夜明け前より瑠璃色な
〜Mother Earth、Daughterr Moon、Son 〜

〜]]〜見学会〜



「行って、話し合いをするのか」
首都。外務省。大臣室。座っているのは当然外務大臣。
「ああ、月の国は大使よりも駐在武官が偉いらしいからな」
対面しているのは議員らしい。鼻で笑いつつも、言うことは真剣だ。
「ワシは月との関係はこのままで良いと思うのだが」
「だからお前は甘いというんだ、月王女がやってこようが、留学しようが、地球連邦は何一つ言えない情けない現実を直視しろ」
「それはそうだが、無闇に手を出すと叩かれるぞ。それでなくても君の女性関係はマスコミのいい餌なのだからな」
「必要悪だ」
必要悪か。関係を築いて上に昇るためにはそれも仕方ないし、自分も奴に正面から言い返せるほど清潔ではない。
「明日、月人どもの礼拝堂で講習会があるらしい。次代を担う若者たちに今の現実を教えるいい機会だ」
「現実とは、時として忘れた方が良い事もあります」
向かい合って話している二人の男にお茶を差し出す女性。
「琉美那君か、相変らずいい体をしているねぇ」
一発ぶん殴ってやってもよかったが、さすがにここでやるシチュではないので堪える。
「そうだ、学校では講習会の話は聞いているかね?」
「生徒限定とのことですので、センセイ方が来られるのは拙いかと思います。そもそも見学会であって講習会ではありませんから」
遠山からはそう言付けられているし、良くわからん奴が来て台無しにされるのは避けたい。
「ならよい、月のトップとプライベートで話せるいいチャンスだ」
この議員、頭っから来ることを前提にしている。琉美那がどう言ってもダメだろう。
「私は明日があるからこれで失礼させて頂く」
結局、かの議員様は出向く気満々で省を後にしていった。
「いいのでしょうか?」
いちおう、形だけでも心配はしておく。
「月の姫がどのくらいのモノか、あやつには悪いが試させてもらうよ」
修羅場をくぐってきた者だけが見せる表情で、琉美那が淹れた烏龍茶を飲む男がそこにいる。
「そろそろワシも動かねばなるまい。琉美那君。セッティングを頼む」

いよいよ見学会の日。
達哉は自分なりにできうる限り早く起きた。当然麻衣たちに起こされるよりも早く。
服装をきりっと決めて一階に降りる。まだみんな寝ているだろうから朝食はトーストで済ませよう。兄として、男としてやる時はやるという気概を見せなければ。
「お兄ちゃん、今日は自分で起きてきたんだね」
「達哉さん、おはようございます」
我が妹と月出身のメイドは早起きだった。見学会のための食事の準備中。もちろん朝食はテーブルに並んでいる。
先を越された気分だが、まともな朝食が摂れるのはありがたい、さっそくテーブルに座る。
「おはよう、達哉」
テーブルにはフィーナがいた。今日は最初から制服姿。
「達哉くん、私は行けないけどがんばってね」
ヾ(^-^ )。つまりさやかにも先を越された訳。男の早起きは得てしてこのような結果を迎える。
「それから、はい、これ」
なにやら段ボールに入った重たい荷物。
「姉さん、これは?」
「OHP」
「http://august-soft.com/ ?」
「お兄ちゃん、それ絶対違う・・・」
「えーっと、これはオーバーヘッドプロジェクター。スライドとかするんでしょ?」
時々教室でも琉美那先生が使っていることを思い出した。なるほど。ありがとう姉さん。
「行ってきます」
荷物を抱えて急いで礼拝堂へ向かう。我が家族には先を越されたが礼拝堂の人々よりは早く行動できたはず。見学会の幹事としての体面は
「・・・遅刻」
礼拝堂の人間もまた早起きだった。すでにリースがちょこまかと動いていろいろ作業をしている。幹事の体面丸つぶれとはこの事だ。
「遅いわね」
止めに色々と抱えて歩き回るエステルさんにまで言われた。俺の早起きとは一体何だったんだろう・・・

