夜明け前より瑠璃色な
〜Mother Earth、Daughterr Moon、Son 〜

〜]T〜試練〜


↑12話へ


「俺はどうしてここにいるんだろう?」
達哉が立っているのは大使館前。近くに誰も人はいない。独りぼっち。
今まで起こったことを思い出す。

海水浴の次の朝。
「今日の朝は和食で決めてみました〜♪」
麻衣の報告通り、今日の朝霧家朝食はご飯・味噌汁・焼き鮭・納豆・煮物。
「麻衣、このネバネバした豆、腐ってません?」
納豆の小鉢を取ったフィーナが不安そうな表情で麻衣に聞く。
「違うんですねぇ〜これはネバネバが美味しいのですよ」
と、麻衣が納豆小鉢をぐるぐるかき回す。
「こ、こうですね」
同じくフィーナも。ただしやたらに力を込めてぐるぐる回すので見ている方はおっかない。
「あ!」
力を入れすぎたのか、納豆の小鉢が吹っ飛び
「わわわっ!」
思いっきり達哉にかかってしまった。もちろんねばねば。
「達哉さん!」
あわててミアが達哉を拭こうとするが、それよりも先に行動している人間が一人。
「達哉、ごめんなさい」
「いいよ、フィーナ」
服とか顔についたねぱねばを丁寧に拭くフィーナ。
「これだとフィーナに臭いが移っちゃうじゃないか」
「いいんです、私の責任で達哉を汚してしまったのですから」
2人が見詰め合う。時間が止まる。
「・・・・」
「お姉ちゃんは無視なんですか〜(いじいじ)」
時間が止まっている2人の横で、さやかがいじけモードに入っていた。

放課後。菜月や麻衣は2人を避けるがごとくそそくさと帰る。
だから校庭にいるのはやっぱり達哉とフィーナ。
そこではちょうど翠がクラリネットの練習をしている。
「翠の練習を見ようか」
「ええ」
ベンチに座る。しかしなぜか両者はじっこ。
「え、えっと・・・」
「それで・・・」
意識しすぎてなかなか近寄らない。対して演奏している翠の方は見てられないという表情に変化。
「うがー!」
そしてついに翠がキレた、なんか野獣のような叫び声と共に2人に突撃!
「あんたはここ!あんたもここ!」
一瞬の早業の後、またさっきのように翠はクラリネットを吹き始めた。
「こ、この状態って・・・」
強制ひざまくら。
「問答無用!」
翠の目が半月型になっている
「は、恥ずかしいんだけど」
「今度は椅子に縛り付けた上で、真琴呼ぶわよ!」
なぜか怒り心頭な翠は去った。
残ったのはひざまくらしているフィーナと乗っかっている達哉。
「フィーナ、柔らかいね」
下から見上げるフィーナ。やっぱり美人だ。そして綺麗。
「達哉の温かさを感じます」
「しばらく、こうしていたいな」
「ふふっ、でもトラットリアがありますよ」
今日が水曜日じゃないことを天に恨む。

次の日の朝。
「あれ、フィーナはまだ?」
今朝に限ってフィーナはいない。
「確かにちょっと遅いですね」
ミアのそのあたり気にかかっているようだ。
「じゃ、俺が様子を見てくるよ」
二階に上がる。まずはノック。
「はい、どうぞ」
考えてみたら、ノックでは誰が入ってくるかわからないのだが。
「入っうわっ」
何を間違えたのか、達哉はドアと床の段差(注:2cm)につまづき、そのまま倒れ
・・・なかった。何か凄く柔らかいものが達哉の衝撃を受けとめてくれたから。
「たたた達哉?」
柔らかい、いい香りがする。ずっと包まれていたい。貪り・・・それはフィーナの胸(84C)。
「えーっと、えーっと、これは」
「ふふっ、甘えんぼさんですね」
なんか状況が掴めていないフィーナ。そもそもその状態というのは他人から見れば。
「姫さ・・・きゅう」
ミアのようになる。石化して真っ白くなった(元)ミアとなる。
「おーい、ミア〜」
終わった。とりあえず今は石化ミアを戻さねば。
「女の子の部屋に忍び込むなんて、お姉ちゃんはそんな人に育てた覚えはありません!」
「お兄ちゃんのえっちー、へんたいー、いんいつ〜」
さやかと麻衣から尋問される。隣にはフィーナ。それから2人でえんやこらと運んできた石化ミア。
「朝から抱きつくなんて、軽々しくやってはいけません」
「お姉ちゃん、朝じやなかったり、本気だったらいいの?」
「あら?」
抜け道を指摘されて、さやかがこんがらがっている
「とにかく」
「達哉ばかりを責めるのはやめて、抵抗しなかった私も悪いのです」
「・・・わあ」
麻衣が白けている。
「はあ・・・」
さやかが呆れている。ちなみにミアはまだ石化している。
「行って来ます・・・」
尋問のはずがぐだぐたになったさやかはそれでも仕事に出向いていった。
「お兄ちゃん、本当に事故なの?」
麻衣の目が据わってる。
「事故ならよろしいのですが・・・」
やっと石化が解けたミアも尋問に加わる。
「だいたいなあ、うちの部屋と廊下に段差があるのが悪いんだ」
「うわー、姉は建築士のせいにしてるー」
決して欠陥住宅ではない朝霧家での尋問は、しばらく続いた。

