夜明け前より瑠璃色な
〜Mother Earth、Daughterr Moon、Son 〜

〜V〜歓迎〜
↑4話へ
「お兄ちゃん、起きて!」 朝霧達哉の朝は妹に起こしてもらうことから始まる。 「うーん、もう少し寝かせてくれない?」 「何言ってるのお兄ちゃん、早く起こしてって言ったのはお兄ちゃんでしょ?」 そういえばそうだ、確かに昨日の夜言付けておいたんだ。兄より妹の方が寝起きがいいのは基本だから突っ込みは無し。 「そうだ、もう今日からなんだ」 今日からフィーナ姫がクラスメイトになる。 だからできるかぎり早く起きてさっさと学校に行っておくべき。一緒に通学してる所を見られたら何言われるか判ったものではない。 「フィーナ様のことはお願いね」 「お兄ちゃん、ふぁいと!」 姉と妹に応援されると頭に居座る『責任重大』という言葉がさらに脳の奥深くに根を伸ばす。 「お待たせしました、達哉様」 「さあ、行きましょう」 フィーナ姫のことだから学院にもドレスで行くのかとか一瞬想像したが、意外にもちゃんと制服を着ていた。 「制服着用は学院の決まりとサヤカに言われましたから」 「月でも学校では制服です」 そうか、地球と同じく月でも制服はあるのか、達哉は少しほっとした。 「でも、ミアさんは?」 一方のミアはメイド姿のままだ。 「こちらでは朝霧家のお世話もさせていただくことになりましたので」 「そっか、お留守番なんだね」 ちょっと寂しそうな表情のミア、そして麻衣。 「ミア、行ってくるわね」 「姫さま、皆様方。行ってらっしゃいませ!」 ミアの挨拶を残して各自の持ち場に出かけていく。 「例の人と一緒じゃないの?」 「一緒って?」 学院に着いたなり吹き出る冷や汗。 「ほら、月から来たって言うお姫様」 更に冷や汗が吹き出る。な、何で知ってるんだ? 「昨日の夜、さやかさんがうちに来て一通りのことを説明していったけど?」 「ええっと・・・」 「それから、さやかさんと一緒にうちに来たメイドのミアさんは『お隣様にはご迷惑をおかけしますが、なにとぞご容赦を』って頭を下げてたけど」 もはや手遅れ。言い訳も逃げることも出来ない 「菜月はしょうがないけど、他の人には秘密だぞ」 バレたらマズいのは誰でもわかる。 「秘密にするよりも、バレた時の対策した方かいいわよ?」 そしてバレるのは時間の問題、早いか遅いか、確実に早い方だが。 「でも相手は月から、しかもお姫様、どうすればいいんだか」 「朝から夫婦で密談ですか?」 バレるのを早くする候補Aが現れた。どうする? 「そそそそんな訳ないでしょ!」 「あのー、密談バレバレなんですが」 菜月の実に判りやすい反応。翠にしてもそろそろ新しい反応パターンが欲しいと思う。 「それよりもビッグニュース!今日うちのクラスに留学生が来るのよ!」 情報一番乗りといった感じで翠が話す。 「知ってるけど?」 「うん、俺も」 「そして私も」 「なんでみんな知ってるのよ〜!」 情報を伝える人間にとって、先を越されることはいかに悔しいか。この時の翠を見ればそれがよくわかる。 ホームルームの時間。いつものように、時間通りに先生がやってくる 「今日は難い挨拶はなし、みんなに留学生を紹介するぞ」 前振りもなしでいきなりの紹介。そして入って来た。制服姿で。一分の隙もなく。その瞬間。 地響きのような音。影の薄い男性軍がここぞとばかりに我も我もと歓声を揚げる。 人によっては天に向かって拳を突き出し、我が身の幸運を表現している。 「静まれ静まれ静まれぇ!」 男性軍、および控えめながらも感嘆の声を揚げる女性陣をヒールで床を踏むことで静止し、先生が黒板に名前を書く 『フィーナ・ファム・アーシュライト』 名前からして地位が高そうで、そして異人であることを示している。 「あの子が達哉の所に来たお姫様・・・」 「どこの人だろう?