第2部 六道輪廻編
第 百 十 話
分身のジイサンは 「さぁ、行くべぇか」 と言って、にやりとした。その瞬間、我々は移動したのだった。 「ほい、着いたべ」 ほんの一瞬だった。我々は、26番台のジイサンが住んでいる天界に着いていたのだ。 「さ、あとは本体に任せるべ。んだで、わしは消えるかんな」 そう言ったとたん、分身のジイサンは、消えたのだった。 「さぁ、中に入んねぇ」 そう言われて、俺は我に返った。やっと、周囲を見回す余裕ができたのだ。 目の前には門があった。昔ながらの茅葺きの門だ。結構立派な門だった。周囲を見渡すと、長閑な田園風景だった。天界にもこんな所があったのだ、と俺は驚いた。 「わざわざ、こういう場所を探したんだ」 中からジイサンの声が聞こえてきた。 「わしゃ、うるさいのが苦手でな。この26番台をうろうろして、やっとの思いで、ここを見つけたんだ」 門をくぐると、縁側にジイサンがあぐらをかいていた。右手には、大きな湯飲みが置かれたいた。 建物は、純和風だ。というか、昔ながらの和の住宅だ。 「まあ、あがんなさい」 広い縁側だった。俺は、縁側に腰掛けた。 「ここは静かでいい。ここはな、中心地から随分はなれておる」 「天界に中心地とかあるんですね」 「おお、あるよ。このトウリ天はな、外から見ると巻き貝のように見えるのだそうだ。まあ、わしは、外から見たことがないから、わからんのだがな」 「外から見るって……それは、宇宙に行って、外から見るって事ですか?」 「う〜ん、どうなんだろうね、なぁ、天女さん」 縁側に座らず(座る必要が無いからね)、ぼうーと立っていた天女は 「そうね……ここは、宇宙とは違う精神世界だから。オジイサンもこのトウリ天を外から見ようと思えば、まあ、見れるよ。でも、相当な神通力が必要となるわね。まあ、参考に、このトウリ天を外から見ると、確かに巨大な巻き貝に見えるわね」 「ふむ、やはりそうか。だから、街に中心地が生まれるのだな。つまり、この26番台の地面は、円状になっているわけだ。だから、中心が生まれる」 「そうか、今まで考えてもみなかったけど、この台地って四角じゃないんですね。円状だったんだ。で、ジイサンは、その中心地が嫌いなんだ」 「あぁ、うるさいからな。あぁいうのは疲れる」 「それにしても、ジイサンは変身しないんですか? その姿って、生きていた時の姿でしょ」 「あぁ、そうじゃ。いいんだよ、自然で。わしの死ぬ前の姿が最も自然じゃ。この方が、余分なエネルギーも使わんし、楽なんじゃ」 まあ、確かに気楽なのだろう。何も着飾ることはないし、見栄を張る必要も無い。ごくごく自然に生きられるという点では、むしろ変身などしない方がいいのだろう。 「まあ、見てくるがいい。この台地の中心をな。これが、天界だってわかると思う。20番台や10番台後半は、こんなものだと知るといいよ。だから、天界は『快楽の世界』と言われる理由が分かるさ」 ジイサンは、そう言うと、天女さんに案内してもらうといい、と付け加えたのだった。 俺は、天女とともにジイサンの家を出た。とりあえず、飛ばずに歩くことにした。もっとも俺は飛べないので、天女に頼るしかないのだが。 「天界は『快楽の世界』なんですか?」 俺は、ジイサン言った、この一言が気になっていた。今まで、天界を見てきたが、こんな言葉は一度も聞かなかった。皆、真面目に修行に励んでいた。まあ、時には酒を飲んだりもしていたが、大騒ぎするような光景は見られなかった。せいぜい、小さな宴会程度だ。とても『快楽の世界』とは言えない。俺の質問に天女は 「まあ、そう言われてもいるわね。一応、天界は楽園であり、快楽の世界であることは間違いないわね。その理由は、見れば分かるわ」 やはり、快楽の世界なのだ、天界は。 