バックナンバー(十八)    第九十二話〜第九十六話

『あの先輩って、そんなに大した坊さんなんですか?。』
『あぁ、大した和尚さんぢゃな。尤も、すごかったのは先々代・・・あの坊さんの祖父のようぢゃが。まあ、孫に優秀なのが出る、ともいうしな。お前さんの先輩も大したものぢゃ。』
『へぇ〜、そうなんですか。知らなかったなぁ・・・。でも、なんでおじいさんは知ってるんですか?。』
『わしは何でも知っている。お前さんの周辺のことならな。お前さん、生きているとき、先輩の寺に行ったことがあるだろ。そういうときに、わしもついていって色々とな、見てくるんぢゃ。』
『あぁ、そういうことですか・・・。でも、そんなに頻繁にお寺へは行ってないですよ。』
『そんなもん、一回行けば十分ぢゃ。どの程度の寺かは、すぐにわかる。ましてや、そこの住職を見ればなおさらぢゃ。』
『へぇ〜、一回で・・・。あぁ、そうか、神通力があるんですもんね。』
『そういうことぢゃ。お前さんも、神通力が欲しければ天界へ来るんぢゃな。あまり下のほうの天界ぢゃあ、わしほどの神通力は持てないがな。かっかっか。』
なんだか、今日のじいさんはご機嫌である。
『別にいいことがあったわけぢゃないぞ。』
先回りしてじいさんは言った。
『まったく・・・やりにくいですねぇ。でも、今日は気分がよさそうじゃないですか。』
『いつもこんな感じぢゃ、わしはな。まあ、強いていうなら天界でな、楽しみがあったからな・・・。まあ、そのことはいい。それよりもお前さんの先輩ぢゃ。あれは、なかなかの者ぢゃ。』
どうやら「天界での楽しみ」は言いたくないらしい。ひょっとしたら言ってはいけないことなのかもしれない。しかし、じいさんが楽しいことというのだから、きっと天女様に関することだろう。
『まあ、いいから・・・。でな、お前さんの先輩ぢゃ。そもそもは先々代がすごかったようぢゃのう。お前さん、知らんのか?。』
『先輩のおじいさんですよねぇ、会ったことはないですね。たぶん、私が知り合ったころには、亡くなっていたんじゃないでしょうか。』
『ふ〜ん、そうか、それは惜しいのう。ぢゃあ、父親はどうぢゃ?。』
『え〜っと、どうだだったかな・・・一度だけ会ったかな・・・。でも、確かその時は相当なお年で、もう現役を退いていたと思いますが・・・・。』
『そうか・・・。まあ、わしが見たところでは、先代・・・父親ぢゃな・・・は、静かな方だったんぢゃろう。この世のことよりも、輪廻から解脱することを選んだのぢゃろうな。』
『な、なんですか、それ?。』
またまた、よくわからないことをじいさんは言いだした。
『輪廻からの解脱くらいはしっておろう。』
『はあ、それくらいは知ってますよ。じゃあ、先輩のお父さんは悟ったと、そういうことですか?。』
『そうぢゃな、そういうことぢゃ。尤も、先々代も当然悟ってはいるがな。静かな落ち着いた世界を選ばなかっただけぢゃ。孫が心配だったのかも知れん・・・。いや、そうぢゃないか。』
『なにを一人で納得しているんですか?。私にはおじいさんの心が読めないんですから、ちゃんと説明してください。』
『う〜ん、そうぢゃのう。想像の域を出んからのう・・・。まあいい、これは、あくまでもわしの見解ぢゃ。いいな。』
『はい。』
そういうとおじいさんは、腕を組んで目を閉じたのだった。

『そもそもあの寺は、先々代から始まった寺ぢゃ。だから、檀家はない。まあ、先々代は壇家を作る気もなかったようぢゃがな。世の人々を救うための寺として生まれたわけぢゃ。先々代は、相当の和尚さんだったようぢゃのう。一代で寺を築き上げ、多くの人を救ったようぢゃ。で、その役割を先代に渡し、自分は・・・おそらくは一旦は静かなところに行かれたのぢゃろう。当然、輪廻からは解脱しておるからのう。しかし、先代が亡くなってから、静かなところにいるのが退屈になったのか、今の住職・・・お前さんの先輩ぢゃな・・・と一緒にいるようになったのぢゃ。』
『それって、この世に未練があったということですか?。』
『いやいや、そうぢゃない。何か目的があったようぢゃ。それで・・・わしがお前さんについて寺に行ったときも・・・・静かに瞑想していらっしゃったのう。だから、なにか目的があったんぢゃろう。』
『はぁ・・・そういうことですか。で、輪廻を解脱して静かなところ、というのは、どこなんですか?。』
『わしは、行ったことがないからよく知らんが、聞いた話では、無欲の世界でな、瞑想をするか、自分の悟りを検証し、さらに深い悟りを求めて修行するところだそうな。一般には、声聞界と呼ばれておる。たぶん、先代はそこに行っておるのだろう。先々代は、そこから出てきて・・・そうぢゃのう、それも修行なのかのう。この世にきて、人を救う道を模索しているのかも知れん。わしにはこれ以上は量り知れんことぢゃ。』
『はぁ〜、そういうものですか。で、先輩がなかなかのものとは・・・。』
『どうしたことか、あの和尚さんは、初めから空を知っておるようぢゃのう。あまりこだわりがない。口は悪いが、淡々としているというか・・・。あっさりしすぎてもいるくらいぢゃ。そういう点で、悟りに近いところにいる。』
『え〜、そうなんですか?。でも、夜、若い女子がいるようなところへ出入りもしますよ。何回か一緒に行ったことがあります。』
『そりゃあそうぢゃろ。生きておるからのう。でも、そういう店の女性に何かするか?。なにもせんぢゃろう。酒も飲まないんぢゃないのか。ただ、話をするだけぢゃろう。いや、よしんば何かをしたにしても、店を出たら忘れているんぢゃないか?。』
『はあ、まあ、そんなようなところはありましたねぇ・・・。まあ、心の奥底はわからないですが・・・・。』
『なんというか、こだわりがなというか。空ぢゃな。その上、さらに密教の修行をしておる。変わり者と言えば変わり者、ぢゃな。しかも、先々代が力を貸しておるようぢゃ。だから、ちょっといないな、あんな和尚さんは。』
そういえば、俺は思い出していた。あれは宋帝王だったか・・・・。あの僧侶は大したものだ、と言っていたような・・・。あぁ、脱走者が出たときだ。先輩のような坊さんなら、不動明王様も力を貸してくれるとか言っていたはずだ。
『ほう、宋帝王様がのう・・・。やはり、ただ者ぢゃないのう、あの和尚。』
俺の心を読んだじいさんは、何か考え事をし始めたようだった。

『お前さん、明日、もう一回寺へ行ってみるがいい。で、もう少し詳しくいろいろ話を聞いてくるがよかろう。お前さんが知りたがっていることに協力してもらえるかも知れん。いや、普通では行けないところへも・・・・ひょっとしたら行けるかもしれんし・・・。』
『どういうことですか?。なんですか、その奥歯に物が挟まったような言い方は。』
『うん、滅多なことはいえんからのう。本人が嫌だ、というかも知れんし・・・。う〜ん・・・、お前さん、知りたいことがたくさんあるぢゃろう。』
『そりゃあ、まあいっぱいありますよ。』
『たとえば、どんなことぢゃ?。』
『そんな急に言われても・・・・。そうですね。まず、私が早死にした理由。それと取材者に任命された理由。』
『あぁ、それはまだ教えてもらえんだろうなぁ・・・。』
『えっ、そうなんですか?。』
『いや、まあ、それに関しては和尚さんも知らんかもしれんし・・・。他にはないのか。』
俺は考えてみた。他に知りたいこと・・・・。あるじゃないか。俺が知りたいこと。ひょっとしたら、それが一番興味があるのじゃないか・・・。しかし、それを女房の守護霊であるじいさんに言っていいのかどうか・・・。あぁ、でも心を読まれてしまうのか・・・。
『なんじゃ、隠し事をしてもわかるぞ。怒らんから言ってみろ。』
『怒らないからって・・・、どういう意味ですか?。』
『ふん、何を今さら・・・、いいから言ってみろ。まあ、そういう気持ちになるのも仕方がないからのう。男だからな。』
すっかり気付かれているようだった。
『え〜、は〜、じゃあ、あの〜、言います。なんか後ろめたいような・・・。』
『後ろめたいという思いがあるのならいい。ないのなら、怒るがな。』
『はぁ〜、えっと、俺のあと、二人目の死者なんですが・・・。』
『いい女なのか?。』
おじいさんは、ニヤッとした。なんとも言いにくい。おじいさんは、女房の守護霊である。その守護霊に気になる女性がいます、なんていえない。しかし・・・。
『あのな、お前さんは死んでおる。いくら気持ちが高ぶっても、どうしようもなかろう。しかもぢゃ、その女性に対しては興味がそそられる、ということなんぢゃないのかね?。自分の女房とは比較にはならんぢゃろう。まあ、ちょっとは浮気心があるようぢゃがのう。かっかっか。』
『あ、あの・・・、はぁ、まあ、そう言っていただければありがたいのですが。・・・そうですね。興味があるんですよ。いろいろと知りたいんです。あぁ、彼女だけじゃありません。私の周りには面白いといえば語弊があるでしょうが、興味をそそる死者がいるんですよ。強欲なじいさんとか、覗き見の先生とか・・・。その人たちが、この世に戻って、どんな状況にあるのかが知りたいんですよ。』
『ふ〜ん、なるほどのう・・・。さすが、元雑誌記者だけのことはあるな。えっと、なんぢゃ、ジャーナリストか?。そういうもんなんぢゃろ?。』
『そうですね、記者根性なんでしょうね。』
『そういう思いなら、別に女房に遠慮することはなかろう。』
そうなのだ。俺は、あの死者たちに興味があるのだ。取材してみたいのである。あの浮気女に関しても、興味があるのだ。あれからいったいどうなったのか・・・・。
『そういうことなら、あの和尚さんは相談にのってくれるかも知れん。明日にでもいくがいい。』
『はい、そうしてみます・・・って、確か、明日は忙しいようなことを言ってましたが・・・。』
『平気ぢゃろう。一日中、忙しいわけぢゃなし。』
『そうですね。じゃあ、行ってみます。あ、その前に子供たちの学校ものぞいてみようかと・・・。』
『ふん、それはいいことぢゃな。ま、父親ぢゃからな。一応は・・・。』

