夜明け前より瑠璃色な
〜Mother Earth、Daughterr Moon、Son 〜
〜X〜訪問〜
6話へ
その日、達哉は職員室に呼ばれた。
フィーナを案内した時以来だが、やはり「先生に呼ばれる」というのは気分が乗らない。
何を言われるのか、あるいは何を叱られるのか
「来たな、朝霧」
先生だ。
「えー、相変わらずお日柄も宜しいようで、先生も御麗しく・・・」
「朝霧、何を鳥谷に吹き込まれた?」
言ってはならない、『面接前の48の方法』というのを真琴に貰ったことを。
「まあそれよりもだ、今度お前の家に行く」
だいたい貰った経過はわかるので先生はすぐに本題に移る。
「もしかして家庭訪問ですか?」
「そうだ、家庭訪問だ」
「でも俺のとこ、フィーナがホームスティしてますが・・・」
「今はフィーナも朝霧家の家族の一員だろ?」
ホームスティ中は家族の一員ということは最初に聞いた。でもその状況で家庭訪問なんて。
「鷹見沢の所にも寄っていく、一緒にまとめてやればお前達も楽だろう?」
いや、楽って楽なのは先生じゃないですかと突っ込みたくなったが、やめた。
「それで、いつうちに来られるのですか?」
「遠山のとこが終わった後だから、明後日だな。何、準備なんていらんぞ、普段のお前たちの家庭を見せて貰うだけでいいんだからな」
「は、はぁ・・・」
そう言われるとかえって準備せねばと思ってしまうではないですか
「朝霧、ワタシごときで緊張するのか?フィーナ姫を相手にしているんだろ?」
それとこれとは違いますと言いたかった、しかしこの場で言えるほど達哉は豪胆ではない。
「言うべきことはそれだけだ、朝霧」
「わかりました、琉美那先生」
「達哉、家庭訪問とはどういう事でしょうか?」
同じく琉美那先生の懇談を受けたフィーナが話しかけてくる。
「えーっと、先生が生徒の家庭環境を理解するために出向くこと。かな?」
おおむね正解。
「俺の家族って姉さんと麻衣だけで両親いないし、その上フィーナにミアまでいるから」
「ハーレムだしね」
「ハーレムとはどういう意味なのでしょうか?」
「酒池肉林ってことかしら?男一人なのに相手は従姉に妹に姫にメイド。体力持つ?」
かなり斜め向きに正解。
「だからまた妖しい知識を吹き込まないでよ!」
菜月だ。ちなみにさっきのはもちろん真琴。
「幼馴染も追加。かくして選り取りみどりの食い放題バイキング、何この素晴らしい設定」
「あちゃー」
処置無しといった表情の翠。
「今度、達哉総受け本でも作って売ってみようかしら?」
真琴の目がらんらんと輝いている
「俺はネタキャラじゃないぞ、著作権侵害だ!」
「すっかり遊ばれてるけど・・・」
「真琴、総受けとは何でしょうか?」
このあたりの知識に弱い上に、地球の事を何でも知ろうとするフィーナ。顔が真剣だ。
「よしよし、お姉さんがフィーナのために・・・」
「そんな授業は却下だ、鳥谷」
いつのまにか琉美那先生が達哉達の横に立っていた。
「琉美那ちゃんか、仕方ない、撤退ね」
なぜか先生ことをちゃん付けで呼ぶ真琴であった。
「今日は教科書の112ページからだ」
いつもの授業。しかし琉美那先生の家庭訪問前だ。何が質問されるかわからないということも考えていつも以上に真剣に受けねばならない。
「朝霧、この問題判るか?」
その矢先のご指名。
「えーっと・・・」
「地球代表、どうした?」
張り切ってみたものの、知識が追いついてくれない
「仕方ないな、隣の月代表フィーナ姫はどうだ?」
前回の時同様、結局達哉ではなく隣のフィーナが答えることに。
「をほほ、ナイト様は情けないわねぇ」
ぼそっと達哉に聞こえるような声が左側から聞こえた。
「スフィア王国との断交を決定した時の地球連邦外相はセルゲイヴィッチ・フィッツジェラルドです
彼は第四次オイディプス戦争において、自らが中心となってスフィア王国に建設を援助した重力制御装置が兵器として使われたことを観て憤死しました」
「そう、フィッツジェラルド外相・・・だ」
その名前を答えられて、ふと琉美那先生が悲しげな表情になる。長い金色がかった髪が揺れる。
「先生・・・?」
普段の豪胆さからは考えられない琉美那先生の表情にフィーナがとまどう。
「フィーナ、琉美那ちゃんの姓知ってる?」
2人の間に陣取る達哉を飛び越えて真琴が話しかける。
「どういう意味ですか?」
「知らなければ教えてあげるわ。琉美那・フィッツジェラルド。琉美那ちゃんは外相唯一の子孫」
「・・・え?!」
仰天するフィーナ。フィッツジェラルド外相のことは月でも習っている。しかしまさかその子孫がいて、しかも自分を教えているなんて
