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第77回
年をとっているから、苦労を重ねてきたから、尊敬されるのではない。
相手の立場をよく理解して、言葉を使い行動をする者、
そうした者こそが尊敬される人なのだ。

「若いんだから、もっと苦労をせい。何をいっておるのだ、そんなことくらいで挫けてどうする。わしの若いころはな、そりゃあもっと大変だったんだぞ。いい若い者が、くだらん。いいか、若者よ、働け、働け、苦労をしろ。もっと苦しめ、もっと悩め、そうすりゃあ、わしみたいに偉い人間になれるのだ。わっはっはっは。」
「また始まったぜ、グリハンダ爺さんの自慢話が・・・。今日は、『司令官の心得』って話のはずだったよな。それが自慢話になってるぞ。もううんざりだよな。」
「おい、気をつけろ、聞こえるぞ。あれで、耳はいいんだから。」
その日は、コーサラ国軍の兵士たちが、現役を引退した元上官の話を聞く日であった。体験談を語ってもらい、兵士の気持ちを引き締めようというわけである。その日の担当は、元の司令官であったグリハンダだった。
彼は、職人の家に生まれたが、次男であったため少年のうちから、コーサラ国軍の兵士に出された。もともと武家の出身ではない彼は、多くの苦労をして出世の道を進み、ついには司令官にまでなっていた。相当な苦労人であった。
「うん?、何か言ったか?。なんだ、おぉ、そうか、わしの話が面白いか。そうだろうそうだろう。よしよし、ではとっておきの話をしよう。そうじゃなぁ・・、あれはマガダ国との戦いの時だったな。昔はな、このコーサラ国もマガダよりは小さかった。戦いで、マガダから属国を勝ち取って、今のような広大な国になったのだ。そのとき、わしは随分働いたよ。わしはな、武家の出身じゃない。うちは、職人の家じゃった。わしは、子供のころから・・・・。」
「あ〜あ、もうんざりだ。俺は帰るぞ。後は頼むな。じゃあ・・・。」
そう小声で言い残してラーンクシャーは去っていった。
「なんじゃ、あの若者は帰るのか・・・。」
「は、はい・・・。仕事のようです・・・。」
ラーンクシャーの仲間は、適当に答えた。
「なに?、仕事?。ふん、わしの話より大事な仕事なんぞコーサラ国軍にあるものか、失礼なやつじゃ。どこの部隊の所属だ?。わしを誰だと思っておるのか。コーサラ国の軍隊では司令官を務め、その優秀さで名を轟かせたグリハンダ元司令官であるぞ。そのわしの話の途中で帰るとは・・・。いやはや、今のコーサラ国軍はたるんでおる。わしが若いころは、あのような態度を上官にすれば、即刻厳罰じゃ。いいか、わしの話はお前らにとっては役に立つ話なのだ。
そもそも、あのマガダ国の精鋭部隊を国境で押しとどめたのは、わしなのだ。あの時は、わしの作戦が的中した。尤も、わしの作戦はいつも的を得ているがな。わしはそのときの上官に進言した。そのおかげで、国境を守ることができたのだ。そんなことはよくあったのだ。わしは、そもそも敵の動きを察知する能力に長けていてな・・・。」
「くぅ〜、またあの国境を守ったのはわし、の話かよ。これで何度目だ・・・。もう、あの爺さんの自慢話には付き合いきれないよ。あ〜ぁ、俺も抜ければよかった・・・。」
「そりゃ無理だぜ。この先、出世しようと思ったら、我慢しなきゃな。わしの自慢話を聞け〜、に慣れないと。」
「出世?、どうでもいいよ。それよりも、ラーンクシャーのように自由に振舞いたい・・・。」
「なぁ、退屈だから、グリハンダ爺さんがどれだけ『わしが・・・』っていうか、数えないか。」
「そりゃ面白そうだな。よしよし、もうすでに・・・、20回以上言ってるぞ。」
若い兵士たちは、誰一人グリハンダ元司令官の話を聞いていなかった。そんなこととはまったく気が付かず、老兵は若き日の苦労話を嬉々として語っていた。

「どうして年寄りってのは、あんなに自慢話をしたがるのかねぇ・・・。」
ラーンクシャーは、武器が片付けてある建物にはいって、独り言をいった。そのとき、
「それはね、尊敬されたいからさ。」
と、声が聞こえてきた。自分しかいないと思ったラーンクシャーは驚いて
「だ、誰だ!、どこにいる!。」
と叫んだ。
「何もあわてることはない。俺も君と同じだ。抜け出したのだ。俺の名は、サーマンディ。よろしく。」
そういって武器の間から出てきたのは、ラーンクシャーと同じ年くらいの青年だった。
「尊敬されたい?。」
「そうさ、人はね、尊敬されたいんだよ。特に年寄りはね。大事にされたいんだな。もう年だから、だんだん相手にされなくなるだろ。だから、尊敬を得ようとしているんだ。」
「なるほど。それで自慢話をするわけか。しかし、それって返って逆効果じゃないか?。」
「その通り。自慢話をすればするほど、嫌われるんだけどね。本人は気付いちゃいない。それにだ、自分は、年をとっているし、その分たくさん経験をしているし、苦労を重ねてきたから偉い、とそう思いこんでいるんだな。だから、自慢話をする。」
「ふ〜ん・・・。でもさ、よく苦労話をするやつがいるけど、苦労したヤツってのは偉いのか?。俺にはそうは思えないんだが・・・。」
「ラーンクシャー、君の判断は正しいと思うよ。よく、若いヤツの間でも、苦労した人のことを立派だって褒め称えるけど、あれっておかしいと思う。」
「だよな。苦労したってことは、それだけ運がなかった、とも言えるしね。」
「運も才能もなかった・・・、だからこそ苦労した、ともいえるからね。」
「そうそう、そう思うんだよ。サーマンディ、君とは意見が合うね。現役を引退した爺さんたちの話を抜けるのは何回目だ?。」
「う〜ん、どうだろ、半分以上は抜けてるよ。君もだろ?。よく抜けるところとか、抜けたあとの姿を見かけるからね。」
「見られてたか・・・。ま、堂々と抜けるからいいんだけど。それにしても、この爺さんたちの話を聞く日、ってのいやじゃないか。止めて欲しいよな。」
「俺もそう思う。あぁ、だけど、ラトナーさんの話は、聞くといいよ。彼は、自慢話は一切しない。」
「そうなんだ。ラトナーさんえねぇ・・・。ラトナーさんといえば、グリハンダの前の司令官じゃなかったっけ?。」
「そうそう、グリハンダが『わしのおかげで司令官になれたラトナー』とかいってるラトナーさんだ。」
「あまり話をしないんじゃないのか?。」
「あぁ、滅多にしない。この『話を聞く日』も止めましょう、と国王に進言したそうだ。」
「なんで?。」
「軍隊はすべて経験である、その時々で対応は異なる、臨機応変に対応できるようにするには訓練しかない、年寄りの自慢話や苦労話など役には立たない、って国王にいったんだそうだ。」
「ふ〜ん。まさにその通りだな。苦労話なんて役に立たないもんね。自慢話をされてもうっとうしいだけだ。」
「その通り。彼ら現役引退した兵士は、尊敬を集めたいだけだからね。そのための話を聞く日、なんだろうけど・・・。みんなラトナーさんのような話をしてくれれば、聞くんだけどねぇ。」
「どんな話をしたんだ?。」
「あれは・・・、そう、君たち若い兵隊は、ともかく訓練をしなさい、そして、よく休みなさい、っていっていたなぁ・・・。班を分けて訓練する日と、休む日を交互にしたほうがいい、訓練しっぱなしは身体を痛めるだけだから、休みも大事だ、実戦形式の訓練でいいのだ、昼のとき、夜のとき、分けて訓練をすればいい、って。あ、それから、街の治安のために見回りは絶対に怠るなとも言っていたな。街の人に頼りにされる軍であって欲しいとね。それぐらいのことをいっただけで、後は寝てろって感じで終わったよ。疲れていた兵隊たちにとっては、ありがたかったよ。」
「へぇ〜、そういう話なら聞けるよな。しかも、寝てろ、ってのはいいねぇ。俺たちの気持ちをよくわかってくれている。」
「ホント、そうさ。自慢話はしないし、苦労話もしない。今、役に立つ話をしてくれるから、聞けるよ。普通、ああいう立派な肩書きを得た人は、そこに至るまでの自慢話をたっぷりするんだけどね。ラトナーさんはしないな。同じ年寄りでも大違いだ。」
「グリハンダ爺さんにも見習ってもらいたいくらいだな。」
「そりゃあ無理だ。グリハンダはラトナーさんを見下しているからね。」
その通りだった。グリハンダは、少しも威張った態度をしないラトナーを見下していた。バカにしていたのだった。彼は、胸を張って堂々として、苦労話を聞かせれば、若い者の尊敬を集められると思い込んでいたのだ。現役を引退しても、若い兵隊たちを叱り飛ばすのが、尊敬されることだと信じていたのである。だから、現役を引退すると、軍隊の訓練を見に来てもニコニコしているだけで帰ってしまうラトナーをバカにしていたのだ。
『あいつは、怒れないんだ。腑抜け野郎だ。わしがいなかったら、上官になどなれなかったのだ。』
そう思い込んでいたのである。

