夜明け前より瑠璃色な
〜Mother Earth、Daughterr Moon、Son 〜

〜][〜説得〜


19話へ

「お兄ちゃん、イタリアンズの散歩お願い」
そう麻衣に頼まれ、達哉はイタリアンズを率いて河川敷を歩く。
「結局俺なんだよなぁ」
フィーナとミアが加わっても、やっぱり朝霧家で一番腕力のあるのは達哉。
犬三匹を連れ歩くというのは結構な腕力が必要なのだから。
「今日もいないか」
河川敷を見回しても、帽子をかぶった女の子(リース)はいない。そうすると
「ちよっと遠出をするか」
時間に余裕はある。イタリアンズも走らせてあげないと体がなまる。ついでに自分もなまる。
「わふわふわふっ」
一番小さいアラビアータが何かを感じたのか、他の二匹と達哉から外れて直進する。
「待てアラビ!」
慌てて追う達哉。しかし小回りが効く上に俊足のアラビアータを追うのは楽ではない。

「し、柴犬っ!」
・・・右、左、誰もいないわね・・・
「きゃーっ、かわいい〜」
こんなところに柴犬が来るなんて、やはり月のお導きね
「ほらほら、なでてあげるわよ?」
ヾ(^-^ )
「あのー、そろそろ宜しいでしょうか?」
「このまま抱きしめて転がり回り・・・はっ!」
誰かの声が鼓膜を揺らした瞬間、物凄い勢いで体勢を立て直し、表情を組み立てなおす。この間僅か0.5秒。
「何か御用でしょうか?」
「えっと、エステルさん、うちのアラビを返して欲しいんですが・・・」
「なぜ私の名前を?」
怪訝そうな顔で達哉を見るエステル。
「前に礼拝堂で・・・」
「あ、あの時の方ですか」
どうやら覚えてくれていたらしい。ありがたいことで。
「アラビがお気に入りなんですね」
「ち、地球人の飼っている犬なんて!」
なんとか否定しようとするが、どう見ても無理がある。
「うちのアラビは無理ですけど、どうでしょう、犬と遊んでみませんか?」
相手は揺れている。ならばここは提案してみるに限る。
「べ、別に貴方に付き合おうという訳ではありませんからね」
セリフはともかく、ミッションは成功。後は場所まで案内するだけだ。

「ここは?」
「ペットショップです」
美容室のようなガラス張りの店。ペットショップもずいぶんとファッション性を重視するようになったものだ。
先にエステルを入らせ、達哉はイタリアンズを預けに行く。ここのペットショップは一時預かり施設まであるのはありがたい。
「・・・」
「あのー、エステルさん?」
「はっ!」
俺がいない一瞬、恍惚の表情浮かべてませんでした?
でもここまでご足労を願った分、面白そうな事になりそうだ、真琴じゃないけどそう思う。
 店内。白いケージ。檻という別名を言うにはあまりにもかけ離れたしゃれたデザイン。
入ってる犬や猫達も緊張を浮かべていない。店内は実に清潔。
「いい店ですね」
「判るのですか?」
「俺も犬飼いのはしくれですから、犬の気持ちぐらいなら少しはわかりますよ」
伊達にずっと犬を飼っている訳ではない。達哉に自信があふれてきた。
「それじゃ、俺は別の買い物があるので」
首輪とかの小物を売っている場所に歩いていく。
「この店、犬と遊べますよ?」
ニヤニヤしたいが、なんとかしまい込んで懇切丁寧にエステルに説明する。
「わ、私は貴方に付き合ってるだけですから」
なんとか否定、でも周りの子犬たちが誘っていますよ?
「それからすみません、トイレ借りてきます」
そそくさとトイレに引っ込む。さて、俺がいない時にエステルさんは誘惑に耐えられるだろうか?
・・・これからは俺の事を鳥谷達哉と呼んでくれ・・・

・・・5分経過・・・
あえで静かに扉を開けて、ちょっと離れた所からエステルさんを見物する。
「ほらほら〜」「きゃんきゃん」
「可愛いですね」「きゃんきゃん」
子犬がわらわらとエステルさんに近寄っては、ヾ(^-^ )を求めてくる。
「きゃー(はーと)」
思いっきりご満悦。
「あーのー」
「あ゛」
鳥谷達哉(改名)の作戦通りというか、作戦以上の状況。思いっきり凍ってる。
「ななななな何でもありませんっ!」
いや、それ全くフォローになってません・・・

ペットショップを出る。
「それでは、これで」
子犬に対する態度とは正反対のクールな表情で、エステルは去ろうとする。
「そこのお店入りませんか?」
達哉が指し示したのは瀟洒なカフェテリア。
「用事は終わったのではないのですか?」
「暑いですし、喉も渇いたでしょうからと思いまして」
「・・・仕方ありませんね」
どうやらOKのようだ。そういう事でカフェテリアへ。
「ご注文はお決まりでしょうか?」
「アイスコーヒーと、アイスティー、それからトーストとホットケーキ」
「それでお願いします」
さすがに店員に対してまでつっけんどんな態度を取るほどエステルは出来の悪い人間ではない。
やがて料理がやってくる。
「イタダキマース」
いつもの癖が出る達哉ら対して、エステルは胸の前で手を合わせた。
「今日の糧を与え給うことを神に感謝します・・・」
祈っている。本当に聖職者なんだな、そう思う。そしていろんな意味で「綺麗な」人だとも。
「今日も月の輝きに感謝します・・・」
「もしかして、月の人なんですか?」
そこまで祈った時、二人の隣に何気なく座っていた女子学生が突然声をかけてきた。
「そうですが何か?」
静かに、事務的に答える。表情も怪訝そうだ。
「わあ、こんな近くで月人を見られるなんて」
「みんなに自慢できるよ!」
なんかはしゃいでいる。
「地球から月までどのくらいかかるんですか?」
いきなりの質問。さらには
「月人!?あの人が?」
「でも何でこんなところに?」
「普通に食べてる・・・」
「見た目変わんないよね。なんかつまんない」
なんかわさわさと店内の雰囲気が変わっていく。
「大丈夫、みんな興味津々なんだよ」
とりあえずフォロー。しかし。
「月って空気ないんじゃなかったの?」
「月人ってスレンダーよねぇ、やっぱり重力が少ないから?」
これでは見世物と変わらない。

