゃ。もう一つ理由がある。』
『なんですか?。』
『それはな、わしの身内の死んだ者同士が出会ったとき、生まれ変わった姿でいたら困るぢゃろ。あんた誰ぢゃ、となってしまう。』
『どういうことですか?。』
『たとえばぢゃ。わしとわしの連れ合い・・・女房ぢゃな・・・は、死後の行き先が違うんぢゃ。』
『えっ?、あ、あ〜、そうか・・・。死んでから生まれ変わる先は、いくら夫婦でも一緒じゃないんですね。』
『そうぢゃ。当然ぢゃな。死ぬ時期も違うし、生きていた時の信心や徳、罪の違いもある。わしは、死後十三回忌をへて、ヤマ天に生まれ変わったが、女房はもう少しあとから三十三天、帝釈天様の治める天界に生まれ変わりよった。』
『そうなんですか?。で、天界に生まれ変わってから会ったんですか?。』
『おう、お互いに守護霊としてな。』
『どういうことです。』
『前にも言ったが、わしはお前さんの女房のほかに、その兄貴と両親の守護霊をやっている。で、わしの女房はお前さんの女房の妹の守護霊をしておる。言ったよな、その話。』
『はいはい、聞いたように思います。あぁ、確かに聞きました。』
『でな、わしの女房とは、守護霊同士で会っておるんぢゃ。』
『あぁ、なるほど。たとえば私の女房が、彼女の妹と会ったとき、おじいさんとおじいさんの奥さんは再会するわけですね。』
『そうぢゃそうぢゃ。そのとき、この姿ぢゃなきゃ、お互いわからんぢゃろ。』
『あぁ、そうですよね。お互い天界に生まれ変わってるんですから、いい男といい女・・・なんでしょう、そうなっているんでしょうから。』
『そういうことぢゃ。天界での姿で会っても、お互いに
〜あんた誰ぢゃ〜
に、なってしまうぢゃろ。』
『なるほど。じゃあ、守護霊をやっている以上、亡くなった時の姿で現れるのは、必要なことなんですね。だから、そういう決まりになっているわけですね。』
『そういうことぢゃ。わかったか。』
『はい、わかりました。えっと、もう少し聞きたいことがあるんですが、いいですか。』
『まあ、いいぢゃろ。答えていいことは答えよう。』
おじいさんは、腕を組んで、ちょっと威張ってそう言った。
『え〜っと、じゃあ、質問しますが、おじいさんは十三回忌のときにヤマ天に生まれ変わったんですよね。で、十七回忌のときに女房の守護霊となった。』
『そうぢゃ。』
『じゃあ、その間・・・、その間というのは、ヤマ天に生まれ変わってから女房の守護霊になるまでの間のことですが、この期間、おじいさんは何をしていたのですか?。』
『それはな、簡単ぢゃ。修行をしていたのよ。』
おじいさんは、そういってニヤリと笑ったのだった。

『修行?ですか?。それはいったい・・・。』
『ぢゃから、修行は修行ぢゃ。あのな、守護霊になるには、様々な神通力を身につけなきゃならん。そのためには修行が必要なんぢゃよ。』
『あぁ、なるほど、そうか・・・、確か守護霊としてこの世に来るのは、分身の術みたいなもの、でしたよね。』
『そうぢゃ。わしの本体はヤマ天にあって、ここでこうして守護霊となっているのは、わしの分身ぢゃ。その術、まあ一種の神通力ぢゃな、それを身につけるために修行をしていたんぢゃ。でな、わしは優秀で、神通力の力も強いから、複数の子孫の守護霊ができるわけぢゃ。』
『へぇ〜、おじいさんって、力が強いんですか。優秀なんですか、へぇ〜。』
『なんぢゃ、その言い方は。ふん、まあいいわい。その修行にな、4年ほど時間がかかったんぢゃよ。』
『修行って、どんなことをするんですか?。』
『う〜ん、そうぢゃな。ま、主に一種の瞑想と、あとは菩薩様や閻魔様の教えを聞くこと、ぢゃな。詳しくは・・・教えられん。決まりぢゃ。』
『あ〜、やっぱりそうなんですね。秘密の修行ってわけですね。え〜っと、じゃあ、分身の術のほかに何か術は使えるんですか?。』
『使えるよ。読心術ぢゃな。心の中を読む。あとは、そうそう、操りの術、とでも言おうか。子孫やその子孫に関る人間に作用することができる。』
『女房を操ったり、女房の彼の邪魔をしたり、ということですね。』
『そうぢゃ。』
『読心術は、考えていることを読むんでしょ?。じゃあ、私の質問も私が言う前にわかるんじゃないですか?。』
『そういうわけにはいかんよ。こういう神通力は、結構エネルギーを使うからのう。ただでさえ、分身の術でエネルギーを使っているのに、それ以上の神通力を多用すると、わしの本体が疲れる。なので、そう滅多やたらに神通力は使わんのぢゃ。ぢゃから、お前さんの考えていることを読むのは、容易いことぢゃが、・・・やらん。』
『もっと他の神通力もあるんですか?。』
『あとわしが使えるのは、瞬時に天界やこの世を移動できる、ことぢゃな。』
『瞬間移動ですね。』
『そうぢゃ。ぢゃがのう、これもあまりやらん、今はな。覚え始めのころは、よく移動したがな。練習だと思って・・・。しかしのう・・・。』
『しかし、なんですか?。』
『あまりあちこち見ないほうがいいと、そう思った。』
『どういうことです?。』
『いや、隣の芝生はよく見える・・・ぢゃよ。他の天界がよく見えるんぢゃ。』
『あぁ、なるほど・・・。自分がいる天界より、他の天界の方がいいと思えるんですね。』
『そうぢゃ。まあ、わしがいるよりも上の天界なら、それもあろう。ぢゃが・・・。』
『下の天界の方がいいと思えるときもある?。』
『そうぢゃ。そうなると、ランクを落とさなければならん。あるいは、帝釈天様直属の弟子として生まれ変わるか・・・・ぢゃ。それも難しい。』
『難しいんですか?。』
『そうぢゃ。そう簡単に天界を生まれ変わることはできんよ。ま、いろいろ決まりがあるんぢゃな。』
『そういうものですか。』
そこまで話すと、おじいさん急に元気がなくなったような表情をした。そして、小声で
『寿命もあるしのう・・・・。』
とつぶやいたのだ。俺は、それを聞き逃さなかったが、おじいさんは何事もなかったように
『いずれにせよ、神通力は、多くのエネルギーを使うんぢゃ。』
と言って、横を向いたのであった。ふと、つぶやいた寿命についてのことは、語りたくないのだろう。