ある日のことだった。ラトナーが軍隊の訓練を眺めているところにグリハンダがやってきた。
「ラトナーさん、なんだ、あなたもやはり今の若者が歯がゆいんだな。だから、こうして心配して見に来ているんでしょう?。」
「おぉ、グリハンダさんか。いや、私は、ただ見に来ただけだよ。家にいても退屈なんでね。なんだ、あんたは違うのか?。」
「あんた、心配じゃないのか、今の若者が!・・・。うん?、なんだね、それは・・・。弁当か?。」
「あぁ、そうだよ。若い人たちが元気に動いているのを見ながら食べる弁当は格別でねぇ。あんたも食べるかい?。」
「ケッ、何をのんきな・・・。いいですか、彼らには、わしたちがしたような苦労をさせなきゃいけないんだ。もっと激しい訓練をしなきゃいけないんですよ。」
「いやいや、皆さん結構大変な訓練をしていますよ。私たちのころよりも、よく動いている。」
「そんなことじゃあ、若い兵士になめられますよ。尊敬されない。もと上官として恥ずかしくないのですか?。もっと、堂々として、胸を張って、こうですねぇ、こうやって身体をおこして・・・。」
「威張った態度をすればいいのですか?。」
「いや、そうじゃなくて・・・。」
「どうだというんですか?。わからないなぁ・・・。」
「そんなそこら辺にいる爺さんのようじゃ、尊敬されないですよ。若い兵士からバカにされる。」
「尊敬されませんか?。それじゃあいけませんか?。」
「いけないでしょ。バカにされてもいいんですか?。」
「バカにされますかねぇ・・・。まあ、そんなことはどうでもいいじゃないですか。彼らは彼らなりに、一生懸命やってるんですから。年寄りがいまさら何を・・・・。彼らにすべてを託したのですから、彼らに任せておけばいいじゃないですか。」
「それが歯がゆいといっているんですよ。苦労が足りないのだ、あんたも若者も・・・。あぁ、くっそ〜、もういい。おい、こらそこ、たるんでおるぞ。もっと身体を使え!。努力が足りん!。」
「あぁ、うるさいですねぇ。せっかくの弁当がまずくなる。仕方がない、帰りましょうか・・・。」
ラトナーが帰ろうとした、そのときだった。若い兵士たちが二人の年寄りのほうに集まってきたのだ。ニコニコと手を振りながら・・・。
「ほら見なさい。みんな私のことを尊敬している。しっかり面倒を見てやっているからね、私は。どうだ、訓練は進んでいるか〜。」
グリハンダは、笑顔で若者たちに呼びかけた。しかし、返ってきたのは
「ラトナーーさん、帰るんですか?。どうでしたか私たちの新しい訓練は?。」
という言葉だった。グリハンダは唖然とした。
「な、なんで、わしに聞かんのだ。わしのほうが訓練に関しては熟知しておるぞ。こ、こんなラトナーなんぞに聞いても仕方がなかろう。」
「なんだ、グリハンダじじいもいたんだ・・・。はぁ〜、しまった。ラトナーさんだけかと思った。」
「これこれ、そういうことはいってはいけないよ。グリハンダさんも、君たちが心配できてるんだからね。」
ラトナーが、そういうと若者たちは反発し始めた。
「この際だから言わせてもらいます。グリハンダさん、うっとうしいんですよ。我々の訓練は、グリハンダさんから見れば生ぬるいかも知れませんが、時代も武器も戦いの仕方も昔とは随分変わっているんですよ。兵士の性格も。それに今はお釈迦様がこの世に出現されて、殺生をすることを皆控えています。ただただ、昔と同じ訓練をすればいいというものではありません。状況は刻々と変っているんです。昔のまま時が止まっている人に、とやかく言われたくはない!。」
「これ、君は何を言っているのだ。」
怒ったのはグリハンダではなく、ラトナーであった。
「そんな態度はいくらなんでもよくないな。確かに、君たちの立場はあろう。しかし、グリハンダさんの立場もあるのだ。よいかね、それがわからねば、君もよい上官にはなれないよ。よい上官になるには、兵士たちから尊敬を受けなければいけない。尊敬されなければ、誰も話しなど聞いてくれないからね。では、尊敬されるためにはどうすればよいのか。相手の立場をよく理解をして、その上で話をし、あるいは行動をすることなのだよ。相手の立場をわからずに、あるいは無視をして、ただただ注意したり、怒ったり、威張って見せても誰も尊敬はしてくれないのだよ。わかるかね?。」
ラトナーは、優しく諭した。
「はい、私が間違っていました。ついつい、その・・・いつも不満に思っていたので・・・。」
「あ、あの・・・ちょっといいいかな・・・。」
そういったのはグリハンダだった。
「いつも不満に思っていたとは、どういうことじゃ・・・。」
若い上官は、答えに困った。そこにラーンクシャーがやってきた。
「グリハンダさんの自慢話には、みんな困っているです。苦労話にも。そういう話をいくら聞かされても、我々には何も響いては来ないんですよ。はっきり言って申し訳ないです。」
そういって、ラーンクシャーは頭を下げた。
「ひょ、ひょっとして尊敬されていたのは、わしではなくラトナーさんか・・・。」
「そうです。ラトナーさんは、現役時代の自慢や苦労した話は一切しませんでした。我々の立場をよく理解して、我々がどうすれば最もよいかをいつも考えてくれてました。随分と助けられています。そうですね、上官。」
ラーンクシャーは、自分たちの上官に話を振った。
「そうなんです、グリハンダさん。先ほどは失礼をいたしました。」
「なんじゃ・・・・、誰もわしを尊敬していないのか・・・。それなのに、こんな単なる爺さんを尊敬していたのか。弁当を食べながら訓練を眺めているだけの、弱弱しい爺さんを・・・。なぜだ、どうして・・・・。」
「グリハンダさん、あなたは尊敬を集めたいことばかりに気が行っていたのだよ。そこで勘違いが生まれたんだ。尊敬されるには、立派な態度でなくてはいけない、とね。若者にバカにされてはいけない、とね。しかしねぇ、いくらガンバッテみたところで、若者には勝てないよ。いくら威張って見せたって、かえってバカにされるだけだ。もっともらしい苦労話をしても、うっとうしいと思われるだけなんだよ。何の効果もない、むしろ反発を食うだけだ。尊敬を集めたいのなら、尊敬されようと思わないことだ。ただ、相手の話をよく聞き、相手の立場をよく考え、その上で言葉をかけるなり、何か行動をしてみるなり、するのだよ。そういう人間こそが尊敬されるのだ。わかったかね、グリハンダ・・・。」
ラトナーの言葉を聞き、グリハンダは
「ありがとうございます。わしは勘違いをしておった・・・。そのことに気付かせてくれたのは、君たち若い兵士とラトナーさん、あなただ。今後は、苦労話や自慢話などせず、威張ったりもせず、肩肘張らずに若い者たちに接するよ。あぁ、そうだ、明日からはわしも弁当を持ってきて、一緒に食べながら訓練を見てもいいかな、ラトナーさん・・・。」
「もちろんだ。楽しく若者の動きを眺めようじゃないか・・・。」
このこと以来、グリハンダの自慢話や苦労話は、聞かれなくなったそうである。

「・・・・さて、このように兵士であっても尊敬される人物はどんな人物であるか、ということに気が付く。君たちは、出家者だ。その出家者が、そのことに気が付かないでどうするのだね?。いくら年をとっていても、いくら苦労を重ねていても、そのことで威張って見せたり、自慢をしたりすれば、尊敬などされないのだよ。苦労したことは、胸のうちに収めておけばよろしい。苦労しようがしまいが、そんなことは現状ではどうでもよいことなのだ。年よりだからといって、尊敬されるものではないのだよ。尊敬に値する人物とは、相手や周りの立場・環境・状況をよく考慮して、相手に正しい言葉をつかい、欲にとらわれない行動をするものなのだ。そのことを忘れぬように・・・。」
そう説いたお釈迦様の前には、年老いた修行者が数人、頭をたれて座っていたのであった・・・・。


