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第80回
たとえそれが正しい意見であっても、
その意見に頑固に固執し、相手の立場や状況を考慮しないならば、
それは愚かなことである。
時に、正義は悪意へと変貌する。

「君たち、それは戒律違反じゃないかね?。次の布薩会(ふさつえ)のときに報告しますからね。」
「ちっ、いやなヤツに見つかっちまったよ。あぁ〜、懲罰かな、これは・・・。」
「いやなヤツで悪かったね。たぶん、懲罰でしょ。まあ、それを決めるのは世尊や長老の方々ですけどね。」
「はいはい、わかりました。」
「ま、それまでは謹慎しているように。これ以上罪の上塗りはしないようにしなさい。」
そういうと、トシュタオは、満足そうに微笑みながら去っていった。
「まったく、あいつって人の悪いところばかり探しているな。」
「しょうがないだろ、戒律違反したのは俺達なんだから・・・。」
「そうだけど、でもな、腹立つんだよ。威張りやがって・・・。」

お釈迦様の弟子たちは、多くの戒律を守って生活をしていた。その戒律はたくさんあり、男性の出家者は約250、女性の出家者は350にものぼった。そうした戒律に縛られて、出家者としての生活を送っていたのだ。
しかし、中にはその戒律を破る者もいた。たまたま戒律違反してしまった者もあれば、知っていて「これくらいならいいだろう」、「見つからなければいいや」という欲望から戒律違反をする者もいた。
そこで、お釈迦様は、毎月1日と15日に、すべての弟子を集め、戒律を違反したかどうか告白する・・・・自己申告する・・・・会を開くことにしたのだ。それが布薩会(ふさつえ)である。
やがて、布薩会は罪の自己申告だけの会ではなくなり、
「誰それが、いついつ、ある場所で、このような戒律違反を犯した。これは懲罰に値するか否か」
と問うことも行われるようになった。ただし、これはお釈迦様の意向ではなかった。自然発生的に行われるようになったのだ。
そうなると、やたら他人の粗ばかりを探す者も出てくるものである。それが重要なことのように思う者も出てくるものなのだ。その最たる例がトシュタオであった。

彼は、なぜかよく戒律を覚えていた。ある日のことである。出家者たちがある修行者の行為が戒律違反になるかどうか迷っていた。そこにたまたまトシュタオが居合わせた。彼は、
「それは戒律違反だよ。間違いない。世尊に尋ねるといい。」
と告げた。その出家者たちが、お釈迦様に確認すると
「確かに戒律違反である。以後、注意するように。それにしても、トシュタオはよく戒律を覚えている。皆の者も彼を見習って規律正しい生活を送るように。」
とトシュタオを褒めたのであった。それ以来、トシュタオは修行者たちの生活に目を光らせるようになったのだった。彼の目は厳しかった。どんな些細なことも、自分が見つけたならば許さなかった。毎月2回の布薩会のとき、彼は必ず十数人の名前を出し、懲罰を求めたのだった。その中には、本当に重要な戒律違反者もいれば、ほんの些細なことやそれくらいはいいのではないか、というものまであった。しかも、長老たちが、
「それくらいはよいのではないか。本人も反省しているし。」
と言っても
「いえ、戒律は戒律ですから。守ってもらわねばなりません。それに違反したのなら、罰は受けるべきです。」
と頑迷に言い張るのであった。彼は、自分の主張を決して曲げようとしなかったのだ。
たとえばこんなことがあった。
ある修行者が、瞑想中についつい居眠りをして横になってしまった。その修行者は、前日まで体調を崩しており、修行を再開したばかりであった。その場に居合わせた長老は
「昨日まで体調が悪かったのだ。このまま寝かせてあげなさい。」
といって、その修行者をそっとしておいた。このことがトシュタオに見つかってしまったのだ。
トシュタオは、瞑想中に横になった修行者とそれを許した長老を厳罰に処すべきだと、布薩会の時に主張した。他の長老たちは、
「不問でいいのではないか」
と言ったのだが、トシュタオは頑なに
「それでは示しがつきません。まだ体調が戻ってないのなら、完全に体調が戻ってから修行に入ればいいのです。いったん修行に入ったら、瞑想中に横になることは戒律違反です。それを許せば、戒律の意味がなくなります。ですから、横になることを許した長老ともども厳罰に処すべきです。」
と主張したのだ。あまりの剣幕に、他の長老たちは
「わかった、では、長老とその修行者に厳重注意をする。また、沐浴所の掃除3日間をせよ。以上。」
と罰を言い渡しのだった。ところが、
「甘いですよ。甘い。そんなんじゃ、いつまでたっても戒律違反者はいなくなりませんよ。甘いな〜。」
と長老たちを批判したのであった。
こうしたことが、度々あったのである。それも日増しにトシュタオの態度は頑なになっているようだった。当然のことながら、トシュタオの評判はすごぶる悪かった。お釈迦さまも、トシュタオの頑なさを心配していた。なので、布薩会のときに
「トシュタオ、戒律違反する者を見つけるのも良いかもしれぬが、自分の修行を忘れてはいけないよ。違反者を取り締まることは、あなたの取るべき道ではないのだからね。」
と諭すこともあったのだ。しかし、彼は
「ご心配には及びません。私の修行は順調に進んでいますので。しかし、私の周りに戒律違反者がいることは、到底私には我慢できないのです。ですから、こうして布薩会で報告しているのです。」
と言って、お釈迦様の言葉を理解しようとはしなかったのである。
そのうちに、修行者たちの間では、トシュタオの姿が見えると口をつぐんだり、場所を移動したりする者が多くなってきたのである。誰もが、彼を避けようとしたのだ。多くの修行者が
「あ、トシュタオだ。こっちに来るぞ。おとなしくしてよう。さっさと通り過ぎるように祈ろう。」
と小声でささやき合うようになっていたのだ。

トシュタオの態度は、次第に大きくなっていた。
「誰もが、私の姿を見ればおとなしくなる。長老すら、黙りこくる。ふん、みんな修行に励んでいいことだ。ははは、誰も私には逆らわない。ふふふ。みんな私の言うことを聞けばいいのだ。私のおかげで、ちゃんとした修行ができるのだからね。感謝してもらわねばいけないな。」
誰もが、トシュタオに関わりたくない、と思っているのを、彼は敬われていると感じるようになってしまっていたのだった。自分が一番偉い人物なのだ、と勘違いし始めていたのである。
そんなある日の夕方のことであった。激しい腹痛をおこした修行者がでたのだ。
「た、大変だ。こんなに汗をかいている。お釈迦様に報告しなきゃ。」
そう言って、その腹痛を起こした修行者の仲間が、お釈迦様のもとへと駆けて行った。その時だ。トシュタオが
「君々、修行者たるもの、いつ何時も走ってはいけない。戒律違反だぞ!。歩け、歩きなさい!。」
と叫んだのである。走っていた修行者は
「うるさい。緊急なんだ。仕方がないだろ。」
と駆けて行った。トシュタオは
「あいつの名前は・・・リューユーか・・・。俺にうるさいって言ったよな・・・・。よし、懲罰だ。走った罪と俺に逆らった罪だ。ふふふ。厳罰に処してやる。覚えてろ。」
とニヤニヤしたのだった。そして、
「どいつだ病気になったのは。はは〜ん、こいつか。どうせ果物でも食べすぎたのだろう。食い意地が張っているからだ。ふん、できの悪い修行者はこれだからな。」
と冷たい目で眺めていたのだった。
駆けていった修行者リューユーのおかげで、お釈迦様の主治医であるジーヴァカがやってきた。ジーヴァカは名医であった。
「ふむ・・・・これは・・・。あぁ、なるほど。この病気には、この薬でいい。さぁ、この薬を飲んでもらおう。あぁ、しかし、この薬は刺激が強い。できれば、ナンの中に入れて飲んだほうがよいのだが・・・、ナンはないかね?。」
とジーヴァカがいうと、すぐにリューユーが
「では、急いでもらってきます。」
と駆けだしていったのだ。ところが・・・・。
リューユーが戻ってくると、トシュタオが騒いでいた。
「戒律違反です。こんな時刻にナンを食べるなんて、いけません。それはあってはならないことです。」
「しかし君、このままでは、彼は死んでしまうよ。早くこの薬を飲まさねば・・・。しかも、ナンに混ぜるのが一番効くのだ。」
「そうであっても、戒律を破るのはいけません。修行者ですから、これで命を落としても構わないでしょう。」
「そんなことは君が決めることではない。私は医者として放ってはおけない。さぁ、ナンを水にしたして・・・。この中に薬を入れて・・・と。よし、しばらくすれば痛みは治まる。」
こうして腹痛を起こしていた修行者は助かった。その様子を見ていたトシュタオは一人ニヤニヤ笑っていたのだ。
(くっくっく・・・。これでまた戒律違反者が出た。また一人懲罰を与えることができるぞ。ふっふっふ。俺はなんてすばらしい人間なんだろう。俺は正義だ。正義は俺だ。俺の前では一切の不正は許さぬ。不正した者は理由は何であれ、すべて厳罰だ!。あはははは・・・)