綺麗な髪、すっごい美人」 「ほう、まずはお手並み拝見ね」 「朝もそうだったけど、制服があんなに似合うなんて凄いよなぁ」 各自の反応はそれだけインパクトがあったということを示している。隣にいる先生だって相当な美人なのだが、それすら霞むほど。 「彼女は月のスフィア王国からの留学生、さらにはスフィアの皇女様だ」 この瞬間、教室が水を打ったように静かになった。 「皆様、始めまして、スフィア王国皇女、フィーナ・ファム・アーシュライトと申します。 地球の事は詳しくは判りませんが、何卒宜しくお願い致します」 一字一句、全く隙がない。そして深々と礼。礼一つとってみても完璧としか言い様がない。 「すごいなぁ」 見物というか品定めをしている男共の口々からそんなため息が次々に溢れる。 「綺麗ね」 女共からもまたため息が。同性から視てもフィーナという存在は眩しい。 「みんな、緊張しなくてもいいぞ、外交問題にならないように普通に付き合ってやってくれ、当たって砕けろだ!」 「(それじゃ付き合えないって!)」 達哉だけでなく、他のクラスメイトもみんなそう思っただろう。何せ相手はお姫様なんだから下手に当たったら地球そのものが砕けかねない。  休み時間。明らかに気まずい、重い。確かに周囲の面子はフィーナの事を話題には上げているようだが、誰も彼女へと歩むことができない。 「(俺が行ったらバレるよなぁ・・・)」 いきなり男性が行くのはマズい、それでは仁さんになってしまう。 「やっぱここは菜月が行くべきじゃないかしら?」 達哉の近くにいた菜月に翠が助け舟を出す。ただしこの船はかなり浸水が激しいが 「翠!一人より二人って言葉知ってる?」 「遠山翠、行きます!」 「鷹見沢菜月、行くわよ!」 しかし二人の行動は僅かに遅すぎた。 「そこのファム・アーシュライト」 「は、はい?」 いきなり称号付きファーストネームで呼ばれればいかにフィーナと言えども動揺する。 「昨日はありがとうございます、クラスメイトなのも何かの縁ですね」 「鳥谷真琴、判らないことがあればお姉さんにどーんと任せなさい♪」 とはいえ真琴にはつい先日会っている(名前は聞き損ねたが)のだから回答に苦慮することはない。昨日同様礼儀正しく挨拶を返すのみ。 「鳥谷様、ありがとうございます」 「じゃ、早速」 「ちょっとまったぁ〜〜〜!」 「留学生を悪の道に染めるな〜!」 フィーナに手を差し出す寸前に乱入してくる菜月と翠。怒マークを表示した顔が眩しい。 「失礼ね。勧誘と言って欲しいんだけど」 「もう勧誘かい!」 「おお、シンクロしてる♪」 「ととととにかく、月の姫様に怪しげな知識を吹き込まないで!」 「貴方達は?」 「えーっと、鷹見沢菜月」 「同じく遠山翠」 「鷹見沢様と遠山様ですね」 「名前でいいわよ、鷹見沢だと読みにくいでしょ?」 「あんたが言うな!」 真琴のタイミングよい乱入と菜月の絶妙な突っ込み。 「お3人とも仲が良いのですね」 「ま、まあ・・・」 確かにフィーナとは打ち解けることはできた、しかし何か腑に落ちない。 だがこれをきっかけに周囲のクラスメイトたちが一人、また一人と会話に加わっていく。 「(これで一件落着かな)」 「フィーナ姫って、今はどこに住んでらっしゃるのですか?」 「達哉の家でしたよね?」 この瞬間、達哉は幼馴染で隣の家に住んでいる菜月を人生で一番憎らしいと思った。 「(終わった、俺の平和な学園生活)」 達哉は立ち上がれなかった。ガシっと両肩を掴まれて椅子に固定されたからだ。 「・・・さて、聞かせて貰おうか」 「・・・場合によっては五体満足ではなくなるけどな」 「も、黙秘権黙秘権!」 「被告人、朝霧達哉君には黙秘権は認められていません」 男達(+女性1)の過酷な尋問が始まる。ちなみに弁護士はいない。 「俺達は名前すら貰えない雑魚キャラなのに、なぜ朝霧だけが!」 「そうだ!格差社会許すまじ!」 「基本的人権の無視だ!」 