ばっくなんばぁあ〜4
第 二 章
「般若心経」の三
般若心経について、10回目です。今回は、今までの般若心経についてお話したことの総まとめ@として、般若心経を現代語でわかりやすく、物語風に説きます。では、どうぞ・・・・。 「多くの者たちよ、よくお集まりいただいた。これより、如来の真実の智慧の教えのうち、その中でも特に重要な部分について、お話ししよう。 観自在菩薩が修行をしていた時のことである。観自在菩薩は、如来の真実の智慧について、深く深く瞑想をしていた。如来の真実の智慧とは、いったい如何なるものであるか・・・・、そう瞑想していたのだね。 するとその時、思い至ったのだよ。 『そうだ、私達の見ているもの、見えるもの、目で見えるもの・・・・それらすべては、空なのではないか。さらに、肌で感じること、私達が身や心で受けること、感じることも空なのではないか。そうだ、こうした思い、心で思うことも空なのだ。だから、当然私達の行為も空なのだ。何か意識することも、実は空なのではないか。 そうだ、そうに違いない。一切は実は空なのだ。すべての存在、すべての感覚、すべての思い、すべての行い、すべての意識には、実体が無いのだ。即ち空なのだ。 すべての存在には『我』はないのだ。だから、存在するものに執着するのは愚かしいことだ。 たとえば、欲しいものに対していくら思いを寄せても、いくら執着しても、その欲しいものも、やがては無くなってしまうものであろう。その執着心は、行き場がなくなってしまう。 憎い相手がいたとしよう。その憎い相手に対して、憎い憎いという思いを抱くだろう。しかし、その相手が存在しなくなったら、その思いはどうなる。それこそ空虚な思いになってしまう。 その憎い相手が存在している間はどうだろう・・・・。いくら憎い相手でも、放っておけばいずれいなくなるのだから、そんな相手にこだわっていても仕方が無いことだ。虚しいだけだ。 愛する人に対してはどうか・・・・。その愛する人もいずれは、いなくなる。それにそういう思いはいつまで続くものだろうか。人間の思いはあやふやだ。人の心はうつろいやすい。 それと同様に、そべての存在もあやふやなのだ。うつろいやすいものなのだ。だから、そうしたあやふやなものから受ける感覚も、あやふやなものに対する思いも、そうしたあやふやな思いに基く行動も、意識も、みなあやふやなのだ。 そんなあやふやなものにこだわってはいけない。執着してはいけない。執着心をもってはいけない。執着した行動をとってはいけない。執着した意識をもってはいけないのだ。 そうか、わかったぞ。一切はあやふやな空なのだ。だから、執着してはいけないのだ。』 と、このようにこの世に存在するものや現象が、空であることを知ったのだよ。それで、執着心を起さない、という境地に至ったんだね。そのため、一切の苦しみや悩みを超越することができたのだ。 ここにいるシャーリープトラを始め、私の話を聞く人々よ、目で見えるこの世界、つまり現実世界は、空に異なることは無いのだよ。しかし、逆に空は現実の世界でもあるのだよ。 わかりますか?。 現実世界は即ち空であり、空は即ち現実世界なのだよ。 現実世界が空であることは、わかるね。観自在菩薩の覚ったことだね。現実世界に存在し得るものや現象は、実はあやふやなものであり、実体が無いものであり、やがては存在しえなくなるものなのだね。だから、執着する対象にはならない。すなわち、空なのだね。 現実世界に存在するもの、存在する現象は、執着するべきものではない、つまりは空なのだ。 空は、執着しない状態なのだから、その中には、現実世界の存在や現象も含まれてしまう。だから、空は現実世界そのものでもある。 難しいですね。わかるでしょうか。 同じように、他から受ける感覚も、あなた達が持つ想いも、あなた達の行いも、意識も、みんな空なのだよ。執着するべき対象ではないのだ。執着してはいけないのだよ。 人々よ。この世界に存在し得るものや現象は、執着するべき対象ではない、という状態になれば、つまり、空の目でこの世界を見れば、生まれることも滅することも無く、汚れも無く清浄ということも無く、増えることも無く減ることも無いんだね。執着心が無いから、執着が無いから、生まれることや死することにもこだわりが無い。だから、そういうことを意識しないんだね。 同じように、汚れや清浄と言うことにもこだわりが無いから、そうしたことを意識しない。増えようが減ろうが、そんなことも気にしない。なんにもこだわらないのだよ。 すべてに対し、こだわりの無い状態になれば、この世界に存在するものや現象も、そうしたものから受ける感覚も、想いも、行動も、意識も、みんな空気のようなものになってしまうのだよ。そうした、存在や現象、感覚、思い、行動、意識に対してこだわりがなくなってしまうのだよ。 だから、見たいとか、見ようとかも思わないし、眼で見える存在とかにも執着しない。 聞こうとか、聞きたいとか、耳に入ってくる話や音に対しても執着しない。 匂いをかぎたいとか、いい匂いとか、臭いとか、鼻で感じるにおいに対しても執着しない。 おいしいものを味わいたいとか、まずいとか、苦いとか、そうした味わいに対しても執着しない。 楽をしたいとか、快楽を経験したいとか、身体が辛いのは嫌だとか、身体に関することに対しても執着しない。 ああしたい、こうしたい、あれはしたくない、これはいやだ、と思う意識に対しても執着しない。 だから、美しいとか醜いとか、いい声だとか悪い声だとか、いい香りだとか臭いとか、美味しいとかまずいとか、気持ちいい感触とか気持ち悪い感触とか、いい思いとか嫌な思いとか、そうしたものは無くなってしまうのだよ。 