俺は、とりあえず、その守護霊のエネルギーについて聞いてみることにした。
『そういえば、前から聞きたかったんですが、そのエネルギーって、どうなっているんですか?。おじいさんの場合、結構消費していると思えるんですけどね・・・。私なんぞは、ちょっと興奮したり、イライラすると、すぐに力が抜けた状態になってしまいます。昼間もありましたよね。』
『あぁ、あったのう。お前さんがイライラして、線香の火が早く消えたんぢゃったな。で、お前さんは、よれよれになった。わしが助けてやらなかったら、くたくたのままぢゃ。』
そういうとおじいさんは、ニヤ〜っとしたのだった。
『はいはい、感謝してますよ。あの時は助かりました。でも、おじいさんは、まったくくたびれてませんよね。え〜っと、合計で4人の守護霊をしているんでしょ?。疲れないんですか?。』
『それも修行の成果のうちの一つよ。うまくエネルギー消費をコントロールしているんぢゃ。燃費がいいんぢゃよ。』
『でも、一度に神通力の多用はできないと・・・。』
『うん、そうぢゃ。まあ、少しは詳しく話してやろうか。朝まで、まだ時間はあるしのう。』
そういうとじいさんは、大きく息を吸い込んだような素振りをした。
『実はな、守護霊になる、つまりは分身の術を使う、ということは、多量のエネルギーを使うんぢゃな。それにこうして霊同士で会話することも、実は神通力のようなものぢゃ。ぢゃから、意外とエネルギーを消費する。』
『えっ?、そうなんですか?。でも、私はぜんぜん疲れてませんよ。』
『当たり前ぢゃ。お前さんの女房、寝る前に何をした?。』
『え〜っと、私の位牌や遺骨や遺影が祀ってある祭壇でお参りをしましたが・・・。』
『そのときに線香をつけたぢゃろ。』
『あ〜、はい、渦巻状の線香をつけましたよ。』
『あの線香は、長時間保つようになっておる。そうじゃな〜、お前さんが多少イライラしようが、興奮しようが、朝まではしっかり点いておろう。それにぢゃ、あの線香はちょっといい線香ぢゃ。香りが高級ぢゃな。』
『それって、関係があるんですか?。』
『あるある、大ありぢゃ。同じ線香でも、香りのいいものや、成分のいいものは、エネルギーの供給量が多いんぢゃ。ぢゃから、お坊さんは、いい香りの線香を使えというんぢゃな。』
『へ〜、そうなんですか。』
俺にお坊さんの話をされても困る。今まで仏事には、ほとんど関ってこなかったのだから。線香はいい香りのものがいい、といわれても意味がわからなかった。

そんなことを察してか、じいさんはため息混じりにいった。
『あぁ、そうか、お前さんに線香の話をしても通じないわな。無信心男ぢゃからな。しょうがない、ついでぢゃ、線香のことも教えておいてやろう。』
『はぁ、よろしくお願いいたします。』
『線香はな、安物はよくないな。人工の香り、つまり天然ではない香りは、どうもエネルギーの供給量が少ないんぢゃ。できれば、天然モノがいいな。しかも、白檀以上のものがいい。まあ、天然モノの線香は高いから、普段はあまりいいものは使えんぢゃろうが、たまにはな、白檀や沈香を使って欲しいわな。沈香なんぞ、力がみなぎってくるからなぁ。あれはいい。お前さんの女房が使った線香も沈香をもとにしてある天然ものぢゃ。ぢゃから、お前さんへのエネルギー供給量も結構多いんぢゃ。おそらく、お前さんの先輩のあの坊さんが、勧めたんぢゃろう。流石ぢゃ。あの和尚、よくわかっておる。』
『へぇ〜、そんなものなんですか。いい香りの線香ねぇ・・・。』
『最近ぢゃあ、煙の出ない線香とか、香料を使って天然モノに似せた香りの線香が多いが、ああいうのはいかんのう、力がわかん。その点、わしが世話になっておるお寺の住職も、わしの子孫たちもよくわかっておるようで、いい線香を使ってくれる。おかげでエネルギーの供給量がいい。それにぢゃ、お経もたくさんあげてくれる。これがまた、大きいんぢゃ。』
『お経ですか?。確かに、お経をあげてもらうと、なんとなく安定するんですよね。』
『ほう、お前さん、経験済みか。まあ、そりゃそうだな。ちゃんと葬式してもらってるんぢゃからな。そうぢゃ、お経はやはりいい。力がみなぎってくる。しかし、これもお坊さんにお経をあげてもらわなきゃいかん。子孫が仏壇の前であげるお経では、おやつ程度ぢゃな。その程度のエネルギーぢゃ。ちゃんとエネルギーをくれるのは、なんといってもお坊さんのお経ぢゃな。』
『そうなんですか。でも・・・お坊さんにお経をあげてもらうなんて、滅多にないんじゃないですか?。葬式のときと、あとは・・・法事ですか?。』
『それだからいかんのぢゃ。そんなんだから、みんな天界には来れんのぢゃな。待合所で長くいて、挙句の果てには下に落ちて行くのぢゃ。ちゃんとお坊さんに毎月お経をあげてもらえば、待合所から天界へ、下の世界にいたものは待合所へ、と上がってこれるものを・・・わしのようにな。わしが世話になっとるお寺では、毎月毎月、住職がわしの子孫の家に行ってお経をあげてくれる。おかげで、わしの先祖も安泰ぢゃ。』
『毎月、住職さんがお経をあげに来るんですか?。自宅に?。』
『そうぢゃ。そんなのは当たり前のことぢゃろ。』
『いや、でも、毎月来られたんじゃあ、ちょっとうっとうしいんじゃないですか?。』
『な、なんてことをいいよるんぢゃ、コヤツは。かぁ〜、これだから無信心なヤカラは・・・。うっとうしいって、月に一回のことぢゃないか。』
『それにお布施もかかる・・・でしょ。』
『あのなぁ・・・。それもそんなにたいした金額ぢゃなかろ。それで先祖が喜んで、力をつけてくれて、わしのように力ある守護霊となってくれればいいぢゃろうが。』
『あぁ、まあ、そうなんですけどね。どうもその・・・。なんだか、お坊さんの金儲けのような気がして・・・。』
『なんということぢゃ。・・・・そういえばそうか。近頃ぢゃあ、葬式のあとは四十九日だけ、次は百か日をとばして一周忌ぢゃ。ひどいところぢゃあ、お盆の供養もなければ、お彼岸もない。そりゃあ、天界にはあがれんわな。落ちる一方ぢゃろう・・・。』
『そ、そうなんですか・・・。』
『そうぢゃ。だいたいが、お坊さんもいかんのぢゃな。不真面目な坊さんが多いからのう。ちゃんと先祖のことを説明したり、先祖が子孫を守っているという話をしたり、そのためにはお経をあげることが大事なのぢゃという話をしたりするお坊さんがいなくなったからのう。』
『そうですね。札束数えたり、愛人持ったり、高級車を乗り回したり・・・。そんなお坊さんが多いですからね。』
『ふん、まったくぢゃ。まあ、そういう堕落した坊さんにお経をあげてもらっても、お茶漬け程度しか力はつかんのぢゃがな。まったく、最近の坊主ときたら、遊んでばかりぢゃ。その点、よく修行ができた、真面目な和尚さんがあげてくれるお経は、魂が生き生きとしてくるからのう。わしも天界で元気ハツラツぢゃ。』
『へぇ〜、それって、お坊さんによってエネルギーの度合いが違うってことですよね?。』
『そりゃ、そうぢゃ。不真面目で遊んでばかりいる坊さんや、お経の意味や仏法をよく知らん坊さんよりも、ちゃんと勉強している真面目な坊さんのほうが力が強い。ちゃんと仏法を理解しておるお坊さんは、そりゃあもう、お経のエネルギーが違うな。』
『お経自体は同じなのに、ですか?。』
『当然ぢゃ。たとえばぢゃ、医者に藪と名医があるように、料理人にうまい・下手があるように、お坊さんにも腕の善い悪いがあるんぢゃな。それは、声がいいとか、お経がうまいとか、そういう問題ぢゃない。ちゃんとお釈迦様の教えを理解して、我欲にとらわれず、日々修行をしているかどうかに関ってくるんぢゃ。よく修行ができたお坊さんが読むお経は、そりゃもう、強力なエネルギーが送られてくる。』
『じゃあ、おじいさんが世話になっているお坊さんも、相当な方なんですね。』
『うん、まあな。真面目が取り得のような和尚ぢゃからのう。』
『じゃあ、新興宗教なんかはどうなんですか。あの方たちでもお経をあげたりするでしょう?。』
『あぁ、ありゃダメぢゃな。修行もできとらんし、お経の理解が怪しい。新興宗教はまがい物ぢゃよ。ありゃ、教祖様たちだけが儲かるような仕組みになっておろう。お釈迦様、仏教を利用した金集めぢゃのう。』
『その意見には賛成ですね。確かに、新興宗教は怪しいですよね。』
『まあのう、真面目そうに見えるのもあるだろうが、わしは好かん。しかし、それも坊さんが悪いんぢゃな。ちゃんと教えを説ける坊さんが少ないからのう。檀家の相談に乗れるような坊さんがな。』
『まあ、そうですねぇ。・・・ところで、その、エネルギーの供給量が少ないと下へ落ちる、といってましたが、それはどういうことなんですか?。』
『なに、それはな、たとえば天界に行けそうかどうか待合所にいる場合、お経が届かないとかとなるとぢゃな、待合所から出されて下へ落ちるのぢゃ。』
『お経があれば、上にあがれる?。』
『そうそう、わしのようにな。待合所から天界へ生まれ変わるには、子孫がよくよく供養をしてくれることが大事なんぢゃよ。そうすれば、待合所にいる魂にも力がみなぎるからのう。』
『で、それは天界に生まれ変わっても同じだと、そういうことですね。』
『そうぢゃ、ようやく理解してきたのう。いくら天界に生まれ変わったからといっても、子孫がよく供養をしてくれなければ、エネルギーが尽きてくる。まあ、エネルギーの消費を抑えれば、毎月の供養ぢゃなくても、お彼岸やお盆、祥月命日、法事などで何とかなるがな。』
『エネルギーが尽きることがあるんですね。そうなったらどうなるんですか?。』
『なんと?。』
『あぁ、ですから、子孫が供養をやめたり、怠ったりして、お経というエネルギーが届かなくなったら、天界に生まれ変わった先祖はどうなるんですか?。天界では、自分で食料は取れないんですか?。』
『天界で食料か・・・。まあ、取れないことはないんぢゃが・・・。それは・・・なぁ・・・。』
そう言ったきり、おじいさん、急に黙りこくってしまったのであった・・・。


