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第172回
周囲の意見には耳を傾けるがよい。
自分一人の考えに固執すれば、すべてを失うこともある。
他者の意見が聞けない者は、愚か者なのだ。
「ラウドラ、あんたまた騙されているんじゃないのか?」
「プラーナ、そんなことはない。今度こそは、本物じゃ。本当に儲かるんだ」
「そうかねぇ・・・」
ラウドラの言葉に唯一残った友人は言った。そう、ラウドラはこれまで何度も騙されて、親から引き継いだ財産などをすべてなくしていたのだ。それだけではない。たくさんいた友人たちも皆去ってしまい、唯一残ったのが幼馴染のプラーナだけだったのだ。
「今度こそは、大丈夫じゃ。これで老後も安心だ。大きな金が入ったら、プラーナ、お前さんにも分けてやるよ」
「はっ、笑わせるねぇ、お前さん、何度その言葉を言ったね?。もう聞き飽きたわ。私の死んだ亭主もあの世で笑っているさ。あんたの頑固さは、ひどいもんだったからねぇ」
プラーナは、遠い目をして昔話を始めたのだった。

ラウドラが初めて騙されたのは、まだ両親が生きていて、親の仕事を彼が手伝うようになったころだった。親は、他の国の名産品を仕入れ、販売していた。小さな貿易商だ。ラウドラも親の仕事を手伝い、店に出ていた。その店に来た客の一人に彼は「いい商品があるから買わないか」と誘われたのだ。その客に連れられて行った先は大きな家だった。その家の中には、金銀や宝石で飾った家具や置物がいっぱい並んでいた。その客は「こんなものは大したことはない。君に勧めたいのはこの商品だ」とラウドラに金剛石(ダイヤモンド)でできた首飾りを見せたのだ。ラウドラは、その男にすっかり圧倒されていた。
「今なら、この首飾りを金5枚で譲ってもいい。見ての通り金剛石だ。普通なら、安くても金50枚は必要だな。だけどな、ちょっと訳ありで・・・。あぁ、偽物じゃない。本物だよ。その訳か?・・・。実は新品じゃない。とある金持ちの奥様が、とある事情で手放したんだ。まあ、深くは聞かないほうがいい。大丈夫だ。金5枚でも俺の儲けはある。さぁ、どうする?」
ラウドラは、すぐに店に戻り、店の金庫から金5枚を持ち出そうとした。そこに父親が現れ
「おい、その金をどうするんだ?」
と尋ねた。ラウドラは、金剛石の首飾りを買うのだと説明した。当然のことながら、父親はそれを止めたのだった。
「バカモノ!。お前は金剛石が本物かどうか見分けられないだろ。それが偽物だったらどうする?。金5枚といえば、うちの家族が半年間、働かなくて生活できる金額だぞ」
「とうちゃん、大丈夫だよ。あの客は信用できる。今までもいろいろなものを買ってくれた客だし・・・。とうちゃんだって、あの首飾りを見たら買う気になるさ」
父親とラウドラの押し問答は続いた。ラウドラは、頑なに父親の忠告を拒んだ。
「とうちゃんは、俺が一人前に商売するのが嫌なんだろ!」
ラウドラがそう叫ぶと、父親はがっかりして「もういい、好きにしろ。だがな、ちゃんと責任をとれよ」と言ったのだった。
ラウドラは金5枚をもって客の男のもとに走った。そして、金剛石の首飾りと交換したのだった。帰ってきたラウドラが手にした金剛石の首飾りを見て、父親は
「あぁ、やっぱり・・・。そいつは偽物だ。嘘だと思うなら、町の宝石屋に見せてみろ」
といったのだった。ラウドラはさっそく町の宝石店に行ってみた。すると・・・。
「あんた馬鹿だねぇ。こんなものにひっかかるなんて。こんなもの、遠目でも偽物とわかる品だよ。こんなもの、小銭で買えるものだ。子供のおもちゃのようなものさ」
ラウドラはすぐに客の男の家に走った。しかし、そこには誰もいなかった。たくさんあった豪華な飾りのついた家具や置物もなくなっていた。ラウドラは、そこでようやく騙されたことに気が付いたのだった。

「それが初めてあんたが騙された事件だったねぇ。この話は近所まで聞こえてきたからね。みんな大笑いしたよ」
「プラーナ、ひどいじゃないか。あの時は、わしだって必死だったんじゃ。一人前になりたくてな・・・」
「何言ってんだい。それからもあんたは、懲りもしないで何度も騙されたじゃないか」
「うぅぅん、まあ、そうなんだが・・・」
「あんたは言い出したらきかないからね。人の話には全く耳を傾けない。周りの者たちがどれだけ忠告しても、教えても、『いや、大丈夫だ。俺のすることに口を挟むんじゃねぇ』って怒鳴ってさ・・・。で、結局は騙されているんだから。みんな『ラウドラは、人の話を聞かない大バカモノだ』って言っていたんだよ。まったく、あんたって人は、他人の忠告には耳を傾けないからね。だから、騙されるんだよ」
「まあ、確かにそうなんだが・・・。それは昔の話じゃないか・・・」
「何言ってるんだい。あんたは、もう何度も騙され続けているじゃないか。挙句の果てに家や土地まで失ってしまったじゃないか。このあたりの笑いものさ。あんたを知らないものは、このあたりじゃいないね。みんな『ラウドラは子供でも騙せる』と笑っているんだよ。友達も失くし、家も失くし、金も失くし・・・・。今度は何を失くすんだい?」
「いや、今度は・・・今度こそは大丈夫だ。信用できる話だ。なんせ客は国王だ。プラセーナジット王が買ってくれるんだよ」
「国王が、いったい何を買うっていうのさ」
「奥様に贈る冠さ。宝石がちりばめられていてね、黄金でできている」
「あんた、それを見たのかい?」
「あぁ、見たよ。それにな、わしが出すのは、その宝冠の代金すべてじゃねぇ。ほんの一部だ。とても高いものだからな。10人で金を出し合って作ったものだ」
「あんた、いつ金を出したんだい?」
「いやなに、俺が金を出したのつい最近だよ。実はな、その10人のうち、一人がな、宝冠が完成するころになって金がないって言いだして逃げちまったんだ。でな、代わりの出資者を探していたんだ。それが俺のところに回ってきたんだよ」
その話を聞いてプラーナは頭を抱えた。それは典型的な詐欺である。
「ラウドラ、もう金は出しちまったんだね?。そうかいそうかい。お前さん、よくそんな金があったね」
プラーナの言葉に、ラウドラは申し訳なさそうな顔をして言った。
「す、すまねぇ。その金はお前さんがわしの生活のためにって分けてくれた金だ・・・」
「あの金を全部かい?」
プラーナは、亡くなった夫が商売で成功したため多くの財産を残してくれたのだった。それは、プラーナ一人だけなら、遊んで暮らせるほどのものだった。プラーナには子供もなかったので、たまに幼馴染のラウドラを援助してやっていたのだ。
「あの金は・・・お前さんがこれから三か月楽に生活できるくらいの・・・それくらいの金だったんだが・・・。それを・・・あんたって男は・・・・」
プラーナは、キッとラウドラをにらみつけると
「あんたは、私の意見なんぞ聞かないからね。いや、誰の意見も聞かないな。仕方がない・・・ラウドラ、私についてきなさい」
「い、いったい何だっていうんだ?。俺は大丈夫だぞ。いや、今度は騙されていないって。国王が宝冠を買い取ってくれたら、10倍の金が入る。お前さんにも借りた金を返せるし、いい話じゃないか。何をそんなに怒っているんだ」
「うるさいねぇ。いいから、私についてきな!」
プラーナはそういうと、ラウドラを引きずるようにして歩き始めたのだった。

プラーナが着いた先は、祇園精舎だった。
「おいおい、ここでなにをしようっていうんだ?。わしは修行僧には要はないぞ」
ラウドラが何を言おうとお構いなく、プラーナは精舎の奥へと進んだ。やがて、お釈迦様がいつも座っている場所についた。
「おぉ、プラーナではないか。どうしたというのだ?」
お釈迦様は、怒った顔をしてやってきたプラーナに声をかけた。プラーナは、お釈迦様の前に座ると
「聞いてください。こいつが以前から話していた大バカモノのラウドラです」
と話し始めたのだった。事情を知ったお釈迦様は
「そういうことでしたら、もうすぐその国王であるプラセーナジット王が来ますから、直接聞いてみてはいかがですか」
と微笑みながら言ったのだった。プラーナは、「ちょうどよかった、そうします」とラウドラと二人で国王を待ったのだった。

しばらくすると、大勢の従者に囲まれてプラセーナジット王がやってきた。
「国王、さっそくで申し訳ないのですが、この者たちの話を聞いてもらえないですか?」
お釈迦様の言葉に国王は「何がどうしたのか?」という顔をしながらも、プラーナの話を聞くことになったのだった。
話を一通り聞いて国王は
「わっはっはっは、そういつは傑作な話だ。ラウドラとやら、お前さん、その宝冠はどこで見た?」
国王は、ラウドラに宝冠を見た場所を詳しく聞くと、従者の一人に
「おい、すぐに手配せよ」
と命じたのだった。そして、笑いながら
「あのな、わしは宝冠を注文なんぞしておらん。買うなら王宮専用の職人に頼む。町でできた宝冠を王宮が買うことはないのだよ。すっかり騙されたな。悪い連中が捕まるといいが・・・もう国外へ逃げているだろうな・・・」
と言ったのだった。そこで初めてラウドラは
「あぁ、また騙されたのか・・・」
と嘆いたのであった。

「ラウドラよ、なぜそんなに騙されるのか、わかるか?」
お釈迦様がやさしく尋ねた。
「はい、わしがバカなんです・・・。わしがバカだから、みんなでわしを騙すんです・・・」
ラウドラは、しょんぼりしながらそう言った。そんなラウドラにお釈迦は、
「愚か者!」
と厳しく言ったのだった。そこにいた一同は、そんなお釈迦様の声を聞いたことがなかったので大いに驚いたのだった。ラウドラなんぞは、お釈迦様の声にびっくりしてひっくり返っていた。
「ラウドラよ、汝は心底愚か者であるな。なぜ騙されるのか・・・。それは、汝が周囲の忠告を聞き入れないからだ。最初に騙された時、父親の忠告を聞きれていたならば、その後の失敗はなかっただろう。そのあとも、親や友人、周囲の者たちの忠告や助言など、一切聞き入れなかった。自分一人の考えだけで、それを押し通してきた。決して周囲の者たちの言葉を受け入れようとはしなかった。その結果がどうなった?。どうなったのだラウドラよ」
「す・・・すべてを・・・失くしました」
「それでもまだ汝は懲りないのか?。なぜプラーナの言葉を聞き入れないのだ?」
お釈迦様の言葉に、ラウドラは何も答えることができなかった。ただ、うつむいているしかなかった。
「愚か者よなぁ・・・。お前ほどの愚か者は、ほかにはいないくらいであろう。お前のような愚か者は、外の世界では生きてはいけまい。いや、もうこれ以上、プラーナに迷惑をかけるわけにはいくまい」
そういうと、お釈迦様はそばにいたアーナンダに声をかけた。アーナンダは、すぐに席を立ち、奥の部屋から箱を持ってきた。お釈迦様が箱から取り出したのは、はさみとカミソリだった。
「ラウドラよ、汝の髪の毛を切る。今日から汝は出家者だ」
お釈迦様は有無を言わさず、ラウドラの髪を剃ってしまったのだった。
「お前のような頑固で愚かで、他者の意見や忠告、助言に耳を傾けないようなものは、出家して修行すべきである。そうでないと、また迷惑をかけることになる。よいか、ここで他人の話に耳を傾けることを学ぶがよい」
お釈迦様の言葉に、髪をすべて剃り落としたラウドラが
「よろしくお願いします。これからは修行者として生きていきます」
といったのだった。お釈迦様は
「ほう、ラウドラが初めて他人の意見を聞き入れた」
と微笑んだのだった。


昔から「金言耳に逆らう」といいます。他人の忠告や助言は、時として聞き入れたくない言葉となるのです。それが正しい言葉である、とわかっていても、どうしても聞き入れたくないときはあるものなのです。ついつい意地を張ってしまうのですね。特に、身内に言われたりすると、余計に聞き入れたくないものです。そういう経験、ありませんか?

