バックナンバー(十九) 第九十七話〜第百一話
『そ、そんな追い出すことなんてできるんですか?。』 「当たり前だろ。お前だって霊じゃないか。ならば、お祓いの要領で追い出しゃあいいんだよ。」 『あぁ・・・なるほど、そうですね。あ、いや、つまらない質問じゃないです。なので、追い出さないでください。』 「いいから早く言え。」 『あぁ、はい・・・。えっと、その追い出すにも通じるかもしれませんが、お寺に入ることを拒否される人もいるんですか?。』 「は?、どういうことだ?。」 『あぁ、そうですね、すみません・・・。何と言えばいいのか・・・。えっと・・・、今までですね、私は子供の学校にいたのですが・・・。』 俺は、学校に行って見聞きしたことを手短に話した。そして、寺にはいろいろな霊がやってくるが、結界が張ってあり簡単には入れないという話を聞いたことを説明した。その寺の住職の許可がないと入れないのだ、ということを。 「あぁ、そうだな。霊単独ではなかなか入れないな。また、人が連れてくる場合、その人を俺が受け入れるかどうかで、この寺に入れるかどうかが決まるな。」 『もう少し、具体的に教えてください。たとえば、どんな場合があるのですか?。』 「そうだな・・・。あぁ、こんなことがあったな・・・、わかりやすい例だな、あれは・・・。まずは、単独で来た霊の侵入を拒否した話だ。」 そういうと、先輩は目を閉じ、椅子の背もたれに身体を預けた。そして、目を開けると話を始めたのだった。 「あれは・・・もう数年前になるか。ある夏の夜のことだった。その日、俺はこの本堂横の部屋で寝ていた。まだ、そのころはこの椅子は置いてなくて、畳に座って相談を受けていたんだな。 その日は、夜遅くまで用事があって結局この部屋で寝たんだ。まあ、それも今思えば因縁だったのかもしれんがな・・・。あれは、夜中の二時過ぎだったと思う。インターホンが鳴ったんだ。俺は 『誰だ、こんな夜中に』 と文句を言いつつ、インターホンに出た。すると 『こんな夜中に申し訳ないですが、相談にのって欲しいんです』 という男の声がしてきた。もちろん、俺は嫌だったので拒否をした。明日の朝出直してきなさい、とね。明日の朝なら話を聞こう、と。するとそいつは 『明日の朝じゃダメなんです。行かなきゃいけないんで・・・』 とおかしなことを言う。ここで俺はピンときた。こいつは怪しい、どうやら亡くなった人のようだ、とね。なので、断固拒否したんだ。 『こんな時間に相談事は受け付けない。明日の朝きなさい。それが嫌なら来なくてよろしい』 とね。すると、そいつは 『人を救うのがお坊さんの仕事でしょ。そういうことなら時間なんて関係ないじゃないですか』 と言ってきた。なかなかのものだな。コイツ頭がいい、と思ったよ。でも、拒否しなければいけない。寺に入れると厄介なことになる。どうやらこの世に未練たっぷりのようだし、亡くなったばかりのようだ。もし、侵入を許したら、俺にとり憑いてこようとするだろう。そうなると面倒だ。今は、俺が入ることを許可しなければ結界に拒絶されている状態だ。何とか追い返さねば、その霊体自身にもよくない。行くべきところへ行けばいいのだからな。なので、 『いや、俺だって生身の人間だからね。身体と精神を休めねばならない。今はそのための時間だ。だから、君の話は明日聞こう。もう一度出直してきなさい』 と言ったんだ。すると、インターホンはぷっつりと切れた。俺はやれやれと思って布団に戻ったが、今度はお堂の入口をどんどん叩いたり蹴ったりしている。尤も、そいつは肉体がないからお堂の入口が痛むことはないし、そいつ自身も怪我をするわけでもない。霊的エネルギーは消耗するがな。そんなんだから、俺は無視をしていた。しばらくして、音は鳴りやんだ。やっとあきらめて帰っていったかと思ったら、開け放っていた窓・・・網戸越しだけどな・・・からのぞいているんだな。 『中には入れてもらえないから、せめて顔だけ見せます。へっへっへ』 そう言ってそいつは消えたよ。消えていく時、バイクの音がしていたな。あれはきっと、ここへ相談に来ようと思っていた矢先に、バイクで事故って亡くなった霊かもしくは・・・自殺したのかな、そういう霊体だな・・・。 まあ、極端な例だが、俺が拒否すればどんなに執念深い霊でも入ることはできない。そのための結界だからな。そういうものだ。」 にわかには信じられなかった。きっと生きているころだったら「そんなバカな、寝ぼけていたんでしょ」と一笑に付していたに違いない。死者である今だから、そんなこともあるんだ、と受け入れられる。が、それでも信じがたい話であった。 「信じてないのか?。そういうことは・・・よくあるわけじゃないが、あるんだよ。霊単独の場合は、あまり来ないけどな。来ても自然に結界に拒絶されるから。」 『はぁ・・・いや、信じないわけではないです。そういうことがあっても不思議じゃないな、と今なら思えますし。私もいろいろ見聞きしましたからね。でも・・・なんだったんでしょうね、その霊体は。』 「あぁ、だから、どうしても中に入って話を聞いてもらいたかったんだろ。で、あわよくば俺にとり憑いてみようと・・・そういうことだったんだろうな。今でも覚えているよ、不気味な顔だったからね。まるで、新聞の顔写真の切り抜きのようだった。」 先輩はそういうと、珍しくしかめっ面をした。 「ああいうのはな、あまり見たくはないな。俺はね、好きで霊を見ているわけじゃないんだよ。できれば、あまり見たくない。あまり関わりたくないんだよ。くたびれるからな。」 『そういうものなんですか?。私はてっきり好きでやっているのかと思っていましたよ。いろいろな霊が見えて面白いのかと・・・・。』 「愚か者め。仏教の話をしたり、仏教的生き方・考え方を説くのは面白いよ。特にこだわりのない生き方を説くのはな。だけどね、霊関係は面倒なんだ。肉体的にも精神的にもくたびれるしね、たまに向かってくる奴もいるしね、お祓い料が少ないと割に合わないな、と思ったりもするよ。かといって、法外な金額はとれないしな。拝み屋じゃないんだから。」 『あぁ、そうですよね。リスクを背負っている割にはお布施が少ないと・・・やっぱりつらいですよね。』 「まあな。・・・・おっと話がそれたな。さっきの話、納得したのか?。」 『あぁ、はい、納得しました。しかし、断固拒否しないといけないんですね。ということは少しでも隙があれば入ってくる、ということですね。』 「あぁ、そういうことだ。だから、結界はしっかりとはらねばならん。穴があかないようにな。ほんのちょっとした隙間から、邪悪な霊は侵入しようとするからな。」 なるほど、そういう話を聞くと、先輩のような坊さんも楽じゃないな、と思った。壇家のある寺ならばもっと楽に過ごせるだろう。だが、この寺は壇家が一軒もない。因果な仕事だ、と以前先輩が言っていたが、なるほど納得ができる。面倒で厄介な仕事なのだ。 しかし、そんなことで同情はしない。それは先輩が選んだ道なのだから。同情されれば、先輩も怒るだろう。なので、俺は話を進めた。 『人についてくる場合はどうなんですか。断る場合もあるんですか?。』 「あるよ。余りにも嫌なタイプの霊を連れてきたならば、中には入れない。まあ、多くの場合は予約してからここに来るから、ほとんど入ってくるけどね。」 『じゃあ、拒否する場合っていうのは・・・・。』 「あぁ、突然来た・・・という人がほとんどだな。」 『予約しないで、突然来る場合もあるんですか?。』 「滅多にないけど、あるよ。この間も・・・。」 そういって先輩は話を始めたのだった。 「ある日の午後のことだった。インターホンが鳴ったんで、お堂の入口に行くと、おばさんが二人立っていた。あぁ、おばさんは失礼か、俺よりも年齢は下のようだったからな。だが、ちょっとヤツレテいて怪しげな感じだったな、一人の方は。 何の用か、と聞いたところ、 『実は、今朝予約の電話を入れたものですが、お寺の場所を下見に来たんです』 というんだな。で、俺は 『あぁ、そうですか。そういうことなら、用事は終わったわけですね。あとは予約した日時にお越しください』 と言って、奥へ引っ込もうとした。すると、怪しげな方の女性が、ちょっといいですか、と話しかけてきたんだな。俺は、よくない、忙しいんで、と断ったのだが、勝手に話を始めたんだ、そのおばさん。その態度にムカついたので、俺はこいつは何だろうと思い、「みる」ことにした。」 『みるって、どういうことですか?』 「もちろん、そのおばさんに何がとり憑いているのか「みる」んだよ。こちらの話が通じない者は、たいていおかしなモノが憑いているからな。だから、みてやれ、と思ったわけだ。ついでに、予約日に来なければいい、とも思ったからね。だから、お寺の中にはその二人を入れず、お堂の玄関先で話を聞いたんだ。」 『あ、その場で拒絶したんですね。』 「そういうことだ。実際話を聞くと、おかしなおばさんだったよ。完全にいっちゃってた。自分は霊能者になるんだとか、TVに出ている霊能者に弟子入りするんだとか、TVに出ている霊能者の誰それは優れているとか、あなたはそれをどう思うかとか・・・・。お話にならなかったね。」 『笑っちゃいますねぇ、それ。で、先輩はどう答えたんですか?。』 「好きすればいいじゃないですか。