『天界の食料に何か問題でもあるんですか?。』
横を向いて黙ってしまったおじいさんに俺は尋ねたが、すぐには答えは返ってこなかった。しばらくして、ため息と共におじいさんは口を開いた。おじいさんは、横ではなく下を向いたまま答えた。どうやら、難しい顔をしているようだった。
『う〜ん、そうぢゃなぁ・・・。天界の食料はな・・・・ないわけぢゃないんぢゃが・・・。ありゃあ、わしら用ではないんぢゃな。』
『わしら用じゃない?・・・それってどういうことですか?。』
『わしらはな、確かに天界に生まれ変わった。ぢゃが、天界の神ではないんぢゃ。たんなる天界の住人に過ぎん。天人・・・にもなっておらん。ただの住人ぢゃ。』
『単なる天界の住人って・・・、でもそれでも天界の存在なんですよね。』
『もちろん、そうぢゃ。天界人ぢゃ。が・・・なんちゅうか、種類が違うんぢゃよ。』
『種類ですか?。』
『そうぢゃ、種類が違う。』
そういうと、ようやくおじいさんは、顔を上げて話し始めたのだった。思い切りため息をついて・・・。

『はぁ〜、仕方がないのう、説明してやろう。
わしがいる天界は、ヤマ天なんぢゃが、ここの王・・・統治者ぢゃな・・・は、もちろん閻魔様ぢゃな。で、その妃様がいる。そして王子や王妃がいるんぢゃな。そうしたことは、人間界とあまり変わりがない。人間界の王国と同じようなものぢゃ。
閻魔様や妃様、そのお子様たちが本当の天界の神々ぢゃ。当然ぢゃな。ぢゃから、寿命も長い。何千万年という寿命がある。
その次に寿命が長いのが、閻魔天の世界を維持している天人様たちぢゃ。閻魔天の世界も一応は国家のようなものぢゃ。なので政治的なことを取り仕切る役が必要ぢゃな。そうした方々・・・いわば準神々とでも言おうか・・・が、閻魔様たち神様の次に寿命が長い。何万歳という長さがある。
こうした役職にある準神々の天人様たちにも階級がある。下は天界の掃除係りから、上は宰相役まで様々ぢゃ。それに応じて寿命の長さにも差がある。といっても、一番短い寿命でも二万歳くらいあるのぢゃろうか・・・。それぐらいの長さぢゃよ。
そうした天人様は、閻魔様ご一家を除き、人間からなったのではない。もと天界の住人たちから生まれ変わったんぢゃよ。つまり、わしらのような存在から生まれ変わったんぢゃな。
わしらは、たんなる天界の住人よ。天界の住人としての寿命を無事終えたなら、その天界の住人のときの働きに応じて、どこかの天界の天人として生まれ変わることができる。
いわば、天人候補生として、天界に住まわさせてもらっている、とでも言えばわかりやすいかな。』
その話は、天界の階級の仕組みだったのだ。
閻魔天では、閻魔大王を頂点に国家として機能しているというのだ。閻魔大王のご一家が、その王国の中心である。いわゆる神といわれるのは、その天界の王家のみなのだ。
その閻魔天の国家に関っている者たちは、神ではない。天人ではあるが、神という存在ではないのである。天人として閻魔天に仕えるという存在なのである。で、ここまでが、本当の意味での天界人なのである。だから、寿命が大変長い。万単位である。
ところが、人間から天界へ生まれ変わったものたちは、本当の意味での天界人ではないというのだ。単に天界に存在させてもらっている、にすぎないのだ。本当に単なる天界の住人である。ただし、その天界の住人でも、ちゃんと寿命を終え、天界での働きがよければ、天人として生まれ変わることができる、というのである。
天界には、そんな階級の仕組みがあったのである。意外と古臭いようだ。