「席に戻って下さい。彼女が嫌がってるじゃないですか」
「き、金髪?」
「わー、すっごくカッコいい!」
一目でわかる長身と端正な容姿、そして金髪の男がエステルと達哉の隣の席へ。
「人の嫌がることを言ってては、女の子は落とせませんよ?」
わざとキザっぽく見せる彼。それを言われると取り巻いていた男達は下がらざるを得ない。
女性陣は前述のとおり、エステルなんて同姓をほったらかしにして彼に注目している。
「今のうちだ、出よう」
無言のエステルを引っ張って達哉がカフェテリアの外に出ようとする
「・・・先輩、よくここまでエステルを引っ張り出しましたね」
「・・・一応は恩に着るよ、ユルゲン」
短い会話を残して。

カフェテリアから離れ、川原へ。ここまでくれば誰も注目しないだろう。
そして落ち着いたところでしゃがみこんでイタリアンズを眺めるエステル。
「地球の犬はこんなに可愛いのに」
それに比べて人間は、とでも言いたいのだろう。
「地球人にはデリカシーの欠片もないんですね」
キツい言葉。あんなので地球人を一くくりにされてはたまらない。
「私はこれで」
「あ、エステル!」
振り向きもせずにそそくさと居住区に戻っていく。彼女を連れ出したのは失敗だったのだろうか?

次の日。
「主役参上!」
みどりがあらわれた、どうする?
「それ、誰?」
「がくっ」
なつきのはんげき、みどりはダメージを受けた!
「多分、俺だと思う」
「ちがーう!メインヒロインですよ!」
「多分、私ではないかと思いますが」
フィーナ。多分ではなく、確実にそういう流れになっている。
「で、メインキャラ当落線上の人が何か用?」
「ちっちっち、遠山さんの時代はもうすぐだということすら判りませんかねぇ。」
「髪型変えたぐらいで時代が来る訳ないでしょ」
ポニテになってから、翠のテンションはさらにレベルアップしている。
「それで朝霧君、昨日可愛い女の子と歩いているのを」
「ぐっ」
見られたらしい。これはヤバい。
「人気者は大変ね」
いかん、フィーナが他人モードに入ってる。
「達哉が次から次へと女の子を連れまわすんじゃ、フィーナも心労が溜まるわよねぇ」
成り行き上なんだが、言い訳にするにはかなり苦しい。
「さて。誰と歩いてたの?回答によっては戦力外通告するからね」
「何の戦力外?」
「遠山さんと愉快な仲間達♪」
そんなグループ勝手に結成しないでくれ。
「何言ってるのよ、朝霧ハーレムの一員の分際で」
こういう時真琴は役に立ってくれるが、存在自体が毒薬とか爆薬レベルなので取り扱いが大変だ。
「くっ、否定しきれない」
遠山の目が「一」の形になった。そんな遠山だから見ていて飽きない。
「で、そのご相手は?」
代わりに菜月が質問。
「居住区にある礼拝堂の司祭さんだよ、名前はエステル」
「へー、フィーナやミアちゃんに続いて三人目の月人?」
「カレンさんとか、ユルゲン君もいるから・・・達哉って月人ホイホイ?」
俺は月人釣りのエサですか。でもそう言われればそうなる。達哉の周りにはいつの間にか月人が集まっているのだから。
「エステルって言うと、私が一蹴してやったあの犬ヲタク?」
一蹴とはいかないが、確かに真琴がエステルを全速撤退させた事は事実だ。
「そうだよ」
「いつもは礼拝堂に住んでるんだって」
「礼拝堂か・・・」
「私は毎週行ってるけど、小綺麗で花の美しい場所よ」
遠山が妙な答えを出す前に、フィーナが助け舟を出してくれた。
「うーん、そうだ!」
翠の頭の上に電球が燈る。同時に「きらりーん☆」という効果音も。
「そのエステルさんっていう司祭様に頼んで礼拝堂を見せてもらえない?」
「ふふっ、翠は好奇心旺盛ですね」
「未知のものには興味がありまして〜」
「あんまし首突っ込むのは良くないと思うけど?」
菜月が止めるが、そんなものでは翠の好奇心は収まらない。
「無理だと思う・・・なんというか、彼女、地球人に優しくないから」
「そんな時こそ朝霧君でしょ、なんとかしてぇ〜」
猫なで声。ごろごろ言いそうで怖い。
「フィーナに頼んでみれば?」
「あ、そっか、ならフィーナさん!」
期待の目をらんらんさせながら翠が答えを待つ
「私が頼めば向こうは断りにくいわ。そういう依頼はフェアではないと思うの」
そりゃそうだ。相手が月の皇女だと一介の司祭では断るのは無理だろう。
「やはり、ここは主役たる朝霧君の出番ね」
「私も行ってみたいなー」
菜月も翠の味方だ。
「それなら、私も是非」
あなたもですか、フィーナさん。
「わたしも〜」
「俺も〜」
次々と現れる遠山の同盟軍。すでに皇女さえ手中に収めた今、彼女を止められるのは・・・
「をほほ、面白くなってきたわね」
この瞬間。エステルを説得しに行く以外、達哉に手はなくなってしまった。
「じゃあ、アタックはしてみるけど、期待はするなよ」
「朝霧君最高!」
「がんばって〜」「がんばれよ〜」
・・・行ってきます。

