夜明け前より瑠璃色な
〜Mother Earth、Daughterr Moon、Son 〜

〜]Y〜髪型〜


17話へ

「ニュースニュース!大ニュースよ!」
とおやまみどりがあらわれた!どうする?
「いや、それ知ってる」
ニュース内容も聞かないうちからあっさり流す菜月。
「どどどどうして?」
「ユルゲンでしょ?麻衣のクラスに来た月からの留学生の」
「スルドイ!遠山さんより速く知ってるってすごいじゃん、菜月!
それでね、ユルゲン君たら早くもうちの部のエースなのよ!憎いねわたし!」
自画自賛気味に褒めちぎる翠に対して「やっぱりそう」という顔の菜月。
「どしたの?菜月、なんか暗いよ?」
「私が言うのも何だけど、あんた、空気ぐらい読みなさい」
真琴がある方向に顔を向け、翠に状況の把握を命じる。
「あは、あはははは」
そこにはやたらに重たい雰囲気の達哉が座っていた。隣にはぎこちなさそうなフィーナも。
「ユルゲンか・・・」
昨晩からずっと達哉はこの調子。どうしても気が晴れない。
そうなるとフィーナの方も達哉の調子が移ってどうしても重くなってしまう。

授業中。琉美那先生が説明している。
「この問題。朝霧、お前が答えろ」
考え事をしようが、悩もうが、授業中なのだから質問はやってくる
「はい」
「難しい問題だが、隣の人に聞くんじゃないぞ」
クラスが笑う。もちろん隣の人が誰かとは言うまでもない。
「えーっと、最初に月王国からの派遣船が来た時の使節団長は、国務大臣の・・・」
ここで詰まった。教科書の開いた部分には答えがしっかり書いてある。だが答えを言おうとしても言い切れない。
「リ・・・」
「何を詰まっている。リヒャルト・フォン・クリューゲル」
それは分かっている。だがその名前と琉美那先生の性格からして
「最近2−Aに留学した、ユルゲンの父だな、フィーナ姫の母同様地球と月の交流に活躍されている」
やっぱり。名前からしてそう思ったんだ。
「はい、父様の相談役として今も月のために活動されておられます」
そしてフィーナが追い討ちをかける。本人にはそんな意思がなくとも。
「そういうことだ。彼も実に立派な親を持ったものだな」
俺だけが疑問し、俺だけが取り残されている。そんな学園。

しかし、時間だけは何も考えずに過ぎ、放課後になった。
「あれ、一緒に帰らないの?」
いろいろ言い訳をして教室に残る達哉。周囲にいつもの面子はいない。
「フィーナ達心配してたよ?」
「いや、いいんだ」
話しかけてくるのはクラスメイトC(声:神村ひな)。立ち絵もない彼女にすら心配され、構われている。
教室を出よう、ここにいても何も始まらない。それならば教室以外でどこに行くか。
トラットリア?菜月がいるし、仁さんに何言われるかわかったものじゃない。
保健室とか、図書室というのもあるが、まずもって行ったことない人間の部類に入る達哉ではかえって怪しまれる。