今日もトラットリアは無事に終了。しかし達哉の身の上は終了しない。
「どうしたの、このごろため息ばかりで」
菜月に話しかけられた。
「あ、いや、別に・・・」
「はあ、達哉はすぐ顔に出るから私には丸わかりなんだけど」
ため息から入る菜月。
「な、なんでもないっ」
「どうせフィーナの事考えて、上の空だったんでしょ?
「俺はそんなことこれっぽっちも考えてないぞ!」
あまりにバレバレ。こうなると菜月は突っ込みようがない。
「俺は、どうしたらいいと思う?」
「フィーナなんか諦めて私・・・って言えたらいいんだけどね」
達哉よりも菜月の方が暗くなる
「とにかく責任はちゃんと取ること、幼馴染から言えるのはこれだけ」
「責任、か・・・」

そんな柔らかで、もどかしい日々
「フィーナ様のホームスティは、8月一杯までです」
とカレンに告げられたのは7月の終わり。

「達哉も着いていくの?」
「大使館までは、送っていきたい、心配だから」
「ふふっ、変わってないわね」
何でも教えてくれた。なんとかして外に出してあげようと頑張ってくれた。
あの頃の子供は成長して達哉になった。
「でも、この恋は」
達哉と2人だけなら何とでもできる。でも私が何かすれば他の人たちに迷惑をかけてしまう。
「姫さま、そろそろお時間が」
ミアにも迷惑をかけてしまうかも知れない。どこまでも私に尽くしてくれるミアに。
「さあ、行きましょう」

今日もフィーナを送る。カレンと従える黒服が案内しようとする。
既視感。過去の出来事が達哉の頭に再生されていく。
フィーナが連れて行かれてしまう。黒い服を着た奴等に。
子供の時はただ見ているだけしかできなかった。
抵抗だ、抵抗して俺のフィーナを奪い返せ。昔とは違う。
黒服に拳を出す。しかしそんなミエミエの手などでは黒服に敵うはずもない。
そんなこともわからぬのかとばかり達哉の手首を強く握る人。
「馬鹿者」
柔らかく、しかし強い手。そして反対の手ではきちっと黒服の拳を受け止めている。
「こんな所で喧嘩をする気か、朝霧」
「先生!」
琉美那先生だった。
「お前がこの場所で手を振り上げれば、フィーナ姫が迷惑を被る。
お前の姉が迷惑を被る。そしてワタシも迷惑を被る。それぐらい覚えておけ」
彼女はいつもの教師的な服装ではない。制服を着込んでいる。そして制服の肩の部分に何かの紋章。
「失礼、うちの教え子が迷惑をかけた」
黒服に謝る琉美那。
「地球連邦外務省月局長、琉美那・フィッツジェラルド」
「スフィア王国月駐在武官、カレン・クラヴィウスです」
「先生って・・・」
これが初めて聞く琉美那先生の正体。
「今日はカテリナの先生ではなく、地球連邦外務省月局長としてやってきた」
つまり紋章は地球連邦のそれ。
「先生としても、月局長としても、ワタシは朝霧には無茶をしてもらいたくない、判るな?」
白を基調とした制服と、カレンのそれより一回り大きな帽子をかぶった琉美那が達哉の肩を叩き、そしてカレンと連れ立って大使館に入る。
「達哉・・・」
去り行くフィーナも不安げに一連の騒動を見守りつつ、大使館に消えていく。
そして今の状態。独りぼっち。多分フィーナも独りで仕事の相手をしているのだろう。
待つ。ひたすら待つ。今の達哉に出来ることはそれしかない。
しばらくすると携帯が鳴る。ただし声ではなく、e-mailだが。
「達哉、もうすぐ戻ります、待っていて下さい」
それだけ。なら待つしかない。
「大使館の外でずっと待ってるよ」
そう、返信しておくことを忘れずに。