そうした、眼で見える世界も、耳で聞こえる世界も、匂いの世界も、味の世界も、意識の世界もそうしたものすべてをひっくるめて、超越してしまうのだよ。 だから、空であれば、いつまでもこだわり続けている愚かな者も、その愚かな者がいなくなることも、関係なくなってしまうのだし、老いることも、死することもなくなってしまうし、老いや死がなくなってしまうことも無いのだよ。 私が今まで教えてきた教えも、そうしたことを学ぼうとしないものも、智慧も無智も、覚りを得ることも、そんなことも、全く関係なくなってしまうのだよ。 つまり、そんなことは、どうでもよくなってしまうのだ。一切にこだわりがなくなってしまうのだ。覚ろう、覚った、そんなことも、超越してしまうのだ。その超越した、という思いも、当然、「ない」のだよ。 それが、空なのだ。一切のこだわりがなくなった状態なのだよ。 これが、般若波羅蜜多という、如来の真実の智慧なのだよ。 菩薩である修行者は、この如来の真実の智慧・・・・一切のこだわりが無くなった状態・・・を得たから、心に何の疑いも無い。心に引っ掛かる事が無いのだね。だから、恐怖心も無い。すべての間違った考えや迷いから遠ざかってしまったのだよ。そして、究極の覚りに入ることのみを目的としているのだね。 私以前の仏陀も、私と同様に存在している仏陀も、これより未来に現れる仏陀も、みんな、この如来の真実の智慧を得たことによって、最上の覚りを得たのだよ。 わかりますか。それほどに、この如来の真実の智慧とは、すばらしいものなのです。 とはいえ、皆さんがすぐにこの如来の真実の智慧を得ることは難しいですね。いきなり、何のこだわりも無い状態になれ、というのは無理というものです。 しかし、その如来の真実の智慧には、実は、真言があるのです。このご真言は、神の言葉以上であり、大いなる言葉であり、この上ない言葉であり、この言葉に等しく素晴らしい言葉は存在しないという言葉なんですよ。 そういうご真言があるんですね。 皆さんは、それを唱えればいいのです。そのご真言を唱えれば、よく一切の苦しみを取り除いてくれるでしょう。その言葉は、真実の言葉であって、全く虚しいものではありません。 ですから、今、ここで教えておきましょう、如来の真実の智慧を現すご真言を。 それはですね、こう唱えるのですよ。 『ギャーテー ギャーテー ハーラーギャーテー ハラソウギャーテー ボウジーソワカ』 これが、如来の真実の智慧の言葉なのです。 さぁ、今、まさに如来の真実の智慧について、説き明かしました。これをよく実践してください。」 さて、どうでしょうか。般若心経の説くところがおわかり頂けたでしょうか。難しいですよね。ポイントは、「こだわるな」ということなのですが、それを実践することは、なかなかできないものです。 しかし、少しでもこだわりを持たないよう、執着を持たないよう、心がけたいものです。もし、こだわりの心がでてきたら、ぬぐいきれない思いに囚われてしまったら、その時は、唱えるのがいいでしょう。 「ギャーテー ギャーテー ハーラーギャーテー ハラソウギャーテー ボウジーソワカ」 とね。何回唱えてもいいでしょう。その囚われの心がなくなるまで・・・・。 般若心経は、大変短いお経ですが、その内容は、今まで見てきたように非常に深いものでした。弘法大師空海は、般若心経について 「般若心経は、仏教や密教においては、とても重要なお経である。だから、この般若心経を唱えたり、身に着けていたり、人々に教えたり、写経したりすれば、苦しみを取り除いてくれるし、楽を与えてくれるのだよ。また、般若心経の内容を習い、修行し、常に心に思っていれば、覚りを得ることもできるし、神通力を得ることもできるのだよ。」 と説いています。(神通力とは、まあ、一種の超能力ですね。不思議な力です。) どうです、般若心経はすごいお経でしょ。般若心経自体にも、「よく苦を取り除く」って書いてありましよね。 そうなんです。般若心経は、よく苦しみを取り除いてくれるんですよ。 で、どうすれば苦しみを取り除いてくれるかというと、まずは読むことです。これが最も重要ですね。読んで読んで読んで読み込んでしまえば、それは頭の中に入ってしまうし、ということは、いつも身に着けている、ということと同じになります。いつも般若心経に守られるようになるんですね。 それに般若心経は、読んでいればいつの間にか意味もわかってくるようになるんですよ。口では説明しにくいんですが、なんとなく意味がわかってくるようになるんです。心に響く、というか、わかるんですよ。 そうなると、心がすっと楽になるんです。自然に軽くなってくるんですね。 これはね、口では説明しにくいんですよ。体験してみないとね。それには、読むしかないんです。とにかく読む、です。何日も何日も、いつでもどこでも、暇があれば般若心経を読むようにする。何か心配事があれば般若心経を読むようにする。 そうすれば、そのうちに、あっ、と思うことがあるんです。あっ、そうだったのか・・・・、という感じをつかめるんですよ。あるいは、自然に涙があふれ、心がじんわりと温まってくるような、そんな感じに行き当たるんですよ。 そうすれば、苦しみなんてなくなっているんです。心が軽くなっているんです。今までの自分の愚かさに気づくんです。 心に迷いのある方は、般若心経をよく読んでみるといいですね。 また、般若心経は魔よけにもいいですね。鬼門に般若心経の写経をはっておく・・・・ということもいいことです。あるいは、金縛りにあうとか、よく幽霊を見る・・・なんていう方は、いつでも般若心経を唱えれるように暗記しておくといいと思います。