そこまで話が決まっているなら、私に相談することはないでしょう、と答えておいたよ。」 『当然の答えですよね。何のために来たんですかねぇ。』 「あなたは霊能者になれますよ、という言葉が欲しかったんでしょ。そう言われれば、お寺の坊さんにも霊能者に向いていると言われた、と吹聴できるでしょ。それが欲しいんだよ。」 『うわ、汚いな〜、それ。すっごい汚いじゃないですか。』 「しょうがないさ、魔物がとり憑いているんだから。」 『魔物?。』 俺はその言葉に反応してしまった。が、その魔物がなんであるかについては後から聞くことにして、先輩の話の腰を折らないようにした。なので、 『あ、すみません。そのことは後から聞きます。話を進めてください。』 と謝ったのだった。先輩は、ちらりと俺をにらんでから、ため息をつきつつ話を続けた。 「だから、勝手にすれば、といったんだよ。そしたら、案の定 『ちなみに私は霊能者に向いてますか』 と聞いてきたんだな。だから 『向いてないでしょ。やめておいたほうがいいと思うよ。これは親切心。あとは自分で決めてください。では。』 と言っておいたんだよ。その答えが気に入らないかったらしく、 『なんでだ、どうしてだ、どこそこの霊能者は向いていると言っている・・・』 などと食い下がってきたけど、 『誰がどう言おうと私には関係がないことです。私は私の意見を述べたまでです。聞く聞かないはあなたの勝手。これ以上は、ここでは話しません。予約した日に来て下さい。以上。』 と言っておいた。これで、この女はもう来ないな、と確信したね。自分の意見とあわない意見を言われたからね、もう来ないだろうとね、思ったわけだよ。」 『本当に来なかったんですか?。』 「あぁ、片方の女性だけが来たよ。もう一人は体調を崩して来れなくなった・・・とかいっていたな。そりゃ来れないさ。俺がここに入ることを拒否したのだからね。結界に跳ね返されたんだ。で、その女性に 『来れなくなることはわかってましたから、キャンセルでも何とも思いませんよ。大丈夫です。問題ありません』 と言ってあげました。」 『びっくりしてたんじゃないですか?。どうしてですか、と聞かなかったですか、その女性。』 「聞いたよ。だから、教えてあげた。彼女は魔物にとり憑かれています。だから、ここには入れません、とね。実際、突然やってきた時、その怪しい女性は怖がっていたし、震えていたからね。魔物はここには入れないさ。」 『魔物ですか。その魔物って一体何なんですか?。』 「お前も見たことあるんじゃないのか、魔物を。そうなんだろ。」 先輩は俺の顔を見て聞いてきた。すっかりお見通しである。 『はあ、実は見たんですよ、学校で。で、守護霊のおじいさん・・・あぁ、女房や子供の守護霊をやっているおじいさん・・・。』 「お前の話に時々出てくるおじいさんだな、わかっているよ。あのじいさんは、大したものだ。かなりの神通力の使い手と見たが・・・。」 『そんなんですよ、かなりの使い手です。本人が言うには閻魔天界に今いるんだとか・・・。』 「ほう・・・それはすごい。閻魔天の世界へはなかなか行けないのにな。やはりただ者じゃないな、あのじいさん。」 『会ったことあるんですか?。』 「もちろん。お前の女房を見ていればわかる。子供たちもな。」 『あぁ、そうか・・・・。そうですよね。』 「生きているときじゃあ、信じられない話・・・だろ?。」 その通りである。生きているときにそんな話をされても、俺は頭から拒否していた。死んで初めてわかったことなのだ。 「で、そのじいさんがなんだって?。」 『そうそう、そのじいさんがいうには、魔物は人間が残した怨念や妬み、羨み、僻み、蔑み、羨み、怒りなどの人間の悪意から生まれたものだと・・・。』 「ほう、すばらしい答えだ。まさにその通りだな。」 『やっぱりそうなんですか。でも、そうした悪意がなぜあんな不気味な形になるんですか?。』 「お前が見たのはどんな形をしていたんだ?。」 先輩は逆に俺に聞いてきた。どんな形・・・ということは、いろいろな形があるのだろうか・・・。 『そうですねぇ・・・思い出すのも恐ろしいんですが、何と言ったらいいか。そう、身体は真っ黒な蛇のようで、その蛇の頭は、なんとも形容しがたい・・・恐ろしくてよく見なかったせいもありますが・・・・。その気持ちの悪い、邪悪な・・・・あぁ、何て言えばいいのか。』 「ジャーナリストの癖に表現が下手だなぁ・・・。ふうぅん、蛇型か・・・。そりゃあ、邪悪だな。」 と言ったきり、先輩は黙りこくってしまった。俺は、その沈黙が重苦しく、とても耐えられなかったので、 『あの、蛇型ってことは、他の型もあるんですか?。』 と恐る恐る聞いてみた。 「あぁ、あるよ。いろいろなタイプがね。でも、蛇型は多いなぁ・・・。」 とあっさり答えてくれたのだ。ならば、続けて聞くしかない。 『他の型っていうのはどんなのがあるんですか?。』 「そうだなぁ・・・うん、確かに形容しがたいな。まあ、ほとんどが妖怪の型を持って語られることが多いけどな。」 『よ、妖怪?。妖怪って、あの・・・ゲゲゲの鬼太郎とかに出てくる妖怪ですか?。あれはアニメでしょ?。』 「なにをバカなことを言っているんだ、君は。妖怪は古くからいるもので、アニメはその古くからいる妖怪を元に水木氏が創ったものだろうが。本家の妖怪はもっと古くから語り継がれているものなのだよ、君。」 しまったことをした。先輩は無類の妖怪好きだったのだ。この話になると長くなるから、あいつに妖怪の話を振ってはダメだ、と他の先輩から注意を受けていたのだ。俺はやってはいけないことをやってしまったのかもしれない。 そう思って先輩を見ると、その顔は活き活きとしたものになっていたのだった・・・。 「そもそも妖怪というものはな、怪異なんだよ。だれそれが、どこそこで怪しいものに出合った、怪しい出来事にあった、不思議な体験をした、という話から始まっているのだ。そうした話が、やがて形を伴うようになるのだ。怪しいものが壁のような形をしていたと感じられたのなら、それは『塗り壁』という妖怪になるし、怪しい者が赤ん坊のように泣くジジイなら『小泣きジジイ』だ。どこからともなく砂が飛んできて目が見えなくなり、遭難してしまった・・・ということならば、それは『砂掛けババア』の仕業だとなる。そうして語り継がれてきたものが妖怪なのだよ。そうした妖怪の元は、怪しく不思議な体験なのだ。 それでだな、お前が見たような魔物は・・・蛇型なんだな・・・それは蛇女とかろくろ首などに譬えられるのだ。お前が見た魔物がネコ型なら化け猫になるし、ネズミ型ならネズミ男や鉄鼠となる。鳥型ならばウブメとか陰魔羅鬼とかね。そうしたものに譬えられるのだよ。だから、お前が見た蛇のような魔物は、それが女の怨念を持っていたならば、蛇女となるわけだ。妖怪とは、このようにして誕生してきたものだよ。それでな、さらにいえば・・・・。」 『あぁ、はい、わかりました。そういうことだったんですね。』 俺は先輩の話の途中で口を挟んだ。これ以上、妖怪談義をされてはかなわない。それよりも、魔物である。 『なるほど、昔からそうした魔物は存在したんですね。それが妖怪となったわけですか。まあ、それはいいのですが、そもそもそういう魔物は、どうして生まれるんですか?。人間の悪意が元だ、ということですが、なぜその悪意が魔物化してしまうのです?。そもそも悪意ってそんなに残るものなんですか?。』 「ふ〜ん、お前、話の腰をわざと折ったな。そんなに妖怪の話が嫌か?。今では妖怪はキャラクターになってしまって、あんなかわいいものになってしまったが・・・・まあいいや。妖怪は、そもそもは魔物だ。みんな悪意から生まれたものだ。悪意がこの世に残って魔物化してしまうんだ。人間の想いというものは・・・・想いというよりも念だな・・・・それは、意外に残りやすいものなのだ。特に怨みや妬みはな。あとは、失意というものも残るな。マイナスの想いや念は残りやすいのだ。 たとえば、ひどい仕打ちを受けた場合、相手のことを怨み続けることはよくある話だろ。だが、逆に感謝し続けるということは難しいものだ。恩を受け、ありがたい、感謝するとその場では思うが、それを一生思い続けることができるか、と言われればそれは難しい。ところが、怨み続けることはできるんだな。もうとっくに終わった話なのに、人は『あのとき、あの人にあんな仕打ちを受けなければ、今頃はもっと裕福になっている』などと口にするものなのだよ。それは、怨みを消し去ってはいないことになる。 人はな、誰かのおかげで成功したとしても、自分の実力があるからだと思いたがる。他人のおかげだと、口にはしても本心では自分の実力なのさ、と思いたがるものなのだ。 しかし、失敗した場合やうまくいかなかったとき、それは自分の実力がないせいだとは思わず、他人のせいにしたがるのだよ。 成功すれば自分の実力、失敗すれば他人のせい・・・、人間はそう思う生き物なのだ。自分の非は認めたくないのが人間なのだよ。だから、失敗したりうまくいかなったりすると、他人を怨むことになるのだ。『あいつのせいでこうなった。怨んでやる』とな・・・。 たとえばだ、こういう話がある。 昔の話だ。ある金持ちが愛人を持った。二人は仲良く暮らしていた。ある時、その愛人に子供ができた。金持ちの男は堕胎するように言った。しかし、女は生んでしまう。