時間だけが過ぎ行く。夏の太陽も落ち。周囲は暗くなる。
しかし達哉だけはずっと待つ。フィーナを待つ。

もう夜も遅い。夏とはいえ川沿いの大使館は風が来る。
周囲を見ると明かりがほとんどない。しかし待つしかない。
そんな焦りの中、携帯が鳴る
「達哉くん、早く戻ってきて」
「お兄ちゃん、待っててもフィーナさんは出てこないよ」
メール。だがさやかや麻衣がどう言おうとも、俺は待つと決めた。
俺が待たなければ誰が待つんだ。萎えるな。

「フィーナ!」
「達哉」
それからどのくらい経ったのだろう、フィーナが出てきた。
「待っていてくれたのね」
「俺には待つことだけしかできないから・・・」
「それでいい」
フィーナの隣には嫌な黒服はいない。カレンもいない。代わりにいるのは琉美那先生
(今は月局長か)。
「パートナーを信頼することは、関係を進めることの第一歩だからな」
「先生」
「ワタシの方は一応合格を出しておく。教師が恋愛指導に首を突っ込むものではない」
「合格って?」
「昼間、朝霧が黒服に殴りかかろうとした時、こいつは一度試さねばならんと思った」
達哉のはともかく、黒服の早業を片手だけで防げる琉美那先生。心強い人だ。
「ワタシとしても朝霧の意志の強さを見てみたい、いい機会だから試させてもらった」
「じゃ、合格ってのは」
「少なくとも、地球連邦としては2人の関係を今は認めておく、そういうことだ」
「ふふっ、合格よ、達哉」
つまり二つの国の片方からはOKが出たということだ。
「地球連邦の説得は大変だが、やる価値はある」
偏見とか色々あるのだろう、それを越えて何とかしてくれる琉美那先生はやはり頼りになる。
「後は、スフィアの方だな、つまりはカレンのことだが」
琉美那が改まる。そう、まだ二つの国のもう片方が残っている。
「あの堅物だ。あいつはワタシと違ってその胸同様、柔軟性がない」
何か凄い事を言ったような気がするが、バスト三桁の人なら言ってもOKだろう。
「ただし、一度納得させれば一命を投げ打ってやってくれる。そういう女だ」
「だとすれば?」
「2人への宿題だ。提出期限は来月中とする」
宿題。ずいぶんと難しい。でも先生なら出してもいい。そう思う。
「では邪魔者は去るぞ、後は2人に何が足りないか検討しろ」
そう言い残し、琉美那先生は大使館を後にした。
「フィーナ、来て欲しい」
「達哉?」
達哉はフィーナの手を引き、ある場所へ向かう。

「物見が丘公園」
最後にフィーナを連れていこうとした場所、最初にフィーナと再会した場所。
「フィーナ」
「達哉」
空には消えかかりそうな程細い月が輝く。その弱い光でも輝く物見の塔。
「ここは」
「やっぱり一番大事な事は、ここが一番いいと思って」
そして改まり、フィーナに向く。先生に言われた足りない事を実行するために。
「好きなんだ。俺はどんなことがあってもフィーナと一緒にいたい」
「私も、達哉とずっといたい。達哉が好きだから」
足りないこと。それは正式な告白。2人の意志をしっかり結ばねば先には進めない。
「共に、進みましょう」
「行こう、一緒に」

平和な午後。好きな人とゆったり過ごす。
でもこの時間は限られている。この時間を延ばすには
「俺たちって、どうやったら月の人に認めてもらえるんだ?
たとえば、月に行ってフィーナの父親に
「娘さんを俺に下さい!」と頼み込むとか?」
なんか時代が違うような気もするが、気にしない。
「最終的にはそれも必要だと思うけど、やっぱりカレンね」
「カレンさん?」
そういえば琉美那先生もカレンさんを納得させろと言っていた。
「私が地球にいる間の責任者はカレンだし」
カレンさんって凄く偉いんだなと改めて思う。
「カレンは若い頃から母様の側に仕えてたの、母様の護衛とか秘書とかもやっていたわ」
文武両道なんだな。
「だから、父様の代になっても絶大な信頼を得ているわけ」
国王の全幅の信頼。それなら言い方も厳しくなるのは当然だ。
「なら、どうやってカレンさんを・・・」
「カレンの性格からして、小細工は通用しないでしょう」
「琉美那先生に手助けしてもらうとかは?」
「宿題を出した先生に宿題の手助けをしてもらうなんて、そんな都合いい話はないわよ」
そりゃそうだ、カレンを説得するのに誰の助けも借りてはいけない、2人でやらねばならない。
もちろんさやかも使ってはいけないのは当然だ。
「行こう」