般若心経を読んでいる間がない時は、最後の真言部分だけでもOKです。 般若心経のお経を枕元において寝てもいいでしょう。お守り用の小型の般若心経を身に着けてもいいですね。 般若心経を読むことの功徳を説いたお話を一つ紹介しておきます。 昔々の話です。難波に義覚という僧侶がいました。この方、常日頃、般若心経を読んでいました。 ある日の晩のこと、義覚さんの部屋が妙に明るいのを弟子が見つけました。で、その弟子は、不思議に思って、師である義覚さんの部屋に近付いていきました。 すると、あたりには芳香が漂い、部屋の中からは、義覚さんが唱える般若心経の声と、ものすごい光が漏れていたのです。そのお弟子さん、驚いて、そっと中をのぞきこんで、またまたびっくり。 なんと、義覚さんの口から、般若心経とともに、五色の光が渦を巻くように出てきているんです。で、その光は、義覚さんを包み込むと、まばゆいくらいに輝いたのでした。 一方、当の義覚さんはというと、翌朝弟子たちに 「夕べ般若心経を唱え続けていたら、身体が五色の光に包まれていた。それで、周りを見ると、なんと壁の外が見通せる。それどころか、寺の中、すべてが見通せるではないか。驚いて、そのまま般若心経をさらに唱え続けていたら、すべてが消え去っていた。己もなにもかも。これこそ、まさに般若心経の功徳であろう。」 と説いたのです。こうして、義覚さんとその弟子たちは、般若心経を唱え続け、覚りを得たそうです・・・。 さて、どうですか。こんな状態になるまで、般若心経を読み込むのは大変でしょうけど、それでも、読み続ければ、いずれ、気持ちが軽くなるときがくるんです。それが、般若心経の功徳なんです。 もう一つ、皆さんにぜひお勧めしたいことがあります。それは、写経です。般若心経の写経です。 写経については、ご存知の方も多いことでしょう。体験された方もいると思います。体験された方にお話を伺うと、ほとんどの方は、 「心が落ち着きました。」 「心が洗われたような気がします。」 などとおっしゃいます。 まさにその通りです。写経は、本当に心が落ち着くものです。写経をしている瞬間は、本当に「無」に近いような、そんな感じがします。お経を読むのとは、また一味違っています。 まあ、これも体験してみないことには、わからないことなんですけどね。そういうことは、どうしても言葉では言い表せないですね。実際に経験してみないことには・・・・。 写経は、心を軽くするための写経もいいのですが、祈願のための写経もいいと思います。ただ、その場合は、写経した般若心経は、お寺に奉納するといいですね。願い込めて写経して、その願いが成就するように、お寺に奉納するのです。それもいいことだと思います。 写経の用紙は、市販の写経用紙で大丈夫です。せっかくですから、写経の作法など(そんな大袈裟なもんじゃないですが)を、記しておきましょう。 まずは、写経ができる机と、用紙を準備します。途中邪魔が入らないように、電話は留守電にしておくといいですね。写経に使うペンは、筆が一番いいのでしょうが、筆ペンでも構いませんし、使い慣れていない方は、サインペンのようなものでも結構です。 さて、準備ができましたら、写経を始める前に口をすすぎ、手を洗いましょう。塗香(ずこう−手に塗るお香)がある方は、使用して下さい。 いよいよ写経を始めますが、その前に般若心経を読むといいですね。読める方はね。読めない方は、そのまま先に進んでください。 祈願のための写経は、願いを込めながら、一時一時丁寧に写しましょう。この際、字がきれいとか、速く写せたとか、そういうことは関係ありません。それよりも、あなた自身の思いを込められたかどうか、そこが問題です。 心を落ち着けたい、という写経ならば、ただ一心に写経することです。余分なことは考えずにね。 とはいえ、頭の中をいろんな思いが駆け巡っていくでしょう。いろんなことを考えてしまうでしょう。でも、それは流してください。思い浮かんだ事柄に引っかからずに、流すようにしてください。 そうして、一字一句丁寧に写していくのです。 さて、誰にも邪魔されず、心静かに写経できましたら、願いのある方は、手を合わせ、しっかり願いを込めておきましょう。願いのない方は、写経をできたことに感謝の合掌をしましょう。 で、般若心経をお唱えして終わります。 自宅では、なかなか静かに写経できない、というかたは、お寺でさせてもらうのもいいでしょうね。写経をさせてもらえるかどうかは、所縁のお寺にお尋ねください。私のところでは、ご希望があれば、受け付けております。 般若心経の功徳は、否、般若心経にかかわらず、お経の功徳というものは、実際にそのお経を読んでみないことには、わかりません。体験してみないとわからないことです。それは、理屈じゃないんです。本を読んでわかることではないのです。 まずは、お経を読む、写経をしてみる、そこからがスタートですね。 さて、長々と般若心経についてお話してきましたが、今回で最後です。いままでのところでわからないことがございましたら、それは、メールかもしくは「お気楽庵」でご質問ください。 |
第 三 章
「観音経」