何でもかんでも他人の言葉通りにするのもよくありません。それは自分がない、ということになってしまいますね。少しは自分の意見、意思というものもなくてはなりません。しかし、明らかに、誰が見ても間違っているよ、ということもあります。そういう時は、周囲の人は注意してくれますよね。それすらも聞き入れず、自分の意志を押し通そうとするのは、ちょっと愚かなことではないでしょうか?

オレオレ詐欺などで、お年寄りが銀行などの窓口の職員に注意されても、怪しいんじゃないですかと助言されても拒否をして騙される・・・ということがたびたびありました。若いころなら家族の注意や意見、アドバイスなどを無視して暴走してしまうということは、よくある話です。どなたでも、若いころ親の言うことを聞かずに、悪いと分かっていてもちょっとやってしまった・・・ということはあることでしょう。それは若さゆえのことですよね。
ところが、最近ではお年寄りも周囲の忠告に耳を貸さなくなっています。まあ、年を取れば頑固になる、とは言いますが、お年寄りを狙った詐欺事件が横行している昨今、「怪しいんじゃないんですか」という言葉には耳を傾けたほうがいいと思いますな。
「年寄扱いするな」とご本人は思うかもしれません。「自分は騙されない」と自信があるかもしれません。しかし、そういう心理を突いてくるのが、悪い連中なのですよ。それも知っておいたほうがいいですよね。

若くても、年を取っていても、周囲からのアドバイスや意見には、一応、耳を傾けたほうがいいですな。それを聞き入れる入れないは別として、そうした周囲の意見を検討してみる、というのは大事なことだと思います。自分の考えや意見が絶対ということはありません。何か見落としていることだってあるでしょう。それに気付かせてもらえるかもしれないのです。もし、とるに足らないような意見ならば捨てておけばいいことです。
自分で考え、自分の意見を持ち、さらに周囲の意見を聞いてみる・・・そのほうがお得だと思うのですが、いかがでしょうか?。周囲の意見の中に、ひょっとしたら大きな金言があるかも知れません。それを手にすることができら、お得ですよね。損をしないためにも、周囲の意見に、一度は耳を傾けてもいいと思いますよ。
合掌。


第173回
意地を張り合っても何もいいことはない。
意地を張り合えば、やがてお互いに引っ込みがつかなくなる。
そうなれば、お互いに傷つくしかないのだ。
賢いものは、自ら身を引いて傷つくことを避けるものだ。
アフラーマは、お釈迦様の弟子の中でも頑固者で知られていた。彼は、お釈迦様に注意される以外、自分の主張を曲げたことがない男だった。周りからは「意地っ張りで頑固者」で通っていたのだ。例えば、自分が間違っていたことが分かっても、
「いや、それはそうなのだが、私はそういう意味で言ったのではない。意味を取り違えた君のほうが間違っているのだ」
などと理屈をつけ、決して「私が間違っていた」と認めないのだ。そのことをお釈迦様からは何度も注意されていた。
「アフラーマよ。素直に自分の間違いを認めたらどうだ。言い訳や理屈を言って謝らないというのは、褒められる態度ではない。間違ったときは素直に間違ったと認め、頭を下げるべきだ。いつまでも意地を張っていると、周囲から相手にされなくなるばかりか、覚りなど得られることもないであろう。アフラーマよ、悔しかったら自分自身を変えていくことだ」
お釈迦様から直接このように注意されても、彼の頑固で意地っ張りの性格は、なかなか直らなかったのである。彼が、ほかの弟子たちともめるのは、今では日常茶飯事であった。
「なぜ謝らない!」
「なぜ謝る必要があるのか?」
そんな言い合いが、アフラーマの周辺では、いつも聞こえていたのである。そして、相手が根負けするまで、堂々と胸を張って「謝る必要などない」と言い通すのである。相手は、アフラーマと争うことがバカバカしくなり、「私が悪いってことでいいさ。じゃあな」と言って去っていくのだった。いつもこんな状態だったので、ついに彼は誰からも相手にされなくなってしまったのであった。

そんなアフラーマを見て、お釈迦様は一計を案じた。彼に新しく入ってきた弟子の面倒を見させたのだ。しかも、その弟子はかなりの問題児で、その両親が手に負えなくなってお釈迦様に預けた者だったのだ。
「アフラーマよ、汝も出家してもう十数年だ。そろそろ、新弟子の指導をしてもらいたい」
「私は嫌です。私は、このように頑固者で意地っ張りです。お釈迦様に注意されても、なかなか直りません。最近では、私に誰も寄り付かなくなっています。こんな私に弟子を指導できるはずがありません。ですので、お断りします」
アフラーマは、そう言ってお釈迦様の前を去ろうとした。しかし、お釈迦様は
「まあ待ちなさい。これは決まり事なのだよ。どの弟子も、長年修行して、私が許可を与えた者は、弟子の指導をしなければならいのだ。これは、教団内で決まっていることなのだよ。やらねばならないことなのだ。それを汝は拒否するというのか?」
お釈迦様にそういわれ、アフラーマは言葉に詰まってしまった。お釈迦様はさらに
「もし拒否をするというのなら、教団追放ということになるが、それでよいな?」
と追い詰めたのだった。さすがにアフラーマも断り切れなくなってしまった。彼は、しぶしぶ首を縦に振ったのだった。
「よろしい、アフラーマよ。弟子の指導を受け入れた以上、責任をもって指導しなさい。汝に指導を頼むのは、この者だ」
お釈迦様がアーナンダに言って、若者を一人アフラーマに紹介した。その若者は、アフラーマを一睨みして
「タパスです」
とだけ言ったのだった。こうして、アフラーマによるタパスの指導が始まったのだった。

彼らは毎日のようにもめていた。タパスもアフラーマに劣らず、頑固で意地っ張りだったのだ。
「そんなこと聞いていません」
「いや、ちゃんと昨日伝えたはずだ」
「いいえ聞いていません。私は、人一倍記憶力はいいほうです。その私が言うのですから、聞いていないことに間違いはありません」
「そんなはずはない。私が、こんな初歩のことを言い忘れることなんてないのだよ。君が聞いていなかったのだ」
二人の朝は、このように「言った」、「聞いてない」の言い合いから始まった。そして、
「もういいです。仕方がありませんから。私が聞いていなかったことにしてあげましょう」
とタパスが言うと、
「なんだその言い方は。それではまるで、私が間違っているようではないか。いいか、間違っているのは君のほうだ、タパス。仕方がない、今回だけは、その間違いを許してあげよう」
とアフラーマが言い返すという始末だった。こうした言い合いは、昼近くまで続き、二人は托鉢に行きそびれることがしばしばあった。
そのうちに、二人の言い合いは、朝の名物になったのだった。毎朝、二人の周りにはほかの弟子たちが見物に集まってきたのだ。彼らは、二人の言い合いを笑って見ていた。そして、托鉢の時間になると
「馬鹿な奴らだ」
と冷ややかな笑いとともに、彼らは托鉢へと向かうのだった。そのお陰で、アフラーマやタパスも
「自分は悪くはないからな」
と言い合いながら、托鉢に向かうことができるようになった。昼まで言い合いを続けることはなくなったのだ。

ある日のこと、二人の言い合いの見物人の中にお釈迦様が混じっていた。周りの弟子たちは、びっくりしてその場を離れようとしたが、お釈迦様は、身振りで「そのままでいるように」といった。こうして、お釈迦様と弟子たちは、アフラーマとタパスを囲むように見物することとなった。
その日もいつもと同じように「言った」、「聞いてない」の言い合いだった。言い合いは長く続いた。そろそろ托鉢の時間となり、見物していた弟子たちが托鉢に向かおうとしたが、お釈迦様はそれも止めたのだった。二人の言い合いを続けさせたのだ。
言い合いは、昼近くになっていた。実は二人ともその時、今日は何かおかしいと思い始めていた。
「昨日言ったって何度も言っているだろ(おかしいな、みんな動かないぞ)」
「いいえ、聞いてません。何度言ったらわかるんですか(あれ?、托鉢の時間は過ぎているんじゃないか?)」
「それはこっちの言葉だ。何度言ったらわかるんだ、タパスよ。いい加減に素直に聞き入れて謝るべきだろ(おかしいな・・・。もう昼だぞ)」
「もういいです。あなたの指導は受けたくありません。言ってもいないことを言う人の指導は受けたくありません(もうなんだよ、いつまでも見ているなって)」
「あぁ、そうかい。わかったよ。じゃあ、好きな長老のところへ行けばいい(あぁ、面倒だ。俺はいったい何をやっているんだ)」
二人の声は次第に小さくなっていった。そして、お互いに「ふんっ」と言い合うと
「お前ら邪魔だ。いつまで見ているんだ。修行に向かえよ!」
とアフラーマが大声を張り上げたのだった。その言葉を聞いて
「よく言った、アフラーマよ。汝も修行に向かうがよい」
と大きな声で言った者がいた。お釈迦様だった。

アフラーマとタパスを取り囲んで輪になった大勢の弟子たちは、皆その場に座ることとなった。
「アフラーマよ、タパスよ、なぜ言い合いを続けない?」
お釈迦様は、二人に問うた。二人ともしばらく黙り込んでいた。やがて、アフラーマが口を開いた。
「その・・・なんというか・・・、皆が見ていて、なんだかバカらしくなってきて・・・」
「何がバカらしいのだ?。言い合いは汝のお得意であろう?」
「はっ?、はぁ・・・。ですが、その・・・。急に熱が冷めたというか、面倒になっというか・・・」
「もっとはっきり言いなさい。・・・というか、などという表現ではわからぬ」
「はい・・・。そうですね、急に冷めてしまいました。そしたら、自分が恥ずかしくなってきました。それで、大きな声で修行に行けなどと言ってしまいました」
「冷めたとたん、自分が見えたのだな?」
お釈迦様の言葉に、アフラーマははっとした。同時に、タパスも下を向いていたのだが、ふと顔をあげお釈迦様を見つめたのだった。
「意地を張り合って言い合いをしていたが、みんなの視線を感じるようになり、だんだん冷静になっていった。すると、自分が恥ずかしくなってきた。見られたくないと思うようになった。そういうことだな?」
お釈迦様は強い口調で問いかけた。二人とも
「はい、その通りです」
と答えていた。