お釈迦様は、トシュタオのことを憂いていた。
「困ったものだ。ここへ呼んで教え諭しても彼は聞く耳を持たぬだろう。ならば・・・・仕方がない・・・・。」
お釈迦様の顔は、どことなく悲しそうだった。
ある日の午後、トシュタオは今までにない全身の激痛に見舞われていた。
「うぅぅぅ、痛い、苦しい・・・・。誰か、誰か医者を・・・医者を呼んでくれ・・・・。」
そう叫んだのだが、誰も応えてはくれなかった。それもそのはずである。誰もトシュタオの周りにはいなかったのだから。
「だ、誰でもいい・・・。助けてくれ・・・。誰か、神通力で俺の苦しみを・・・・知ってくれ・・・・。」
しかし、誰からも返事はなかった。
「くっそ〜、病気の・・・・はぁはぁ・・・修行者を放っておくと・・・・・クッ・・・プハッ・・・ハァハァ・・・・か、戒律・・・・違反・・・・だ・・・ぞ・・・・。あぁ、く、苦しい・・・・。助けてくれ・・・・。」
トシュタオは、横になってもがいていた。
「どうしたのだ、トシュタオ。ほほう・・・新しい修行法かい?。」
そう声をかけたのは、目連尊者だった。
「しかし、その修行法はあまり感心できないな。瞑想中は、寝転がってはいけないからね。」
「も、目連・・・・目連尊者・・・。ちが・・・違うんです。か、身体が・・・・痛い・・・痛いんです。は、早く・・・・早く医者を・・・・。」
「ほう、そうだったのか。それは大変だ。じゃあ、医者を呼びに行こう。少し待ってなさい。」
「あぁ、あぁ、早く・・・早く・・・。は、走って・・・・否、も、目連尊者なら・・・・じ、神通力・・・・神通力で、医者を・・・。」
「あぁ、それはできないんだ。教団内で神通力は使ってはならないという戒律があるんでな。トシュタオ、君も知っているだろ。君は戒律にうるさいじゃないか。だから、ちょっと待ってなさい。医者を呼んできますから。」
「そ、そんな・・・・、だって・・・こんな時に・・・・。あぁ、じゃあ、じゃあ・・・・せめて・・・・せめて・・・走って行けよ・・・。」
「な、なんと言いましたか?。走って行け?。自分で言うのは何だが、これでも一応長老なんだがな。その長老にそんな言葉遣いしていいのかい?。それは戒律違反じゃないのかな?。うん?。」
「あ、あ、あ・・・、す、すみません、すみま・・・せん。あせ、あせっていたもので・・・・。おね、お願いです。急いで・・・・急いで医者を・・・。走って・・・・くだ、ください。」
「走ってもいけないんじゃないのかな。そういえば先日、ある修行者が腹痛を起こしたとき、リューユーが走って医者を呼びに行ったことを咎めた者がいたなぁ・・・。戒律違反だって・・・・。私としても長老の立場があるから、戒律違反をするわけにはいかん。なので、走れんのだ。まあ、いいから、医者をゆっくり歩いて、急いで呼んでくるから待ってなさい。あぁ、横になっちゃいけないじゃなかったかな、トシュタオ。以前、体調の悪い修行者にそう言ったんじゃなかったかな?。確か彼は・・・・あぁ、厳重注意と3日間の沐浴所の掃除だったな・・・。そうそう、横になることを許した長老も同じ罰だったな。となると・・・・、今ここで、君が寝転がっていることを見逃すと私も厳罰を受けることになるな。前回のがダメで、今回のが許されるはずはないからね。だから、寝転がらないでくれ、トシュタオ。ともかく、私は注意をしたからな。知らないよ。じゃあ、医者を呼んでこよう。」
「も、もうなんでも・・・なんでもいい。医者を・・・早く医者を・・・・。」
トシュタオは気が遠くなりそうだった。
しばらくして医者のジーヴァカがやってきた。
「おやおや・・・ふ〜っむ、これは・・・・。ふむ、この病にはこの薬がよい。」
「く、薬・・・薬を・・・・早く・・・・。」
トシュタオは、ジーヴァカに懇願した。が、しかし、ジーヴァカの顔はくもっていた。
「薬をあげたいのはやまやまなんだが・・・・。」
「薬・・・・なんで・・・くれないの・・・・。」
「いや〜、この薬はね、何か食べてからでないと飲めないんだよ。今度はお腹が痛くなるんでな。しかし、今は午後だからね。なにも食べちゃいけないでしょう。戒律違反だからね。なので、薬はあげられないよ。」
「そ、そんな・・・・。あぁ、そうだ・・・、く、果物・・・果物なら、午後から・・・でも・・・・大丈夫だ。果物・・・ください。」
「それがね、果物はダメなんだ。なぜか、この薬、果物と一緒に取ると、身体中がかゆくなって水ぶくれができるんだ。で、そのあとで激しい痛みが襲ってきて、死んでしまうんだよ。あぁ、そうだ、前に君は、『修行者だから、命を落としても構わない』とかいってなかったかな。そうだね。修行者なんだから、戒律を犯してまで薬を飲むことはないよな。それで命を落としても構ないんでしょ?。そういうことなら、明日の朝出直しましょう。」
ジーヴァカは、そういうと薬を片付けて帰ろうとした。
「ま、待って・・・・待って・・・・く、ください。・・・・・この、この間のことは・・・・間違ってた・・・・間違ってました・・・。だから、助けて・・・・助けて・・・・ください・・・。」
「と言われてもねぇ。戒律違反・・・・でしょ?。私も咎められることになるから・・・・。じゃあ、明日の朝にしましょう。」
「待って・・・・ゆ、許して・・・・許して・・・・ください。助けて・・・・。お願い・・・・ですから。」
「許すって、何を?。」
「私が・・・・私が・・・・間違って・・・・ました。」
「間違っていた・・・って、何を間違えたのかな?。」
「わ、私の・・・・行為が・・・・間違って・・・・いました。」
「どう間違っていたのかな?。」
「戒律・・・・違反も・・・・時には・・・・許してもいい・・・・いいのだと・・・そこを間違えて・・・・いました。」
「ほう、では、時と場合には戒律を違反してもよいと・・・、そういうことかな?。」
「はい、はい・・・・。そ、そういう・・・・そういうことです。」
「では、今は?。」
「今は・・・・き、緊急事態・・・・なので・・・・仕方がない・・・戒律違反・・・・しても・・・・仕方がない・・・・です。」
「そうか、ならば、薬をあげよう。」
ジーヴァカは、そういうとトシュタオに濃厚なスープを飲ませ、薬を飲ませた。そして、少し横になっていると、トシュタオの身体の痛みは嘘のように消えたのだった。トシュタオは、座りなおしてそこにいた目連尊者とジーヴァカに頭を下げた。
「私が間違っていました。申し訳ございません。」
「ようやくわかったかね、トシュタオ。」
後ろからそう声をかけたのはお釈迦様であった。
「どこをどう間違えたのか、よく説明しなさい。」
「はい。戒律は守らねばならない決まり事です。しかし、時と場合によっては守らなくてもいいこともあるのだと、わかりました。その状況によっては、戒律違反をしてもかまわない、ということがわかったのです。許されることもあるのだと・・・・。私はそこに気がつかず、戒律を守ることは正しいことだから、それにこだわって柔軟な対応をせず、ただただ戒律を押し付けていただけでした。頑固に戒律にこだわって、状況も考えず自分の意見を闇雲に押しつけているだけだったのです。愚かでした・・・・・。
しかも・・・・、しかも、次第にみんなが私を恐れるようになるのが気持ちよくなっていました。自分は周りの人間を支配できるのだという、妙な考えを起こしてしまいました。自分は尊敬されるべきなのだ、偉いんだ・・・・という愚かな考えを持ってしまいました・・・・。愚かな、愚かなことでした。申し訳ございません。」
トシュタオは、深々と頭を下げた。
「よく気がついた。それでいいのだ。トシュタオよ、いくらあなたの意見が正しくとも、場合や状況によっては、必ずしも正しいこととは限らないのだよ。いくら正論であっても、それにこだわり、頑固に押しつけるようなことをすれば、それは相手にとって不快なだけなのだ。時と場合、状況によっては、正論も通らないこともあるのだ。それで腹を立てたり、怒ったりするのは愚かなことなのだよ。
よいか、正義もそれを頑固に押し通せば、やがて悪意に変わることもあるのだ。正義を通すために相手を傷つけてしまっては、意味がないであろう。正義を守るために命を奪うようでは本末転倒もいいところであろう。トシュタオ、あなたはそれをしようとしたのだよ。
さぁ、迷惑をかけた修行者たちに謝るがよい。自らの愚かな行為を告白するがよい。明日は布薩会だ。ちょうどよい機会だ。告白できるね?。」
「はい、もちろんです。今後は、戒律違反を目くじら立てて探すようなことはやめます。お許しください。」
そういって頭を下げたトシュタオをお釈迦様は優しく見守ったのだった・・・・。