「その質問をあんたに出すなんて琉美那ちゃん結構考えてるじゃないの」
「そ、そうですね」
「月では外相のことはどう教えられてる?」
何か深い訳がありそうな気がした達哉が聞いてみる
「いえ、あまり・・・」
フィーナとて空気ぐらいは読める。さすがに琉美那先生の境遇を知った今、本当のことは口に出してはいけない。
「(一体何を隠しているんだろう・・・)」
時を見て月と地球の「歴史の違い」を聞いてみたい。そう思う達哉。
夜。
携帯電話を持ったさやかがぱたぱたと玄関に駆けていく。
「お客様?」
表情からして琉美那先生ではないようだ。そうなると誰だろう?
「あ、気を遣わなくてもいいわよ」
そう言うとすらりとした女性を手招きしてリビングに案内する。
「はじめまして。姫がお世話になっております
スフィア王国地球連邦大使館駐在武官のカレン・クラヴィウスと申します」
こんな長い役職名をきちっと発音する相手。
「朝霧達哉様でいらっしゃいますね?」
「え、ええ、はじめまして」
硬そうな相手だ。武官とか言うのだから軍人なのだろう。見据えられるといやが上でも緊張する。
「フィーナ様、お久し振りにございます」
うやうやしくお辞儀をするカレン。
「ささ、どうぞこちらへ」
ミアがカレン達を案内する。
「カレンとは、お友達なんですよ」
ミアの淹れたお茶を前にカレンの横でさやかが彼女についての話を切り出す。
「さやかには、随分助けられています」
「プライベートでもね」
さやかがくすっと笑う。それに対してカレンがちょっと苦笑する。
このやり取りだけでもわかる。仲がいいんだな。
「陛下より、フィーナ様のお目付け役を拝命致しました」
陛下というとスフィア国王でフィーナの父親。国王から直接命を受けるということはカレンという人は凄い人なんだな、達哉に緊張が走る。
「達哉様。少し宜しいでしょうか?」
「は、はい」
そういう立場の人からの質問だ。嫌が上にも緊張感が達哉を支配する。
「カテリナ学院の事ですが・・・」
「邪魔するぞ」
カレンからの質問に四苦八苦している最中、誰かがやってきたようだ。
「いらっしゃいませ」
さっそくミアが応対する
「誰だ?」
「姫さまのお世話をしている、ミア・クレメンティスという者です」
「そうか、フィーナ姫より小柄なのによく頑張っているようだな」
いきなりその人はミアの頭をなでなでした。ちなみにさやかの特許ではないので裁判にはならない。
「あ・・・ありがとうございます!」
「それで、朝霧とフィーナ姫はいるか?」
「いらっしゃいますが、今は取り込み中です」
今はカレンが来ている、この場合どうするべきか、待って貰うには夜過ぎる。
「構わん、入らせてもらうぞ」
思案するミアの横を窮屈そうにすり抜けると、リビングにその人は現れた。
「琉美那先生・・・」
達哉とフィーナが先生を見るなり同時に言葉を発した。
そしてカレンとさやか、達哉とフィーナがそれぞれペアで向き合って座っていたテーブルの横側に座る。
・・・対照的だなぁ・・・
そう達哉は思った。カレンと琉美那先生は身長はほぼ同じなのに体型が強烈に違う。
だからかも知れないが、醸し出している雰囲気も正反対といった印象だ。
「ワタシは、琉美那・フィッツジェラルド。カテリナ学院3−1担任をやらせてもらっている、君は?」
「カレン・クラヴィウス。スフィア王国地球連邦大使館付属武官」
一瞬だけカレンの顔に驚きの表情が走るが、すぐに元のクールな姿に戻る。
「なるほど、フィーナ姫のお目付け役ってところか」
琉美那先生が立ち上がってカレンをまじまじ見る。すると座っているカレンの目線がちょうど彼女の胸にいくことに。
カレンの視線に気になったのか琉美那先生がつい致命的な一言。
「あ?胸か?103(F)だが」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
カレン(80(A))はつうこんのいちげきをうけた。カレンはしんでしまった
「カレン、しんでしまうとはなさけないわよっ」
さやかがあの世に逝ったかのような状態になってるカレンをなんとか復活させる
「失礼、だが胸があると肩がこっていかん」
『勝った』という余裕の表情で琉美那先生は話を戻す
「フィーナ姫のお目付け役も来ているということなら、話は早い、彼女の成績の方だが」
フィーナが緊張し、立ち直ったカレンもまた緊張する
「良くやっていると思う。他の先生方も驚くばかりだ」
そして2人がほっとする
「唯一生物は平均点以下なのだが、月と地球では生態系が全く違うので仕方ないだろうな」
「・・・努力します」
何か嫌いなものを食べたような答えをするフィーナ。何か苦手なものを隠している?