「わしはこんなにも苦労して今の地位にあるんじゃ。どうじゃ、すごいだろ〜。」
みたいに威張っているお年よりがいますが、こうなるとかえって尊敬できませんよね。世の中には、やたらと苦労話をする「名士」の方がいますが、しらけますよねぇ。うんざりです。本人は、尊敬されたいのでしょうけどね。言外に
「だから俺は偉いんだ、尊敬しろ。」
という言葉が見え隠れしてますからね。バレバレなんですよね。
誰でも人から蔑まれたり、バカにされたり、下に見られたりするのは嫌でしょう。尊敬されたい・・・と思う方は多くはないと思いますが、でもそう思う方はいるんですよね。で、そういう方に共通しているのが自慢話や苦労話なんです。
でもね、尊敬されたいのなら、苦労話や自慢話は控えたほうがいいですよ。

よく苦労話をする人がいます。お酒を飲む場所では、よくある光景だと思います。しかし、この苦労話というのは、あまり聞きたくはないですね。ほとんど参考にはなりませんから。
「へぇ〜、大変だったんですねぇ。それに比べたら僕なんか、まだまだ甘いですねぇ・・・。」
「そうだろ、そう思うだろ。お前の苦労なんぞ、苦労のうちに入らないぞ。もっと苦労すればいいんだよ。」
という会話は成立はしても、現実にはあまり役には立たないんじゃないでしょうか。他人の苦労話を聞いて、現状の問題が解決すれば、苦労はありませんよねぇ。

「若いときの苦労は買ってでもしろ」
といいますよね。でも、買ってまで苦労はしないほうがいいんじゃないかと、私なんかは思ってしまいます。できれば、苦労はしないほうがいいですからね。できれば、安穏にのほほんと生きたいですからね。
それに人によって苦労の度合いは違いますからね。
とんでもない目にあって、傍から見ればすごく苦労しているように見えていても、当の本人は平気、ってこともありますからね。
それに、一番思うのは、苦労自慢って、ようは「いかにその人が運が悪かったかを自慢している」わけでしょ。それって滑稽ですよね。少しも自慢になってない。むしろ、恥ずかしい話でしょう。
ここで勘違いしてもらっては困るのは、「努力した」というのと「苦労した」ということの違いです。目的に向かって、努力し続けてきた、ということは大事なことでしょう。ただ、それを苦労したんだと人に語ってしまうと、せっかくの努力も水の泡のように思えてしまうんですよね。黙っていれば、その人が努力したことって、にじみ出てくるものなんですけどね。

苦労って、解釈の仕方で大きく変るものだと思います。苦労の度合は、人それぞれ違うものでしょう。すごく小さなことでも苦労したと思う人もいれば、すごくつらい目にあっているのに苦労してないと思う人もいますからね。苦労は、個人個人のものであって、人に自慢話として披露するものじゃあないんですよ。そんなことは自慢にもなんにもなりません。そんなことで、部下や周りの人からの尊敬を得ようと思っても無理な話です。
私が知っているお坊さんの中にも、やたらと苦労話や自慢話をする方がいらっしゃいますが、聞くに堪えないですね。ご本人はまったく気が付いてないどころか、みんな自分のことを尊敬している、と思い込んでいるようです。哀れなもんですよね。まあ、そのかたもご高齢ですので、いまさら真実を教えるような非情なことはしないほうがいいでしょうけどね。

それにしても、もし、あなたが尊敬を得たいと思うのなら、自慢話や苦労話はやめることですね。また、年寄りだから大事にしろ、などと甘えぬことです。お年寄りでも大事にはとてもできない・・・というお年よりもいますから。
大事にされたい、尊敬されたい、と望むのなら、周りの人たちの立場や環境、状況をよく考えて行動したり、話をしたりして欲しいです。わがままにならず、頑固にならず、自分のことばかり考えず、周囲にいる人たちの気持ちも考慮して欲しいですね。そういうことができる人こそが、尊敬に値する人なんですよ。
年齢を経るほどにわがままになるのではなく、経験を重ねているからこそ、他人の気持ちをよく理解できるようになるはずでしょう。
いくら苦労しても、いくら経験があっても、それを自慢するだけでは尊敬はされません。苦労と経験を黙って生かさないとね。

私も嫌われないように、苦労話はしないようにしましょう。気をつけないとねぇ・・・。合掌。


第78回
愚か者ほど、他人からのよい評判を望み、尊敬されることを望み、
権力を振るうことを望み、接待や優遇されることを望む。
お釈迦様の弟子にスーリヤという初老の修行僧がいた。彼は、早くからの出家者であった。お釈迦様が覚りを得てまもなくのころ、お釈迦様は火の神を祀っていたカッサパ三兄弟に教えを説き、火の神を祀ることで真実を得ることはできないと教化(きょうげ)したことがあったが、スーリヤはそのカッサパ三兄弟の弟子の中の一人だったのである。カッサパ三兄弟は、お釈迦様の教えに触れ、お釈迦様の弟子になることにした。それに伴い、カッサパ三兄弟の弟子たちも全員お釈迦様の弟子になったのだった。スーリヤも、そのときに一緒にお釈迦様の弟子になったのであった。
時は流れ、お釈迦様にも多くの弟子ができ、悟りを得るものも多く出てきた。悟りを得たものは、故郷に戻って布教活動をしたり、布教の旅に出たりしていた。カッサパ三兄弟も例外でなく、出家してしばらくしてから悟りを得て、今ではかつて自分たちの教団を築いていたウルべーラの森に戻っていた。昔のカッサパたちの弟子で悟りを得た者の中には、一緒にウルベーラについていった者もいた。
「はぁ〜あ、カッサパ様たちもウルベーラに戻ってしまったか・・・。悟りを得たからな、どこへ行くのも許しが出るからな・・・・。かつてカッサパ様の弟子で悟りを得た者も、もうほとんどここにはいないな。残っているのは・・・俺のほかは2〜3人かな・・・。寂しいものだな・・・。」
スーリヤは、ぶつぶつ独り言を言っていたのだった。祇園精舎の奥のほうの木の下でのことであった。
「なんだスーリヤ、瞑想の修行をしていたのではないのか。」
そうスーリヤに声をかけてきたのは、スーリヤと同じく昔はカッサパ三兄弟の弟子だったタラマカーンだった。彼は、時間はかかったが、すでに悟りを得ていた。当然、長老の仲間にも入れてもらえていた。
「いや、瞑想していたさ。俺はいつでも修行をしているからね。」
「何をいまさら・・・。ウソはいけないって世尊はいつもおっしゃってるじゃないか。そんなんだからいつまでたっても神通力の一つも使えないのだ。それでは長老にすら入れてもらえないじゃないか。行いが正しければ、悟りを得てなくても長老にはなれるものを・・・。」
「う、ウソじゃないさ。瞑想していたんだ。」
「まあいいよ、君がそういうのなら。ブツブツ言っていたことは聞かなかったことにしよう。」
タラマカーンの言葉に、スーリヤは横を向いて口を尖らせて言った。
「いったい何の用だ。こ、こんな奥のほうに、長老様が来るような用事はないぞ。」
「そうふてくれてはいけないよ。用がなければ来ないのだから、用件はあるのだ。」
「用件?、なんだそれは・・・。」
「いや、鷲の峰の精舎のことだよ。あの精舎の管理者であった長老様が涅槃に入られた。入滅されたのだ。そこで、どなたか長老様の中から鷲の峰の精舎に管理者として行って欲しいとの話が世尊からあったのだよ。」
「そ、そんな話、俺には関係ないじゃないか。長老様たちで話し合えよ。」
「スーリヤ、人の話は最後まで聞くものだ。鷲の峰の精舎は、深い森の奥を行ったところで、結構な高さのある山なんだ。長老の中であの山を登れるのは、私以外にいないようなのだ。」
「ならば行けばいいじゃないか、タラマカーン様が。」
「そうも言っていられないのだよ。私は、故郷に戻ることになっている。」
「そ、そうなのか・・・。タラマカーンは、確か南のほうだったよな・・・。」
「あぁ、そうだ。南のほうだ。小さな国の小さな村だよ。誰もあんな奥地には布教に行きたがらないからね。幸い私は出身地だから・・・。まあ、それはどうでもよいのだ。それよりも鷲の峰の精舎の長老だ。これが誰もなり手がないので困っているのだ。で、長老たちが集まって相談をした。その結果、各長老が鷲の峰の長老になるのに相応しい人物を推薦することになった。それで、その中から世尊に選んでいただこうと、そういう話になったのだ。」
そこまで聞いて、スーリヤは内心喜び始めていた。
(ひょっとして俺を推薦してくれるのか?。いかんぞ、まだいかん、顔に出してはいかん。ニヤニヤするな・・・。)
スーリヤは、心と裏腹に、ふてくされた態度で言った。
「ふ〜ん、で、誰を推薦するんだ?。」
「もちろん、君だよ。」
(やった〜、これで俺も認められるぞ。みんなからも一目置かれるに違いない。・・・いや、まてよ、推薦されるだけではいかんぞ。長老に選ばれなければな。ここは慎重に・・・・。)
「君ももう随分修行期間が長いだろ。何年になるかなぁ・・・。カッサパ様たちと一緒に世尊の弟子になったのはいつだったか・・・。今はあの時の仲間は君以外にいなくなった。カッサパ様についていった者、布教のため故郷へ帰ったもの、辺鄙な地域へ進んで布教に行った者・・・・。みんなバラバラになった。まあ、途中で逃げ出したものもいるしな・・・。そんな中で、君はまだ行き先が決まっていない。悟りは得ていないが、修行はできていると思われるし、戒律も守っているようだ。問題も起こしていない。いつも一人で黙々と修行している姿は立派なものだ。君はみなの前に出てこないから、君のことはあまり知られていない。そこで、私は君を推薦しようと思ったのだ。君のような真面目な修行者をみんなに教えてあげたいのだよ。どうかな、引き受けてくれるかい?。」
スーリヤは、この言葉を聞いて天にも上りそうな気分だった。が、そんな気持ちはおくびにも出さず、
「まあ、君の頼みなら引き受けてもいいが・・・。俺でいいのか?。」
「あぁ、もちろんだ。助かるよ。なかなかいい人材がいなくてね。経験も態度も申し分ないと私は思っている。まあ、そういうことだから、これからは特に修行してくれよ。問題を起こさないようにな。頼むよ・・・。」
そう言い残して、タラマカーンは去っていった。その後姿が消えてからスーリヤはようやく喜びを顕わにしたのだった。
「あははは・・・。ようやく俺にも運が向いてきた。鷲の峰の精舎か・・・。まあ、ちょっと不便だが、そこの長老となれるなら十分だ。ふふふふ。これでみんなからも尊敬される。第一の長老としていろいろ指図もできる。威張ることもできるのだ。たまにはふもとの村に下りて、村長から接待を受けることもあるだろう。いいぞいいぞ・・・。なんとしてもその長老の座をいただかねばならない。なんとしてもな・・・。」
スーリヤは、ニヤニヤしながら考え始めたのだった。