今回から新しいお経のシリーズに入ります。・・・・と前回予告しておりました。タイトルにも 「第三章 観音経」 としました。が、しかし・・・・・。 その前に、そもそもお経とはなんぞや、ということについて、もう一度お話をしておきます。 これまで、このHPのほかのページで何度もお話してきましたが、バックナンバーを残していないため、 「お経ってなに?」 という質問が後を絶ちません。そのたびに何度もメールでお答えするのも面倒なので(いや〜、面倒くさいのはどうもいけません)、ここでもう一度、お経についてお話をしておきます。今まで、何度も読んでこられた方には、耳にタコ、もううんざり・・・でしょうから、今回は飛ばしてください。次回からは、本格的に「観音経」についてのお話しに入りますので。 ということで、今回は、おまけとして「お経とはなんぞや」というお話をさせていただきます。あしからず、合掌。 お経とはなんぞや・・・・。 お経というのは、簡単に言えば、「お釈迦様が説かれた教えをまとめたもの」なのです。 お釈迦様は、覚りを得て仏陀となられてから涅槃に入られるまでの間、数多くの教えを説かれてきました。35歳で覚りを得て、80歳で涅槃に入られたのですから、教えを説かれたのは45年間ですね。その間、休むことなく、一箇所に留まることなく、各国を廻りながら教えを説いてきました。そして、多くの悩める人々を導いてきました。また、多くの弟子を抱え、仏教教団というものを設立したのです。 そうして、お釈迦様は、数多くの教えを説いたわけなのですが、当時は現在のような「お経」というものはなかったのです。 当時の仏教教団は、お釈迦様の教えを「紙に書いて残す」という習慣がありませんでした。弟子の皆さんはじめ、在家の信者の方たちも、お釈迦様の教えをメモに残すとか、記録しておくとか、そういう行為はしなかったのです。ですから、現在見るようなお経は、お釈迦様がいらした当時は存在しなかったのです。そもそも、記録に残しておく必要などなかったのですよ、当時はね。 その理由は、当時のインド人の方たちは、抜群に記憶力がよかったということがあげられます。(否、現代でもきっとインドの人々は記憶力がいいとは思いますが・・・・)。 お釈迦様の教えを覚えていたのです。たとえ、忘れてしまっても、他の弟子に聞けばいいのだし、なによりもお釈迦様が存在していますから、忘れてしまったら教えてもらいに行けばいいのです。これほど確実なことはありません。 つまり、記録に残しておく必要がなかったわけです。なので、お釈迦様がいらした当時は、お経は存在しなかったのです。 ところが、お釈迦様が涅槃に入られてこの世にいなくなってしまってから、困ったことが起こりはじめたのです。 それは、三つありました。一つには、 「あぁ、ああしてはいけない、こうしてはいけない、とうるさいお釈迦様がいなくなった。ほっとしたなぁ・・・」 という弟子が現れたこと。戒律を破るものが出始めたのです。 もう一つは、 「教えを忘れてしまったよ。お前覚えている?」 「いや、私も忘れた・・・。困ったな。その教えについて知っているのは、遠くにいる長老だけだ。どうしよう。」 などと、教え自体を忘れてしまったり、聞き違えたりしたものがいたということ。それは、間違った教えが生まれてくる原因にもなるのです。 そして最後に、 「この教えの解釈はこういうことだよな。」 「いや違うよ、それはこういう意味だよ。」 と解釈に差が出始めたこと。つまり、人によって教えの解釈に違いが生まれはじめたのです。 どれも、お釈迦様がいらっしゃれば問題なく終わったことです。お釈迦様に質問すればいいのですから。また、戒律についても、仏陀であるお釈迦様がいらしたからこそ、破るものが少なかったのでしょう。お釈迦様の存在は、それほど大きなものだったのです。 こういうことがあったので、弟子たちは、 「これではお釈迦様が説かれたすばらしい教えが無くなってしまう。教えが、間違ったものになってしまう。」 と危惧したのです。 そこで、お釈迦様直属の弟子たちが集まって、戒律や教え、その教えに対する解釈について確認する作業が進められました。 それが、難しい言葉で言うと「仏典結集(ぶってんけつじゅう)」というものです。それは、お釈迦様が涅槃に入られて1週間後とも1ヵ月後とも言われております。いずれにしても、結構早くに教えの確認作業があったわけです。 その確認作業は、お釈迦様に最後まで付き添っていたアーナンダというお弟子さんを中心に進められました。アーナンダは、いつもお釈迦様のそばに一緒にいましたので、一番多くの教えを聞いた弟子だったのです。 その作業は、次のような形で進められました。 「このよう私は聞きました。世尊(せそん−お釈迦さまの事)が、○○国の××精舎にいらしたとき・・・・。」 と話し始めるように統一したのです。 それは、自分の意見を挿まないように、客観的に教えを述べられるように、どこで、誰が、どんな教えを聞いたか、という形でまとめられたのです。そこで、話しのはじめを統一したのです。教えの出所の証明を取ったわけですね。 こうして、戒律・教え・解釈についてまとめられたのです。特に教えについては、弟子たちお互いに、自分の弟子や在家の信者に教えを説くときは、 「このように私は聞きました。世尊が、○○国の××精舎にいらしたとき・・・・。」 と教えるように、統一したのです。お釈迦様が説いた教えなんですよ、私の教えじゃないですよ、ということを強調したかったのでしょう。 一回目の結集のときは、まだ教えの確認をしただけで、それを書いて残すことはされなかったようです。つまり、まだ弟子たちの頭の中にだけお経は存在しており、今の形のお経にはなっていなかったのです。 お経が現れるのは、もう少し後のことでした。 教えを紙に書く必要が生じたのは、やはり教えの混乱でした。偽の仏教教団も現れたかもしれません。あちこちでいろいろな教えを説く仏教教団が現れ始めたのです。 そこで、正当な流れを汲む仏教教団の弟子たちが集まり、教えを確認しあい、書いて残すことにしたのです。 書き始めは、もちろん 「このように私は聞きました。世尊が、○○国の××精舎にいらしたとき・・・・。」 