夜明け前より瑠璃色な
〜Mother Earth、Daughterr Moon、Son 〜

〜\〜再会〜



10話へ


「今日はいいお天気ですねぇ〜」
日曜日。いい天気。朝霧家。だからといってとは何だが、ほややんと半分寝た状態のまま朝食を食べているさやかがいる。
「何だかさやかさんがいつもと違います」
ミアがいいのだろうかという質問を投げかける
「お姉ちゃん、はいお茶」
「ありがとう、麻衣やん」
「やん?」
達哉の問いをスルーしたまま、さやかがお茶をずるずるとすする。
「あれって何でしょうか?」
「お姉ちゃん目覚まし用アイテム、麻衣特製濃厚緑茶にございま〜す♪」
「やっぱり朝はこれに限るわね」
「あら・・・いつものさやかさんに戻りました」
「後で、麻衣に作り方教えてもらってね」
麻衣と一緒に家事をするのだから、ミアにもそろそろさやかの扱い方を伝授しないと。
「わ、わかりました」
しばらく後、元に戻ったさやかは出かけていった。
「博物館用の荷物に私の服とか、後で持って来てね」
こういう言いつけを残しながら。一度に持っていけない荷物とかは後から届ける。
つまりここで男手である達哉の出番だ。
「姉さんの服とか下着とかは・・・」
ちょっとどきまぎしながら達哉が階段を駆け上がると
「お兄ちゃん、また断食する?」
さやかの部屋の前には麻衣が居座ってる。もちろん睨んでいる。
「けけけ、結構です」
「困ったお兄ちゃんだなぁ、私ならいつでも・・・」
「いつでも?」
「なんでもないなんでもない!それよりはいこれ、それからこれ」
もうすでに用意されたトランクを押し付けられた。そしてリビングに行くともう一つのトランク
「頑張ってね、お兄ちゃん」
にぱぱと微笑む麻衣。こうしてまた今日も達哉は姉妹にコキ使われるのであった。
「男はつらいよ〜」
なんか下駄とか帽子が欲しくなったが、そんなものはあいにく常備していない。
しょうがないのでいつもの私服で荷物を持って玄関へ行くと。
「達哉も行くのですか?」
フィーナとミアがいた。
「俺は姉さんに頼まれて荷物を博物館に届けに行くんだけど?」
「そうですか、私達は居住区の礼拝堂です」
居住区にある博物館と礼拝堂は通りを挟んで左右並ぶ形で建っており、その通りの行き止まりが大使館と宇宙港になっている。
だから博物館に行く達哉と礼拝堂に行く2人は途中までは一緒だ。
「一緒に来ますか?」
「来るしかないんですが」
達哉の両腕には例の荷物と、さらになんか荷物が増えている。
「真琴から『男は女のためなら喜んで荷物を持ってくれる』と教わりましたから」
この場合、教えた真琴よりも都合よく使ってるフィーナの方が問題ではないのかと達哉は一瞬考えてしまう。
「姫さま、でも達哉さんばかりに持たせる訳にはいかないと思います」
やっぱミアはメイドさんらしく働き者だなぁと達哉は思う。
「ではどうしましょう?」
「姫さま、ここは地球に伝わる『じゃんけん』で!」
「ふふっ、それは面白そうですね」
なんかいやーな予感がする。とてもいやーなオチが待ってそうな気がする。

「達哉、勝負とは時の運ですよ」
「達哉さん、がんばって〜!」
「なぜこんな時に限って俺は負けるんだろう・・・」
やはり男は荷物持ちをするのが宿命。荷物を抱え、えんやこらえんやこらと歩く。
「あらたっちゃん、荷物持ちかい?」
「フィーナ嬢ちゃんやミアちゃんのためか、くー、男は辛いよ!」
商店街の方々から声援が飛ぶ。
「たっちゃん、これもっていきな、体力つくよ?」
「タツ坊、これやるからしっかり励めよ!」
声援どころか差し入れすらやってくる。もちろん重い。
「達哉さん大人気ですね」
「ええ、あれだけ人望があるのというのは達哉の素晴らしい才能だと思います」
前を歩く2人は誇らしげだ。後ろを歩く1人は苦しげだが。
苦行に耐えて行進し、重さに耐えて前進すると博物館と礼拝堂が見えてきた。
「博物館、何度見ても立派ですね」
「さやかの指揮で、外見だけでなく展示も立派だと聞いてるわ」
月の人たちにも博物館は好評のようだ。なんだか鼻が高い。
「俺は荷物を置いたらすぐそっちに行くから」
「待ってますよ」