次の日、あまり他の修行者の前に出てこないスーリヤが、みんなの前に出てきた。
「皆さん、もう聞き及んでいるかな?。」
スーリヤは、開口一番そういった。みんなはスーリヤの姿を見て呆然とした。
「えっと・・・、スーリヤさんでしたっけ?。どうしたんですか、急にみんなの前に出てこられて。いつもは一人で修行してますよね。」
スーリヤは、他の修行者の様子に少し拍子抜けしたが、
「そ、そうか、まだ聞いていないのかな。えー、このたび鷲の峰の長老に推薦されたのだ。そこで、ちょっとみなさんにも挨拶をしておこうかと思ってね。」
「あぁ、そうですか。それはおめでとうございます。」
「で、いつから鷲の峰に行かれるんですか?。」
「いや、まだ決まったわけではないのだ。推薦された・・・・といいうだけで・・・。」
スーリヤの声はだんだん小さくなっていった。
「あぁ、そうですか・・・・。その、何ていっていいかわかりませんが・・・、大変そうですね。」
「うん?、そう、そう大変なんだよ。何人か推薦されたのだが、長老になるのは一人だけだからね。」
「スーリヤさんなら有力かもしれませんよ。」
「そ、そうかな?。私の評判は・・・いいかな?。」
そう聞かれて、その場にいた修行者たちは困ってしまった。ほとんどの者がスーリヤを知らないのだ。
(誰だ、有力だなんて言ったヤツは・・・。喜んじゃったぞ。)
(何て答えればいいんだ?。こんな人知らないよ・・・。)
(ここは下手なことはいえないな。正直なことを言って怨まれたら大変だ。)
皆はそれぞれその場を取り繕うことを考えていた。
「その・・・、よくはわかりませんが、評判はいいんじゃないですか・・・。なぁ、みんな・・・。」
「あ、あぁ、いいんじゃないですかねぇ・・・。いいと思いますよ。」
「ほう、そうか、いいか・・・。そうだろうな。私も長く修行しているからな。問題も起こしていないし。なぁ、ちょっと聞きたいのだが・・・。」
「はぁ、何でしょうか?。私たちにわかることなら・・・。」
「聞きたいのは、長老になるとかなり優遇されるというのは本当か?。」
その質問に修行者たちは驚いた。
(いったいこの人は・・・・。本当に修行していたのか?。)
(い、意味がわからない・・・。優遇されたいのかな・・・。でも優遇ってどういうことかな。)
「あぁ、君たちのような若い修行者はわからないかな?。ほら、長老たちは、よく接待を受けているだろ。金持ちの信者や商家の連中や国王などに。」
スーリヤは、修行者たちの顔を見回しながら聞いた。
(何て答えればいいんだ?。接待など長老でなくても受けることはあるし・・・。接待されたいのだろうか?。あれは望むものじゃないだろう・・・。)
(何が望みなんだろうか、この人。)
(この人、接待を受けたことがないのか?。私も接待はされています、何ていえないよな・・・こんなこと聞いているんだから・・・。)
彼らは困惑していた。その様子を見てスーリヤは笑い出した。
「いや〜、すまんすまん、若い君たちに聞いたのが間違いだ。まあ、私ぐらいの年長者でないと接待の意味はわからないな。いや、いいんだ、いいんだ。そうだな、君たちはまだ修行ができていないからね。私は長く修行しているからね。まあ、わからないことがあったらいつでも聞きに来なさい。教えてあげよう。ふっふっふ。」
そういって微笑むと、スーリヤは別の修行者がいる方へ向かっていったのだった。
残された若い修行者たちは、しばし呆然としていたのだった。

そんなころから、スーリヤは人が変ってしまったようだった。他の若い修行者に会うたびに
「私はどうだ?、いい修行者かね?。」
と聞いて周るのだった。若い修行者が答えに困っていると
「そうかそうか、まだ判断はできないな。まあいい、そのうちにわかるからね。わからないことがあったら私に聞きなさい。教えてあげるよ。はっはっは。」
と快活に言って去っていくのだ。あるいは、若い出家者が修行しているところに出くわすと、
「それはこうしたほうがいい、こうやって座るのだ。」
「戒律では、それはいけないことだよ。」
とやたら口を挟むようになった。それが的を得ていることなら若い出家者も迷惑がることはないのだが、スーリヤの助言はいつも的外れだった。しかも、若い修行者にはたいていの場合、長老が指導にあたっている。スーリヤの助言は大きなお世話だったのだ。そんなスーリヤの評判はよくなるはずはなかった。
ところがである。スーリヤの態度はますます大きくなっていったのだった。
「私が長老になったら、君も一緒に鷲の峰についてきなさい。たくさん接待を受けてあげよう。」
「これこれ、私のような長老候補のものは、尊敬しないといけないんだよ。私が来たら修行を中断しても挨拶すべきであろう。」
などと言い出したのである。当然ながら、祇園精舎内では、スーリヤの悪評が聞かれない日はなくなってしまった。やがて、タラマカーンの耳にもスーリヤの悪評が耳に入った。