「それからもう一人」
達哉はこっそり立ち上がって逃げようかと思った。しかし周囲を包囲されている状況ではそれは叶わない。
「さて朝霧。お前の成績だが」
な、なぜ先生は指をポキポキさせますか?
「さやかさんでしたね。朝霧の保護者で従姉というのは」
「はい。達哉君がいつもいつもお世話になってます」
な、なぜ姉さんまで同じことをしますか?
「ああ、フィーナ姫とカレン武官は下がっていいぞ」
つまり三者懇談って奴ですか?
「達哉、頑張ってね」
「達哉様、ご健闘をお祈りします」
あのー、何でお2人さん、俺を援護することなくそそくさと撤退しますか?
「さやかさん、ゴマって絞れば絞るほど油が出るって知ってました?」
達哉はゴマと同じ扱いらしい・・・
こちらは非リビング組。学年が違うので家庭訪問の影響を受けない麻衣とそもそも学校に行かないミア。
「お兄ちゃん達、遅いね」
「先生という方と一緒に達哉さんとお話しているそうです」
いや、お話ではなくこってり絞られているのだが。
「心配です」
フィーナがやってきた。隣にはカレンも一緒だ。
「はじめまして。朝霧麻衣です」
「達哉様の妹さんですね。フィーナ様がお世話になっています」
「いえいえこちらこそ」
エプロン姿のまま応対する麻衣。
「もう遅いですから、カレンさんもご一緒に」
その姿からも判るとおり、麻衣とミアは夕食の準備中。
「ふふっ、サヤカや琉美那先生と一緒にどう?」
気を利かせて大人同士の話し合いを演出させようというフィーナ。
「では、お言葉に甘えさせて貰います」
もう夜も遅い。このまま一夜を貰っても構わないだろう。
「たらりらったらーん♪」
「麻衣さん、ノリノリですね♪」
麻衣の奏でるマーチが台所に響く。そしてこのマーチの意味を知る人はここにはいない。
「・・・死んだ」
それからしばらくして半分死んだような顔の達哉が戻ってきた。
「おかえり〜」
「おかえりなさいませ」
「達哉?」
「いや、いいんだ、3人とも」
彼に何があったのかを聞ける程3人は非情な女ではない。
「あれ?カレンさんは?」
「お姉ちゃんや琉美那先生と一緒に部屋で夕食中だよ?」
「大人の話をしたいとか言われてました」
学生(ミアも学生年齢)であるここの面子とでは違う話もあるのだろう。
「それでなんだけど・・・」
なにやら麻衣がもじもじしている。もしや?