「なんだ、タツじゃないか」
出した結論はここ。マスター左門以外で唯一達哉を『タツ』と呼ぶマスター高野がやっている学食だ。
「暗いツラしてるな、しかもそのツラ被ってやってきたのが左門のとこじゃなくて俺の所か」
話したいことがあれば聞くぞ?という雰囲気のマスター高野。
「それなんですが」
「タツ、ミアちゃんなら今いないぞ、客も少ねぇ、」
グラスを磨きながらマスター高野が状況を説明する。達哉と自分以外に話を聞かれてまずいという人間はいない。話すなら今だぞ。
「ほら、少し前にカテリナに来た留学生が・・・」
「その留学生にフィーナちゃんを取られそうだ、どうしよう。そんな顔してるぞ、タツ」
あっさり読まれてしまった。さすがに高野武は鷹見沢左門と同い年だけのことはある。
「全く、お前がビクビクしてどうする、タツがビクビクしてたらフィーナちゃんも気が迷うじゃないか」
「だけど、俺は・・・」
「タツ。もう少しで月のお姫様を一本釣りできるって時に詰めを間違えてどうする。男ならドンとしてな」
そういいながらグラスを差し向ける。入っているのはエスプレッソ。
「まあタツはそもそもなぁ」
「遠山さんとしては、朝霧君の周囲に男気がないのが彼にとっての不幸と思うのでありますっ」
割り込んで来たのは最初の部分通り翠。
「俺の言おうとした事をどうして先に言うのかねぇ、遠山の嬢ちゃんよ」
「ダンナが出るまでもねぇ、朝霧殿ならあっしで充分と思いましてね」
なぜ時代劇モードなのか、それは仕様だ。気にするな。
「それで、どうして遠山がここに?」
「ふふふ、いいところに気がついたね朝霧君、わたしが吹奏楽部の練習を削ってでもここに来たのは」
「来たのは?」
そういや放課後だ。翠がここにいるのはおかしい。
「満弦ヶ崎の鉄人、マスター高野が誇るカテリナ最強メニューを食するためであーる!」
「ちっちっち、嬢ちゃん、俺を褒めすぎだぜ」
人差し指を口の前で左右に振るマスター高野。まんざらでもないらしい。
「最強メニューって?」
「聞いて驚け見て愕せ、その名も轟くキング・パニーニ!」
腕組みをしてマントを翻し、電柱に立ち、謎の雷を背に翠が叫ぶ。物凄い演出だが文字で伝えきれないのが残念極まりない。
「さあ食いな、そして食欲を満たしな」
達哉の眼前に巨大なパニーニがその存在を地球中に知らしめるかのように差し出される。
「イタダキマース」
この状況で『食べない』という選択肢が出せるのは地球と月を見回しても一人だけ。
その一人でない達哉は素直にキングパニーニに手を出す。
「・・・」
声が出ない。うまい。これに関してならマスター左門の料理より上と本人に堂々言い張れる。
「どうだ、気が落ち着いたか?不安になった時はまずは食うことだ」
食欲は他の全ての欲に優先するという話もある。そのあたりはさすがはマスター高野。
「遠山の嬢ちゃんよ、こいつを頼むぜ」
「りょうかいっ!」
親指を立てるマスター高野に対して翠はばしっと敬礼。挨拶が行き届いている何よりの証拠だ。
「頼むって?あわわわわっ!」
「朝霧君をカテリナ学院吹奏楽部見学ツアーへご招待!提供はあなたの自家用車・遠山観光!」
遠山観光にはあいにくと観光バスはない。人力で達哉を引っ張って吹奏楽部へと案内する。

「達哉?」
「あれ、フィーナ・・・」
「お二人様ごあんなぁ〜い!」
遠山観光という名の引き回しの目的地(カテリナのグラウンドの端)には、先客としてフィーナがいた。
「遅いなぁ、お兄ちゃん」
「全く、出来の良い麻衣ちゃんに比較してこの達哉とかいう愚兄ときたら・・・ごほごほ」
なぜせきこんで老婆モードになりますか遠山さん。
「遠山、観客を連れてくるのはいいが、練習もしっかりしてくれ」
琉美那先生が半ば呆れた顔で翠を注意する。
「でもいいじゃないですか、こうやって聴いてくれる人が増えるのは」
その隣にはユルゲン。実際達哉としては会いたくはない。
「おしゃべりは後だ、早速行くぞ」
琉美那先生(さすがに屋外にピアノは出せない)がそのグラマラスな体形を現すかのようなファゴットを抱えて部員の統率を取る。
少し遅れて管楽器の三重奏。
「やはり翠はすごいですね」
「ああ、それに」
『それに』から後を言おうとすると、どうしても言い切れない。翠に匹敵する程の腕前でオーボエを奏でる彼を褒めきれない。
『朝霧君の周囲に男気がないのが彼にとっての不幸』
ふと、翠の言葉を思い出す。もしかして、俺はユルゲンに嫉妬しているのか?
「達哉?」
いかん、いつのまにか演奏が終わっている。まずは拍手だ。
「明後日は日曜だが、お前達はどうする?吹奏楽部は日曜休みだからな」
「どうしてでしょう?」
新入りのユルゲンが問う。
「顧問のワタシがいないからだ。これでもワタシは外務省の人間なんでな」
そうだった、琉美那先生はカテリナ学院の先生と外務省の月局長という二束のわらじを履く人。どうしてもスケジュールに無理が来る。
「じゃ、この吹奏楽部部長である遠山翠がどーんと大サービスをしてあげましょう!」
バンと有る胸を叩く。任せとけという表現だ。
「我が家を使って、練習に勉強会としゃれこみましょう!」
翠の家ってそんなに広いのか?達哉に疑問が沸くが所詮は部外者。今日の所は・・・
「観客1号、同じく観客2号!君達も参加するべし!」
どうやら翠にとっては達哉もフィーナも1号2号レベルの扱いらしい・・・