タラマカーンは、スーリヤの元へ急いだ。
「君はいったい何をしたんだ。私がマガダ国まで旅をしていた間に、君は何をやらかしたのだ?。」
「何を怒っているのだタラマカーン。私は他の修行者と親しくなるべく、祇園精舎中の修行者に声をかけただけだよ。修行の助けをしてあげただけだ。長老になろうというものは、みんなから尊敬されなくてはいけないからね。それなのに何を怒っているのかね?。何が気に入らないのだ?。」
「修行の助けをしただって?。みんな口々に君のことを悪く言っているよ。スーリヤを何とかしてくれ、あのおせっかいを何とかして欲しい、威張って指図しないで欲しいといっている。中には、接待を受けさせていやるとか、優遇してやるから鷲の峰について来い、といわれた者もいるそうじゃないか。接待を受けたものに対しては、しつこく接待の様子を聞いていたそうじゃないか。これでは長老に推薦できないな。これから世尊に会ってくる。この間のスーリヤの推薦は取り消しです、と謝ってくるよ。あぁ、情けない・・・。君にも頑張ってもらいたかったのに・・・。どうやら裏目に出てしまったようだ・・・。」
タラマカーンはそういうと、スーリヤに背を向け、立ち去ろうとした。その腕をスーリヤはすばやくつかんだ。
「なんでだ、何でいまさら取り消しなんてするんだ。俺が何をしたって言うんだ。接待を望んでいけないのか?。俺だって尊敬されたいんだ。いい評価が欲しいんだ。この教団の中で長くいるんだ。もっと優遇されたっていいじゃないか。長く修行しているんだ、指図くらいするよ。していけないのか?。」
スーリヤはすごい剣幕でタラマカーンに迫ったのだった。その姿を見て、タラマカーンは悲しい目をした。
「き、君は・・・何もわかってはいなかったんだね。修行なんてしていなかったんだね。わかったよ。私が悪かった・・・。もういい。もういいよ。世尊には何も言わない。何も言わなくても、世尊ならもうご存知だろう。スーリヤ、君の本性をね・・・。」
「な、なんだと!。どういうことだ!。」
そう叫ぶとスーリヤは、タラマカーンを殴ろうと手を挙げたのだった。
「そこまでだ、スーリヤ。これ以上、愚か者にならないようにしなさい。」
重く厳しい声が響いた。お釈迦様の声だった。

お釈迦様の前にスーリヤはふてくされて座っていた。その後ろにはタラマカーンや他の長老、若い修行者たちが座っていた。
「スーリヤ、汝は自分のどこが間違っているかわかっていないようだね?。」
「・・・・。」
スーリヤは何も答えなかった。
「ふむ、では、質問をしよう。なぜに尊敬されたいのだ?。」
スーリヤはお釈迦様の方へ顔を向けた。
「それは・・・、尊敬されれば・・・やはり気分がいいから・・・・です。誰も、私のことを・・・・そ、尊敬してくれない・・・だから、いい機会だと思って・・・。」
スーリヤは、初めはボソボソ言っていたが、急に火がついたように話し始めた。
「自分は尊敬されるに値する人物です。もう長く修行もしている。何も悪いことはしていない。懺悔するような罪も犯していない。長く修行をしてきたのに、誰も私の元へは来ない。避けているようだ・・・。誰も私のいうことを聞かない。私は・・・力があるのに・・・。誰も正しく評価してくれない。みんな見下げているんだ、俺のことを。修行仲間の長すらなれなかった・・・。否、してもらえなかった。誰もが俺を見下げているんだ!。」
後ろに控えていた修行僧がボソボソ話し始めた。お釈迦様にもその声は聞こえていたが、お釈迦様は止めなかった。
「おかしいよな、自分で一人っきりがいいって言って、森の奥へ入っていったんだよ。」
「そうそう、初めは仲間で修行していたよな。長も順番に回したはずだよ。」
「えっ?、あぁ、そうか、思い出したぞ。確か・・・、そうそう、長になったとたん、急に威張り始めたんだよ。俺のいうことを聞け!、って。そんな人、確かにいたよ。」
「あ〜、思い出した、あの時の!、あの人がこのスーリヤだったんだ。随分やせたよな。あの頃はもっと太っていたよね。で、威張っていたんだ。」
「そう、尊敬しろって。思い出したよ。妙に評判を気にしたり、威張ってみたり、偉そうに指図したり、その仕事は俺がやるから余計なことするな、といったり、変な人だな、って思ったんだ。」
後ろの修行僧たちは、もはやヒソヒソ話ではなくなり、普通の声で話し出していた。
「そ、その話は本当なのか?。」
驚いたのはタラマカーンだった。
「私は、そんなふうには聞いてなったよ。みんなが仲間はずれにするから、一人で修行するのだ、と私には言っていたのに・・・。」
「タラマカーン、それが真実なのだよ。さぁ、スーリヤ、本当のことを話すがよい。」
お釈迦様は、鋭い目をスーリヤに向けた。スーリヤは、一瞬逃げ出すようなそぶりをしたが、座りなおして話し始めたのだった。

「お、俺は尊敬されたかった。みんなから長老と呼ばれたかった・・・。いつも、そのことばかり夢見ていた。多くの修行僧の中で、いろいろ指図したかった。俺のいうことを聞いていればいいのだ、と・・・。世尊を始め、長老たちが国王や金持ちの商家などに招かれるのが羨ましかった。俺も接待されたかった。シャーリープトラやモッガラーナみたいに優遇されたかった。あいつら、後から出家したくせに、偉そうに自分の弟子を何人も持ちやがって、偉そうに指導しやがって・・・。修行期間など短いくせに、接待を受け、何かと優遇され、頼りにされていた。許せなかった。あいつらがいなけりゃ、俺が長老になれたのに・・・。どいつもこいつも俺を追い抜きやがって・・・。誰一人、俺を尊敬しない。みんなバカにしやがって・・・。」
「おい、スーリヤ、それはすべて君自身がいけないんじゃないのか。君は考え違いをしている。シャーリープトラ様もモッガラーナ様も、他の長老方もだれも尊敬されたいとは思ってはいないよ。誰も接待を受けたい、なんて思ってもいないよ。誰も優遇されたい何て思いもしないよ。威張りたいとも、指図したいともね。この私ですらそんなことは思わないよ・・・。」
「う、うそつけ!。長老の仲間に入ったとたん、態度がでかくなったじゃないか。」
「そ、そんな・・・・、そんな目で見ていたのか・・・。」
タラマカーンは、その言葉を聞き、がっくりとしてしまったのだった。
「スーリヤ、汝は何のために出家したのだ?。」
お釈迦様が優しく尋ねた。スーリヤは、しばらく黙り込んでいた。そしてようやく口を開いていった言葉は
「み、みんなから、周りの人から、尊敬されたかった・・・。」
の一言だった。祇園精舎は沈黙に包まれた。

「愚か者よ、悲しいかな、哀れなるかな、この愚か者よ・・・・。」
お釈迦様の声は、悲しく祇園精舎に響いた。
「愚かなる者ほど、他人からの尊敬を望む。他人からのよい評価を望む。他人からの接待を望む。仲間内にあって優遇されることを、特別扱いされることを望む。それらを望むものは、愚か者以外いない。
愚か者のスーリヤよ。望めば逃げることを知るがよい。他人から尊敬されることを望むものは他人から軽蔑されよう。他人からのよい評判を望むものは他人から蔑まれよう。接待されることを望むものは強欲とののしられよう。特別扱いや優遇・威張ることを望むものは他人から避けられよう。愚か者は、そのことに少しも気付かないのだ。
尊敬など望まないものが尊敬され、評判など気にしないものがよい評価を得、接待を望まないものが招待を受け、優遇や特別扱いを望まないもの、威張らないものの下に人は集まるのだ。
外面の評価ばかり気にするものは、内面が伴わない。内面を高めようとするものは、外面が自然によくなり、望まなくても評価はよくなるもなのだ。
真の智慧者は、よい評価など望まぬ、尊敬など望まぬ、他に対し威張ることや権力を振舞うことなどしない、接待されることも望まないし、優遇されることも望まない。そうしたことを望むものは、愚か者であり智慧者ではないのだ。
愚か者になるでないスーリヤ、真の智慧者になることを望むがよい。」
「真の智慧者・・・・。あぁ、そうか、そうだったのか・・・。わ、私は望むものを間違えていたんですね。ようやく、ようやくわかりました。あぁ、私はなんと愚か者だったのでしょう。こんなにも長く世尊の下にいるというのに・・・。」
スーリヤは、その場で泣き崩れたのだった。

その後、スーリヤは他人からの尊敬などを考えず、ひたすら修行に励んだ。鷲の峰の長老にはなれなかったが、その数年の後、悟りを得ることができ、一人静かに山奥に移り住んだ。時折、相談に訪れる人と会うだけだったそうである・・・。


お坊さんの中にも、やたらと威張る方がいます。本山の役職に就きたがったり、偉そうな態度をしたり、
「わしの言うことを聞いておればいいのじゃ」
みたいな発言をされる方もいます。権力を持ちたい、というのが見え見えの方もいます。周りから「尊敬してますよ」みたいな態度をされないと、ふてくされてしまう方もいます。
また、葬式や法事などで出される食事に注文をつける坊さんや高級料亭での接待を望む坊さんもいます。
出家者である、修行者である坊さんでも、尊敬されることを望み、威張ることを望み、権力を望み、接待を望み、優遇されることを望みます。否、お坊さんのほうがそういうことを望みやすいのかもしれません。哀れなものです。お坊さんは、愚か者ですねぇ。修行が足りませんな。望むものが違っていることに気付いていないんですよ。哀れなものです・・・。

