ばっくなんばー15

 62.精舎
ビンビサーラ王は、大急ぎで仏陀とその弟子の食事を用意した。それは、各地の名産品をならべたたいそう豪華な食事であった。
「いいか、そっちの食事は山に運ぶんだ。こちらの食事は、晩餐会用の食堂へ用意しておくように。仏陀様たちが来られたら、すぐに食事をしていただく。そのあと、お話をしていただこう。」
ビンビサーラ王は、自ら指図をしたのであった。
そうこうするうちに、二十名の弟子を引き連れた仏陀が王宮にやってきた。王は、自分で率先して仏陀たちを出迎えた。
「仏陀様、こちらです。さぁ、どうぞこちらにお座りください。」
仏陀たちは、静かに、一言もしゃべらず広々とした食堂の椅子にかけた。
「さぁ、どうぞお召し上がりください。お口に合いますかどうか・・・・。あぁ、今、お飲み物を・・・。大丈夫です。お酒ではありませんから。」
ビンビサーラ王は、あたふたと動き回り、家来や侍女たちに指示を出した。
食事は、静かに進んでいった。誰もたいそうなご馳走を目の前にしてもはしゃぐことなく、笑うこともなく、ただただ淡々と食べ物を口に運んでいったのであった。ビンビサーラ王は、その様子を見て
(どなたも喜んでいらっしゃらない・・・・。口に合わなかったのだろうか・・・。どうすればいいかなぁ・・・。)
と心配になってきたのだった。すると、
「ご心配には及びません。国王が懸念されていることについては、後ほどお話いたしましょう。」
と静かに仏陀がいったのだった。

しばらくして、仏陀たちは食事を終えた。ビンビサーラ王は、おずおずと
「お口にあいましたでしょうか・・・。」
と尋ねた。
「ビンビサーラ王よ、食事の味・量に関して、何も心配は要りません。私たちは、誰も食事を楽しんで得ているのではないのです。」
仏陀は、優しい眼差しでそういった。王は、その言葉の意味がわからなかったようだった。
「それはどういうことですか・・・。」
「国王よ、私たち修行者は、食事は修行に耐え得る身体を維持するために得るものなのです。一般の人々のように、食事を楽しむ、おいしいものを求める、あるいは食事に不満を言う、味に文句をつける、ということはないのですよ。
修行者は、空をいつも感じています。一切は空です。私たちが見ているもの、音、匂い、味、感触などは、本来実体のないものです。そうした実体なきものにこだわるからこそ、迷いが生じるのです。目に見えるものにとらわれず、あるがままを見る。いい音いやな音・快適な音不快な音などと区別をしないで、音そのものを聞き、その音にこだわりを持たない。いい匂いいやな匂い、などと差別をせず、ただたんに鼻に入ってくるもの、と感じる。味もそうです。おいしいまずいなどと拘らないのです。感触に対しても、何の感想も持たないのです。すべてはあるがまま、なのですよ。
ですから、国王が用意してくださった食事に対しても、私も私の弟子も、何の不平不満もなく、また味に関してもおいしいとかまずいとか、口に合うとか合わないとか、量が多いとか少ないとか、そういった区別は一切ないのですよ。なぜなら、一切は空であり、実体のないものであるからです。
人びとは、その実体のないものに拘るから迷い、欲が出るのです。欲が出るから苦しむのですよ。その欲を超越するのが、私の教えなのです。そして、ここにいる弟子たちは、みなその欲を超越したものなのです。
したがって、食事に関しての心配は、必要ありませんよ。」
その言葉を聞いてビンビサーラ王は、
(やはり仏陀様は、本物の仏陀なのだ)
と感激したのだった。
「多くの有名な修行者が、いや、名も知られていないような修行者ですら、托鉢の食事に『こんなものを施すのか』とか『量が少ない』とか『まずそうだ』と注文をつけ、また食後には『あんなまずいものを施したのか』とか『今度はもっとうまいものをもってこい』とか文句を言います。そんな中で、仏陀様たちは食事に何の拘りもないという。また、みなその修行をしているのだという・・・。なんとすばらしいことでしょう。まさしく本物の仏陀様です。本物の聖者様たちです。
私は、本物の仏陀様に出会えたことを感謝いたします。今日のこの善き時間を私に与えてくださったことを感謝いたします。」
ビンビサーラ王は、深く頭を下げたのであった。また、その場にいた執事や家来・兵士たちも深く頭を下げたのであった。