です。もちろん、当時のインドの言葉、文字で書かれています。これが、中国に伝えられ、漢訳されました。それが、現在私たちが知っているお経なのです。 こうして 「如是我聞・・・・(是くの如く我聞けり)」 で始まるお経ができあがったのです。 これで、お経は、お釈迦様の教えが書かれている、ということがわかっていただけたと思います。 ところで、弟子たちが集まって確認しあったのは、教えだけでなく、戒律についてと解釈についても確認しあいました。これらも、お経とは別にまとめられました。それは、「律」と「論」と言われているものです。 こうして、「経・律・論」と三つの重要な教えがまとめられたのです。 余談ですが、この「経・律・論」をすべて修行した僧侶のことを「三蔵法師」といいます。有名な三蔵法師は、孫悟空の物語でも知られている「僧・玄奘(げんじょう)」でしょう。三蔵法師といえば、玄奘の事を指すくらいですが、本来は「経・律・論」のすべてを修行した僧侶のことを指し示すのです。 さて、そのお経ですが、大変な量になります。すべてのお経を集めると、小型の塔が一つ必要なくらいの量です。「八万四千の法門」といわれるくらい、様々な教えが、そのお経の中には含まれています。 出家者用の教え、在家者用の教え、菩薩を説いたもの、極楽を説いたもの、覚りそのものの世界を解き明かしたもの、たとえ話を多用したもの、空を説いたもの、禅を説いたもの、そして秘密の教えを説いたものなど、それはそれは、多種多様にわたります。 これが原因で宗派が生まれてくるのです。数多くある教えの中で、 「この教えこそ真実だ。」 と思って、それを人々に説いて廻り、その結果、その僧侶に従っていった人々が多くいれば、一つの宗派が生まれるのです。 しかし、もとはお釈迦様が説かれた教えの一部なんですよ。ですから、 「うちの宗派が一番だ」 ということはありませんね。どれも、お釈迦様の説かれた教えです。 この膨大な量のお経の中には、読むお経と読まないお経があります。 読むお経は、般若心経や観音経、阿弥陀経、法華経、理趣経などのようなお経です。それらは、 「読むだけで功徳がある。苦しみがなくなり、安楽を得ることができる」 と説いてあるお経です。お経の中に 「読むだけでいい」、「読むことが大事」、「読むことでも功徳がある」 と書かれているお経を読んでいるのです。 では、読まないお経は、どんなお経でしょうか。 それには、作法が説かれているものと、純粋に「教え」が説かれているものがあります。 作法が説かれているものは、おわかりでしょう。密教系のお経ですよね。秘密の作法や曼荼羅の書き方が説かれているのです。 純粋な「教え」が説かれているお経とは、どちらかというと出家者用の教えが説かれているお経です。諸行無常に始まり、涅槃寂静に終わる、仏教の根本が説かれているお経です。こうしたお経は、教えを学ぶためのお経であって、読むお経ではないのです。具体的に言えば、このHPの「とびらの言葉」に書かれているような教えが説かれているのです。こういう内容じゃ、それを学ぶことは大事でも、読むだけというのは重要じゃないですよね。 読むお経は、先ほど「読むだけで功徳がある」と説かれているから、と書きましたが、なぜ読むだけで功徳があるかというと、その内容に理由があるのです。 読むお経は、ほとんどが、その中で仏を讃えたり、菩薩を讃えたり、仏や菩薩の功徳を説いたり、仏や菩薩が、こういうことしましょう、こうしてあげましょう、といったことを説いているのです。いわば、仏や菩薩の誓願や功徳を説いているわけですね。 だから、読むだけでも功徳があるわけです。読むお経は、仏や菩薩の誓願書のようなものだからです。 だから、仏様や菩薩様の前で読むのです。 「仏様や菩薩様は、こういう誓いを立てられているのでしょ。ならば、苦しんでいる私を助けてくださいよ。」 というわけですよね。お経は、そういう意味を込めて読むものなのですよ。 (仏壇の前で読むときは、そうじゃないですよ。先祖に聞いていただくために読むのですよ。) さて、次回からお話しする観音経。これも「読むお経」です。ですから、その内容は、観音様の様々な働きが説かれています。観音様の前でこの経を読むときは、 「観音様には、このような誓いがるじゃないですか。ですから、なにとぞ、私の苦しみを取り除いてください」 と思いながら読むといいでしょう。そういうお経なのですから。 「観音経の1」 いよいよ、今回から「観音経」についてお話を始めます。その内容は、前半が散文形式、後半が漢詩形式で構成されています。詳しくは、本文に入ってからお話ししましょう。まずは、題名からですね。 「観音経」の正式な題名は 「妙法蓮華経観世音菩薩普門品第二十五(みょうほうれんげきょうかんぜおんぼさつふもんぼんだい二十五)」 といいます。頭に「妙法蓮華」とついていますから、観音経はいわゆる「法華経」経典の一部になります。「品(ほん)」というのは、「章」と同じ意味です。 ですから、「観音経」は、「法華経」の中の「25番目」のお経、ということですね。(法華経の構成については、また後日、機会があればお話しましょう。) ですので、観音経は「如是我聞(にょぜがもん−かくの如く我れ聞けり)」で始まっていません。 以前、お経は、お釈迦様の弟子が聞いた教えをまとめたもの、とお話しました。ですので、お経は、「如是我聞」で始まっています。ほとんどのお経が、このフレーズで始まっているのです。例外といえば、ぱっと思いつくお経では、般若心経と観音経くらいでしょうか。 