翌日、どこの家庭でもあるように、あわただしい朝がやってきた。女房は、俺の遺骨が置いてある祭壇にお参りしてから、朝食の準備にとりかかった。子供たちも顔を洗って、祭壇の前で手を合わせた。そして、朝ごはんを食べ、元気よく
「行ってきま〜す。」
という声を残して学校に向かった。静かになった。女房は、朝食の後片付けをしている。このあと、掃除やら洗濯やらと動き回るのだろう。
女房は、働いてはいなかった。専業主婦である。しかし、俺が死んでからはどうするのだろうか。おそらくは労災の認定はおりる。家のローンもチャラだ。生命保険も入る。しばらくは、生活には困らないはずだ。
「あぁあ、どうしようか・・・。まだ、働く気にはなれないなぁ・・・。でも、家にいても悲しいだけだし。はぁ・・・。」
食卓テーブルに座ると、頬杖をついて女房は、ため息をついた。生きている者は、生活していかねばならないのだ。それは、金銭的な問題だけではない。精神的な問題でもあるのだ。
「まあ、いいか。49日が過ぎるまでは、考えないでおこう。そうだ、そのうちに和尚さんにでも相談してみよう。」
テーブルをたたき、立ち上がった。
「ふふふふふ。あたしってば、毎日同じこと言ってるわ。バッカみたい。」
そういった女房の目には涙が光っていた。
『ああいう姿を見ると、他の女にうつつを抜かす気分ぢゃなくなるだろ。』
不意に俺の真横におじいさんが現れた。
『び、びっくりした〜。驚かさないでくださいよ。』
『何を照れておる。わしのひ孫とはいえ、いい人間に成長した。つくづくそう思っておるよ、わしはな。』
『はい、感謝しています。大丈夫です。へんにフラフラしませんから。』
『そうか、ならいい・・・。ところで、学校へは歩いていくのか?。』
『いや、飛んで行こうと思いまして。身体・・・というか、魂というか、軽いんで、大丈夫かなと思いまして。それに・・・。』
『それに?。』
『歩いて行って、昨日のようなことがあると嫌ですから・・・。』
『あぁ、行き場を失った霊に出くわすことな、それは嫌だろう。』
『はい。なので、飛んでいきます。要領はつかめましたので。』
『それがいいのう。・・・学校か・・・。』
『そうです。小学校ですね。楽しみです。』
『そうか・・・まあ、何を見ても驚くなよ。』
『はい?、どういうことですか?。』
『そのままんぢゃ。いろいろ見るから、昨日のように慌てんことぢゃ、ということぢゃ。』
『はぁ・・・。よくわかりませんが、行ってみます。』
『その帰りに寺へ寄るのか?。』
『はい、そうします。』
俺は、おじいさんの言ったことをあまり深くは考えなかった。それよりも学校での子供たちの様子を見たかっただけである。学校での様子・・・、おじいさんは子供たちの守護霊も兼ねているから、いつも見ているんだ・・・。まさか、うちの子が・・・。
『まさか、うちの子がイジメにあっているとか?.。』
『いや、その心配はない。わしがついているからな。わしは神通力も強い。虐めるようなヤカラがいたら、仕返しをしてやる。ま、お前さんの子供たちをいじめるようなヤツはおらんよ。』
『じゃあ、何を驚くようなことが・・・。』
『行けばわかる。行ってみることぢゃな。』
おじいさんの意味深長な言葉をそのまま黙って俺はやり過ごすことにした。そうなのだ、学校に行ってみなきゃわからないのだし、ここで心配していても仕方がないことなのだ。
『じゃあ、俺、学校に行ってみます。』
『もう行くのか。まだ授業は始まってないぞ。』
『はあ、なんだか気になって・・・。』
『そうか、まあ、よいわ。じゃあ、行ってみるがいい。』
『はい、行ってきます。』
俺は、そういって、まずは娘の居場所を強く念じてみた。すると、一瞬身体がふわっと浮くような気がして・・・。
俺は学校の教室にいた。
『ほう、来たか。早かったのう。どうぢゃ、疲れてはいないか?。』
そこには守護霊のおじいさんがいたのだった。