「ここが礼拝堂です」
エステルに出会った夜にはシルエットしかわからなかったが、こうして見ると結構な建物。
「大きいし、神聖な雰囲気があるような気がする」
「ふふ、宗教施設は、みんなそう思われるように造るものなのよ」
信者を感動させるのが目的なのだから、それは正しい。
「私達はこれからお祈りをして来るけど、達哉はどうする?」
「俺はこのあたりでぶらぶらしてるよ。関係者以外立ち入り禁止でなければ」
「多分、大丈夫ですよ」
異教徒が改心しにやってくるかも知れない。だから礼拝堂とかは基本的にオープンだ。
「では」
そう言って二人は礼拝堂へ。残された達哉は人影とか庭を眺める。
すると背後から視線と気配。
「リース?」
目が合う。リースだ。
「・・・・」
「おーいっ」
呼びかけてみる。一応出会ったことはあるし話しかけたこともある。何か反応ぐらいするだろう
「・・・・」
何か声に出したような気が。でも遠くて聞こえない。
「達哉、待ったかしら?」
「退屈じゃありませんでしたか?」
後ろからフィーナとミアに話しかけられ、振り返る。
「いや、そんなことなかったよ、花も綺麗だし、それに」
と、さっきの場所を見直すとリースはいない。姉さんがいれば捕まえられたのに。
「それに?」
「何でもない」
リースの事を聞いても助けにはならないような気がした。
「おかしいわねぇ・・・」
「さやか?」
って、どうして姉さん?
「リースちゃんがいたように思えたんだけど、気のせいかしら?」
って、どうしてここまで出向くんですか姉さん!
「リースちゃんは見かけませんね」
「彼女は正に神出鬼没ですね」
つまり、さっきいたリースは危険を感知して逃げたということだ。
「おや、こちらにおられましたか」
礼拝堂から背の高い人が出てきた。礼拝が終わったので手が空いたのだろう。
「私はこの礼拝堂を受け持っているモーリッツ・ザベル・フランツと申します」
背の高い高潔そうな中年紳士。服は見たところ宗教関係者。
前に出会ったエステルとは服の色とかアクセサリが少し違うのは位が高いのだろうか。
「正式には『静寂の月光』地球区付司祭ですが、地球区と言われましても」
布教するのはこの満弦ヶ崎(月人約500人)だけ。そりゃモーリッツが苦笑するのもわかる。
「司教すらいませんからね」
500人ばかりを相手に活動するのならそんなに人員も要らないのだろう。
「それでフィーナ様、こちらのお方達は?」
モーリッツとは初対面なので、まずは各自自己紹介。
「ミア・クレメンティスです、姫さまのお世話をしています」
「おお、クララ様の娘さんですか、ずいぶんと可愛くなられて。クララ様も鼻が高いでしょうな」
そう言って頭をなでる。モーリッツと比較するとミアは子供にしか見えない。
「あの、母上とは?」
「私とクララ様は古くからの知り合いでしてね」
モーリッツの表情がちょっと緩む。
「王立月博物館館長代理、穂積さやかです」
「地球人とはいえ、我がスフィアのために労苦を惜しまない貴方の行動は本国でも賞賛されていますよ」
知り合いでない月の人から直接の賞賛の言葉。達哉も何だか鼻が高い。
「ありがとうございます」
さすがになでなではしない。本家から来るオーラにはさすがのモーリッツもたじろいだからだ。
「朝霧達哉です」
まじまじと眺めるモーリッツ
「ふむ、この方がフィーナ様のおっしゃられている方ですね?」
「ええ」
「なかなかのお方と観ました」
見所がありますね。と言いたいのだろうか。
「あ、ありがとうございます」
なぜか深々と礼。
「エステル」
「はい」
モーリッツが後ろを向かずに呼びかけると少し前の夜に出会った彼女が現れる。
「エステル・フリージアです」
前は夜だったけど、今は昼。改めて見ると綺麗な人だなと思う。
「あら、貴方はいつぞやの」
「あの時は名乗り損ねてしまって、改めて。朝霧達哉です」
「タツヤというのですね。覚えておきます」
「達哉、エステルとは知り合いですか?」
フィーナが割り込む。
「うん、前に夜道に迷ってたところを助けてあげたんだ」
「相変わらず優しいですね。達哉」
「それで、このお守りを」
運良くちゃんと持っていた。
「達哉、いいものを貰ったわね」
にっこりとするフィーナのこの反応からして、お守りが恋とかいうものではないことは判った。
「月では一般的なお守りですね」
モーリッツの説明が止めを刺す。
「さて、年寄りは下がりますか、後は若い者に任せることにしましょう」
「私も仕事に戻らないと。後は頼んだわね」
モーリッツとさやかは去り、後はエステルとフィーナ達が残された。
「フィーナ様、地球留学の方は大丈夫でしょうか?」
「ええ、おかげさまで、友達もできましたし」
にこやかに微笑むフィーナ。
「それから、ホームステイなさってるとお聞きしましたが・・・」
「はい、私と一緒に達哉さんの家で」
ミアが何気なく言った言葉。
「家で?」
言葉を聞くなり、何やらエステルの態度が変になったような。
「一つ屋根ですか、信じられません」
「私も最初は心配しましたが、今はとても楽しいです」
居心地が良いことを微笑みで表し、説明するフィーナ。
「如何にフィーナ様のお言葉とはいえ、私には理解出来かねます」
やっぱり態度が変だ。今までの柔らかな雰囲気が消え、ドライで冷たい雰囲気がエステルを覆っている。
「エステル、俺に何かあったのかい?」
「何もありません」
キツい否定。いい天気なのに空気が重い。
「気分を害しました、私は礼拝堂に戻ります。
フィーナ様、お気をつけて、貴方に月の輝きがありますように。」
ドライで冷たい雰囲気のまま、そそくさと戻っていくエステル。
「お、俺には挨拶無し?」
つまり無視された。
「どうしたのでしょう?」
「エステルさんのことで何か気に障ったことでもあったのでしょうか?」
フィーナもミアも全く腑に落ちない。
俺の接し方が悪いのだろうか、それとも俺自体が悪いのだろうか
達哉の疑問は家に戻っても、夕食を食べても、ベットに入っても、朝になっても晴れはしなかった。