ここに来たのは何度目だろう。でも今回はただの付き添いとか、リース探しではなく、大変重要な任務を帯びている。
「すみませーん」
「これはこれは朝霧さん」
モーリッツが現れた。そういえばエステルさんの上司だったよな。ならば
「私は了承します」
見学の話を全部聞く前からOKを出してくれた。なんて物分りのいい人なんだ!
「ですが、私はあくまで脇役にしか過ぎません。エステルを説得できるか、それが朝霧さんに課せられた使命です」
・・・もしかして、このモーリッツさんという人も遠山の回し者だろうか?
「エステルは今部屋にいますよ、どうぞお通り下さい」
いきなり女の子の部屋に?しかしモーリッツはにこやかな表情のまま。
部屋の前。とりあえずノック。そしてゆっくりと扉を開ける。
 女の子にしてはちょっと殺風景かな?そう思った。目立つのは本棚。他は質素で簡素な雰囲気が漂っている。
「どうしたのですか?モーリッツ様」
部屋の主が振り返る。
「こんにちわ」
すかさず挨拶。
「・・・女性の部屋に押しかけるなんて、随分デリカシーがないですね」
「えっと、モーリッツさんに通って良いと言われたもので」
「・・・」
何か言いたそうだったが、すぐに戻り
「それで、どのようなご用件ですか?」
「俺・・・じゃない、私が通っている学院の友人が、ぜひとも礼拝堂を見学させて欲しいと言っているのです」
「俺」ではなく「私」にしたのは相手を和らげるため。
「お断りします」
しかし、その努力もむなしくあっけなく断られた。
「みんな、礼拝堂のことを知りたいのです、マナーは守ります」
「地球人が礼拝堂に入る事自体が不愉快です」
ここまで言われるか。しかし頼みを受けた以上何かしら戦果を得ねば
「これ以上、貴方のお話に時間を割きたくはありません、お引取り下さい」
思いっきり毅然とした否定。これは駄目だ。一旦引き上げよう。
・・・とにかく、報告だけはしなければ・・・

次の日。体が重い。任務失敗という現実が重い。
「朝霧君あさぎりくんあっさぎりくぅ〜ん」
三連続はやめて欲しい。
「どうだったどうだったどうだった?」
三連発その2。
「駄目だった」
報告と共にあっちこっちから残念の声が湧き上がる。
「翠、打ち合わせしてたのか?」
「ごほごほ、なんのことかねぇ、わたしゃすっかり耳が遠くなって」
だから年寄りモードはやめてくれ。
「ねえ朝霧君、みんなさ、行ってみたいんだよ月に」
元に戻った翠はびしっと空、いや部屋内なので天井を指す
「礼拝堂だろ」
「細かいなぁ」
翠が大げさにため息をつく。
「いっそ陣太鼓持って、半被着て殴りこめばいいんじゃないの?」
どこの討ち入りですかそれは
「ね、達哉、いいとこ見せてよ」
「私からもお願いするわ」
よーく考えると、フィーナが説得した方が早いような気もするのだが。
「・・・もう一回頼んでみる」
こうなると仕方が無い、やるしかない。
「期待するなよ」
「別に期待はしないわ、あんたが駄目だったら団体で討ち入りするまでだから」
「おー、四十七士ですねぇ、すると浅野匠頭守はさしずめ朝霧君?」
何か違う。というかそもそも浅野匠頭守だと切腹しないといけない。だが真琴のことだから本当に討ち入りしかねない。
「でも達哉ばかりに頼るのも問題よねぇ、何か代価が必要かしら?」
「よしっ、それじゃ、ミッションコンプリートの暁には!」
何かくれるのだろうか?
「この、遠山翠さんの愛をプレゼントしちゃいます!」
「・・・いや、間に合ってる」
隣にいるフィーナが何か怖い視線を浴びせかけているので、受け取る訳にはいかない。
「愛は高いのよ〜、98円均一じゃ売ってないのよ?」
達哉でなくとも、愛はバーゲンセールじゃないと思う。

放課後
「同志諸君!」
なぜか壇上には翠。
「この度の礼拝堂ツアーに関して、我々が交渉役に推挙した同志朝霧君であったが、善戦空しく惜敗した」
ついでにいえばなぜかハチマキまでしている。
「しかーし!不屈の闘志を持つ同志朝霧達哉君は再び戦いに挑むと明言された!」
そしてなんかクラスがどっかの集会になっている。
「同志朝霧君の革命運動を我々は教室から応援しているだけでいいのか!」
クラス全員から、よくないコールが巻き起こる。どこの決起集会だ。そもそも革命運動じゃないし。
「そこでこの不肖遠山翠は嘆願書を作成し、同志朝霧君の援護をすべきかと提案します!」
そして手際よく嘆願書を突き上げる。
「さあ、同志よ来たれ!」
我先にクラスの同志たちが嘆願書に名前を書き込んでいく。
「遠山さん立派ね」
まとめあげる能力は素直に凄いと思う。
「ああ」
そして嘆願書。真ん中に「ぜひ見学させて下さい」。そこを取り囲むように名前。つまりは傘連判。
「さあ同志朝霧君、我等の血判を手に礼拝堂に向かうのだ!」
血判ではないが、確かにみんなの想いがこもっている。責任感もひとしおだ。
「これで失敗したら・・・」
最後に真琴が自分の名前を書き込む。ただし一番目立つところに。そして一言。
「私からあんたにありがたいアドバイス。『将を請うには、将を激せよ』」
・・・失敗できない・・・