男は、仕方がなしに面倒をみることにする。女を手放したくなかったからだ。平穏な日々が続くが、やがて男は別の女に手を出してしまった。前の女に飽きたのだ。で、新しい女に夢中になり、子供を産んだ愛人を捨ててしまう。子供を抱えて女は路頭に迷うな。で、怨み事を男にいうが、ケンモホロロ、相手にはされない。もちろん、勝手に産んだ子供だから認知もされていない。女は、世を果敢なんで親子心中してしまった。男を強く強く怨んでな。そりゃあ恨むわな。怨んで当然だ・・・・。そうなるとどうなるか?。」 『ひょっとして、その男は死んでしまった女にとり憑かれるのですか?。』 「その通り。正解だ。その女は、ものすごい強い怨念を残している。その怨念の固まりが魔物化してしまうのだ。それが幽霊だ。その幽霊は男にとり憑く。」 『あぁ、で、魔物がとり憑いた状態になるんですね。』 「そういうことだ。が、よく考えてみろ。そもそもは、その女にも責任があることじゃないのか?。愛人だったのは、女も承知の上だろう。」 『しかし、捨てられましたよ。』 「あのなぁ、愛人なんだもん、捨てられることもあるだろう。正式な女房だって捨てられることがあるんだから。愛人なんて何の保証もない存在だぞ。捨てられることくらいあるさ。」 『あ、じゃあ、それって逆恨みになりますよね?。』 「そういうことだろ。逆恨みだよ。自分だって、愛人時代はいい思いしたじゃないか。その男の奥さんに怨まれるようなことをしてるんだよ。それを棚に上げて、捨てられたからと言って怨むのは筋違いでしょ。愛人なんだから、いつ捨てられるかわからないでしょうに。この場合、怨んでいいのは男の奥さんだけでしょう。死んでしまった女は、自己責任なんだよ、本当はね。 ところが、人は怨む生き物なのだ。自分の非は認めない。悪くされたことしか言わないし、思わないんだな。いい思いもしているのにそれは忘れてしまうんだ。たった一つの仕打ちで、それまで受けた多くの恩恵を忘れてしまうのだ。それほど、負のエネルギーというものは強いのだよ。」 『なるほど・・・。怨みや妬みなどの負のエネルギーは強いからこそ、そこに残ってしまうんですね。それが魔物化していくんですね。』 「そういうことだ。尤も、魔物化するには、いくつかの負のエネルギーが絡み合ってからだけどな。単独ではなかなか魔物化しない。単独で魔物化するのは、今のたとえ話のような相当に強い怨念を残して自殺したりした場合だな。多くは、いろいろな負のエネルギー・・・小さな怨みや妬み・・・が絡み合って魔物化していくんだ。」 『人間の想いってすごいんですね・・・。いつまでも残ってしまうなんて・・・。』 「お前さんだって、死んでから何日になるか知らないが、こっちの世界に思いを残しているじゃないか。」 そういわれてみて、俺は気がついた。そうだ、確かにこっちの世界に思いを残している。ただし、それは怨みや妬みではない。いわば、心配だ。子供のことや女房のことが心配なのだ。そうした思いは、普段は意識はしないが、言われてみれば確かに心の隅っこに存在しているものなのだ。そうか・・・怨みはこうした思いが強く出てしまうことなのだ。それならば・・・・この世にその思いだけが残っても仕方がないか・・・・。 「納得したようだな。やれやれ、じゃあ、これで終わりかな?。」 先輩はそういうと席を立ってしまったのだった。 『あ、ちょっとまだ話が・・・。』 そう呼びかけたが、先輩は俺の呼びかけを無視して、奥に引っ込んでしまったのだった・・・。 しばらくして先輩が戻ってきた。手にはお盆を持っている。お盆には急須と湯呑茶碗、それに羊羹が載っていた。 「なんだ、まだいたのか。俺は休息タイムだ。お茶に羊羹・・・たまらんねぇ。」 そういうと先輩は自分でお茶を入れ始めた。お茶のいい香りがしてくる。 「お茶は、うまいお茶がいいねぇ。自分では買えないんだけどね。いただきものなんだ。あ、お前もなんか食うか?。といっても、香りというか、気だけしか得られないけどな。残念だなぁ〜、死人は。あっはっはっは・・・。」 『ちょっと、死人を前にしてそれはないでしょう。意地が悪いですねぇ。さっきから、お茶の香りをいただいてますよ。』 「あ、そう、悪いねぇ・・・。うん、うまいうまい。で、わかったのか、魔物の元は人間の怨みや妬み、蔑み、羨み、僻み・・・といった負のエネルギーだということが。」 『はい、わかりました。確かに、そうした負のエネルギーは残りやすいですね。怨みという思いは、結構時間がたっても残っていますからね。思い出し怨み・・・と言うこともありますから。』 「あぁ、よくあるな。昔のことを思い出したら急に腹が立ってきた、あのやろう・・・、なんてこともあるからね。」 『そうですよねぇ。ということは、あの学校の少年は、誰かに怨まれているんでしょうかねぇ?。』 「その少年自体じゃないだろう。おそらくは、その親か。親が怨みを買うようなことをしたのかな。もしくは、怨みの残った土地に住んでいるか、だ。」 『怨みの残った土地ですか?。それってその親子には関係ないじゃないですか。』 「直接は関係ないな。でも、怨みの残った土地に住んでしまった以上、影響は受けるな。」 『とばっちり・・・ですか。』 「そうだね。とばっちり、八つ当たり、ってところだな。でも、仕方がないな、自分で好んで住んだのだから。そんなところに住んでしまう因縁を持っているのだからね。」 『あぁ、そうか・・・。それも自分の責任なんですね。』 「そういうことだ。尤も、守護霊が強ければ、そんなところへは引っ越しはしない。そんな悪所には住まないよ。」 『守護霊・・・ですか。大切なんですねぇ・・・。』 「あぁ、大切だな。守護霊がしっかりしてさえいれば、そうそう災難には遭わないな。そのためには、しっかり先祖供養をすることだな。」 『あぁ、守護霊のじいさんが言ってましたよ。ちゃんと先祖供養をしてくれているおかげで、エネルギーが得られるのだってね。供養がないと、いくら天界にいてもすぐに寿命がきてしまうのだとか・・・。』 「天人五衰だな。」 『さすがによくご存知で。』 「当たり前だ。・・・供養がないと、いくら天界の住人に生まれ変わっても、すぐに寿命がきてしまうのだよ。供養は大きなエネルギーだからなぁ・・・。それはそうと、お前、ここにいると楽だろう。」 『はい、お寺は死者のオアシスです。お茶や羊羹がなくても、気分はいいですよ。』 「エネルギー満タンだな。」 『そうです。どこへでも飛んで行けそうです。』 「そうか、じゃあ、さっさと帰えることができるな。どこがいい?。自宅か?、あの世か?。好きな方へ飛ばしてやるぞ。」 『ちょ、ちょっと待って下さいよ。そんな邪険にしなくても・・・・。って、今、どこでも飛ばしてやるって言いましたよね?。』 「さぁ、言ったかなぁ、そんなこと。」 『とぼけてもダメです。ちゃんと聞いてましたから。どこにでも私を飛ばすことができるんですよね。』 「な、なんだ、急に真面目な波長を出して・・・。」 『なんですか、その真面目な波長って・・・。』 「生きているときならば、真面目な声を出してとか、真面目な表情をして、となるが、死者は声や表情は出せないからな、普通は。幽霊はだせるけどね。で、霊には波動というか、音のようなものがあって、その波長によって表現できるんだよ。今、お前は真面目な、ちょっと真剣な心情にいるという波長を出しているんだ。」 『はぁ、そういうことですか。まあ、確かに、今真剣に質問しました。そう、ちょっと真面目な話なんです。茶化したり誤魔化したりしないでくださいね。俺を飛ばすことができるんですか?。』 「まいったなぁ・・・う〜ん、そうだなぁ・・・。お前が知っているところならばな、それは可能だ。ただし、エネルギー満タン状態じゃないと無理だけどな。」 『知っているところですか・・・・。知らないところは飛ばせないんですか?。』 「知らないところはなぁ・・・。波長が合わせにくいからな。お前自身の霊波というか、状態をうまくコントロールしないといけないんだ。知っているところは、合わせやすいんだな。記憶にあるから。しかし、知らないところとなると、無理があるな。」 『一般的に知っているところはどうですか?。観光地とか、有名なビルとか。』 「あぁ、そう言うところなら飛ばすことはできるな。もしくは、住所がわかっているとかな。飛ばし手である俺と、飛ばされるお前と、飛ばす先の、それぞれの思いというか、気持ちというか、そういうものが通じないと、飛ばしにくいんだよ。たとえば、お前の自宅なら、俺もお前も知っている場所だから、すぐに気持ちが通じる。しかし、知らない場所を言われてもな・・・。難しい。」 『そうですか・・・・。』 俺はちょっと考え込んだ。飛ばすことができると聞いたときは、それならば強欲じいさんやあの浮気女のところ、あるいは覗き見教師のところへ行けるかもしれないと期待したのだが・・・。行きたい先の場所がわからないのなら無理となると、どうすればいいのか・・・。 「なんだ、そんなに行きたい所があるのか?。会社か?。お前がいた会社・・・SANRYU出版だったっけ・・・ならわかるぞ。」 『いまさら会社に行っても寂しくなるだけ・・・、いや、ちょっと待てよ・・・。俺って、会社に行って、生きているときみたいに資料室とかに入って、資料を見ることはできるんですか?』 