次の日の放課後。達哉は再び礼拝堂への道を歩いていた。
やはりどうしても腑に落ちない。このまま嫌われっぱなしでいいのか?
達哉としてはどうしてもわだかまりが残る。
「今日は俺一人。一対一ならば」
「あっさり無視される」
「でも俺はエステルに嫌われっぱなしという状態は嫌なんだ」
「じゃあ、どうするの?」
「嫌われても、嫌われても、何度でも挑戦する」
「ツンデレ攻略の基本よねぇ、一旦デレに持ち込めば後は相手が股を開いてくれるのを待つだけだし」
「そうなんだよ、それがツンデレ攻略の醍醐味・・・っていつからいたんですか!」
「月人居住区って中途半端で美しくないよねぇ、いっそ私が全部ぶっ壊して一から創り直した方がいいかしら?」
なんか物凄く怖いことを言ってませんか?この人?
「あのー、すみません、鳥谷真琴さん?」
「どうしたの?お姉さんに恋の相談?」
「真琴お姉さんに相談するぐらいなら、満弦ヶ崎湾に身を投げます・・・」
「あらあら。菜月も同じこと言ってたわね、やっぱ似た物夫婦?」
別に似ようが似まいが、真琴に相談することはみんな自殺行為だと思うんだなと達哉。
「それで、何の御用でしょうか?」
「スケッチね。たまには違う景色もいいかなって」
確かに。真琴は画材道具を抱えているからそれはわかる。
「来てはみたけど、ここはどうも美しくないわね。そもそも「作り物」って雰囲気が強すぎるし」
だからといって真琴を連れたままエステルに会おうものなら、たき火にニトログリセリンを注ぎ込むようなものだ。
「何とかまけないものか・・・」
考えていると真琴が画材道具を降ろした。スケッチを始める気だ。
「加速装置!」
千載一遇のチャンス!敵は基地設営で動けない。達哉は走る!
たとえ真琴が気づいても絵描きのはしくれ、画材道具を放置してまでは追ってはこない。
「勝った!」
今、達哉の胸に「勝利」の文字が輝いている。なんて素晴らしい瞬間なんだろう!
「朝霧達哉」
「追っても無駄だぜ、あばよ!」
「前方不注意、事故の元」
どすん。
前方をロクに確認せずにダッシュするとこうなる。人にぶつかってしまった。
「きゃっ」
女の子の悲鳴。大丈夫か?
「・・・」
が、すぐに何も言わなくなった。もしやお約束のぶつかりイベントの相手とは?
「エステル!」
しかし、そのエステル当人はといえば、取り付く島もないといった雰囲気で服についたホコリを払い、何も言わず立ち去ろうとする。
「ちょっと待ってよ!」
「付いてこないで」
本当に取り付く島もない。それではここまで来た意味がない。
慌ててエステルの前に回りこみ、なんとか説得しようする
「昨日のことは謝るよ、だからさ」
「別に怒ってません。それに貴方に何かされた覚えもありません」
無視されるよりは幾分マシだが、これでは結局無視と変わらない。
達哉が次の手を打つ間もなく、エステルは「これ以上何も話すことはありません」と言わんばかりの表情でたったったと走り去っていく。
「あ・・・」
そして残ったのは孤独な達哉。昨日と変わらない。昨日から何も進んでいない。
しかしどうすればいいんだ?
自分の無力さに顔も上げられず、地面を見るしかない達哉。だが策はまだあった。
「あれ、これ?」
見慣れない本。どうやらエステルが落としたみたいだ。
「やっぱ、届けないと」
礼拝堂は近い、今なら間に合うだろう。Bボタンダッシュだ!
誰にも話せず、誰にも知られずに達哉の孤独な戦いは続く。