『なるほど、天界での仕組みがよくわかりました。今の話によると、おじいさんも天界に生まれ変わったとはいえ、単なる天界の住人に過ぎない、ということですね。』
『そうぢゃ。わしらは、単なる住人ぢゃ。』
『で、そのことと天界の食料と、どういう関係があるんですか?。その天界の食料は、天界に生まれ変わったただの住人には与えられないのですか?。』
『いや、そんなことはない。食べてもいいよ。』
『なら、別に問題ないじゃないですか。』
『まあ、そうなんぢゃが、そうもいかんのぢゃ。』
なんともわかりにくい話だった。意味がよくわからない。天界にも食料はあるという。その食料は、食べてもよいのだという。しかし、おじいさんは、わしらはただの住人ぢゃ、とすねたような態度をしている。いったいどういうことなのか・・・。
『天界の食料はな・・・。わしらの身体には合わないんぢゃ。』
『合わない?。食べると死ぬとか?。毒だとか、とってもまずいとか、そういうことですか?。』
『いや、そうぢゃない。天界の食料は毒でもなんでもないし、むちゃくちゃ美味ぢゃ。とてもうまい。あんなうまいものは食べたことがない。ぢゃがな・・・、食べても栄養にはならんのぢゃ。あれを栄養にできるのは、本当の天界人、神や天人なんぢゃ。わしらただの天界の住人にとっては、天界の食料はただのおやつ程度、いや、それ以下ぢゃな。口にはうまいが、栄養がほとんど取れない、特殊な食べ物なんぢゃよ。』
おじいさんは、吐き捨てるように、そういった。これには、俺もちょっと驚いた。
『栄養が取れないって・・・それじゃあ飢え死に・・・というか、栄養不足で死んじゃうこともあるんぢゃないですか?。』
『ま、そういうこともあるな。』
『そういうこともって・・・。それじゃあ、天界に生まれ変わっても・・・嬉しくないじゃないですか。ひどいな、天界という世界も。』
『いや、そんなひどいと言うほどのことはない。すごくいい男やいい女に生まれ変われるし、天界は寒くもなく暑くもなく快適ぢゃ。天界の神々はそりゃあ立派だし、美しい。わしらも神通力が使えるようになるし、楽しいこともいっぱいある。ただ一つだけ難点なのは、天界の食料では、わしらは身体を維持できない、それだけのことぢゃ。』
『それだけって、それが重要なんじゃないですか?。じゃあ、どうやって身体を維持していくんですか?。』
『簡単ぢゃ。そのために、子孫の供養が大事なんぢゃよ。』
『あ、あぁ、そういうことですか。じゃあ、ひょっとして子孫の供養と言うのは、おじいさんたちのエネルギー源・・・なんですね?。』
『そうぢゃ。ようやくわかったか。はぁ〜・・・これは話したくはなかったんぢゃが・・・。天界の仕組みについては、あまり詳しく話さないように、と言われていたんぢゃ。お前は・・・流石に質問がうまいのう・・・。』
『あぁ、そうなんですか。ひょっとして、なにかお咎めがありますか?。』
『う〜ん、わからん。ま、あっても注意くらいぢゃろう。』
『へぇ〜、そうなんですか・・・。まあ、じゃあ、もう少し教えてください。大丈夫ですよ。なんせ、私はあの世の取材者ですからね。閻魔様の許可も取ってあるらしいし。』
『う〜ん、そうなんぢゃが、それとこれとは別ぢゃろう。・・・・まあ、いいか。毒を食らわば皿までもぢゃ、な。』
そういうと、おじいさんは、ようやくにっこりと笑ったのであった。

『ちょっとまとめてみますね。人間から天界に生まれ変わったものは、単なる天界の住人しか過ぎない。そうですね。』
おじいさんは、うんうんとうなずいた。
『で、その単なる天界の住人は、天界での食料では栄養を取れない、身体を維持できない。食べることはできても、身体を維持するほどの栄養は取れない、そういうことですね。
唯一、おじいさんたちのような、人間から天界に生まれ変わったものたちの栄養源は、子孫の供養である・・・。これでいいですね。』
『そういうことぢゃ。ぢゃから、子孫の供養は重要なんぢゃよ。その供養が無くなったら、途絶えたら、わしらはすぐに寿命が尽きてしまうんぢゃ。』
『寿命が尽きるって、天界での死、ですよね。』
『そうぢゃ。死ぬんぢゃよ。折角天界に生まれ変わっても、供養が無ければ、寿命を全うできず、早死にしてしまうんぢゃ。』
『寿命を全うするっていいますが、おじいさんたちのように人間界から生まれ変わった天界の住人は、どのくらいの寿命があるんですか?。閻魔様たちや天人は、万単位の長さでしょ。おじいさんたちは、どのくらいの長さなんですか?。千単位ですか?。』
『いや、わしらは何百年・・・という単位ぢゃ。長くても・・・せいぜい2〜3百年ぢゃろう。』
『そういうものですか。』
『当然ぢゃろう。よく考えてみよ。子孫の供養がエネルギー源なんぢゃ。いずれ、わしを知っている子孫なんぞいなくなる。先祖代々という供養しかそのうちに届かなくなるぢゃろ。まあ、その時は、エネルギー消費率もすごくよくなるがな。』
『あぁ、そうですね。そのうちに供養されない存在になるんですね。なるほど・・・そうすると、寿命がやってくるわけですね。』
『そういうことぢゃ。』
『途中で供養されなくなっちゃうと、早く亡くなっちゃうわけですよね。それって、ちょっとショックですよね。』
『ショックも何も、そんな苦しいことはないわい。折角天界に生まれ変わったのに、供養が届かなくなったら、満足に働きもせず、寿命がきてしまう。天界での死はつらいものぢゃ。苦しいものぢゃ。人間のそれよりもな。それに、供養が届かなくなって、天界での寿命を全うすることができず、死を迎えると言うことは、飢え死にするようなものぢゃ。さらに悪いことには、そうしたものは、天人に生まれわかることはできず、下に落ちていくしかないのぢゃ。ショックどころぢゃないんぢゃよ。』
おじいさん、急に興奮しだした。天界での死は、それほど大変なものらしい。俺は、そのことについて、もう少し突っ込んで聞くことにした。
『天界での死は、人間界での死よりも、そんなに苦しいものなんですか?。天界なのに?。』
『あぁ、それはひどく苦しいものなんぢゃ。わしも聞いただけぢゃが・・・、あぁ、そういえば、アイツは・・・その兆候が現れておったのかのう、かなり苦しんでおったからのう・・・。あれは・・・あの苦しそうな様子は、人間界ではないことぢゃろう・・・。』
そういうと、おじいさんは遠くを見るような顔つきなったのであった。