次の日。いい天気。
「行ってくるよ」
達哉だけが家を出る挨拶をする。フィーナは無言。
すでに2人の時間は残り少ない。カレンの方はというといつもの通り。
つまり時間を伸ばすためには正面突破するとかない。
フィーナと別れるなど、絶対に、何としても受け入れられない。
商店街を抜け、弓張川を越え、月人居住区を進み、そして大使館にたどり着いた。
「達哉は、達哉のために戦って。私も、私のために戦うわ」
「ああ」
戦闘前の確認。そして門を抜ける。初めての光景だが、そんな事を感じる余裕はない。
そして正面玄関の前に、その人はいた。
「わざわざお運び頂き、ありがとうございます」
案内された。ソファーの心地が緊張感からだろうかあまり良くない。
「時に、本日はどのようなご用件で?」
落ち着け、ここでカレンさんに圧倒されてはいけない。
「俺たちの関係を認めて欲しくて、ここに来ました」
一字一句。間違うこと無しに、確実に伝えた。
「私にどうしろとおっしゃるのですか?」
「カレンから父様に、達哉を推挙して欲しいの」
今度はフィーナが話す。
「達哉さんがお相手としてふさわしくないことは、既にご存知では?」
「そこを押して」
2人が頭を下げる。
「そのようなことをされても困ります」
この程度ではカレンの表情すら崩れない。
「では、フィーナ様は、なぜ達哉さんをお相手として選ばれたのですか?」
質問。つまり達哉という人間をフィーナ自ら推挙せよという意味だ。
「達哉が側にいなくては、私が困るからです」
「それでは達哉さん、貴方はどうですか?」
質問。つまりフィーナという人間を達哉自ら自ら推挙せよという意味だ。
「俺は、フィーナの側を離れたくない」
「そうですか」
否定も肯定も採点もしない。
「さて、フィーナ様。仮に婚姻が決まれば、その是非を巡って国内や地球との関係が悪化すると思われますが」
「でも、達哉と離れることはできない」
「事の重大さをご理解頂けてないのでしょうか?」
「カレンならうまく取り纏めてくれる、私はそう思っています」
カレンの立場を逆手に取ったフィーナの発言。
「達哉さん、今回の件でさやかは多大な損害を受けると思われますが、その点はどうでしょうか?」
続けて達哉にも同義的な質問。だがフラつくな。カレンは明らかに2人を試している。
「フィーナと離れたくないのは変わりません」
「家族を捨てるおつもりですか?」
「家族の想いを無駄にしたくないだけです」
さやかや麻衣、菜月や翠、多分真琴も応援してくれている。それを無駄にするな。
「達哉さんは、国王として国を引っ張る自信はありますか?」
「自信はありません」
答えに窮するな。有りのまま、飾りのないまま言い返せばいい。
「その分、一生懸命勉強します」
「では、達哉さんは、自分に国王が務まると思いますか?」
「務まります、少なくとも、フィーナが幸せに暮らせる国なら作れます」
カレンが止まり、しばらく逡巡し、紅茶を飲んで落ち着いて、そして
「達哉さんには、試験を課したいと思います」
「試験?」
つまり、チャンスをくれるということらしい。希望が開けた!
「ど、どんな試験を受ければいいんですか?」
「剣術で手合わせをしていただきます」
「それは・・・」
はっきりいって達哉には剣術の素養はない、というかそもそも竹刀すら握ったことはない。
「カレンさんは、剣術の達人だと聞いていますが」
しかし、あくまで落ち着いて質問する。ここでうろたえては相手の思う壺だ。
「いえ、達哉さんのお相手をするのは、私ではありません」
もしかして黒服?それとも別に選手でも呼んで来るのだろうか?

「フィーナ様です」

瞬間、2人が仰天した。
「期日は一週間後の夜八時、場所は大使館前の庭」
「得物は竹刀で結構です、達哉さんにはご帰宅次第、竹刀をお届けします」
「ふざけないで!一週間で何が出来るというのっ!」
「ご自身でお考え下さい」
「それから、フィーナ様」
「何でしょうか」
怒りに震えているフィーナにさらに追い討ちをかける。
「申し訳ありませんが、達哉くんに剣術を教えないで下さい」
「なぜ!」
「これは達哉くんとフィーナ様の戦いです、敵に手ほどきしてはなりません」
そういうと、カレンはそそくさと去っていこうとする。
「待ちなさい!」
しかし、カレンはそのまま部屋を後にした。
よりによって剣術の試験。しかもフィーナはカレンさんから10本に1本取れる腕前。
対して達哉は竹刀すら握ったことはない。
いや、俺はまだいい。がむしゃらに努力すればいいんだから。
しかしフィーナは、よりによって自らの手で、達哉との関係を断ち切らねばならない。
そして俺はフィーナからは教えて貰えない。これでどうするんだ・・・