なぜ、お経の中に、「如是我聞」で始まっていないお経があるのかというと、それは、長いお経の中の一部、もしくは、お経をまとめたもの、お経ではなく「論」であるからです。(「論」とは、お経を解説したものです。論をお経のように読む場合もあるのです。) 「観音経」の場合も、法華経の一部なので、「如是我聞」で始まっていないのです。観音経は、長い長い法華経の中の一部分なのです。 さて、前置きが長くなりましたが、題名について、もう少し詳しく解説いたします。 もう一度題名を書いておきます。 「妙法蓮華経観世音菩薩普門品第二十五」 これを訳してみましょう。 「妙なる法蓮華経の中の観世音菩薩の普く広い門についての教え、法華経第25章」 となりますね。少しずつ意味を見ていきます。 *「妙なる法蓮華経」 これは、「大変ありがたい、すばらしい法蓮華というお経」という意味です。つまり、「法華経」のことですね。 「法華経」は、多くの宗派でも重要な扱いをしています。その内容は、大変いい教えが詰まっております。解説本も市販されていますので、興味のある方は読んでみてください。 *観世音菩薩普門 観世音菩薩については、いまさら解説はいらないですよね。よくわからないという方は、このHPの「仏像がわかる菩薩編の「観世音菩薩」のページをご覧ください。 ここでよくわからないのは、「普門」という言葉でしょう。これは、「普く(あまねく)ひろく開け放たれた門」という意味です。 つまり、観音様は、誰に対しても「大きく門を広げ、来るものは拒まないんですよ」という意味なのです。観音様はどんな生き物に対しても、差別はしない、ということですね。頼ってくるものは、誰でも救いましょう、ということを意味しているのです。 以上をまとめてみましょう。そうすると、 「妙法蓮華経観世音菩薩普門品第二十五」 は、 「大変すばらしい法華経の中の観世音菩薩が広く差別なく救うという教えのお経。法華経第二十五章」 となりますね。この題名は、観音様の働き、そのものを表現しているのです。 「観音経の2」 今回から、観音経の本文のお話にはいります。・・・・と思ってましたが、その前に、少々解説しておいた方が「観音経」がわかりやすいのではないか、と思うことがあります。それは、観音経に至るまでのあらすじです。 前回、観音経は「如是我聞」で始まっていないお経、とお話しました。そうなんです。観音経は、いきなり、「無尽意(むじんに)菩薩」の登場から始まるのです。観音経の冒頭の部分は、 「その時、無尽意菩薩は立ち上がり、、お釈迦様に尋ねた・・・。」 と始まるのです。 観音経、否、法華経は一種の物語になっています。ですので、一連の流れや場面設定、状況がわかっていたほうが理解しやすいでしょう。観音経だけを解説することは、本来、小説の一部分だけを読むようなものになるからです。尤も、法華経は、各章ごとが一つの単独の物語のようになっていますから(章に渡って話が進んでいる場合もありますが)、単独で各章を読んでもわからないものでもありません。 しかし、やはりいきなり「その時・・・」と始まると面食らうでしょ。「その時っていつやねん!」と突っ込みたくもなります。 なので、まずは、観音経に至るまでのあらすじをわかりやすくお話ししておきます。 −−あらすじ−− マガダ国の郊外に、山頂にワシの形に似た岩がある霊鷲山(りょうじゅせん)という山があった。この山は、山頂が広場になっており、修行をしたり法話をしたりするのにちょうどいい場所であった。お釈迦差様は、この山を好み、多くの法話をされたのだった。 お釈迦様が、多くの弟子たちや菩薩、一般の信者たちとともに、この霊鷲山滞在していたある日のことである。。お釈迦様は、一般的な教えを説かれた後、深い瞑想に入られていた。そして、その眉間から一筋の光を放たれたのだった。その光は東方遥か遠くまで及び、数多くの佛国土を照らしていた。 この光景を目の当たりにした多くの弟子や信者たちは、なにゆえお釈迦様が光を放たれたか知りたがった。しかし、お釈迦様は瞑想中である。そこで、文殊菩薩が皆の疑問に答えた。 「お釈迦様は、今、偉大な真理を説こうとされているのでしょう。あの光は、その前触れなのでしょう。」 文殊菩薩がそういうと、お釈迦様は、瞑想から覚められ、弟子のシャーリープトラに告げた。 「文殊菩薩の言うとおりです。しかし、この教えは、とても深く覚り難い教えです。この教えを理解することはできないでしょう。今までの教えは、深い真理を教えるための方便なのです。あなたたちは方便を聞いていただけですから、その真理を、仏陀の覚りを理解することは無理でしょう。」(以上「序品(じょぼん)」) お釈迦様の言葉に、シャーリープトラは懇願した。 「お願いです、お釈迦様。どうか詳しくお説きください。お釈迦様の真意をお説きください。」 しかし、お釈迦様は、 「やめておきなさい、シャーリープトラよ。私がその真理を解き明かしたところで、誰も信じないでしょう。」 と断られたのであった。 が、シャーリープトラは再びお釈迦様に懇願した。それでもお釈迦様は断る。三度シャーリープトラは懇願した。 「仕方がない、そこまで言うのなら、この真理を説き明かしましょう。この教えは、今までにない深い教えです。これからそれを説きましょう。」 ついに、お釈迦様は今まで説いたことのないすばらしい真理を説き明かすことにしたのである。 その時であった。 「今更そんな話は聞きたくない。私はこれで十分です。もう悟ってますから・・・。」 などといいながら、多くの僧や尼僧、信者が立ち去って行ったのであった。お釈迦様は、 「これで、心の穢れたもの、うぬぼれ強きものがいなくなりました。残っているものは、本当に真理を求めているものたちだけになりました。