「アフラーマとタパスよ、汝ら、今の気持ちを忘れてはならぬ。そうすれば、もう二度と言い合いにはならないであろう。もし、言い合いになったならば、どちらかが身を引いて言い合いをやめるがよい。言葉を飲み込み、黙るがよい。そうすれば、お互いに冷静になれるだろう。冷静になれば、争いは止む。どちらも引かず、言い争い続ければ、お互いにぶつかり合い、やがて双方とも滅ぶこととなろう。初めは小さな言い争いも、それが続くうちに大きくなっていくのだ。そうなれば、誰も止めてはくれない。お互いに引っ込みがつかなくなり、双方に大きな痛手を残すこととなるのだ。意地の張り合いなんぞ、いいことは何もないのだよ。それは、滅びのもとに過ぎないのだ。よいか、賢いものは自ら身を引いて、痛手を避けるものなのだ。アフラーマとタパスよ、汝ら賢きものとなれ」
お釈迦様がそういうと、二人は「わかりました。以後、気を付けます」と誓ったのだった。
その翌日は、さすがに二人の言い合いは聞かれなかった。しかし、1週間もすると
「だから、昨日言ったであろう?」
「いいえ、聞いていませんって言ってるじゃないですか」
という二人の言い合いが始まった。しかし、
「あぁ、わかったわかった。もうやめよう。言い合いはやめよう。そうだな、ひょっとしたら、言い忘れたかもしれないしな」
とアフラーマがいえば、
「はい、そうですね、やめましょう。ひょっとしたら、私が聞き逃していたかもしれません」
とタパスが言ったのだった。そして、二人で顔を見合わせ、
「お互い、素直になった・・・かな?」
と言って笑いあったのだった。


意地の張り合いで、双方ともに傷つく・・・という話はよく聞きます。周りの人間から見れば、
「素直に謝っておけばいいのに」
と思うのですが、当事者はそうはいきません。「先に頭を下げたほうが負け」なんて言う気持ちを持っていますからね。そう簡単には頭はさげませんな。

ちょっとした間柄の関係で意地を張り合う程度ならば、周囲は気にしないし、放っておくことでしょう。むしろ「やれやれ〜」と煽るものもいるかもしれませんね。不謹慎ですが。しかし、これが仕事にからんだ間で起きると、放っておくというわけにはいかないでしょうな。周囲を巻き込むのは勘弁してほしい、と思いますし、
「いい加減にしろよ、お前ら!」
と注意もしたくなります。それでおさまればいいのですが、お互いに納得していないと、禍根を残すことにもなりますな。そうなると、やりにくいですよね。

そうしたことが国同士であると、これはものすごく厄介ですよね。国と国が意地の張り合いを始める・・・。まあ、自国や世界的に影響がない国同士ならば、好きにやってくれよ、で済みますが、そうではない場所、そうではない国で意地の張り合いを始められると、周囲はいい迷惑ですな。お互いに、どっちも意地になって引かないぞ、という姿勢を示せば、大きな争いに発展することもあります。恐ろしい話ですな。
どちらか一方が、冷静になって「いや、今回は当方が悪いです。申し訳ないです」といえば、簡単に片付くことなのに、お互いの面子についついこだわってしまうのでしょうね。愚かなことです。
賢いものは、頭を下げてそれでおさまるなら頭を下げよう、と考えるでしょう。意地を張り合っても、それを貫こうとすれば、大きなもめ事に発展するに決まっていますからね。それよりも、さっさと頭を下げて、被害を最小に抑える、それが賢きものの道でしょう。

国であれ、友人同士であれ、職場の仲間であれ、いったん身を引いて冷静になることを知れば、もめ事はそうそう起きないんですけどね。
さて、あなたは賢きものとなるか、愚かなものとなるか、いずれなのでしょうか?
合掌。


第174回
人を悪く言うその心底には、
その人に対する羨みや妬みが存在している。
羨ましいのなら、その人の真似をするか自分の個性を出すことだ。

アタルヴァとルドラは、幼馴染で仲のいい友人だった。二人はコーサラ国のはずれの小さな村で生まれ育った。ある日のこと、その村にお釈迦様が多くの弟子を連れてやってきた。旅の途中に滞在したのだ。アタルヴァとルドラは、一緒にお釈迦様の教えを聞きに行くことにした。お釈迦様ら一行は、村長が所有している大きなマンゴー園に滞在していた。そこで、村の人を相手に教えを説いていたのだ。
もともと若者の少ない村だった。若者の多くはコーサラ国の首都へ行ってしまった。残った若者は、農園の後継ぎがほとんどだった。アタルヴァとルドラは、貧しい家庭で育った。二人の両親とも小さな農家だった。二人とも跡継ぎであったが、彼らはどうすればいいのか迷っていたのだ。二人ともできれば街に出て働きたかった。そんな時にお釈迦様に出会ったのだ。
二人は、熱心にお釈迦様の話を聞いた。一日だけでなく、次の日もその次の日も、二人は一緒に話を聞きに行った。
家に戻った二人は、それぞれの親に出家したいと話をした。すると、二人の両親ともに出家を許してくれた。二人が一緒に出家するということも、出家の後押しをしてくれたようだった。
翌日、二人はお釈迦様のもとで出家し、弟子として旅を共にすることとなった。

それから数か月が過ぎた。アタルヴァもルドラも出家生活に慣れ、修行の日々を過ごしていた。アタルヴァはシャーリープトラのもとで、ルドラはマハーカッサパのもとで修行に励んでいた。彼らはそのころ、お釈迦様とともに霊鷲山に滞在していた。そして、彼ら二人には、修行の成果に差が生じ始めていた。
「だいたい、アタルヴァは昔から要領がよかったんだ。っていうか、ゴマすりなんだよな」
ルドラがほかの修行仲間に小声でそう言った。今は午後の瞑想や師であるマハーカッサパの教えも聞き終え、精舎の中で仲間と過ごしている時間だった。本来ならば、この時間は、各自それぞれ修行をしたり、修行仲間と教えについて話し合ったりする時間であった。しかし、指導者であるマハーカッサパはその時間にはいない。夕方から消灯の間は、各自の裁量に任されているのだった。多くの修行者は真面目に教えについて話し合ったりしていたのだが、ルドラの仲間だけは異なっていた。
「アタルヴァってやつ、最近目立っているよな。シャーリープトラ尊者の弟子だからって威張っているんじゃないのか。あぁ、そういえばルドラの幼馴染じゃなかったっけ?」
と言い始めた先輩の修行者の言葉がきっかけだった。
「昔から、ゴマすりなんだよ。いい子ちゃんなんだ。みんなから好かれるアタルヴァってやつだよ」
ルドラは吐き捨てるようにそう言った。
「お前ら、仲良かったんじゃないのか?」
「俺が?、アタルヴァと?。そりゃ、ここに来る前は仲良かったよ。でも、ここへ来てからはねぇ・・・。俺に急に冷たくなったていうか、妙に威張っているっていうか・・・。なんか、俺を見下しているような態度が気に入らないんだよね」
「あははは、確かにルドラを見下しているかもな。アタルヴァは、優秀だからな。教えもしっかり理解しているようだし。立ち振る舞いも・・・あぁ、確かに立派だよな。あれはみんなから好かれるよ」
「だから、それは演技なんだって。本当のあいつは、腹黒い悪人なんだよ。ただ、人を小馬鹿にしたいだけなんだ。特に俺を見下したいがために、さも悟ったような顔をしているのさ」
「でも、下働きもちゃんとやっているって評判だぞ」
「あぁ、評判いいよな。確かに、あれは褒めらるわ」
「だろ?。アタルヴァは、褒められたいから、そういう行動をとるんだ。別に修行ができているわけじゃない。ただ、褒められたい、いい評判を得たい、そういう欲の塊なんだよ」
ルドラは、ふてくされたように言った。そこから、ルドラは子供時代のアタルヴァの悪口を並べ立てた。それは、彼がいかに大人から褒められるような行動をしたか、という話だった。そして、
「すべて計算だよ。目立っていいことをして、褒められて、いい評判をとって目立つ。全部計算でやっていることだ。いやな奴なんだよ」
と決めつけたのだった。

その日以来、ルドラの仲間はアタルヴァを見る目が変わった。アタルヴァの行動や言葉をすべて真意ではないと受け取ったのだ。偽善だと決めつけていたのである。そうした思いは、自然に行動に出る。ルドラと彼の仲間たちは、アタルヴァにつらく当たるようになっていったのだった。また、彼らはあちこちでアタルヴァの悪口を言いふらした。彼は偽善者である、と。その声は、当然アタルヴァの耳にも入った。
「シャーリープトラ尊者、相談があるのですが・・・」
ある日の夕方、アタルヴァはシャーリープトラの部屋に相談に行った。
「君に対する悪口のことかい?。それならば気にしないことだ。彼らは、君に嫉妬しているだけだ」
「そうなんですが・・・。でも・・・」
「でも、気になるかい?。そうだよなぁ、ルドラは幼馴染だしなぁ・・・」
「そうなんです。あいつは、あんな奴じゃなかったんですが・・・」
「わかった。マハーカッサパ尊者に話しておこう」
シャーリープトラはそういうと、その翌日にマハーカッサパにルドラのことを話したのだった。
マハーカッサパは、そのことに気づいていて考えていたところだと言った。そして
「私のほうから注意をしておこう」
とシャーリープトラに言ったのだった。