次の日、再びカテリナの学食。
一応はマスター高野に礼を言わないといけないだろう←表向き
キングパニーニとやらがまた食べたくなって←本音
「あれ、菜月?なんでこんなところに?」
先客の名は意外にも鷹見沢菜月。
「お父さんから、高野さんの料理を学んで来いと言われました」
「左門の娘が偵察に来るようじゃ、俺もずいぶん軽く見られたものだな」
ニヤニヤしながらカプチーノを差し出すマスター高野。
「そういえば翠ってどんな家なんだろう?」
ちょうどいい、翠に誘われた以上、何らかの知識が必要だ。一番翠に近いと思っている菜月に聞いてみよう。
「えっと、お父さんは、遠山蒼一っていう有名なクラリネット奏者なんだって」
だから上手いのか、納得。
「それでお母さんは、遠山和紗でこっちも有名なピアニスト」
そっか、翠の家って音楽一家なんだなぁ。ひしひしと思う。
「芸術家一家のサラブレットよねぇ」
なぜか菜月よりも前からいた美術部部長の真琴が話に割り込む。
「あんただって、絵の腕前は全国トップクラスじゃないの」
「へー、そうなんだ」
「をほほ、私を崇める気になった?」
いつもの笑い、いかん、調子づかせてしまった!
「じゃあ、真琴の両親も芸術家か何か?」
「ノーコメント」
あっさり否定された。詮索されたくないのだろうか。
「そういえば真琴って、どこに住んでいるの?」
「拒否権を発動するわ」
実際、クラス中聞いても真琴の住んでいる場所とか、真琴の家族とかは誰も知らない。
いつも美術室に来てからHRに出るし、帰るところを見た人もほとんどいない。
こうやって毎日話しているのに、実は誰も全然知らない。
「じゃあ、真琴の家族は?」
「家族なんてものはね・・・金で買えるのよ」
ゆっくりと、そしてはっきりと言い切る。
「買えるだって!」
この発言に対してつい達哉の調子が強くなる。家族を金で買うなんて冗談にもしてもらいたくない。
「ちゃんとした思いのある家族を作った人には、判らないでしょうけどね」
両親がいる菜月はともかく、俺の家族はと言おうとしたが、言葉にならなかった。
姉さんにしても、麻衣にしても、俺にしても、思いのある家族は作っているからだ。
そして同時に、達哉は真琴という人間をもっと知りたいとも思った。
「暗い話は終わりにして、それであんた達は翠ちゃんの家に不法侵入?」
「 合 法 で す 」
遠山家に住んでる翠に誘われているのだから、合法だ。
「勉強会と練習見物を兼ねてみんなで行こうということになって」
「真琴も行く?」
菜月よ、親切はいいのだが相手を選んでくれ。
「私は遠慮しとくわ」
帰ってきたのは意外な答え。ほっとする達哉(多分菜月も)
「でも、盗聴器とTVカメラは設置させてもらおうかしら?酒池肉林になりそうだし♪」
「あ、あんたはねぇ・・・」
どこまでも真琴は真琴だった。