仏陀は続けた。
「この世の苦しみの元は、欲です。自分が望むようにしたいが、望むようにならないから苦しむのです。
老いたくないのに老いてしまうという苦しみ、
病になりたくないのに病気になってしまうという苦しみ、
死にたくはないのに死んでしまうという苦しみ、
愛する人と別れなければならない、あるいは愛着のあるものを捨てなければならない、という苦しみ、
会いたくない人・嫌な人と出会わなければならない、あるいは怨みを持つもの不快に思うものと出会わなければならない苦しみ、
求める人やもの、欲しい人やものが手に入らないときの苦しみ、
身体と精神の均衡が崩れ、理由なく身体が動かなかったり、恐れが生じたりする苦しみ、
こうした種々の苦しみに囲まれて人間は生きています。しかし、その苦しみの元は、自然に逆らう欲望なのです。
老いるのは当たり前です。生きている以上、病気にもなりましょう、生まれてきた以上、死ぬのは当然です。
出会えば別れは必ず来ます。手に入れればいつかは手放すことになりましょう。
人間関係は複雑ですから、自分が好まない人とも出会わねばならないし、理不尽に怨まれたりすることもありましょう。一人で生きているわけではないですからね。
求めるものや人が何もかも手に入るということはありえません。自分ですら自分の思うように出来ないのです。ましてや、他人や他のものが自由になるわけがないでしょう。
身体と精神の均衡が崩れることもありましょう。
まさに、この世は苦の世界なのです。その苦の世界をしっかり認識することが大切なのです。この世は苦の世界であり、この世の存在は空であり、一切の物事は時に従い流れ変化していくものだ、と悟ることができれば、みなさんは誰も苦から解放されるのですよ。
まずは、諸行無常であること、一切は空であること、己という存在は実体のないものであること、この世は苦の世界であること、それを認識することです。現実をあるがままに見て、受け入れることです。」
この話を聞いて、ビンビサーラ王は預流果(よるが)という第一段階の悟りに達したのだった。
「仏陀様、ありがとうございます。なるほど、仏陀様のお言葉の通りです。私は政治を司っていますが、思うようにはなりません。なるほどこの世は苦しみの世界です。苦しいことばかり存在しています。私が思うように周りの人々は理解を示してはくれません。我欲に走る大臣たちもいます。くだらぬ策略を練っているものもおりましょう。まさに、苦の世界であり、嫌な人間とも出会わねばならないですし、望むもの・ことは、なかなか手には入りません。疲れ果て、身体と心が離れていってしまうような、そんな感覚も覚えます。
まさに、この世は苦の世界であり、誰もが老いを苦しみ、病を心配し、死を恐れ、別れに悩み苦しみ、人間関係に悩み、求めるものが手に入らぬと苦悶し、疲れ悩んでいるのですね。
あぁ、まさしく、それを認識すれば、心は楽になります。少し、ほんの少しですがわかりました。
あぁ、そうですね。何もかも流れているのですね。状況は絶えず変化している。しかも、実体などないんですね。その実体のない、変化しているものに拘って我々は苦しんでいるのですね。
自分で自分の首を絞めているわけですね・・・・。
わかりました。わかりました。あぁ、私はなんと言うくだらないことに悩んでいたのでしょう。これからは、仏陀様の言葉に従い、よりよい治世を心がけます。」
「おぉ、ビンビサーラ王は、預流果を得た。悟りの第一歩に踏み込んだ。今の気持ちを忘れずに国を治めてください。」
仏陀は、優しくビンビサーラ王に微笑みかけたのだった。

「ところで仏陀様、あれだけ大勢のお弟子さんたちと、あの山で修行されるのは何かと不便ではないでしょうか。できれば、もっと環境のよいところで修行していただきたいのです。そう思いまして、私が所持している竹林園が修行の場所にどうかと思いまして・・・。」
「ありがたい申し出です。確かに、あの山は、少々難儀があります。誰も不平不満は申しませんが、修行が遅れているものにとっては不安でしょう。国王がそう申されるのでしたら、ありがたく修行の場所として使用させていただきましょう。」
その言葉を聞いて、国王は喜び勇んだ。
「では、さっそく精舎を造らせます。修行に必要なものをおっしゃってください。まずは、沐浴所ですね。それから寝所、便所も要りますね。集会所も必要ですね。瞑想場所もあるといいですね。えぇっとそれから・・・。」
「国王よ、私の弟子たちの話を聞き、精舎を造っていただけますか。コーンダンニャ長老、ビンビサーラ王に必要なものを教えてあげてください。」
仏陀にそういわれたコーンダンニャは、早速ビンビサーラ王と話をした。

数週間後、ラージャグリハの街からそれほど遠くなく、また近すぎるこもなく、風通しがよく暑すぎることもなく、獣や毒蛇・毒虫などもいない、静かで、快適な精舎が完成したのであった。
仏陀と弟子たちは、早速その精舎に移動したのであった。そこは、竹林精舎と呼ばれるようになった。

そんなころのことである。ラージャグリハの東の郊外にサンジャヤという多くの弟子を抱えたバラモンがいた。その弟子のなかに、飛びぬけて優秀なものが二人いた。ウパティッシャとコーリタであった。
彼らは、二人とも財産家に生まれ、何不自由なく育っていった。二人とも大変頭がよく、いつの間にか二人の周りには、彼らにいろいろ教えてもらおうと500人ほどの仲間ができていた。しかし、やがて彼らはこの世の虚しさを知り、二人揃って修行するため家を飛び出てしまったのだった。驚いたことに、その後を500人の仲間もついていったのだった。
あちこちの聖者といわれる修行者のもとで修行をした二人だったが、どの聖者も
「ものたりないな、少しも真実をついていない。」
といって、去っていったのであった。そして、サンジャヤのもとに行き着いたのだ。500人の仲間を引き連れて・・・。
サンジャヤはたいそう喜んだ。一度に500人もの弟子が増えたのだ、喜ぶのは当然であった。
しかし、ウパティッシャとコーリタは喜んではいなかった。
「はぁ、サンジャヤもたいしたことはないな。何も真実をついていない。」
「ダメだな、サンジャヤは。理屈はいうが、実践がともなっていない。」
「あぁ、知識も少ないしな。」
「ウパティッシャの質問に答えられないからねぇ。しかし、本当に聖者はいるのだろうか・・・。」
「いるさ、必ずどこかにね・・・・。そうだ、コーリタ、二人一緒じゃなく、別々に聖者探しをしないか。で、見つかったら教えあおう。そのほうが効率がいいだろう。」
「そうだな、それはいい考えだ。」
「よし、じゃあ、私は北へ向かう。ラージャグリハは広いからな。北に向かって探すよ。コーリタはどうする。」
「そうだな、私は南に向かおうか。おそらくは、聖者といわれる人はラージャグリハから程遠くないところにいるだろう。お互い、抜け駆けはなしだよ。すばらしい聖者が見つかったらすぐに知らせてくれ。」
「もちろんだ、コーリタ。ちゃんと知らせるよ。君も頼むよ。」
こうして、二人は聖者探しに出かけたのだった。何も知らないサンジャヤは、
「最近、あの優秀な二人が来ないな。いったいどうしたのか。あの二人がいないと困るのだが。彼らがいてくれれば、わしは安心して弟子の指導を任せることができるのになぁ・・・。楽ができると思ったのに・・・・。まあ、そのうちに戻ってくるだろう。わし以上の聖者などこの世におらぬからな。ファッファッファ・・・。」
と一人でニヤついていたのであった。