「資料室に入るところまでは可能だな。外に出ている資料を見ることもできる。しかし、資料を探すとか、本をめくったりすることはできない。物理的行動は無理だ。」 『なんとか、調べる方法はないですかねぇ・・・。』 「まぁ、ないこともないが・・・。それは危険だなぁ・・・・。」 そういうと、先輩は考え込んでしまった。俺は、どうにかして資料を閲覧したかった。あの強欲じいさんの自宅の住所を調べたかったのだ。さらには、過去の新聞を調べ、覗き見教師の事件を探したかったのだ。どの地域のどの学校の事件なのかわかれば、そこへ行くこともできよう。 否、待てよ、何も俺が調べることはないじゃないか。俺は自分の馬鹿さ加減に思わず噴き出していた。 『むふふふふ。』 「おい、人が考えているのに何がおかしい。不謹慎だろ。」 『いや、私が会社に行かなくてもいい方法が見つかったんですよ。簡単なことです。それでついおかしくなって・・・・。』 「いい方法?。お前、会社に行って何か調べたいのじゃないのか。」 『そうです。調べ物がしたんですよ。でもね、なにも私が調べなくてもいいじゃないですか。ねぇ、センパイ!。』 「バカモノ!。俺はそんなに暇じゃない。俺はお前の手先にはならんぞ。」 『そんなこと言わないで、協力してくださいよ。お願いしますよ。』 「待て待て待て、ちょっと待て・・・・。お前の話を総合して考えるとだな・・・。わかった。お前はどこか行きたいところがあるんだな。で、そこへ俺に飛ばして欲しいわけだ。だが、あいにくと、その行きたい場所がわからない。ということは行きたい所じゃなくて、会いたい人物がいる、ということだ。その人物がいるところがわからないわけだな。で、俺に調べてくれと、そういうことだな?。そうだろ。」 『その通りです。さすがです。そこまでわかっているのなら話は早いです。私が会いたい人物は・・・・。』 「待った、断る。そんな面倒なことは嫌だ。そもそも、飛ばすのはいいが、どうやって帰ってくる気だ?。」 先輩にそう言われ、俺は思わず言葉に詰まってしまった。そうか、帰りのことを考えていなかった・・・。俺の計画は、結局は実行不可能なのだろうか・・・・。 どうやって帰ってくるか・・・・。 それは俺にとって大問題だ。行きたい場所に行くのはいい。それは先輩が飛ばしてくれるという。しかし、問題は帰りなのだ。帰りは誰も飛ばしてくれる者はいない。それにだ、一体どこへ帰ればいいのだ。家か?、この寺か?、それともあの世か・・・・?。 『う〜ん、まいったなぁ・・・。そうなると、結局、どこへも行けないじゃないですか。』 俺はちょっと不貞腐れ気味に言った。 「まあ、仕方がないな。たとえば、会社ならここから自分で行けるし、自分で帰ってこられるけどな。」 『えっ?、会社ならできるんですか?・・・あぁ、そうか、子供の学校へ行くようなもんですよね。ちょっと距離があるだけだ。』 「そういうことだな。会社のように生きているとき通っていたところ、よく知っているところは比較的簡単に行けるんだな。帰ってくることもできる。その方法を知っているからな。しかし、知らないところへ飛ばしてしまうと、帰りの手段がわからなくなる。」 『え〜、でも、電車とかバスがあれば乗って帰ってこれるんじゃないですか?。』 俺は抵抗を試みた。 「まあそうなんだが、ことはそう簡単にはいかないんだな。なぜだかわからんか?。お前なら、わかるはずだぞ。」 先輩にそう言われ、俺は考えてみた。帰り道は、わからないことはない。バスや電車があるのだから。尤も、タクシーは拾えないだろう・・・。否、待てよ。昔の怖い話に幽霊を乗せたタクシー運転手の話があるじゃないか。あるところで女性を乗せたタクシーが、ふと気がつくとその女性客がいなくなっている、乗っていたシートはびっしょり濡れていた・・・・、そんな話をよく聞いたが・・・。ということはタクシーにも乗れるはずだ。待て待て待て、いやいやいや・・・。それは単なる昔の都市伝説かもしれない。信じていいものかどうかわからないぞ・・・・。 否、待てよ、そんなことよりも、もし途中でエネルギー切れになったらどうするのだ。先輩は、満タン状態なら飛ばせる、といった。ということは、飛ばすのにもエネルギーを使うはずだ。 俺は今朝学校へ行った。家から自分で飛んだのだ。それにはそれほどエネルギーは使わなかった。しかし、学校でおじいさんの話を聞いたり、子供たちの様子を見たりしているうちに、結構なエネルギーを使っていたようだ。なぜなら、この寺に来たとき・・・あぁ、寺にも飛んできたのだった・・・随分とほっとしたのだ。やれやれ助かった・・・みたいな感じがした。ということは、相当なエネルギーを使っていたと考えられる。もし、これが知らない場所なら・・・。生きている人間なら、知らない場所に出かけていき、慣れない人と話をしたりすれば、結構疲れてくるものだ。ならば、死人もきっと普段より疲れるに違いない。ということは、それだけエネルギー消費が大きいということだ。ならば、帰りはたとえバスに乗ったとしても、否、タクシーに乗ったとしてもだ、どこまでエネルギーが保てるかわからないこととなる・・・・。 う〜ん、一種の賭けになるのかも・・・・。もし、エネルギー不足になったなら・・・それは困るしなぁ・・・。俺は納得して答えた。 『そうですねぇ。そう簡単じゃないですねぇ。』 「だろ?、どうせお前のことだ。タクシーも使える、と思ったに違いない。」 その通りである・・・。 「で、よくよく考えたら、そんなことできるかどうかもわからないし、」 確かにそうである・・・。 「たとえできたとしてもエネルギーの消費がどの程度かもわからない。途中で消えるようなことがあっては、それこそ取り返しがつかない。だろ?。」 まさにその通りである。したがって、行くのはいいが帰ってこれないのだ。 「そうそう、お前は飛んだはいいが、帰ってこれないことになる。」 しかし、俺はどうしても諦めきれなかった。 『何かいい方法はないですか?。お願いしますよ。知恵を貸してください。人を救うのが仕事でしょ?。お願いしますよ。』 「何をこんな時だけ、調子のいいことを言いやがって。それにお前は人じゃないしな。死んでるから霊体だ。」 『助けるのは人だけでなく、あらゆる存在を救うのが僧侶の仕事じゃないですか。』 「いいやちがうね。」 先輩は大きな声ではっきりと否定した。 『違うんですか?。僧侶の仕事って・・・あらゆる存在を救うことじゃないんですか?。』 俺も負けじと、強い意志を持って、エネルギーを込めて言った。 「あぁ、違うよ。あらゆる存在を救うのは『菩薩』の仕事だ。僧侶の仕事じゃないんだよ。ちなみに、俺は僧侶であって菩薩じゃないんだよ。残念だったな。」 先輩は勝ち誇ったようにニヤニヤとした。 『僧侶も菩薩のはしくれでしょ?。』 「いんや違う。たまには菩薩にはなるが、できないこともある。人間としての肉体を持っているからな。菩薩の真似事をしているようなものだ。できることとできないことがあるんだよ。それにだ、僧侶とは、本来自分が覚りを得るために修行をしている者のことなのだ。その修行の一つとして、人助けがあるにすぎない。」 困った・・・。ぐうの音も出ない。じゃあ、どうすればいいんだ。あきらめろというのか・・・。二人の間に沈黙が流れた。 「いったい何があるんだ?。どこへ行きたいというのか?。誰に会いたいんだ?。」 先に口を開いたのは先輩だった。俺は素直にその人物の名を言った。 「なんだ、大物フィクサーじゃないか。政治を裏で牛耳っていたという、あの大物かぁ・・・。よく知りあえたなあ。」 『私が死ぬ少し前に死んだはずです。死者の順番が私のすぐ前ですから。最初は嫌味なジジイだと思っていたんですがね、関わっているうちにどうも事情が違うということがわかってきて・・・。案外、いい人だったりしたんですよ。』 「ちょっと待て。お前・・・そのなんだ、死者同士話をしているのか?。」 『あぁ、そう言えば言ってませんでしたっけ。俺、あの世の取材者に抜擢されているんですよ。』 「聞いたよ。取材者だとは聞いたが、死者同士話をしているとは聞いてないな。そもそもそれはできることなのかな?。あの世での審判の間は、死者同士の会話はできないはずじゃないのかな?。」 『こりゃまたよくご存知で・・・。』 「ふざけるな。」 『すみません。いや、私はどうやら特別なようです。私が話しかけた死者とは会話ができるんです。そのように配慮されています。あの世の取材のためなんですよ。』 「ふ〜ん、そういうことか。それで彼の大物フィクサーと知り合ったというわけか・・・。まてよ、あのジジイが死んだのは・・・・。」 そういうと、先輩は傍らのパソコンを立ち上げた。ネットで調べるらしい。 「お前たち霊体がそばにいると、パソコンが誤作動することがあるんだが・・・・。うん、どうやら大丈夫なようだな。ま、お前に悪意がないからな。」 『どういうことなんですか?。悪意があるとパソコンが誤作動を起こすんですか?。』 「あぁ、霊体がそばにいたりするとな、家電製品は誤作動を起こすことがあるんだ。特にその霊体が悪意を持っていたりすると、家電品は壊れやすくなるんだよ。霊体は妙な電波を発しているからな。悪意があると、その妙な電波が強くなるんだ。」 『電波・・・ですか?。私が?。いや、死者が?。』 