日曜日。行くのは達哉と麻衣、菜月。出向くのは遠山家。あるのは高級住宅街のど真ん中。そして外観はというと
「でかっ!」
「おっきい・・・」
遠山家は大きかった。どう見ても朝霧家や鷹見沢家より大きい。それぞれに住んでいる人が驚くぐらいだから。
「うぇるかむまいほーむ!」
玄関の前にいた翠が先導して、遠山家に入る。広い。部屋も多い。そして調度品も豪華。
「うわぁ、すっごく高級〜」
「けっ、ブルジョアめ」
麻衣が感嘆し、菜月が毒づく。翠に負けているところが悔しいのだろう。
「ここに一人で?」
調度品とかの知識が基本的に疎い男の子である達哉の質問。
「うーん、週に一回ぐらいメイドさんが来て掃除とかしてくれるけど、普段はねぇ」
つまりそれ以外はほぼ一人だということ。
「メイドさんというと?」
「おやおや朝霧君、ミアちゃんを想像したのかな?
でもうちに来るのは『家政婦は観た!』の主役まんまの人だよ?」
要するに萌える代名詞のメイドさんではなく、萌えない代名詞である家政婦さん。
「達哉ったらさあ、トラットリアとかカテリナに来るといつも制服ばっか見てるのよ?」
「お兄ちゃんのえっちー」
「朝霧君の性癖が暴露されてしまいましたねぇ〜」
いかん、また俺のランクが下がってしまう、なんとかせねばここにはいない(公務)フィーナに笑われてしまう、打開しろ、俺!
「あれ、この写真」
打開すべくありったけの感覚を研ぎ澄まし、部屋をぐるぐる見回す。
目からの情報。壁の額に飾っている写真。
体の反応。立ち上がってよく見るとそこにはちいさな翠。多分隣にいるのは両親だろう。
「これ、昔の翠?」
どれどれ?といわんばかりに菜月も写真を見回す。
「あれ、翠って昔はポニーテールだったのね」
「いやあ、人には歴史ありと言いましてねぇ」
後頭部を掻きながらなにやら訳ありな言い方をする翠。
「そ、それはともかく、まずは勉強っ!」
強引に話を打ち切ると、達哉たちを机に座らせる。
「朝霧君は成績が悪いって琉美那先生がいつも拳を鳴らしてましたからねぇ」
「家庭訪問した時も達哉ってこってり絞られたらしいし」
「えー!、お兄ちゃんもしかして赤点の常連さん?」
親友も、幼馴染も、妹も、誰も達哉の味方をしてくれない。これが厳しい現実。
「ここにフィーナがいれば!」
「遠山さんの心眼で予想するならば、つきっきりで勉強叩き込まれると思いまーす」
「達哉が落第生じゃ、地球の恥だもんねぇ〜」
叫んでも嘆いても無駄だった・・・

「・・・それじゃ」
「お兄ちゃん、どうしたの?やつれてるよ?」
三人からの集中砲火を受ければ、そりゃ人間やつれる。
「わざわざご足労願ったからには、このわたしが自ら送っていきましょう!」
要するに途中まで送ってくれるようだ。
「それじゃ、ありがたくお受けするわね」
菜月も賛成したので、4人でしばらくとりとめない話をしながら歩く。
「遠山、なんで髪型変えたんだ?」
そんな中、達哉がさっきの写真の話題を持ち出す。
「翠って、その髪型じゃなくてあの写真みたいなポニーテールにしたら似合うと思うけど」
「いやいや、ポニーテールは4作連続になるからイメージ重なるじゃないですか」
4作連続とは何だろう?と思ったが、達哉はさらに質問を出す。
「もしかして、何か昔にあったのか?髪型変えるほどの」
ズハリかも。口から出した時、達哉はそう確信した。
「うーん、やっぱ人間いろいろありまして・・・」
口ごもった。やっぱり何かあったんだ。そうなると達哉の中にある知りたい虫が騒ぎ出す。
「そういえば翠って、中学時代の事教えてくれないけど、何かあったの?」
それに釣られて菜月も質問の矢を浴びせはじめた。
「そ、それじゃまた明日〜」
突っ込まれてたくはない。そう言いたげに翠は去ろうとする。
「遠山!」
「遠山さんダッシュ!その2!」
翠の加速力はあらゆるものを置き去りにする!
「逃げちゃったね」
一体、遠山に何があったのだろう?達哉の心にその疑問が居座って動かなくなってしまった。