63.高弟
サンジャヤのところから北に向かっていたウパティッシャは、街の噂話に耳を傾けていた。
「おいおい聞いたか、仏陀が現れたそうじゃないか。」
「あぁ、聞いたよ。ビンビサーラ王も帰依したって言うじゃないか。」
「いったいどんな人なんだろうねぇ、仏陀というのは・・・。」
「人じゃないよ、聖者だからな。もう普通の人とは違うんだよ。」
「だから、どう違うんだ?。」
「さ、さぁ・・・、よくわからねぇが・・・。俺は見たことないし・・・。」
「だったら偉そうに言うんじゃないよ。なんでも、もう少し北のほう・・・街の中心地より少し北へ行ったほうへ行くと、毎朝その仏陀が托鉢している姿を見れるそうだよ。」
「仏陀が托鉢するわけないだろう。仏陀だぞ。」
「バカだなぁ、お前は。仏陀だって人なんだろ。托鉢しなきゃ死んじゃうじゃねぇか。」
「いや、そうじゃなくて仏陀は偉い人だから、部下って言うの?、あぁ、弟子か、その弟子が托鉢するんじゃないのか?。」
「いやいや、仏陀だからこそ、自ら托鉢するんだそうだ。自分は偉いってふんぞり返ったりしないんだそうだよ。」
「へぇ〜、さすが、伝説の聖者だねぇ・・・。でも、それ本当かい?。」
街の噂は、どれもこれもほぼ同じようなものだった。
「そうか、もう少し北か・・・。ラージャグリハの中心地の北側か・・・。毎朝、托鉢に来るのか・・・。今日はもう遅い。明日しか仕方がないな。さて、その者が本当に仏陀なのか、見極める必要がある。もし、本物の仏陀ならば、コーリタにも知らせねばな・・・。うん、明日が楽しみだな。」
ウパティッシャは、そのまま北へ進み、明日の朝、托鉢に来るであろうと思われる仏陀を見極めるため、托鉢しそうな場所を下見しておくことにした。