その日の午後、瞑想をしているのか休んでいるのか、大きな木の下で座っているルドラをマハーカッサパは見つけて近付いて行った。
「ルドラよ。修行は進んでいるか?」
マハーカッサパに声をかけられたルドラは
「はい、進んでおります。最近は、身も心も軽くなりました」
と明るく答えた。
「そうか、それはいいことだ。では、近いうちに問答をしよう。修行の進み具合や教えの理解は、人によってさまざまだからね。焦らず、君は君の修行をすればいい。他人のことは気にしてはいけない。わかったね」
「はい、わかっています。よろしくお願いいたします。」
ルドラはそういうと、「瞑想に戻ります」と言って、大きな木の下で座りなおしたのだった。
しかし、その日の夕方、また修行仲間が集まると、ルドラがすぐに不平を言い始めたのだった。
「俺は今日分かった。俺たちがなかなか悟れないのは、尊者が悪いんだ」
「どういうことだ?」
「マハーカッサパ尊者の指導力が悪いんだよ。ところが、シャーリープトラ尊者は指導がうまいんだな。だから、あんなアタルヴァでさえ、立派な立ち振る舞いができるようになったんだ」
「あぁ、なるほどな。そういえば、マハーカッサパ尊者は、あまり熱心に指導しないよな。どちらかというと、放ってあるような感じだ・・・」
ルドラの仲間が言ったその言葉に、ほかの修行仲間も大きくうなずいた。そこからは、いつものアタルヴァへの悪口に加え、マハーカッサパ尊者への批判が始まったのだった。
「そうか、ということは、俺たちはついていないんだな。もっといい指導者に当たれば、俺たちもアタルヴァ程度にはなれたんだ」
「そういうことだ。あぁ、シャーリープトラ尊者に指導してもらえばよかった。ちっ、なんてついていないんだ」
結局、マハーカッサパの助言も意味をなさなかったのだった。
その翌日から、ルドラとその仲間たちのアタルヴァへの悪口は、さらにひどくなった。ほかの修行者たちにも
「アタルヴァにはかかわらないほうがいい」
「あいつは、実は陰でお前たちの悪口を言っているぞ」
「アタルヴァは、昼間は立派な態度をとっているが、夜になるとこっそり遊びに出かけているんだ」
などなど、嘘ばかりを言いふらしたのである。そして、アタルヴァに関する悪い噂は教団内で広まっていったのだった。

ある日のこと、お釈迦様がアタルヴァ、ルドラと修行仲間たちを呼びつけた。彼らがお釈迦様の前に出ると、その左右にはシャーリープトラ尊者とマハーカッサパ尊者が座っていた。ルドラはたちは「まずいぞ」と小声でささやきあった。
「アタルヴァ、汝に尋ねたいことがある」
お釈迦様は、まずはアタルヴァに話しかけた。
「アタルヴァ、汝は夜な夜な外へ出かけているという噂が立っているが、それについてどう思う?」
「せ、世尊、そのような話は、全くのでたらめです。嘘です」
「ほう、では、夜に出かけるということはない、というのだな?」
「はい、それを証明してくれる方もいます。それはシャーリープトラ尊者とマハーカッサパ尊者です」
「ほう、シャーリープトラとマハーカッサパが・・・。それはどういうことだね?」
お釈迦様の問いに、マハーカッサパが答えた。
「実はここ数日、アタルヴァは我々と一緒の部屋で休みました。私もシャーリープトラ尊者も、夜中にアタルヴァが出かけているところは見ていません。彼は、ぐっすりと寝ていました。それなのに、その数日間、『アタルヴァが昨日の夜中も精舎を出て遊びに行っていた、それを目撃した』という噂が流れました」
マハーカッサパの言葉を聞いて、ルドラたちは真っ青になり、額に汗をながした。
「どうしたルドラよ、顔色が悪いが・・・。体調でも悪いのか?。おや、ほかの者も顔色が悪いようだが・・・」
お釈迦様がそう言っても、彼らは下を向いたまま返事をしなかった。お釈迦様は、彼らをそれ以上追及はせず、
「そうか、ではアタルヴァは潔白であるな。しかし、だれがそのような噂を流したのであろうか?。アタルヴァ、汝に関しては、そのほかにも悪口が流れているが、誰が何の目的でそのような悪口を言っているのか、心当たりはあるか?」
お釈迦様の問いかけに、アタルヴァは
「心当たりがあるともないとも言いません。私にとっては、そんなことはどうでもいいことですから。いや、むしろ、そんな悪口をいう者たちを哀れにすら思います。なんでそのようなことを言うのか理解できません。そんな暇があるなら、修行に励めばいいと思います。自分のやるべきことをやればいいのだと・・・。ですので、世尊の質問には答えられません」
アタルヴァは、真剣な顔をしてそう言ったのだった。
「アタルヴァ、それは正しい答えだ。よくぞ言った」
お釈迦様はアタルヴァにそう微笑むと、急に引き締まった顔になり
「さて、ルドラよ。汝らは、何か言いたいことがあるか?」
と問いかけたのだった。

ルドラたちは、何も言えず下を向いたまま震えていた。
「汝ら、つまらぬことをしたことなぁ。なぜ、そのようなことをしたのだ?」
お釈迦様がそう優しく問いかけると、ついにルドラが叫んだ。
「す、すみませんでした。私が悪いのです。ついつい、アタルヴァが・・・」
「アタルヴァがどうしたのだ?」
優しくお釈迦様は問い続けた。ルドラは「アタルヴァが・・・アタルヴァが・・・」とつぶやいていたが、やがて
「う、羨ましかったんです!」
と泣き叫んだのだった。そして
「妬ましかったんです。自分よりも先に教えを理解していたようだし、評判も良かった。それに引き換え、俺は目立たなかったし、褒められることもなかった。同じ日に出家したのにこの差は何だ、と思ったんです。そのうちにアタルヴァのことが許せなくなった。本当は、許すも許さないもないんでしょうけど、とにかく憎たらしくなった。なんでもうまくやりこなすアタルヴァが許せなかったんです。だから悪口を・・・」
「さらには、指導者が悪いともいったのだな」
お釈迦様の言葉に、マハーカッサパがため息をついた。
「アタルヴァがあんなにできるのは、シャーリープトラ尊者の教え方がうまいんじゃないかと、みんなで話をしました。マハーカッサパ尊者は教え方が下手で冷たいと・・・・」
「本当にそう思っているのか?」
お釈迦様の問いに、ルドラは言葉に詰まった。そして、そのまま黙り込んでしまったのだった。
しばらくして、お釈迦様が話し始めた。
「よいかルドラ。マハーカッサパ尊者もシャーリープトラ尊者も、彼らの指導力に差はない。なぜなら、彼らは悟っているからだ。彼らから見れば、汝らをどのように指導すればよいか、わかるのだよ。汝らの力量や性格に合わせて彼らは指導をしているのだ。私も汝らの性格や理解力などをよく吟味して、どの尊者のもとで指導を受ければ最適であるかを判断している。決して、尊者に指導力の差があるのではない。まず、それを理解せよ」
お釈迦様はそこまで話すと、いったん話を止めた。そして再び問いかけたのだった。
「よいかルドラたちよ。人が他者の悪口を言うときは、どのような心の状態であろうか?」
すぐには誰も答えなかった。しばらくしてルドラがぼそぼそと答え始めた。
「そ、それは・・・妬みの心です。相手を羨ましいと思ったり、妬んだりするから、悪口を言うのだと思います」
「そうだルドラ、その通りだ。悪口を言う者の心の底には、羨みや嫉妬が渦巻いている。そして、それはやがて恨みへと変貌するのだ。その心の闇にとらわれると、なかなか抜け出せない。こじらせれば、一生恨み続ける者もいるくらいだ。汝らも危ないところだった・・・のではないか?」
お釈迦様の言葉にルドラは、ハッとしたのだった。
「気付いたか・・・。そうだ。汝らは、もう少しで恨みの渦に巻き込まれるところだったのだ。その渦を作ったのは、ルドラ、汝がアタルヴァを羨み、妬んだからだ。仲のよかった幼馴染ばかりが先へ行ってしまうと汝は焦り、その姿が羨ましくもあり、妬ましくもあり、そして腹も立った。そうして、恨みへと変わっていく寸前だったのだ」
いつの間にか、多くの修行僧が彼らの周りに集まっていた。お釈迦様は構わず話を続けた。
「よいかルドラ。人が他者の悪口を言うその背景には、その人に対する羨みの心、妬みの心があるからだ。ルドラよ、そんなに羨ましいのなら、汝もアタルヴァの真似をすればよかったのだ。だが、汝はそれをしなかった。真似すれば蔑まれるかもしれないと思ったのだろうし、真似できないことも知っていたのだ。ならば、汝は汝のやり方で、アタルヴァに追いつけばよかったのだ。羨むくらいなら、妬むくらいなら、相手を追い越してやろうと修行に励めばよかったのだ。ところが、汝は妬みから恨みへと心が変化し、悪口を言うという下劣な行為に出てしまったのだ。今は、それがわかるね?」
お釈迦様の問いかけにルドラは大きくうなずいたのだった。
「他の者は、ルドラに踊らされてしまった愚か者たちだ。自分の意思も持たず、安易な方へと流れてしまった。何の意味もなく悪口に同調するのは、楽で楽しいからな。それは、自分の考えや意思を持っていないと証明していることになる。それに気が付かない汝らは、愚かな者たちなのだよ」
お釈迦様の追及に、ルドラの仲間たちはうなだれてしまった。
「よいか、悪口を言っている暇があったら、自らの修行に励め。羨みや嫉妬の心に目を向けるな。羨しいと思うなら、真似てみればいい。それができないなら、自分の生き方を見つければいいではないか。自分は自分、他人は他人である」
お釈迦様は、最後は厳しく叱って終わったのだった。

その翌日から、ルドラたちは、マハーカッサパの指導の下、真面目に自分流の方法で修行に励むようになったのだった。もう誰もアタルヴァの悪口をいう者はいなかった。それどころか、教団内では誰の悪口も聞かれることはなかったのだった。


ある日のこと、静かな午後に女性たちの笑い声が聞こえてきました。いったい何事かと声のするほうを見てみると、ママさん仲間らしき女性たちが、大きな声でおしゃべりをしていたのです。
聞く気はなかったのですが、聞こえてしまったので耳を傾けました。すると、その内容は、そこにいない人の悪口だったのです。あの人は服装が派手だとか、化粧がヤバい(どういう意味なのかさっぱりわかりませんが)とか、でしゃばりだとか、金持ちぶっているとか・・・。いやはや、悪口のオンパレードですな。

そのうちに一人抜けました。用事があったのか、一人先に帰ったようです。すると、その人の悪口が始まるのですよ。
「ねぇねぇ、あの人ってさぁ・・・・」
てなもんです。それで盛り上がりますな。で、さらに一人抜けますな。すると、今度はその新たに抜けた人の悪口が始まります。「あの人ってさぁ・・・」ですな。
最後は二人になって、いない人の悪口放題ですな。で、「じゃあね、またね〜」なんて帰って行きますな。
ごく普通の若い奥様方がねぇ・・・。いやはや、女って怖いなぁなどと小心者の私はビビりますな。何が怖いって、あれで人間関係が普通に成立するところが恐ろしいですね。

私はふと思います。悪口を言っている自分を彼女らはどう思っているのだろうか?、と。あの奥様方だけではありません。他人の悪口を言っている人って、その時の心境を自分でどう思っているのでしょうか?。悪口を言っている自分に酔っているのでしょうか?。興奮しているのでしょうか?。「こんなことも知っているぞ」と自慢に思っているのでしょうか?。そして、そんな悪口に乗っている周囲の人たちは、自分のことをどう思っているのでしょうか?。一度、その場所に割り込んでいって、
「ねぇ、他人の悪口を言っている自分って、どうなのよ?」
と聞いてみたいですな。みじめに思わないんでしょうかねぇ。悪口を言って、虚しくないんでしょうかねぇ。自分が、余計にみじめな気分にならないのでしょうかねぇ。
悪口を言わなきゃやっていけない自分って・・・・恥ずかしいですよね。私はそう思うんですけどね。