ぺーじとっぷへ



〜]Z〜コンサート〜

「また吹奏楽部?」
放課後、一目散に動こうとする達哉をフィーナが制止する。
「愛人の翠ちゃんにご執心なのはいいけど、正妻を忘れちゃ駄目よ」
「愛人じゃないって!」
真琴の突っ込みに慌てて否定する達哉。ちなみに正妻部分は否定しない。
「大会が近いから、せめて応援ぐらいは出来ないかなと思って」
「優しいのね」
『私にも』という意味を思いっきり含んだ言い方でフィーナが答える。
「菜月ニュース!」
「あんたのニュースって、役に立つの?」
翠がいないので代わりに飛び込んできた菜月がニュースを伝えようとする。
「地球征服を企む性悪女と違って、私は善良な幼馴染です」
善良か否かは非常に微妙だが、少なくとも真琴よりは上だろう。
「それで、そのしゃもじとカーボンしか取り柄のない幼馴染のニュースってのは?」
「むかつく紹介ねぇ、でもニュースが先」
顔に怒りマークを表記しながら、それでも自分が伝えるべきことを言う。それがニュースを伝えるものの宿命だ。
「我が親友、遠山翠が所属する吹奏楽部の大会に」
「大会に?」
「なんと、遠山夫妻がゲストとしてやってくるそうです!」
「確か、翠の両親は高名な音楽家夫妻でしたね」
なるほど、だから翠はこのところ練習の毎日だったのか。
「そしてあんたも毎日吹奏楽部に入り浸り」
「月に誓って、やましいことはしていません!」
月の姫に誓ってだ。そうしないと他の面子にしめしがつかない
「じゃ、じゃあ行ってくるよ!」
なんとか振り切って部室に急ぐ達哉。
「達哉ってさあ、何でも首突っ込んで解決しようとするのよね」
「なんとかしたいという意思が強い人ですからね」
微笑むフィーナ。それが達哉のいい所なのに。と自慢したいように。

部室へ。しかし最初に出会ったのは
「お兄ちゃん、遠山先輩見なかった?」
いきなり麻衣。後ろには他の女性部員がぞろぞろ。
「この人がせんぱいのお兄さんなのですね〜」
「結構カッコいいじゃん」
「天才肌のユルゲン君と正反対よねぇ」
なにやら自分に対する品評会になっている。
「見なかったって?」
ぞろぞろいる女性陣には目もくれずに麻衣の質問に答える。
「うん、お兄ちゃんと同じクラスだから、遠山先輩がまだ教室にいるかなと思って」
「俺が探してくる。麻衣達は練習しててくれ」
こういう時は部員じゃなくて、基本的に部外者である俺の出番だ。
麻衣の頭をなでてから部室を駆け出していく。
「・・・ブラコン?」
「もしかして遠山先輩にも気があるの?」
「でも、朝霧先輩って確か月のお姫様と付き合ってなかった?」
ヾ(^-^ )とダッシュも時と場合によっては誤解されかねない。
「朝霧先輩ももう少し場所と行動わきまえてもらえないものなのでしょうか?」
ユルゲンが女性陣を引き受けるかのように登場する。
「あれがお兄ちゃんだからね、お兄ちゃんって人をほっとけないんだよ」
「僕はまだまだ朝霧先輩を理解するには知識が足りませんね」
相手(達哉)もユルゲンを理解するには知識が足らないといえばそれまでなのだが・・・