礼拝堂。
まず後ろ、右、左。指差し確認よ〜し!俺一人だ。
死神(と書いて「まこと」と読むように)はいない。
とりあえず誰か呼ばないと。しかしどう呼べばいいのだろう。
まさか『エステル!出て来い!』と中指立てて門前で叫ぶ訳にもいかないし。
「やっぱ正攻法で、素直に礼拝堂に入ろうか?それとも奇襲がいいかなぁ?」
「また貴方ですか」
「エステル」
掃除をしていたらしく、手にはホウキを持っている。
「話すようなことは何もありません」
即座に礼拝堂に戻ろうとする。だがここで逃がしたらダメだ。
「これを」
「!」
さっきの紙袋に気づいたのだろう。達哉が渡す前にいきなり手を伸ばして脇から引っこ抜こうとする。
「そ、そんなに慌てなくても」
ちゃんと渡しますよ。しかし本人は焦りのあまり力任せに引き抜き
「あっ」
案の定、本を落としてしまった。
「本は無理に扱ってはいけないって習わなかったの?」
地面に落ちる前にぱっと受け止める手。芸術品のようなしなやかで美しい手。
「あら、頭硬そうな割に結構センスいいじゃない」
「センス?」
表紙には柴犬の写真。そしてタイトルは『わんわんワールド』
「ペット業界で一番センスがいい写真を出してる雑誌ね。動物も捨てたものじゃないわよ」
「俺も犬は好きだよ、今も三匹飼ってるしね」
「だからどうしたというんですか、私が地球人と同じ好みだと言いたいんですか?」
「いや、そういう意味じゃないよ、犬っていいなと思ってさ」
「・・・笑ってくれていいです」
「笑わないけど?」
いつもは『をほほ』と笑い声から入るであろう真琴が、なぜか笑わない。
「では、どうするのですか?」
エステルが反論する。しかし悲しいかな相手の実力は半端ではなかった。
「その犬、あんたの嫌いな『地球人』の飼ってる犬よ?
『地球人』が育てて、『地球人』が写真撮って、『地球人』がその本作って、『地球人』が売ったのよ?」
「くっ・・・」
凶悪な言葉の5連コンボ。容赦も何もない。エステルを完全に打ち負かしてしまった。
「こ、これで勝ったと思わないで下さい!」
捨て台詞を残し、なんか後方ダッシュをかけて視界外に消えるエステル。
「お、鬼だ、満弦ヶ崎には本当の鬼がいる・・・」
そして呆気に取られる達哉。
「鬼じゃ美しくないわね。美の支配者と呼んで」
支配者だと鬼より上じゃないんですかと聞きたかったが、やめておいた。
「獲物には逃げられたけど、あんたとしては上出来ね」
「あんまり私としては嬉しくないんですけど」
「遠山さんの評価だと結構頑張ったと思いますよ?」
「たが、まだまだ僕の領域にたどり着くには修練が必要と」
あのー、あなたたち・・・
「エステルちゃんか、クールだねぇ、フィーナちゃんとはまた違う魅力があるよ」
「仁さん、今度トラットリアに連れ込んでみませんか?」
「私としてはまたライバルが増えそうで・・・」
「菜月に翠に仁さん!」
どっから来たのだろうか、上記三人が勝手に状況分析をしている。
「貴様ら散れぇ!」
全身全霊を賭けて追い払いモードに入る達哉。言葉遣いが多少違うがそれは仕様だ。
三人は散った。そして残るは一人。
「この絵、あんたにあげるわ。どうせ下書きで終わりそうだし」
「あ、ありがとう・・・」
真琴も達哉にスケッチを渡して去る。