「をほほ、モテる男は大変ねぇ」 ・・・最初に話しかけた人間が一番楽しそうに尋問をしていたのは当然の成り行きだろう 「夕日が眩しいなぁ・・・」 「本当にごめん、達哉!」 強制収容所の囚人みたいな表情の達哉、いかに過酷な尋問を受けたかがわかる。 「いいよ、フィーナ姫とみんなが仲良くなれるぐらいなら俺の苦行なんて」 完全に顔が笑ってる。 「フィーナ姫の方はあの後どうでした?」 「私もたくさん質問されましよ、おかげでみなさんと仲良くなれて嬉しいです」 「やっぱりみんな、『きっかけ』が欲しかったんですよ、お姫様といっても同級生ですから」 達哉が言う。ただしそのきっかけを点けたのがこともあろうの人なのだが。 「その・・・達哉様?」 何かを感じたのだろうか、フィーナが足を止める。 「姫さま〜」 しかしその意見はミアの声でかき消された。心配で迎えに来たのだろう。 「姫さまが心配になりまして・・・」 「いいのよ、ミア」 心配なのはフィーナも一緒なんだろう。 「後は任せたわよ、達哉」 ミアも来た、ということは自分の役目は今はない。そう判断した菜月はトラットリアへの道を駆け出した。今夜の役目を果たすために。 「そろそろ夕食の時間ですね」 「ええ、そうですね」 家に戻るなり、さやかから『時間を稼いで』という秘密指令が達哉に託された。 「それで物理化学なんですが・・・」 だからカテリナの学習要綱と進行をフィーナに教えてひたすら時間を稼ぐ。 「物理化学は月の方が高度ですね、ですが政治経済はかなり大変そうです」 地球と月では政治形態が全く違うから仕方ないだろう。 「体育はかなり違うなぁ」 やはり突き合わせてみるとさまざまなところに違いがある。同じなのは数学と国語ぐらい。 社会科系に至っては完全なやり直しだ。 それを勉強しようというのだからフィーナ姫って凄いとまざまざ感じる。 「・・・何か、遅くはありませんか?」 さすがにこれ以上は厳しい。フィーナ姫に勘付かれる前に姉さん! 「達哉君、お待たせ」 姉さんという援軍が駆けつけてくれた!後は行くだけだ 「こ、これは・・・」 「わぁっ」 入ってきたフィーナとミアが素直に驚く トラットリア左門のテーブルにはさまざまな料理。どれも鷹見沢親子が腕を振るったものばかりだ。 そして壁には『歓迎!フィーナ姫・ミアさん』という垂れ幕まで掲げられている。 「今日はお2人の歓迎会を開催しま〜す!」 歓迎会。達哉に下された秘密指令とはこの為だったのだ。 「姫さま・・・」 「み、皆さん・・・」 いきなりの展開に戸惑う2人。でもその奥には感謝の表情が見て取れる。 続けて戸惑っている二人を今のうちにと入り口から中央に引っ張り、準備完了。 「じゃあ菜月ちゃん、お願い」 最初の挨拶は菜月。しかし緊張の余り足が地についてない。昼間の会話は何だったんだ? 「こここ、このたびはトラットリア左門にようこそ!」 それは違う、達哉は思わずトレイをぶつけたくなった。 「(落ち着け、落ち着け菜月)」 深呼吸のポーズを見せて菜月を落ち着けようとする達哉。しかしその行為は甘かった。 「ちわーすっ」 「マスター、美人二人追加!」 からんからんというベルの音。翠と真琴だ。 「何でバレたんだ・・・」 「をほほ、この真琴に隠し事なんてやろうなんて」 「同じく、遠山さんものけ者には不満であります!」 家族だけで歓迎会をやろうというのは、間違いだということが良く判る追加キャラだった。 「と、とにかく、真琴さんと翠さんも来てくれたということで改めて!」 「司会者がんばれ!」 「応援してるよ!」 援軍なんだか敵軍なんだか判らない2人の声援を背に再び菜月の出番。 「お二人が来てくれてうれしいです。ようこそ、そしてよろしくの気持ちを込めて準備しました。 難いこと抜きでパーっといきましょう!」 菜月の挨拶と共にクラッカーが開始を合図し、会場を舞うテープが2人を歓迎する。 