「翠!」
いた。校庭のはじっこでひざを抱えて座っている。
「やあやあ朝霧君、こんな辺境までどういう用件かね?」
セリフそのものは明るいのだが、しゃべりは物凄く暗くて重い。
「練習はどうしたんだ?」
「あはは、遠山さんとしたことが、やる気が急に出なくなっちゃったのよ」
そういうあいまいな理由で翠は部活をサボるような人間ではない。そのくらい達哉でもわかる。
「やっぱり、両親のこと?」
「そそそそそそんなわけありませんよ!」
どう見ても否定になっていない。やっぱこんな所翠だなぁと達哉は思う。
「俺で良ければ、聞くよ」
そして横に座る。フィーナをはじめとした他の面子はいない。広い校庭の隅っこにただ2人。
「朝霧君は卑怯だね、フィーナっていう立派なお相手がいるのにどうしてわたしみたいな一般人に手を出すのかなぁ」
ためいきをつく翠。いつもの無駄とも思える元気状態ではなく、落ち着いた雰囲気の翠。
「俺、困ってる人を見捨てられる程非道な人間じゃないから」
「そんなこと言われると、気弱なわたしとしては朝霧君に洗いざらいぶちますよ?」
構わない。俺程度の人間でよければ好きなだけぶちまけてくれ。
「実はね、お父さんとお母さん、大会に来られなくなっちゃて・・・」
両親がいない。
「せっかく一生懸命練習して、聞かせられるかなと思ったら、相手はドタキャン
わたしってついてないわよね」
翠は笑っていはいるが、その笑いは空虚なものだった。
「ドタキャンって、何とかならないのか?」
とにかく今は方策を考えるのが先だ。
「お父さんとお母さん、今日のコンサートの後は長期遠征なの、もう駄目よね」
あきらめと半ば開き直りが混ざったような翠の言葉。
「俺、なんとかならないかやってみる。麻衣にも頼んでみるよ。俺達だけが吹奏楽部の関係者じゃないんだし」
「朝霧君・・・」
今は落ち込んでいる翠を部室まで連れて行っても解決にはならないだろう。ならば俺が出向き、応援を得るまで。
「だから、落ち込まないでくれ、遠山が落ち込むとみんなや俺が困るんだから」

 達哉が部室に行っても誰も怪しまない。すでに部員と変わらない扱いになっているのは翠や麻衣の影響なんだな。そう思う。
だからといって感心はできない。翠に打開策があると言った手前なんとかしなければ。俺に出来ることはないのか。
そしてしばらくの塾考の後、閃いた。あるじゃないか。
「俺、行って来る」
すっと立ち上がる達哉。
「どこに行くの?」
「コンサート会場。今なら間に合うかも」
「間に合うといっても、遠山先輩のご両親に会えるとは限らないんですよ?」
無駄足になります。そうユルゲンは言いたいのだろう。
「会えるさ、会わないといけないから」
そう否定し、達哉は部屋を出ようとする。
「あ、お兄ちゃん!待って!」
あわてて麻衣もついていく。
「先輩、麻衣ちゃん、無謀です!」
なんとかしなければという意思がユルゲンにその言葉を言わせたが、当の本人には全く通じなかった。
「あれでいい、やっと朝霧らしさが出たな」
「らしさですか?」
今まで何も言わず、じっとやりとりを見ていた琉美那先生が残されたユルゲンを振り向かせる。
「傍目には無茶でも、ああいう人間が未来を切り開くものだ」
先生の顔は笑っていた。大人の余裕で笑っていた。
「ユルゲン君、君はしばらく他の部員の面倒を見てくれ、ワタシは大人の仕事をする」
そう言って琉美那先生は携帯電話を取り出す。

コンサート会場までは列車で10分。歩いて10分。考える時間はない。ただまっすぐ会場に向かうだけ。
「お兄ちゃん〜!」
備考だが、麻衣は達哉より足は遅い。勢いで走る達哉の後ろをえっちらおっちら追いかけてくる。
「麻衣、何でついてきたんだ?」
「先輩の役に立ちたいからかな?それと、お兄ちゃんの役にも」
息を切らしながらも言うことはちゃんとしている。
「でも、どうするの?」
「出演者用の裏口に行けば、遠山の両親に会えると思う」
「警備の人はどうするの?」
麻衣のまともな質問。
「その時は、その時さ」