「ってこれ、エステルとリース!」
スケッチには礼拝堂の花畑、そこにたたずむエステル。
そして背後にはエステルを見調べるようにリースが描かれていた。何の意味だ?




とっぷぺーじへ



〜]〜海遊〜

7月8日。土曜日。
朝霧家に現れた仁が吉報をもたらす。
「親父から『左門カー』の使用許可を頂いた。皆の者安心せい!」
仁が運転するワンボックスカー。いつもは食材とかの仕入れ用に働いているのだが、
今回は人間様の運搬にその力を発揮することとなった。
許可を貰った目的は明日(9日)、
『海で泳いだことがない二人を連れて、みんなで海に行こう大作戦』を決行するために。

そして運命の7月9日
「全員乗ったね」
「うん、おっけー」
そして出発。目指すは弓張海岸。いつもの面子を乗せて左門カーは征く。
「フィーナちゃんもミアちゃんも、海は初めて?」
「海岸には行きましたが、泳ぐのは初めてですね」
「おお、そりゃ楽しみだね」
「・・・帰る」
そしてなぜかリース。
「ダメダメ、リースちゃんも海は初めてでしょ?」
当然のことながらさやかに抱きかかえられたまま。一種の拉致監禁ではないのだろうか。
「遠山さんも連れて行ってくれるなんて、よ、仁さん太っ腹!」
「かわいい女の子はいくらあっても足りないからね」
さらには翠まで。
「仁さん」
「なんだい達哉君?」
確認を取るかのように達哉が仁に話しかける
「もう追加はいませんよね?」
「なんだ達哉君、これだけの女の子に囲まれてもまだ不満かい?」
ちなみに後ろの席の真ん中。もちろん前後左右女性キャラばかり状態。
「ふふっ、達哉は贅沢ですね」
隣にいるフィーナが笑い
「これじゃお兄ちゃんから目を離ないよね」
麻衣もまた笑っていた。
そうやっているうちにあっという間に弓張海岸へ到着。そもそも歩いても行ける距離なんだから距離は大したことはない。