「ありがとうございます」 「ありがとうございます」 フィーナとミアが深々と頭を下げ、各自パーティ形式でゆるりと進行する。 仁と菜月が料理を運び、麻衣は飲み物を運んでいく。 そしてさやかはフィーナとミアに料理の説明を。そして達哉はというと後から来た真琴と翠に釈明をする。 時折いつもの癖が出て料理を運んでしまうのは悲しい性だが。 そうこうしているうちに飲み物と料理が一通り回ったらしく、さやかが場を切り出す。 「それでは皆さん、飲み物が回ったところでフィーナ様よりお言葉を頂きます」 「はい」 グラスを手にしたまま、フィーナはすっと歩み・・・出せなかった。 「きゃっ」 突然、フィーナの下半身が膨らんだ。何か入ってきたのだろうか。 「ジャンジャジャーン!」 そしてなんかよくわからない効果音と共にフィーナのスカートの中から中年の男が現れる。場違いという意外にない。 怪しいサングラスと共に首からは高性能っぽいカメラを吊り下げている。 「こいつ誰?」 一番近くにいた真琴がこぼれかけたフィーナのグラスをひょいと受け取り、そのまま怪訝そうな表情で問う 「聞かれたならば答えねばなるまい、私こそは地・・・」 「48の部長技の一つ、部長ストンピング」 何か硬いものが潰されるような鈍い音。真琴の足が彼のカメラを踏み潰した音だ。 「貴様!ワシの大切なカメラをこんな目に遭わせ」 しかし彼の言葉は最期まで発音されることはなかった。邪魔者は早く消えろという周囲の圧、そして 「48の部長技の一つ、部長サークルキック」 グラスの液体を全く揺らさない芸術的な廻し蹴り。哀れな彼はサッカーボールのように(なぜか開いていた)勝手口から星となって消えていった。 「さて、やっぱり今度は歓迎者の出番かしら?」 何事も無かったかのように場を仕切り直す真琴。 「では」 真琴からグラスとバトンを受け、場の注目を惹かせるべく一歩前に出るフィーナ。 「本日は私とミアのために、このような歓迎会を設けて頂き、誠にありがとうございます」 「フィーナさん、もっと気楽に」 あんまりにも硬いというか、これでは公式行事。翠が言うのも無理はない。 「私たち家族の一員なんですから、崩されても結構ですよ」 さやかのフォロー。そうだった、さやかはホストマザーなんだ。 「まだ一日だけですが、新しい発見や出会いばかりです。 私が地球の常識を知らずに皆様にご迷惑をお掛けすると思いますが どうか、ミアともども宜しくお願い致します」 ミアともども再び一礼。そして周囲の顔を見回して話を続ける。 「それと、もし宜しければでいいのですが、皆様に一つお願いがあります」 改まって話すフィーナ。それを一字一句逃さまいと聞く全員。 「私のことを『フィーナ』とだけ呼んでは頂けないでしょうか?」 そしてその視線は達哉に向いている。 「達哉君、ご指名よ」 「主役の出番よ、ほら」 右にいたさやかに小突かれ、左にいた真琴に押し出され。達哉はフィーナの真正面に運ばれた。 「俺の事も『達哉』と呼んでくれるのなら、喜んで」 言われるまでもない。フィーナがそうなら俺も同じだ。 「フィーナ、ようこそ地球へ」 「ありがとう、達哉」 達哉が手を出し、フィーナの手がそれに重なる。 「ほら、ミアも」 そう、ミアも忘れてはいけない。月から来たのはフィーナだけではないのだから。 「で、でも、達哉様は、年上ですから」 「俺はフィーナと同じくミアって呼ぶけど」 「そ、それでも・・・」 困惑するミア。やはりこのあたりメイドという立場が邪魔してるからだろう。 「じゃ、『ミアさん』、これで行かない?」 麻衣の隣にいた翠が名案を出す。 「いいんじゃない?」 「さやか、達哉、麻衣」 「さやかさん、達哉さん、麻衣さん」 フィーナとミアがそれぞれの呼称で『家族』の名前を発言する。 「待って、私も私も!」 「翠さんもであります!」 「くすくす、もちろん菜月も翠も一緒よ」 「そうですね、菜月さん、翠さん」 ここまで来るとフィーナもミアもくだけたものだ。 