「うん? なんだこの音は?」 遠くから、なんだか賑やかな音が聞こえてきた。昔懐かしい祭りの音だ。どこかで祭りでもやっているのだろうか? 「賑やかですね? 祭りの囃子でしょ? こんな天界で昔ながらの祭りって……」 「それがね、ちゃんとやっているのよ、祭り。ま、見れば分かるわ」 祭り囃子の音がだんだん近付いてくる。みると、霧がかかったような所があり、どうやら祭り囃子の音はそこから聞こえているようだ。 「中に入るわよ」 天女はそう言うと、さっさと霧の中に入っていった。俺も慌ててその後に続いて霧の中に入っていった。ちょっと怖かったが、まあこの世界ではよくあることだ。 霧の中に入ると、そこはお祀りの夜店そのものだった。天界には、夜はない。いつも明るい空だ。もちろん、青空ではない。白っぽい空だ。太陽はない。白っぽい空がいつまでも続いているのだ。なので、朝も昼も夜もない。だが、寝るのは自由だし寝る必要も無い。人間の時と同じような暮らしをしてもいいし、一日中起きているのもいい。それが天界だ。なのに、ここには夜があった。 「これ、祭りの夜店でしょ? なんで夜があるんですか? 天界って、夜が無いはずですよね」 俺の目の前には、祭りでよく見る夜店があったのだ。そこをここの住民が楽しそうにして歩いている。中には、浴衣姿の住民も結構いた。出店は、綿飴やたこ焼き、焼きそば、焼きリンゴなどよく見る店だ。なんと、金魚すくいまであった。皆、夜店を楽しんでいた。中には、腕を組んで歩いている若いカップルもいた。いや、若者だけでは無く、中年のカップルもいた。年齢も自由にできる天界で、あえて中年のカップルというのも……。しかし、見事な夜店である。どうやってこんな世界を……。 「これはね、作っているの。祭りをやりたい人たちでね」 「どういうことですか?」 「天界ってさ、はっきり言って退屈な世界なのよね。一日の区切りはないし、いつも昼間。で、やることは修行なんだけど、この20番台くらいになると、神通力も結構ついているしね。ジイサンのように、ある程度は分身ができるし、守護霊もできる。階層の違う天界を自由に飛ぶこともできる。神通力も多彩に使えるようにもなるのよ。だから、夜を作ることもできるの」 「こんなに広範囲に渡って作れるんですか?」 「一人では無理ね。きっと、26番台の住民で夜店がやりたい!って人たちが集まって、神通力を出し合って作っているのよ」 なるほど、同じ意見の者同士が集まり、少しずつ神通力をだしあい、大きな力にしているのだろう。で、こんな祭りの夜店ができるのだ。 奥へ進んでいく。すれ違う人たちは皆、楽しそうだ。誰もが、俺たちに声をかけていった。 「おや、天女さん、珍しいね。あっ、あんた聞新さん? あぁ、天女さん、案内役か!」 すれ違う人たちは、皆同じよう言ったのだった。それにイチイチ応えるのには、まいった。うわー面倒くさい、と思ったが、協力してもらうには、拒否はできない。愛想は大事だ。 愛想を振りまきながら奥へ進んでいくと、なんとそこにはちゃんとお社があった。お祭りを楽しいながらも、ちゃんとお社まであるとは。凝っているというか、そこには、信仰心があるのだろう。夜店は神社で行うもの、という意識があるのだ。 「いいですね。ちゃんとお社まである」 「日本人の心でしょ、これが」 「はぁ、そうですね。でも、これっていつまで続いているんですかねぇ」 「さぁねぇ。神通力が尽きるときか、飽きるときか……」 「それもどうなのでしょうね。祭りとか夜店って、短い時間だから楽しいってのもありますからね。そういえば、カップルが何人かいましたが、あれって……」 「まあ、人間界でカップル行うことをやるんでしょうね」 「えっ? 