悪口の基本は、羨ましいと思う気持ちや嫉妬心です。「いいなあの人は」、「どうしてあの人だけが優遇されるのか」、「いいな金持ちは」・・・などなど、羨ましいなと思う心が発端ですね。そこから、嫉妬心へと変わり、イライラしたりムカついたり恨んだりしていくのですな。
そんなに羨ましいなら、真似すればいいのに、と私はそう思います。また、他人は他人、自分は自分じゃないか、と思います。他人のことなど「どうでもいい」でしょう。
羨むよりも、自分の生き方を見つけたほうがいいですよね。そうでないと、いつまでも羨み嫉妬するみじめな自分から解放されませんからね。自分は自分です。
合掌。


第175回
自分の思い通りにしておいて、その結果が芳しくなく
「こんなはずではなかった」と不平不満を言うのは愚かしいことだ。
それを他人のせいにするのは、さらに愚かしいことである。

「私が父親の面倒を見る。こんな家においておけば、お父さんはすぐに死んでしまう!」
そう叫んで、アンジャリーは父親を台車に乗せ始めた。
「お前は何を勘違いしているんだ?。いい加減にしろよ。いつもいつもそうやって勝手なことばかりして。いったい、俺や母さんが何をしたっていうんだ?。親父の面倒だってちゃんとみているじゃないか」
兄のチャトラは、そう大声で言ってアンジャリーの行動を止めようとした。しかし、彼はアンジャリーが一度言い出したら誰の言うことも聞かない、身勝手な妹であることをよく知っていた。
「うるさい!、兄さんの言うことなんか聞きたくない!。私がお父さんの面倒を見る、それでいいじゃない。好きにさせてよ!」
「何を勝手なことを言っているんだ。ここにいたほうが親父も安心だろ?。お前のところへ行くって、住まいはどうするんだ?。生活費は?。医者代だっているんだぞ。お前、それ全部面倒みられるのか?」
「みられるわよ。今住んでいるところだって狭くないし。お父さん一人くらい面倒みられるわよ。バカにするな!」
「オヤジ、いいのかそれで?。本当にアンジャリーについて行っていいのか?。ここにいたほうがいいんじゃないのか?」
チャトラの問いかけに、父親はもごもごと何か言っていた。
「よく聞こえねぇよ。はっきり言ったらどうなんだ」
チャトラはイラついて、ついつい大声を張り上げた。
「そうやって兄さんが大声を出すから、お父さんはここが嫌になったのよ」
チャトラは、アンジャリーの言葉を無視して、もう一度父親に問いかけた。父親は、
「ここにいるのは嫌だ。アンジャリーと一緒に暮らしたい」
とはっきり言ったのだった。アンジャリーは、「ほらみろ」と言った顔をして、にやりと笑ったのだった。
「お父さんの持ち物は全部持っていくからね」
彼女はそういうと、父親の部屋のものをまとめ始めた。チャトラは、
「勝手にしろよ。どうせお前は言い出したほかの人の意見は聞かないからな。好きにすればいいさ。でもな、あとで泣き言を言ってくるなよ」
と言って、その場を離れたのだった。部屋を出ていこうとするチャトラの背に向かってアンジャリーは
「あんたとは、もう二度と会わないわよ。どんなに苦しんだってあんたなんか頼らないわよ」
と叫んだのだった。

父親は身体が不自由とか動けないとかいうわけではない。もともと、何をするにも母親を呼びつけてやらせる人だった。ほんのちょっと先にあるコップすらも自分で取りにいかず、わざわざ母を呼びつけ、とらせたりしたのである。母親も元気なうちはテキパキ動いて父親の面倒をみていたが、次第に身体が思うように動かなくなってからは、「自分でやってよ」と言って父親の言うことを聞かなくなってきた。それでも、父親は母親を呼びつけて、いろいろなことをやらせようとしたのだった。
父親はゆっくり動けば、散歩くらいはできる身体だったのだが、近所の老人をバカにしていたせいか、近所付き合いは全くなく、外に出かけることはほとんどなかった。家の中でいつもゴロゴロと過ごしていたのだ。逆に母親は社交的で、身体は動きにくくなってきていたが、外で近所の人たちとおしゃべりするのが大好きだった。なので、食事の時間以外は、外に出て散歩したり、おしゃべりを楽しんだりしていたのだ。だから、父親は家の中で一人で過ごしていたのだ。
そんなころ妹のアンジャリーは嫁ぎ先でもめて、離縁をされ一人で暮らし始めていた。時間に余裕ができたアンジャリーは、しばしば父親の様子を見に来ていた。父親がアンジャリーに愚痴り始めたのは、当然のことだった。父親は、アンジャリーの同情を引くため、母親や兄にいじめられているとウソを伝えたのだ。
「誰も相手にしてくれない。食事の用意すらしてくれない。こんなところにいたら、わしは死んでしまうだろう・・・」
アンジャリーが来るたびに、そう言って泣いていたのだ。しかし、それは全くのウソだったのである。アンジャリーは、父親の言葉を鵜呑みにし、兄のチャトラに食って掛かった。そのたびにチャトラは父親に「ウソをつくなよ」と注意していたのだった。しかし、父親のウソは止まないばかりか、ますますひどくなったのである。
そうして、ついにアンジャリーが腹を立て、父親を連れ出すことになったのだ。

父親とアンジャリーは、自分たちの思うとおりになったことを喜んだ。
「あぁ、よかった。これからは安心して暮らせる」
父親は涙を流して喜んだ。
「よかったね、お父さん。これからは私がちゃんと面倒をみるからね」
アンジャリーも喜んでそういった。
しかし、仲良く楽しく暮らしていたのは、ほんの少しの間だったのだ。しばらくすると、父親のわがままさにアンジャリーが怒り出したのだった。
「いい加減にしてよ。私だって働かなきゃいけないの。一日中、家にいられないことくらいわかるでしょ。毎日毎日、朝から晩まで相手なんてできるわけないでしょ!」
そう怒鳴るアンジャリーの声が毎晩聞かれるようになったのだ。そのたびに父親は、
「家に帰りたい」
と泣くのだった。
「あぁ、こんなはずじゃなかった。全く、あのクソオヤジ、お金は持っていないし、文句ばっかり垂れやがって!。あぁ、もう、どうすればいいんだ。クソオヤジめ、自分で家を出たいと言っておきながら、今度は家に帰りたいだって?。勝手なことばかり言って・・・。どこかに捨ててくるわけにもいかないし・・・、さて困ったぞ・・・。あぁ、そうだ、いっそのこと家に帰せばいいんだ。クソオヤジも帰りたいって言ってることだし。よし、そうしよう。そうだ、悪いのはクソオヤジなんだから。私は一つも悪くないんだし!」
アンジャリーは、父親を元の家に戻すことを計画し始めたのだった。

ある日の晩、アンジャリーは、夕食の中に睡眠薬を混ぜておいた。その食事をとった父親はぐっすりと眠ってしまった。その父親をアンジャリーは、台車に乗せた。そして、明け方近くに、実家に台車ごと父親を置き去りにしたのだった。
朝になり、玄関を開けたチャトラの母親は、びっくりして大声でチャトラを呼んだ。大急ぎで玄関まできたチャトラは、台車に乗せられ眠りこけている父親を見てびっくりしてしまった。彼は、すぐに妹の住まいに走った。彼女の家に着くと「すぐに来い」と言って、アンジャリーの腕をつかみ、引きずるようにして家に連れてきたのだった。
「いったいどういうことなんだ!。なんで、親父がここにいる?」
チャトラは怒鳴った。アンジャリーは、
「やっぱり私は面倒見れないから、帰そうと思って。お父さんも、毎日毎日、帰りたいって泣くしね。だから、連れてきたのよ」
と不貞腐れながら言ったのだった。それからは、大声でののしりあうばかりだった。兄が「無責任だ」と言えば、妹が「兄さんたちがお父さんを邪魔にするからだ」と言い返した。それを受けて兄が「俺たちのせいにするな。責任転嫁だろ」と言い返した。反論できない妹は、「キャー」と泣け叫び、大声で「兄がお父さんを邪魔にしている、追い出そうとしている」と叫んだのだった。あまりのアンジャリーの剣幕に、驚いた近所の人たちが、ちょうど托鉢に回っていたお釈迦様を連れてきた。

ののしりあう兄と妹を見て、お釈迦様はすべてを見抜いたのだった。
「静かにせよ!」
厳しく重々しい声でお釈迦様が一喝した。チャトラもアンジャリーもびっくりしてお釈迦様を見つめた。
「汝ら、なにを言い争っているのか?、詳しく話してみなさい」
お釈迦様に言われ、チャトラが今までのことの次第を説明した。アンジャリーは、横を向いて不貞腐れたままで聞いていた。
「アンジャリーか・・・。汝は何か言うことはないのか?」
お釈迦様が尋ねた。彼女は
「初めは、私が面倒をみるつもりだったんですけど・・・。いや、本気で父親のことを心配して、しっかり面倒をみるつもりだったんですけど・・・」
「そのつもりで、汝の思うように行動したのではないのか?。兄の反対を押し切って」
「まあ、そうですが・・・。まさか父親があんなひどい人だとは・・・」
「こんなはずではなかった・・・か?。それは、父親のあなたも同じですね?」
お釈迦様の鋭い目つきが父親のほうにむけられた。いつの間にか起きていた父親は、寝たふりをしていたのだった。

「自分勝手にもほどがある。周囲の反対を押し切り、自分の思い通りの行動をしておいて、それがうまくいかないとなると、『こんなはずではなかった』と不平不満を垂れるとは、何たる愚かな者たちなのだ。しかも、それを他人のせいにするとは・・・。己の行動の責任もとれないのか?。汝らは、愚か者以外の何物でもない」
お釈迦様にしては珍しく、厳しく言い放った。そして、大きくため息をつくと、静かに
「汝ら・・・アンジャリーと父親よ、そうやって自分勝手なことばかり言っているがよい。そして、地獄へ行くがよい。死の神であるヤマも喜んで汝らを待っていることであろう」
と言うと、背を向けてその場を立ち去ったのであった。
残されたのは、呆然としているチャトラと母親、近所の人たち、そして「うわー」と泣き崩れたアンジャリー、小さく縮こまった父親の姿だった。

チャトラとアンジャリーは、両親を交えて話し合った。その結果、父親もなるべく外に出るようにして、近所の人たちと付き合うことを条件に、チャトラの家に引き取ることになった。話し合いの中でアンジャリーは、
「私が悪いんだ。いつも私は自分勝手な行動をして、いつもその結果が芳しくないんだ・・・。勝手なことをして文句を言い、不平不満を垂れている・・・。で、それを他人のせいにしている・・・。わかっているんだ、わかっているんだよ、悪いのは私だって・・・。何だってこんなにうまくいかないんだろう・・・って思ったとき、周囲の反対を押し切って自分の思うとおりに事を押し通しているからだ、って気付いてもいるんだけど・・・。いったいどうすればいいんだろ・・・。いつまで同じことを繰り返しているんだろう・・・」
と泣きながら告白したのだった。チャトラは、
「そこまでわかっているなら、きっとよくなるさ。自信がないなら、お釈迦様のところへ通えばいいだろ。何か行動を起こす前に、お釈迦様に相談すればいいじゃないか」
と優しく言ったのだった。アンジャリーは、
「そうだね、これからはそうするよ」
と明るく笑ったのであった。