「私は『真琴様』の方がいいけど?」 「あんたも一緒!」 菜月と翠に同時に突っ込まれ、結局真琴も同等の地位に格下げされてしまった。 「じゃ、これはこうしましょう」 さやかが『歓迎!フィーナ姫・ミアさん』の垂れ幕から『姫』『さん』の部分をマジックで塗りつぶす。 「これで一層親睦が深まったわね」 改良された垂れ幕を見上げてフィーナが感想を述べる。歓迎会は大成功に終わりそうだ。 フィーナとミアも含めて歓迎会を片付け、達哉が自宅へ戻ろうとした時。 ふと横に目向けると月明かりの下にフィーナが佇んでいた。 じっと動かずに月を見上げている。 「荒野ばかりの月も、38万キロ離れた所から見ると・・・綺麗ね」 後ろにいた達哉に気づいたのだろう。フィーナから話しかけてきた。 一昨日の夜にも2人だけになったが、その時は話すも何もという状態だった。 今日の夜も2人だけになった。でも今度はちゃんと話せる。 「そうだね」 フィーナの故郷。月を見上げた。 昔、地球と大きな戦争をやったとは思えないほど平穏に光り輝いている。 でも月の欠けた暗い部分に僅かに光の点が見える。この僅かな光こそ月の人々の生きる光。 「達哉。私、月に来るのは二度目なの」 「え?」 「一度目は幼い頃だったわ、ほとんど覚えてないけど」 ・・・幼い頃? フィーナに最初会った時に湧き出たイメージが再び焦点を結ぼうとする。 「その一度目の時・・・」 何だ、いったいこの心の奥底のものは。俺は一体何を忘れている。 「いえ、何でもないわ」 奥底のものが動き出す前にフィーナが話を打ち切る。おそらく彼女は 「地球からだと、月はこう見えるのね、月から見た地球と比べて、随分小さい・・・」 随分どころではない、月から見た地球の大きさは地球からのそれに対して13倍以上、明るさに至っては70倍を超える。 それだけ圧倒的な存在感を天に背負って月の人は生きている これから先、フィーナともっと仲良くなって、月のことをもっと知ればフィーナの言葉の続きを聞くことが出来るだろうか。 宇宙空間のように漠然としたものだけが達哉の心に広がっていた。


ぺーじとっぷへ。

〜W〜努力〜


歓迎会の翌日。ホームルームの前に達哉達は呼び止められた。
「ふふふ、朝霧、もうバレたのか?」
「おかげで酷い目に遭いましたよ・・・」
「そのくらいのことで凹んでたらこれから先大変だぞ、地球代表」
先生が達哉にバシっと気合を入れる。姉さんのなでなでとは全くタイプが違うが意図するものは同じなのかな、そう達哉は思う。
 
「フィーナ姫は達哉の隣。教えるのに都合良いだろうからな」
窓際隅っこがフィーナ。右隣に達哉。
達哉の前が菜月。フィーナの前が翠、そして達哉の右隣が真琴。
「(男子の視線が痛い、痛いですよ先生)」
達哉の三方は全て女性軍(最後列なので達哉の後に席はない)。男性軍が敵視するのは当たり前ですよといわんばかりの配置だ。
「それから朝霧」
「はい」
「フィーナ姫の教科書がまだ届いてない。それまでは朝霧の教科書を見せてやれ」
「(・・・あのー、つまりそれってフィーナと机をくっつけろってことですか?)」
男性軍の目に攻撃能力があればとっくに達哉は消されているだろう・・・
「それでは始めるぞ、教科書の78ページを開け」
月学概論兼歴史担当の先生のビシっとした声から授業は始まる。
「・・・」
「フィーナ?」
一冊の本を2人で読むのでフィーナの表情の変化から髪の匂いまでまるわかり。
嬉しいけど下手に視線とか表情を変えられない、これは一種の拷問。
「母様の写真が・・・」
達哉がめくっていったちょうどそのページにはフィーナに似た、そしてフィーナよりも大人で、威厳と慈愛に満ちた女性の写真が載っている。
「(この人がフィーナのお母さん・・・)」
名をセフィリアというらしい。フィーナのことをもっと知ったらこの人のことも話してくれるのだろうか?
