「ゴメン、答えに困るような事言ってるよな…オレ…」
自分ではそこまで語るつもりではなかったのだろう。
進藤は自分が口に出した言葉を上手く纏められず、困惑の表情を浮かべていた。
言ってしまった自分に対しても戸惑いがあるのかもしれない。
淡々とした話し方だったが、彼の一言一句はボクにはとても重い。
どうしてそんな、取り残された様な顔をして…
彼の語った内容はそのまま聞き流してしまえるものではない。
これはとても大切な事だと思う。
進藤は今とても重要な事を言ったのだ。
進藤がいつも無意識に気に掛けていて、そこから離れられない何か。
普段は深い処にひっそりとおいてある物を、うっかり表にだしてしまったような…
あの電話の時の進藤は、自分の中から湧き上がった感情に、不意を突かれたのかも知れなかった。
パラパラと零れる彼の言葉の欠片を、またボクは拾って集める。
繋がりのあるもの、一見無関係に見えるもの、それらはいつか収まるべき場所を見い出して一つの形を作るのだろうか。
彼が抱える不安定な感情を、何かのトラウマと呼んでもよいものなのか…
昔のように、何があった ? …と口に出したくとも、今のボクは進藤の内側に踏み込むような事はしたくないし出来ない。
でも、このまま放りっぱなしにもしたくなかった。
逡巡はいつでも一瞬の事だ。
「そろそろ車にもどろう…」と声を掛けられ、顔を上げたボクは進藤の姿を目で追う。
長い影を引きながら、進藤は駐車している車の方へと歩き出していた。
言うべき事を言わずにこのまま逃してしまったら、この瞬間を緩慢に流してしまったら、ボクは後悔するんじゃないだろうか。
「……虹が消えるのにも意味があるのだとボクは思うよ。」
「……意味?…」
何だそれ ? …とでも言いたげに、進藤は眉を顰め歩みを止めた。
「人間には何かが必要なんだ。自分を支えてくれる何か…
だから時々"それ"は姿を見せてくれる。希望や夢が其処にある事を知らせるために…」
「…………」
「わずかな間しか見えないのは、
つかの間の輝きこそを人は深く、心に刻むから…」
「…………」
「人が夢や希望を忘れないように、その美しさを心に刻ませるために、
一瞬だけその姿を見せてくれているのじゃないかな…
いつでも側にあると人はそれに慣れてしまう。
大切な事にも、美しい事にも…」
出来るだけ静かな口調で…言葉を選んで話した。 ボクの言うことは進藤にとっては、予想外のものだっただろうか。
目を見開いたまま黙って聞いている。
虹が出来るわけも、虹が消えるわけも、見る人間の捉え方ひとつで意味を変えるなら、
進藤には未来や希望に繋がる解釈をして欲しかった。
放り出され取り残された子どもの様な顔で、目を臥せて欲しくなかったのだ。
「進藤、虹は天と地を結ぶ道なんだって。」
「道?」
「天へと至る道。昔の人はそう考えていたらしい。
キミもさっき自分で同じ事を言ったじゃないか。」
「えっ?」
「地上と空を繋ぐ橋。そう言っただろう。 そしてその橋の先は、何処へ続いていると思う?」
答えを促すように視線を進藤に送った。
「…神様の元へ行く道…?」
「うん、そこにはきっと碁の神様に愛された人たちもいるよ。」
「……オマエ」
進藤は目を何度か瞬かせたあと、うん、そうだな…そうだよなと、ボクの言葉を反芻しながら頷いた。
「遠いなぁ…たどり着くのも、渡るのもすげえ難しそうだな…」
「そうだね、険しくて遠い道だ。
ボク達が目指す神の一手も、虹の橋の向こうにあるのかも知れない。」
だがどれほど彼方にあろうとも、その道を僕たちは行く。
なぜなら僕たちの目指す橋は、渡るために架かっているのだから。
Drive.5-2
2003.03.01.up
Sentence Sayumi-Watayuki
井上陽水の「バレリーナ」というアルバムの中に
『虹のできる訳』という曲があります。
目が覚めたら"虹のできる訳を教えてあげるよ"と子ども ? に語りかけている、とても美しい曲です。
詞の内容とこのお話とは、全く関わりはないのですが、
この話を書いている時に、ああ…そういえば陽水の曲の中にそういうのが
あったなぁと思い出しました。
私は世代はズレているのですが陽水の詩の世界が好きです。<豊饒>という感じがして詞も声もとてもセクシーで… 私は随分とインスピレーションをもらいました。
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