「また貴方ですか?」
いい加減諦めなさいという表情でエステルが応対する。だがここで引き下がってはクラスのみんなに申し訳が立たない。
「まずはこれを」
エステルの部屋で、達哉は例の嘆願書を手渡す。
「これは?」
「署名です、これだけの人が礼拝堂を見学させて欲しいと・・・」
「・・・!」
一目見たエステルが嘆願書をテーブルが壊れんばかりの勢いで叩きつける。
今まで気づかなかったが、嘆願書の裏面に何か書いてある。最後の部分に似顔絵。真琴だ。
『犬ヲタクのツンデレ司祭さんへ。私に負けて悔しいでしょう?観客付きでリベンジさせてあげるわよ?をほほ♪』
・・・・裏面を挑戦状に仕立ててる・・・
「あの、あの究極にデリカシーの欠片もない地球人めぇ!」
『将を請うには、将を激せよ』。つまり、一番手っ取り早く相手を引っ張り出すには怒らせろということ。恐るべきというより極悪人の発想だ。
「神よ!あの真琴とかいう地球人に天罰を!」
「あのー、エステルさん?」
完全に切れている。よっぽど前のことが悔しいのだろう。
「いいでしょう・・・見学を許可します」
なんか目が物凄く怖いし、体全体からドス黒いオーラが噴出しているんですが・・・
「ふっふっふ、見てなさい・・・」
いや、言ってる事もそんな感じだ。
「それで、日程は?」
「まずは五寸釘とワラ人形、蝋燭よねぇ・・・」
静寂の月光に多分そんな儀式はないと思う。というかどこの宗教ですか?
「あのー、エステルさん?」
「はっ、私としたことが!ええええっと、そうですね」
ものすごーくダークな雰囲気を大慌てでかき消し、いつもの冷静なエステルに戻る。
「見学ですから、学院が休みの日曜がいいと思うのですが」
「そうですね。貴方のクラスメイトがどんな方たちか存じませんが、日曜ということで」
「ありがとうございます!」
まずは感謝。
「では、また明日ということで」
今日のところは引き上げて、まずは吉報を届けねば。

次の日。いきなり朝から質問攻め。期待の現われなのだがその期待には応えられた満足感はある。
「どうなったんだ?」
「どうなったの?」
「静粛に!」
ざわつくクラス内を翠が仕切る。
「朝霧君、交渉の方はどうなりましたか?」
なんかインタビューになっているが、気にしない。
「OKだって」
その瞬間、クラス内がどよめく。
「あっさぎりっ!あっさぎりっ!あっさぎりっ!」
歓喜の大合唱。人によっては天に拳を突き出したり、万歳したりもしている。はっきりいってこっ恥ずかしい。
「それで、いつなの?」
「次の日曜日」
「同士達よ、日曜に向けて気力体力を充填せよ!我らが革命運動を完遂せよ!」
「おー!」
翠のコールにクラス内が掛け声で反応する。どうでもいいが革命運動じゃない。
「お前達、この結束力を他の場面でも生かしてくれないものかね?」
琉美那先生がためいきをつきながら教室に現れる。
「朝霧、フィーナ姫、後でちょっと職員室に来い。見学の話だ」
どうやら先生にもバレていたらしい。何を言われるのやら。

「あの教室の熱気からして、礼拝堂の見学の方はOKになった訳だな」
「はい。礼拝堂の方からOKが出ました」
「それはよかったな。もしもの時にはワタシが出てもよかったのだが、さすがにそれでは問題になるからな」
月学概論を教えていて、かつ月にも留学したことがある琉美那先生。
とはいえもう一つの顔は外務省月局長なんだから下手に動くと政治が絡みかねない。
「月人とはいえ、結局はホモ・サピエンスなんだから恐れたりする必要はない、貴重な体験を大切にするんだぞ」
「でも、彼女を説得するのは大変でした」
「地球人には月の知識が足らないからな。エステル・フリージアは地球人に珍獣扱いされたのを根に持っていたんだろう」
正解。さすがは琉美那先生だ。
「だがな、その知識のなさがフィーナ姫の留学を成功させているのだから、世の中わからん」
「え?」
「どういうことでしょうか?」
当のフィーナすら疑問を浮かべる。
「普通ならマスコミが嗅ぎ付けて四六時中付け回される。だが付け回されたことはないだろう?」
「それは私がなるべく正体を出さないようにしているからではないでしょうか?」
「何を言う。ここでは正体バレバレではないか」
苦笑しながら琉美那先生が答える。
「無関心でいるから、誰も知ろうともしない。
無知でいるから、月の姫が地球人と付き合っても、誰も邪魔しない」
「でも、それって」
地球と月の交流とは全く反対じゃないかと言いたくなる。だが琉美那は続ける。
「正解ではないと言いたいか?」
「ええ、私も。それでは意味がありません」
(達哉の周りの人間を除いて)地球人を蚊帳の外に置いたままでは何のために達哉と付き合っているのだかわからないし、地球に来た意味がない。
「・・・お前達は、一度ワタシの上司に会ってみる必要がありそうだな」
笑いとも悩みともつかない実に複雑な表情で琉美那が二人に話す。
「難しい話はさておき、まずはエステル・フリージアとスケジュールや質問の詰めをした方が良いだろう」
ここから先はフィーナではなく達哉の出番。先生からアドバイスと許可も貰ったし、これからが更に大変だ。