「う〜み〜!」
いきなり叫ぶ仁。
「さあ、みんなも一緒に!」
「やめんか馬鹿兄!」
菜月がどこかから持ち出したしゃもじで愚兄を粉砕する。
「う〜み〜!」
「いや、ミアはいいんだ・・・」
場に流されやすいミアであった。
「まずはみんな水着に着替えて、集合っ!」
年長者のさやかが号令をかけ、女性軍が着替えに向かう。
「さて達哉君」
「仁さん」
なぜか双眼鏡を持っている仁。
「女性陣は選り取りみどり、さて誰を覗くかね?」
「別にそんなことしに来た訳じゃないですから・・・」
「フィーナちゃんもいるし、今年の菜月はエ」
お約束だが、更衣室から飛んできたしゃもじが再び愚兄を粉砕する。

「全員集まりましたか?」
「さやかさんとリースちゃんがいません」
が、ちょうどいいタイミングでさやかがリースを連れてやってきた。
「こ、これは!」
珍しくフィーナが感情を露にして驚く。
「え?」
「姫さま!これはスフィア王国に伝わる伝説の水中行動服『スク水』です!」
「で、伝説って一体」
「・・・すくみず、すばらしい・・・」
当のリースも何やら誇らしげな表情だ。
「月って一体・・・」
達哉の想像する月のイメージがなんとなく妙な方向に曲がり始めた。
「じゃ、それぞれ好きに遊びましょう!」
みんなが「おーっ!」と叫ぶ。
「達哉、泳ぎ方を教えて貰えないかしら?」
「お兄ちゃん、ビーチバレーしよ!」
「あの灯台まで一緒に泳がない?」
次の瞬間、一斉に達哉に駆け寄る女性軍。
何かある。気のせいではない。俺に。
ここで誰を選ぶか。それによって俺の未来が変わるような気がする。
しかし誰を選ぶんだ?
「その前にまず、荷物番を決めないと」
「地球の習慣に習って、ここはじゃんけんで決めましょう」
「さんせー」
なんか前に同じパターンがあったような気がする。達哉は思い出した。
そしてその結果は・・・
「じゃんけん、ほい!」

・・・やはりこのオチだった、前にもあったことを達哉は思い出した。
水遊びに励む女性軍を遠巻きに見つつ、仁と荷物番。寒い。
「達哉君」
「仁さん」
「どうだね、二人で砂上の楼閣でも作らないか?」
「そうですね」
何気に二人の建築家による砂の城建築競技会が始まった。
「む、やるじゃないか達哉君!」
「仁さんこそ結構な出来じゃないですか」
仁は西洋式、達哉は東洋式。
「達哉君の師としては負ける訳にはいかないな」
いや、いつ師匠になったのかは良くわからないが仁がライバル心むき出しで建築を急ぐ。
「俺だって!」
2人の建築競技会は最高潮に達しようとしている。その時。
「達哉君、知ってる?」
「何でしょうか?」
「最近、女の子の間では『ボーイズラブ』が流行ってるって」
「え゛っ・・・?」
なんかいやーな予感がする。なんかいやーな展開になりそうな気がする
「 あ ん た ら 何やってるの?」
いかん、この状況で、この場面で、一番会いたくない人間がやってきた。
両腕を腰につけて見下している。黒いハイレグビキニが眩しいが、そんな感想を言う前に逃げをうたねばならない。
「ハーレムに飽きた人間は801に走る。と。」
や、やめてくれ。また妖しげな話を作り出したら俺の立場は
「でもね、ここで主役がこんなことやってたら話、進まないの。判る?」
真琴がビシっと指差す。もちろん方向は達哉その人だ。
「じゃ、じゃあ?」
「48の部長技の一つ」
突然、達哉の両肩に真琴の両足がかかる。達哉に見えるのは漢の欲情を描いたような絶景。しかし危険。
「ってまさか、これ格闘ものでおなじみ!」
「特別大サービス、部長フランケンシュタイナー!」
そのまんま物凄い勢いでブン投げられた。
「す、すごい!」
「さて、次はそこの」
「僕は荷物を死守する!抵抗は無意味だ!」
いくら仁とはいえ主役ではない。アレを食らったら間違いなく再起不能と書いてリタイヤになる。
「あんたみたいな男サブキャラに興味ないから」
「ガ━━━━ン!」
落ち込んでいる人は放置に限る。