翌朝のことである。ウパティッシャは、街の中をうろうろしていた。
「噂の仏陀は果たして現れるだろうか?。噂は噂に過ぎないのか・・・・。」
そう思っていたところであった。一人の修行者が托鉢しているではないか。
「な、なんと立派な立ち姿だ。あんな立派な姿をした修行者を見たのは初めてだ。修行者といえば、サンジャヤさんもそうなんだが、みんな薄汚れているからな。清潔感がない。くたびれた感じすらある。ところがあの方はどうだ。まるで輝いているようにすら見えるぞ。身なりも清潔そうだ。高価なものを見に着けているわけではないのにも関わらず、だ。ひょっとすると、あの方が仏陀なのかも・・・、否、きっとそうに違いない。今は托鉢中だから声をかけるのは失礼だろう。少し後を追って、手が空いたら声をかけてみよう・・・・。」
ウパティッシャは、立ち振る舞いが堂々としていて、清潔そうで神々しい修行者の後を少し離れてついていった。
しばらくすると、ようやくその修行者は托鉢を終えたようだった。街から外れて別のところへ向かうようだったのだ。ウパティッシャは、あわててその修行者に駆け寄り声をかけた。
「あの、あの、そこの尊いお方、ちょっとお待ちください。」
声をかけられた修行者は振り返った。その修行者は、ウパティッシャよりも随分若いようだった。
「あの、ちょっとお尋ねしたいのですが・・・。そのあなた様が托鉢している姿がとても立派だったものですから・・・。あの、あなた様が今街で噂になっている仏陀様でしょうか?。」
ウパティッシャは、直截に尋ねた。その修行者は、やや怪訝そうな顔をしたがすぐに微笑むと、
「いいえ、私は仏陀ではありません。」
「えっ、違うのですか?。」
ウパティッシャは、見る見るうちに落胆の表情へと変っていった。
「そんなにがっかりすることはありません。私は仏陀ではありませんが、仏陀様の弟子ではあります。」
「ど、どういうことですか?。あなたは仏陀様のお弟子さんなのですか?。」
「そうです。私は仏陀様の弟子です。」
ウパティッシャの目が輝き始めた。
「その方は、本当に仏陀様なんですか?。本当に覚りを得られた方なのですか?。」
「そうです。真実に目覚められた方です。」
「いったい、どんな教えをされるのですか?。ほんの少しでもいいですから、教えてください。」
ウパティッシャは、勢い込んでその修行者に迫った。が、その修行者は明らかに警戒の表情を示した。修行者はウパティッシャに尋ねた。
「あなたは、どこかの修行者ですか、それともバラモンですか?。私に何が聞きたいのでしょうか?。無益な議論はしたくないのですが・・・。」
そういわれたウパティッシャは、あわてて自己紹介を始めたのだった。
「あぁ、その、すみません。ついつい興奮して・・・。議論などする気はありません。そうですねぇ・・・では、私の話を聞いてください。
私はウパティッシャというものです。ラージャグリハから東へ行った郊外のウパティッシャ村のバラモンの子です。私は幼いころから、なぜに人はこの世に生まれそして死ぬのか、その理由が知りたくて、いろいろな聖者といわれる方の下で教えを請いました。しかし、どの聖者も満足な答えを与えてはくれませんでした。それどころか、聖者とは名ばかりで、多くは中身の薄いエセ聖者だったのです。それで、私は真の聖者を探すべくラージャグリハの街をさまよっていたのです。
すると、街中で仏陀が現れたという噂を耳にしたのです。その仏陀は、ラージャグリハの中心から北へ進んだ地域に、よく托鉢に来るのだと・・・。仏陀といえば伝説の聖者、真実に行き当たった覚者です。ぜひ会いたくなりました。噂の人物が本当に仏陀なのか、確かめたくなったのです。そこで、今朝からこのあたりをブラブラとしていたのです。仏陀に行き会わないかと思いまして・・・。
そうしていましたら、托鉢をしているあなた様を見つけたのです。失礼ではありましたが、あとをつけさせていただきました。托鉢が終わるまで声をかけられなかったのです。」
ウパティッシャの話を聞き、その修行者は微笑んだ。
「そうでしたか・・・。私はアッサジと申します。私は仏陀ではありません。しかし、私の師は仏陀様です。釈迦族出身で、人々はお釈迦様と呼んでいます。元、釈迦族の王子でしたがすべてを捨てて出家をし、覚りを得られ仏陀となられた方です。私たち弟子は世尊とお呼びしています。」
「お釈迦様・・・・世尊・・・・。で、そのお方、世尊はどのような教えを説かれているのですか?。ほんの少しでもいいですから、聞かせてください。お願いいたします。」
「そう・・・ですねぇ・・・。私は、修行を始めてまだ間もないので、うまく説くことはできませんが・・・・。」
「ほんの少しでいいのです。ぜひ、ぜひお願いします。」
「はぁ・・・、わかりました。では、ほんの少しだけですが・・・。世尊は因果と縁の法を解き明かします。この世は因果と縁によってできているのだ、と。」
アッサジは、そういうと歌い始めたのだった。
「ものごとは原因があって生じる   その原因を如来は説いた・・・・。
そしてまたその滅却をも  偉大なる聖者は解き明かしたのだ・・・。」
その短い歌を終えると、再び話し始めた。
「あらゆるものには原因があり、そこに様々な縁が絡み、そのためにすべてのものは生まれ起こるのです。そしてまた消滅していくのです。この因果と縁の教えを世尊は説かれているのです。」
「因果と縁・・・・。なるほど、すべてのものごとには原因がある・・・。そうなった原因がある、のですね。その原因から生まれ、またいろいろな縁が絡んで、育ったり大きくなったり、消えていったりするのですね。あぁ、そうかそうなのか・・・。原因と結果、そこにからむ縁・・・。そうかそういうことか、それで生があり死があるのか・・・。
あぁ、なんというすばらしい教えだ。ありがとうございます。」
「もしや、あなたは・・・。ウパティッシャとおっしゃっいましたか。あなたは、たったこれだけのことでわかったのですか?。」
「はい、こんなすばらしい教えは初めて聞きました。わかりました。もちろん、すべてがわかったわけではありません。しかし、その教え・・・因果と縁・・・それはすばらしい教えです。私の長年の疑問も解けそうだ。ありがとう、尊い教えをしてくださり、本当にありがとうございます。」
「そうですか、それは喜ばしいことです。よろしければ、私たちはこの先の竹林精舎と呼ばれている精舎に滞在しています。もちろん、世尊も一緒です。今から一緒に行かれますか?。」
「はい、ご一緒したいのはもちろんなのですが、私を待っている友人が一人いるのです。その友人に本物の聖者と出会ったことを知らせなければなりません。そういう約束をしているのです。ですので、その友人を連れて、あらためて竹林精舎へ向かいます。そのときは、よろしくお導きください。」
「もちろん、喜んで・・・。どうぞ、そのご友人と一緒に精舎へお越しください。きっとあなたの疑問は解き明かされるでしょう。」
そういってアッサジは去っていった。ウパティッシャは、その後姿をしばらく見送っていたが、
「早速、コーリタに知らせねば。喜ぶぞ〜。」
といってラージャグリハの南方面へと駆け出していったのであった。