ぺーじとっぷへ

〜]U〜特訓〜

朝起きてみると、何か長い荷物が届いていた。
「お兄ちゃん、これを黒い服着たこわい人が」
本当に届けてくれた。律儀というか公平というか。
「よし、頑張るぞ」
たとえ僅かでも可能性がある限り、前に進む。そう俺は決めた。
だからこの試験もまた、なしうる限りのことをする。
庭に出る。そして竹刀を振ってみる。
「わふわふわふ」(×3)
「・・・場所変えます」
イタリアンズがじゃれて遊んでくるようでは、剣道の練習には適さない。
「やっぱり特訓というと川原だよなぁ」
弓張川の川原。人はごくたまにしか来ない。特訓には最適だ。
しばらく振ってみる。延々振ってみる。しかし達哉自身から見ても代わり映えがしない。
「振ってるだけじゃ上手くはならないか・・・」
「をほほ、今度は決闘?主人公も大変よねぇ」
いつのまにかやってきた真琴が達哉のすぐ近くに座る。
「そうだけど、何か?」
「恋人を賭けて決闘。 燃 え る じ ゃ な い 」
「燃えるって言われても」
「で、相手は誰?カレンちゃん?それともお約束でフィーナちゃんの親衛隊長とか婚約者?」
「・・・フィーナ」
「はあ!?」
さすがの真琴も仰天した。
「それで、フィーナに勝てると思ってる訳?」
「だからこうして特訓してるんだよ」
いちいち聞かれることもない、そんな言い草で達哉が答える。
「なるほど、あのお姫様見た目よりずっと強い訳ね」
「・・・達人級だって」
達哉の表情と態度だけで大体のことは理解したようだ。
「あーしょうがない。一肌脱ぐしかないわね」
と、真琴は立ち上がって達哉の前に立った。
「私を打ってみなさい、一発でも私を打てたらデートしてあげる♪」
「えええっ!」
といっても真琴は丸腰。対して達哉は竹刀とはいえ武器持ち。差が有りすぎないか?
「ほらほら」
しかし思いっきり誘ってる。
「ええい、ままよ!」
達哉が思いっきり竹刀を振り下ろす。が
「何その振り」
竹刀が振り下ろせない。何かに止められている。
「足ってそれ!」
「あんた程度に手を使うなんてバカらしくてやってられないのよ」
・・・・凄い。蹴り上げた足で竹刀を完全に止めている。
「そ、それにスカート!」
「をほほ、あのお姫様のことだから、律儀にドレス姿で竹刀使うんじゃない?」
要はスカートの中身が多少見えたところで気にしてはいけないという訳らしい。
「おしゃべりは控えめにして、こっちから行くわよ」
思いっきり足を上げる
「48の部長技の一つ、部長踵落し!」
そして物凄い勢いで脚を振り下ろす。咄嗟に竹刀を出して真琴の脚を防ぐ達哉。しかし。
「あ・・・」
黒、しかもガーターベルト付き・・・もとい、竹刀が折れた。
「ちょちょっと待って下さいよ!」
「ノンノンノン、受け方が下手だから竹刀が折れるのよ」
「下手?」
「竹刀は私みたいなか弱い乙女の脚程度で折れるようには出来てないのよ?」
か弱い乙女は超高速の踵落しなんて出来ませんという突っ込みは無駄。
「ほら、代わり。今度はあんたから打ち込みなさい」
真琴はどっからともなく代わりの竹刀を取り出し、達哉に渡す。
「ほら、打ちなさいよ」
両腕を腰につけて見下すような姿勢。本当に手を使う気はないようだ。
「ええい、ままよ、面!」
さっきより少し軽くなった竹刀で打とうとするが、かするどころか竹刀を振り下ろせない。
「甘いわね、あんたミス・カテリナが相手だからって甘くない?」
相変わらず脚で止める真琴。
「そんなことはないって」
「いい?あんたの相手は愛しのお姫様なの。でもね。
そのお姫様の腕一本ぐらいヘシ折るつもりじゃないと勝てないわよ!」
ビシっと指差す真琴に思わずたじろぐ。フィーナの腕をへし折れなんてとても俺には
「どうせあの貧乳年増の浅知恵だろうけど、試されているのはあんたの『本気』」
「本気と言われても・・・」
今真琴が何か恐るべき四字単語を口に出したようだが、困惑している達哉の耳には入らない。
「さっさと来なさい。来ないのなら私からいくわよ」
「突き!」
真琴の踵落しにあわせて突きを見舞おうとするが
「ぐはっ」
踵落しからすぐに放つ回し蹴りが横腹にめり込む。血反吐が出そうだ。
「立ちなさい」
「でも俺」
「問答無用、私はあんたが決めた道を進む脚力をつけてあげてるの」
倒れている175cmの達哉を無理やり引きずり上げる158cmの真琴。
頭一つ分違うが今は真琴の方がずっと大きく見える。
「ほらほらほらっ」
「面!」
「振りが遅いわよ♪」
その次には強烈な蹴りが食い込む。骨に響く。
「まだまだ!」
「ただ闇雲に打つだけじゃ永久に当たらないわよ」
かわされたという気持ちよりも先に激痛が走る。立てない。
「明日も私直々に指導してあげるけど、月を背負う気なら逃げることは許さないわよ」
そう言うと真琴は去っていった。