「そうだ、死者が、だ。さっき、真面目な波長を出してどうした、とか聞いただろ。」 確かに聞かれていた。我々霊体は、一種の波長を出しているのだと、そのとき聞いた。 「それはつまり、一種の電波を発しているのと同じなんだ。人間の脳は電気で動いているのは知っているな。いや、人間そのものもそうだ。電気信号によって脳からいろいろな命令が伝達される。また、身体の各器官から電気信号によって情報が脳に送られる。脳は電気信号によって猛烈な速さで情報処理をしている。それは知っているな。」 もちろん知っている。常識だ。 「霊体になってもそれは同じなんだよ。お前はこうして俺と会話をしている。普通の会話じゃないがな。霊体のお前が思うことを俺がキャッチしているんだが、お前が思うこと、というのは一種の電気信号なんだ。つまり、お前は電波を飛ばしているわけだ。俺はお前が飛ばした電波をキャッチして、それに答えるべく電波を発しているのだ。だから、お前たち霊体は、何か考え事をしたり、思ったり、怨んだり、妬んだりしたらだな、電波を発していることになる。その思いが強ければ電波も強くなる。するとだな、近くにある家電品は障害や影響を受けることとなる。特に怨みの強い霊体は電波が強いから、家電品は壊れることになる。しかも、受信装置がついている家電品は敏感だ。TV,PC,デジカメなどは受信する、映像を見せる、という点で、霊体の発する電波の影響を受けやすい。なので、霊体がたくさんいるところでは壊れやすいんだ。おっでてきたぞ。ほう、お前と同じ日に死んでるな。命日は同じだ。亡くなった時間がほんの少しずれているだけだな。」 ぶつくさ言いながら、先輩は調べてくれた。 『やっぱりそうですか。死者が電波を発している話は面白く、興味がありますが、だいたいわかったので、本題を先に進めます。そのジイサンの住所は載ってますか?。』 「個人情報保護法があるからな。住所は載ってないぞ。しかし、これだけ有名な人物だし、大体の住まいはわかっているし、お前とも親しいようだし・・・・、まあ、飛ばすのは簡単だな。問題はやっぱり帰りか・・・・。」 『何かいい方法ないですかねぇ・・・・。』 う〜ん、と言ったきり、先輩は考え込んだ。 「ないこともないが・・・。」 『あるんですか?。あるなら何とかなるじゃないですか。』 「う〜ん、まあなぁ・・・。」 どうも煮え切らない。何か不安でもあるのだろうか。そう思っていると、急に先輩が真面目な顔をしていった。 「方法はある。しかし、それは理論上でのことだ。実際にやったことはない。だから、絶対安全とは言えない。理屈上は安全だが・・・・。」 『どういうことなんですか・・・・。あ、そうか、俺を飛ばして戻す方法はあるけど、それはやったことがないので、絶対に俺が戻ってこれるかどうかわからない、ということですね?。』 「そういうことだ。理論上は可能だ。まあ、しかも亡くなった日や時間が近いから、もしもの場合でも何とかなるだろう。だから・・・・まあ、やってみるか。」 『ちょっと待ってください。』 今度は俺が待ったをかけた。 『もしもの場合って言うのはなんですか?。』 「あぁ、帰ってこれなかった場合のことだ。」 『そんなに簡単に言わないでください。まとめます。理論上、俺がその大物フィクサーのところへ飛んで帰ってくることは可能なんですね。帰ってくる場所はここでいいんですか?。』 「まあ、そのほうが安全だろう。すぐにエネルギー補充ができるしな。」 『はい了解です。じゃあ、ここへ帰ってこれるんですね、理論上は。』 「理論上はな。しつこいようだが。」 『で、もしも帰ってこれなかった場合でも、何とかなるんですね。』 「あぁ、そうだな。何とかなるだろう。」 『簡単に言ってません?・・・・えっと、もし帰ってこれない場合、そのとき俺はどうなっているんですか?。』 「そうだなぁ、最悪の場合は、帰ってくる途中でダウンしてしまう場合だな。これはちょっと大変だな。ここに帰ることもできなきゃ、そのフィクサーのところへ戻ることもできない。途中でへたばるか、消滅することもありうるな。最後の力を振り絞って、誰かに憑依するという手もあるが・・・・、まあ、お前の性格じゃあうまくは行くまい。となると、途中で消滅だな。」 『ちょ、ちょ・・・それじゃあ、ちっとも安全じゃないでしょうに。何がなんとかなるだろ、ですか。安易すぎませんか、それ。他人事だと思って・・・・。』 「話は最後まで聞けよ。そのな、途中でっていうことはない。理由その一。途中でへたばるような状態なら、無理してこっちに戻る必要がないからだ。帰ってくるためのエネルギーの量が十分か十分でないかは、なんとなくわかるものだ。これだけエネルギーの話を聞いているのだから。だから、ちょっと不足してるなと感じたら、無理に帰ってくる必要はないのだ。理由その二。エネルギーが足りると判断したのなら、ここへ帰ってこれるからだ。だから、注意する点は、エネルギーの残量計算を間違わぬことだ。無理はいけない。」 『無理しなければいい、ということですね。むしろ、ちょっとエネルギーが足りないな、と感じたら、そのままジイサンと一緒にいればいい、ということですか?。』 「そういうことだな。」 『でも、そのあとはどうするんですか?。そのままジイサンといっしょにればいいんですか?。』 「その通り。よくわかっているじゃないか。」 「ちょっと待ってください。ジイサンと一緒にいて、それでどうなるというのです?。そのあとでここに戻れるんですか?。』 「いや、ここには戻れない。戻る必要もないだろ。」 『はぁ?、どういうことなんですか?。わかるように言ってくださいよ。』 俺は混乱してきた。 「なぜなら、ここへ帰ってこなくても、あの世へ直接帰る方法があるからだ。」 『あの世へ直接帰る?。』 「そうだ。ジイサンと一緒にあの世に帰ればいいのだ。ジイサンにくっついていれば、ジイサンがあの世に帰るときに一緒に引っ張られるだろ。」 なるほど・・・・。 確かに、あの世には次の裁判までには戻らないといけない。裁判が始まるギリギリになると、どうやら強制的にあの世に引っ張られるようなのだ。以前、強欲じいさんだっけかがそんなことを言っていた。おそらくそれは間違いはないだろう。ならば、俺のエネルギーがへたっていたとしても、あの強欲じいさんと一緒にいれば、じいさんが呼び戻される時、俺も一緒に呼び戻されるはずだ。俺という霊体がどこにいようともそれは変わらない。霊体がどこに移動しているかなんてことは、あの世ではわからないことなのだから。ならば、俺があの強欲じいさんのところへ行って、この寺に戻ってくるだけのエネルギーがないと思ったならば、そのままじいさんと一緒にいれば安全なのだ。そうか、この方法ならば何とかなる・・・・。 『わかりました。その方法なら安全です。』 「そうだろ。まあ、理論上は戻っては来られるがな。」 『さっきから、理論上は・・・と言っているのはどういうことなんですか?。』 「なに、簡単なことさ。こっちからお前にエネルギーを送ってやればいいんだ。」 先輩はあっさりそう言うと、ニ〜っと笑ったのだった。 『な、なんですか、それ?。こっちからって・・・、先輩が俺にエネルギーを送ればいいってことですか?。そんなことできるんですか?。』 「あぁ、できるよ。」 『じゃあ、簡単なことじゃないですか。何も悩む必要はなかったってことでしょ。』 俺はちょっとふくれてみた。 「そんなことはない。だから言ってるじゃないか。理論上は、とな。そんなことはやったことはない、とな。だから、どう副作用が出るかわからんのだ。」 『ふ、副作用?。なんですかそれ?。』 「あぁ、言い方が悪かったな。だからな、お前の頼み・・・他の死者に会いに行く・・・などというバカげたことは今までに頼まれたこともないし、やったこともないんだよ。今言ったように、理屈の上ではできないことはないが、やったことはないから、そのあとでどんな影響が出るかわからんのだ。だからなぁ・・・あまりやりたくはないんだよ、本当のところは。そんなことやっていいのかどうかもわからんしな・・・・。死者のお前に協力していいのかどうか、それが死者のルールを破ることにはならないのか、そのことでこの世とあの世のバランスが崩れないか、とかね、いろいろ考えるわけだよ、俺としてはね。」 『そ、そんな大袈裟な・・・。』 「ううん、大袈裟かも知れない。しかし、そうでないかも知れない。やったことがないからわからない。」 なるほど、先輩が迷うのも仕方がないのかも知れない。俺が頼んだことは、まだ裁判中の死者同士が、あの世ではなくこの世で会うことなのだ。生きているものならともかく、死者同士がこの世であっていいものかどうか・・・。しかも、知り合ったのは死んでからだ。 「だいだいな、お前の存在が死者のルールを無視しているだろ。死んだものは四十九日の間に七回裁判を受ける。裁判と裁判の間はこの世に戻ることができる。それはいい、それは昔からの決まり事だからな。ところが、裁判中の死者同士は語り合うことはできない、死者同士で話はできないにもかかわらず、ここをまずお前は破っているな。しかしまあ、それもいいとしよう。きっと閻魔大王も認めていることなのだろうから。お前の話によると、お前はあの世を取材しているという、だから、特別扱いなのだということだからな。