「朝霧、スキンシップの途中だろうがいいか?」
「あ、はい」
「ならこの問題を答えてみたまえ」
スキンシップ、確かに接近ぶりを遠めに見ればそう感じるだろう。
「えーっと・・・・」
「なら、隣のフィーナ姫はどうだ?」
「本来は鉱山労働者ばかりだった月に、新天地を求める者や地球連邦への従属を嫌う者達が集まって出来たのが現在の月王国の前身です」
「ではもう一つ。なぜ鉱山が国家になれたのかな?」
「鉱山は僻地にあるため、生活一切を鉱山に持ち込まなければならなかった。で良いでしょうか?」
「そうだ。足元がきちっと固まってなければどんなに頭がよくてもダメだ、人間も同じだな」
クラスがどよめく、これだけの答えを全く詰まることなく発言に出来るのだから。
そして月学だけではない。次の授業もまた次の授業も
「・・・です」
「・・・です」
フィーナが答える度にクラスがどよめく。そして片っ端から正解。
先生方すらどよめくぐらいと言えば彼女の実力が判るだろう。

まだまだフィーナの衝撃は続く。体育の時間。
「この服で運動ですか?」
「ええ、そうよ」
菜月が別段何か?という表情で答える。彼女達が着替えたいでたちは体操着とブルマ、頭にはハチマキ。
「月では『伝説の服』として博物館に収められてます」
「・・・で、伝説の服?」
「それをこうやって着れるとは、地球に来たかいがありました」
感慨深げに自分のいでたちを眺めるフィーナ。
「確かに伝説よね、これ最初に使われたの20世紀だし」
「20世紀って男はみんなチョンマゲでカタナ挿してる時代でしょ?そんな頃からって」
彼女達から見たら『20世紀』とはそのくらいの知識レベルでしかない。

「見ろよ、達哉」
女性陣の走りを待つ男性陣。その中で未だに名前のない男達の一人がグラウンドを指差す。
「フィーナさん、鷹見沢とトップ争いしてるぜ」
「鷹見沢の足についていけるって凄いよなぁ」
ちなみに菜月は達哉のクラスで一番速い。だからフィーナも当然速いことになる。
「勉強もできるし、運動もできる」
「そして美人、フィーナさんって凄いよなぁ」
「まったくだぜ、俺もそのフィーナさんと一つ屋根の下ってヤツになりたいよ」
「でも一つ屋根ってことはよぉ」
「間違って着替えを覗いたり、飛び込んだ瞬間に胸にダイブなんてことも起こるかもよ?」
「んなお約束なことある訳ないでしょうが!」
「をほほ、まんざらでもないって顔に書いてあるわよ」
「どどどどこに!」
慌てて自分の顔を摩ってみる達哉。そして摩る手の向こうには少し不機嫌な真琴がいる。
「全く男どもときたらダラダラ走るしか能がないのよね、少しはあの2人を見習って貰わないと」
結構余力のある走りをする菜月、それに追いつこうと明らかに無理気味に全力疾走したフィーナ。手を抜いてばかりいる連中にとってはいい薬だ。
「菜月、真琴は走らないんですか?」
「真琴は男子と走るんだって」
「ありゃー、ぶっちぎっちゃったよ」
そして当の真琴はダラダラした男供をまとめて抜き去っていく。

昼休み。フィーナも加えていつもの面子で昼食。
「じゃんじゃじゃ〜ん!」
何か物凄い効果音を口に出しつつ、翠が今日の昼食を仕入れてきた。
「はい、月見そば!」
青くて丸いロボの効果音そのままで月見そばを配る。
「これって?」
「月のお姫様だから、月見蕎麦」
「別に月見うどんとか月見バーガーでもいいんじゃ・・・」
「鷹見沢君、それ却下」
どうやら翠は讃岐地方の人にやさしくないらしい
「なるほど、この卵を地球から観た月にたとえるのですね」
「でも、俺にはちょっと少ないかな?」
「男の子は良く食べますからねぇ」
どこかのおばあさんのような言い方で翠が突っ込む。
「じゃ、私の半分達哉にあげようか?」
何か隠しているようなセリフ。達哉にはすぐに判った。
「菜月、またダイエットしてるのか?」
「してないしてない!」
「いや、それ丸判り」
あたふたして否定する菜月。実にわかりやすいキャラだ。
「じゃ、ありがたくもらっていくわね」
そしてひょいと菜月の獲物を分捕る人。その人は真琴という
「無理して絶食しても、内 臓 脂 肪 を溜め込むだけよ?」
思いっきり『脂肪』の部分を強調して真琴は隣のテーブルに座る。