「お兄ちゃん、お姉ちゃん達にお水持っていってくれないかなぁ」
そしてなにやら浮かない顔の麻衣。
「お水って?」
「どうもさっきの私の料理、お酒が入ってたみたいで・・・」
麻衣は砂糖と塩を間違えたり、芥子を出血大サービスしたりすることはあった。しかし今度はよりによって酒。
「今回はカレンもいます、責任者として私が」
「姫さまが行かれなくとも私が」
「フィーナさんやミアちゃんじゃ危ないし、もし絡まれたら大変」
つまり思いっきり酔っ払っているらしい。
「麻衣、何を入れたか聞かせてくれ・・・」
「えへへ、この瓶全部」
その瓶には思いっきり『ウオツカ』と書いてあった、しかも物凄い強烈と。
「な、なんでこんなものうちにあるんですか!」
「えーっと、前に三河屋さんが置き忘れていったみたいなの」
待て我が妹よ、三河屋って何だ。
「フィーナ、麻衣、ミア」
改まって達哉が三人に向かい、なぜか敬礼。
「骨は拾ってくれ」
戦局は極めて悪化している、『必死の覚悟』とはどういうものか、達哉にも今なら判る。
どこから取り出したのかわからないが、送り出す3人は帽子を振って達哉の武勲を祈る。
そして戦場。
「金もいらなきゃ男もいらぬ、私しゃも少し胸欲しい!」
「胸ならここにあるぞ、ほらほらほら〜」
「私に、私に胸の話をするな〜!」
「カレン、はいおちついておちついてぇ」
「私になでなでをするなぁ〜」
大の女性が3人集まって酒盛り。そして恐るべき雰囲気。みんな完璧に酔っ払っている。
「おい、あさぎりぃ〜」
げ、先生に目をつけられた。三十六計逃げるに
「達哉くぅ〜ん、お酌して〜」
「このカレン・クラヴィウスの酒が飲めぬ奴は・・・斬る!」
一番まともな声調子のカレンが一番危険だ、しかも真剣を振り回してる。
「ひっさつぅ、真剣しらはどり〜」
酔っ払いながら素手で刀を簡単に受け止めている姉さんって何者だ?
「見とれてないでこっちにこぉい!ほれほれ胸もあるぞぉ」
琉美那先生が強引に引きようとする
「だめぇ、たつやくんはわたしの〜」
え・・・?
白刃取りしていたさやかが器用にカレンの刀を受け流し、琉美那先生の前に回る。
「・・・私は出来ているの?」
「姉さん・・・」
「ちゃんと『家族』を作れているの?教えて?」
・・・姉さん?
酔っ払って声は思いっきりアルコールしているが、言ってることはまともだ。
「たつやくぅんとられそうでぇ〜」
・・・ちょっと待ってくれ、誰に?
酔っている時は本音が出るという話もある。すると今の姉さんの言葉は?
「あさぎりぃ、なにぃそこでボサっとしてるんだぁ」
残念ながら呑んでいるのはさやかだけではいし、考える余裕もない。しかし何かを達哉に残していったことは確かだ。
「勺をしろ〜!」
そこから達哉の記憶は無くなった。いや、あっても悪夢になっていただろうが。
「・・・・・」
どうやら眠っていたようだ、朝日が昇ってる。
そしてなにやら柔らかいものとやや固いものをそれぞれの手に感じている。
「・・・・(汗)」
そして達哉は気づいた、自分が物凄く危ない状況になってることに
「う〜〜〜ん」
・・・自分の左右にはさやかとカレン。
・・・そして手は両人の胸の上
・・・さらに言うと二人ともネグリジェ状態
「(逃げよう・・・)」
なんとか起き上がろうと上半身を起こす。しかし左右両人の足がひっかかってそこから抜けられない。
下手に足を抜こうとすると2人が起きてしまう。さてどうするか
「お姉ちゃん、カレンさん、起きて」
どうするもこうするもない、部屋の外には麻衣がいる。しかし達哉には逃げることも、部屋内の状況を告げることも、ましてや麻衣を追い返すこともできない。
今の達哉には処刑待ちの死刑囚がどんな気持ちなのか、判ったような気がした。
「開けるよ!」
・・・終わった、俺の人生・・・
「フィーナ様」
「は、はい」
「このような不埒な輩をどう処刑致せば宜しいでしょうか」
「カレン、これは事故です、落ち着きなさい」
斬首体勢のカレンをなんとかなだめるフィーナ。ちなみに達哉はカレンの前で椅子に縛り付けられている。
「ま、まあお兄ちゃんだって悪気があってやったことじゃないし・・・」