一通りセッティングした後、エステルと共に外に出て、やってくる見学者への受付。
制服を着たいつもの面子がパラパラとやってくる。中には
「よ、朝霧、月のお姫様に続いて今度は月の司祭様を手篭めか?」
「へー、この人が朝霧ラバーズの新しい人なんだぁ、がんばってね」
そういう事言われると、ものすごーく勘違いされるような気がするのだが・・・
「幼馴染としてはちと不安なのよね、達哉が道を踏み外さないか心配で〜」
菜月、頼むから勘違い広めないでくれたまへ。
「「ラバーズ」とは何かの同好会かと思いますが、「道を踏み外す」とはどういうことでしょうか?」
「男って、色々大変なんですよ・・・」
これ以上真面目なエステルさんに突っ込まれる訳にはいかない。何か話題を変えねば
「あの車は何でしょうか?」
エステルが車を発見。フィーナかとも思ったが、いちいち車で来るほどではないはず。
「ここかね?」
その車からはどう考えても場違いなスーツ姿の男がやってきた。
「何かご用でしょうか?」
来たからには、一応は受付をする。
「ここかね?講習会というのは?」
「そうです」
機械的に答える。
「では、君がこの企画の責任者かね?」
「ええ、責任者です、そしてこちらがこの礼拝堂の司祭様です」
「お見知りおきを」
エステルも一応は礼。あくまで機械的にだが。
「私は連邦の議員だが、今日ここで開催される講習会にフィーナ様がいらっしゃると聞いたが」
「はい、いらっしゃいますが」
講習会というか、見学会なんだが、講習に近いこともする予定なので間違いとは言えない。とはいえ学生だけなのでお断りするだけだが。
「大変申し訳ありませんが、生徒以外は参加を見合わせてもらっています」
この面子をもし入れたら他に我も我もと収拾がつかなくなる。
「こっちはたかが学生の集まりにわざわざやってきてやっているんだ、特例入場ぐらいさせるのが普通だろう」
そんなことは普通ではないし、そんなことを言う傲慢な人間を入れてはならない。
「お引取りお願いします」
「階級制社会の月の人間なら判るだろう?身分が上の人間には従えと」
こんなところで身分など持ち出されても困る。
「無理にでも入れさせてもらうぞ、こちらは予定が詰まっているんだからな」
「規律を守れない方に礼拝堂へ入って頂くわけには参りません」
「規律も法律も解釈次第だ。月人は例外という言葉を知らないのか?」
いかん、このままだとケンカになりかねない。
「どうしました?」
この状況下だが、フィーナがやってきた。
「フィーナ、こちらの方が」
「これはこれはフィーナ様」
達哉が状況を説明する前に、議員の方が説明を始めている。
「お断りします」
しかし、説明が終わる前にフィーナは却下した。
「そこを何とか、私の面目が丸つぶれになりますので」
「そんな面子なら、勝手に丸つぶれにおなりなさい」
分別のない大人に、フィーナが威厳を持って接する。
「それに、学生のすることに、あれこれ口を出す大人がどこにいますか」
「し、しかし・・・」
「お引取り下さい、貴方が来るような所ではありません」
フィーナの物凄い強い語気。きっとたたき上げなのだろうコネと金だけしか後ろ盾がない彼にとっては、歴史を背負う王女の言葉に逆らう術はない。
「くっ・・・」
反論もできない。権力だけの者はそれ以上の権力を持つ者には従うしかないのだから。
「失礼する」
そして再び車中の人となった議員は去っていった。
「ありがとう、助かったよ」
「ありがとうございました、フィーナ様」
「やりたくはなかったんですけどね」
自分の身分を武器にするのは卑怯。それはある種の色眼鏡になってしまうから。
「ただの参加者でしかない私が出しゃばって申し訳ありません」
ぺこりと一礼。そしてフィーナもまた礼拝堂内へと消えていく。
「フィーナ様・・・」
「フィーナの気持ちを無駄にしちゃいけないな」
再び受付に戻る。
「同士朝霧君、よくぞここまでこぎつけてくれた!この同士遠山翠、恐悦至極!」
バンバン背中を叩きながらほめてくれるのはうれしいが、単語の使い方を間違えているような、そんな気がする翠。
「あら、ツンデレ司祭さん?そろそろデレモード?」
「あ、貴女は・・・」
「まあまあ、真琴だって役に立ってくれたんだし」
最後に真琴。相変らずのおちょくり具合だが一応は協力してくれたんだし、感謝はしておこう。
 エステルをなだめつつ受付を撤収し、見学会のスタート。まずは礼拝堂内部を見物。
「ふーん、これといってすごいところはないのね」
なんかつまんなさそうな翠。
「翠、何を想像してたの?」
「月の分家だから、きっとサテライトシステムがあるかと思って」
何か間違ってる。というかそのシステムって何だ?
「巨大ロボとかはないの?」
「ありません」
きっぱりとエステルが否定。さすがにそんなものがあるほどぶっ飛んだ話ではない。
「うーん、わたしが想像してたよりずっと普通・・・」
「いったい、貴女は何を想像していたのですか?」
翠は一体何を期待してたのだろう。アニメとかの見すぎなのかも知れない。
「ここが台所です」
質素というのがぴったりとした台所。
「ガスじゃないんだ」
文明っぽさを感じるのは電気コンロと妙に凝った装飾の冷蔵庫だけ。
「居住区の電力は全て大使館から賄われています」
「地球人に面倒を見てもらうようではダメだという月人の考えです」
これはフィーナのフォロー。つまりは対等の付き合いを目指したいということらしい。
「でも、こういう素朴なキッチンもいいわよね。気持ちが落ち着けるし」
常にキッチンと店内を往復する菜月の発言。
「そ、そうですか?」
いつもこのキッチンを使っているエステルからすると、菜月の発言は少し理解に苦しむ。