「うわぁぁぁぁっ〜〜〜!」
こちらは真琴の半端でない脚力に投げ飛ばされた達哉。ちなみに弾道軌道を描いている。
「あ〜〜〜〜れ〜〜〜〜〜」
そして物凄い加速度をつけたまま水面へ。巨大な水柱がその衝撃を物語る。
「達哉!」(×2)
「お兄ちゃん!」
「達哉君!」
「達哉さん!」
「・・・」
「朝霧君!」
ちょうど女性軍の中央に着水できたようだ。
「おめでとう♪」
8人の女性軍に対して達哉は一人。これをハーレムと言わず何と言おう。
「ほらほら選択肢がいっぱいよ、頑張れ お と こ の こ ♪」
なお、投げ飛ばした当事者は見物を決め込んでいたりする。
「えーっと、えーっと、こうなったら!」
彼の周囲を囲み、発言に固唾を呑んで見守る達哉ラバーズ。
「ビーチバレーで勝負だ!」
集団海水浴のお約束を口にする達哉であった。

「この組み分け?」
達哉、フィーナ、さやか、麻衣
菜月、真琴、翠、ミア
ちなみにリースはどう考えても身長が足りないので見物。
「じゃ、俺から」
ポンとサーブを打つ。
「えい」
真琴のジャンプからのアタック。しかも直接打ち返し。
「・・・うわぁ!」
「鳥谷さん、ルール違反ですっ」
「絵描きさんとしてはあんまし手使いたくないのよねぇ」
「だからといって、足でやらなくても」
「菜月ちゃん、セパタクローって知ってる?」
それにしても打点が普通のバレー並み。そりゃ達哉をぶん投げられる訳だ。
「そーれっ」
さやかのサーブ。
「はわわわわっ」
じたばたするが全く動いていないミア。お約束通り顔面レシーブ。
それを真琴が(やっぱり足で)トス。
「必殺、木の葉落し!」
そして菜月がどっかで聞いたことあるスパイク!
「お姉ちゃんレシーブ!」
しかし、さやかが綺麗に回転レシーブで受けとめる。
「さやちゃんはスポーツ万能ですからねぇ」
「・・・うまい」
「どうして解説してるんですかあなたたちは!」
なぜか仁とリースがナレーターと解説になっている。
「えいっ」
これを麻衣がトス。華麗なジャンプでフィーナが翔ぶ。
「あ、あれは月に伝わる伝説の!」
伝説多すぎるだろうがと突っ込みを入れるべきなのか迷う仁。
「月面落とし!」
ほとんどネット直角に落ちる。が、これを菜月がなんとか受け止めた。
「ほいっ」
翠が上げて・・・
「真琴、ちゃんと手使いなさいよ!」
「しょうがないわねぇ・・・48の部長技の一つ。部長クラッシャーボール」
なんか物凄い名前。しかし起こったことは
「弱いわよ、このビーチボール」
「い、今何が起こったんでしょうか、解説のリースリットさん!」
「・・・ぐう」
寝てる。
「あーあ、ボールが・・・」
「飛ばしすぎだよ、真琴」
ボールが無くなったのでは勝負にならない。実に惜しいがここで終了。
「ごめんごめん、ちょっと力入れすぎちゃって」
「でもボールなくなったら次何しようか」
「じゃ、芸術的にみんなで砂の城造りなんて、どう?」
「 絶 対 却 下 」
真琴の提案に達哉と仁が同時にダメを押した。