『あっ、な、なんで・・・。あぁ、そうか。おじいさんは娘の守護霊も兼ねていたんでしたね。』
『娘だけじゃない、息子のほうもぢゃ。驚くことはないぢゃろう。』
『はあ、そうですね。あはは。で、娘は・・・。』
俺は、自分の娘が友達と楽しそうに話をしている姿を見つけた。と、同時に別の者も見えてしまったのだった。
『な、なんだ、あれは!。』
俺は驚いてあたりを見回した。教室の中は・・・・。
『いろんな霊が見えるんぢゃろ。だから、驚くな、と言ったんぢゃ。ま、驚くな、というほうが無理かのう・・・。』
『こ、これは、どういうことですか?。』
教室の中には、確かに様々な霊体がいた。みんな半透明だから霊体だとすぐにわかる。立派なひげを蓄え、着物をパリッと着こなした老紳士。この人は、ある男の子の頭の上の方にいた。ある女の子のすぐ後ろ、肩のところに上品そうな老婆が立っている。あっちにはごく普通のどこにでもいるようなおばさんが、ある少年を優しい顔で眺めている。まるで、授業参観だ。しかも、彼らは子供たちのほぼ真後ろか、上の方に漂っていたのだ。
『いや・・・、これはすごいというか・・・。授業参観ですね・・・。毎日、こんな状態なんですか。』
『まあ、そうじゃな。』
『あっ、でもなんで、おじいさんは、娘から離れてみていたのですか?。』
そうなのだ。どの霊体もその家の子供たちのそばにいるのに、おじいさんだけが俺の横にいるのだ。俺は、娘のそばにはいない。教室の隅の方に浮いていた。
『お前さんがびっくりして慌てるといけないから、こっちまで移動したんぢゃよ。大丈夫ぢゃ。この程度の距離なら、離れていてもちゃんと守護できる。』
『はぁ、そうなんですか。さすがですねぇ。おじいさんは神通力が強いから、そういうこともできるんですね。』
『まあ、そういうことぢゃ。それよりも、お前さん、もう落ち着いたか。』
『はぁ、まあ、落ち着いてきました。』
『ならば、もっとよく見てみろ。隅々までな。で、驚くなよ。』
おじいさんは、意味不明のことを言った。これ以上、何を驚くというのだ。それはともかく、俺は落ち着きを取り戻したので、おじいさんのいうようにじっくり観察を始めた。すると・・・。
『あっ、なんだか、子供たちの周りにいる霊体・・・まあ、守護霊なんでしょうけど、色の濃い薄いがありますね。』
『うん、まず一つ正解ぢゃ。』
俺は横目でおじいさんを見た。試されているのか?。ちょっとイジワルなじいさんである。
『いいから、よく見てみろ。言っておくが、試しているわけではないからな。』
まったくもってやりにくい。俺は、再びよく見てみた。
『おや、あんな低い所にいて、守護できるんですか?。しかも、あの霊体、ちょっと歪んでいるような・・・。』
『二つ目、正解。よく気づいた。』
ということはまだあるんだな・・・。
『うん、まだある。よく見てみろ。』
『あっ!。』
『気付いたかな。』
おじいさんはニヤッとした。
『小さな子供を連れている子がいますよ。あの子・・・あんな子供となんで一緒に・・・?。』
そうなのだ。その女の子のお腹のあたりに、小さな子供・・・2〜3才だろうか・・・がくっついているようにいるのだ。お腹にくっついているのである。そういう表現しか思いつかなかった。立っているのではないのだ。お腹のあたりに浮いているのか?。その少女には、浮いている子供しか一緒にはいなかった。守護霊が見当たらないのである。しかも、その小さな子供の表情は・・・暗かった。どんよりしていると言ったほうがいいか。暗く、冷たい眼をしていた。俺が生きていてそれを見たなら、きっと鳥肌が立っていただろう。無性に恐ろしかったのだ。目を合わせたくはなかった。
『あまりじぃ〜っと見ていると、目が合うぞ。』
おれは、びっくりしておじいさんを見た。おじいさんは、ニヤニヤと笑っている。
『そ、そういうものなんですか?。よかった、幸い目が合いませんでしたよ。それに、あの子、守護霊がいないようですが・・・。』
『そうか、それは幸いぢゃったな。わしはよく目が合うよ。ま、慣れればなんてことはないものぢゃ。むしろ、哀れなものよ。守護霊がいない、というわけではないんぢゃが・・・、まあいい三つ目、正解ぢゃ。』
ということは、まだあるのだ。き〜んこ〜んか〜んこ〜ん・・・と間が抜けた、相変わらずの鐘の音が流れてきた。教室内は別のざわつきになり、子供たちは、自分の席に移動し始めた。その時である。俺には見えてしまった。
『あ、あの子の足元・・・・。い、犬がいますよ。それに守護霊の人、薄いですすねぇ。しかも下のほうだ。なんだか、疲れきったような顔をしてますが・・・。』
『四つ目、正解。犬だって生き物だからな。そういうこともある。』
『そ、そうなんですか。』
『で、他にはどうぢゃ?。』
『他に・・・・。』
俺にはよくわからなかった。
『そうか、まだわからんかのう・・・。ぢゃあ、ちょっと教えてやろう。あの子、あの男の子ぢゃ。』
おじいさんは、教室の廊下側の列の一番後ろに座っている少年を指さした。
『じーっと、よく見てみろ。で、気付いたことを言ってみろ。』
『はぁ・・・。あの少年には・・・あ、守護霊がいない。』
『ふむ、それもある。正確にはそうではないがな。もっと念を込めて見てみろ。』
念を込めてと言われても・・・と思いつつ、俺は再びその少年を見てみた。すると・・・。
『な、なんですか、あれは!。』
『あわてるな。向こうが気付くと厄介ぢゃ。見つけたのなら目をそらせるんぢゃ。』
言われなくても俺は眼をそらしていた。恐ろしくて見ていられないのだ。
『な、なんですか、あれは・・・。ちょっと不気味でしたよ。ち、ちらっと見ただけですが・・・、というか、怖くて見れませんでしたが。』
『あぁ、それでよい。五つ目、正解ぢゃ。あれは・・・魔物とでも言えばいいかのう。』
『ま、魔物?。』
『こりゃ、意識が大きい。もっと気を鎮めよ。あいつに気付かれるぢゃろ。』
俺は、びっくりしてついつい大声を出していたのだ。なるほど、生きているときは大声になるのだが、死んでいるので声にはならない。意識になるのだ。自分では大声のつもりが、強い意識となって表現されるということらしい。
『あぁ、そうぢゃ。お前さんが大声を出す時は、お前さんの意識が強くなっているということぢゃ。いわば、念を強く発している、ということぢゃな。それは、周りにいる霊体ならすぐに気付く。生きている場合だと大声を出しているのと変わらんからな。敏感な霊ならば、多少離れていても気が付く。中には、生きている者でも気が付く人がいる。霊感体質という者たちだ。お前さんが、びっくりして大声を出せば、それに気付いて振り向く人間もいるということぢゃ。だから、なるべく冷静でいなくてならん。わかったな。』
いつになくおじいさんの真剣なまなざしに、俺はたじたじになって首を縦に振っていた。
『は、はい、気を付けます。しかし、魔物って・・・・。』
『魔物は魔物ぢゃ。まあ、正確には元人間の霊体と言ったほうがいいかな。ま、それについては、後から話そう。まずは一番めぢゃ。』

いつの間にか教室では授業が始まっていた。どうやら国語の時間らしい。前の方の女の子が教科書を読んでいる。この子のやや上の方には、おばあさんが浮かんでいた。そのおばあさんは、その子の頭にそっと手を載せている。
『あの子は、まともなようですねぇ。』
俺とおじいさんは、教室の後ろの方へ移動して、教室内の様子を眺めていた。後ろから見ているので、そのおばあさんの表情はわからないが、きっとやさしく微笑んでいるのだろう。
後ろから見ていると、座っている生徒と守護霊が重なって見えるので、わかりやすかった。しっかりした守護霊は、席についている生徒の肩や頭に手が載せられる程度の位置に浮かんでいる。それは、教室内の生徒のほぼ半分程度だった。
『あぁ、半分くらいはあの子のような状態ぢゃ。』
そうなのだ。残りの半分の多くは、椅子の背もたれのところあたりに佇んでいる者や、子供の後ろをウロウロしている者、力なくだれている者など、様々だった。共通しているのは、いずれも色が薄く、かすんで見えることと、疲れきった感じがしてくることだった。
『なんだか、残り半分の多くは、疲れきっているって感じがしますね。それに、色が薄い。あの人なんて、消えそうですよ。』
『そうぢゃの。色が薄いのは、エネルギーが足りていないからぢゃ。それはよくわかるな。』
『はい、いまならよくわかります。あの色の薄い守護霊たちは、供養が足りていないんですね。』
『そういうことぢゃ。折角、守護霊ができる位置である天界に生まれ変わったはよいが、その後の供養が行き届いていないんぢゃな。だから、色が薄くなってきている。漂う位置も低くなってくるのぢゃ。中には、歪んでしまったり、曲がってしまっている者もいる。そういう者は、おそらくは天界での死が近いのぢゃろう。』
『五衰ですか・・・。』
『あぁ、そうぢゃ。エネルギー不足で、天界での寿命を迎えるのぢゃな。』
『もし、あの弱っている守護霊が消えてしまったらどうなるんですか?。』
『うん、まあ、多くの場合、変わりの守護霊が立つことになる。』
『変わりの守護霊ですか?。』
『この子たちの先祖は一人だけではない。』
『当然のことですよね。いっぱいいます。』
『そうぢゃ。今、この子たちを担当している守護霊が弱ってしまった場合、まずはその担当を降ろされ、変わりの者が担当することになる。』
『別の先祖の誰かが守護霊となる、ということですか。』
『そういうことじゃな。』
『じゃあ、さっさと代わってもらえばいいんじゃないですか?。エネルギー不足の守護霊さんもつらいでしょう。元気のある守護霊さんに代わってもらえばいいじゃないですか。子供たちも助かるんじゃないですか?。』
『もちろん、その通りぢゃ。力尽きた守護霊しかいない子供は、なんとなく元気がなかったり、勉強ができなかったり、友達とうまくいかなかったり、とかく運がよくない。しかし、その守護霊が力尽き、新しい守護霊に交代した場合、急に元気が出てきて、勉強もできるようになったり、活発になったり、明るくなったりする。よく、急に勉強が得意になった、運動ができるようになった、性格が変わって明るくなった・・・というお子さんがいるだろう。』
『あぁ、いますね。突然、いい方に変わるヤツっていましたよ。私の周りにも。』
『それが守護霊が交代した状態ぢゃ。』
『なるほど、力尽きかけていた守護霊が、元気のある別の先祖に交代したために、守護霊の力が強くなり、子供たちがいい方向に向かった、ということですね。』
『そういうことぢゃな。』
『ならば、やっぱり、早く交代してあげればいいじゃないですか。』
『それがそうもいかんのぢゃ。そこには、ルールがあるんぢゃ。無暗に交代してはならない、というルールがな。』
『そういうものなんですか。』
俺には、そのルールがちょっと理不尽なように思えた。エネルギー不足で守護することに苦しんでいるのなら、元気満々な先祖の誰かが交代してあげればいいだけのことではないか。先祖はたくさんいるのだ。中には、元気モリモリの先祖もいるだろう。そういう先祖が、守護霊を担当すればいいだけのことである。
『なぜ、エネルギー不足になったんぢゃ?。』
『決まってますよ。供養が足りなかったからでしょ。』
『なぜ、供養が足りなくなったのぢゃ?。』
『お参りしないからですよ。お供え物とかもしないからじゃないですか。』
『守護霊を維持するためには、相当なエネルギーが必要ぢゃ。前にも話したな。』
『はい、覚えていますよ。』
『そのエネルギーを補うには、お坊さんの供養が一番ぢゃ。これも話したな。』
『あぁ、はい、聞きました・・・よ。はい。お坊さんの供養に勝る供養はないんですよね。しかも、できれば月に一回はしてもらった方がいい、ということでしたよね。』
『そうぢゃ。ならばもう一度聞こう。守護霊がエネルギー不足になるということは、どういうことぢゃ。』
なるほど、おじいさんの言いたかったところは、供養のことだったのだ。
『そういうことですか。』
『わかったようぢゃな。言うてみ。』
『守護霊がエネルギー不足になるということは、供養が足りないということです。』
おじいさんは、うなずいて聞いていた。
『供養が足りないということは、その家ではお坊さんに供養してもらっていない、ということですよね。』
また、うなずいている。ここまではあっているようだ。
『お坊さんに供養をしてもらっていない、ということは・・・。』
『ということは・・・?。』
『あぁ、そうか、俺と同じで無信心なんだ。』
『正解ぢゃ。あの弱っていしまった守護霊を持っている家では、仏事がほとんどなされていない、ということぢゃ。おそらくは、あの子たちの両親の実家でも仏事には疎いのぢゃろう。両親の実家が月に一回の供養を怠っていなければ、あの力尽きようとしている守護霊はないからのう。』
『なるほど。妻の実家がしっかり供養をしてくれているおかげで、おじいさんも女房や俺の子供たちを守ることができることと同じですね。』
『そういうことぢゃ。』
『女房の実家には感謝しないといけないなぁ・・・。』
『まったくぢゃ。感謝してもらおう。それはさておき。守護霊が簡単には交代できないルールぢゃ。』
そうだ、そもそも、それについて話をしていたのである。
『無信心の家、両親の実家も含め、そういう家は、供養を怠っているな。』
『はい、怠っているでしょうねぇ。』
『ということは、他の先祖も力はないのぢゃないのかい?』
『あ、そうか・・・・。そうですよね。え?、でもさっき、交代すると、子供たちでも急によくなることがある、と言ってませんでしたか?。』
『あぁ、言ったよ。それはな、先祖の中には、すでにかなり上の方にいっている者もいるからな、そういうご先祖が、その家を救いたいという一心で下りてきたら、その子の運は急によくなるぢゃろう。しかし、そういう先祖がいない場合はどうぢゃ。』
『交代要員がいない?。』
『そういうことぢゃな。補欠の守護霊がいない場合は、力尽きるまで、役割を全うせねばならん。』
『なるほど、それもそうですね。それじゃあ、簡単に交代できないわけですね。』
『ふむ。それが簡単に交代できない理由の一つぢゃ。さらにぢゃ。もう一つ理由がある。それはぢゃ。できるだけ、自分が担当している間に供養の重要さに気づいて欲しいからぢゃ。』
『供養の大切さに気付かせるために、簡単には交代しないのですか?。』
『あぁ、そうぢゃ。自分の役割を全うできないようぢゃ、他のご先祖に顔向けができんぢゃろ。守護霊の役割は、子孫を守護することと、子孫に供養の大切さを知らしめることにある。それは、仏教を学ぶ機会を与えることになるからぢゃ。それにぢゃ、力が弱ってきたからと言って交代ばかりしていたら、いくら多い先祖であても、そのうちに交代要員はいなくなる。なんせ、そういう家は、無信心だからのう。』
俺はようやく理解した。それでは、簡単に守護霊は交代できないはずである。疲れたからと言って交代していたら、そのうちに力のある守護霊はいなくなるのだ。仕方がない場合を除いては、交代は避けたいのである。
『じゃあ、守護霊が交代して急に運がよくなった場合、またいつか運が悪くなるときがくるわけですね。』
『そういうことぢゃな。交代した守護霊のエネルギーが尽きてくれば、また元の木阿弥ぢゃ。尤も、その途中で親が気がついて供養を始めれば、エネルギーの補給ができるから、運が悪くなるということはないがな。』
『あぁ、そうですよね。そういうことですよね。』
『そういうことに気が付かせることも、守護霊の役割ぢゃ。だから、初めの守護霊が力尽き掛けた時や、守護霊が交代して、上の方のご先祖が下りてきた時は、たいていは供養の大切さを気付かせる何かが起こるものぢゃ。』
『何かが起こる・・・のですか?。それはいったいどういうことなんですか?。』
『まあな、それはいろいろぢゃ。それを悪用する奴もいるしのう・・・。』
『悪用?。どういうことですか、それ・・・・。』
おじいさんは、またまたわけのわからないことを言いだしたのだった。