「どうしたの?フィーナもダイエット?」
同じく食べようか否かで止まっているフィーナにも言葉をかける
「そ、そんなことはありません、ですが・・・」
「もしかしてお蕎麦は初めて?」
「ええ、月には無かった食べ物ですから」
「フィーナ見てな、蕎麦はこうやって喰うんだ」
思いっきりズルズルとかきこむ達哉。
「おそばは音を立てて喰うのがマナーなんだ」
慌てるフィーナを制して達哉が説明する。
「そうそう、思い切っていこうよ、『郷に入れば郷に従え』」
「好きに食べればいいのよ、宮廷料理に慣れたあんたには難しいでしょうけどね」
周りの面子のアドバイスに勇気付けられてフィーナが蕎麦を啜る。たどたどしいが仕方ない。
「お箸もお蕎麦も難しいですね」
というフィーナの言葉が印象に残った。

放課後。菜月をトラットリアに送り出すと達哉とフィーナだけが残った。
「フィーナは部活に入るの?」
「今のところはやりたいものがあるので」
勉強とかで忙しいのだろう。毎晩遅くまで部屋の明かりは燈っているし。
「余裕が出来たら、ぜひ入部してみたいものですね。達哉は?」
「いや、俺入ってないし」
考えてみたら帰宅部の達哉が部の案内をしようというのがそもそもの間違いだと思う。
「他の皆さんは?」
「菜月はトラットリアで働いてるから無理、麻衣は・・・」
「〜♪」
 風と共に何かのメロディが流れてきた。
「麻衣は吹奏楽部なんだ」
達哉もフィーナもあえて近づかず、麻衣のフルートの音色に聞き入る。
「この曲は?」
「『アルルの女』。麻衣はいつもこれを奏でてるよ」
「綺麗な曲ですね」
会話は必要最低限度。それが聞き入る人の基本。やがてフルートの他にもう一つの管楽器の音が入ってくる。
「翠さん?」
「翠は麻衣の先輩なんだ」
翠の加入。そしてビゼーからモーツァルトへ。「アルルの女」から、「フルート&クラリネット協奏曲」に変化していく。
いつのまにかフィーナと達哉以外にも聞き入る人が加わり、そして協奏曲が終わると拍手。
「お兄ちゃん、フィーナ先輩」
「あちゃー、聞いてたのね」
手を振って近づく麻衣とその後をしずじすと追う翠。
「翠も麻衣もとても上手ですね」
「でもまだまだ遠山先輩にはかなわないけど」
「翠って凄くクラリネット上手いからなぁ」
「褒めても何も出ないよ?」
あんまり褒められるのは得意ではないらしい。翠か妙な否定をしている。
「麻衣ちゃんはパートリーダーとしても優秀だし、遠山師匠としては弟子に抜かされないか夜も眠れませんよ」
なぜか腰を曲げて咳き込みながら話す翠。これが老婆心なんだろう。
「師匠は弟子に倒される話は月ではよくあります」
「そうならないためににも遠山老師は練習あるのみなんですよ」
月でなくとも地球でも似たような話はよくあるが、深く気にすると翠が落ち込む。
「お兄ちゃん達はこれから?」
「フィーナに部の案内をしてるんだ、後一つ回ったら帰るよ」
「じゃ、私はもう少し練習するね」
これから翠と麻衣以外の部員を加えて練習するらしい。
「また、練習を聴かせて貰っていいかしら?」
「お兄ちゃん達ならいつでもOKだよ」
にぱっと微笑む麻衣。やっぱ可愛いと達哉は思う。

「後はもう一人だけど」
「真琴ですね」
本音どころか上辺ですら紹介したくない。しかし
「美術部というのも観てみたいです。折角真琴が私を勧誘してくれたのに顔を出さないと失礼ですから」
というフィーナの意見もあって美術部に出向くことになった。
「おじゃまします」
「失礼します」
さすがに絵と絵画道具が物凄い。そんな中部室の真ん中でデッサンをする人が一人。
「来たわね。お姫様と騎士見習いさん」
真琴は後ろを向いているが、気配と声だけで誰かを判断したようだ。
「絵がいっぱいありますね」
素直に感想を述べるフィーナ。周り中絵だらけ。ぱっと見た目三桁はあるだろうか。
「これって全部真琴が描いたのか?」
「ええ、そうね。部員がまともに働いてくれないから私の負担が増えて増えて」
ジロリと達哉を睨む。
「えーっと、俺は別に部員じゃ・・・」
何かを感じたのかくるりと向いて逃げようとする達哉。
「でもこの絵って」