「達哉」
「どうした?」
「琉美那先生はどうして達哉が一度も話してないエステルのフルネームを知ってたんでしょう?」
「・・・あれ?」
そういえばそうだ。エステルの名前は確か翠ぐらいにしか言ってない。もちろんフルネームは達哉以知らないはず。
「もしかして・・・?」
「いや、どうせ翠あたりが告げ口したんだよ」
したんだろうか?何かひっかかる。それに無関心の話といい、どうも腑に落ちない二人だった。



ぺーじとっぷへ



〜]\〜礼拝〜

「おはよ〜」
翠(HP1)。カッコ内は一般的数値。
「翠、どうしたの?」
HP1なので逝き掛けている。見た目にも
「目の下にクマができてるわよ?」
「徹夜はお肌の大敵です〜」
「お肌はともかく、一体どうしたの?」
「この機密ファイルを同志朝霧君に託す」
なにやらファイルを取り出し、達哉に手渡す。
「え、俺?」
「一昨日にやったアンケートとやらのまとめでしょ?」
真琴が説明するとおり、翠はアンケートまでやっていた。
「では皆の衆、お元気で」
逝った。
HP0の翠は他の面子に任せて、達哉は託されたファイルを眺める。曰く。
「礼拝堂では日頃どんな事をしているのですか?」「地球に来て一番驚いたことは何ですか?」
「月では地球のTV番組は見られるのですか?」「好きな食べ物は何ですか?」
まだこのあたりはと思ったが・・・
「恋人はいますか?」「3サイズはおいくつですか?」「下着の色は何色ですか?」
・・・だから地球人はデリカシーがないと言われるんだ。しみじみと感じる。
とりあえず後ろの質問は無かったことにして、他の部分で勝負してみよう。
「でも、もう少し有意義な質問じゃないと」
「『なぜこのようなことを教えなくてはならないのですか?』って答えるでしょうね。所詮ツンデレだから」
いや、ツンデレだからってそんな真琴の言うような反応なんて・・・

「なぜこのようなことを教えなくてはならないのですか?」
申し訳ありません。真琴様、エステル女史は貴方様のお考えになられている通りの方のようです。
「みんなが知りたいことだと思います」
だったらこっちの発言も考えやすい。
「分からないですね」
「みんなはエステルさんを全然知りません。そんな人に質問するのですから、おのずからこのようなことになると思いますが?」
言ってみれば完全な初心者。そんな人たちが質問するのだからこんな内容になるのは当たり前。そういう意味を込めて意見した。
「それはそうですが」
「やるからには失敗したくはないでしょう?」
「ですから、もっと高度なことを話し合うべきではないかと思います」
頑固というか知的というか融通が効かないというか。とりあえず今日のところは引き上げだ。

「ねえねえ、どうだった?」
トラットリア。さっそく菜月が戦果報告を待ち受ける。
「質問がねぇ」
「その子、どんなのを期待してたの?」
「歴史とか、教団とか、そんなところ」
要するに難しい問題だ。聞いた菜月が渋い顔になるぐらいに。
「せっかく直に質問できる機会なのに、歴史の話なんて聞いても仕方ないじゃない」
「僕だったら、口説き文句から入るけどね。何なら僕も一緒に見学に参加してもいいんだよ?」
ただでさえ説得が面倒なのに、デリカシーが見た目一番不足している地球人は来ないでください、頼みます。
「いっそ、エステルさんをウチまで連れて来たら?」
「あの人をここまで連れてこれるのなら、こんなに苦労はしないよ・・・」
「うちまで来てくれたら、トラットリアの料理で落とせる自信はあるんだけどなぁ」
作るのは菜月じゃなくてマスター左門なのだが。
「僕がトラットリアから出前してあげようか?」
「地球の恥を晒す気かぁ!」
「えいちつーろけっとぉ!」
しゃもじが直撃。デリカシー不足気味な仁が訪問するのは礼拝堂ではなく、大気圏外になってしまった。
「邪魔者はさておき、ねえ、月でもお茶会とかしないの?」
「お茶会?」
「うん、月だって食事会とかパーティぐらいするんじゃない?そこを利用するのよ」
なぜか拳を握る菜月。
「参考にさせてもらうよ」
もしかしたら何かつかめるかも。菜月の拳ではないが。
「それから、言うべきことはビシっと言わないとダメよ」
「え?」
「エステルさんって物凄く頑固そうだから。ほら、達哉って相手のペースにはまりやすいし」
そう言われればそうかも。エステルさんのペースに乗らず、ちゃんと土俵に上げないと。