「昨晩はお2人ともかなり酔ってらっしゃいましたし」
「そう言われるのなら、刀を下げるしかありません」
尋問人はほっと一息。これで命が繋がった。
「カレン、達哉君のことは私に任せて」
いや、もう一人執行人が残っていた。
「ここは保護者である私の出番でしょ?」
「 達 哉 君 」
「は、はい!」
そして向き直るさやか。柔らかな表情だが思いっきり怒ってる。
「 今 日 と 明 日 は ご 飯 抜 き 」
達哉には飢餓刑の判決が下された。ちなみに上告は認められていない。
・・・彼の飢餓との戦いは始まったばかりだ・・・
〜Y〜昼食〜
「ゆうべははおたのしみでしたか?」
力が入らないまま達哉が学院に来るなりこれ。一番最初に会ったのは一番会いたくない人。
「お楽しみって、何を!」
「決まってるじゃない、あんたの顔に書いてあることよ」
「ど、どこに!」
「誘導尋問に引っかかってどうするのよ・・・」
呆れた顔の菜月が真琴の尋問を停止させる。
「朝霧君、顔色悪いよ」
「これにはマリアナ海溝よりもふかーい訳がありまして」
「ほうほう、ついついムラっとなってフィーナを押し倒してしまったと」
「それはいけませんねぇ、遠山さん的には朝霧君ポイントダウンですよ?」
そもそもポイントって何だろう?考える時間を与えられる間もなく当事者(?)が現れる。
「いえ、そんなことはありません、あれは事故ですから」
「事故?」
「達哉は琉美那先生、それにカレンとサヤカの接待で疲れ果てています」
学生の身分である達哉には大の女3人の相手は厳しいことぐらい他の人にもわかる。
「つまり、酒に酔ったお姉様方の相手をしてたってこと?」
「そして俺は断食状態・・・」
思いっきりヘタってる。そして理由を尋問できる肉体状態にはない。
「ねえねえ、あたし達で朝霧君に何か食べさせてあげようよ」
翠としては軽い気持ちで言ったことだった。しかし
「をほほ、それってお約束なお弁当対決?」
「お弁当対決とは何でしょうか?」
真琴が妙な方向に流し、それを間に受けたフィーナが質問する。
「説明しよう!『お弁当対決』とはヒロイン達の主役争奪イベントの一つなのである!」
「翠、どっち向いて解説しているのよ・・・」
なぜか翠はカメラ目線だが、気にしてはいけない。
「私も参加すべきなのでしょうか?」
翠の勢いに圧されたフィーナが参加をためらう。
「いい?今愛しの人が死に掛けてるのよ、あんたはそれを見捨てる気?」
いきなり真琴(158cm)がフィーナ(162cm)の両肩を掴んで諭す。
「それはならないことです」
さすがに死に掛けだの見捨てるだのと言われれば否定するしかない。
「だからこのイベントには、あんたが必要なの!」
真剣な眼差し。根が真面目なフィーナにはこれが一番良く効くことぐらい真琴にはお見通し。
「判りました、では明日のお昼休みに集合ですね」
「へた〜〜〜」
そして当の達哉は上記の通り。
「さて、者ども。HRだ」
対して琉美那先生は昨日のことが嘘のように普段通り。
「そこでヘタってる奴。また家庭訪問してやろうか?」
「や、やめてくれぇ〜」
「お前達、朝霧のように昨日のことを今日に引きずる生活をしてはいけないぞ」
「地球のことわざにもありますね。『朝寝朝酒朝湯は身上を潰す』と」
フィーナの答えは全くフォローになっていなかった・・・
次の日。
達哉はさらにヘタれていた。そして昨日の夜に何があったかすら覚えていない。
「ひもじいよぉ〜」
育ち盛りの男に二日間の断食は辛過ぎる。運の無い事に体育は長距離走。
達哉はこれでただでさえ少ないスタミナを搾り取られてしまった。
「はらへったよ〜」
ひたすら情けないが、体が言う事を利かないのではどうしようもない。腹が減っては戦は出来ない。
「ターゲット発見!」
「目標は単体のようね。どう打って出るか」
その達哉を壁の向こうから観察するヒロイン達。
「なぜ私達は隠れる必要があるのでしょうか?」
やっぱり目的が把握しきれないフィーナが質問する
「みんなで行くと比較されるじゃないの」
4人の弁当を開き、達哉に見てもらう。それを比較と言わず何という。