『エネルギー不足になるとな、守護霊の力が弱くなる。そこで、何とか供養をしてもらおうと、子孫に気付かせねばならん。』
『子孫が気付けば、供養を始めるわけですね。』
『そうぢゃ。そうすれば、守護霊の力は復活する。そこでぢゃ、弱った守護霊はいろいろな手を使って供養をしてもらえるように動くのぢゃ。たとえば、お子さんが病気になったりする。』
『病気ですか。でもそれじゃあ、供養の大切さなんて気付かないですよ。病院に行って終わり、でしょう。』
『病院に行ってもよくわからない病気ならばどうする?。』
さて困った。俺ならばどうするだろうか。
『いや〜、わかるまで病院を転々とするかな・・・。』
『他には何もしないのか?。』
『そうですねぇ、ネットで調べる、とか・・・。』
『そうした病院ではよくわからん病気になった場合、多くの者は何を考えると思う?。』
果して何を考えるのだろうか。もし自分の娘や息子がわけのわからない病気になったとしたら・・・・。俺は考えてみた。まずはネットだ。インターネットで調べまくるだろう。それでもわからないときは・・・。
『あのな、お前さんは無信心ぢゃから、気がつかんかも知れん。ネットで調べるだけぢゃなかろう。多くの者は相談するんぢゃよ。』
『相談ですか?。でも誰に?。』
『まあ、たいていは「拝み屋」ぢゃな。あとは占い師とか。』
『それって解決にならないじゃないですか。だって、医学の知識説かないでしょう、そういう連中は。』
『当然医学の知識はない。しかし、妙な霊感のようなものがある者もいる。』
『だからってどうなるんですか。だって・・・あっ、まさか・・・。』
『わかったかのう。』
『まさか、そういう拝み屋とか占い師が気が付くと・・・・。』
『そう言うこともあるんぢゃよ。そういう胡散臭いヤカラでも、ふと気付いてしまうときがある。先祖の供養が足りてないんぢゃないですかねぇ・・・なんてな。ま、多くはいい加減だがな。しかし、いい加減でも、もし身内がわけのわからない病気になったりしたら、そういう拝み屋のようなところを転々とするものぢゃ。病院を転々とするようにな。で、いつかは正解が導かれるぢゃろう。先祖供養をしなさい、という言葉にな。それを待っているのぢゃよ。』
『ちょっと待って下さい。それってものすごく効率が悪くないですか。』
『悪いな。しかし、他に方法がないんぢゃよ。病気以外だと事故とか事件に巻き込まれるとか・・・。あぁ、幽霊を見てしまう、というのもあるな。それらの多くは、守護霊が力が弱っているために、そのことを気付かせようと仕組むことだな。』
何といっていいのかわからない。守護霊のやることはおかしいのではないだろうか。供養して欲しいならば、もっと直接的行動があるだろうに・・・。
『お前が疑問に思うことも正しい。エネルギー不足ぢゃ、何とか供養してくれ、と直接・・・そうぢゃなぁ、夢にでも出るとかな・・・そういう方法をとればたやすかろう。』
『そうですよ。そこですよ。そんなこと、直接子孫に言えばいいじゃないですか。何も回りくどく子供を病気にさせたりとか、事故やけがをさせたりとか、そんなことしなくてもいいじゃないですか。むしろ、それってひどいですよね。子供は犠牲になっているじゃないですか。かわいそうでしょ。』
『あぁ、その通りぢゃ。確かにそうぢゃ。お前さんの言っていることは正論ぢゃ。』
『そうでしょ。じゃあ、なぜそうしないんですか?。』
『しているんぢゃよ。』
『えっ、している?。どういうことですか?。』
『ちゃんとお知らせしているんぢゃよ。生きている側がそれに気がつかないだけぢゃ。』
『気付かないって・・・。それはお知らせの仕方が悪いんじゃないですか。お知らせしているって、たとえばどうやって。』
『夢に出る。これは簡単ぢゃ。夢に出て、お墓参りしておくれ、供養しておくれ、ということは、比較的簡単にできる。だから、やっておるんぢゃ、初期の段階でな。しかし、寝ているほう・・・生きている側ぢゃな・・・は、気がつかんのぢゃ。夢を見ているときは覚えているかも知れんが、朝になってみると忘れてしまう。なかなか夢は覚えていられないだろう。』
『はぁ、まぁ、確かにそうですが・・・。でも強烈な印象の夢なら覚えていますよ。』
『強烈に印象を残すような夢にしようと思うと、多大なエネルギーを使うんぢゃ。ただでさえ、エネルギー不足ぢゃ。初めから多大なエネルギーを使うことはできん。エネルギー配分を考えねばならん。でないと、一気に天界から去ることになる。』
あぁ、そうか。一度に大量にエネルギーを使うことはできないのだ。自分が持っているエネルギーは不足しているのだ。小出しにしないと、あっという間に天界での死を迎えてしまうのだ。ただでさえ、「五衰」状態なのだ。そんな状態で一気にエネルギーを使うのは・・・恐ろしい賭けである。
『そういうことぢゃな。そんな賭けはできん。子孫にも大きな影響を及ぼしてしまう。だから、小出しにしているのぢゃよ。』
『夢以外にはどんなことをするんですか。』
『気に働き掛ける。なんとなくお墓参りしなきゃな、と思わせるとか、気分が重くなるとか、このところ憂鬱だな、と思わせるとか・・・ぢゃ。』
『はぁ・・・なるほど、その程度じゃあ気付かないですねぇ。』
『気が付く人間もいるがな。続いて、友人関係に霊感体質の者がいたら、その友人を使う。たとえば、「あなたお墓参りに行ったほうがいいわよ」とか言わせる。あるいは「誰か人がいるんだけど。なにかに取り憑かれているんじゃないの」といわせたり、ぢゃ。』
『あぁ、そういうのはよく聞きますね。』
『この段階で、相談をすれば、怪我や事故・病気は避けられよう。』
『そうですね。そこで拝み屋なり、霊感占い師なりに相談すれば、わかるかも知れませんからね。』
『そうなのぢゃが、それも問題はるがな。まあ、後で話すけどな、まとめて。』
『なんですか、気になりますねぇ。まあいいですよ。で、友人関係とか言われたりしても気がつかない、行動を起こさない場合に、病気や事故・怪我へと進むんですね。』
『そういうことぢゃ。それでも気がつかず、病院だけを頼りにしている場合は、守護霊が交代していくことになる。』
『そうすれば、とりあえずは一件落着ですね。』
『そうぢゃ。交代したばかりの守護霊は、エネルギー満タン状態ぢゃからな。とりあえずは安心できる。病気も治り、怪我も回復し、事故も起こらなくなるぢゃろう。元の正常な状態に戻るのぢゃ。しばらくはな・・・・。』
『あ、そうか、交代した守護霊のエネルギーがあるうちは、大丈夫ですが、それもやがては尽きていくんですね。』
『そうぢゃ。そうなれば、また繰り返しぢゃ。夢でのお告げから始まって・・・ぢゃ。』
なんとまあ、まどろっこしいというか、手際が悪いというか・・・。しかし、エネルギーもないし、伝える方法も数が少ない。受け手側の生きている人間の感知能力にもよる。俺のように霊的なことを気にしない者は全く気にしないし、むしろ霊だの何だのという話は頭から信じない。そうなると、伝える方法はさらに限られてくる。結局、子孫に禍をもたらすしかないのだ。
『なんだか、矛盾してますよねぇ。子孫に供養して欲しいと頼むために、子孫を苦しめるというのは・・・。』
『苦しめているわけぢゃないんぢゃ。訴えかけているだけなんぢゃ。それがついついやり過ぎてしまったり、思った以上に影響を及ぼしてしまったり、ということもあるのぢゃよ。ちょっと矛盾しているが、仕方がないことぢゃ。それにぢゃ、ここで問題もあるんぢゃ。』
『あぁ、先ほど言っていたことですね。』
『そうぢゃ。こういう守護霊が苦しんでいるときに、つけ込む魔物がいるんぢゃよ。』
『はい?。魔物ですか?。』
『お前さんもさっき見ただろう。あの男の子の周りにいた変なもの。あれが魔物ぢゃ。』
そう言われて、俺は思い出した。俺が怖くて見ることができなかったものだ。おじいさんは、見つけたらすぐに目をそらせ、といった。しかも、意識を強くするなと・・・・。俺はすっかり忘れていたが、今言われてあの恐ろしさがよみがえってきた。生きていれば、緊張して鳥肌が立っているところだ。脇汗もかいているだろう。
『あれは強いほうぢゃ。普通はもっと弱いものぢゃが。どうしてあんなに強い魔物がとり憑いているのか。・・・まあよい、それはそれとしてぢゃな、そういう魔物が邪魔をするんぢゃ。』
『邪魔をするって・・・。』
『守護霊が復活するのを阻止しようとするんぢゃ。』
『意味がわかりません。もっとわかるように教えて下さいよ。』
おじいさんは、腕組をし、目をつぶった。何か考えているようだ。それほど難しいことなのだろうか。