「エステル、頑張っているかね?」
さらに一行が歩いていくとモーリッツが登場。しかし。
「おー、ダンディ〜!」
「はい?」
翠がとりついた!いや、翠以外にも数人の女性軍がモーリッツを包囲している。
「エステルさん、このダンディな方は?」
「私の上司である司教のモーリッツ様です」
「カッコいいじゃん、中年の魅力って感じで!」
「はい?」
何を言われても冷静なモーリッツだが、さすがにいまどきの若い娘に囲まれて冷静になれるほど耐性はない。
「やっぱオジサマっていいよねぇ〜お父様と呼びたいなぁ♪」
「サインもらえません?」
「あー、それいいなぁ」
「は、はぁ・・・」
さすがのモーリッツも女子校生の攻勢には慣れていないらしくたじたじ状態。流れにまかせてついサインまで書いている。
「わ、私は庭の掃除をしておくからエステル、後は頼んだ〜(逃亡)」
なぜかどたどたと逃げ出すモーリッツ。しかも掃除とは一体。
「ふふふ、モーリッツ様にも苦手があったんですね」
「モーリッツさん、ああ見えても根はやっぱり普通のオジサンなんだなぁ」
つい噴出してしまったエステル、そして達哉には(男として)モーリッツの行動が少し判った。女に囲まれる恐怖というものが。