「さて、誰から行きましょうか?」
面子は4人。目標は1人。
「わわわ私から行くわ!」
突然菜月が駆け出した。
「ふふっ、いつも元気ね。菜月は」
「比較されたくないだけじゃないかしら」
「達哉、これ・・・」
まずは菜月。ちょっと恥ずかしそうに「受け取って下さい!」とばかりにお弁当を差し出す。
「ありがとう菜月!やっぱり持つべきものは幼馴染だよな」
感謝感激雨霰の達哉。そして早速開けて見た。
「こ、これって」
「ごめん、私一生懸命作ったんだけどちょっと失敗しちゃって・・・」
黒かった。
「達哉がお腹壊したらいけないと思って、ちょっと火加減強くしたつもりなのに」
言っておくが、火加減とかいうレベルでは黒コゲの塊にはならない。
「でも麻衣ちゃんに言われたの、『やっぱりお弁当は愛情よね』って」
麻衣に聞いたのは『調理前』ではないのだろうか
「あはははは・・・・」
いくら達哉とはいえ人間、炭素そのものを食っても消化されないし栄養にもならない。
菜月は弁当を抱えてすごすごと逃げていった。
続けて真琴。いくら何でもこいつは弁当なんて持ってきて
「ほら、喰いな」
くれた、なぜかは判らないがちゃんと達哉用を作ってきてくれている
「ありがとうごぜいやす!」
ひたすら頭を下げる時代劇の農民みたいな感謝。
そして開けてみる。当たり前だが黒くない、が
「・・・って、これ一体」
「炭素料理しか作れないあんたの嫁よりはずっとマシじゃない。ありがたく思いなさい」
いや、嫁ってそれはという突っ込みをする余裕が達哉にはない。
・・・色違いのカロリー○イトが4本並んでるだけ・・・
達哉は味覚が妙な方向に逝ってる人は知ってるし、妙な料理とかデスマーチも知ってる。
しかしこれは味覚とかいうものを遥かに飛び越えている。
「栄養学的には最強。しかもカテリナナンバーワンの美少女の手作り。何か文句ある?」
ヒロインに弁当を貰うというシュチエーションを真正面から吹っ飛ばす。それが真琴だ。気にするな。
「あ、ありがとう・・・」
ボリボリとカロリーメ○トもどきをかじる達哉。もちろんまずい。しかし
「うおー、力がみなぎってくる!」
このイベントでは無意味な部分に力が貯まる。なんだか物凄い無駄なパワーだ。
「マムシとか鹿角とかオットセイに冬虫夏草、後はすっぽん粉末入りよ」
確かに栄養学的には最凶だった。ただし弁当に入れるものじゃないので良い子は真似をしてはいけません。
「あさぎりくん♪」
元気になったのか無意味な力が蓄えられただけなのかよくわからない達哉。
そこに3人目。翠の出番だ。
「あたし、3人目だから・・・」
3人目の意味が違うような気もするが、やっぱり
「お弁当?」
「やあやあ朝霧君、勘が鋭くなっちゃってぇ!」
ぽんぽんと達哉の背中を叩く翠
でも勘とかいう以前に、壁の向こうにあなたの仲間がいるのが見えるんですけど?
「あ、朝霧君のために遠山さんが労苦を惜しんで弁当を作ってあげました!」
物凄く元気な言い方だが、なんか顔が赤い。
「じゃ、空けてみるね」
「え゛?」
前の2人が2人だ。そりゃ達哉も自衛のために確認ぐらいはするようになる。
「うわぁ・・・」
たけのこご飯に豚肉の生姜焼き、ごまごぼう。アスパラガスとさやえんどうの塩茹で
トラットリアの料理にはさすがに及ばないが、充分過ぎる出来栄えだ。
「朝霧君とこはイタリア料理ばかりだから、たまには和風がいいかなと思って」
多少食生活を誤解しているが別に構わない。
「イタダキマース!」
うう、うまいよ、美味いよ・・・
「朝霧君、泣いてない?」
「いや、これは汗だ!」
無理な言い訳。しかし感謝の表情。
「じゃ、じゃああたしは・・・」
自分の顔が赤くなっていることに気付いた翠は足早に去っていった。
「達哉」
「フィーナ」
最後はフィーナ。ランチボックスを持っている。
「これ・・・」
フィーナらしからぬ迷いの後。さっと差し出した。
「一緒に食べない?」
「ええ」
一緒にベンチに座り、ボックスを開ける。
中身は何の変哲もないサンドイッチ。でも
「フィーナ、その指」
「サンドイッチを作っている時にちょっと・・・」