『そんなに苦しんでるんですか、その人・・・・。』
『うん?、あぁ・・・。苦しんでいるなぁ・・・。』
『それは、具体的にはどういう状態なんですか?。それにその人とおじいさんは、どういう関係なんですか?。』
俺は矢継ぎ早に質問してみた。おじいさんが、なんとなく答えにくそうな態度だったからである。もしや、また語ってはいけない内容だったのか・・・・。しかし、その心配はなかったようだ。おじいさんは、俺のほうを向くと、
『あぁ、その者は、わしと一緒に天界に来たやつぢゃ。』
と話し始めたのであった。
『アイツは・・・、しばらくはわしと同じように天界を楽しんでいたんぢゃが・・・。このところ妙に元気がないんで、わしは聞いてみたんぢゃ。そしたら、わしを避けるようによたよたと逃げていきおった。あのとき・・・・、ちょっと異様なにおいがしたんぢゃ。』
『異様なにおい、ですか・・・。それは、すごくクサイ、とか?・・・。』
『あぁ、クサイってもんぢゃなかった。声をかけたときは、まだそんなに近付いちゃいなかったんぢゃが、妙にくさかった。ありゃあ、死が近いんぢゃなかろうか。逃げ去る姿も、よたよたとしていたからのう・・・。最後にアイツと話をしたのは・・・・、あぁ、池のほとりで、だったなぁ。あのとき・・・、最近、供養が届いてこないせいか、疲れ気味だというようなことを言っておった。』
『あぁ、天界の食事では、エネルギーが取れないからですね。それで疲れてしまうと、そういうことなんですね。』
『うん、まあ、そういうことなんぢゃろうな。』
『そうなると、天界での死が近いんですか?。』
『エネルギーがとれんからのう。飢え死にぢゃ。その兆候が現れておったのかのう。兆候については、わしも詳しいことは知らんがな。ただ噂で聞いたことと同じような感じぢゃからのう。』
おじいさんは、ゆっくりとそういうと、『まあ、気分のいい話ではないがな』と小さくつぶやいた。
『うわさ・・・?。天界でも噂が流れるんですね。』
『あぁ、もちろんぢゃ。わしら天界の住人どおし、話をしたりするからのう。そのあたりは、人間と同じぢゃ。』
『はぁ、そうですか。で、噂でおじいさんは何を聞いたんですか?。』
『うん・・・・。お前さん、天人五衰(てんにんごすい)という言葉を聞いたことはないか?。』
『てんにん・・・なんですか?。』
『天人五衰ぢゃ。知らんか?。まあ、わしも生きているときには聞いたことがない言葉ぢゃったが。』
俺は素直に知らないと答えた。なんとなくどこかで聞いたことがあるような、ないような・・・否、何かの小説で読んだのか、聞いたことがあるような覚えはあったのだが、意味まではわからなかった。

『天人五衰とは、天界で生きるものすべてに共通して現れる、死の兆候ぢゃ。』
『天界に生きるものすべて、ということは、神々も含めて、ということですね。』
『そうぢゃ。上は閻魔様や帝釈天様などの神々から、下はわしら天界の住人まで、ということぢゃ。』
『その天界のすべてのものに、死の兆候が共通して現れるんですか?。』
『あぁ、そうぢゃ。それが天人五衰ぢゃ。尤も、わしも見たことはない。噂で聞いただけぢゃが。』
『ひょっとして、その天人五衰のうちの一つに、クサイにおいがする、というのがあるんですね?。』
『よくはわからんが、そうかも知れん。そうぢゃな、わしが知っている範囲で天人五衰とはどんなものか教えておいてやろう。いいか、この兆候が現れたら天人は、神といえども死を迎えるんぢゃ。』
おじいさんは、急に神妙な顔つきになった。妙な緊張感が俺の背中に走った(ような気がした。肉体はないのだから、走るわけはないのだが)。
『天界に住まうものは、次の五つの状態が現れたら、死が近いらしい。それが天人五衰ぢゃ。
まずは、頭の上の花がしぼんでしまう。』
『ちょ、ちょっと待ってください。おじいさん、いきなりそれはないでしょう。頭の上に花なんてないじゃないですか。だいたい、頭の上に花なんて載せていたら、その・・・笑っちゃいますよ。』
想像してみると、滑稽な姿しか思い浮かばない。頭の上に花、ですよ。マンガじゃあるまいし、と俺はそう思ったのだが、おじいさんは至って真面目であった。
『なんぢゃ、信じないのか。ぢゃあ、もう話をやめるか。はぁ・・・、まあな、わしもあまり話したい内容ぢゃないしな。』
ここで話をやめらたら困ってしまう。取材記者としては、大失敗もいいところだ。なので、
『あ、いや、そういうことでは・・・、すみません。なんせ、天界の人々の頭に花が咲いているなんて、その知らなかったもんですから。申し訳ないです。・・・えぇっと、それって、そのどんな花が咲いているんですか?。』
おじいさんは、あわてる俺を横目で見て、一つため息をつくと、
『まあ、いいか・・・。花はな、人それぞれによって違うんぢゃ。大きさも違う。まあ、人間界でいう花とは少々異なるがな。そう、それは冠のようになっておる。それにぢゃ、髪の毛自体が花の一部になっておるのぢゃ。』
と再びわけのわからないことを言い出した。が、機嫌を損ねてもいけないので、無用な突っ込み入れずに、俺は素直に聞いておいた。
『髪の毛が花の一部・・・・なんですか?。』
『あぁ、天人の髪の毛は、人間の髪の毛とは全く違うんぢゃ。ありゃあ、花の一部で、そうぢゃのう、葉っぱとか茎とか、つるのようなものぢゃな。天女様の絵を見たことはないか?。』
『はぁ、ないことはないですが、花なんて頭の上にあったかなぁ・・・。』
『まあいいわい。天女様の絵などを見ると、花の飾りがついた冠をかぶっているように描かれているはずぢゃ。天界の神々の姿絵でも同じぢゃ。冠をかぶっているように描かれている。その冠が実は花ぢゃ。』
『あぁ、なるほど、そういうことですか。確かに、神様の絵なんかは、冠をかぶった姿で描かれていますよね。はいはい、そう言えばそうですよね。そうだったのですか、あの冠が花・・・なるほど、そういうことだったのですか。で、髪の毛がその花の茎や葉っぱにあたるわけですね。』
『そういうことぢゃ。お前さん、うそっぽい話だと思っておったろう。あるいは、笑いを堪えていたんぢゃないか。』
見抜かれていた。俺が想像していたのは、頭の上にチューリップのような花が咲いている間抜けな姿だったのである。どうも、それとは違っているようだった。よかった・・・。天界の神々が、頭にチューリップのような花を載せた姿をしているというのなら、俺は天界には絶対に行きたくない。絶対に笑ってしまうから・・・・。