次の日も
「がはっ」
何十回、いや、もう三桁は蹴られただろうか。
「朝霧達哉ってタフよねぇ、あんたのそのタフさだけは認めてあげる」
立ち上がり、打ち込み、蹴り飛ばされる。その繰り返し。
基本なぞ一切教えない。ただひたすら蹴り飛ばす。
「俺は素人なんだけど」
「素人に基本教えてたら時間かかってしょうがないの。だからあんたの体に直接覚えこませてるのよ」
次の日も、また次の日も。そして決闘前日もまた蹴飛ばされていた。
「そろそろ何か掴んで欲しいんだけど」
気が長い方ではない真琴が焦り気味の言い方になり。
「どうすればいいんだよ」
抗議する達哉の元気もかなり消えてきている
「そろそろ私の蹴りの道筋が見えてこない?」
「目が慣れたのかなぁ」
慣れてきてもどうしても体がついてこない。この状況でどうやったら先に進めるのだろう?
「(脳はともかく、体は覚えたわね)ならこうしてみるけど?」
「ぐはっ!」
今日15度目。さすがに今のは堪えた。起き上がれない。

「お姉ちゃん、お兄ちゃん見なかった?」
こちらは朝霧家。
「達哉君、この頃練習すると言ってどこかに行ってるんだと思うけど・・・」
「お兄ちゃん、毎日ひどい目に遭ってると思うの」
「麻衣ちゃんもそう思う?なんかそんな雰囲気よね」
疲れ果てたようにすぐに寝るし、何かいつも体を痛そうにしてる達哉の異変にはさすがに姉妹も感じ取っていた。
「お姉ちゃん、捜しに行こう?」
「そうね、心配だし、不良さんに虐められている事も考えられるし」
2人は達哉を捜しに出かけていく。何か胸騒ぎを抱えて。