周囲の反対を押し切ってでも、自分の思いを通す・・・そういうことは、若いうちにはよくあることです。まあ、若さゆえ、ということですよね。若いうちは、無茶な行動も多少は許されますな。仕方がないかな、といって・・・。
しかし、これがある程度年齢がいき、分別もついているだろうと思われるような人がやってしまったらどうでしょうか?。巻き込まれた人たちは、そりゃ怒りますよね。「いい年してなんだ!」って。

周囲からの反対を振り切って、自分の思い通りに行動をするのは気持ちのいいことでしょう。自分を押し通すというのは、気分がいいものです。しかし、それで万事うまくいけばいいのですが、往々にしてこうした場合はうまくいくことが少ないんですよね。で、
「こんなはずじゃなかった」
と愚痴を言う羽目に陥るんですな。
「こんなはずじゃなかった」
「うまくいくはずだったのに」
と愚痴っているうちはまだいいですね。文句を言ったり、不平不満を言っているうちは、まだましです。しかし、その芳しくない結果を他人のせいにするのはよくないですな。
「あの時、もっと強く止めてくれればよかったのだ」
「周囲が協力してくれれば、こんなことにはならなかったんだ」
他人のせいにしちゃダメですよね。

自分の思い通りにできたのですから、その結果がよくなくても、自分の予定していた結果と大きく離れていても、それは受け入れるべきでしょう。思い通りの行動を押し通したのなら、結果がどうであれ喜ぶべきなのです。
「思いを通したんだ。結果は悪かったけど、思い切ってできた・・・よかった・・・」
こう言わなければいけないのに、多くの人は「こんなはずじゃなかった」と愚痴るのですな。それは、愚かなことだと思いますね。
ましてや、結果がよくなかったことを他人のせいにしたりするのは、さらによくないことですな。周囲が協力してくれなかった、強く止めてくれなかった・・・などと言って、責任転嫁をするのは、愚の骨頂ですね。
こういう話は、意外とよく耳にすることですし、案外気が付かないうちに自分でもやっているから恐ろしいのですよ。

万事、自己責任です。それを忘れてはいけませんね。自分の行動は、自分の責任なのです。自分の思いを通したのなら、なおさらでしょう。結果がどうであれ、自己責任として受け入れるべきなのでしょうな。
知らないうちに、意図しなくても、誰かのせいにしたくなる・・・。それが人間ですよね。ついつい無意識のうちに小さな責任転嫁をしてしまう・・・。そんなことはあることでしょう。しかし、それは本当はいけないことなのです。他人のせいにしないで、自分の行動の責任は自分で取る。そう心がけたいですなぁ・・・。
合掌。


第176回
人間は間違いをおかすものである。
だが、間違いを間違いとして認め、受け入れるからこそ、同じ間違いをしないのだ。
大切なことは、素直に自分の間違いを認めることである。
チャトラの妹アンジャリーは、慌て者である。また、わがままで他人の意見を聞き入れようとしない性格だった。また、彼女には悪意がなく、妙な正義感があり、これがまた厄介なことをもたらすのであった。
そんなアンジャリーも、父親の騒動の後、深く反省した。お釈迦様にきつく注意されたことが応えたようだった。これからは周囲の意見も聞くようにすると周囲の人たちに誓い、何か行動する前に相談もすると約束した。確かに、それ以来、彼女は穏やかに過ごしていたのだった。が、しかし、慌て者で妙な正義感がある彼女の性格は、そう簡単には治らなかったのである。

アンジャリーは、夫の家を追い出されて以来、飲食店で働いていた。まだ、働き始めたばかりの店だったが、その仕事を気に入ってもいた。その店は繁盛していて、毎日多くの人たちがやってきては、いろいろな話を置いて行った。
ある日の夜のこと。ある男が酒を飲みながら、その男とは関係のない周囲の客に話しかけていた。
「あいつはよ、本当に悪人なんだよな。俺が貸した金を返さないんだよ。それも五百金だぜ。五百金といえば大金だ。そうそう稼げる金じゃない。お前らが稼ぐ額の3年分くらいものもだろ。はっはっはっは。俺はな、そんな金を持っているんだよ。あっはっはっは。でな、あいつに・・・名前をなんて言ったっけか・・・そうそう、チャンダだチャンダ。そう、チャンダに俺は5百金貸したんだよ。でも、一銭も返ってこないんだよ。くっそ、あの野郎、俺を騙して金を持ち逃げしやがった。けしからん奴だ!」
周囲の客は、その男の言葉を誰も真に受けていなかった。その男は、酔うといつも法螺ばかり吹く男で有名だったのだ。ここしばらく見なかったが、久しぶりにその店にやってきたのだった。アンジャリーにとっては、初めて会った客だったので、彼女にはその男が法螺吹きだということが分からなかった。
男は、周囲の客たちが無視したり、嘲笑したりするのもお構いなく、貸した金が返らない話を長々と続けていた。やがて、ほとんどの客が帰り、店にはその男だけが残っていた。客たちは、帰る際に
「アンジャリー、あの男の話は信じないほうがいいぞ」
と彼女に声をかけていた。「相手にするな」と注意をした客もいた。しかし、アンジャリーは、どうしても気になったのである。それは、その男が口にしたチャンダという名前だった。実は、兄の友人にチャンダという男がいて、以前、兄とケンカしたことがあると聞いたことがあったからだ。

「お客さん、お客さん、もう閉店だよ。帰ってくださいな」
アンジャリーは、男に声をかけた。男は、
「お前、チャンダを知っているか?。あいつは悪い奴でな・・・」
と、またチャンダに金を貸したが返ってこない話を始めたのだった。アンジャリーは、ついつい聞き入ってしまった。どうしても、チャンダという名前に引っかかったのだ。
「ねぇねぇ、お客さん、そのチャンダっていう人、どこの人?」
アンジャリーは、男に尋ねた。すると、その男がいうチャンダは、どうやら兄の知り合いのチャンダと同じらしいことがわかった。
「お客さん、ひどい目にあったね。チャンダってやつは、本当に悪い奴だね」
「おぉ、ネーチャン、わかってくれるかい?。俺の話を信じてくれるかい?。あんたはいい人だねぇ。みんな俺の話なんぞ信じてくれないんだ。でもな、今度ばかりは、本当の話だ。嘘じゃねぇ。俺は、チャンダに金を貸した、だがあいつは返さない。これは本当の話だ」
「じゃあさ、なんで訴え出ないんだ?。護衛兵に訴えれば、そのチャンダってやつを捕まえてくれるんじゃないのかい?」
「それがよぉ、証拠がないんだよ。俺が金を貸したっていう証拠がないんだよ。俺はな、騙し取られたんだ。だから、護衛兵に言っても相手にされないんだよ」
男は、そう言って泣き始めたのだった。アンジャリーは、すっかり男の話を信じ込んでしまった。そして
「よし、私が何とかしてやるよ!」
と鼻息を荒くしたのだった。

翌日から、アンジャリーは、あちこちで
「チャンダって奴は、人を騙して大金を巻き上げた悪い奴だ。他人のお金で贅沢をしている」
と言いふらしたのだった。
あっという間にチャンダは悪人だという噂は広まってしまった。
「アンジャリーが言っていたんだけど、チャンダって他人の金で今の生活をしているらしいな」
「アンジャリーって誰だ?」
「チャトラの妹だよ」
言いふらしたのはチャトラの妹でアンジャリーだということも、ついでに伝わっていた。
それからほんの2〜3日の後ことだった。チャンダがチャトラの家にやってきた。
「おい、チャトラ、なんだってお前の妹はくだらない噂を広めているんだ?」
「何のことだ?」
チャトラは、仕事に忙しく、噂のことは耳にしていなかった。もともと、町の人々の噂話は大嫌いだったので、噂話は聞かないようにしていたのだ。だから、チャンダに関する噂話も全く知らなかったのである。
チャンダは、チャトラに詳しく噂話のことを話した。
「な、何だって?。あぁ、また妹か・・・。あいつめ・・・。わかった。ところで、本当にお前は金を借りていないんだな?」
「おいおい、それはお前が一番よく知っているだろうが。俺は金なんぞ借りていない。真面目にコツコツ働き続けた結果、今の幸せを手に入れているんだ。たぶん、お前の妹に嘘を吹きこんだのは、あの男だ。あの飲んだくれのヤロウだよ」
「あぁ、あいつか・・・。あいつなら、お前のことを恨んでいるからな。ま、逆恨みだけどな」
「そうだよ、逆恨みだよ。俺はあの男には何もしていない。ただ、あの男が仕事ができないからいけないんだ」
チャンダは腕のいい土木建築屋だった。国から依頼され、橋や道路を造ったりしていた。そのころ、ある男も国からの仕事を請け負っていたのだが、手抜き工事をやったり、約束を守らなかったりして、国からの仕事を請け負えなくなったのである。そのため、その男は仕事を失い、それ以来飲んだくれのダメ人間になっていたのだ。アンジャリーは、そのことを知らなかった。
「そうだな。そのいきさつは俺もよく知っている。お前は、何も悪いことをしていない。あのヤロウがいけないんだ。しかし、世間のみんなも、お前が働き者だってことをよく知っているはずなんだが・・・」
「まあ、妬みだろ。俺は国から依頼された仕事をしているからな。妬まれやすいんだよ。それはいいんだが、チャトラ、お前の妹を何とかしてくれよ。このままだと、担当の大臣から俺が注意をされる」
「わかった。何とかする」
チャトラはチャンダに約束をした。そして、その翌日、妹のアンジャリーを呼び出したのである。

「お前は、何だってチャンダの悪口を言いふらしたんだ?」
チャトラは、妹に問いただした。妹は、客から聞いた話をそのまま兄に伝えた。
「あのなぁ、アンジャリー、お前は事情を知っているのか?。チャンダとその男のいきさつを知っているのか?。その男から聞いた話が本当かどうか確認したのか?。本当にお前ってやつは・・・」
チャトラは妹に、チャンダとその男の関係を話した。そして、その男が嘘つきで有名であることも教えた。
「あぁ、だから他のお客さんが、、あの男の話を信じるな、っていったんだ」
それを聞いて、チャトラはがっかりしたのだった。
「アンジャリー、これから町に行って、『私が話したことはすべて間違いでした。チャンダは悪い人ではありません。真面目な人です。悪いのは、あの男です』と言って来い」
チャトラの言葉に
「えー、なんでそんなことをしなきゃいけないの?」
とアンジャリーは抵抗した。
「間違った噂話を流したのお前だ。責任をとれよ。間違いは正すべきだろ」
兄にそう言われ、アンジャリーはしぶしぶ町に出かけて行ったのだった。