裏口に回る朝霧兄妹。警備員が立ちはだかっているはずだ。
「どちら様でしょうか?」
「すいません、コンサートに出演されている遠山夫妻に会いたいのですが」
警備員が入っている監視ボックスに対し、あんまりにもまんまな質問をする達哉。
暗くてよくわからないが、警備員は小柄な女性らしい。
「遠山夫妻なら、たった今お車に乗られましたが」
もしかして手遅れ?
「あ、あれ!」
麻衣が叫ぶ。黒塗りの車が駐車場を出ようとしている。あれが遠山の両親が乗っている車だ。
「ど、どうしよう?」
麻衣が慌てる。だがこのまま待つ訳にはいかない。待っていたら次に出会えるのはいつになるかわからない。
ならば自分のやることはひとつだ。幸い信号の関係で走ればあの車に先回りできる。
「止める」
「止めるって、相手は車だよ!」
「だからどうした。今止めなければ翠が」
麻衣が制止するのはわかりきっていたこと。だがやると決めたらたとえ我が愛妹でも止められない。
妹を振り切り、車の前に立って、両手を広げる。そして叫ぶ。運転手ではなく、後席の二人に届くように。
「止まって下さい!」
しかし車は急には止まれない。達哉の意思では物理法則を覆せない。
撥ねられるな。達哉の意思の奥がそう呼びかける。でも撥ねられれば相手を停止させられる。目的は果たせるじゃないか。
「お兄ちゃん!」
麻衣の叫び声。その直後に止まった。目の前ギリギリ。気づいたらベッドの上とかいうことではなく、現実にギリギリで止まっている。

「・・・あんた、本当にバカね・・・」
ほっとする達哉の後ろから呆れたような声。そして達哉の広げた両手のわきの下には金属の棒。その先に取り付けられている三日月型の刃。
その刃でまだ前進しようとしていた車をぴったり止めている。
「時速60kmで走る重さ2トンの車をこんな短い距離で停止させようなんて、あんた物理の点数いくつよ」
「・・・赤点ギリギリです」
お世辞にも成績は良くない。
「後は勝手になさい、ほら」
達哉の背中を叩き、降りてこようとする車の主に話し合いをそくする真琴。
「君、大丈夫か!」
その車の主である遠山夫妻が達哉に駆け寄ってくる。
「お兄ちゃん!」
同時に麻衣の方も駆け寄り、話し合いのテーブルを行う面子がそろった。
「貴方、なんて無茶な事を・・・」
遠山和紗。つまり翠の母親が達哉を心配し、そしてその行動に驚く。
「君、名前は?」
「朝霧達哉、こっちは妹の麻衣です」
まずは自己紹介。
「なるほど、高野先輩が話してた子か。先輩が言ってた通り無茶をする子だな」
呆れたような感心したような言い方と表情で遠山蒼一、つまり翠の父親が達哉を見定める。
「高野先輩?」
「もしかして、学食のマスターさん?」
「あら、今はマスターやっていらっしゃるのね。そうすると春日はお元気?」
続けて菜月の母の話。なんだか遠山夫妻がものすごく近くなった気がする。
「菜月ちゃんのお母さんだったら、今はミラノで修行しているそうです」
「料理の道を究めるんだって言ってたけど、さすがね」
「そ、それよりもっ」
このまだと話が脱線して世界一周しかねない。早く本題に戻らないと。
「翠のことなんですが・・・」

「あんた、相手が朝霧達哉だと判ってて、アクセル踏みこんだのね」
遠山夫妻が乗っていた車にはブレーキ跡はない。
「・・・」
だがドミネーターを突きつけられようともあくまで無言の運転手。
「あくまでシラを切るわけね。いいわ。あっちの話がまとまる前に私は退散するから」
何かつかんだような、何もつかまなかったような、そんな微妙な言い方を残して真琴は退散する。

「それで、翠の出る大会に出てやってくれないでしょうか?」
「難しいな、だがこうやって身を挺して翠のためにやってくれる人がいるのなら、なんとかスケジュールを合わせよう」
「必ず行きます。貴方の勇気を無にしたくありませんから」
遠山夫妻の承諾。達哉の努力は実ったのだ。
「ありがとうございます!」
達哉と麻衣がぺこりとおじぎをして、感謝の意を表す。