そこでだ、その特別ルールはどこまで適用されるのかな?。こっちの世界でも通用するのか、しないのか?。死者で、さらに特別扱いのものだからといっても、何でもありっていうわけにはいかないだろう。自ずと限度がある。そのあたりを俺は懸念しているんだよ。だからな、理論上はできると言っただけだ。さて、お前の特別ルール、どこまで適用されるかな。ま、楽しみだな。俺は責任はとらんぞ。先に言っておくがな。」 なるほど、先輩の言っていることは当然のことだ。この先輩、もっといい加減かと思ったらなかなか考えている。 さて、困った。俺の特別ルールはどこまで適用されるのだろうか。この世で、他の死者に会ってもいいのだろうか。 「考えても仕方がないだろ。」 俺が黙り込んでいると、先輩がぼそっとそう言った。 『まあ、確かに・・・・そうですが・・・・。』 「じゃあ、やってみればいいじゃないか。」 『しかし・・・・。』 「もし、そのことでこっちの世界に何か影響が出たとしても、大丈夫だろ。閻魔大王が何とかしてくれるさ。神通力でね。」 『そ、そんな無責任な。』 「無責任というのなら、お前が責任をとればいいじゃないか。」 『どうやって?。』 「その魂をかければいいじゃないか。もし、何か悪影響があったら、そのときは消滅してお詫びすればいいだろ。」 『俺に消えろと・・・・。』 「そういうことだな。」 それも仕方がないのかも知れない。それくらいの覚悟がないとできないこと、やってはいけないことなのかも知れない。 「あのなぁ、今すぐ答えを出さなくてもいいんじゃないのか。今、お前をその強欲じーさんの元に飛ばすわけじゃないからな。」 『えっ、今っていうか、今日やってくれるんじゃないんですか?。』 「当たり前だ。お前ら死者と会話するのは疲れるんだよ。集中力がいるしな。身体も冷える。生きている人間との会話じゃないんだから。おまけに、いろいろ考えることがあるから、余計に疲れるんだよ。だから、今日は無理だ。なので、一晩ゆっくり考えてきたらどうだ。で、明日の朝・・・そうだな、朝8時にこの本堂に来い。で、どうするかを聞こうじゃないか。それまでよく考えろ。」 そういうと先輩は、「あ〜疲れた今日はもう終わりだ」といって席を立ってしまったのだった。死者の俺にしてみれば、寺はオアシスだ。まったく疲れることはない。意識も冴えわたっている。ところが生きている者はそうではない。生きている者でも、お寺に行くと落ち着く、ということはあるが、先輩の場合、死者と会話をしているのだから、それは特別なことなのだろう。俺との会話はかなり疲れるみたいだ。 『ちょっとしゃべりすぎたかな・・・。』 そのときだった。あの声が聞こえてきたのである。 『いいや、大丈夫だ。あれはそんな簡単なことでくたばるヤツじゃない。ただ、面倒臭かっただけだろう。』 『そ、その声は・・・・。どこにいるんですか?。姿を見せてくださいよ。』 『まだ、姿を見せるわけにはいかんのう。まあ、そのうちにな。うっふぉっふぉっふぉ。』 俺は驚いた。珍しく、その声は笑ったのである。この間のたちっぱなしだったお婆さんの霊の一件で、態度が変わったのだろうか・・・・。 『いやいや、そんなに甘くはないぞ、このわしはな・・・・。まあいい、それよりもだ、お前の望みのことだ。』 『俺の望み?・・・あぁ、強欲じいさんのところへ飛んでいくことですか?。』 『そう、そのことだ。ま、何とかなるだろう。閻魔大王にはわしから言っておこう。だから、こっちの世界には何の影響も出ないだろう。安心していってこい。おぉ、このことはお前の先輩坊主には内証にしておけ。あれは・・・・まだまだじゃからのう。』 『内証にって・・・そんなわけには・・・。あれ?、ちょっと聞こえているんでしょ?。ねぇ、ちょっと・・・・。まったくもう・・・。もっと聞きたいことがあったのに・・・。まいいや、とりあえず家に帰るとするか。』 俺は家に戻ることにした。ひょっとしたら、消えてしまう可能性もあるのだ。あの声の主は大丈夫だといったが、100%あてにはできない。だから、家族の顔を見ておきたい。なので 『先輩、帰ります。明日の朝8時に来ますので、よろしくお願いします。』 と声を掛け、ちょっと待ってから家に飛んだのだった。待ったのは、先輩が何か言うかと思ったからだ。しかし、先輩からの言葉はなかった。きっと寝てしまったのだろう・・・・。 家に帰ると、すでに家族全員・・・全員と言っても女房に子供が二人だけだが・・・がそろっていた。子供たちはリビングでTVゲームをしている。女房は夕食の準備をしていた。 『おう、帰ったか。どうだった。』 家に戻ると、さっそく守護霊のおじいさんが声をかけてきた。俺は、先輩とのやり取りの一部始終話した。 『ふむ・・・。そうか、そうだろうなぁ、そんなことは今まで聞いたことがないからなぁ。死者同士が、こっちの世界で会うなんていうことはなぁ・・・。ちょっと心配ではあるが・・・。まあ、しかし、何とかなるぢゃろう。もし何か影響があるようなら、わしからも閻魔大王に頼んでみよう。一応、閻魔天の世界の住人だからな。』 そういえば、そうである。ここにも心強い味方がいたではないか。そう思うと、俺も安心できた。 『よろしくお願いします。しかし、こうしてみると、俺が取材者に選ばれた理由がわからなくもないですよね。』 『どういうことぢゃ。』 『女房子供は、守護霊がしっかり守ってくれている。俺がいなくてもたぶん大丈夫でしょう。俺は、職業柄取材は得意だった。俺の周りには、霊的なことに詳しく、しかも力が強い僧侶がいるし、閻魔天に住まう守護霊のおじいさんもいる。取材者としての条件的にはあうし、早くに死んでもこの世に残った者は、それほど困らない。そんな人間って、そうそういないでしょう。』 俺は、そう話しながら、だんだん悲しくなってきた。なぜなら、俺が言ったことは、自分で自分のこの世での存在を否認するようなものなのだから。自分で、「俺はこの世ではいてもいなくてもいい人間だ」と認めたようなものだから・・・・。 『あのなぁ、そういうことは考えない方がいいんぢゃないのか。つらくなるだけだし、こっちの世界に不要な人間なんてありはしないぞ。たまたま、そうなっただけぢゃろう。』 おじいさんの言う通りである。生きている人間で、不要な人間なんていることはない。生きている以上、誰もが、必要な人間なのだ。 『今日は、俺もくたびれたみたいです。ちょっとぼんやりしてますよ。』 そういって、俺は子供たちの方へ気を向けたのだった。 翌朝、俺は約束通り先輩の寺に行った。午前8時のことである。先輩は、本堂にいた。すでに衣姿で、いつもお参りする場所に座っていた。 「ふむ、やっぱり来たか。決心はついたのだな。」 『はい、まあ、何とかなるかな、と思いまして。それに、もし何か影響が出るようなことがあったら、女房の守護霊のおじいさんが閻魔大王に頼んでやるからとも言ってくれましたので。』 「あぁ、そうか、お前の奥さんの守護霊のじいさんは、閻魔天の人だったか。それなら、安心かもな。」 『はい、そういうことなので、お願いします。』 「わかった。じゃあ、始めるか・・・。お前は・・・そうだな、本尊様の前に漂っていろ。」 俺は言われたとおり、本尊様・・・観音様・・・の前で浮いていた。 「いいか、これからお前を、あの政界を牛耳っていた強欲なじじいの元に飛ばす。飛ぶのは瞬時だ。そのあと、しばらくはエネルギーを補充するために、供養のお経を読み続けている。おそらくは、それで今日のところは大丈夫だと思われるが、帰りのエネルギーは不足するであろう。そこでだ、いいかよく聞けよ、午後4時にもう一度お前にエネルギーを送るお経を唱える。次第にエネルギーが満たされるだろうから、満タンになったと思ったらすぐに帰ってこい。おそらくは、お経の最中、もしくは終わりころにこっちに戻ることになるだろう。いいか、午後4時がタイムリミットだからな。それ以上、留まるようなことはするな。忘れるなよ。」 『わかりました。午後4時ですね。何があっても、こっちに戻ってきます。』 「よし、じゃあ、始めるぞ。」 先輩は、そういうと鐘を打ち鳴らし、お経を読み始めた。いい気分である。お経が魂にしみ込んでくる。このままお経の流れる中に漂っていたい、何もかもどうでもいい、と思えるほど心地よかった。次第に俺の意識は、眠りにつくときのように静かになっていった。何も見えない、何も聞こえない、ただただ気持ちがよかった・・・・。 『うわっ!。』 不意に俺は目覚めた。 『ここはどこだ・・・・。』 そこは広い座敷であった。その座敷には、十人ほどの人間が集まっていた。 「いったい何の用で私たちを集めたのですか?。しかも、まだ朝の8時過ぎですよ。それにだ、なんで座敷なんですか。会議室とかあるじゃないですか。足が痛いんですよ。」 年のころは30歳前半くらいだろうか、その女性は見た目は清楚なのだが、態度が悪かった。尤も、よくみれば、わがままそうな感じはする。なんだかお高くとまった若奥様、と言った感じだ。 「ホントに頭に来ますわ。いくらなんでも、時間をもう少し考えていただきたいでわね。朝は忙しいんですのよ。」 こちらは、少々派手な女性である。年のころは40前後か。 「申し訳ございません。当方の都合でお呼び立ていたしまして。ですが、あなたたちにも大いに関係があることですのよ。