綺麗な指に似合わないばんそうこうが痛々しい。
「大丈夫よ、確か地球にもありましたね『怪我の功名』と」
微笑みながらフィーナが格言を口にする。指をちょっと切ったぐらい安いものですと言いたげに。
「あ、そういえば昨日の夜」
ドレス姿の上にエプロンを着て、ミアと麻衣から何か教わっていたような。
「真琴に女の子としてはお弁当ぐらい作れないと」
へえ、たまにはいいこというんだな
「ドロドロの関係にはになれないと言われました」
・・・撤回。やはり真琴は真琴だ。
「でもこうして2人でお弁当を食べられるのですから、努力のかいはありました」
「姉さんは何か言ってなかった?」
「ふふっ、サヤカは『ご飯抜きは家だけです』と了承してくれましたよ」
そう考えると姉さんもこのイベントの影の立役者なんだなぁと思う
「ところでフィーナ」
「何でしょうか?」
「あそこにいる3人、どうしようか?」
壁の向こうにさっきの3人が固まっている。
「一緒に食べません?」
「勝者、フィーナっ」
「これじゃフィーナの一人勝ちじゃない」
「わ、私の立場は・・・」
ということで、3人も加えてランチタイムが再開された。
「ただいま〜」
色々あったが、どうにか帰ってこれた。弁当のおかげで少しは体力を回復したのでイタリアンズの散歩ぐらいは出来るだろう。
「行ってきます」
とはいえ同時に三匹を操作して動くのも結構大変だ。ミアあたりだと逆に引き回されかねない。
「わふっ!」
「わわわわわっ!」
公園に入った途端、突然何かに反応したように三匹まとめてある一点に飛びつこうとする。
人間1人対犬3匹。しかし達哉の体力は完全ではなく、そのまま強引に引っ張られ、挙句に手綱を弾き飛ばされる。
「うわーっ!」
「わふわふわふっ(はーと)」
反動で飛ばされた達哉が立ち上がってみると三匹大合唱状態で何かに襲い掛かっている
「は、はなせーっ」
「わふっわふっわふっ」←カルボナーラ
「わんっわんっ」←ペペロンチーノ
「おんっ」←アラビアータ
ご主人様の束縛を解かれたイタリアンスが中心部の誰かに総攻撃中。
達哉は一瞬救出を止めて状況に魅入っていた。ここまでイタリアンズに好かれる人って?
「ぷはっ」
中心から黒猫・・・ではなく、猫を思わせる帽子をかぶった小さな子がなんとか脱出しようと顔を出す。
「アラビ、ペペロン、カルボ!」
まずは小さな子への再攻撃を防ぐため、イタリアンズを叱る。話はそれからだ。
「知らない子にじゃれついたらダメだろ!」
「ふうふうはあはあ・・・」
そして小さな子の方はというと。息を切らしつつ思いっきりこっちを睨んでいる。いかん、これはヤバい。
「すいません!」
ここは素直に謝るのが先決。
「・・・・服」
イタリアンズに散々に遊ばれた彼女の服はずいぶん汚れている
「犬達にはちゃんと叱っておきますからっ!」
「・・・・」
ひたすら謝る達哉を無視してその少女はすたすたと去ろうとする。
「でもその服」
「別にいい」
この子をああいう目に遭わせたのは全て俺の責任。このまま帰してはこの子の親御さんに会わせる顔が無い。
「お詫びと言っては何ですが、ご飯をごちそうさせて下さい」
両腕を手前に回し、深々と礼。トラットリア店員の経験は伊達ではない。
「味は保証致します。どうかこのご好意、受け取って下さい」
「・・・行く」
帰りかけた女の子が承諾。良かった。胸をなでおろす。
そしてイタリアンズを家に固定し、トラットリアへ急ぐ。この子の考えが変わらぬうちに。
カランカラン。
「いらっしゃ・・・た、達哉!」
菜月が達哉の横にいる人物に仰天し
「いらっ・・・もしもし、満弦ヶ崎児童保護局ですか?」
仁がいきなり後方を向いてなにやら電話に手をかける
「ち、違う!これには深い訳がっ!」
「をほほ、深い訳ってどういうことか聞かせて貰いましょうか?」
なぜあなたはこのタイミングで客やってますか、真琴さん!
「実はですね・・・」
達哉は過酷な尋問タイムに入る前に全てを打ち明けた。これを人は自首と呼ぶ。
「何だ、そんな事か、僕は信じてたよ?」
だから仁さん、その手からなぜ携帯を離してくれないのでしょうか?