しばらく後、弓張川の川原で2人は首尾よく達哉を見つけた、が。
「お兄ちゃん!」
「達哉君!」
駆けつけてた2人が見たのはあちこち傷だらけで倒れている達哉とその横で叱り飛ばす真琴。
「あなた、何やってるの!」
「うるさい外野ねぇ、見ればわかる通り特訓じゃない」
「お兄ちゃんをいじめないで!」
はたから見たらイジメとしか思えないほど一方的な特訓。ボロボロの達哉に対して真琴は汗一つかいてない。
「実力差が開きすぎてるだけじゃない」
「こんなことをしてたら達哉君が怪我するじゃない」
さやかも抗議する。
「この程度で怪我するんだったら、最初から勝負受ける資格はないわよ」
「こんなのリンチと同じじゃないの!」
「これぐらい徹底的にぶちのめせば、体から避けてくれるけど?」
「それがあなたのいう特訓ですか!」
「ひ、ひどい!」
あれだけ蹴飛ばされれば無理はない、達哉の体はアザだらけ。腫れだらけ。
「だから何。朝霧達哉がこれから進もうとする道は、こんな程度の厳しさじゃないのよ」
「鬼!悪魔!」
「をほほ、素敵な名前ね」
麻衣とさやかから猛抗議を受けても、どこ吹く風といった涼しい顔。
「達哉君はあなたの玩具じゃありません、連れて帰ります」
「戻ろう、お兄ちゃん」
さやかと麻衣が近寄って来る。対して真琴は相変わらず涼しい顔。
「俺は」
「逃げたいのなら逃げなさい。甘ったるい姉妹と幼馴染の中に」
膝をついてしゃがみこんでいる達哉を見下すように真琴が諭す。
「甘ったるい?」
何を言うんだ、俺には両親がと言う前にさらに続ける。
「あんたみたいな甘い人間が、月背負って生きようってのが無理なの」
「でも、俺は!」
「ならもう一回言ってあげるわ、月背負って生きる覚悟はある?」
「あるさ」
「だったら逃げないで私に向かってきなさい。血を吐いてでも骨が折れてでも」
そう言ったきり真琴は達哉に背中を向けた。
「お兄ちゃん、こっちに来て」
代わりに麻衣が倒れている達哉に手を差し伸べる。
「あんな乱暴な人の言うこと聞いてたらお兄ちゃんが壊れちゃう、帰ろう?」
ここまで来て気付いた。この人(真琴)は壁だ。自分が壁になって俺に乗り越えさせようとしている。
そして乗り越えねば前に進めない。もちろんフィーナとのことも。
「お兄ちゃん?」
「麻衣。俺は、前に進まなければならないんだ」
差し出してきた麻衣の手を自ら払いのけた。
「お兄ちゃん!」
一人で立ち上がり、泣いているだろう麻衣に背を向け、真琴の背に向けて質問する。
「俺は、どうしたら真琴を打てる?」
「一発で決めなさい、あんた程度の腕前で連続攻撃なんて無理よ」
後ろを向いたまま真琴が答える。
「そうすればフィーナに勝てる?」
「まだまだ甘いわよ、非情になりなさい」
相手が誰であろうと全力。真琴の言う非情とはそういう意味なのだろう。
「判った」
ただ一言。そして達哉は立ち上がった。壁を越えるために。フィーナと歩むために。
「なら、来なさい」
振り返る真琴、その表情にはなにやら安堵感が広がっている。
一瞬の後、振り降ろされる真琴の脚。
・・・そうだ、これは『面』だ。
脚の勢いに圧されるな。本当のチャンスは彼女が脚を降ろした後。
逆の足で回し蹴り、つまり『胴』を打つ間の僅かな隙。
怯えるな俺。下がるな俺。最小限度の動きで降る足をかわせ。
「え?」
やはり。自信過剰の気がある真琴は自分よりも弱い人間の的確な攻撃には隙が出来る。
落ち着け俺。足を振り回す寸前の隙だ!蹴り出す足の反対側。そこに出せる攻撃はただ一つ!
「胴!」
真琴の蹴りは届かなかった。それよりも一瞬速く達哉の竹刀が真琴のわき腹を捉えていたから。
「・・・ったく、あんたって奴はねぇ」
痛そうにわき腹をさする真琴。
「勝った?」
「私の負けよ。全く世話の焼ける主役さんだこと」
「やった・・・」
喜びと今までの痛みと疲れが一緒に来た達哉はその場にへたりこみ。気を失ってしまった。