それでもお忙しいというのでしたら、どうぞ遠慮なくお帰り下さい。」 話の内容から察すると、どうやらこの女性が皆を集めたようだ。ここはあの強欲じいさんの自宅なのだろうから・・・・すると、この女性があの強欲じいさんの奥さまと思われる。そう思うと、その女性、さすがに堂々としているように見える。まさか、こっちの派手な40前後の女性が奥さんということはあるまい。 「まあまあ、お静かに、落ち着いて・・・・。申し訳ないですな、この時間を指定したのは、私なんですよ。」 弁護士か?。おそらくはそうであろう。 「弁護士の先生がなんでまたこんなに早い時間に。そんなにお忙しいのですかぁ。」 ビンゴだ。妾と思われる女性が嫌味を言いはなった。 「いやいや、忙しいということではなく、この時間しか、皆さんが揃わないのですから・・・。ご了承いただきたい。」 「で、朝早くから呼び立てた理由は?。重要な話なんでしょうねぇ。でないなら、帰ります。」 「ふん、帰ればいいのよ。あんたなんかが来るような所じゃないのよ、ここは。下品な女め。」 「下品とは何よ!。あたしのどこが下品なのよ。あたしが若いからって嫉妬しているのね。」 「なんですって〜、泥棒猫の癖に!。許せないわ。どうしてこんな人を呼んだのよ!。」 「まあまあ、奥さま。落ち着いて。話が進みませんから・・・。」 エライところにきてしまったようだ。この状況から判断するに、どうやら遺産のことでの話し合いらしい。しかし、強欲じいさんは、遺産のことは弁護士に任せてあると、しかも、そっちは片付いていると言っていたように思ったが・・・。 「おふくろぉ、落ちつけよ、あぁ〜あ、かったりぃや。」 こいつが息子か・・・。すると、最初に発言した若奥様が娘か?。こんなバカ息子いたっけか?。確か、あの強欲じいさんの息子は会社の専務か何かを・・・。 『次男とかかな?。金持ちだから、あり得るかもな。できのいい長男、できの悪い次男。あるいは三男とか。まあ、よくある話だしな。』 俺はしらないうちにつぶやいてた。 『そいつは妾の息子じゃ。はぁ〜、やってられん・・・』 『うわ、びっくりした〜。いきなり声をかけないで下さいよ。』 強欲じいさんが後ろから声をかけてきたのだった。 『さっきからここにいたよ。お前さんが気がつかなかっただけじゃ。ところで、お前さん、なんでこんなところにいるんだ?。』 『あ、そうなんですか・・・・。あ、いや、私は・・・。』 しまったことをした。俺の計画では、初めのうちはこっそり覗いて様子を見ようと思ったのだ。で、しかるべききっかけを見つけ、強欲じいさんに話かけようと思っていたのだ。こっちの世界でも、会話ができるかどうかもわからなかったし、ここは慎重に・・・と思っていたのに、いきなり出くわしてしまった。ここはなんとか、いいわけをしないと・・・。まさか、様子を見に来ました、というわけにはいかないだろうし・・・・。 『あ、いや、なんだか、気になって会社に行ってみたんですよ。』 『お前さんの会社って・・・あぁ、出版社だったかな?。』 『はいはい、そうです。SANRYU出版です。』 『聞かんなぁ・・・、そんな出版社あったかな?。』 『ありましたよ。』 俺はそう言って、少しは知られている週刊誌の名前をいくつかあげた。 『あぁ、その週刊誌なら知っておる。わしも何度か取材を受けたし、いい加減な記事を書かれたな。誹謗中傷記事だったな、あれは・・・。』 そういって、強欲じいさんは俺を横目で睨んだ。 『それはご迷惑を・・・。まあ、政治関係は私じゃないので、何とも言えないんですが・・・。あ、私は流行りものや風俗系を書いていたんで・・・。』 『ほう、風俗とな。じゃあ、取材でいい思いをしたな?。』 『いえいえ、予算がなかったですから。私はインタビュー専門です。体験はもっと若手の体力のあるヤツが行くことになってますから。』 『なるほどな、そういものかな。ま、取材で風俗へ行ってもつまらんだろうしな・・・。そんなことはどうでもいい、何でお前さんがここにいるんじゃ?。』 『それはですねぇ・・・・。』 何かいい理由はないか・・・。俺は少々焦っていた。 『あの・・・久しぶりに会社に行ってみたんですよ。』 『やっぱり死んでからも会社が気なるか・・・。サラリーマンの性かのう・・・。』 『そうそう、なんだか気なりますよね、やっぱりね。』 『で、なんでそれがここにいるのじゃ。会社と近いのか、ここは。』 『あっ、いや、そう・・・なんですよ。近いんです。』 『近いから寄った・・・?。怪しいのう・・・。お前さんの会社はスキャンダル狙いの三流出版社だったなぁ・・・。』 まずい、非常にまずい。どうやって言いつくろえばいいのか・・・。強欲じいさん、政界のフィクサーだっただけに頭は切れる。じいさん、何を考え込んでいるのか。まさか、俺が取材者だと気付かれはしないとは思うが・・・。 『もしかしたらお前さん、会社で何か聞いてきたのか?。』 『な、何かって・・・・?。』 『トボケんでもいい。会社で噂になっているのじゃないのか。わしの家のことが。今ここで行われていることが。それで気になってきたんじゃないのか。まったく、記者根性とは嫌なもんじゃ。人の家の争い事や恥部をさらけ出そうとしておるのだろう。三流のゴシップ週刊誌がやりそうなことじゃないか。あぁ?そうなんじゃろう?。』 う〜ん、半分当たっているが、半分は違っている。しかし、俺はこれを利用することにした。 『は、はぁ・・・面目ないです。どうも生きているときの性質が抜けきらないようで・・・。それにしてもさすがに鋭いですね。すっかり見抜かれてしまいました。』 『ふん、やっぱりそうか・・・。で、どこまで漏れているんじゃ。妾のことはもちろんわかっているんじゃろうなぁ・・・。妾のバカ息子のことは?。どうなんじゃ?。』 困った。どう誤魔化そうか・・・。 『そ、そうですね。私も詳しくは聞けれなかったんですが、その、お妾さんがいることはわかっているようです。で、相続で揉めているんじゃないんかと・・・・。』 『う〜ん、そうか・・・。その程度か。本当だろうな。我らは死者だ、隠しても意味はないぞ。』 『か、隠してはいませんよ。』 知らないだけである。隠しようがない。 『ただ、その近々には取材に来るかも知れませんので、できれば前もってお知らせなどしたほうがいいんじゃないか、と思いまして・・・。』 『それでここに来たのか。』 『はい、そうなんですよ。ま、近くでもありますし。』 実際に会社から近いようなので助かった。俺の勤めていた出版社は、この屋敷から電車で15分くらいの・・・あ、そんなに近くないか。ま、都会人にしてみたら電車で15分は近いかな。 『そうか、もう漏れているのか・・・。まあ、仕方がないな。これもみんな身から出た錆じゃ。わしが悪いんじゃ・・・・。』 強欲じいさんは寂しそうに肩を落とした。じいさんには嫌な思いをさせたようだが、なんとか誤魔化すことができ、俺はホッとしていた。 『ところで、これは何を揉めているんですか?。確か、相続に関しては片付いているようなことをおっしゃってませんでしたっけ?。』 『あぁ?、うん、わしの土地や金、株などに関しての相続は片付いている。今揉めているのは、美術品に関してだ。これについては指示していなかった。』 『あぁ、そう言えば、そんなことを言っていましたね。奥さまとお子さんで揉めているとか・・・。』 『どうやら女房と子供たちは結託したようだ。話ができたのだろうな。あるいは、妾が乗り込んできたので結託したのかも知れん・・・。』 『乗り込んできたんですか、お妾さん。それにしてもある程度の財産はもらったんでしょうに。なんとまあ、欲の深い・・・。』 『いや、あれは違うんじゃ。』 強欲じいさんは、苦しそうにそう言った。 『あれは・・・あの女は妾は妾なんじゃが、昔にちょっと関わった女なんじゃ。いわば、二番目なんじゃ。』 『はい?、二番目?。』 『そうじゃ、正式な妾・・・妾に正式も何もないが・・・そいつには結構な財産を残してやったんじゃ。だから何も言ってくることはない。女房も承知だったし、できた女でもあったし・・・・。ところが、ほんの遊び心で手をつけた女がいてのう・・・。それがあの女じゃ。しかも、子供までできてしまった。』 『たちが悪い女・・・だったのですねぇ。あのバカっぽい息子さんは、本当のお子さんなんですか?。』 『まあなぁ・・・。一応、生前にDNA検査もしておいた。もめるといけないだろうと思ってな。結果は、ワシの子供だった。だから財産を残してやることにした。』 『ということは、ある程度はもらっているんですよね。』 『楽に暮らしていける程度にはな。だがな・・・。』 『それでは足りないと・・・。』 『そういうことじゃ。しかも美術品があったはずだと・・・。そこへ目をつけて乗り込んできたらしい。詳しくはわしにもよくわからんのだ。今回、こっちに戻ってきたら、前回揉めていた女房と子供たちがグルになっておった。なぜだろうと、話をよく聞いていたら、どうもわしがあっちで裁判を受けているときに、この女が乗り込んで来たらしい。美術品を分けてもらっていない、とな・・・・。』 そういうと、強欲じいさんは大きくため息をついた。ちょっと元気がないようである。ひょっとしたら、この分だと十分な供養がされていないのかも知れない。