しばらくして、
『そうぢゃな・・・。守護霊がエネルギー不足になって、子孫にいろいろ働き掛ける、これはいいな。』
と話し始めた。
『はい、大丈夫です。理解しました。』
おじいさんは、うんうんとうなずいていた。しかし、その表情は明るいものではなかった。
『で、働き掛けた結果、霊感のある者や拝み屋や占い師などに相談する。これもいいな。』
『はい、胡散臭い拝み屋などに相談するしかない、ということでしたからね。』
『そこぢゃ。そこで差が出るんぢゃ。』
『差が出る?。どういうことですか。』
『うさんくさいかどうか、という点ぢゃよ。そこで差が出るのぢゃ。怪しい拝み屋にあたるのか、いい加減なインチキ霊感師や占い師にあたるのか、まっとうな「見れる人」にあたるのか、そこで差が出るのぢゃ。』
あぁ、そういうことか。俺は納得した。相談に行ったところが、怪しい胡散臭い、いい加減なところだと、騙されるだけで(お金を巻き上げられるだけで)何の効果もないことになる。そんな例は世の中にたくさんある。俺も取材で何度も見聞きしているからよくわかるのだ。
『世の中には、インチキのほうが多いですからね。』
『まあなぁ、そうぢゃなぁ・・・。まともな者は少ないのう。で、そういうインチキに当たるように、インチキしか当たらないようにさせる魔物がいるのぢゃよ。守護霊がエネルギーを満たしてもらおうとする邪魔をするわけぢゃ。まさしく、「邪魔」なんぢゃよ。邪魔の影響を受け始めると、相談にいくところは怪しいところばかりぢゃ。胡散臭いところ、役に立たない新興宗教、大金をとられてしまうような団体、そういうところへハマっていってしまうのぢゃ。そうなると、守護霊の復帰どころか、ますます転落への道をたどることとなるのぢゃ。』
『それって、何とかならないのですか。』
『いや、何とかなる。邪魔は生きている側にちょっかいを出すものだからな。生きている側がしっかりしていれば、何ていうことはない。しかし、生きている側も慌てているから、冷静な判断が鈍るんぢゃ。そこが邪魔のつけ込むところなんぢゃ。』
世の中にはインチキ系の相談場所の方が多い。特に霊が絡むとまともなところはないと言っていいくらい少ないのだ。しかも相談する側は、冷静な判断ができないくらい動揺していることが多い。そこが魔物の付け入るところなのだ。
『あの・・・、ひょっとしてあそこの席に座っている男の子の魔物って・・・。』
『そうぢゃ、邪魔ぢゃな。守護霊が弱ってきて、何かあったのぢゃろう。病気か怪我か、心の病か・・・何があったかはわからんが、どこかへ相談に行ったのか、行こうとしたのか、いずれにせよ、魔に魅入られてしまったわけぢゃ。』
『変な宗教に入っているのかも知れないですね。』
『あるいは、それ以前かも知れん。相談するようなところへ行かせないようにしているのかも・・・・。
こうしてみていると、つくづくよくわかるんぢゃ。守護霊はものすごく大事ぢゃ、とな。ところが生きている側はそんなことは考えもしない。まあ、考えなくても先祖を大事にしていれば、自然と守護霊は強くなっていくのぢゃが、最近では先祖すら大事にせんようになった・・・。だから、守護霊が薄いのや弱っているのや、歪んでいるのが増えてきておる。そういうところに魔物は付け入るんぢゃな。で、その子の性格を歪めたりするんぢゃ。わかっていても何もすることができんのぢゃよ、わしらはな。自分の所の子孫を守るだけしかできないんぢゃ。余計な事には手が出せん。失敗すれば、魔物にやられてしまう・・・。虚しいものぢゃ。』
『おじいさんでも太刀打ちできないんですか。』
そう言ってから、確かにそうだなと納得していた。あの男の子の周りにいたものは、ただ者ではないのだ。絶対に関わり合いになりたくない、嫌な存在なのだ。しかし、なぜあんな存在があるのだろうか。魔物は一体どこから来るのか。地獄なのだろうか・・・・。
『あの魔物って、どこから来たのですか?。』
『この世ぢゃよ。』
『この世?・・・ですか?。それはどういう意味なんです?。』
『お前さんは、悪魔の住む世界のようなものがあって、そこからああいう魔物がやってくると思うっているのぢゃろう。』
『えぇ、まあ、悪魔の世界というか、地獄かな、と・・・。』
『違うんぢゃ。あれを生んでいるのは人間ぢゃよ。人間が魔物を生んでいるんぢゃ。』
『えっ!、人間が・・・ですか?。』
『こりゃ、意識が大きい。静まれ。単純ぢゃのう・・・。』
『あぁ、すみません。』
『ほらみろ、わしらのことを見ている連中がいるぞ。』
俺は教室を眺めた。教室にいる生徒を見たのではない。生徒たちの上や周囲に浮かんでいる守護霊を見たのだ。おじいさんの言うように、上の位置から見ている守護霊・・・つまりエネルギーがたっぷりある守護霊・・・の中には、我々の方をきつい目つきで見ている者がいたのだ。うるさい、と思われたのかも知れない。なので、俺は頭を下げておいた。
『そういうところは律儀だのう。まあ、そのほうがいいけどな。』
『すみません・・・。で、話の続きです。魔物は人間が生んでいるって、どういうことなんですか。』
『それはな、魔物の正体が人間の悪意だからぢゃよ。あいつらは、悪意の残骸ぢゃ。』
『悪意の残骸・・・・。』
そういわれて、俺は何となくわかったような気がしたのだった。