やがてチャンダに関する噂話は消えていった。もともと、町の人もチャンダを心底疑っていたわけではなかった。面白半分、妬み半分で噂話をしていたにすぎない。アンジャリーが謝って町を歩き回っている姿を見て、そろそろ潮時と思ったのだろう。アンジャリーもチャトラもホッと胸をなでおろしたのだった。
町から帰る途中、アンジャリーは珍しく落ち込んでいた。
「私って、どうしていつもこうなんだろうか・・・。私って間違っているんだろうか?。今まで生きてきたこと、全部間違っていたんだろうか?。いや、そんな・・・・。もし間違っているなら、私の人生は全否定されるじゃないか・・・。そんなの嫌だ。それは嫌だ。全否定って・・・。それはないよ、それはない・・・。私は間違っていない。いや、ときどき間違えるだけなんだ。うん、そうだ。全否定はないわ、さすがにないわ・・・」
彼女は、川のほとりで座り込んで、ぶつぶつ独り言を言っていたのだ。
「愚か者よ。なぜ、すべて間違っていることを受け入れない。あえて言おう。今までの汝の考え方は、すべて間違っている。全否定しなければ、前には進めない。全否定を受け入れるがよい」
彼女の後ろで、その声はしたのだった。彼女は振り向いた。そこには、厳しい顔をしたお釈迦様が立っていたのだった。

「なぜ、現実を受け入れないのだ。汝は間違った行動をしたのだ。なぜ、自分は間違っていると認めない?。そこを認めなければ、汝はまた同じ過ちを繰り返すだろう。改まることはないのだ。よいか、人間は間違いを犯す生き物なのだ。しかし、そのたびに間違ったことを素直に認め、それを受け入れ、間違いを正していくのだよ。そうして成長していくのだ。汝は、間違いを認めず、受け入れないから、改まることがない。したがって、成長することもないのだ。いつまでも、慌てん坊で人の注意を聞かない、自分勝手で、思い込みが激しく、つまらない正義感で突拍子もない行動に出る・・・という性格は治らないのだよ」
お釈迦様の言葉は厳しかった。しかし、アンジャリーは
「私って間違っているのですか?。私の生き方、今までの人生、すべて間違ているのですか?。そんな・・・それじゃあ、私は救われないじゃないですか?」
「アンジャリー、何を勘違いしているのか?。汝が正しい考え方をして、正しい行動をしていたのなら、嫁ぎ先から追い出されることはないし、兄ともめることもないし、世間に頭を下げる必要もないであろう。正しく行動をするものは、そんな目には合わないのだよ。いい加減に、素直になったらどうだ。素直になり、自分の間違いを認めなければ、救いようがないではないか。救われたいのなら、素直に自分の間違いを受け入れるべきであろう」
お釈迦様の言葉は、アンジャリーに深く響いたのだった。彼女は、
「私は出家します。そうでなければ、生きてはいけません」
と涙を流しながら言ったのだった。

アンジャリーは出家をした。尼僧となって反省の日々を過ごしていた。ようやく、自分の過ちに気が付いたのだ。それ以来、彼女は静かに修行に励むようになっていった。
「無駄な言葉は、一切口にしない。よく考える。それから行動しても遅くはない」
彼女は、いつも口癖のようにそう言って過ごしていたのだった。


「それは、私の考え方が間違っているということですか?」
「そういうことですね」
「それって、私の今までの生き方も間違っているっていうことですよね?」
「まあ、そうだね。間違っていることが多いんじゃないですか?」
「それって、私の人生の全否定ですよね。それじゃあ、私は救われないじゃないですか」
「いや、そういうことじゃないですよ。勘違いしないで下さい。あなたが壁にぶつかっているから、それはあなたの考え方が間違っている、といっているのです」
しばらくその方は、黙って考えます。

「いや、間違っていません。私は、私です。私の考え方を私が変えてしまったら、私は私でなくなってしまいます」
「じゃあ、そのままでいいんじゃないですか?。困っているのは私ではありません、あなたですから。好きにすればいいでしょう」
「どうして突き放すんですか?。救ってくれないんですか?」
「救われたいと思うなら、考えを改めないといけないですよ。でもそれは嫌なんでしょ?。そもそも、あなたの考え方、行動が正しいものであり、間違っていないものならば、壁にはぶつからないでしょう。どこかで間違えたのですから、やり直せばいいじゃないですか」
「いや、私は間違ってはいません。私の考えや行動は正しいものです」
「じゃあ、なぜ悩むんですか?。正しい、間違っていない、というのなら、悩む必要はないでしょう」
「それは、周囲の人が私が正しいことを認めないからです」
「あらそう。じゃあ、周囲の人を説得しなさい。あなたが正しいのならば、周囲の人は認めてくれるはずですから」
その方は、返事をせず、むすっとしたままでした。こういう方が、たまにやってくるのですよ。

自分が正しい考え方をして、正しい行動をしているのならば、それは周囲の人にも認められることでしょう。周囲の人とどこかうまくいかない、どこか摩擦がある、というのなら、自分の行動や言葉、考え方を見直してみるべきだと私は思います。もし、それが嫌ならば、我を通し、周囲の人との付き合いをやめることですね。
それもできない、というのならば、自分の考えと周囲の人の考えをすり合わせ、妥協点を探り、お互いに納得できるようにしていくのが正解でしょう。こっちから折れるのはいや、あっちから折れるのならいいとか、妥協なんていや、全面的に私の意見を聞き入れるべきとかいうのは、わがままとしか言いようがありません。ましてや、どう見ても、どこから見ても、自分が間違がっているのならば、その間違いを認め、受け入れるべきでしょう。そうでなければ、話が前に進みません。

人間は間違いを犯す生き物です。完璧に生きることなんてできません。しかし、間違いを間違いとして認めることができなければ、人間としては愚かな部類に入ってしまうでしょう。そうであってはならないのです。間違ったなら、それを訂正してやり直せばいいだけのことです。それを素直にできるかどうか、それでその人が人間的に成長できるかどうかが決まるのですね。
人間、素直が一番ですな。
合掌。


第177回
尊敬されること、感謝されることを目的としてはいけない。
それはその人の言葉や行動に自然に付随するものなのだ。
求めて得られるものではない。
「さぁさ、どうぞどうぞ、これが差し入れです。安居の時は托鉢に出られないですからね。私が食事をご用意いたします」
そう張り切って精舎の中に入ってきたのは、その町で一番の豪商シャンカだった。シャンカの家は、代々続く貿易商で、マガダ国の中でも裕福で有名な家柄だった。
仏教教団は、雨季の時期には托鉢にはでられない。雨季は植物の新芽が多く出る時でもあり、そうした新芽の中には多くの昆虫が集まっている。雨季に外を托鉢に歩き回れば、そうした昆虫類の命を多く奪うことになるので、雨季の間は精舎で過ごすのだ。もっとも、これは仏教教団に限らず、当時の宗教団体の多くは、そのように雨季を過ごしていた。
托鉢に出られない雨季の間は、食事の世話を信者たちが行った。中でも王族や貴族、資産家は、食事の接待を競っていた。特にお釈迦様が率いる仏教教団は、多くの食事が集まった。雨季が終わるまで、修行者たちは接待を受けながら修行に励むのだった。
「いや〜、さすがですねシャンカさんは、すごいですね、この量。これじゃあ、国王も出る幕なしですよ」
精舎に運ぶ食料を前に、町の人たちは驚いていた。
「いやいや、こんなことくらい・・・たいしたことじゃないさ。あぁ、もし余ったら、皆さんで分けてください。世尊や弟子の皆さんは、少食ですからね。きっと余るでしょう」
「いいんですか?。いつもすみませんね。シャンカさんのおかげで、町の貧しい人たちも大喜びです。普段口にできないような食事も含まれていますからね」
そうした町の人たちの喜ぶ声が、シャンカは何よりも嬉しかった。町の人たちに「ありがとうございます」と言われることが、彼の生きがいだったのだ。「この町で一番立派な人物はシャンカさんだ。いやいやマガダ国で一番だ」と言われることが、彼の大きな望みだったのである。

シャンカの商店に世話好きの女性がいた。名前をシーラといった。彼女は、シャンカが精舎に食料を運ぶのを率先して手伝っていた。しかも、精舎内を回り、何か不足の物はないか尋ねて回っていた。体調の悪い修行者がいれば、面倒を見たりもした。わざわざ粥を作ってやることもあった。彼女は、シャンカについて回れば、修行者の世話ができるので、喜んでシャンカについていたのだった。そうした姿を見て、町の人たちは
「シーラさんも立派だねぇ。献身的に修行者の人たちを見て回っている。なんて立派なんだろう」
と噂しあっていた。その言葉がシーラには、たまらなく心地よかった。みんなが自分のことをほめている、自分に感謝しているかと思うと、嬉しくてたまらなかったのだ。シャンカもシーラも、そういう意味でよく似ていたのだった。

しかし、シャンカもシーラも不服なことが一つあった。それは、尊敬する世尊、お釈迦様からねぎらいの言葉や感謝の言葉がないことだった。
「お釈迦様はさ、これだけ一生懸命に私たちが尽くしているのに、ありがとうの一言も言わないんだよな。ちっとも感謝してくれないんだよ」
シャンカがシーラに向かって愚痴っていた。シーラも
「お釈迦様もそうだけど。長老さんたちも、私が修行者の間を御用聞きや世話に回っていると、ムスッとしているの。もう少し、ありがたいって顔をしてくれればいいんだけど・・・・」
愚痴をこぼした。
「そうなのか。そういえば、お釈迦様の周りに座っている長老たちはいつもムスッとしているよな。私が『今日のお食事です』といって持っていっても、頭すら下げないんだよ。あの人たちって感謝の心がないのかねぇ・・・」
シャンカとシーラは、お互いに不満を言い合いだしたのだった。そして二人は
「この安居のうちに、お釈迦様と長老たちから感謝の言葉をもらう」
という意見で一致したのだった。そのためには、もっともっと接待をしようと決意したのだった。