それでは、これより本物の教えを説きましょう。」 といい、法華経という教えを説き始めたのである。(以上「方便品(ほうべんぼん)」) それは、覚りに至るには三種の方法がある、という話から始められた。その三種とは、お釈迦様の教えを聞いて修行する声聞(しょうもん)、自分ひとりで自然を見て、一人だけ納得して修行する縁覚(えんがく)、そして仏の教えを実践しながら、自分のことは後回しにして、周りの人々を救おうとする菩薩のことであった。この中で、完全な覚りを得るには菩薩の道が最高である、とお釈迦様は説かれた。 菩薩道こそが、覚りへの大きな乗り物なのであると、説かれたのだ。お釈迦様の弟子たちである声聞や、自分ひとりの世界にいる縁覚では、完全な覚りには至れないのであると説かれた。大切なことは、菩薩道なのであると。そして、誰にでもこの菩薩道を指し示すのだと説いた。なぜなら、生あるものすべては、仏の子であるからであると・・・。(以上「譬喩品(ひゆぼん)」) この話を聞いていたお釈迦様の直弟子たちは、みな目からうろこが落ちたような心境であった。そして、すでに覚ったのだ、もうやるべきことはないのだと勘違いしていたことを深く反省したのだった。そして、さらなる覚りの境地があることを知り、それを求める決意をしたのであった。(以上「信解品(しんげぼん)」) さらにお釈迦様は、仏の教えはすべてのものに分け隔てなく行き渡っていると説いた。しかし、受け取る側の資質の問題があため、また、それぞれの資質に応じて教えを説くから、教えも覚りも差があるように思えるのだ、説いた。本来は平等に覚りに向かうように教えを説いているのだと・・・。(以上「薬草喩品(やくそうゆぼん)」) そして、お釈迦様は、直弟子の一人一人に、遠い未来に必ず仏陀となることを、その時の名を予言したのであった。(以上「授記品(じゅきぼん)」) 遥か遠い過去の世に大通智勝佛(だいつうちしょうぶつ)という仏陀がいた。その時、その仏の教えを聞き、実践していた菩薩の中に、お釈迦様がいたのであった。それは、お釈迦様の遥か昔の前世であった。お釈迦様は、そのような遥か遠い昔より、この法華経を聞き、法華経を説いていたのであった。その頃のお釈迦様の教えを聞いていたのが、今の直弟子たちなのであると、お釈迦様は説き明かしたのである。(以上「化城喩品(けじょうゆほん)」) お釈迦様は、いずれ如来となるのは、直弟子の中でも。優秀であったものだけではなく、他の弟子たち・・・そこで教えを聞いていた者たちの中のうち五百人を指し示して、・・・・彼らもいずれ如来になるのだと説いた。(以上「五百弟子授記品(ごひゃくでしじゅきほん)」) さらにお釈迦様は、それまでに予言していなかったアーナンダやラーフラについても、遥か遠い未来に如来になることを告げた。(以上「授学無学人記録品(じゅがくむがくにんきほん)」) お釈迦様は、薬王菩薩に向かって法華経の功徳について説き明かした。 「薬王よ、私の入滅後、この法華経のなかのほんの少しの経文を聞いたり、唱えたり、あるいはたった一つの言葉でも聞いて、喜びの心を持ったものは、この法華経の功徳により、必ずや仏になれるのだ。」 と。さらに、 「この法華経を説くもの、唱えるものは、私の代理のものなのだ。」 とも説いたのであった。 そして、この法華経をそしるものがいたら、それは長きに渡って仏をののしる者の罪よりも重いのである、と説いた。なぜなら、この法華経は、非常に尊いもので、滅多に説かれることはなく、最も早く覚りに至れる教えだからである、と。 さらに、法華経を塔の中に収めて供養することや、生あるものに対し慈悲心を起こし、心を穏やかにして、空の状態になり、この教えを説くべきであると教えた・・・。(以上「法師品(ほっしほん)」) 「観音経の3」 今回も前回の続きで、観音経までにいたる部分の法華経のあらすじをお話しいたします。ただし、かなり乱暴に省略いたします。ご了承ください。合掌。 −−あらすじA−− お釈迦様が法華経の尊さを説いたその時、地面から巨大な塔がでてきた。その塔は、きらびやかな光り輝く宝石でできており、譬えようもないくらい美しいものであった。その塔は、どんどん上へとあがっていき、空中にとどまった。そして、塔の中から 「善きかな、善きかな、釈迦牟尼(しゃかむに)仏よ。大衆のためによく法華経を説いた。これらは、皆真実なり。」 という声が聞こえてきた。これに驚いた信者や弟子たちがお釈迦様にその声の主のことを訪ねた。お釈迦様は、この声の主は宝浄(ほうじょう)という仏国土の多宝如来であり、法華経が説かれるところに出現して、法華経を説く仏や法華経を聞く弟子たちを賞賛するのであると説き明かした。さらにお釈迦様は、多宝如来を礼拝するために数多くの自分の分身である仏や菩薩を霊鷲山(りょうじゅせん)に呼び集めた。そして、宝塔の扉を開け、多宝如来を多くの弟子たちとともに礼拝したのであった。多宝如来は、お釈迦様のために席を半分ゆずり、多宝如来とお釈迦様は並んで塔の中で座ったのであった。(以上「見宝塔品(けんほうとうほん)」) お釈迦様は、この尊い法華経に出会ったいきさつを話し始めた。それは、遠い遠い前世の物語であった。はるか遠い前世で、お釈迦様はある国の王であったが、「この上ない教え」を得るために王位を捨て、その教えを持っているという仙人の召使いとなった。そうして、お釈迦様は、前世において法華経という尊い教えと出会ったのであった。その時の仙人は、実はダイバダッタであった。ダイバダッタは、お釈迦様を殺害しようとした極悪人であったが、遠い前世では、善き師であり、善き友であった。