コーリタは、自分のほうへ駆け寄ってくるウパテッィシャを見つけた。
「あれはウパティッシャじゃないか。何をあわててあんなに走っているのだ?。もしや、ひょっとして・・・・。おぉ、何か叫んでいる・・・。やはり、あの顔つきは・・・。」
「いや〜、よかった。はぁはぁ・・・、今日のうちに君に会えて・・・・はぁはぁ・・・よかったよ。はぁはぁ・・・・。」
「落ち着け、ウパティッシャ。その様子から察するに、君はすばらしい師に出会ったんだね?。顔も輝いているしね。」
「ふぅ〜、ようやく息が整ったよ。そうなんだ、コーリタ。とてもすばらしい教えを説く方がいらっしゃるのだ。驚かないでくれよ、その方は・・・。」
「待った。ひょっとして仏陀とかいうんじゃないだろうね?。」
「そうだよ、その通りだ。仏陀様が現れたのだよ!。」
「そ、それは本当なのか?。街で噂になっているのを小耳に挟んだのだが・・・。まさか、本当だとは思っていなくて注意していなかったんだ・・・・。」
コーリタは、悔しそうにそういった。
「ウパティッシャ、本当に仏陀なんだな?。」
「あぁ、本当さ。仏陀様に直接会ったわけではないが、そのお弟子さんに会ったんだ。」
「で、どんな教えを説かれるのだ。君のことだからそのお弟子さんに、教えを聞いたのだろ?。」
「あぁ、聞いたよ。教えてあげよう。仏陀様は、この世のすべては因果と縁でできている、と説かれるそうだ。すべての事柄には必ず原因があり、その原因にいろいろな縁が絡み合って結果が生まれるのだ、と説かれているそうだ。だから、生も死も、その原因があり、縁があって生まれ、そして死ぬのだ、ということになる。そこのところを詳しく説き明かしてくれるのだそうだよ。」
ウパティッシャの話を聞いたコーリタは、腕を組んで考え込んだ。しばらくして
「う〜む、なるほど。因果と縁・・・か。まさしくその通りだな。これはすばらしい教えだな。今までそんな教えを説いてくれた方はいなかった。なるほど・・・すべてのことには原因がある・・・か。そこに縁が絡んで結果が生じる、か。すごい、すごいじゃないか。まさにその通りだ。で、その教えを説かれる仏陀様は今どこにいるのだ?。もちろん、聞いてきたのだろ?。」
「もちろんさ。仏陀様は、ラージャグリハの北の郊外の竹林精舎という精舎に滞在していらっしゃるそうだ。今日会ったお弟子さん・・・アッサジ様というのだが・・・その方がいつでもいいから来なさい、といってくださったんだよ。」
「そうか、よし、じゃあ、早速行こうじゃないか。まだ日も明るいことだし。」
「あぁ、そうしたいところだが、すぐに行くわけにもいかないよ。サンジャヤに断りを入れなきゃ。」
「あぁ、そうか・・・。仕方がない、サンジャヤのところに戻って、お別れを伝えるか。まさか、サンジャヤも仏陀様の弟子になる、とは言わないだろうし・・・。」
「あぁ、言わないよ。彼は誇り高き人だ。中身は伴っていないけど・・・。それと、私たちと一緒に村からついてきた500人の仲間のことだ・・・。彼らをどうするかだ。」
「それは、それぞれの者が自分で決めればいいことじゃないか?。本人たちに決めさせよう。」
「そうだな、そうしようか。じゃあ、何も言わなくてもいいな。我々の姿を見て決めるだろう。」
「そういうことだね。」
「よし、ではサンジャヤのところへ戻るとしよう。」
ウパティッシャとコーリタは、サンジャヤが教えを説いている森へと向かったのだった。

「おぉ、皆のもの、わが高弟のウパティッシャとコーリタが戻ってきたぞ・・・。ウパティッシャにコーリタよ、このところ顔を出さないから心配していたのだ。身体でも壊したのではないかとね・・・。さぁ、ウパティッシャとコーリタよ、私に代わって皆に教えを説いてくれ。」
サンジャヤは、自分のほうに向かって歩いてくるウパティッシャとコーリタを見つけると、大声でそういった。
が、二人は何も答えず、サンジャヤのそばまで歩いてきた。
「どうしたというのだ。二人とも今日は変だぞ。」
サンジャヤの前に出ると、二人は揃って正座をして座り、頭を下げたのだった。
「申し訳ございませんが、ここを立ち去りたく存じます。」
「な、なんだと?。わ、わしの弟子を辞めるというのか?。」
サンジャヤの声はひっくり返っていた。
「はい、もうしわけございませんが・・・・。」
二人は揃って答えた。
「で、どこへ行くのだ。まさか、自分たちで一派を立てようとでもいうのか?。まあ、お前たちなら多くのものを導くこともできよう・・・。ここを去ってどうするのだ?。」
「はい、実は仏陀様がこの世に現れたのです。私たちは、その仏陀様の弟子になりたいのです。」
ウパティッシャがそういった。
「ぶ、仏陀だと?。た、確かに仏陀が現れたという噂は耳にしたことがあるが・・・・。そ、そんなものはインチキであろう。仏陀などこの世にいるわけがない。」
「いや、その方はこの世の因果を解き明かしてくれるそうです。なぜ生があり、死があるのかを・・・。」
今度は、コーリタが答えた。
「もし、よろしければサンジャヤ様も仏陀様のもとに行きませんか?。」
ウパティッシャは、一応問いかけてみた。答えはわかっていたのだが・・・・。
「ふん、何でいまさらわしが・・・。いいか、そんなものはまやかしだ。ウソに決まっておる。騙されておるのだ。そ、そうだ、この教団の代表をお前たちに譲ろう。今日からサンジャヤの教えではなく、ウパティッシャとコーリタの教え、と宣伝するがいい。どうだ、そうすればお前たちは有名な聖者になれるぞ。」
「私たちは、名前を売ろうとか、聖者になろうとか、そんなことは思ってもいません。真実が知りたいだけなのです。」
ウパティッシャが冷たくそういうと、コーリタと顔を見合わせ二人とも立ち上がったのだった。
「な、そ、そんな・・・。それじゃあ、まるでわしが・・・。頼む、頼むから行かないでくれ。」
サンジャヤは、跪いてウパティッシャたちにすがった。
「サンジャヤ様、最後まで聖者らしくしていてください。お願いします。」
コーリタがそういうと、二人はサンジャヤに背を向け、彼の教団を立ち去って行ったのだった。
「おい、行かないでくれ、頼む。君らがいないと困るのだ。・・・・・あぁ、行ってしまったか・・・。」
サンジャヤは、がっくりと肩を落として、その場にしゃがみこんでしまった。
「困ったのう・・・・。仕方がない。まだ、わしには750人の弟子がいる。まあ、そのうちの500人はあの二人が連れてきたものたちだがな・・・・。その500人が残っていればいいか。500人の弟子を残して行ってくれたのだから、許してやろう・・・・。」
サンジャヤは、ボソボソ独り言を言っていたが、ふと我が耳を疑った。弟子たちが口々にささやきあっていたのだ。
「おい、どうする?。俺たちも行くか?。」
「そうだな、そもそも俺たちはあの二人にくっついてここに来たんだからな。」
「サンジャヤの教えも会得してしまったしね。これ以上、奥はないようだし・・・。」
「俺は行くよ。あの二人についていく。あの二人が、すばらしい教えだ、といっているのだから、間違いはないだろう。」
「でもここだってあの二人が連れてきたんだよ。今度もたいしたことはないかもしれないよ。」
「そうは言うが、ここよりはましなんだろう。彼らがここを去るのだから。ここよりは上の教えを聞けるってことじゃないか?。」
「あぁ、そうだな。そういわれればそうだね。よし、じゃあ、俺たちも行くかい?。」
「もちろんだ。あの二人についていく、と決めて村を出たんだ。どこまでもついていくさ。」
その一言が決めてだった。750人の弟子のうち、500人のものは、口々に
「そうだな、あの二人についていこう。」
といいながら、ぞろぞろと去り始めたのだった。その姿を見てサンジャヤは、しばし呆然としていた。声すら出なかったのだ。
「あ、あう、あう・・・・。」
ようやく我に返ったサンジャヤは、
「い、行くな!。行かないでくれ〜。た、頼む。わしを見捨てないでくれ〜。帰ってきてくれ、お願いだ、帰ってきてくれ〜!!!。」
その叫び声は、彼らには届かなかった。
その場に残った、もともとのサンジャヤの弟子が、サンジャヤのそばによっていった。
「師よ、私たちが残っております。どうか、嘆かないでください。」
「え〜い、うるさい。カスが残って優秀なものが去ってしまったのだ。お前たちが残ってなんの役に立つというのだ。カスだけじゃどうしようもないんだ!。」
そういうと、サンジャヤは血反吐を吐いてその場に倒れ臥してしまったのだった。その言葉を聞いた残りの弟子たちも一人二人とどこかへ去り、その場にはサンジャヤ独りだけになってしまったのだった。