「達哉らしい話ね、優しいから」
菜月だけは達哉の味方。そして最凶の敵は何を言い出すのだろうか。『へんたい誘拐魔』とか言うのか?
意を決して彼女の方に振り向くと、女の子が真琴の前に座っている。が。
「・・・・」
「・・・・」
何だ。この2人の間に走る異常な程の緊張感は。
そして雰囲気が全く違う。さっきのつかみ所がないふわふわとした雰囲気じゃない。今の女の子からは全身が刃となったような強い力を感じる。
「帰らせて貰うわ。エスプレッソが苦くてしょうがないから」
「地・・輝・・・・者・・んな所に・・・・な」
ついに真琴の方が折れて席を立つ。真琴の方も女の子に負けず劣らず今までとは違う雰囲気だったのだが。
「あの幼女には気をつけなさい」
去り際に達哉の肩を叩く真琴。気のせいか声のトーンが随分違うような。
「はい、メニュー」
「・・・・」
真琴が帰り、菜月がメニューを持ってくると女の子はまたさっきの雰囲気を取り戻す。気のせいか?
「いくらでも頼んでいいわよ、達哉のおごりだから」
「なつきぃ〜」
もちろん、人におごれるほど達哉の財政事情に余裕はない。
「ん・・・」
当の女の子は悩んでいるのか、興味が薄いのか、メニューを適当にめくっている。
「じゃ、トラットリア看板娘のお勧めメニューいってみよっか?」
「・・・それでいい」
「マスター、Bセットとティラミス、パンナコッタね」
結構高いのだが払うのは達哉なので菜月は気軽に注文する。
「お待たせしました〜」
「食べる」
もふもふと、ぱくぱくと、女の子はひたすら食べることに集中する。
食べる様は多少不器用だがそれが可愛らしい。
「ティラミスとパンナコッタ、お待たせしました〜」
続けてデザート。達哉にしても菜月にしても他に客がいないので女の子の観察を続ける身分だ。
「美味しいか?」
「うん」
セットの時は無愛想をCGに起こしたようだったが、デザートとなると少しばかり表情が緩む。
「(やっぱり女の子は甘いものが好きなんだな)」
「ごちそうさま」
リースが立ち上がると、マスターの左門と仁がやってきた。
他に客がいないので両人とも暇なのだ。しかも今日は珍しいお客が来ている。
「どうだい、お味の方は?」
「お客様、お味はどうでしたか?」
こう聞かれて、まずいという客なぞまずいない
「普通」
「・・・・手厳しいな、ワシにそんな事言ったのはお嬢ちゃんで三人目だよ」
人生経験の長いマスターが苦笑する。そして昔を振り返るように口に出す。
「3人目?」
「最初はワシの妻の春日、2人目は・・・」
「真琴ちゃん、さっきキミの前でエスプレッソ飲んでたキツいけどかわいい子」
「・・・そ」
一瞬だけ表情が強張ったように見えたが、あまり関心がないようだ。
「お嬢ちゃん。良かったら、また来てくれないか?今度はもっと美味しいものを作るからな」
「分からない」
あいも変わらず無愛想を貫く女の子。すたすたと歩く様も無愛想そのものだ。
「あ、君の名前は?」
帰りかけの彼女に聞き忘れていたことがあった。名前だ。
「俺、朝霧達哉」
「リース」
「リース、よ、良かったらまた来てよな」
「・・・気が向いたら」
それだけ言い残してリースはトラットリアを出て行った。
「不思議な子だよなぁ」
「達哉君はやっぱり・・・」
「やはり、この携帯を持っていて良かったな」
「ちちちちがう!」
怪しい風説が流れ出す前にひたすら否定。
「リースとか言ったな。あの子、なんと言うか、かわいそうな子だな」
マスターだ。
「まだ子供なのに表情も好奇心も見受けられん。ああいう子を見ていると、年寄りとしては助けたくなるんだよ」
俺は年寄りじゃないし、人生経験は浅いけど、リースを助けたい、何か力になってやりたい。そう達哉は思う。
「達哉、肩・・・」
ふと菜月に指摘された。
「タツ、肩が腫れてるぞ、何かにぶつけたのか?」
「そんな記憶は・・・って、もしや?」
「『あの幼女には気をつけなさい』」
・・・リースに気をつけろって、一体何を?・・・
*琉美那・フィッツジェラルド(Rumina=Fitgerald)
身長167cm/3サイズB103(F)/W64/H95
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