次の日。夏休みが過ぎたとはいえまだまだ暑い。
「これ」
リース。ここに住み着いているようで達哉が来ると接客をしている。
「俺に?」
「エステルが」
お盆の上には冷えた紅茶を入れたティーポットとグラス。どうやら一応は客としてもてなしてくれているようだ。
「ありがとう」
「別にいい」
達哉のお礼の言葉に対してもロクに反応せず、すたすたと奥の部屋に消えていく。接客態度としては
「・・・トラットリアじゃ半日でクビだな」
現役従業員(接客担当)から見れば落第だ。とても戦力にはなりそうもない。
「お待たせしました」
こちらもあんまり接客態度が良くないエステル。脇にはなにやら書類を持っている。
「これは?」
書類を机に置く。重くて分厚いのでバシっという音が部屋内に響いた。もう見た目からして硬くて重そうだ。
「見ればわかります。聞く前に自分で見てください」
命令形。このくらい読めて当たり前です。そんな感じだ。
早速開く。分厚さから読めていたが、やっぱり物凄く難しい。月学概論で覚えた知識では到底太刀打ちできない。
いや、それ以前に文章が硬すぎて頭が痛くなる。これじゃフィーナや姉さんにしかわからない。
「こんなのじゃ駄目です」
ならばきっぱりと言い返すまで、俺が判らないのでは他の面子が判る訳がない。
「何が駄目といいうのです?」
「俺はともかく、他の人はエステルさんとは初対面です、そういう人にいきなり難しい話をしても理解できるでしょうか?」
見ず知らずの外国人にいきなりその国の歴史を言われて、誰がついていけるのか。
「た、確かにそうですが・・・」
しめた、エステルさんが自分の土俵から外れた。ならば次の手だ。
「まずは、お茶会をやってみる気はないでしょうか?」
「お茶会?」
「月の人が日頃どんなのを食べているか、飲んでいるか。みんな興味があるでしょうし
それに交流の基本は食事だと思います」
地球だろうが月だろうが食べ物に釣られない人なんて、まずいないだろう。
「それで喜んで貰えるでしょうか」
「もちろん。食事に誘うのは地球では当たり前ですし、月でも」
「パーティやお茶会は、月でもやっていますが」
意見が合った。『月でもお茶会とかしないの?』と言ってくれた菜月に感謝。
「分かりました、やってましょう」
「良かった」
「でも、参加者は」
「30人くらいです」
そんなに料理は作れない。エステルさんではせいぜい数人分が限度だろう。
「それなら、俺がいい人を紹介しましょう

「こんにちわ」
「おや、クレメンティスのお嬢さん、何か御用で?」
「は、はい!」
何でそう硬くなりますかミアさん?
「次から次へと女性を連れてくるとは、朝霧さんも隅にはおけませんね」
モーリッツさんにすら突っ込まれるようでは未来は暗いかも。そう達哉は思う。
「昨日俺が言ってた、いい人です」
冷やかしを受けつつエステルの部屋へ行き、まずは紹介。
「貴女がミアさんですか」
「はじめまして、姫さまのお付をしているミア・クレメンティスと申します」
ぺこり。
「こ、こちらこそ。エステル・フリージアです。
今回は礼拝堂の企画にご協力頂けるということで・・・」
以下しばらく。異常に懇切丁寧に状況を話してくれるから、連れてきた達哉が説明する必要性はない。
「あ、あの・・・司祭様にそのようにされては困ってしまいます」
長々とした挨拶とお礼の言葉がようやく終わり、やっとミアのアンサータイム。
「ま、まずはクッキーなどどうでしょうか?」
さすがはミア、ちゃんと月麦のクッキーを用意している。
「これは?」
「はい、食事会にはこのようなものを準備しようかと思っています」
「では、頂きます」
片方の当事者である達哉はちょくちょく食べているので、もう片方の当事者であるエステルが試食する。
「この味は久しぶりです」
「合格ですか?」
「もちろん」
煌く表情でエステルがOKを出す。フィーナに頼んでミアをここまで出向かせたかいがあったというものだ。

次の日、学院。
「達哉君たつや君たっつやくぅ〜ん」
今度は名前だ、そしてやっぱり三連発
「翠って台風みたいね」
「いやあ、またこれで称号ゲット!ですね」
称号とは翠定義だとコレクションできるらしい
「それはともかく、見学会のことなんだけど、うちのクラス以外からも参加したいって人が」
「どのくらい?」
「50人くらい。連絡用の掲示板とかメールとか、後は手紙に電話にeメール」
「随分と大所帯になりましたね」
フィーナはむしろ人数が増えることを歓迎している
「どこから漏れたのかなぁ?」
「クラスの参加者がそれぞれ家族とかに言えば、後は鼠算式になることぐらい判りきったことじゃないの」
見学会に行くのは達哉の周りにいる面子だけではない、そう考えれば話が伝わるのは判りきっていた。
「そういえば大使館の人も私が言う前から知ってました」
「トラットリアのお客さんとかもね」
本当に鼠算だ。そもそもどこまで話は広がっているんだ?
「で、どうするの?主催者さん?」
「希望全員だと収拾がつかなくなるだろうなぁ」
「クラスだけですべきね。もともとそういう企画じゃなかったの?」
「遠山さんも鳥谷さんの意見に賛成します」
そうだろう。身内の企画に部外者がわらわら出てこられては困る
「なるべく丁寧に断るしかないでしょうね」
・・・また達哉の負担が増えた。

日曜日。来週には見学会だ。もちろん朝から礼拝堂に向かう。
いつものように居住区に入る。しかしいつもと違ってなにやら人が多い。
それもあきらかに「観光している」人、つまりは地球人の姿がやけに目立つ。全く同じ生物ながら居住区の背景と溶けこんでいる月人と違って浮いている。
「そういや姉さんが言ってたな」
もうすぐ博物館で『静寂の月光』展があるという。その影響なのだろうか。あるいは雑誌かTVにでも取り上げられたのだろうか。
肝心の礼拝堂。やっぱりというか予想以上に人が多い。礼拝堂もそんなに狭いものではないのだが、人が多いとやけに小さくてごみごみしたものに見えてしまう。
「話には聞いてましたが、芳しくありませんね」
「こういう状況です」
カレンさんがいるので話しかけた。ごみごみして人は多いが、さすがに彼女は雰囲気がまったく違うのでわかりやすい。
「ここを立ち入り禁止にはできませんし」
「もともと地球人にも見てもらえるように博物館の横に建てたものです」
そう考えると、今の人だかりは確かに目的には適ってはいるのだが。
「ここまで変化するとは予想通・・・いえ、私も状況を甘く見ていました」
さすがのカレンさんも予想外といった表情でうつむき加減。うわさとはこんなものなのだろう。
「ともかく、今はこの状況を乗り切りましょう」
そう話しているうちに鐘が鳴る。礼拝の時間だ。
「私は外を見回ることにします。達哉君も頑張って下さい」
カレンさんがいれば外は大丈夫だろう。それなら俺は中を何とかする。
「本日は日曜の礼拝となります。信者様でない方も見学することは出来ますが、できるだけ信者様優先でお願いします」
扉を開いたエステルの声とともに、月人らしき人たちがぞろぞろと内部に入る。この数ですら普通の日曜よりも確実に多い。
それでもなんとか席を詰めて全員を収容。よく入ったものだ。