翌日の早朝、竹林精舎へ500人の修行者を引き連れたウパティッシャとコーリタが向かっていた。そのころ、仏陀が弟子たちに言った。
「コーンダンニャ、座を設けてくれないか。」
「わかりました世尊。が、こんな朝早く、どなたかやって来られるのでしょうか?。」
「あぁ、いずれこの教団の高弟になるものが二人、500人の修行者を連れて、間もなくやってくるのだよ。」
世尊の言葉に、コーンダンニャたちは驚いたのだった。


 64.陰口
竹林精舎は、大変広い土地にあった。入り口には門が作られ、その門を抜けるとしばらく小道が続いていた。小道の周りは竹林である。その道を奥へと進むと精舎があるのだ。精舎は、お釈迦様の教えを聞くための講堂を中心に、生活の場である僧坊や沐浴場・便所などの水場、瞑想するための広場などに分かれていた。弟子たちは、悟りを得た長老に従い、何人かの班に分かれて修行をしていた。精舎の掃除や片付けなどは、各班が周りもちで行っていた。門番の仕事もそうであった。
門を入ったすぐ脇には小さな小屋があった。その小屋には絶えず2名の年若い修行僧が交代で詰めていた。たくさんある班の中から、若い修行僧を2名ずつだして、交代で門番をしているのだ。
その日、門番をしていた若い修行僧は、大勢の人が竹林精舎に向かってくるのを見て驚いた。
「お、おい、たくさんの人がやってくるぞ。あ、あれは・・・なんなんだ?。」
「あれは・・・。身につけている衣装からすると、どうやらどこかのバラモンの弟子じゃないか?。あるいは、街中の聖者と言われる人の弟子かも・・・。」
「そんな連中が何をしにこっちに向かってるんだ?。きっと、ここに用があるんだよな?。」
「そ、そりゃあ、きっと・・・世尊に議論を吹っ掛けようとしてるんだろうな。これは、世尊にお知らせしたほうがいいな。」
「あぁ、そうだね。じゃあ、私が行ってくるよ。」
そう言って若い僧は精舎に向かって走り出したのだった。

「せ、世尊、大変です!、大変です。あ、あっちから・・・。」
「何をあわてているのだ。精舎の中をみだりに走ってはいけない決まりがあるのを忘れたのかね?。」
コーンダンニャが、若い僧に注意をした。
「いや、その、すみません。あ、でも・・・。」
「あわてないで、落ち着きなさい。どうしたのだね?。」
コーンダンニャの問いかけに若い僧は、深呼吸をしてから答えた。
「はい、他派のバラモンか聖者の弟子たちが大勢こっちに向かってやってきます。きっと、世尊に議論を吹っ掛けるんじゃないかと思いまして・・・。それで、どうしたらいいかと・・・。」
「世尊なら、先刻そのことはわかっていらっしゃるよ。500人ほどの人たちだろ?。それを率いているのは年長の者2名だ。」
「そ、その通りです・・・。えっ?、じゃあ・・・。」
「あぁ、その者たちが来られたら、奥へ通しなさい。世尊はお待ちだ。」
若い修行僧は、またびっくりして門のほうへと駆けていったのだった