いくら正しいことを言っても、それが通らないことが世の中には多くあります。また、たとえ正義であっても、それにこだわり続ければ、愚かな者になってしまうことも多々あります。
たとえば、こんな話があります。
お坊さんが三人いました。小僧さん、中堅クラスのお坊さん、ご老僧の三人です。その三人は中堅クラスのお坊さんの車で、ある場所へ一緒に出かけました。道中の中ほどまで来てご老僧が言いました。
「タバコ吸ってもいいかな?。」
運転していた中堅クラスのお坊さんは、タバコ嫌いだったのですが、
「えぇ、もちろんですよ。ご遠慮なさらずに、吸ってください。」
と答えました。そりゃ、そうですよね。
ところが小僧さんが怒りだしました。
「ちょっと待ってください。僕はタバコが大嫌いです。ですからやめてください。もし、そのせいで僕がガンになったらどうするんですか。だいたい、世の中、禁煙に向かっています。そもそもタバコを吸うこと自体、世の中の流れに反しています。喫煙を拒否する者がいるならそこでは吸ってはいけないんです。ですから、止めてください。」
その言葉を聞いたご老僧、
「しかし、車の持ち主は、吸ってもいいと言ってるんだが・・・・。それにタバコは彼も嫌いなんだけどね。それなのに吸ってはいけないのかね?。」
「いけません。喫煙は身体に悪いんです。吸ってない人間にとっては、もっと悪いんです。ですからやめてください。」
すると、運転していた中堅クラスのお坊さんが
「いえいえ、気にしないで吸ってください。窓を開ければ煙は外に出ていきますから。」
「こんな交通の激しい道路で窓を開けるって?。信じられません。止めてください。」
ご老僧困ってしまいました・・・・。
さて、あなたならどうしますか?。
この小僧さんの言ってることは間違ってはいません。むしろ正しいでしょう。嫌煙権ですね。が、しかし、車の持ち主は吸ってもいい、と言っています。そういわれれば、ご老僧としてはタバコを吸いたいですよね。車の持ち主も間違ったことは言ってません。
さぁ、あなたならタバコを吸いますか?。あなたがご老僧なら吸いますか?。また、あなたが小僧ならどうしますか?。断固タバコを拒否しますか?。あなたが車の持ち主ならどうしますか?。ご老僧のためにタバコを吸ってもいいといいますか?。それとも小僧さんの正論を受け入れてタバコはダメです、といいますか?。
いくら正しいことでも、場合と状況によっては通らないこともありますよね。
私の意見は「タバコOK」です。どうぞ吸ってください、といいます。吸っても構わない、と車の持ち主が言っているのですから、OKなんですよ。ご老僧は堂々とタバコを吸えばいいのです。
じゃあ、嫌煙権はどうなるのでしょうか?。小僧さんはどうすればいいのでしょうか?。
簡単なんです。車を降りればいいことなんです。私なら、怒った小僧さんをその場で車から降ろします。
「そんなにタバコが嫌なら降りて、バスに乗ったら。」
とね。
確かに、小僧さんの言っていることは、間違いではありません。しかし、主張する立場、状況が間違っているんですよ。いくら正論でも、それをその時の場合や状況、立場を考えず、他人に押し付けることは、やはり間違った行いなのです。
なぜ、この場合「たばこOK」なのか、みなさんなら、理解できると思いますが、これが理解できない方もいるから困るのです。