『すみません。その、妙な姿を想像してしまいましたので・・・。』
俺は素直に謝っておいた。
『まあいいわい。わしの説明ぢゃあ、そう想像しても仕方がないからのう。でな、その冠がしぼんでくる、というのぢゃな。しぼむと言うのは正確ぢゃないな。冠がずれたり、色あせたり、へたったりするんぢゃ。あぁ、そういえば、アイツの頭の上の冠も、なんだかあったようなないような、そんな状態ぢゃったなあ・・・。』
『おじいさんたちも冠はあるんですね。』
『もちろんぢゃ。まあ、すごく小さい冠ぢゃがな。色も青っぽい一色だけぢゃ。位があがると、冠の色も様々になって、それはきれいになるんぢゃが、初めは一色からぢゃな。』
『へぇ〜、そういうものですか。じゃあ、冠を見れば、その人が天界ではどのくらいの地位にいるのか、一目瞭然ですね。』
『そういうことぢゃな。で、それが、天人五衰の第一ぢゃ。』
『頭の上の冠がへたってしまう、ということですね。』
『そうぢゃ。でな、第二が腋の下から汗が大量に流れてくるらしいのぢゃ。どういうことか、わしにもよくわからんのぢゃが、そういわれておる。』
『あぁ、それってひょっとして、腋の汗がにおってくる・・・ということじゃないですかねぇ。』
『あぁ、そうか、なるほど、そういうことか。わしが聞いたところによると、腋の下から汗が大量に噴出す、ということぢゃったが、それは・・・そうか、それだけ汗が流れりゃあ、におうわな。なるほど、アイツのあの妙な臭さもそれぢゃったか・・・。』
『まあ、人間でも年をとると体臭が強くなりますからね。老人臭とか加齢臭とかいわれてますが。』
『うむ、それと似たようなもんぢゃろう。天人のほうが人間のにおいよりも強いのぢゃろうな。』
『離れていてもにおうなら、それはかなりのものですよ。』
『あぁ、そう思うと、天人も哀れぢゃのう・・・。』
おじいさんは、いきなりしんみりしてきたのだった。ここで話が終わられては困るので、俺は
『で、三番目はなんですか?。』
と尋ねた。
『えっ?、あぁそうか・・・。うん、三番目はな、着ているものが黒ずんでくるのぢゃ。汚れてくる、と言った方がいいかな。』
『えっ、着ているものが汚れる程度なら、洗えばいいじゃないですか?。それとも、天界じゃ、洗濯はしないんですか?。』
『洗濯なんてしない。その必要がないんぢゃ。』
と、おじいさん、またわけのわからないことを言い出した。

俺の顔を見て察したのか、おじいさん、
『あぁ、そうか、わしら天界の住民の衣装については話してなかったのう。そこから話すか。』
というと、そもそもな・・・と語り始めたのであった。
『そもそもな、天界の住人には、衣装はない。何も着ていないんぢゃ。』
『ハダカ・・・ですか?。違いますよね。天女や神様の絵画には、きれいな衣装が描かれていますよ。』
『うん、あれはな、着ているのぢゃなくて、う〜ん、はえているのぢゃ。』
『はい?。はえている?。』
『そうぢゃな、あぁ、鳥と同じぢゃ。たとえば、孔雀は美しいが、あれは衣装を着ているわけぢゃなかろ。羽毛がああいう色をしているんぢゃな。それと同じで、天人は、人間のように衣装を身につけているのではなく、羽毛のように身体の一部が衣装のように変化しているんぢゃよ。』
これにはびっくりである。天人は何も着ていないのだ。ハダカと同じである。鳥の羽毛のように、身を飾る毛?のようなものがはえていて、それが衣装の代わりになっていると言うのだ。
『しかもぢゃ、その身体の一部が変化した衣装のようなものの色は、位があがれば、自由に色を変えられるし、豪勢なものに見せることもできるのぢゃ。ぢゃが、実際は、身体の一部なんぢゃがね。』
『お、おもしろい・・・ですねぇ。こういっちゃあいけないのでしょうが。それならば、洗濯の仕様がないですね。お風呂に入れば自動的に洗えますからね。』
『いや、風呂もはいらん。』
『えっ、入らないんですか?。』
『う〜ん、まあ、入ってもいいがな・・・。温泉もあるしのう。ぢゃが、入る必要もないんぢゃ。なんせ汚れないからのう。』
『温泉もあるのですか?。へぇ〜・・・、っていうか、それじゃなくって、汚れないんですか?。だって、垢だって出るでしょ。』
『でないんぢゃ。通常はな。わしらも含めて、天界の住人は汗もかかないし、垢も出ないし、汚れもしないんぢゃ。それに、いつも暖かく快適な気温と湿度ぢゃから、寒さや暑さ、風雨から身を守る必要もない。衣装を着ているように見えるのは、本当に飾りぢゃ。孔雀と同じぢゃな。異性の天人を引き付けるためだけぢゃな。あるいは、人間界に遊びに降りてきたとき、人間を誘惑して、からかったりするためのものぢゃな。』
『天人が人間を誘惑したりするんですか。』
『まあ、そういうこともある、ということぢゃ。』
『へぇ〜、そういうものですか。あっ、じゃあ、あの羽衣伝説のようなことですね。あ、でもあれって・・・、おかしいですよ。確か、水浴びしている天女の衣装を盗ったという話ですよ、あれ。あれはどうなるんですか?。』
『ありゃあ、伝説ぢゃからな、別の意味があるんぢゃろ。そういう話は、わしは知らん。専門家に聞きなさい。』
簡単にあしらわれてしまった。まあ、それはそうだろう。あの話は人間界で作られた話だから。人間界の伝説の専門家、民俗学者にでも聞くことなのだろう。
『はい、そうします。で、その衣装じゃない・・・まあ、衣装としましょうか、それが汚れてくるんですね。本来は、汚れたりしないはずなのに。』
『そうぢゃ。本当は、汚れたり、黒ずんだり、垢がついたりしないのに、死が近付いてくると、汚れるようになるんぢゃ。アイツも、なんだかしょぼく見えたのう。なんとなく、汚らしいように感じた。やっぱり、死が近いんぢゃのう。折角一緒に天界の住民になったのに・・・。』
そういうと、おじいさんはすごく淋しそうな顔をしたのであった。