若い修行僧に先導され、ウパティッシャとコーリタ、そして彼らを慕う500人の修行者たちが精舎の奥、お釈迦様の教えを聞くための場所である講堂に入った。
コーンダンニャは、あらかじめ仏陀に指示されていたので、何の支障もなくその者たちは講堂内に落ち着いた。また、他の弟子たちもその場に呼ばれていたのだった。何も知らされていない長老や弟子たちは、
「いったい何があるのだ。朝早くから全修行者を集めるとは・・・。」
「何でも世尊からお話があるのだそうだ。」
などとボソボソ話しながら講堂へと集まってきたのだった。
コーンダンニャの指示により、ウパティッシャらが率いてきた500人は前のほうに、その周りを取り囲むように以前からの弟子たちが座った。コーンダンニャは、仏陀の斜め後ろに控えた。
「よく来た。私は汝らを待っていた。ウパテッィシャとコーリタよ。」
弟子たちが座り、その場が静まると、世尊は言った。
「私たちの名前を知っていらしたのですか?。」
ウパティッシャは尋ねた。
「遠き前世より、汝らのことを知っている。汝らは、私が覚った真理、真実をよく理解し、世に広めるために欠くことのできない者となるであろう。ウパティッシャとコーリタよ、汝らは我が教団の二大弟子となろう。ウパティッシャは『智慧第一』と称され、コーリタは『神通第一』と称されよう。皆のものもこの二人によく指導されるようになるであろう。」
仏陀がそういうと、講堂内にざわめきが起きた。
「ど、どういうことだ?。あの二人が指導者?。」
「コーンダンニャ長老よりも上なのか?。」
「う〜ん、上下の差はないだろうが・・・、今日来ていきなり指導者と言われてもなぁ・・・・。」
「世尊はどうされたのじゃ。いったい、どういうことなのじゃ・・・。」
講堂内のざわめきは次第に大きくなっていった。
「せ、世尊・・・、このままでよろしいので・・・。」
コーンダンニャが後ろからあわてて仏陀に問いかけた。
「よい、いずれ静まるであろう。」
そういうと、仏陀は深い呼吸をし、瞑想に入ってしまったのだった。

講堂は、ざわついていた。あちこちで仏陀に言葉に対する批判がささやかれ始めていた。
「理解できない。世尊は何を考えておいでか。」
「たくさん弟子を連れてきたから、あの二人を持ち上げるようなことを言ったんじゃないのか?。」
「新参者は、末席に座るのが戒律じゃなかったのか。それを破るのか?。」
批判を口にしている者は、未だ悟りを得ていない弟子たちであった。その様子を困った顔をして眺めていたカッサパ長老が立ち上がった。
「よっこらしょっと・・・。いい加減にせぬか・・・・。いったい汝らはどなたの批判をしているのじゃ。よく見てみなさい。悟りを得た長老方は、何もなかったかのように平然としていらっしゃる。よいか、悟りを得たものにとっては、新参者だの古参だの、そんなことは関係のないことじゃ。古い新しいと区別をするのは、悟りを得ていない者だけじゃ。そんなことはどうでもよい。古いほうが偉いなら、わしは偉いことになる。が、わしも年若のヤシャ長老やアッサジ長老に従うぞよ。また、ヤシャ長老やアッサジ長老も、わしを立ててくれる。悟りを得るのに新しいも古いもないんじゃ。古いだの、新しいだのというところに真実などないのじゃ。そんなことに拘っているから、汝らは空すら悟れないのじゃ。」
カッサパ長老は、そこで一息ついた。
「ふぅ〜。年をとると、長くしゃべれんわい。よいか、世尊が、そこの二人がこの教団にとって重要な弟子になる、とおっしゃったからには、その言葉に間違いはない。世尊は真実しか話されないからのう。皆の者は、それを信じておればよいのじゃ。他の長老方も同じ意見だと思われるが、どうじゃな?。」
カッサパ長老の問いかけに、他の長老も
「同じく。カッサパ長老、よくおっしゃってくださった。私が言おうかと思っていたところだ。」
「その通りです、カッサパ長老。」
と声がかかったのだった。
「ふむふむ。こういうことじゃ。わかったかな、皆の者。」
カッサパ長老の言葉に、今まで批判をささやいていた者たちは、頭を垂れ深く反省したのであった。

「す、すばらしい・・・。すばらしい教えです。古い新しいもない、そのような区別に拘っているから真実が見えない・・・。はぁ〜、ここではそのようなことを教えていただいているのですね。なるほど・・・。区別するから真実が見えないのか・・・。あぁ、私はここへ来てよかったです。あらためてお願いいたします。私たちを弟子にしてください。」
そう言って頭を下げたのはウパティッシャであった。続いてコーリタも頭を下げた。
「私もよろしくお願いいたします。弟子の一人に入れてください。」
二人に習い、他の500人の修行者たちも頭を下げ、弟子にしてもらえるよう懇願したのであった。
仏陀は、その言葉を聞き、瞑想から目覚め、
「来たれ修行者よ。今日より汝らは我が弟子となる。」
と言ったのだった。こうして、ウパティッシャとコーリタ、そして彼らが引き連れてきた500人の修行者が新たな弟子となったのであった。ついに竹林精舎には、2000人を超える修行者が暮らすことになったのである。