エステルさんの説教。三桁はいるだろうこれだけの人を相手にしてもたじろぐことはない。
さすがに司祭を名乗るだけのことはある、雰囲気だけで人を説き伏せられる。そんな感じだ。
・・・と、後方から扉の開く音
「すいませーん、礼拝してるのはここですか〜?」
ものすごく場違いな声。
「そうなんじゃなぁ〜い?そう教えてもらったしぃ」
いや、格好もかなり場違い。しかもこういう面子に限って
「せっかく来たんだから、何かない?」
と、「頭が悪いです」を地で行くセリフを口に出し、それが発火点となって場内が騒然とする。
「静かに!」
エステルさんの方もいたたまれなくなったのだろう。静粛にしろとばかりに礼拝堂を貫く。それと同時に。
「失せろ」
一瞬静かになった場内の左側から響くそのセリフ。物凄く怖い声だった。誰の声かは判らないが、聞く人に恐怖を与えるに充分すぎる声。
「地球の恥が」
続けて達哉の隣に座っていた人物が背を向けたまま立ち上がり、そのまま追い出しにかかる。そのカップルの姿をちらと見た時。
「あれ?」
どっかで見たことあると思ったら、カフェテリアでエステルさんに対して節操ない言葉を言った奴じゃないか。
またこんなところに性懲りもやってくるとは、どこまで困ったさんなんだろう。
「見に来ただけじゃないか」
「誰に頼まれたのかは敢えて聞かないけど」
立ち上がった人は棒のようなものを使って本当に押している。ベールのようなものを被っているのでその正体はわからないが。
「そうよそうよ」
「マナーも守れないクレイヂーな奴に観光に来る資格はないわ、仲良くラブホテルにでも籠もってなさい」
文句を却下し、そのまま外に押し出した。即断即決という言葉がぴったり。
「あれ?どっかで聞いたことあるセリフ・・・」
一瞬押し出した人のことを考えたが、次の瞬間にはこれからなすべきことを考える頭へと変更する。
案の定、カップルの登場と退場によって礼拝堂の地球人は居心地悪そうな雰囲気になってきていた。
だが誰も動こうとしない。これが授業で習った「集団心理」というものだろうか。誰かが動かねば誰も動かない。
・・・・・なら、俺が動けばいい・・・・
立ち上がり、エステルに背を向けて、そのまま何も言わず礼拝堂の外へ。
すると達哉の後を追うように一人、また一人と礼拝堂の外に出て行く。まるで達哉が出るのを待っていたかのように、まるで群れのように。これが集団心理。
しばらくすると礼拝堂の席のうち、右半分がスッカラカンに、そして左半分は満席のまま。
壇上のエステルにとってあまりにも対照的で印象的な光景が残ってしまった。
「あ・・・」
達哉の事に気づいたエステル。
「静かになったところで、礼拝の続きをしましょう」
「そ、そうでした」
最初に『失せろ』と聞こえた同じ声が場内に響いていた。

 外に出た達哉は適当な所でUターンし、再び礼拝堂へ。
観光客が何かに注視しているが、そんなものは今の達哉の目には入らない。彼らの流れとは逆に礼拝堂に入る。
ありがたいことに月の人も礼拝は終わったらしく、中にはほとんど人がいない。
「お戻りになられましたか」
出迎えてきてくれたのはモーリッツ。
「礼拝堂ではありがとうございました」
いきなり感謝の言葉。何か俺はしたんだろうか?
「あのとき朝霧さんが率先して出て行ってくれなかったら」
「いえ、俺じゃなくて最初に場違いなカップルを追い出してくれた人の方が」
どっかで見たことある感じの人だったが、思い出すと何か嫌な予感がするのでやめておいた。
「ですが、やはり朝霧さんの功績だと思いますよ?」
ただ退場しただけなのに褒められている。何か複雑な気分だ。
「それよりもエステルさんは?」
「部屋で休ませています。顔を見せてやって下さい」
お礼の言葉も惜しむかのようにエステルの部屋に行く。騒動もあったし、何より心配だし。