「達哉」
「フィーナ」
「横、座っていい?」
達哉の横にちょこんと座る。他の面子はというと・・・
真琴という名の死神は菜月達のいじりに励んでいる。
「なんであんたって泳ぐのも速いのよ」
「をほほ、ダイエット不足の人とは比べて貰いたくないわね」
グラマーな菜月(88/59/86)と比べると真琴(83/56/79)は見劣りするが、その分恐ろしく理想的。
「遠山さんを忘れないでよ〜」
さやかはミアの水泳特訓をしているし、リースはぷかぷか浮き輪で漂流中。
なぜか麻衣が浮き輪に乗ったリースとじゃれている(監視?)
そういう訳で現在、達哉とフィーナだけが手空きという状態。これを千載一遇と呼ばす何と呼ぶ。

「昔話を聞いてくれる?」
「ああ」
話を切り出すのはフィーナ。
「私、地球に来たのは二回目なの」
「え?」
今回が最初じゃないんだ。
「月では毎日勉強、剣術、お稽古。誰とも遊べなかった」
「お姫様も大変なんだ・・・」
「私は一人娘だから、生まれた時からスフィアの次期女王。
だから自由なんてなかった。同じぐらいの年で知ってる人はミアぐらいよ」
仲間はミアだけ、そして毎日次期女王としての勉強。
「毎晩、寝る前にミアと話す少しの時間だけが私の自由な時、いつか抜け出したいと思ってたの」
「それでどうしたの?」
「母様が地球に行く時に一緒に連れて行って貰って、隙を見て逃げ出したわ」
「逃げ出した?」
「そう、ちょうどこんな夏の暑い日、ちょうどこんな帽子をかぶって」
どこからともなく麦わら帽子を取り出す。
「そこで、一人の男の子と出会ったの」

・・・俺の中にあった記憶。
「あの雲、綿菓子みたいだろ?」
「ワタガシ・・・?」
「綿菓子も知らないのか?」
「知らないよ」
「甘くて、ふわふわなんだ」
「ふわふわって?」
その子は、綿菓子の甘さを知らなかった。
「今度、食べに行くか?」
「うんっ」
向日葵みたいな明るい笑顔。

「その子に綿菓子を食べさせて貰ったの」

・・・そうだ、あの時の・・・
階段に並んで腰を下ろした。空には綿菓子のような雲。
「ふわふわ。本当に雲みたい」
手にはおこづかいをはたいて買った綿菓子。
「甘くて・・・おいしい」
少女が満面の笑みを浮かべる。
「君も食べる?」
「じゃ、こっちをもらうぞ」
端っこの方をちぎって食べる。ふわふわして甘い。
「これ半分こしよ」
「いいのか?」
「うん、2人で食べた方が美味しかったよ」
明るく笑う少女。彼女の笑顔があればおこづかいなんて関係ない。満足。

「色々な事を教えて貰ったわ」

・・・教えてあげた、お礼も貰った。
「あれは?」
「ブランコ」
「あ、あれは?」
「ポストだよ、そんなことも知らないのか?」
少女を連れて歩いた。好奇心の塊。何か見つけるたびに聞いてくる。
答えるたびに感心し、笑顔で返す。
「あれは?」
公園のベンチにカップルがいる。しかもキスしてる
「何をしているの?」
「あれは『キス』といって、好きな男の人と女の人がするの!」
なんかヤケクソ気味に答えた。
「じゃあ、わたしもしてあげるね」
・・・そしてキスしてくれた。

「でも、街の外には出られなかった。あの子がもっと遠くに案内するつもりだったのに」

少女の背後に、黒塗りの車が停まる。
そして黒い服を着た大人達。それが別れだった。
その時の少女に今までの笑顔はなかった。
「ありがとう、良いお別れになりました。このようなお別れになり、残念ですが」
泣いていた。少女がいなくなることではなく、笑顔が消えたことに。
「また会えるよう、私も頑張ります」
「だから、あなたも頑張って」
少女は去る前にこちらを見た。
諦めと悲しみ、そしてやるせなさを全て混ぜ合わせたような顔で・・・

「お帰り、フィーナ」
「お久しぶりです、達哉」
達哉の記憶が繋がり、そしてフィーナの記憶と結びつく。



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