お坊さんだけでなく、一般人にもそういった愚か者はた〜っくさんいますよね。政治家なんてその際たる者でしょう。官僚もね。たいした仕事なんてしていないのに、威張ることだけ一人前ですからね。そんな方たちを尊敬できるわけがない。
政治家だけじゃないですよ。世のサラリーマンのオジサンだって、でかい態度をする場合ありますよね。会社の内外問わず。そういうでかい態度、威張っている上司に限って、部下からの信頼はないんですよね。
「家では小さくなってるくせに・・・」
と陰口を叩かれているんですよ、きっと。
今や男女平等の世の中ですから威張っているのはオジサンばかりじゃありません。オバサンも無意味に威張り散らす方がいますから、困ったものですよね。中身がないくせにね、とやっぱり陰口を叩かれます。

尊敬とか、よい評価とかというものは、その人物が正しい行い、正しい言葉を実行していれば、自然に生まれてくるものでしょう。尊敬もよい評価も、権力も、接待も、優遇も、望んでいない人物にこそやってくるものなのでしょう。自らそうしたものを望む者には、決して訪れないものです。みんな周りは、「振り」をしているだけです。
怒られると怖いから威張らせておけ、尊敬した振りをしておけば丸く収まるし、接待漬けにしておけば何かと助かる、ちょっと優遇しておけば利用しやすいし、ま、無難に済ますには有頂天にさせておけばいいさ・・・・。
本音はそんなところでしょう。気付いていないのは、当の本人だけ。惨めなものです。

真に智慧のあるものは、尊敬されることも、いい評価も、接待も優遇も、ましてや威張り散らすことも権力も望まないものです。そんなものは、取るに足らないものだからです。ちやほやするヤツにろくなヤツはいなし、おだてるヤツに正直者はいません。智慧者はそのことを理解しています。愚か者だけが気付かないのです。
たとえば、政治家や官僚の接待漬け。皆さんは当然わかっていると思いますが、政治家や官僚で接待を受けたり優遇されたりするのは、その人物がそれに値する人物だから受けているのではなく、その政治家や官僚のポストによって接待をうけたり、優遇されたりしているのです。人物ではなく、役職・立場・ポストが接待を受け、優遇されているんですよ。その証拠に、政治家は落選すれば接待や優遇はなくなるし、官僚は退職すればなくなりますよね(天下ればまた始まりますが・・・)。その人物が尊敬されているんじゃないんです。

世の中見ていますと、
「できない人間ほど尊敬や権力や優遇を望む」
ということがよくわかりますよね。中身のない人間ほど、やたら威張っているんです。あぁ、そういえば、六星の占い師なんかいい例ですよね。全然中身のない話ししかしていないけど、やたらに威張っていますよね。
「私のいうこと聞かないと地獄へ落ちるよ」
な〜んて脅してもいましたし・・・。愚か者の典型ですね。いやはや、このお釈迦様の言葉を書いた紙を丸めて飲ませたいくらいの人ですねぇ。

愚か者ほど尊敬を望み、権力を振るいたがり、威張りたがり、接待や優遇を望むのです。真実に智慧のあるものは、そんなものは望みません。望まなくても、自然に周りが尊敬するようになって来るでしょうし。
尊敬やいい評価を受けよう、接待や優遇をされたい、権力を振るいたい、みんなからちやほやされたい・・・・。そんなことは望むものではありません。そんなことを望むものは、逆に軽蔑されます。気張らず、気取らず、自然体でいいんですよ。そこに気付いて欲しいですね。愚か者にならないように・・・。
合掌。


第79回
欲をなくせ、欲を捨てろ、そう言っているのではない。
間違った欲を出すな、欲に拘るな、欲に支配されるな、
そう説いているのである。

「ナーガ、あんたはいつになったら働くんだい?。」
「あぁ、そうだなぁ・・・。どうしようか・・・。」
「煮え切らないねぇ。欲しいものとかあるだろうに。いい年をしていつまでも親の懐を当てにするわけにもいかないだろう。父ちゃんだって年なんだから。」
「欲しいものねぇ・・・。まあ、確かにあるけど・・・。」
「結婚はどうするんだ。いつまでも一人身ってわけにはいかないだろ。」
「う〜ん、結婚かぁ・・・・。結婚ねぇ・・・。なんだか、ピーンとこないなぁ・・・。」
「まったくこの子は・・・・。欲があるんだか、無いんだか・・・。ちょっとしっかりしておくれよ。あたしだって、年をとったらあんたの面倒を見れないんだよ。父ちゃんだって、いつまでも働けないんだから。あたしたちの老後はどうなるんだい?。面倒見てくれるんだろうね?。」
「あぁ?、あぁ・・・うん・・・そうだねぇ・・・面倒ねぇ・・・うんうん・・・。」
「はぁ・・・、相変わらず煮え切らない返事だねぇ。起きてるのかい?。目ぇあけてるか?。まったく、毎日毎日、困ったもんだ・・・。」
この言い争いは、ナーガの家では毎朝の恒例行事となっていた。毎朝、同じ言葉が繰り返されているのだ。しかし、さすがにうんざりしたのか、ナーガは友人に相談をした。
「なぁ、お前どう思う?。毎朝、母親に働けだの老後の面倒を見ろだの言われてるんだけど・・・。どう思う?。」
「どうって・・・そりゃあ、当たり前だろう。お前が親の面倒見なきゃ誰が見るんだ?。それにな、働くのは当たり前だぞ。働かなきゃ、食っていけないだろ。欲しいものも買えないぞ。」
「欲しいものねぇ・・・。俺、何が欲しいんだろ・・・。」
「お前、欲しいものないのか?。」
「あぁ、特にな・・・。別にこれといって欲しいものはないなぁ・・・。」
「あれが食べたいとか、こんな格好がしたいとか、かわいい女の子と遊びたいとか、流行りものを身につけたいとか、酒場にいってみたいとか・・・そういうこと、思わないのか?。」
「う〜ん、別にないんだよねぇ・・・・。何にも欲しくない。そう、ただ静かにあまり動かず、ひっそりとしていたい・・・かな・・・・。母ちゃんや父ちゃんから離れてさ。静かに暮らしたいな。」
「お前、そんなことなら出家しろよ、出家。」
「出家?。出家って修行者になれってことか?。」
「あぁ、そうだよ。お釈迦様のところで出家するといいぞ。お前にぴったりだ。」
「なんで俺にぴったりなんだ?。」
「だってさ、お釈迦様は、『欲があるから人は苦しむ。苦しみたくなければ欲を捨てろ』って、そうおっしゃってるんだぜ。お前みたいに欲のないヤツはぴったりじゃないか。捨てる欲すらないんだから。」
「あぁ、そうか・・・俺、欲ないからなぁ・・・。いいかも。静かに暮らせるかな?。」
「暮らせるんじゃないの。出家者は、みんな森や山林にいるからね。世間の煩わしさから解放されると思うよ。」
「食事も困らないか・・・。」
「困らないだろ。托鉢があるからな。何でも、悟りを開けば、金持ちの接待も受けられるらしいぜ。飛び切りのご馳走にもありつける。」
「は〜、なるほどねぇ。まあ、ご馳走なんてどうでもいいけどさ・・・。悟りねぇ・・・悟れるのかな・・・。」
「何いってるんだ。お前なんか、もう悟ってるようなものじゃないか。それだけ欲がなくて、静かに暮らせればいい、なんていってるヤツは、もう悟ってるんだよ、きっとな。」
「そっかぁ〜、ふ〜ん。じゃあ、俺そうしてみるよ。お釈迦様のところへ行くことにするよ。」
「あぁ、いいんじゃないの。そうそう、ただし、両親の許可がいるらしいからね。一応、親の許しをもらっておけよ。」
友人にそういわれ、ナーガは家に帰ると早速両親に出家の許しを頼んだ。ナーガの話を聞いた両親は驚いた。
「お前、本気で言ってるのか?。本気で出家するつもりなのか?。」
「あぁ、本気だよ。なんでも、お釈迦様は『欲を捨てろ、欲は苦しみの元だ』と説いているらしいんだ。そういうことなら、俺にはぴったりだ。俺には、欲がないから。」
ナーガの言葉に父親は
「確かにお前には欲がないからなぁ・・・。生きていこうという気力もないけどねぇ。そんなヤツに修行者が勤まるのかねぇ・・・・。」
「大丈夫だよ。別にさ、荒行とか苦行とかするわけじゃないから。ただ托鉢して、座ってるだけらしいよ。のんびりできていいと思う。それでさ、悟りなんか得たりしたら、いいと思うんだけど・・・。」
「なんだか、怠け者の集団のような話だな。そういうことなら、お前にはあってるかもな。否、外で働くよりも出家したほうがあってるか・・・・。どう思う、母さん?。」
「あたしは、そんな楽なものじゃないと思うけどねぇ・・・。修行は厳しいって話しだし・・・。」
「それは、欲がいっぱいあるヤツにとってはって話だと思うよ。そういう連中は、欲をなくすのに苦労するんだよ。だから厳しく感じるんだと思う。俺は、欲がないから平気だよ。」
「そうねぇ、そうかもねぇ・・・。」
「よし、わかった。まあ、家から出家者が出るのはめでたいことだし、これで悟りでも得てくれれば、名誉なことだ。出家することを許そう。」
こうして、ナーガは両親の許可も得て、晴れて出家することとなったのであった。