『そうですか、第三の兆候は、衣装じゃないけど、そのなんって言えばいいんでしょうねぇ・・・。』
『まあ、とりあえず、衣装でいいんぢゃないか。』
『はあ、まあ、じゃあ、そうします。え〜っと、その天人の衣装が汚れてくる、というか、くたびれてくるんですね。』
『そうぢゃ。それが第三の兆候ぢゃな。で、第四が輝きを失う、というものぢゃ。』
『輝き・・・ですか?。』
『うむ、そうぢゃ。天人は、神々からわしら単なる天界の住民まで、すべて身体がぼんやり輝いているんぢゃ。もちろん、位が上がれば上がるほど、その輝きは増す。閻魔大王様など、輝きを抑えていただかないと、直視できないくらい輝いているんぢゃよ。わしらは、ほんの少し・・・そうぢゃな、ちょうちんのような輝きを発しておる。どうがんばって輝こうと思っても、そこまでぢゃな。で、死期が近付くと、その輝きが減ってくるんぢゃ。』
『なるほど・・・・輝きですね。あぁ、きっとそれはオーラというものじゃないですかねぇ。人間にもそういう生命の輝き見たいなものがあるって聞いたことがありますよ。私は信じてませんでしたが。』
『ふ〜ん、そういうものかのう。わしはな、それ若いもんは元気がよかろう。活き活きとしている。それこそ、輝いているぢゃろう。そういうこと、と思ったほうがいいのぢゃなかろうか、と思うよ。』
なるほど、その通りかもしれない。おじいさんの言うとおりだ。確かに、人間界でも元気のいい人は、輝いているように見える。それは、年齢に関らずに、だ。華やいで見える、といったらわかりやすいか。
『そうですね。そのほうがわかりやすいですね。確かに、人間でも、年齢に関らず、華やいで見える人がいますよね。そういう人は、活き活きとして輝いています。逆に、若くても元気がない、生気がない人もいますよね。そういう人は、輝いてないです。なるほど、そういう点は、人間とも共通していますね。』
『そうぢゃな。しかし、天人の場合は、死期が近付かねば、皆輝いているんぢゃ。が、死期が近付くと、その輝きが減ってくる。アイツもなんだか、暗く見えた。わしらのような、ぼんやりした輝きがなかった。やっぱり、死期が近いんぢゃなぁ・・・・。』
おじいさんの知り合いの天人は、確実に死期が近付いているようだ。ということは、近々、おじいさんは、その知り合いの死を見ることになるのだろう。それは、どういうものなのだろうか。天人の死とは、いかなるものなのか、俺は想像できなかった。

『で、最後がな、なんとなく居場所がなくなるらしいんぢゃ。』
おじいさんは元気なく、そう言った。
『あぁ、天人五衰の最後、五番目の兆候ですね。居場所がなくなる、というのはどういうことですか。』
『わしにもよくわからんのぢゃが、うわさでは、落ち着きがなくなり、そわそわするようになり、どこにいても自分の居場所ぢゃない、としか思えなくなるのだそうぢゃ。』
『居場所がない、落ち着かない、そわそわする・・・のですか。まあ、確かに、居場所がない、と感じたら、落ち着きもなくなるし、そわそわもするかもしれませんね。』
『そうぢゃなぁ・・・。人間界でも年寄りになると、邪魔にされて居場所がなくなるからなぁ・・・。邪魔にされてなくても、なんとなく居るところがないな、と思ってしまうようになるんぢゃな。不思議なことにな・・・・。』
『そんなものなんですか?。家族に邪魔にされたりして、居場所がなくなり淋しい思いをする、というのはよく聞きますが、そうでなくても、居場所がないような感じがするんですか?。』
『うむ・・・。なんとなく、ぢゃがな。家の中だけぢゃなく、外へ出てもそうなんぢゃよ。あぁ、ここはもうわしらの住む場所ぢゃないな・・・、と思えるんぢゃよ。今思い返せば、あれが寿命だよ、というお知らせだったんぢゃなぁ・・・。』
『ふ〜ん、そういうものですか。まあ、私の場合、突然死だったんで、そういう兆候は感じませんでしたけどね。いきなりでしたから。』
『おぉ、そうじゃのう。これは、悪かった・・。すまん、すまん。』
別に嫌味で言ったことではない。自分の経験を言ったまでのことである。だから、謝られてもどう反応していいか、困ってしまった。
『あぁ、いや、その嫌味で言ったわけじゃないです。その・・・その、おじいさんの知り合いの方は、どうなんですか?。そわそわしてるんですか?。』
『うむ・・・。最近は会ってないから何とも言えんが、なんとなく落ち着きはなかったのう。ま、いつもわしを見れば逃げ出すようになっていたからな。はぁ・・・、そろそろ、覚悟しておかねばならんかのう。』
そういうと、おじいさんは、またため息をついて下を向いてしまったのだった。