もう一つ。阿修羅の話です。
昔、阿修羅は天界の一部でした。帝釈天よりは下でしたが、正義の神ということで天界に住んでいたのです。阿修羅には大変美しい娘がいました。いずれその娘を帝釈天の嫁にしたいと阿修羅は願っていました。
ある時、帝釈天の天界へ遊びに来ていた阿修羅の娘をたまたま帝釈天が見つけます。帝釈天はきれいな女性が大好きでした。さっそく、阿修羅の娘をナンパします。が、それはナンパだけでは終わりませんでした。攫って行ってしまったのです。かどわかしですね。
そう、阿修羅の娘は、帝釈天に連れ去られてしまったのです。
阿修羅は怒りました。大事な娘を帝釈天が連れて行ってしまったのです。怒った阿修羅は、帝釈天に戦いを挑みます。娘を返せ、という戦いです。
ところが、当の娘は、帝釈天のもとですごく幸せに暮らしてしました。あこがれの帝釈天様と一緒にいられる・・・、それだけで娘は大満足だったのです。
そんなところへ、父親の阿修羅が攻めてきたのです。娘はびっくり。
「なにするのお父様。私は幸せなんだから、邪魔しないで!」
と叫びますが、阿修羅は
「何を言うか、一度、我が天に戻るのじゃ〜。さぁ、帝釈天よ、娘を返せ〜。」
と攻撃してきます。
帝釈天は、自ら攻撃するようなことはありませんが、戦争を仕掛けられたらやり返しはします。売られたケンカは買います、というのが帝釈天だったのです。しかも、彼は強力でした。帝釈天は神々の王です。強いに決まっています。あっさり、阿修羅軍は負けてしまいました。
そして、他の神々が仲介に入ります。
「もういいじゃないか、娘さんは幸せにやってるんだから。確かに帝釈天のやり方はまずかったよね。でも、結果がいいんだから、いいじゃない。矛を収めようよ。」
と、諭すんですね。ところが阿修羅は、
「いいや、聞けぬ。帝釈天は娘を凌辱したのだ。攫ったのだ。娘の純潔を奪ったんだ。許せん、そんなヤツは許せん。」
と怒りは鎮まりません。なので、再び戦いに出向きます。が、結果は敗退。阿修羅は何度も何度も繰り返します。戦いに挑みます。が、いつも負け。
そのうちに、帝釈天は阿修羅の娘とラブラブ旅行に出掛けてしまいます。そうとは知らず、愚かにも阿修羅は戦い続けます。気づいたときには、阿修羅は天を追われ、海深くに追いやられてしまったのです・・・・。
さて、阿修羅の怒りは間違ったものではありません。彼は、娘を正式に嫁入りさせたかったのです。親心ですよね。それを帝釈天に踏みにじられたのです。そりゃあ、怒りますよね父親としては。なので、阿修羅の気持もわかります。
が、それでも阿修羅は天界を追われました。なぜでしょうか?。
阿修羅は、正義の神です。ですから、帝釈天の破天荒な行動は許せません。しかし、いくら阿修羅が正しくても、被害者であった娘は憧れの帝釈天の嫁になっているんです。阿修羅もそれを望んでいたんです。今は、娘はすごく幸せなんです。ただ、手続きが乱暴だっただけに過ぎません。なのに、阿修羅は正義を振りかざし、帝釈天に戦いを挑みます。
じゃあ、その戦いで多くの部下が命を落としますが、それは間違ってはいないのでしょうか?。それも正義だというのでしょうか?。阿修羅の頑固に付き合わされ戦わなければならない部下たちの命はそんなに軽いものなのでしょうか?。
阿修羅の戦いは、もはや正義でもなんでもなく、戦うことだけが目的になってしまっているんですね。すでに戦う理由はなくなっているのに、それでも戦おうとしているんです。それは愚かな行為としか言いようがありません。

タバコ拒否の小僧さんにしろ、阿修羅にしろ、間違った主張はしていません。正論です。しかし、そこに頑固にこだわって、相手の立場や周りの状況を考慮せず、ただただ自分の意見を押し通すのは愚かなことなのです。
それは間違っているんです。
いくら正しいことでも、その時の状況や相手の立場によっては変わることもあるのです。絶対正しい、ということはないからです。立場が変われば、環境が変われば、時代が変われば、自ずと変化するものなのですからね。
正義もそれを頑固に押し通せば悪意に変わることもあるのです。
あぁ、そういえば、どこかの大国も正義を振りかざし、頼んでもないのによその国に乗り込んできたりしますよね。あれのどこが正義なのかな、と思いますけどね。正義という衣の下に隠れた悪意がちらちら見えるようでして・・・・・。
ま、たとえ正論でも、あまりこだわって主張しないほうが、世の中うまく周りますからね。その場の空気をよく読んでください。
「あいつKY(空気読めない)王子」
なんて言われないように・・・・。
合掌。


第81回
見栄をはって、実力以上のことは口にしないことだ。
あまり大きなことは言わないほうがいい。
信用をなくすだけで終わらないこともある。

祇園精舎に新しい修行者がはいってきた。名をスライマーナといった。彼は、元気がよく、なんでもハキハキ答え、明るい性格だった。どちらかというと、周りの者の上に立って導くのに適していると感じさせる青年だった。しかし、あけすけにものを言うところがあるのが注意点だというのが、そのとき対応したマハーカッサパ長老の印象だった。
彼が祇園精舎を訪れた時、お釈迦様はたまたま不在であったのだ。霊鷲山(りょうじゅせん)に出向いていたのである。留守を任されていたのが、マハーカッサパだった。そこで、マハーカッサパがスライマーナの出家を認めたのだった。
「へぇ〜、お釈迦様はいらっしゃらないのですか。」
「世尊は3日ほど前から霊鷲山に行かれました。ですので、私があなたに戒を授けます。」
「ありがとうございます。よろしくお願いいたします。」
こうしてスライマーナは出家を許されたのだった。
「さてスライマーナ、今日から出家者としての生活が始まるが、すぐに修行に入るわけではない。」
「えっ?、すぐに修行を授けていただけないのですか?。なんだ・・・・、そうなんですか。ちょっと期待はずれだな。」
「その意気込みは大事なことだ。その気持ちを忘れないようにして欲しい。しかし、修行に入るのはちょっと先なのだ。なぜなら、まず、ここでの生活に慣れる必要があるからだ。」
「ここでの生活に慣れる・・・、それはすぐに慣れると思いますよ。そんなに大変そうには見えないのですが。」
「あぁ、今ここには新しい弟子はいないからね。出家してずいぶん経っている修行者ばかりだから、そう見えるのだろう。しかし、初めての者は結構戸惑うものなのだよ。なにせ、250ほどの決まり・・・戒律・・・があるからね。これを覚えてもらわねばならない。」
「250ほどの戒律ですか・・・・。はい、わかりました。覚えます。まあ、すぐに覚えられると思いますけど。」
「ふむ、そうかね。それは頼もしいね。出家して1年たってもすべてを覚えられない者や忘れてしまう者も多いからね。早く・・・とは言わないが、できるだけ全部覚えて、間違いを犯さないように生活してほしいからね。」
「大丈夫です。これでも記憶力はいいほうですから。では、その250ほどの戒律を教えてください。」
「ほう、ここでその戒律全部をあげていいのかい?。聞いただけで、すぐに覚えられるのかな?。」
「いや・・・それは・・・。ですが、聞いてみないことにはわかりませんから。もしかしたら覚えられるかもしれませんし。簡単なものならば・・・・。」
「よろしい。では、戒律をすべて教えよう。よく聞いていなさい。まずは、汝、殺生してはならぬ。これ第一の戒なり。これを犯したるものは婆羅夷罪(はらいざい)なり。次、汝、盗んではならぬ。これ第二の戒なり・・・・・。」
マハーカッサパは、250もの戒律を順に説いていった。
(ふむ、思った通り途中から聞いていないな。大きなことを言っていたが・・・・。これはしばらく様子を見たほうがよかろう・・・・。)
マハーカッサパは、心の中でそうつぶやいていた。

250もの戒律を聞いていたので、その日はすでに夕方になっていた。
「遅くなってしまったね。さて、堂内に灯を点けねばならぬ。これは当番で行っている。私たちは、一長老のもと数人の班に分かれているのだよ。その班ごとに役割が割り振られている。君は私の班に属しているので、今日は堂内の灯を点け、就寝の時が来たら責任を持って消す係りだ。さぁ、ついてきなさい。」
マハーカッサパに従って、スライマーナは歩いて行った。途中、彼のほかに数名の修行者が合流した。マハーカッサパは、他の修行者に彼を紹介した。
「そうですか、スライマーナとおっしゃるのですか。まずはここの生活に慣れることですね。決まり事が多いですから。私もまだまだ十分に決まりを覚えていないんですよ。」
「あぁ、それなら先ほどマハーカッサパ長老から教えていただきました。」
「ほう、もうすべての戒律を学んだのですか。それは素晴らしい。覚えられましたか?。」
「いや・・・その、全部じゃないですが、多少は。あぁ、でもすぐに覚えられますよ。」
「それは頼もしいですね。それじゃあ、あっという間に抜かれてしまうなぁ・・・。君のほうが早く悟りを得ららるかもね。」
「いえ、とんでもないです。あはは。」
「これ、君たち、無駄な話はいけない。また声をあげて笑うことは修行者として恥ずべきことだよ。これらは先ほど説いた戒律の中にあることだ。」
マハーカッサパの厳しい声が飛んだ。スライマーナらはその場で反省をしたのだった。そして、他の修行者が小声でスライマーナに囁いた。
「ね、なかなか戒律は守れないでしょ。慣れるまで大変だよ。」
スライマーナは
「はい、大丈夫です。今のはちょっと浮かれてしまっただけですから。以後気を付けます。」
と小声で答えたのだった。
こうして、スライマーナの出家者としての生活が始まった。