ダイバダッタのおかげでお釈迦様は法華経に出会えたという秘密が明かされたのであった。そして、ダイバダッタは、気の遠くなるような時を経たのち、如来となることを予言したのであった。このあと、多宝如来とともに霊鷲山に来ていた智積(ちしゃく)菩薩が、文殊菩薩と問答を始めた。その問答の中で、竜の世界のなかでも法華経を理解するものがおり、そのものもやがて仏となることが明かされた。(以上「提婆達多品(だいばだったほん)」) その時、薬王菩薩と大楽説(だいぎょうせつ)菩薩が、お釈迦様の前に出て、今後どんな苦しみがあっても、身も命も惜しまず(不惜身命)、法華経を説き広めることを誓った。同じく、その場にいた弟子たちも法華経を広めることを誓ったのであった。そんななか、お釈迦様の乳母で尼僧のマハーパジャーパティーが、お釈迦様に尼僧もいずれ如来になれるのかとたずねた。お釈迦様は、女人であっても法華経の功徳により、仏になれる(女人成仏)と説いた。それを聞き、尼僧たちも法華経を広めることを誓ったのであった。(以上「勧持品(かんじほん)」 ここで、文殊菩薩が、法華経の広め方について質問した。お釈迦様は、法華経を広めるときは、「身・口・意・誓願に注意して実践すればよい」と説いた。身とは交際の仕方であり、自制心を持つことを示唆しており、口とは正しき言葉遣いのことであり、意とは愚かな心を捨て、深い慈悲心を持つことであり、迷いの中にある人々を救おうとすることが誓願であると、お釈迦様は説いたのであった。(以上「安楽行品(あんらくぎょうほん)」) ここまで説き明かした時、突如大地が割れ、4人の大菩薩をはじめ無数の菩薩が大地の中から現れた。それらの菩薩は、お釈迦様がこの娑婆世界で教え導いた菩薩であった。(以上「従地涌出品(じゅうじゆじゅつほん)」) ここでお釈迦様は重大な秘密を打ち明けた。それは、お釈迦様は、釈迦族の王子ではなく、それは仮の姿であって、実はすでに遠い過去世より、覚りを得て如来となっていた、ということであった。ただ、方便として人の生と死を見せているだけであり、本来の寿命はいまだ半分にもなっていないほどであることを明かしたのであった。(以上「如来寿量品(にょらいじゅりょうほん)」) そして、この如来の寿命は無量であるという秘密を聞いたものは、他の修行では得られない功徳を得ると説き、その言葉を聞いた多くの弟子や菩薩たちは喜びに震えるのであった。お釈迦様はさらに、この教えを信じるだけでもすばらしい功徳があるのだから、この法華経を供養し、教えを広めるものは、多くの功徳を得ることができると説いた。(以上「分別功徳品(ふんべつくどくほん)」) さらにお釈迦様は、その功徳はどんなものか具体的に指し示したのであった。(以上「随喜功徳品(ずいきくどくほん)」) 常精進(じょうしょうじん)菩薩という菩薩に、お釈迦様は、法華経を読み、人に聞かせたり、書写した、解説したりしたものの功徳が、目・耳・鼻・舌・身・心の六根を清浄にするだけでなく、それぞれに数多くの功徳を得るのだと説き明かした。(以上「法師功徳品(ほっしくどくほん)」) 次にお釈迦様は、極楽浄土から来た得大勢至(とくだいせいし)菩薩に話しかけた。その話は、ある菩薩の話であった。その菩薩は「常不軽菩薩(じょうふきょうぼさつ)」といった。この菩薩は、お経を読むわけではなく、教えを説くわけではなく、ただ「私はあなたを深く敬います。決して軽んじたりはしません。なぜなら、あなたは仏となる方ですから。」とだけ言い、礼拝するのであった。多くのものは、こういわれると気味悪がったり怒ったりして、その菩薩を迫害するようになった。それでも、常不軽菩薩の態度は変わらなかった。やがてその菩薩は、死期を迎えようとしていた。その時、如来が唱える法華経が聞こえた。菩薩はたちまち法華経を理解し、その功徳により、寿命が極めて長くなり、その後法華経を説くようになった。その菩薩とは、実はお釈迦様の前世のひとつであったのであった。(以上「常不軽菩薩品(じょうふきょうぼさつほん)」) ここまで説いお釈迦様は神通力によって、舌を梵天の世界までに伸ばし、あらゆる世界の如来や菩薩、神や人々、竜、夜叉、などの注意を引いた。そして、そのものたちは、口々に法華経の功徳を讃えあったのであった。(以上「如来神力品(にょらいじんりきほん)」) お釈迦様は、宝塔の中で立ち上がると、神通力により、菩薩たちの頭をなで、法華経を広めるように託したのであった。(以上「嘱累品(ぞくるいほん)」) 宿王華(しゅくおうけ)菩薩がお釈迦様に、この場にいる薬王菩薩について教えて欲しいと願った。お釈迦様は、優れた菩薩である薬王菩薩の偉大な前世について語り始めた。それは困難な修行だけでなく、仏と法華経のため、自らの身体を供養したというものであった。(以上「薬王菩薩本事品(やくおうぼさつほんじほん)」) 次にお釈迦様は、眉間から光を放たれた。それは、浄華宿王智仏(じょうけしゅくおうちぶつ)の国土まで届いた。その仏国土の妙音(みょうおん)菩薩は、この光を見て、お釈迦様の娑婆世界まで飛んできたのであった。そして、お釈迦様や多宝如来を礼拝したのであった。この様子を見た華徳(けとく)菩薩がお釈迦様に、妙音菩薩についたずねた。お釈迦様は、妙音菩薩の神通力について説き明かしたのであった。(以上「妙音菩薩品(みょうおんぼさつほん)」) さて、以上で、観音経の前までを簡単(簡単すぎるくらいに)に紹介いたしました。これで、観音経が説かれる背景や状況が把握できたかと思います。観音経は、いきなり説かれたお経ではなく、このような流れの中で説かれたお経なのです。 では、いよいよ次回から、観音経の本文に入ります。合掌。 |