「世尊、私たちは、このお二人をどうお呼びすればよいのでしょうか・・・。」
ヤシャ長老が仏陀に尋ねた。
「あ、あの、そのことですが・・・。」
おずおずとウパティッシャが言い出した。
「実は、私たちの名前・・・ウパティッシャとコーリタは、私たちのそれぞれの出身地の村の名前なのです。本当の名前は他にあるのです。できればその名前で呼んでいただいたほうがよいのですが・・・。」
「ほう、どういう名前なんだい?。」
他の長老が二人に尋ねた。
「私はシャーリープトラと呼ばれていました。彼は・・・。」
「モッガラーナという名前です。」
「じゃあ、これからは、シャーリープトラとモッガラーナと呼ばせてもらおう。」
こうして、ウパティッシャとコーリタは、シャーリープトラとモッガラーナと呼ばれるようになるのであった。いずれ、この二人は仏陀の予言どおり、教団の中心的役割を果たす弟子となっていくのである。

二人と他の500人の指導には仏陀が直接当たった。日々の生活に関しては、コーンダンニャが指導をした。シャーリープトラとモッガラーナは、仏陀よりも年は上で、コーンダンニャよりはやや下であった。二人とも同じ年、同じ月日に生まれていた。大変不思議な因縁で結ばれた二人なのであった。
シャーリープトラもモッガラーナも、もちろん他の500人の者も、真面目に修行をした。決められた規則を守り、当てられた雑務もこなしていた。
ある朝のこと、シャーリープトラが精舎の方角に向かって礼拝をしている姿をコーンダンニャが見つけた。
「シャーリープトラ、何を礼拝しているのですか・・・・。あぁ、世尊に対してですか?。あっ、でもそっちの方向に世尊はいらっしゃいませんよ。」
「いえ、コーンダンニャ長老様、世尊に対してではありません。」
「うん?、じゃあ、何か神にでも祈ってるのかい?。世尊は、神に祈ることをしないよう説かなかったかい?。」
「はい、そう説かれました。目覚めた者にたいしては、神々も羨む。神を礼拝する立場にならず、神から尊敬される目覚めた者になるがよい、と。」
「では、なぜ礼拝など・・・。しかも、あんな方角に向かって・・・。」
「はい、あちらにアッサジ長老様の房がありますので・・・。」
「あぁ、そういうことか。シャーリープトラ、君は律儀だねぇ。」
シャーリープトラは、仏陀のもとへ導いてくれたアッサジに敬意を表して毎朝礼拝をしていたのであった。

一週間もするとシャーリープトラとモッガラーナが率いてきた500人の修行者たちが阿羅漢果を得た。つまり、悟りを得たのである。
「彼らは、阿羅漢になった。悟りを得た。」
仏陀は、彼らを祝福した。しかし、シャーリープトラとモッガラーナは、未だ悟りを得てはいなかった。
「なんだ、世尊があんなに持ち上げたのに、あの二人はまだ悟りを得てないじゃないか。世尊も見誤ったんじゃないか?。」
「世尊でも間違いを犯すのかな?。」
再び、教団内には不穏な空気が流れたのだった。
長老たちは、
「人それぞれ機根(きこん、宗教的素質のこと)が異なる。機根が優れたものほど、それに目覚めるのが遅い場合もあろう。大きな器ほど反応が鈍いものだ。あの二人がまだ覚っていないからといって、世尊の言葉が誤りかどうかは、まだ決められないだろう。そんなことよりも、自分たちの修行だ。新参者に追い越されてしまったぞ。」
となだめていたのであった。
彼らが弟子になって10日ほどが過ぎたころ、モッガラーナが悟りを得た。
「モッガラーナが悟りを得た。彼は阿羅漢になった。」
仏陀は、彼を祝福した。モッガラーナは、悟りを得ると同時に、すばらしい神通力も得ていた。世尊は、そのことに気付き、
「神通力を無闇に多用しないようにしなさい。汝自身の心をよく制御するように。汝の神通力は、他の修行者・阿羅漢よりもはるかに力が強い。そのことをよく心得ておきなさい。」
と注意したのであった。
さらにその数日後、ついにシャーリープトラが悟りを得た。
「ついにシャーリープトラが阿羅漢となった。彼は、私の教えを円満に得ることができた。」
仏陀は、そう祝福したが、注意も忘れなかった。
「汝の智慧はすばらしい。他の誰もが及ぶことはないであろう。しかし、智慧が過ぎれば人はその者を遠ざけようとする。真の知恵者は、やたらその智慧を披露しないものだ。そのことを忘れぬよう、真の知恵者になるように。」
こうして、神通第一のモッガラーナ(日本では目連)と智慧第一のシャーリープトラ(同じく舎利弗)が誕生したのである。

ラージャグリハの街中では、一つの異変が生じていた。サンジャヤの高弟が500人もの修行者を引きつれラージャグリハの北の山にある竹林へ向かったことが、一気に仏陀を有名にしてしまったのである。さらには、ビンビサーラ国王も仏陀の信者であることが広まり、そのためか、上流階級の家のものや、大きな商家、武将たちも竹林精舎を訪ねるようになっていた。それどころか、そうした上位の階級の息子が出家を望むようになってきたのである。ラージャグリハは、今や仏陀とその教団の噂で大賑わいであった。そして、托鉢する仏陀の弟子の姿をみると、おかしな歌を歌うものまでが出てきたのである。それはこんな歌であった。
「マガダの山の都に〜  高僧があらわれて〜
サンジャヤの弟子をみなさらっていった。
さてお次は誰の番だろう・・・。」
仏陀の弟子たちは托鉢がしにくくなっていったのであった。
つづく。



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