スライマーナが出家して一週間ほどたったころのことである。
「どうだいスライマーナ、ここの生活にもなれたかい?。」
仲間の先輩の修行者ナルハーナが問いかけてきた。
「はい、もう慣れましたよ。なにも間違いは犯していません。戒律も覚えましたし。もう大丈夫です。」
とスライマーナは快活に答えた。
「ほう、それはすごいや。私などまだ半分も覚えられていない。これは、もっと真面目に修行しなきゃ追い越されてしまうな・・・・。」
「いえ、私はまだ修行の段階ではないですから。まずは、ここの生活に慣れることからだ、慣れてから修行法を授ける、とマハーカッサパ長老から言われていますので・・・。まあ、でも、修行法を授かれば、悟りを得るのもそんなに時間はかからないでしょうけどね。」
「優秀だからね、スライマーナは。きっと長老の役割があっているだろうな・・・。」
ナルハーナは、心からそう思っていた。彼は、数年修行をしているのだが、未だに悟りを得てはいなかったのだ。彼は、悪い人間ではなく、問題も起こさない真面目な修行者だったのだが、阿羅漢の域にはなかなか到達できないでいたのだ。なので、スライマーナをうらやましく思ったようだった。
スライマーナといえば、なにも深く考えてはいなかった。周りから言われる言葉は当然だと思っていたし、自分はできる人間だとうぬぼれてもいたのだ。なので、
「あぁ、早く修行法を授かりたいな。本格的な修行がしたいですよ。」
とぶつぶつ言っていたのだった。
その時であった。祇園精舎の奥のほうから怒声が聞こえてきたのだ。
「いったい何があったのだろうか?。見に行ってみよう。」
そういってスライマーナは駈け出して行った。そんな彼をナルハーナが止めた。
「あ、よその班のことには口出しはいけないよ。それに駆けてはいけないんだよ・・・・。あぁあ、行っちゃった。う〜ん、彼は戒律を覚えていないのかな?。さっき、戒律は全部覚えたって言ったのに・・・。困ったなぁ。仕方がない、ちょっと行ってみるか。彼を連れ戻さなきゃ・・・。」
ナルハーナは、スライマーナのあとをゆっくりと歩いて追ったのであった。

他の班の争い事は大したことではなかった。単なる誤解が発端でおこったことであった。よく話し合って丸く収まったのである。
「なんだ、せっかく私が覚えた戒律に照らし合わせて判断してやろうと思ったのに。」
スライマーナは小声でそういった。そこへナルハーナが追いついた。
「君、走ってはいけないんではなったかい?。確か戒律の何番目だったかな・・・・。それに、他の班のことに口出しをしてもならないんだよ。相談を受けたならば、意見を言うことはできるのだが、そうでない場合は静観することになっているのだ。見たまえ、他の班でここに駆け付けたのは君だけだ。」
そういわれてスライマーナは慌てたが
「あ、いや、その戒律は覚えてましたが・・・・その、まだここの生活に慣れていないんで・・・。はあ、申し訳ないです。あの・・・このことは・・・。」
とごまかしたのだった。
「あぁ、もちろん長老に告げるようなことはなしよ。さぁ、元の場所に戻ろう。」
(スライマーナは、本当に戒律を覚えていたのだろうか・・・・。まあ、そんなことはどうでもいい。それよりも自分の修行だな・・・・。)
ナルハーナは、自分の修行に専念することにしたのだった。
しかし、スライマーナが他の班のもめ事に首を突っ込もうとしたことは、すぐにマハーカッサパに知れた。もめ事を起こした班の者が噂したのだ。
「スライマーナ、君は戒律を全部覚えたのではないのかね?。」
「あの・・・今回のことは・・・ついその・・・身体が勝手に反応してしまって・・・。」
「そうか、まあよい。以後、気をつけるように。本当は修行法を授ける予定だったが、一週間ほど伸ばそう。」
「そ、それは・・・・。お願いです。ぜひ授けてください。」
スライマーナは、真剣にマハーカッサパに頼み込んだ。その真剣さに
「わかった。では、教えよう。まずは瞑想法だ。」
こうして彼は瞑想法の一つを学んだのである。ところが・・・・。

それから5日ほどたっところ、スライマーナの快活な声が響いていた。
「私は、もう悟ったようなものだよ。世尊の教えもほとんど理解したからね。私はね将来、長老になるんだ。でね、大勢の弟子を導くのだよ。まあ、私にかかれば簡単なことだからね。なにせ、阿羅漢の域も見えてきているからね。」
そんな言葉にナルハーナたちは、
「すごいね。じゃあ、この班の長もそのうちにできるんじゃないか。」
「その調子ならスライマーナに任せておけば、困ったことがあった時も安心だな。」
「戒律も覚えているし、修行も進んでいる。確か、あのシャーリープトラ尊者で15日ほどかかったそうだよ。マハーカッサパ長老は8日目に悟ったそうだよ。それも世尊に直接教えを説いてもらって。私たちは世尊から直接教えを説いてもらってないからもっと時間がかかるだろう。それなのに、スライマーナはすごいよ。もう阿羅漢の域が見えてきてるなんて。私などまだまだだよ・・・。」
と褒めたたえたのだった。
「そんなことないですよ。まあ、私が悟ったら皆さんのお役にたてるよう頑張りますよ。そうですか、シャーリープトラ尊者でも15日かかったんですか。マハーカッサパ長老は8日間。ふ〜ん、じゃあ、私はそれよりも1日早く悟りを得ましょう。」
「ということは、7日間?。そりゃあ、無理だよ。だって・・・・修業を始めて今日で5日目でしょ。あと二日だよ。それは無理だよ。」
「いやいや、何とか頑張ってみるよ。大丈夫です。もうわかりかけているから。じゃあ、これから修行に入るんで・・・・。」
そういうとスライマーナはその場を立ち去り、木の下で瞑想を始めたのだった。残った者は、
「ちょっと言い過ぎじゃないか。」
「どうやって始末をつけるんだろう。」
「前の戒律のこともあったしね。」
「いやいや、本当に悟りを得るかもしれないよ。」
「得ないほうに賭ける。」
「賭け事は禁止だ。戒律違反だ。さぁ、我々も修行をしようじゃないか。先を越されても面白くないからね。」
などと噂し合ったのである。