シャンカの食事の接待は、日に日に量が増え、高級な食品が増えていった。その量は、精舎にいる修行僧で食べ終える量をはるかに超えていたのだった。また、食材も高級で、町の人たちが見たこともないようなものになっていった。余った食料を見て、町の人たちも
「ちょっと、これは・・・。この量は、我ら町の人たちでも食べきれないんじゃないか?。それにこの食材・・・。こんなのに慣れてしまったら、この町の人たちは働かなくなってしまうのではないだろうか・・・」
と懸念する者も出てきたのだ。実際、
「こんなおいしいものが毎日食べられるなんて!。この町に住んでいてよかった。もう働くのやめようか。わははは」
と笑っている住民もいたのだ。また、シャンカの接待の評判を聞き、よその町から移り住んでくるものまで現れた。町長や町役人たちは、
「接待はありがたいが、これではなぁ・・・。困った」
「かといって、やりすぎだ、とはシャンカさんに言えないし・・・」
と困りだしていたのだ。町長や町役人たちは、
「このままでは、町の人たちが働かなくなる。そうなればこの町はおしまいだ。ここは、お釈迦様にどうすればいいか、相談しよう」
と決めたのだった。
一方、シーラの世話も、ますます多くなり、精舎中を歩き回って修行者に声をかけ始めた。中には瞑想中に話しかけられた修行僧もいた。その修行僧は深い瞑想に入っていたため、シーラに気付かなかった。シーラは、無視されたと思い、修行僧の肩に触れ体をゆすった。もちろんシーラに悪気はなかったのだが、修行僧に女性は触れてはいけないというう戒律があった。その修行僧は、瞑想を邪魔されたあげく、戒律違反をしてしまったのだ。これは、問題となった。当然、このことは長老に報告された。
「世話を焼いてくれるのは、まあ親切心だからいいのだが・・・。限度を超えてはねぇ。これはまずい」
「修行の邪魔をされるくらいなら、世話はいらない。いや、むしろ、シーラのやっていることは、大きなお世話なのだ。そもそも修行僧どうし助け合えばいいことなのだ」
「そうだな、ここは世尊に意見をしてもらおう」
長老たちの間で、シーラの行動について、お釈迦様に意見をしてもらうことで一致したのだった。

町長や町役人、教団の長老たちから報告を聞いたお釈迦様は
「そろそろ、そのような意見が出るころだと待っていました。町長よ、シャンカもシーラも、私が注意しても、一時的には今の行動は止むでしょうが、根本的には理解できないでしょう。そこで、一つ町長にも協力していただきたい。安居ももう間もなくあける。安居があけたら、このようにしなさい・・・」
と町長らに策を授けたのだった。その策とは、「町で一番尊敬される人物は誰かを選ぶ」という祭りをすることだった。

町長は、雨季の終わりころ、町の人々に
「雨季が終わったら、『町で一番尊敬される人物は誰か』という祭りを行う。人々は、町で一番尊敬できる人物の名前を書いて、町の役場の投票箱に入れてくれ。町一番の尊敬される人物が決まったら、その人を表彰するのだ」
と触れて回った。人々は、このお触れに、
「誰だろう?。誰に投票する?。やっぱりシャンカさんかな?」
「う〜ん、シャンカさんもいいけど、シーラかな」
と噂しあった。当然のことながら、シャンカやシーラの名は、あちこちで聞かれたが、しばらくすると
「でもさ、シャンカさんって、金持ちだからできるわけじゃない。シーラさんだって、シャンカさんのもとにいるからできるんでしょ。しかも、ちょっと押しつけがましいよね」
「俺はさ、その押しつけがましさが嫌だな。最近は、食事を配る量も増えたし、食材も高級なものになってきている。なんか、『俺ってすごいだろ。感謝しろよ』みたいな感じがして嫌だな」
「シーラもそうだ。聞いた話だけど、修行の邪魔をしてまで世話を焼いているそうだぜ」
「本当に尊敬できる人を選べって町長は言っていた。ここはよく考えないとな・・・」
という声が多くなっていったのである。

町長が触れを出してから一週間ほどしたころ、雨季が開けた。
「さぁさ、今日は町一番の尊敬できる人物を選ぶ日だ。みんな投票をしよう」
町のあちこちで町役人が声を出していた。シャンカはシーラを伴い、ニコニコしながら投票所に向かった。
「まあ、私かシーラのどちらかだろうな、選ばれるのは。そんなの当然だろ」
シャンカは自信満々でそう言った。シーラも
「一番はシャンカさんですよ。私は2番・・・かも!」
と浮かれていたのだった。町の人たちも、シャンカとシーラが通っていくと、にこやかに声をかけた。それが、ますますシャンカとシーラに自信をつけさせたのだった。
その日の夕方、投票が締め切られ、町の人々の前で開票が行われた。果たしてその結果は・・・。
町長が町の人々の前に現れ、いよいよ発表となった。
「この町で最も尊敬される人物は・・・サラハです」
その名前に人々はどよめいた。シャンカやシーラではなかったのだ。
「さぁ、サラハさん・・・。えっ?、ここに来ていない?。誰か、サラハの自宅に行って呼んできてくれ」
「あの・・・町長さん」
そう声をかけたのはシャンカだった。
「あの・・・私は・・・私の順位は・・・」
シャンカは恐る恐る聞いてみた。
「あぁ、シャンカさんねぇ・・・。あなたは2位ですが、得票数は7票ですな。ちなみにシーラさんは3位。得票数は1票です。つまり、この町のほとんどの人が、尊敬できる人物として、サラハさんを選んだようですな」
町長の言葉にシャンカとシーラは愕然となった。シャンカの票は彼の家族、シーラの1票は自分の票だった。

やがて、呼ばれたサラハがやってきた。なんとお釈迦様やその高弟・・・長老たちも一緒だった。お釈迦様が話し始めた。
「シャンカよ、シーラよ、なぜサラハが尊敬される人物に選ばれたか、汝らにはわからないであろう。だが、これが現実なのだ。それを理解させるために、このようなことを行った。まだ、わかっていないようだから、これから説明をしよう。さて、サラハよ、汝はいったい何をしている人であるか?」
お釈迦様に尋ねられたサラハは、静かに答えた。
「はい、私は農夫です」
「農夫として何をしてきたかね?」
「はい、この町の農家は私が子供のころは大変貧しかった。それは、この町の土地がよくないせいだった。私は、もっと作物ができるようにするにはどうしたらいいか、ということを考えた。そこで、土地の改良を試みたのです。何度も失敗し、土地を改良しました。そして、そのかいあって、とても良い土地になりました。私は、同じ農家の人たちにそれを教えました。皆さんは、私の話を聞き入れてくれ、土地の改良をしました。おかげで、たくさんのよい農作物が取れるようになりました。町は裕福になりました。それからも、私は品種改良などに取り組みました」
すると町長が口をはさんだ。
「そうなんです。この町がここまで発展したのも、サラハさんが農作物を大量にとれるようにしてくれたおかげなんです。しかも、よい農作物がたくさん取れる。さらには、サラハさんは、そのことを少しも自慢しないんです。この町の発展に大いに貢献してくれたのに、少しも威張らない。どこかの豪商の家とは大違いです。その豪商は、この町一・・・いやマガダ国でも大きな商家のうちにはいるのでしょうが、町に貢献なんて少しもしません。あぁ、お釈迦様たちが安居の時は、たくさん接待してくださいましたけどね。そのおこぼれが、町の人たちにも配られたりしましたが、それはねぇ・・・なんていうか・・・。町の人たちは見抜いていますよ。あぁ、この人は町の人たちから敬われたいんだな、感謝されたいんだなってね。そういう下心っていうんですか、見え見えでねぇ・・・。それが今日のこの結果に表れているのではないかと、私はそう思うのですよ。そうではありませんか?、お釈迦様」
町長の言葉にお釈迦様は、かすかに微笑んで言った。
「私が言いたいことを町長がほとんど話してくれた。シャンカよシーラよ、汝ら町長の話の意味が分かるか?」
そう問いかけられた二人は、ぽかんと口をあけたままだった。

「なぜサラハが尊敬されているのか。それは、彼自身が尊敬されたい、感謝されたいと望んでいないからだ。そんなことはどうでもいいと思っている・・・いや、思うことすらない。ただひたすら、いい農作物を作ろう、そしてその作り方を皆に教え広めよう、そうすればみんなが豊かになる・・・。そういう思いしかないのだよ。
よいかシャンカ、シーラよ。尊敬されたい、感謝されたいと望むものは、尊敬や感謝から最も遠いところにいるのだ。尊敬される・感謝される、というのは、その人の行動や言葉、心によるものだのだ。尊敬や感謝を望めば、それは汚れた心となるのだよ。そんなものは、望まなくても、正しく生きていけば自然に手にはいるものなのだ。尊敬されること、感謝されることを目的としてはいけないのだよ。それは、付随するものであって、求めるものではないのだ。求めれば、それはするりと逃げていくものなのだよ。理解できたであろうか、シャンカよシーラよ」
お釈迦様の言葉に、シャンカもシーラもがっくりと頭を下げた。二人とも全く言葉が出なくなったのだった。二人は、肩を落として、寂しく帰って行ったのだった。


「私は他人の役に立つ仕事がしたいんです」
こういうことを言う方って、結構いらっしゃるのではないかと思います。他人の役に立つ仕事をしたい、それ以外は嫌だ・・・。このようなことを言う方にあった時、私はこう答えます。
「他人の役に立たない仕事なんてありませんよ」
と。むしろ、他人の役に立たない仕事って何か、私が教えてほしいくらいですね。

他人の役に立つ仕事がしたいという方の心理は他人に感謝されたいのでしょう。直接的に感謝されたいのでしょうね。「ありがとう」の言葉が欲しいのでしょうな。ですから、他人の役に立つ仕事がしたいという方は、私にこのように言う方が多いです。
「和尚さんは、いいですね。みんなから感謝されるし、尊敬されるし・・・。充実感がありますよね」
私は別に望んでなんていないんですけどね。というか、そういう意識もしたことはないですね。そんなことを気にしていたら、真実の言葉が言えなくなりますから。

確かに周囲から尊敬される立場ではあるでしょう。しかし、それは僧衣をまとっているからであって、私自身が尊敬されているわけではありませんな。衣を着て、袈裟をつけているから一目置かれるわけです。偉いのは衣であって、私ではありません。私なんぞ単なる怠けものですな。日ごろ働いている会社員の方、OLさんパートさんのほうが、人としては偉いですね。私は、あんな満員の通勤電車には乗れません。朝早くから満員電車に乗って、嫌な人間関係に振り回され、胃が痛むような思いをし、夜遅くまで残業したり付き合いたくもない酒の席に付き合ったりして、でヘロヘロになって帰ってくる。そしてまた次の日もその繰り返し・・・。そんなの私にはできません。私は、そういう点では落伍者です。一目置かれるのは、仏様のおかげですな。衣と袈裟のおかげなんですよ。
しかも、感謝なんて望んでいたら、本当のことが言えませんよね。相談に来られた方を傷つけるようなことだって言わなければいけませんしね。恨まれることだってあります。いや、そのほうが多いんじゃないかと思ったりもしますな。
私の場合、尊敬されるのは衣と袈裟であり、感謝はされませんな。

尊敬されたい、感謝されたい・・・などと思って仕事をしていると、仕事そのものがイヤミになります。仕事に妙なモノがくっついいて、イヤナ感じを醸し出すのです。人々は敏感ですから、そういう嫌なモノにはすぐに気が付きます。気が付くと、人々は離れていきますな。実際に離れなくても、心が離れていきますな。尊敬されたい・感謝されたいと望んでいない人は、さわやかな印象があります。好感度が自然に上がりますな。
尊敬や感謝は、望んで得られるものではありません。そういうものは、その人の行動や言葉によって、自然に生まれてくるものでしょう。尊敬や感謝を目的にしてはいけません。それを目的とすれば、その人からイヤナ感じが生まれてきます。尊敬や感謝は、あくまでも付録なのですよ。
合掌。


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