そして大会の日。
達哉は部員ではないので観客。隣には菜月とフィーナがいる。
「翠の晴れ舞台、この携帯カメラで写すわよ!」
「菜月、会場は撮影禁止ですよ」
「ふみゅーん!」
なにやらあやしい落ち込み言葉だが、気にしない。
「翠の両親、遅いですね」
達哉の右隣にはフィーナと菜月。左隣には二つの空いた席。もちろん遠山夫妻の分だ。
「必ず来てくれるさ、そう約束したから」
「でも、素手で車を止めるなんて無茶は二度と許しませんからね」
フィーナからのキツいお灸の言葉。
「フィーナにも私にも内緒で特攻するんだから、幼馴染としては気が気じゃないわよ」
菜月からもお灸の言葉が飛んでくる。
「ああ、判ったよ」
実際、真琴が止めてくれなかったら病院行きだったかも知れない。そう考えるとあんな無茶は二度としたくないものだ。フィーナのためにも。
「いよいよ私たちカテリナの番ですね」
しかし、隣にいるはずの翠の両親はいない。演奏中も、そして演奏後も。
「来なかった・・・」
そんなバカな。ちゃんと約束してくれたのに。
「どうするのよ」
菜月が攻めるが、どうしようもない。
「やはりスケジュールが厳しいのでしょうか」
「いや、そんなことはないはずだ、そんなことは」
今、こんな状態となっては達哉の確信も強がりにしか聞こえない。
 そして閉会。ついに翠の両親は来なかった。
翠がステージから降りてくる。その顔は暗そうだ。
「あはは、やっぱりこれが現実なのね」
「翠・・・」
なんとか吹っ切ろうとしているが痛々しさを増すばかり、しかしまだステージは終わっていなかった。

「まだ、演奏はできるかね?」
翠と話していた達哉の隣に座る人。
「・・・お父さん、お母さん」
「はじめまして、フィーナ・ファム・アーシュライトです」
こんな状態でも即座にきちっとした挨拶が出来るのはさすが皇女だ。
「これはこれは、スフィアの姫君に出会えるとは光栄です」
すぐに礼儀正しく挨拶をする遠山夫妻。
「私は観客の一人にしか過ぎません。主役の演奏を聞いてやってください」
「ええ、そのつもりで来ましたから」
「遠山、泣いている場合じゃないぞ、ステージに上がれ」
「泣いてなんかいないもん、これは汗なの!」
ミエミエな嘘。しかしこの場なら許せるだろう。
「遅れて着た上に、我侭を言ってすまないが、私たちも加わらせてもらえないだろうか?

そう言うと蒼一はクラリネットを取り出し、和紗は琉美那先生に代わってピアノの前に座る。
「お父さん、お母さん!」
「観客は少ないけど、スフィアの王女様がいれば充分よね」
ちょっと微笑む和紗。そのあたりの表情は娘にそっくりだ。

琉美那先生が指揮台に立つ。
麻衣がフルートを、ユルゲンがオーボエを構え、和紗がピアノへ。
中央にはクラリネットを構えた翠。そしてすぐ横にバスクラリネットを構える蒼一。
観客はフィーナと菜月、そして達哉。

「遠山さん参上!」
次の日の朝のこと。
「おはよう、みど・・・ってあなた誰?!!」
仰天する菜月。イメージが違うというのは恐ろしい。
「我が親友よ、何を言ってるのかね?わたしだよ、カテリナの太陽こと遠山翠様だよ!」
「ふふっ、イメージチェンシですね」
さすがにフィーナは冷静だ。
「あんたの髪って、ポニーテール結えるほど量はなかったはずだけど?」
「何を言います鳥谷真琴君?これは遠山さんの仕様なんですよ〜」
そう、翠の髪型はポニーテールになっていた。
「遠山、それって昔の」
「朝霧君偉い!遠山さんポイント倍増!」
昔の髪型。両親との絆を取り戻した翠にはぴったりだろう。
「これからはこのグレート遠山さんの時代!さあさあわたしに投資するなら今のうち!」
どうやら中の人もパワーアップしたようだ・・・
「いるのよね、やたらに『グレート』とか『ハイパー』とかつける思考回路持ってる人が」
「俺としてはこういう翠もいいかなと思うけど?」
「さすが朝霧君、さあわたしと一緒にデー・・・(汗)」
「こほん」
フィーナにしてみればやきもきする日々が増えたことになるのだが・・・



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