二日後、当然スライマーナは悟りを得ることはできなかった。彼は、修行仲間から責められていた。
「なんだ、偉そうなこと言って。結局、悟りを得てないじゃないか。」
「マハーカッサパ長老を抜くだって?。大きなことを言ったものだな。」
「そういえば、戒律は全部覚えたのかい?。」
「覚えているわけないよ。だって、今まさに違反してるからね。嘘をついてはいけない、という戒律に違反してる。」
「う、嘘なんてついていません。」
「嘘じゃないか。7日目に悟るって言ったが、悟ってない。それは嘘じゃないのか。」
「結果的に、実現しなかっただけで、初めから嘘をつくつもりがあったわけではありません。結果的に嘘のようになってしまっただけです。故意ではありません。私は7日間で悟りを得るように努力しましたが、なんでしょう・・・、何かが不足していたのかも知れません。私はすごく一生懸命に修行していました。結果が伴わなかっただけです。それのどこが悪いのでしょうか?。」
「じゃあ、戒律は覚えたのか?。」
「覚えましたが、忘れていることもあります。そうじゃないですか、みなさんも。」
そう言われると何も言い返せなくなってしまうのだった。そして、
「こいつに何を言ってもダメだよ。言い訳ばかりだし。他には、大きなことばかりいっている。実現できそうだけど、よく考えれば無理ってことばかりだ。できる人もいるかもしれないけど、スライマーナには無理だってことがよくわかったよ。じゃあ、頑張って修行しろよ。」
「そうだな。戒律も全部覚えているそうだから、生活面で注意することもないし。もうすっかりここの生活にも慣れただろうしね。我々は我々で修業しようか。」
と言って、スライマーナの前から去っていったのだった。一人残ったスライマーナは、その場に座り込んでしまっていた。
「大きなことを言えばいいというものではない。」
そう声をかけたのはお釈迦様であった。その後ろにはマハーカッサパが立っていた。それを見てスライマーナは、泣き崩れたのであった。
「私は・・・・馬鹿です・・・・。」
「よく分っているようだから、多くは言わない。よいかね、スライマーナ。実力以上のことを簡単に口にしてはいけないのだ。口にした以上、それを聞いたものは期待する。期待が外れれば、信用を失う。それを繰り返せば、信用を失うだけでなく、何もかもすべてを失うことになる。誰からも相手にされなくなる。今の汝の状態だな。以後気をつけるがよい。」
「はい・・・・。自分の愚かさがよくわかりました。でも・・・私は失ったものを取り戻せるでしょうか・・・・。」
「それは、汝次第だ。何をどう気をつければいいかわかっているであろう。」
「はい、できもしないこと、大きなことを口にしないようにします。見栄をはって偉そうなことは口にしません。これは自分の戒律です。」
「よろしい。マハーカッサパよ、よく指導してあげるがよい。」
そういうと、お釈迦様は一人祇園精舎の奥へと向かったのだった。
「スライマーナ、まずはここの生活から慣れることだな。」
マハーカッサパの優しい言葉に、素直にうなずくスライマーナであった。


大言壮語・・・・自分の実力以上に大げさに物事を言うこと
こういうおじさん、昔はたくさんいましたが、今はどうでしょうか?。うちに相談などに来た人の中には、大げさに言う人やできもしないのに大きなことを言って行く人が、昔は何人かいました。
「この病気が治ったら寺の一つや二つ建ててあげますよ。」
病気は治ったんですけどねぇ、寺はどうなったのかしらん?。
「この話がうまくいったら、儲けの半分を寄付しますよ。」
話はうまく行った・・・と風の噂で聞いております。で、いつ儲けの半分がくるのでしょうか。もう15年以上たってますが・・・・。
「そのうちにね、高級車に乗ってもらえるようにしますからね。もうちょちょいのちょいですよ。」
あれから10年。うちは未だに軽自動車ですが・・・。
「うちに跡継ぎができたなら、ど〜んと寄付金を持ってきます。田畑を売ればどうってことないですからな。売って欲しいといっている連中がたくさんいるんですよ。」
お子さんは3人できたんでしたっけ?。ずいぶん前のことなんで忘れましたが・・・。
まあ、いまさらここで例をあげてもねぇ、虚しいばかりですから。それにこのように大きなことをおっしゃった方々は、もううちの寺には出入りしていませんからね。どうでもいいんですけどね。

世の中には、大げさに言ったり、誇張したり、できもしない癖にできるようなことを言ったり、あきらかに実力以上のことを言ってのける方々がいますよね。まあ、政治の世界はそれが当たり前なんでしょうけど。三か月中に処理します・・・半年で片付けます・・・・来年の秋までには・・・。どこまで引っ張るんじゃい、てなもんです。できもしないことを言うのが政治、と理解したほうがいいですよね。国民のほうが賢いですよ。
あ、スポーツの世界もね、ちょっと盛り過ぎ。来年オリンピックがありますが、またまた大きなことを言うんじゃないでしょうか?。冷静に実力を判断して欲しいですよね。

政治やスポーツだけじゃありません。日常でも、ほらお父さん、会社や家の中で大きなこと言ってません?。できもしないのに・・・・ってお子さんや奥さんは見切っていますよ。
ほら、そこの経営者の方、え〜なになに、自分が経営に乗り出したからには収益倍増?。またまた大げさな。できもしないのに。無理すると、信用どころか会社も家族もなくしますよ。
そういえば、こんな偉そうなことを言っていた経営者がいました。
「あなたは、飲食業に関して素人でしょ。素人が・・・はっ、何を偉そうに。私はプロですよ。その私がコンサルタントをするのですから、もうばっちりですよ。素人さんは口出ししてほしくないですね。」
でも、その飲食店、赤字なんですよね。随分、忠告はしたんですが、素人の言うことは聞けないそうで・・・。挙句の果てには、
「部外者には悪い部分はよく見えるんだね。」
ですからね。何をかいわんや・・・・です。

偉そうなことを言うのなら実行して欲しいですね。そんなことを言うのならやってみろよ、と言いたいです。できもしないのなら、口にはしないほうがいいでしょう。見栄をはって、できもしないことを偉そうに言うのは、むしろ恥ずかしいことです。いったん口に出したらなら、やり遂げるべきでしょうし、それに向かっている姿を見せてほしいですよね。できないんだったら口にしないことです。
不言実行。この方が格好がいいでしょう。有言不実行よりもね。言葉にだしたなら、それは実行しなくてはならくなるものです。周りも期待しますからね。
あまり期待を裏切り続けると、信用をなくすだけだけでなく、会社からも家族からも見放されますよ、ねぇお父さん。合掌。


第82回
素直に謝れる者には、平穏が訪れる。
素直に謝れない者には、孤独が訪れる。
意地を張らず、素直に謝れば楽であるのに・・・・。

お釈迦様の弟子に双子の兄弟がいた。サルバとタルバという名であった。サルバは兄で、明るくやや頑固なところはあるが活発な青年であった。弟のタルバは、ちょっと内気なところがあり、おとなしい性格をしていた。二人とも同時にお釈迦様の弟子になった。お釈迦様が、バータリ村を訪れた時のことである。
お釈迦様は、二人の指導をスブーティーに任せた。スブーティーは、弟子の中でも「解空第一」と称されるほど、空を理解した弟子であった。
スブーティーは、二人に仏教教団内での生活習慣から教えていった。

二人はよくスブーティーの教えに従った。とくに弟のタルバは、素直にスブーティーの言うことを聞いた。そして、スブーティーの手助けをよくしたのであった。スブーティーは、目が見えなかったので、細かな仕事はできなかったのである。
「すまないね、タルバ。世話になるね、ありがとうよ。」
「そんな・・・尊者様にそのようにいわれるなんて・・・・、もったいないです。」
「いやいや、手伝いをしてもらったのだから、お礼を言うのは当り前であろう。ありがとうということに、師であるとか弟子であるとかは関係のないことだ。わかるかね。ありがたい、と思った時は、素直に礼を言えばよいのだよ。それに身分の上下などは関係のないことなのだ。身分や立場にこだわって、よくしてもらうのが当然、などと思えば、それは驕り高ぶった心になってしまうのだよ。親切にしてもらったら、相手がだれであろうと、お礼を言うべきなのだ。」
「はい、わかりました。スブーティー尊者様、身分や立場にこだわらず、素直にお礼が言える人間になります。・・・はい、袈裟のほころびが縫えました。」
「ありがとう、タルバ。助かったよ。」
そんな様子を傍から見ていた兄のサルバは、
(ふん、弟の奴め、うまいこと尊者に取り入ったな・・・。昔からあいつは器用だったからな。性格は暗いくせに・・・。まあ、いいや。いずれにしても先に尊者になるのは俺だからな。教団内での信望も、俺のほうがあることだし。それにしても、スブーティー尊者もいい加減にあのボロボロの袈裟を捨てればいいものを・・・・。)
と思っていたのであった。
確かに、教団内での評判は兄のサルバのほうがよかった。明るく、与えられた仕事はテキパキとこなしていった。物覚えも早く、教団内の生活にも早くに慣れていった。一方、弟のタルバはおとなしく、なにを教えても、わかっているのかいないのか、いま一つはっきりとしないところがあったのだ。勘違いをすることもしばしばあったためでもある。しかし、素直な性格からか、教団内では可愛がられていたのも確かだった。