『人間はな、怨む、妬む、羨む、嫉妬する、ひがむ・・・・。そういう生きものぢゃ。これはなかなかどうして無くなったりはしない。』
『はぁ、確かにそうですねぇ。まあ、妬んだりしない者もいますが・・・。』
『そういう者は恵まれているんぢゃよ。子供はな、特に正直ぢゃ。誰かが自慢すると、すぐにいいなぁ・・・という言葉が出る。まだ、いいなぁ・・・という思いのうちはいい。これが、何であの子ばかり、うちは貧乏だ、つまらない、あの子を陥れてやる、奪ってやる、いじめてやる・・・という悪意に変わっていくのが困るのぢゃ。そうした悪意が残っていくと、邪魔が生まれる。』
『そういう悪意って残るんですか?。その場で消えないんですか?。それって思いでしょ。残ってしまうものなんですか?。』
『これがなぁ、なぜか残ってしまうものなんぢゃ。強い思いほど残ってしまう。なぜだ?、と言われても残るのだから仕方がない。そうぢゃなぁ、強い思い・・・怨みとか妬みのような思い・・・は、自分の分身のようなものなのぢゃろう。そうした悪い思い、邪悪な思いは強いエネルギーを持っている。そのエネルギーがその場所に残ってしまうのぢゃよ。分身のようにその場に残ってしまう。あるいは、邪悪な心としてその者の中に宿ってしまうのぢゃ。悪意は恐ろしいものぢゃ。悪意は、邪悪な思いとなり、その場やその者の中に残り、周囲に影響を及ぼすようになる。そうした悪意や邪悪な思いが集まれば・・・・。』
『あぁ、大きな悪いエネルギーとなってしまうんですね。』
『そうぢゃ。そこから魔物である邪魔が生まれる・・・・。』
『なるほど、先ほどから言っていた邪魔は悪意から生まれる、というのはそういうことだったんですね。』
つまりは、邪魔という魔物は、人間が残した悪い思いの塊なのだ。多くの人々が発している悪意が集まったなれの果てが邪魔という魔物なのだ。
『そうぢゃ。人間が残した怨みや怨念、羨み、妬み、復讐心、嫉妬、やっかみ、ひがみ・・・・こうした心のひずみが邪魔を生むのぢゃ。いいか、思いというものは、思った瞬間で消えていくものではない。残るものぢゃ。特に怨みや妬みなどは残りやすいのぢゃ。子供はストレートぢゃ。簡単に妬むし、感情を隠そうとはしない。数も多いし、おまけに生徒だけぢゃなく、先生の思いも含まれる・・・。』
『悪意がたまりやすいと・・・・。』
『そうぢゃ。昔から学校は幽霊が出るとか、七不思議がある、とかいうぢゃろ。それはな、学校は思いがたくさん残っているからぢゃよ。思い出の校舎、思い出の教室、思い出の授業、思い出の先生、思い出の友達・・・・。どれもこれも思い出だらけぢゃ。思いであふれかえっている。その中には、よい思いもあれば悪い思いもある。悪意が溜まっているのぢゃよ。だから、学校には邪魔が多い。邪魔に魅入られると・・・・困ったものぢゃ。』
『なるほど。そうすると、その邪魔から身を守ってくれるのが守護霊なのでしょうから、守護霊の役割は大きいんですね。』
『そういうことぢゃ。守護霊の力の強さで、大きく差が出るんぢゃよ。こうした仕組みをまた悪用するインチキ霊能者もいるがな。』
『あぁ、そうですね。供養をしないと子供が不幸になると脅す場合ですよね。』
『そういうこともある。ぢゃが、それが正しいこともある。』
『あぁ、なるほど・・・。確かに先祖の供養はいいことですからね、子供にとっても・・・・。うぅぅん、難しいですねぇ。』
『そういうこぢゃ。本物とインチキを見極めるのは難しいことなのぢゃよ。まあ、べらぼうに高い供養料をとるとか、お祓いしなきゃ死ぬとか、お祓い料が極端に高いとかいうのは、怪しんだほうがいいように思うがな。』
悪意か・・・・。人間はつくづく身勝手で欲が深い生き物なのだと実感した。こんな子供の内から悪意を持っているなんて・・・。しかも子供だけに純粋な思いだ。まあ、そうしたことを外に出して、社会勉強もしているのだろうが、それにしても悪意を抱く機会は自分が子供の頃よりも増えているのではないだろうか。
俺が子供のときはどうだったろうか・・・。もっと純粋に遊んでいたような気がするが・・・。確かに、友達が持っているおもちゃを見て、いいなぁと羨んだことはある。しかし、そんなに強く羨んだだろうか。その友達を陥れたり、怨んだり、妬んだり、いじめたりはしなかった。また、自分のことをひがんだりもしなかった。もっとほかに目がいったようにも思う・・・。今となっては、確かなことはわからないし、もう思い出せないことの方が多いのであるのだが・・・・。いや、思い出せないということは、それほど強く思っていたことがなかった、ということでもあるのだろう。俺は悪意を残してはいないのだろうか・・・。
『そうぢゃ、思い出せないようなら、そんなに強くは思いを残してはいないぢゃろう。お前さんの学校の七不思議の中に、お前さんが残した思いは含まれてはいないぢゃろうよ。』
そういって、おじいさんはにんまりと笑った。

『守護霊のこと、よくわかったかな?。』
『はい、よくわかりました。ということは、あの魔物をくっつけている子は、まず守護霊を強くしないといけない、ということですよね。』
『そうぢゃな。それと同時にお祓いをせにゃあいかんのう。お祓いと供養と併用することぢゃな。これしかあの魔物を消す方法はない。』
『併用・・・あぁ、先輩が言ってましたよ。それが一番楽だって。なるほど、守護霊を強くしながらお祓いをするという意味も、併用型にはあったんですね・・・・。』
『ほう、あの和尚さんがなぁ・・・。やはりただ者ではないな。なかなかのものぢゃ。』
『だんだん先輩の凄さがわかってきましたよ。胡散臭いと思っていましたが・・・。』
『失礼なやつぢゃのう。あっはっは・・・。』
『ところで、あの動物を連れている子や赤ん坊のような子供を連れている子はどうなっているんですか?。』
『そうぢゃ、忘れておったわい。まずぢゃ、赤ん坊の場合ぢゃが、これはその子の兄弟姉妹で亡くなった子の霊の場合が多い。特には水子ぢゃな。』
『水子の霊・・・ですか。見ましたよ、三途の川で。悲惨でした。』
『見たか・・・。あれはかわいそうぢゃのう。お地蔵さんに救われることなく、この世に戻されてしまった水子の霊が、ああやって兄弟などにしがみついているんぢゃよ。』
『親は気がつかないんですかねぇ。』
『今のところ気がついてはいないようぢゃな。気がつけば水子供養をするぢゃろう。そうすれば、あんなふうに子供に赤ん坊がしがみついているようなことはない。』
『親に気付かせるにはどうすればいいんでしょうか。』
『簡単ぢゃ。親が子供をよく観察していればわかるものぢゃ。子供の様子がおかしい、いつも疲れているような感じがする、覇気がない、元気がない、よく怪我をする、よく病気をする・・・・守護霊の訴えと同じようなことが起きるはずぢゃ。子供をよく見ていればそれがわかるのぢゃ。が、今の親は自分のことで精一杯で子供のことまで気が回らんようぢゃのう。だから、ああやって見えない赤ん坊を連れた子供がいることになる。』
『犬や猫などの動物も同じですか?。』
『ペットの場合、ちゃんと葬式をしてやらないと、ああなるのう。いつまでも家に残ってしまうのぢゃ。ちゃんと葬式なり供養なりして、ペットに死んだことを理解させないといかんのぢゃ。それと、人間側もいつまでもペットに未練を残さんことぢゃな。ペットにいつまでも未練を持っていると、死んだペットもあの世に行けなくなる。死んだペットは、いくら可愛がっていたとはいえ、もう戻っては来ない。だから、供養をして生まれ変わることを願うんぢゃ。そのほうがペットも喜ぶ。ところがこれを勘違いしているバカな人間どもがいる。』
『いつまでも可愛がっていたペットを忘れないことが供養になるんだと思いこんでいる人たちのことですか?。』
『そうぢゃ。思い続けることは供養などにはならん。行き場を失ってこの世に留まることになる。それは飼い主にとってもペットにとっても不幸なことぢゃ。なのに・・・のう・・・。』
『でも、いつまでも思い続けることが供養になる、なんていう霊能者もいますよ。』
『ああいうヤカラはニセモノぢゃ。あの世の仕組みのことをよく知らんものが言うことぢゃ。ペットの場合は、生まれ変わることを祈ってやることが一番いいのぢゃ。』
『しかし、こうしてみると、いかに人間が身勝手か、ということがよくわかりますね。』
『死んで初めて気が付くぢゃろ。そんなものぢゃ。わしらもそうぢゃった・・・・。生きているときは、こんなことは誰も教えてくれなんだ・・・。世の中には坊さんがたくさんいるというのに・・・・。』
『同じようなことをどこかで聞いたなぁ・・・、あぁ、あの強欲じいさんがいっていたんだ。いや、私の前の死者なんですがね、同じようなことをいってましたよ。』
『坊さんがあの世のことを説かなくなってからどれぐらいたつのぢゃろうか。昔は地獄極楽図や十界曼荼羅などを檀家に見せて、あの世のことを教えたもんぢゃが・・・・。』
『そういうことを説いても、証拠がないからだれも信じなくなったんですよ。』
『くだらん霊能者の言うことは信じるのにか?。』
『TVに出れば信頼ある人になっちゃうんですね。TVに出てるからウソはないだろうと・・・。』
『バカバカしい。TVがすべて真実を伝えているとは限らんのに・・・・。』
『一般の人は、TVが真実になっちゃうんですね。他に情報が入らないからでしょう。あれはツクリモノだとは思わないようです。ま、どうでもいいのですが・・・。それよりも、教えを説かなくなった坊さんのほうが問題じゃないですか。』
『まあ、そういうことぢゃな。お前さんの先輩のような坊さんは少ないからのう・・・。』
『あぁ、それで思い出しました。このあと先輩の寺に行ってみようと思います。』
『それがいい。いろいろ教えてもらってこい。ここで見たことも聞いてみるといい。あぁ、しかし、これから学校は給食ぢゃ。和尚さんもお昼なんぢゃないか?。』
『あぁ、そうですねぇ。じゃあ、給食の時間を見てから行きますよ。』
いつの間にか、教室は午前の授業が終わっていたのだった。