おそらくお坊さんは供養に来るだろうから、きっと普段が問題なのだろうと想像できる。きっと、強欲じいさんの祭壇には、線香もなければローソクの火も灯っていないのだろう。花もお供えもないのだろう。ここに集まった人々にとって大事なことは、供養よりも財産なのだ。 『元気ないですねぇ。まあ、これじゃあ、元気もなくなりますよね。』 『うん、まあ、そうなんだが・・・。それよりもな、困ったことに誰もわしの祭壇に手を合わせんのだ。線香もない、ローソクもつけない、花もない。陰膳など供えられたことなどない。おかげで力が出ないんじゃ・・・。お前さんは、会社に来るだけの力があったんだのう。いい奥さんだとわかる。毎日しっかりお供えをしてくれているのだろうなぁ・・・。あぁ・・・金がいくらあっても、これじゃあのう・・・。何のために財産を築いたのだか・・・。』 やはり俺の想像はあたっていた。強欲じいさんが哀れでならない。生きているときは、政界のフィクサー、政財界を牛耳る男、日本の陰の首相とも言われた人物である。それが今やたんなるショボイじいさんだ。死んでからこんな目に会うとは、誰も予想できなかったに違いない。 『ただなぁ、唯一の救いがあるんじゃ。』 『救いですか?。』 『そうじゃ。妾だけはな、わしのために陰膳を備えてくれる。位牌はないが、骨もないが、遺影を飾って、その前でローソクに火を灯し、線香を焚き、花を備え、手を合わせてくれるんじゃ。それだけが救いだのう。・・・・ここにいる連中は、一度もそんなことをしたことがない。あのバカ女とバカ息子などは、わしが残してやった金を遊びにつぎ込んでいるだけの大バカモノじゃ。少しでも金を絞り取ろうと乗り込んできたんじゃ。あんな連中にわしの大事な美術品を渡せるか!。美術品の価値などわからん連中に渡してなるものか!。』 『あまり興奮するとエネルギーを使い果たしますよ。・・・それにしても・・・ねぇ・・・。』 俺は何とも言いようがなかった。ある程度のもめ事は予想できたのであるが、こんな状態とは。これなら無理にここに来ないほうがよかったのかも知れない。今さらであるのだが。そんなことは口が裂けても先輩には言えないことなのだが・・・・。 『あの弁護士は、なかなかあれでしっかりしている。なんとかうまく納めてくれないだろうか・・・。』 強欲じいさんは、期待を込めた目で弁護士を見つめた。 『お前さんには、人間関係がよくわからんだろうから、この際だから紹介しておこう。あの年増の上品ぶっている女がわしの女房だ。その横にいるのが娘だ。なんであんなわがままに育ってしまったのか・・・・。』 そりゃ、わがままに育つでしょうよ。お金がい〜っぱいあるんですからね。世間でも特別扱いですからね、この一家は・・・。そのとき、(強欲じいさんによると)二番目の妾が大声をあげた。 「何よ、しかもよ、関係のない人まで座っているじゃないの。どういうことよ。」 「まあまあ、え〜っと・・・・その、いいんです。彼は息子さんの代理でして、息子さんの秘書をされている方ですから。」 「その通りです。この通り、委任状もいただいております。専務は多忙にて、このような席には出席できる時間がないので、私が代理で出席させていただきました。」 『そうじゃ、あの男が息子の懐刀、弁護士の資格も持っておる、息子の秘書じゃ。なかなか策士でのう・・・・。油断ならぬ男よ。その横にいる女が、女房の秘書じゃ。』 その女性は、ツンとしたメガネをかけていた。年のころは30代後半か。頭のよさそうな女性である。その女性が口を開いた。 「わたくしは、奥様の秘書でございます。奥さまの命に従ってここにいます。奥さまが退席しなさい、とおっしゃらない限り、ここで待機させていただきます。ただ、それだけの存在ですので何分、お気を遣わぬようお願いいたします。」 「ふん、汚いわね。私たちは、秘書とかも弁護士とかも、誰も味方はいないっていうのに。私たちはこの息子と二人だけなのよ。これじゃあ、不公平だわ。」 「まあまあ、この方たちはオブザーバーのような方ですので、何も差し障りはないですから・・・。」 「なあ、オブザーバーってなに?。まったくわけわかんねぇっての。何でもいいから早くおっぱじめようぜ。」 「まあ、オブザーバーも知らないなんて。大変賢いお子様でいらっしゃること。おほほほ。」 『娘さんて、なかなか嫌味なことを言いますねぇ。』 さすがお嬢様である。上品な嫌味が決まっている。 『なんであんなに育ってしまったのか・・・・。はぁ〜・・・。』 オレは、いや、あんたのせいだから・・・という言葉を飲み込んだ。じいさん、紹介するといっておきながら、すっかり意気消沈してしまった。無理もないかも知れない。可愛い娘のあんな姿は、父親なら見たくはないだろう。ましてや、その立場からしては・・・。 「あんたは黙ってなさい。まったくもう、恥かくじゃない。」 「だったら俺なんか連れてこなけりゃいいだろう。金になるからっていうから、ついてきてやったのによぉ。あぁ、面倒くせ〜。もう帰ろうかな。」 「帰られたらどうです?。これから法律上のお話ですから、あなたには理解できないことばかりですのよ。いてもいなくても同じだわ。」 「あんだと、ババァ。」 「バ、ババァ?。まあ、なんて失礼な。わたくし、まだ37歳ですのよ。年齢よりも若く見られるって言われるのに、ババァですって。先生、こんなクズ、つまみだしてください。お話にならないわ。」 「まあまあ、お嬢様、落ち着いてください。お嬢様ほどの方が、相手にされる人ではないでしょう。さ、お茶も配られたことですし、本題に入りましょう。」 弁護士の言葉に、とりあえずその場はおさまったようだ。いよいよ美術品の相続についてである。 『はぁ、やってられん・・・。わしの大事な美術品が・・・・。いったいどうなるのか。楽家の茶碗はどうなるのじゃ。利休の書は、小堀遠州の書は、織部の茶器は、あぁそうそう、藤原定家の掛け軸もじゃ。狩野の屏風は、いやいや横山大観だって速水御舟だって・・・いったいどうなってしまうんじゃ。』 たいそうな名前ばかりである。このじいさん、相当な蒐集家だったんだ。そんな名前を聞かされたら、誰だって眼の色を変えるだろう。総額は一体何億円になるのだろうか。もったいない話である。いっそのこと、国立博物館に寄贈でもしてしまえばよかったのに。ま、蒐集家はそんなことは考えないだろう。生きているときに博物館に寄贈するなんてことは。で、結局、遺族の手によってバラバラにされてしまうのである。遺族なんてそんなもので、美術品には興味なんてないものだ。あるのはその美術品の価値、である。お金に換えてしまえ、ということでせっかく集められた美術品も散っていくのである。だからこそ、流通もしているのだけど・・・。 『あいつらに美術品の価値などわからぬ。金にしか見えないだろう。心の目など持っておらぬからな。あぁ、嘆かわしい。情操教育を間違ったのか・・・。』 確かに間違っていますよ、あんたの情操教育は。いい美術品ではなく、高い美術品を見せてばかりいては、金でしか美術をとらえないですよ。安くても心に訴えかけるもの、無名であっても心に感動を与える美術や芸術に触れさせていないなら、そりゃあ、芸術を理解する心は育たないでしょう・・・。という思いは決して口にはせず、俺はただうなずいていた。 「では、発表いたします。」 いよいよ弁護士が何かを言うらしい。隣に座っている弁護士の秘書から書類をもらっている。いったいどう決着をつけるのか・・・。 「はい、これですね。え〜っと・・・・。なになに。ふむ。えっとですね。前会長が遺していかれた美術品は、その数152点ありました。それですべてです。で、すべての美術品にどれほどの価値があるのか、まずそれを調べねばなりません。そこで、優秀な美術品鑑定士に鑑定を依頼しました。もちろん、楽茶碗は楽家本家に、利休系のものは千家に、横山大観は大観記念館に・・・というように、専門分野に分けての鑑定です。ですから、この鑑定には信頼があります。決して、鑑定結果に不服を唱えないようにお約束願います。ほれ、この通り、鑑定結果は書類にしてもらっています。一枚一枚目を通しますか?。」 「いや、大丈夫です。先生を信頼していますから。皆さんもよろしいでわね。」 奥様が全員を眺めてそう言った。貫禄がある。迫力がある。あれじゃあ、誰も逆らいたくはないだろう。 「先生、先を・・・。」 弁護士は、うなずくと鑑定結果を発表し始めた。 「では、鑑定の結果を発表します。鑑定の結果、故人の所有していた美術品は・・・。」 し〜ん静まり返っている。 「総額・・・・125万円となりました。」 なんと・・・・。この金額に一同唖然であった。誰も何も言わない。いや、言えないのだろう。みな口をポカンと開けているだけだった。 「鑑定の結果、そのほとんどがニセモノだったのです。一部、本物が混ざっていましたから、それがこの金額となった訳でして、それを除けば、20万円ほどの価値しかないようでして・・・。みなさん、残念でしたねぇ。会長も騙されていたようですね。あはははは。」 この言葉に、俺の隣では、強欲じいさんが大変なことになっていた。 『ちょ、ちょっとしっかり、しっかりして下さいよ。』 『わしはもうダメじゃ。もう一度死ぬようじゃ・・・・。』 じいさんは、消えかかっていたのである。 つづく。 |