「すみません、間違えました。」
弟のタルバが、他の修行者から注意をされて、謝っていた。
「いや、いいのだよ。間違えることは誰にでもある。同じ間違いをしなければいいのだ。わかるね。」
「はい、わかりました。今後気を付けます。」
タルバは、深々と頭を下げていた。注意をしていた修行者は優しく微笑んで、その場を去っていった。
「タルバ何を謝っていたのだ?。」
ちょうどそこに兄のサルバが通りかかったのだ。
「はい、先輩の修行者の鉢を洗っておく仕事があったのですが、間違えたのです。」
「間違えたとは?。」
「洗ったことはいいのですが、置き場所を間違えてしまったのです。それで、謝っていたのです。」
「なんだ、そんなことか。それなら、何もあそこまで頭を下げることはないのに。頼んだほうも悪いのだ。」
「いや、そんなことはないですよ。間違えたのは私ですから。謝るのは当然です。」
「ふ〜ん、そんなものかな。まあ、いいけどね。」
そこへ、別の修行僧がやってきた。
「お〜い、サルバ、君は沐浴所の清掃当番じゃなかったかね?。まだ、掃除が終わっていないようだが・・・。」
「あ、はい、今行きます。大丈夫です。すぐに終わりますから。」
「忘れていたのではないんだね。ならばいいが・・・。」
「忘れてませんよ。今、弟にちょっと教えることがあったんで、話をしていただけです。これから行こうと思っていたところです。」
(まったくうるさい先輩だ。俺よりちょっと早くに出家したからと言って、偉そうに注意しやがって。いわれなくてもわかってるっていうのに・・・・。)
内心では文句を言いながら、サルバは沐浴所のほうへとさっさと行ってしまった。
「何か悪いこと言ったかな?。サルバは機嫌が悪かったようだが・・・。」
その先輩の修行僧は怪訝そうな顔をして、修行所のほうへと去っていった。

こんなことがしばしばあった。誰かが、サルバに注意をすると、
「わかってますよ。」
という返事しか返ってこないのだ。就寝房の整理をしていた時など、こんなことがあった。
「サルバ、それはその場所じゃないよ。それはこっちの棚に収めるのだよ。」
「え?、そんな決まりあるんですか?。」
「いや、決まりはないが、習慣でそうなっているんだ。」
「ならば、どこに置いてもいいじゃないですか。いけないんですか?。」
「いけないってことはないが、一応習慣でそうなっているから、次に使う者が面倒じゃないか?。探さなければいけないよ。いつもの場所にあるべきものがないとなると、困らないかい?。」
「そうですか?。私は困りませんが・・・。探せばいいことだし。ここに置いちゃいけない正当な理由がないなら、いいじゃないですか。どこにに置こうが、こだわらないのが空なんでしょ。」
「空・・・ねぇ、ちょっと意味が違うが・・・・まあいいよ、そういうことなら。あとはやっておくから。」
「なんですか、その言い方は。私が邪魔なんですか?。」
「邪魔だとか言ってないよ。・・・・どうしたんだサルバ。この頃、イライラしてないか?。」
「別に・・・。何もありませんが。」
「ならいいんだが・・・。もう少し、素直に話を聞いたほうがいいと思うよ。・・・まあ、大きなお世話かもしれないけどね。」
「はいはい、そうですねっと・・・。私のほうは終わりましたが。」
「あぁ、そうかい。じゃあ、いいよ。御苦労さま。」
そういわれてもサルバは何も答えず、さっさとその場を離れていくのであった。
万事、この調子であったため、サルバは次第に浮いた存在になっていった。スブーティーは、このことを心配していた。
(もっと、皆と協力しあえばいいのだが・・・。他の意見も取り入れて、周囲との協調で物事を築くことを知ったほうがいいなぁ・・・・。しかし、難しいな、あの性格は・・・・。)

そんなある日のこと、スブーティーは、サルバを呼んでこう告げた。
「サルバ、次の布薩の会は、我々の班が担当になっている。それは知っているね。」
「はい、知っています。」
「布薩の会の準備は大変だ。ここに集まる修行僧のすべての食事の手配と座を設けねばならない。座る順番も重要だ。順序を間違えると、中には怒りだす修行僧もいる。」
「修行者の癖にそんなことで怒るんですね。」
「あぁ、そうだね。修行が足りないんだな。しかし、揉め事はなるべくないほうがよい。そこでだサルバ、次の布薩の会の責任者をやってくれないか。」
「私がですか?。それは・・・・、はい、わかりました。引き受けます。」
(やっと、スブーティー尊者は俺を認めてくれた。俺の実力がようやくわかったんだな。よし、やってやるぞ。)
「そうか、引き受けてくれるか。それじゃあ、頼むよ。先輩の修行僧に聞くといい。彼らは以前に布薩の会の仕切りを経験しているからね。私のほうからも、彼らに協力するように言っておきます。みんなで協力しあって、準備を進めるように。頼みますよ。」
(よしよし、やっと大きな仕事がやってきた。協力しろ?。大丈夫さ、俺一人でできるよ。まだ日にちは、二週間もあるし。すぐに準備できるさ。あははは・・・。)
サルバは、大きな仕事を任されたことに鼻高々だった。

日にちは過ぎていき、あっという間に10日がたっていた。
「スブーティー尊者様、起きていらっしゃいますか?。」
その夜のこと、弟子のひとりがスブーティーの僧房を訪ねてきた。
「あぁ、起きてますよ。お入りなさい。・・・どうしたのかね、こんな刻限に。」
「はい、サルバのことですが・・・・。実は、彼、何も準備をしていません。」
「な、なんですと?。布薩の準備をしていないのですか?。」
「はい。サルバは、我々にも何も聞こうとしません。2〜3日前も気になったので、『サルバ、布薩の準備はできているのか?』と尋ねたんです。すると、『もちろん。大丈夫ですから。』とだけいうんですよ。」
「それで、大丈夫じゃないのかね?。」
「はい、何の準備もしていないようなのです。弟のタルバにも聞いたのですが、どうも何もしていないようだと・・・・。」
「ふむ・・・、それは困ったなぁ・・・。仕方がない。食事の準備と席順を皆で準備しましょう。あぁ、こちらで準備していることはサルバに気付かれないように。ひょっとして、彼にはあてがあるのかも知れませんし。もし、食事が重なっても大丈夫です。午後の参拝に来られる人々に分け与えればいいのですから。明日、早速準備に取り掛かりましょう。あと、4日しかありませんからね。私も心当たりのある信者さんに頼んでおきます。皆さんにも頼むように。お願いしますね。」
スブーティーは、その弟子にそういうと、神通力でサルバの様子を探った。サルバは、一人、考え込んでいた。
(あぁ、どうしよう・・・。偉そうなことをいったまではいいが、困ったなぁ・・・・。どうやっていいんだか、さっぱりわからない。いまさらスブーティー尊者には聞けないし・・・。先輩の大徳に聞くのもなぁ・・・。そもそも先輩の方々が、俺に声をかけてくれればいいんだ。放っておかないで・・・。タルバもタルバだ。少しくらい気を遣って、俺の心配をしてくれればいいものを・・・・。あぁあ、・・・そもそもこんな大仕事を俺に押しつけたスブーティー尊者が悪いんだ。もう知らない。そうだ、みんなスブーティー尊者が悪いんだ。さて、寝るか。)
サルバの心を知ったスブーティーは、ひどく悲しくなったのだった。