疑問顔のフィーナが達哉を救ってくれた。まあ本人はそんな事まで考えてはいなかっただろうが。
「お姫様には散らかった所は苦手かしら?」
いや、フィーナの疑問はそんなものではない。絵とか道具が転がっているは美術室でも同じ。
「この絵は?」
絵の具の匂いも残っている新しい絵。しかし尋常の枚数ではない。
「それは今日描いた分ね」
「今日って?」
「絵を上手く描くには感性も必要だけど、結局は描いて体で覚えるしかないってこと」
「では、真琴はこれだけの枚数を一日で?」
「をほほ、当然じゃない。美を維持するにはそれ相応の代価が必要なわけ。わかる?」
いつもの笑い声。しかしその声もまた地に足をつけているからこそ出せるのだろう。
「またいらっしゃい、今度はあんたの絵を描いてあげるわよ」
真琴の指先が向いた方向、それはフィーナだった。

「ただいま」
「お帰りなさいせ、姫さま、達哉さん」
家に戻るとミアが迎えてくれた。今までは誰もいない家だった所に待つ人が現れ、そして一緒に帰る人も現れた。
そのことによって朝霧家が一気に変わったような気がする。
「姉さんは?」
「仕事で遅くなるということです」
達哉は博物館館長代理の仕事は詳しくは知らないけど、夜遅くなるなんて日常茶飯事。
徹夜で帰れない事すらあるのは激務の証拠。姉さんも頑張っているんだ。
「月のことを勉強する授業があるんですね」
「地球にはおそばというものがあるんですね」
フィーナが今日のことを説明するたびに横にいるミアが表情をくるくる変えて驚く。
「毎日色々な発見と出会いがあってとても充実しているわ」
ふふっと笑いながらミアに微笑むフィーナ。
「私もカテリナ学院に行ってみたいです」
「今度案内してあげるわ」
「本当ですか?」
つい先日までは学院初心者だったフィーナが、今はミアに学院のことを教える立場になっている。経験とは人を変えるもの。
「そういえば今日の体育、菜月を抜いて1位になるとは驚いたよ」
達哉が2人に加わり
「あ、それ私も見てた、凄いデットヒートだったよね」
麻衣も話に参加する。
「でもその後、お兄ちゃん達男子を全員抜いてった先輩には驚いたな」
・・・我が妹よ、その先輩は例外だ。下手すると人外だ。
「でも、フィーナって勉強も運動も何でもできてすごいよ、さすがお姫様だよな」
「それは違います!姫さまは」
いきなり立ち上がり、大声で達哉を否定するミア。
「いいのよミア、落ち着いて」
いきり立つミアをフィーナが静かに諭す。何か隠しているようだが柔和な表情からはそのことが見えない。
「気にしないでね、達哉」
何か腑に落ちない。気にしないと言われると余計に気にしてしまう。

「もうこんな時間か」
夜も遅い、そろそろ寝るとするか。
リビングから二階にの廊下を歩くと煌々と明かりがついた菜月の部屋が見える。
トラットリアが終わった後でも勉強をしているのだろう。
麻衣の部屋からは微かにフルートの音が
そして別の部屋からはなにやら複数の声が聞こえる。
「姫さま、もう少しです!」
ミアの励ます声と
「まだまだこれではダメです」
フィーナの真剣な声だ。
こっそりと覗く。そこでは
「お箸の特訓?」
箸で豆をつまもうとしている。つまり昼間の『お箸もお蕎麦も難しいですね』。
これを克服するためにわさわざ夜遅くまで特訓をしているのだ。
「ミア、あなたは先に休んでもいいのよ、これは私の練習ですし」
「姫さまが頑張ってらっしゃるのに、私だけが休むことはできません」
「ふふっ、律儀ね」
「それが姫さまにお仕えする者の義務ですから」
人によっては些細なことかも知れないけどきちんと克服しようとするフィーナ。
どこまでもフィーナに仕えようと、役に立とうとするミア。

「そっか、フィーナが凄いのは努力してるからなんだ」
日々の地味な努力の積み重ねが彼女を支えている。いや、フィーナだけではない。
ミアも、麻衣も、さやかも、菜月も、翠も、真琴も。
「みんな頑張っているんだ・・・」
そして次の瞬間、達哉は壁を叩いていた。それに比べて俺は?
なんだが自嘲気味になってきた。俺は男だろ?女性陣に負けてどうする?




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