ふと、顔を上げると、
『供養は大切なんぢゃよ。わしらは、いくら天界に生まれ変わったからといっても、それほどいいものぢゃない。供養が無いと、瞬く間に寿命が来てしまうんぢゃ。しかも、その死は人間の死よりも、ものすごく苦しいそうぢゃ。まあ、アイツを見ていても、それはそうぢゃな、と思うよ。かわいそうにのう。折角、一緒に天界に来たのに。しかも、一番下の方の天界ぢゃなく、閻魔大王様の天界ぢゃ。こんな嬉しいことはないのぢゃが・・・・、それもなぁ、命あってのもの、ぢゃろう。否、供養あってのものぢゃ。供養が途切れれば、あっという間に寿命がやってくるんぢゃ。』
『供養・・・・ですか。それがないと、飢えてしまうんですものね。そりゃあ、苦しいですよね。』
『苦しいというか、恐怖ぢゃよ。いつ供養が途切れるか、今月は大丈夫だろうか、お寺と縁を切って変な新興宗教に入ったりしていないだろうか・・・・。そういうことを考えるものぢゃ。それは、一種の恐怖ぢゃな。』
『でも、おじいさんは、子孫の守護霊をやっているんでしょ。なら、新興宗教なんかに入らないよう、コントロールできるじゃないですか。』
『まあ、そうなんぢゃが、いくら守護霊をしている、といっても万能ぢゃないからのう。ふとした隙に、新興宗教なんぞから誘いがあるかもしれん。なるべく、そうならないように、いい方向に、幸運になるように導いてはいるがな。ま、お前さんの言うように、守護霊をやっているうちは、大丈夫かもしれん。しかし、アヤツも、守護霊をやっていたと思っていたのぢゃが、まだ守護霊になっていなかったのかのう・・・・。』
『あぁ、そうなると、新興宗教に流れていって供養しなくなったとか、面倒になって供養をやめたとか、ありえますよね。』
『うむ、そういうことぢゃな。今となっては、本人に聞くこともできんし。まあ、見守るしかないのう・・・・。』
『はぁ、そうですね。・・・その供養なんですが、おじいさんクラスというか、おじいさんのような状態の天人ならば、どの程度すれば、大丈夫なんですか?。』
『供養の量か・・・。そうぢゃのう、そりゃ、毎月一回くらいは、ちゃんとしたお坊さんにお経をあげてもらいたいわな。わしの場合、現在でも毎月一回、地元のご住職にお経をあげてもらっておるからのう。おかげで、いろいろな神通力を使っても、そう簡単にはくたびれない。守護霊としても、しっかり子孫を守るという役目を果たすこともできる。』
『やっぱり、月に一回は、お坊さんにお経をあげてもらう方がいいんですねぇ。』
『そりゃあ、そうじゃ。しかもな、そういう供養をしてもらえば、次の年忌のとき、天人としてさらに上の位を得ることができたりするし、あるいは、さらに上の天界へ移転できる可能性もあるんぢゃ。』
『へぇ〜、そうなんですか。供養って、おじいさんたちのエネルギー源だけじゃないんですか?。』
『そこぢゃ、そこ。たとえばぢゃ、毎月一回、必ず供養をしてもらえば、定期的にエネルギーがやってくるわな。』
『はい、そうですね。まあ、月給のようなもので。』
『そうぢゃ、うまいことを言う。その毎月来るエネルギーぢゃが、そのエネルギーをわしらはすべて使い切るわけぢゃない。残しておくことができるんぢゃ。お前さんの言い方で言えば、毎月の給料をすべてその月で使い切ってしまうわけぢゃなく、貯金しておけるのぢゃよ。』
『そんなことができるんですか?。供養のエネルギーのあまりを取っておくことができるんですか?。それは、すごい。どこにためておくんですか?。』
『それは、体内ぢゃ。体内にエネルギーを蓄積しておくことができるんぢゃよ。でな、それは、神通力のもとでもあるし、わしらの修行のエネルギーにも使われるんぢゃ。』
『あぁ、なるほど。貯えたエネルギーで、おじいさんたちは、いろいろ修行したりするんですね。』
『そういうことぢゃ。そうして修行が進めば、その修行の段階により、位が上がったり、上の天界へ移動してもらえたりするわけぢゃ。』
『なるほど、ということは、エネルギーが少ないと、エネルギーの蓄積ができないんで、修行もできないし、そうなれば、位も上がらない、ということですね。』
『そうぢゃ。位があがらねば、子孫を守護する力もあがってこない、というわけぢゃ。それにな。』
『それに・・・なんです?。』
『たとえば、守護をしてやっている子孫に突発的な事故や急病が起こったとしよう。』
『えっ、守護霊がちゃんとしていても、そういう事故や急病にあったりするんですか?。』
『そりゃあ、あうさ。そういう事故や急病などは、本人の前世からの因縁もあるからのう。まあ、その因縁云々の話になると、また長くなるから、それはハショルぞ。気になるようなら、また別のものに教えてもらえ。まあ、そういうことで、いろいろな因縁によって、子孫が突発的な事故にあったとしよう。そのとき、本当は命を落としたり、大怪我をするところだったのぢゃが、奇跡的に怪我一つなしに救われた、ということがあろう。』
『はあ、たまに聞きますよね。奇跡の生還、ですね。』
『そういう場合は、わしらのような先祖がな、蓄積していたエネルギーをすべて放出して救っているんぢゃ。』
『へぇ〜、そうだったんですか。生きているときに、奇跡の生還を果たした方に取材をしましたが、そういう人たちは、おしなべて神のような人が守ってくれた、とかいうんですよね。じゃあ、あれは本当だったんだ。私は、そういうのは偶然で、脳が都合よく記憶の断片を組み合わせて、そういう映像を見せて、助かったもの自身を納得させている、と解釈していましたよ。』
『本当にお前は、無信心ぢゃのう。違う違う。わしらのような守護霊、その助かった人の守護霊が、それまで蓄積していたエネルギーを最大限放出して、その人を救ったんぢゃよ。』
『へぇ〜、そういうことだったんですねぇ。ふ〜ん・・・。』
『おぬし、信じておらんな?。』
『あ、いや、そんなことないですよ。いや、あり得る話ですからね。』
『ふむ、まあいいわい。でな、そうやって子孫の大ピンチを救うことができるのも、エネルギーの蓄積があるからぢゃ。』
『ということは、やっぱり、月に一回くらいは、先祖の供養をした方がいいんですね。』
『そういうことぢゃな。』
『じゃあ、もっとエネルギーを貯めて救ってもらうために、月に一回なんていわず、月に3回も4回も供養してもらったらいいんじゃないですか?。』
『それは素人の浅はかさぢゃ。そんなことをしても、無駄ぢゃ。坊さんを儲けさせるだけぢゃな。坊さんをそう儲けさせてはいかん。すぐ遊びよるからのう。』
『まあ、確かにそうですけどね。でも、エネルギーがたくさん貯まるじゃないですか。おじいさんだって、その方が修行に力が入るでしょ。』
『いやいや、なんでも過ぎるのはいかんのぢゃ。それはな、食べすぎと一緒ぢゃ。月に数回も供養したら、エネルギーの容量を超えてしまう。それは食べすぎと同じぢゃ。かえって身動きがとれん。それぢゃあ、意味がない。月一回、それがちょうどいいんぢゃよ。余分に供養するとすれば、盆と彼岸ぢゃな。』
『あぁ、なるほど。そういうことですか。エネルギーの容量オーバーなんですね。そういうものなんですねぇ。そうか・・・、やっぱり、お盆やお彼岸は、別に供養した方がいいんですね。』
『そうぢゃのう、お盆は、みんな期待しておるしな。供養のエネルギーがやってくる、とな。それでなかったりしたら、落ち込み方は、普段の比ぢゃない。お彼岸も同じぢゃな。供養してもらって当たり前ぢゃ。それがないとなると・・・。』
『かなり落ち込みますよね。あって当然のものがないとなると。』
『そうぢゃ。さっきのお前さんの言い方を借りれば、お盆や彼岸は、ボーナスのようなものぢゃからのう。楽しみなんぢゃよ。わしらにとってみれば。』
『はい、わかりました。月一回の供養は、おじいさんたちのエネルギー源で、それは、生きているものが月給を取ることと同じなんですね。で、そのエネルギーをおじいさんたちは要領よく使って、エネルギーの蓄えをしておくんですね。その蓄えは、おじいさんたちの修行に使ったり、子孫の危機を救うために使うわけですね。で、お盆や彼岸の供養は、おじいさんたちにとってはボーナスのようなもの、というわけなんですね。』
『そういうことぢゃ。うまくまとめよったのう。ぢゃから、供養は大事なんぢゃ。・・・おや、そろそろ夜が明けてきたのう。もう朝ぢゃ。お前さん、今日は、あの住職のところへ行くんぢゃな?。』
『はあ、そうしようかな、と思っています。もし聞くことができるなら、いろいろ聞きたいことがありますんで・・・。』
『まあ、あの住職なら、お前さんの声も聞こえるぢゃろうなぁ・・・。』
その時であった。おじいさんとは別の、聞いたことがある声が聞こえてきたのだった。
『いや、待ちなさい。聞新、用があるんで、こっちにすぐに戻ってきなさい。あっと、私がわかるかね?。』
『えっ、だ、だれですか?。ええっと、その声は・・・。』
そう、初江王だったのである。


つづく



バックナンバー(十三、69話〜73話)


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