『最近ぢゃあ、合掌してから食事をせんのぢゃのう・・・。前から思っておったのぢゃが、何か勘違いしておる親が多いのう。』
『あぁ、合掌ですか。これは先生も悪いんじゃないですか。合掌には宗教的意味があるとか言って、やめちゃったんですよ。私が子供のころには合掌してましたけどね。』
『そういうことを言うから、感謝の気持ちが子供からなくなっていくのぢゃ。大バカものぢゃのう。なんで合掌が宗教なのか、それは宗教の意味がよくわかっておらん証拠ぢゃ。そんなことを言う先生は自分の理解力の低さを見せていることに気がつかんのかのう・・・。』
『気がつかないんですね。世間が狭いですからね、教師は。今の教師は問題が多いですよ。』
『あぁ、わしもここで見ていてそう思う。子供にちょっとからかわれただけで大騒ぎして校長に言いつける先生とかな、だらだらただ授業をしているだけの先生とかな、事なかれ主義の校長とかな、あげたらきりがない。でも、親もおかしいぞ。』
『はあ、筋の通らないことを無理やり通そうとする親がいますからねぇ。田舎に行けば、年寄りもうるさいって聞きますよ。ワシの孫に何をさせる!みたいな・・・・。』
『あぁ、ここでもいるぞ。バカなジジイやババアがな。呆れてものがいえん。まあ、どうせしゃべることはできんが・・・・。親も親なら先生も先生、ジジイもババアもおかしなヤツばかりぢゃ。どうなっておるのかのう・・・・。』
『今は、大人が悪い社会ですからね。自立できない大人が多すぎます。責任をとれない大人とか・・・・。薄っぺらい時代なんですよ。昔の潔さ、っていうのがなくなってしまってますからね。』
『武士道を復活せねばいかんかのう・・・。いや、やはり仏教を教えたほうがいいのぢゃろう。仏教は平和な宗教、いや、生き方ぢゃからな。』
『仏教がいいのかどうか私にはまだわかりませんが、あの世のことを伝えたほうがいい、ということは実感しています。そのほうがみんな幸せになれるんじゃないかと、そう思います。それが仏教の一部にはいっているなら、仏教は・・・・やっぱりいい教えなんでしょうね。』
『そうぢゃのう、まだまだお前さんは仏教の神髄に触れてはおらんからのう。ま、そんなところぢゃろう。まあ、それでいいのぢゃが・・・。』
『給食が終わりましたねぇ。さて、そろそろ私は先輩のところへ行ってみますよ。まあ、忙しいようなら、お寺で休息しています。あそこは気持ちがいいですから。』
『そりゃそうぢゃ。仏様のエネルギーがあふれておるからのう。』
『お寺は死者にとっては楽園ですね。』
『そうぢゃ、そうぢゃ、楽園ぢゃよ。迷っている霊もお寺に預かってもらえば、いいところへ行けるようになるからのう。』
『へぇ〜、そういうこともあるんですか。』
『当たり前ぢゃ。そもそもお寺は、迷っている人々からその迷いを取り去るのが役目なんぢゃ。だから、迷っている霊も迷いから解放される。尤も、どんな霊でも入れるわけぢゃないがのう。』
『勝手には入れないんですか?。私は勝手には入れましたが・・・。』
『お前さんはあの和尚さんに葬式をしてもらっているから面識があるぢゃろ。そういう場合は、勝手に入れる。わしが言うのは、どんな霊でも何でもかんでも入れるわけぢゃない、ということぢゃ。寺に入るには、そこの寺の和尚さん・・・住職ぢゃな・・・の許可がいるんぢゃ。』
『許可・・・ですか?。じゃあ、お寺の住職さんは、いちいち霊に対して寺に入っていい悪いを決めているんですか?。』
『霊に対してぢゃあない。霊を連れてくる人間に対してぢゃ。』
またまた意味のわからないことを守護霊のおじいさんは言い出した。
『そのこと、詳しく教えて下さいよ。』
『和尚さんに聞けばいいぢゃろうが。』
『いや、忙しい!っといって一喝されるといけないので、ここで教えてもらえることはここで聞きます。それが記者根性です。』
俺は、きっぱりそういった。



『教えてください。お願いします。』
『ふん、記者根性か、生きているときもそれくらい一生懸命に仕事したのか?。』
おじいさんは意地悪く聞いた。確かに、今の方が記者根性があるかもしれない。俺は死者の世界の仕組みに対してものすごく興味が出てきたのだ。なので、
『今の方が面白いです。』
と素直に答えた。
『ふん、まあいい・・・否、むしろいい答えぢゃな。仕方がない、教えてやろう。』
学校はお昼休みになっていた。子供たちは、それぞれ自分の好きな遊びを始めている。それをぼんやり眺めながらおじいさんは話し始めた。
『そもそもお寺には結界が張ってある。』
『結界?ですか?。』
『そうぢゃ。結果とは、お寺に悪い霊・・・魔物ぢゃな・・・が入らないようにするためのものぢゃ。だから、本来は、死霊でも生霊でも、悪い霊は入れないんぢゃ。結界に引っ掛かって寺の中には入れないんぢゃ。ぢゃが、その寺の住職が入っていい、と許可すれば入れるのぢゃ。』
『そこがどういう意味かよくわからないんですが。』
『そうぢゃのう・・・たとえば、生きている者と同じように考えればわかる。玄関先で、ピンポ〜ンと鳴らすぢゃろ。』
『インターホンですね。鳴らします。』
『そこで、玄関に入れていい人かどうか分けるぢゃろ。』
『はい、分けますね。変なセールスはその場でお断りです。』
『知っている者や、自分に用事のあるものならば、会うことになるな。』
『そういうことになりますね。でも、玄関先で終わる場合もありますよ。家の中には入れない人もいます。たとえば、宅配業者とか。』
『そうぢゃ、そうぢゃ。そこでもまた分類するのぢゃな。』
『はい、そうしないと危ないですからね。誰でも彼でも家に入れたら危険ですから当然です。』
『寺もそれと同じぢゃ。相手が生きている人間ぢゃなくて、霊である、ということだけが違うのぢゃ。』
『あぁ、なるほど、そういうことですか。わかりました。だから住職の許可がないと寺には入れないんですね。』
『そうぢゃ。勝手に寺に寄ってくる死霊や生霊は、まず結界に引っ掛かる。これは、インターホンを鳴らしても出ないか、侵入を拒否されるのと同じぢゃ。次に、人に憑いてやってくる霊がある。これは、そこの寺の住職がその人に寺に入っていいという許可を出せば、その人と一緒に寺の中に入れる。つまりぢゃ、結界を通れるのぢゃな。』
『寺を訪れた人が、侵入を拒否されたら、その憑いている霊も入れないわけですね。』
『そういうことぢゃ。』
『なるほど、よくわかりました。でも、お寺で侵入を拒否されることってあるんですかねぇ。』
『さぁのう・・・。普通は無い、とは思うが、それはわからんのう。先輩に聞いてみればいいぢゃろ。』
『はぁ、そのあたりはそうしてみます。さて、午後の授業も始まりましたし、私はそろそろ先輩のところに行ってみますよ。相談・・・というか、お願い事もありますしね。』
『あぁ、行ってこい。あの住職なら信頼できる。』
そういうと、おじいさんは優しそうな顔をして笑ったのだった。
『ここから、先輩のお寺をイメージすれば飛んで行けるんですよね。』
『エネルギーがあるのならな。まあ、大丈夫そうぢゃな、その色具合なら。』
『はい、じゃあ行ってきます。子供たちのこと、よろしくお願いします。』
『あぁ、任せておけ。』
俺は、先輩の寺を念じた。強く、強く・・・・。