翌日のこと、ナーガは祇園精舎に向かった。祇園精舎に着くと、精舎の奥へと続く小道の入り口にいる修行僧に声をかけた。
「あの〜、出家したいんですけど・・・。」
「あぁ、出家願いですね。では、私が案内いたしますので、一緒に来てください。」
そういわれ、ナーガは修行僧に案内され、お釈迦様の元へと向かったのだった。
「出家したいのだね?。」
お釈迦様が優しくナーガに問いかけた。
「はい、出家したいです。」
「そうか、では汝を我が弟子としよう。よく修行に励むがよい。」
一通りの出家作法を受け、ナーガは正式にお釈迦様の弟子となった。
「汝は、シャーリープトラに指導してもらうがいい。」
お釈迦様にそう言われ、ナーガはシャーリープトラのもとで修行することとなった。シャーリープトラは、出家者の生活の決まりごと・・・・戒律など・・・を教えながら、
「まあ、ゆっくり焦らず修行に励むといいでしょう。どうも、君は欲はあまりないようだから、そういう点では厳しさは感じないかもしれないけどね。何か困った事があったらなんでも聞いてくれればいい。安心して修行に励みなさい。」
とナーガを励ましたのだった。が、ナーガはただ
「はい」
と返事をしただけであった。
(なんとも覇気のない青年だなぁ・・・。あれで勤まるのだろうか?。これはしばらく目が離せないな・・・。)
これがシャーリープトラのナーガに対する第一印象だった。

修行を始めたころのナーガは、他の修行者から驚きの目で見られていた。というもの、他の修行仲間が
「あぁ、つらいなぁ・・・。街に出て一杯、飲みたいなぁ・・・。」
「あぁ、そうだな。でも、酒もいいけど、俺は女だな。女にはひどい目にあわされたけど、関われないとなるとつらいもんだ。」
「ここは厳しいもんなぁ。あれしちゃいけない、これしちゃいけない、って。これじゃあ、生きていけないよ。」
と修行のつらさを愚痴いているのを聞いてもなんとも思わなかったからである。ナーガは、そのままの言葉を修行仲間に言ったのだ。
「俺はぜんぜんつらくないよ。お酒も女も欲しいとは思わないし。しちゃいけないことはたくさんあるけど、普通にここで生活してたら、戒律違反はしないし。特につらくはないよ。」
その言葉に修行仲間は驚いたのだった。
「お前、まさか、もう悟りを得たのか?。悟っちゃったのか?。欲望を超えたのか?。」
「そ、そんなことはないよな。お前、俺よりも出家したの遅いだろ?。」
「おいナーガ、お前は新入りだから、そのつらさがよくわからないんだろう。」
「そ、そうだよな。まさか、もう悟りなんて・・・。本当は、したいことがあるんだろ?。うまいものが食いたいとか。」
「う〜ん、別に食べ物は托鉢のもので十分かな・・・。特にしたいことは・・・静かに一人でいたいくらいかな・・・。」
「お、おいおい・・・。これは本格的に悟ってる?。ま、まさかな・・・。」
「わからんヤツだなぁ・・・。ひょっとして早く悟るのかも・・・。」
ナーガの欲のなさに周りの修行仲間も驚かされたのである。彼らは、ナーガに一目置くようになったのであった。

ところが、ナーガが出家して一ヶ月が過ぎようとしたころのことである。修行仲間の態度が変ってきたのだった。
「ナーガ、お前やる気があるのかい?。何をぼんやりしているんだ。」
「はぁ・・・、すみません・・・。」
「いったいお前は・・・・。ここへ来てもう一月は過ぎようとしているんだよ。いい加減に当番の仕事くらい覚えろよ。」
ナーガは、同じ組の修行仲間からよく注意をされるようになったのだ。また、こんなこともあった。それは、午後からの瞑想の修行中のことだった。
「おい、ナーガ、起きろ!。おい、起きなさい、ナーガ!。」
なんと、ナーガは瞑想中に居眠りをしていたのだった。それだけではなかった。お釈迦様の説法のときも後ろの隅のほうに座り、聞いているのかいないのかわからないようなそぶりをしていたのだ。修行仲間は、ナーガのそうした態度に
「あいつは単なるバカだ。何も感じないんだよ。だから、ここでの暮らしも苦にならないんだ。」
と思うようになっていたのである。ナーガは「鈍いのだ」と思われたのだ。
シャーリープトラは、そんなナーガの様子をしばらく見ていた。そして、どれだけ周りの仲間から注意を受けても、ナーガの態度は一向に改善されないことがよくわかってきた。
(なるほど、ナーガはもともとやる気がないんだ。すべてにおいて投げやりな態度なんだ。いや、投げやりではないな。やる気も覚える気もない、意欲がないんだ。じゃあ何のために出家したのだろうか・・・・)
そう思ったシャーリープトラは、直接ナーガに問いただしたのだった。
「ナーガ、君にはやる気が感じられないんだが、どうなんだい?。」
「やる気・・・ですか?。何をやる、やる気ですか?。」
「もちろん、修行だよ。」
「はぁ、修行ですか・・・。修行をやろうという欲は、私にはありません、そんな欲はないです。」
「欲がない?。あぁ、修行しようという、そういう欲だね。」
「はい、そんな欲はありません。というか、何も欲はないんです。ただ、静かにひっそりと生きていければいいんです。」
「そうだったのか、それが君が出家した理由なんだね。」
「はい。それだけです。」
「そうか、君は勘違いをしているんだね。」
「勘違いですか?。」
「ここにくれば、何もやらなくても生きていける、そう思ったんじゃないか?。」
「はぁ、何もやらなくても・・・ってことはないですが・・・。一応、托鉢はしますし・・・。」
「それ以外は、居眠りかい?。」
「居眠りというか・・・、なんというか・・・。」
「悟りたい、苦しみから解放されたい、なんて思わないんだろうね、君は。」
「はぁ、そんなことは・・・、悟りなんてどうでもいいというか・・・。苦しみっていうのも・・・ただ面倒なだけで・・・。」
「そうなんだね。よくわかったよ。君は、欲を間違えているんだ。欲に関して勘違いをしているんだよ。」
「勘違いですか?。」
「そう。君は欲がないよね。ああしたい、こうしたい、ってことないよね。あれが欲しい、これが欲しいってこともない。そうだよね。」
「はい、ありません。」
「それはいいことなんだろうか?。欲がないことはいいことなのかい?。」
「えっ、そ、それは・・・。」
「さぁ、欲がないことはいいことなのか、答えてみなさい。」
「だって、お釈迦様は欲を捨てろって、欲をなくせって・・・・そう説いているんじゃないですか。だから、俺みたいに欲がないのはいいことなんじゃ・・・ないですか。そう、いいことなんですよ。」
「ふ〜む、やはり勘違いしているな。これはいけないな。よし、お釈迦様のもとへ行こう。その欲についてのことを直接お釈迦様に教えていただこうじゃないか。」
そういうと、シャーリープトラはナーガをお釈迦様のところへ連れて行ったのであった。