確か天界は生殖機能も無いし、生殖器もないと聞いてますが」 「そう、天界の住民は、そんなものはないわ。その気になって触れあうだけで快楽が得られるの。そういう話はしたよね」 「はい、聞きました。だから、ああやって腕を組んで歩いているだけで、快楽を味わっているってことになりますよね」 「そうなんだけど、やっぱり神通力でコントロールはできるのよ。だから、ああいうカップルは、人間界の時と同じような気持ちで腕を組んでいるのよ。じゃないと、大変なことになるわ」 なるほど、神通力で快楽をセーブしているのだ。やはり、人間界での習慣が大きく残っているのだ。 「ちなみにね、天界での快楽は、人間界の数倍らしいわよ。私は、人間界での快楽がどの程度か知らないからよく分からないけど、天界の住民に聞くと、人間界での快楽より何倍も気持ちいい、という答えが返ってくるわ」 「う、え、あぁ、そうですか。まあ、俺も関係は無いですが」 なんと答えていいのやら。まあ、天界はそういう所らしい。 なるほど、天界が快楽の世界と言われる理由が少し分かった。確かに、快楽の世界なのだろう。神通力で自由に楽しめるのだから。 しかし、天界の住民は、修行をしなければならないはずだ。いつも遊んでいるわけでは無いはずなのだが、そこはどうなっているのだろうか? 「もちろん、修行の時間はあるわよ。この階層だと、かなりの高僧か、菩薩様が法話をしに来るはず。内容も高度なものになっていると思うわ」 「じゃあ、その時は」 「みな修行場に集まって、法話に耳を傾け、教えの内容を反芻し、議論をすることもあるわよ」 「ちゃんと修行はしているんですね」 「そりゃそうよ。じゃないと、天界から落ちてしまうでしょ」 そうなのだ。修行を怠れば、天界追放ということもある。33番台の大ちゃんがその危機にあった。 「修行は修行、楽しみは楽しみ、うまく使い分けができるのよ、このくらいのレベルになると」 なるほど、使い分けなのだ。 夜店を出ると、元の明るい天界になった。 ちょっと歩くと、先の方からロックの音色が聞こえてくる。もう驚かない。きっと、ここの住民がロックフェスティバルでもやっているのだろう。それにしても、賑やかだ。というか、うるさい、とも思える。あちこちで、いろいろな音が響いている。アイドルの歌声まで聞こえてきた。 「あぁ、結構、うるさいですね。みんな好き放題だ。なるほど、ここには、いろいろな楽しみがあふれてる。そこかしこで、カップルが腕を組んで歩いているし、ひと目を気にせずイチャイチャしているカップルもいる。 「これが本来の展開の世界よ。快楽の世界なの。あなたの知り合いのオジイサンは、こういう世界が嫌ななんでしょ。だから、あえてオジイサンの姿をしているんでしょうねぇ」 そうだと思う。あの人は、静かな田舎がいいのだ。 「ちなみに、みんながみんな、快楽を貪っているわけじゃ無いわ。オジイサンのように、郊外に住み、静かな時を過ごしている人たちも結構いるわよ。ああやって快楽を味わっているのは、半分くらいかな。残り半分は、静かに過ごしているわね。快楽を味わっているのは、人間界で楽しめなかった人たちかもね」 天女は、ちょっと冷たい目をカップルたちに向けながら、そう言った。 天界のよさは、人間界でできなかったことができる、と言うことであろう。ギリシャさんたちも、人間界でできなかった姿を選んでいた。きっとどの階層へ行っても、そこは同じなのだろう。人間時代にできなかったことをやりたいのだ。 「前世の記憶があるって言うのもやっかいね」 天女はそう言ってニヤリとしたのだった。 つづく。 |
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