『あっ・・・と・・・。ほう、やっぱり寺は落ち着くなぁ。』
瞬時であった。俺は先輩の寺の本堂内にいた。先輩は、本堂横の相談室で一人の女性と話をしているところだった。
「どうかされたんですか?。」
相談をしている女性が先輩に聞いた。先輩がこちらをちらっと見て、睨んだからだ。
「あ、いや、なんでもないですよ。」
「でも今、あっちの方を見て・・・なんか眼がちょっと・・・怖かったような。一瞬ですが・・・。」
「そうですか?。・・・う〜ん、そうか、見てましたか。俺もまだまだ未熟だなぁ、表情に出てしまうとは。」
「え〜、やっぱりなんかあったんですか?。変な霊とかがいたとか?。」
「あ〜、いや、そんなんじゃないです。知り合いの・・・っていうのも変ですが、まあ、知っている霊が飛んできたんでね。で、ちらっと見て、睨んだだけです。」
「え〜、そんな・・・、大丈夫なんですか?。」
「大丈夫って・・・あぁ、なにも危害は加えませんよ。知っているヤツですし。いくらお嬢さんが美しくても、ちょっかいは出しません。あははは。」
相変わらず調子のいいことを言っている先輩である。なんであんなに軽いのに、こんなに相談に訪れる人がいるのか・・・。
「うるさい!。黙れ。あ、いや、こっちのことです。なに、そこにいるヤツにね、ちょっと注意をしたまでで。」
「え〜、その幽霊・・・幽霊ですよね・・・なんか言ったんですか。」
「まあねぇ、ボソボソうるさいし邪魔なんで、静かにしてろっていう意味ですね。別に怖がる必要はないですよ。悪い霊じゃないんで。」
「あぁ、そうですか・・・。」
その女性は、少し怖がっているようだった。ちょっと悪いことをしたような気になって、俺は静かに待つことにした。
『当たり前だ。邪魔をするな。大事な話の最中に!。』
先輩は心の声で俺に伝えてきた。普通に話をしながら、同時に心の声で俺に話しかけてくるとは・・・・。俺は、ちょっとびっくりした。
『何の用だ・・・まあ、いい。ちょっと待ってろよ。』
『そりゃあもう。ここは気持ちいいんで、ゆっくりしています。』

「そういうことですよ。だから、あまり気にしないほうがいい。別に何か霊がついているとかではありませんから。」
「そうなんですか・・・。でも、よくわかりました。ストレスですよねぇ・・・・。その原因も心当たりありますし。」
「ストレスは怖いですよ。肉体も滅ぼすし、精神にも影響をもたらします。もちろん、悪い霊が原因という場合もありますが、単にストレスによる気の迷いということもあります。何でもかんでも先祖や霊のせいにしてはいけません。あなたの場合、そうなった原因はストレスです。そのストレスの原因は・・・・おそらく鈍い、空気の読めない、わがままな職場の上司でしょう。」
「はい、その通りですぅ〜。あの上司のおかげで、もう散々なんですよ、私。ホント、空気読めないっていうか、バカなんですね。もう、私、円形脱毛症になりそうです。」
「いや、円形脱毛症にはならないでしょ。首の異常、めまい、幻覚・・・にきているんですから。」
「あ、そうか。そうですね。でも、この身体の不調と不安症がアイツのせいなんて・・・。」
「まあ、その人だけ、ってことじゃないですけどね。ストレスをあなたに与えている人は。わかっているでしょ・・・。」
いったい何がわかっているのか。俺はその女性をじっと見てみた。すると・・・あれは・・・男か?、中年・・・といってももう少し年齢は上か・・・いったいあれは誰だろうか・・・。
『よく見つけたな。見つけ方がうまくなってるじゃないか。あれが、この人のストレスの本当の原因だ。』
先輩が心の声で俺に話しかけてきた。それを聞いて俺は気付いた。あれは、この女性の彼氏、きっと不倫相手なんだろう。
「さっさと言ったほうが楽になりますよ。ストレスの原因を与えている人は他にもいるでしょう。むしろ、そっちの方がメインだな。」
「はぁ・・・やっぱりそうですよねぇ・・・。そうなんです。どちらかというと、そっちの方が・・・・。」
そういうとその女性は泣き始めたのだった。

どうやら俺が睨んだとおり、その女性は現在不倫中で、その不倫相手の男性と揉めているのだそうだ。体の不調、幻覚や幻聴は、もめ始めてから始まったようである。
『いわば、これは生霊でもある。まあ、お互い様だけどな。相手の男性も体調不良のはずだ。』
また、先輩が語りかけてきた。
「相手の男も調子悪いんじゃないですか?。」
「えっ、はい、そうです。このところ、ずっと・・・・。」
「ふ〜ん、まあ、答えは一つですね。さっさと別れなさい。この男は、後始末できないよ。」
「やっぱり・・・・そうですよねぇ・・・・。でも・・・・。」
「まあ、情に流されるならそれはそれで仕方がないでしょうけどね。あなたが決めることですから。私には関係ないことですからね、あなたが調子が悪かろうがね。」
「つ、冷たいんですね・・・・。」
「でも、そうじゃないですか?。あなたの人生ですから。最後の決定は自分でするものです。私は、あなたがそうなっている原因を教えて、それをどうすればいいか、を説くだけの役割ですからね。私の意見を受け入れるかどうか、それを決めるのはあなた自身だ。」
確かにそうである。先輩に決定権はない。その人の人生なのだから。もし、先輩がそうしなければいけない、といえば、これは人権を無視したこと・・・否、人権を侵したことになる。
「た、確かにそうですけど・・・・そんな突き放したような言い方しなくても・・・・」
「じゃあ、言い変えましょう。この男は、あなたの面倒を最後まで見る男ではありません。責任を取るような男じゃないのです。悪いことは言いませんから、別れなさい。そのほうが幸せですよ。まだまだやり直しがきく年齢です。決断は早い方がよろしい。これでいいですか?。」
そういわれて、その女性は一瞬ムッとした顔をしたが
「は、はい、その通り・・・・ですね。確かに、決断は・・・早い方がいいんですよねぇ・・・。」
「何が捨てがたいの?。時たま見せる彼の優しさ?。それとも楽しかった思い出?。そんなものは、幻想だよ。幻想。彼の身勝手な振る舞いにしか過ぎない。そんなものを抱えていて幸せになれるの?。幻想があなたを幸せにしてくれるの?。もしそうなら、帰っていいですよ。私が言うことはなにもない。」
女性は黙り込んだ。考えているようだ。
確かに先輩の言う通りである。他に方法はないだろう。不倫なのだから。しかも、相手は離婚することはない。ならば、身を引くか・・・あ、しかし、それは危険だ。俺は思わず叫んだ。
『先輩、ヤバいんじゃないですか?。この女・・・。』
『わかっとるわい!。ちょっと黙ってろ!。』
先輩のどなり声が聞こえたようだった。
「やっぱり、彼が私の元に来ることはないですよね・・・。」
「100%ありえません。それはあなた自身がよく知っていることでしょ。」
「私のものにする方法は・・・あぁ・・・でも・・・・。」
この女性は、俺が懸念した通りのことを考え始めたようだ。心中・・・である。
「そんなことをして何になるのです?。命があるから楽しいのでしょ。つらいのはほんの一時です。すぐにまた新しい恋ができますよ。」
先輩の声は、先ほどの冷たい声ではなく、打って変ってやさしい響きを持っていた。
「つらいのはほんの一時期です。彼の思い出のものすべて処分して、携帯のメモリーもすべて消して、メールも写真も消去して・・・そしてあなたの記憶からも消去しなさい。そうすれば、新しい彼ができることでしょう。今度は、独身の彼がね・・・・。」
「私に・・・できますか?。」
「できますよ。大丈夫です。」
その言葉を聞いて初めてその女はほほ笑んだ。

しばらく談笑して、女性は帰っていった。その顔は先ほどまでの暗い顔ではなく、未来に夢を託している人のような、明るい表情になっていた。
『これが俺の仕事だ。否、仕事の一部だ。わかったか・・・・ところで何をしにきた?。』
『何をって・・・もちろん教えてもらいたいことがあって来たんですよ。』
『まだあるのか?。昨日終わっただろ。面倒なんだよ、お前と話すのは。精神を統一しなきゃいけないし。疲れるんだよ。』
『またまたまた、そういうウソはいけませんよ。特に疲れたりはしないでしょ。そこに座っているだけなんですから。』
『そんなことはない。声を出して話さないのは面倒なんだよ・・・・あぁ、いいか。今日はもう誰も来ないし。声に出して話をするか・・・・。』
『私の方はそれで結構ですよ。肉声でも聞こえますからね。』
「うん、よしじゃあ、そうしよう。で、なんだ用は?。」
やっと話を聞いてもらえるようになった。しかも、今日は機嫌がいいようである。俺はホッとしながら質問をしようとしたとたん・・・、
「最初に言っておくがな、つまらない質問なら追い出すぞ。わかったな。」
そういってギロリと睨み返してきたのだ。俺はビビりながらも
『そ、そんなことできるんですか?。』
と思わず聞いていたのだった。


つづく。



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