シャーリープトラから事情を聞いたお釈迦様は、ナーガに優しくいった。
「ナーガよ、勘違いしてはいけない。私は欲を捨てろ、欲をなくせ、とはいっていないよ。」
「えっ、でもお釈迦様はそう説いていると・・・。」
「私が捨てよといっているのは、間違った欲望のことだよ。その欲望に拘る心のことだよ。間違った欲望に支配される弱い心を捨てよ、なくせ、と説いているのだ。欲を捨てよ、なくせといっているのではない。」
その言葉を聞いて、ナーガは混乱してしまった。
「なにがなんだか、さっぱり・・・・わかりません。」
「よいかね、ナーガ。欲がまったくなくなったら、『悟りたい、悟りを得たい、世の中の苦しみから解放されたい』という欲もなくなってしまうではないか。それでは、ただただ流されて生きていく、何も考えないで、人形のように生きているだけではないかね。我々は人間だ。生きている人間なのだよ。何もかも、他人や周りの言いなりになって生きてはいけない。ただただ流されて生きていくのと、悟りを得て生きていくのとはまったく違うものなのだよ。一見似てはいるが、根本的に違うのだ。
流されて生きていくのは、人ではなく物になることなのだ。欲も感情もない、人形になることなのだ。悟りを求める気持ちというのは、実は大きな欲望なのだよ。
しかるに、私はすべての欲を捨てよ、欲は何でもかんでも捨ててしまえ、といっているのではないのだ。欲に支配されるな、自分の欲をよく操ることが大事だ、欲に拘るな、振り回されるな、そう説いているんだよ。汝は、そこを勘違いしている。汝は、単に怠けているに過ぎないのだ。ダラダラと過ごしたいだけ、なのだよ。それも欲なのだけどね。よく自分の心深くまで探ってみるがいい。私は、汝のような怠け心、怠けたいという欲を捨てよ、といってるのだよ。さぁ、自分の心奥深くまでよく観察するがよい。汝は何がしたいのか、ということを・・・。」
そうお釈迦様に言われ、ナーガはしばらく考えてみた。そして・・・。
「はぁ・・・。私は煩わしいのがいやだっただけです。働きたくなかった。ダラダラと日々を過ごしたかった。食べて、休んで、寝て、食べて・・・・その繰り返しだけでよかったんです。そうしたかったんです。働くのがいやで、親の愚痴や注意を聞くのもいやで、面倒を見るのもいやで・・・。何もいわれない、ダラダラとした生活ができるところへ行きたかっただけで・・・。あぁ、確かに怠けたいだけですね。それは・・・・あぁ、欲なんですね。そうか、自分には、怠けたい、現実から逃げたい、そんな欲しかなかったんですね。欲がないわけじゃなくて、ちゃんと欲はあったんだ。そうか、俺は怠けたいという欲の塊だったんだ・・・。」
「そういうことだ、ナーガよ。私は、そうした間違った欲を捨てよ、といっているのだよ。間違った欲に拘る、とらわれる、支配される、そうしたことをやめなさい、といってるのだ。欲をすべて捨てよ、といっているのではない。欲がまったくないのがいい、といっているのでもないのだよ。だから、在家のものには、
『商人は努力して商売を繁盛させればいい、職人は腕を磨きよりいい作品を造るがよい、官僚は国がよくなるよう己の智慧を磨くがよい、兵士は己の腕と身体と心を鍛え国を守るがいい』
と説くのだ。そうなるには、誰しも欲がなければならない。向上心というものだね。それも欲なのだよ。ただし、その欲が満たされなくても、怒ったり、悩んだり、怨んだり、羨んだり、憎んだり、悲観したりしないようにしなさい、と説いているのだ。欲に振り回されないように、とね。わかったかね、ナーガ。」
「はい、よくわかりました。」
「さて、それでどうするかね?。今後はどうする?。」
「はい、私はここにいると単なる怠け者になってしまいそうです。ですから・・・。」
「ここを出て家に戻るか。」
「はい、そうします。今度は、欲を持って・・・両親を幸せにするという、そういう欲を持って生活します。」
「うん、よく言った。それがいいだろう。そう決心したなら、行くがよい。」
ナーガは、頭を一つ下げて、祇園精舎を後にしたのだった。
お釈迦様は、シャーリープトラと共にその後姿を見守っていた。


勘違いをしている人がたくさんいると思います。どんな勘違いかというと
「仏教は欲を捨てる、欲をなくす、そういう宗教である」
ということです。これは、全く違うんですよ。
そういうと、びっくりされる方が多いでしょう。あるいは、
「うそつくな、仏教は欲を捨てろ、って説いているじゃないか」
と反論する方もいらっしゃるでしょう。まあ、当然のことですよね。多くの仏教書が
「欲を捨てろ、欲をなくせ、とお釈迦様は説いている」
と書いていますから。
でもね、これって言葉が足りないんですよね。だから、勘違いされるんです。お釈迦様が説きたかったのは、欲をすべて捨てるんじゃなくて
「間違った欲、余分な欲を捨てなさい」
と説いたのです。そして
「欲に振り回されるな、欲に拘るな、欲に支配されるな」
とも説いているのです。すべての欲を捨てろ、なんていってないんですよ。そんなことしたら、生きていけないですよね。悟りも得られないです。

そもそも「悟りたい」というのも欲ですからね。お釈迦様自身だって、仏陀になれたのは
「死の苦しみ、恐怖から逃れたい。人はなぜ死ぬのか知りたい。」
と思ったからでしょ。これも欲ですよね。この欲がなかったら、仏陀であるお釈迦様は誕生しなかったのですよ。高弟のシャーリープトラだって、目連だって、
「悟りを得たい」
という飽くなき欲求がなければ、お釈迦様とは出会わなかったろうし、高弟にすらなれなかったでしょう。欲があったればこそ、高弟として名を残したのです。
弘法大師様もそうですよね。密教を学びたい、密教を学んで国を、国の民を救いたい、と思ったからこそ、危険を冒して遣唐使船に乗ることができたのでしょう。そういう欲がなければ、弘法大師は誕生しなかったのです。

仏教は、すべの欲を捨てろ、といってるのではありません。余分な欲や間違った欲を捨てろ、といっているのです。分相応を超えて、ああしたい、ああなりたい、あれが欲しい、これが欲しい、と思う、その欲求を捨てよ、といっているのです。自分の器以上のものを求めるな、といっているのです。
なぜなら、そこから苦しみや悩み、迷いが生じるからです。
手にはいらないと思うと、悔しくなる。友人が持っていたりすると益々悔しくなる。そこから、怒りや恨みが生まれる。羨みや妬みが生じる。そうなると、心が歪んでくるんです。心が歪めば、それは不幸です。
だからこそ、余分な欲は捨てよ、と説くのです。

さらに、その欲に振り回されるな、と説くのです。自分の欲をうまくコントロールして、間違った方向に向かないようにしなさい、と説いているのです。
たとえば、お金が欲しいと思います。それはいいのです。次が問題です。お金が欲しいなら働こう・・・、これは正常な欲の方向性です。ところが、お金が欲しいから盗っちゃえ・・・。これは間違った欲の方向性です。これを注意せよ、と説いているのです。
ここを勘違いしないようにして欲しいですね。仏教は欲を捨てるのではなく、欲をコントロールせよ、と説いているのですよ。

欲を捨てることなんて不可能です。生きている以上、欲は捨てられません。しかし、欲をコントロールすることは可能です。自己本位な欲を出さないようにコントロールする、わがままにならないようにコントロールする、あれ欲しいこれ欲しいと無闇に欲しがらないようコントロールする・・・。こうしたことは可能でしょう。心がけ一つですよね。自分をよく知れば、何とかなるものです。

そういえば、「脳内メーカー」というものがあるらしいですね。随分前から話題になっていたらしいのですが、私は全く知りませんでした。つい最近教えてもらったんです。で、やってみました。名前を入れるだけですからね。
すると、なんと私の脳内の半分は
「欲」
で埋め尽くされていたんです。あとは、ちょっと言えないような・・・・。
自分としては
「悟」とか「覚」とか「空」とかで埋め尽くされるはずだったんですけどねぇ(そんな文字があるのかどうかわかりませんが・・・)。
でも、かえってよかったと思います。下手に「覚」なんて文字が出てたら、
「俺ってすごいだろ。やっぱりね〜」
なんて自惚れてしまいますし、欲があるってことはいいことですからね。方向性を間違えなきゃいいんですから。
「欲がいっぱいか。じゃあ、もっと大きな欲を持ってお大師様に近づこうじゃないか」
と思えばいいんですよ。なんせ、密教は
「大欲得清浄」(大いなる欲は、清浄を得る)
ですからね。菩薩の心を学べいいんです。いや、決して金欲や遊びの欲には走りませんよ〜、少しだけです、それは・・・・。
合掌。


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