・・・気がついた。
目を開けるとそこには女性の顔。フィーナでも、麻衣でも、さやかでも菜月でもない。
「・・・真琴」
綺麗だ。改めてこうやってみるとフィーナに負けず劣らずの美人なんだな。芸術品のように整った顔立ちをしている。
ただし、フィーナとは性格が天と地程違うが。
「勝った途端に気絶なんて、あんたそれで大丈夫?」
「大丈夫、あれだけ真琴に鍛えてもらったんだから」
「私にここまで世話焼かせたのは、草薙直哉以来ね。
達哉と直哉、名前も似てるし、これも運命なのかしら?」
いったい直哉って誰だろう?聞いてみたい気もするがそれ以上に彼女に深入りもしたくない。
「麻衣と姉さんは?」
「さあね、どっかの電信柱の横で観てるんじゃない?」
その瞬間、二つの影がさっと引っ込み、足早に消えていく。
「それより、この状態って・・・」
「ひざまくら」
「ええっ?」
「あんたねぇ、カテリナ1の美少女の膝枕を嫌うの?」
柔らかい。暖かい。不思議な気分。
「やっぱり、私も女の子か・・・」
珍しく真琴がつぐむ。
「なあ、どうして俺の特訓相手をする気になったんだ?」
「最初はいじりたくてしょうがなかったから」
やっぱりいじり相手なのか、俺は!
「でも、あんたの持ってた竹刀をへし折ってみて気が変わったわ」
「これ?」
無造作に転がっている折れた竹刀。最初の日からそのままだ。
「それ、誰から貰ったの?」
「月の人が『これを使って試合を』と配達してくれたけど?」
「あんたのこと素人だと思って、クレイヂーな代物を寄越した」
「クレイジー?」
変な代物ということだろうか?
「あのね、どこの世界に持つとこより先の方が重い竹刀があるのよ」
「え!」
あーあーこいつはとでも言わんばかりのあきれ顔な真琴。
「鈍感。ハメられたのよ。だから私が直々に勝ち方を教えてあげた訳、わかる?」
「ハメられたなんて・・・」
そんなことある訳ないだろうと真琴に注意しようとした。
「ほら、黒いカモがネギしょってやってきたわよ」
ひざまくらを止めて立ち上がった真琴と共に土手を見ると、なにやら数人の男。みんな黒服に黒グラサンで決めている。
「暑苦しい中お邪魔しに来てありがとう、歓迎するわ」
「・・・・」
反応がない。はっきりいってつまらない。
「つれないわねぇ」
「・・・やれ」
構える黒服達。
「達哉、あんたは下がってなさい」
「一緒にいるのは女一人だ、やれ!」
「でも真琴だけじゃ」
「あんたの脚、震えてるわよ?見てるだけならタダだからそこで座ってなさい」
黒服。かつての思い出。わかっていてもどうしても脚に来る。達哉は諦めて戦いを見るだけにした。
一人目、真琴を軽く見たのだろう、大振りのパンチ。
かわすどころかふところにすら飛び込まない。脚を回すだけで倒す。
二人目。ならばとばかり蹴りを見舞おうとする。
しかし背の違いを利用して避け、そのまま脛蹴りで倒す。
三人目と四人目は竹刀を持っていた。2人がかりならばと同時に振り下ろす。
右側をかわし、左側の黒服が振り下ろした隙を突いて回し蹴り。
間髪入れず反対の脚で蹴り。一瞬で2人が倒れる。
最後。リーダー格らしい黒服は侮れないと知ると竹刀を捨てて真剣に持ち替えてきた。
「・・・・」
他の黒服もガタイが張ってたが、この黒服は彼らよりも高い。雰囲気も違う。
「銃刀法違反もないなんて、やっぱり月はクレイヂーよねぇ」
さっきまで脚しか使わなかった真琴が、何かを引っ張り出す。
「武器?」
見たところ槍。穂先が三日月型になっているから鉾と言うべきか。しかし真琴のそれは他の槍とは全く違う。
穂先の反対側にも穂先。つまり両端に刃がついている(双刃槍)
「ドミネーターと呼びなさい。これ形が面倒だから表現難しいでしょう?」
まんま『支配者』。真琴らしい名前だ。
「あんた、一山いくらの黒服じゃないわね」
「・・・・」
相手は何も言わず、剣を構える。
「真琴」
「黙りなさい。それから私の戦い方をあんたの細胞全部使って覚えておくように」
双方構える。相手は両手剣。
対して双刃槍の中央部を片手で持つ真琴。何にでも首を突っ込み、かきまわす彼女が
「動かない?」
対して相手はじりじりと間合いを詰める。
「!」
相変わらず無言だが、踏み込んで斬りにかかる。真琴の方は?
「あ・・・」
次の瞬間、刀が地面に落ちた金属音。サングラスをかけていても判る痛そうな表情。
わざと踏み込ませ、そして伸びてしまった二の腕を叩く。
相手を斬らずに相手の戦闘力を奪うには相手の武器を失わせる。それを実行したまで。
対して真琴の武器はというときっちり寸止め。いつでも刺せるという余裕の状態。
「あんた達じゃ問題にならないわ、帰りなさい」
その戦いを見てかなわないと思った黒服達はリーダーらしき人をかばいつつ、去っていく。
「真琴」
「まったく、せっかくの服が切れちゃったわね」
「・・・!」
かわした時に僅かに刃が触れたのか胸の部分がゆっくりと露になる。
・・・そしてその胸に何かが輝いている。
「フィーナのブローチ!」
間違いない。全く同じデザイン。ただし輝く宝石の色は・・・紫。
「そ、そのブローチ!」
「まず私から、あんたの聞きたいことは何?」
振り返って対面する2人。こうするとやはり同じデザインのブローチだと確信できる。
「じゃ、まずそのブローチは?」
「細かいところは違うけど、基本的にはフィーナちゃんのブローチと全く同じものよ」
同じって?もしや真琴って
「皇女様?」
フィーナのは代々受け継がれた母(女王)の形見。だとしたら真琴のそれは?
「ノンノンノン、そんな大それた身分じゃないわよ、私はただの地球人♪」
真琴がただの地球人なら、地球は超人や戦闘民族の星になってます。
「これについては話せる時が来たら話してあげる。それよりもまずは明日」
「明日」
「部長命令。フィーナ・ファム・アーシュライトに勝て」
指ではなく、双刃槍(ドミネーター)の穂先を突きつけて命ずる。
「そしてフィーナちゃんとねんごろになって、私が中心に立つ地球を毎日崇めながら暮らしなさい、をほほほほ」
俺とフィーナのためではなく、この人は自分の野望のために俺をコキ使ってる。そう達哉は確信した。
そして真琴の野望がどうあれ、俺は明日の戦いに勝たなければならない事も。
「私の動きは覚えてる?」
真琴はそう言い残して去っていった。
ああ、覚えてるさ、好き放題蹴飛ばしてくれたけど、致命傷にならないように満遍なく蹴ってくれたことも。




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