布薩の会には、お釈迦様をはじめ、近隣の各地の精舎で修業を行っていた修行僧たちが続々と集まってきた。サルバは、その日、恐る恐る起き出してきた。自分では、何の準備もできなかったのである。
しかし、布薩の会の会場に行って、サルバは驚いた。食事の準備もできているし、席順も既に決まっていて、先輩の修行僧たちや弟のタルバが、案内などをして働いていたのである。
サルバは呆然と立っていた。何をしていいのかすらわからなかったのだ。それでも、会は着々と、滞りなく進んでいった。会も終わりが近づいたころ、サルバはとぼとぼとその場を去ろうとしていた。
(俺が責任者なのに・・・・。俺を無視して・・・・。なんだ、準備ができてるじゃないか。俺なんていらないんだ。俺は除け者か?。邪魔なのか?。俺は何だ?。もういいや。どうでもいいや・・・。)
そのあたりの草を蹴り飛ばしながら、サルバは不貞腐れて歩いていた。
ふと、目の前に人影があった。お釈迦様であった。お釈迦様は厳しい目をしていた。
「何をしているのだサルバ。君は、今回の布薩の会の責任者ではなかったか?。どこへ行こうというのだ?。」
「お言葉ですが、私は何もしていません。みんな、私を無視しているんです。今日の布薩会の準備も、私は何もしていません。知らない間にできあがっていました。誰も、私のことなど当てにしていませんから、いなくてもいいんです。」
「いい加減に目を覚まさないか、サルバ。なぜ素直にならぬのだ。なぜ素直に『申し訳なかった』と言えないのだ。」
「私が悪いことなど何もありません。みんな・・・スブーティー尊者が悪いんです。謝るなら尊者のほうでしょ。」
「ほう、スブーティー尊者が、君に何をしたのかね?。」
「こんな、私にできもしない大仕事を押し付けたじゃないですか。」
「押し付けたのかね?。断ることはできなかったのかね?。自分にはまだ早いです、と言えなかったのかね?。」
「そんなこと言えないでしょ。尊者の頼みですから。」
「嘘をつくでない!。君は、この仕事が来たとき、喜んだであろう。」
その言葉にサルバは何も言い返すことができなくなった。
「しかもだ、皆に協力してもらいなさい、と言われてないか?。」
「誰も私に協力などしてくれませんよ。」
「頼んでみたのか?。スブーティー尊者から役目を言い渡されたとき、すぐに皆に協力を求めたのか?。まだ、2週間もありますから大丈夫です、と答えたのはどこの誰なのだ!。」
お釈迦様の追及は厳しかった。その言葉に、サルバは、泣き崩れたのだった。
「どうしていいか、わからなかったんです。どうしていいのか・・・・。あぁぁぁ・・・。」
サルバが落ち着くまで、お釈迦様は見守っていた。

「サルバよ、なぜ素直に謝ることができないのか。弟のタルバが素直に非を認めていても、汝は謝る必要はない、と言ったであろう。先輩の修行僧から注意を受けても、『いいじゃないですか、そんなこと』と言って、謝ろうとしなかったであろう。なぜ、汝は謝らぬのだ。」
「その・・・・つい・・・・。謝ると・・・なんだか、自分がバカにされているようで・・・。」
「何を勘違いしているのか。よいかサルバ。誰もバカになどしていないであろう。素直に自分の非を認めなければ、進歩も成長もしないであろう。汝は、今の汝のままで何も変わぬのだよ。否、むしろ悪くなる一方だ。
よいかサルバ。素直に謝る者には平穏がやってくるのだ。汝のように素直に謝ることができぬものには、孤独しか来ない。今の汝のように・・・・。なぜだかわかるかね?。」
お釈迦様の問いに首を横に振るばかりのサルバだった。
「汝に注意をしても無駄だ、汝に話をしても無駄だ、とみんなが思っているからだ。汝が、素直にみんなの話を聞かないからなのだ。汝に注意をしても、汝に何かを教えても
『いいじゃないですか、私の好きなようにやりますから』、『あぁ、そうですか、ふ〜ん』、『わかってますから』
としか返ってこないであろう。一度でも
『ありがとうございます。以後気を付けます』、『申し訳ございませんでした、気を付けます』
という言葉があっただろうか?。そんな者、誰も相手にしなくなるのは当然であろう。誰もが、
『あいつに何か言っても文句を言われるだけだからやめておこう。苦労するのは本人なのだから』
と思うだけなのだ。
よいかサルバ、汝は他人からの親切を、ことごとく踏みにじっているのだよ。それでは、協力し合うことなどできないであろう。素直になるのだ、サルバ。素直に謝ることができなければ、いつまでも汝に孤独は付きまとうであろう・・・・。」
お釈迦様はそう言い残すと、静かに去っていったのだった。一人残されたサルバは、大声で泣き叫んでいた。

翌日のこと、スブーティー尊者のもとには、彼が指導をしている弟子たちが全員集まっていた。昨日の布薩会について反省点を話し合っていたのだ。そこへサルバがやってきた。そして、
「申し訳ありませんでした。すべて、私が間違っていました。許していただけるなら、どうかお許しください。」
そういって、サルバは土下座をし、深く深く頭を下げたのであった。スブーティー尊者は
「わかったかね、サルバ。今後は素直になるがいい。そして、自分をよく見つめることだ。決してうぬぼれることなく、周りの注意をよく聞いて、正すべきは正しなさい。謝る勇気、頭を下げる勇気を持つことだ。さぁ、一緒に修行をしよう。」
と優しく言った。その言葉に異を唱える者は一人もいなかった・・・・。


去年は、結構大人のみなさんが謝っていましたねぇ。記者会見の席で並んで頭を下げる大人たちを何度見たことか。まあ、素直に謝ってもらうのはいいですけど、はたして本当に悪いと思っているかどうか・・・・。
謝るんなら、心から謝ってほしいですね。口先だけじゃなく。
それでも、まだ謝るだけましですかね。悪いことをしているにもかかわらず、まったく謝ろうともせず、開き直ってしまうヤカラもいますからね、世の中には。立場上、謝ったほうがいい方たちは、恰好だけでも頭を下げますが、一般庶民の場合、なかにはち〜っとも謝ろうとしない方もいるようで・・・・。むしろ、他人のせいにしたりする方がいますからね。

「ここ、間違ってるよ。こうしなきゃいけないんだよ」
と注意をして、その返答が
「あぁ、そうですか。はいはい。」
「いいじゃないですか、それくらい」
だったりすると、ムカつきますよね。
「おいおい、それはないだろ、ひとこと『すみませんでした、気を付けます』ってないのかよ」
と思いますよね。で、そんなことが重なると、
「あいつは頭が下げられないやつだ」
というレッテルがついてしまいます。これは、大きな損ですよね。ものすごく残念なことです。やがて、仲間内で浮いてしまい、誰にも相手にされなくなってしまうのです。
素直に謝れない人には、孤独しか残りません。

なぜ素直に謝れないのか。
それは、つまらないプライドがあるからです。
「なんで頭を下げなきゃいけないの?、俺様が。」
っていうプライドですね。「俺様」なんて思っているのは、本人だけですからね。素直に謝れない人ほど、人間はできていませんから、偉くもなんともないんですよね。偉そうにしている人ほど、偉くないんですよ。そこに気付かないから、謝れないんですね。つまらないプライドなんてないほうが、大物なんですけどねぇ。

昔の人はいいことを言いました。
「実るほど 頭を垂れる 稲穂かな」
中身のある人間ほど、腰が低いものです。偉そうな態度をとっているほど、中身がないものです。どうせなら、頭を垂れる稲穂にならないとね。
と、書いている私本人も重々反省しなければ・・・・と思っております。ま、とりあえず、謝っておきますか。
新年早々、偉そうなこと言って
「ごめんなさい」
合掌。


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