「・・・どうぞ」
当の人は落ち込んでいた。
「これ以上、地球人を信頼できません」
こんな事を吐き出すエステルさん。今の状態で何か言うのは逆効果かもしれない。
だが何か言わねばエステルさんがまた元の硬い人に戻ってしまう。
「地球人全員をあんなカップルと一緒にしないで欲しいんです」
「・・・判っています」
判ってはいるが、どうしても認めきれない。あの状況を見たら嫌でもそうなるだろう。
「よろしい!合格!」
突然、達哉の真後ろから聞き慣れた声が響く。
「まったく、幼馴染としては見てられないのよねぇ」
菜月だ。つまりは達哉の状況を読んで手伝いにやってきた。そんなところだ。
「あ、貴女は」
「地球の普通の幼馴染でぇ〜す」
普通なのか普通でないのかかなり難しいところだが、少なくとも頼りになることは確か。
ただしエステルが戦力外通告をしなれれば、の話だが。
「貴女のような地球人にに頼られるほど・・・」
断ろうとしたが、精神に肉体がついていけない。エステルは秀才ではあっても体力はやっぱりそこらの女の子レベルなのだから。
「はいはい、意地っ張りな司祭さんはそこで休憩。後は私と達哉がするから」
そうやってエステルを座らせ、続けて達哉へ命令。
「達哉は外に出て散らかってる所の掃除。はい」
ホウキ(エステル用)とちりとり、分別ごみ袋を達哉に手渡す。
「了解!」
このあたりはさすがにトラットリア従業員だけのことはある。だから菜月に命令されても達哉は素直に従える。
さっそく掃除道具を装備すると、戦いの場に赴いた!
・・・が、外の光景を見て「にげる」を選択したくなる。だって
「つまんない野次馬は芸術の邪魔よね」
外にいたのは真琴。静かになった礼拝堂の庭で絵を描いている。
「も、もしかして真琴さん?」
この人ならやりかねない、さっきまでたくさんいた観光客を文字通り星に変えることぐらい。
「あんた、私がさっきの野次馬をみんななぎ払ったとでも思ってなかった?」
はい、その通りです。
「ツンデレ司祭や幼女の役に立つのは気に入らないけど、地球の恥を月の連中に見せるのはもっと気に入らないから」
そしてある方向を指差す、いつのまにか洒落たデザインの看板がそこら中に林立している。
その看板に書いてあることと言うと・・・
「『月の特産物セール開催中!これで貴方も月人になれる!』」((C)鳥谷真琴)
なんなんだこれは。どこかのデパートじゃないんだから。
「あの程度のレベルの連中なんて、食い物とグッズがあれば簡単に釣れるのよ」
ちなみに礼拝堂にはお土産も食べ物もない。だからという訳ではないがさっきまでわらわらいた観光客はあっさりといなくなっている。
「貴女は!」
「あら、ツンデレ司祭さん、お元気?そろそろデレモードに堕ちたかしら?」
慌てて出てきたエステルに対して、座ったままにこやかに、そして得意げに答える真琴。
「・・・これは貴女が描いたのですか?」
真琴の挨拶の後半部分を強引に無視したままエステルが質問する。
「量産型だから我ながら出来はあんまりよくないけどね」
ただの看板だが、量産型と言うだけあってよく見るとその数が凄い。礼拝堂の庭に立っているのだけで20本は軽くあるだろうか。
「礼拝堂を何だと思っているんですか!」
「ツンデレ司祭さんの説教を静かに聴くとこでしょ?だったら野次馬を追い払わないと」
多少違うが、静かにという部分は正解だと達哉は思う。
「そんなこと、地球人に言われなくとも」
「『月人の』ツンデレ司祭さん?そのセリフはね、礼拝堂の外を観てから言うものよ」
相変わらず座ったまま真琴は筆である方向を指し示す
「あれ?この曲は」
その方向からはどこかで聞いたことがある曲。さらには発生源に向かうと人だかり。
「遠山」
クラリネットを奏でている翠がいた。しばらく待ち、演奏後に話モードに変わる。
「いやさぁ、朝霧君だけ苦労かけるのって、遠山さんインフィニットジャスティスからするとちょっとばかり背いてると思って」
つまり全員グルになってエステルさんを手伝いに来た。そういう事らしい。
「まったく、妹としてはお兄ちゃんが心配で心配でたまりませんよ」
翠の隣でやれやれという感じの麻衣。多少さやかが入っているのは仕様で片付く。
「地球人に頼られる程・・・」
翠たちに反応し、エステルがいつものセリフを口に出しはじめた時。
「では、月人に頼られるのならOKでしょうか?エステル司祭」
翠を挟んで麻衣とは逆側にいた人物がエステルに話しかける。
「ユ、ユルゲン様!」
その人は正真正銘の血統書つきの月人、ユルゲン・フォン・クリューゲル。翠と麻衣と一緒に演奏していたようだ。
「エステル司祭が苦労なさっていると聞いたもので、僕もお力添えをしたいと思ったんですよ」
「そ、そうですね・・・」
さすがのエステルでもこの展開には詰まった。相手は本物の月人。今まで常套手段として使ってきた『地球人は・・・』は全く無効。
「ですが、ユルゲン様自らこんな所に来られなくとも」
一瞬、達哉も同じ言葉を言おうとしたが、その前にエステルが口を開いていた。
「いつもの礼拝に来たら空と雲が僕の演奏を聴きたいとせがんだもので」
「ユルゲン君って詩人〜イケメン〜♪」
「お兄ちゃんじゃ絶対いえないよね〜♪」
麻衣じゃないけどこんなセリフ、俺には無理だ、そう達哉は思う。
「見学会の方で僕に必要なことがあれば何なりとお申し付け下さい」
まるでどこかの執事のように右腕を腹のあたりに当てて一礼。
「エステルさんが主人でユルゲン君が執事?なんか流行っぽいわねぇ」
「そ、そこまでなさらなくても!」
大慌てで否定しようとするエステル。
「僕もこうやって地球人の方々と一緒に演奏できるのですから、エステル司祭だってきっと出来ますよ」
出来るとはもちろん見学会の事。ユルゲンすら遠山の策の駒になっている。
「も、もちろんです」
慌てたまま、エステルは礼拝堂に戻っていく。
「あれで大丈夫でしょうか?」
「後はお兄ちゃん次第ね。必ず成功させてよ!」
麻衣がばんばんと背中を叩く。その痛みはそのまま期待の現れだ。
「この稀代の軍師、遠山翠がいれば成功したも同然!みなのもの、安心せい!」
いつの間に軍師になったのだろう。それはともかく、見学会を成功させねば。それが未来へと繋がるのだから。



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