「そしてここが礼拝堂の中心です」
モーリッツが逃げた後、一行は礼拝場へと戻ってきた。エステルが教壇へと立つ。
「こうやって毎週、私はお祈りや、神についてなどの話をします」
無意識に、そして自然とポーズを決める。昔からやってきただけはあって達哉たちと年は変わらないのに実に落ち着いて見える。
「わぁ、聖職者ってやっぱカッコいいわよね」
「祈りとか本格的だし、清楚度が凄いよね」
翠と菜月が解説しているが、男女問わずエステルの雰囲気に惹かれてくれてよかったと思う。
「神に仕えれば、自然とこうなります」
「神?」
「やっぱ出てきた・・・」
今までおとなしく見学していた真琴が前に出る。エステルとの間に緊張が走る。
「神ね。ツンギレ司祭さんはそんなものに頼ってるの?」
「司祭ですから」
「ふうん、じゃ、地球人にも布教活動はしないの?もしかして地球人には理解できない代物かしら?」
「・・・貴女のような人間を見ると、相変らず地球人は理解が足りないことがわかります」
「当たり前じゃない、月人は地球に出島作ってるのに、地球人は月に誰も住んでないのよ?」
達哉はあっと思った。月人はまがりなりにも地球に来ているから、一応理解はあるのだろうが、地球人はそれができない。
「でもまあ、あんた見ていると判るわよ、月人は朝霧達哉みたいにアタックかけてればいずれ堕ちるから、付き合いたくないってことがね」
「ななな何を!」
いかん、エステルさんが妙な方向になってきた
「をほほ、ツンギレ司祭さん、体中真っ赤になってるわよ」
「天罰です!」
そう叫びながらエステルは思いっきり杖を振り・・・降ろせなかった。
「48の部長技の一つ、二指真空把」
技名のとおり、左手の人差し指と中指だけで真琴はエステルの杖を止めている。しかも余裕の笑み。
「をほほ、宗教人って立場悪くなるとすぐ力に頼るのよねぇ」
「そ、そんなことはありません!」
なんとか真琴が掴んだ杖を外そうとするが、巧みに力を受け流す真琴には無意味。
「鬼畜だ、満弦ヶ崎には本物の鬼畜がいる・・・」
「ちょっとそこの朝霧達哉、鬼畜なんていうデリカシーの欠片もない言い方はやめてくれる?」
「あああ、貴女は!」
自分の決め台詞を目前で思いっきりコピーされた時、人はどうなるだろう。怒るだろう。
「その辺にしてくれないか、エステルが可哀相だ」
さすがにいたたまれなくなったのか、掃除から(多分)戻ってきたモーリッツがフォローに入る。
「で、ですが」
「エステル、人とは様々な拠り所があるもの。我々のように宗教を拠り所にする者だけではない。彼女のように自分に絶対の自信を持つ者も存在する」
「なかなかいい事を言うわね」
やっと杖をはさんでいた指をはずした真琴が話を受ける。
「揺ぎ無い自信を持つ者は強い、だがその自信が仇になることも忘れてはならない」
「ノンノンノン、私は過去の遺物を崇めてるような連中とは違うのよ?」
「過去の遺物ですって!」
またもやいきり立つエステル。しかしモーリッツはさすがに長い経験を持つだけあって実に落ち着いている。
「確かにそうです。しかしその遺物がなければ我々は一日も生きられない事実は覆せません。頼るしかないのですよ」
現実を知るものだけが浮かべる苦笑。

「さすがというか、何というか・・・」
「圧倒的すぎますよ真琴さんは!」
「自分を崇めなさいなんて、傲慢ここに極まれりよねぇ」
驚いている翠とあきれ果てる菜月。そして達哉。しかし見物客の中にはもっと違う反応をする者がいた。
「達哉」
「え?」
「気づきませんか?真琴という人の本当の姿を」
「といっても・・・」
傲慢で破壊的で無闇に強い、後はフィーナに匹敵するほどの美人。それくらいしか頭に出てこない。
「良く見ていて」
そう言うとフィーナは眼前のやりとりに自ら割って入り、エステルに代わって真琴と対戦する。
「宗教は国を精神的に支えています」
フィーナがそう切り出した瞬間、真琴が笑い出した。
「をほほほほ、宗教とか神なんて、所詮権力者の武器でしかないのよ」
高笑いというより冷笑、いや嘲笑。信心深い月の面子に対して真琴は徹頭徹尾、神も宗教も信用していない。
「ほとんどの戦争の原因は宗教、それすら判らないのかしら?」
さらには頭を人差し指で叩きながら『頭悪いわねぇ』ポーズ。
「ど、どこまで貴女はおちょくれば!」
 宗教否定者である真琴の発言に対して完全にブチ切れているエステル。しかしフィーナはこれだけ言われても冷静にエステルを制している。
そしてエステル側から真琴側に向き直ると、静かに話始めた。
「全月人が、貴女のように頑丈ではありませんから。私を含めてみんな弱いのです、誰かに、何かに、頼りたいのです」
「(チッ、)さすがにツンギレ司祭と違ってお姫様は言うことが違うわね」
一瞬、舌打ちした後に真琴が答える。
「ま、フィーナちゃんに免じて、今のところはこれでおとなしくしておいてあげるわ」
頭に血が上ったままのエステルを一瞥すると、真琴は自ら会話から身を引く。しかし去り際。
「・・・いつか、真琴も私の言ったことが判る日が来ます」
「・・・そんなのは願い下げだわ・・・」
一瞬、本当に一瞬だけ、真琴の表情が曇った。頭に来ているエステルは気づかなかったようだが、確実にフィーナはその変化を捉えていた。
「あれが、本当の真琴か・・・」
「え?どっからどう見ても傲慢女じゃない」
達哉は普通の地球人だが、少なくても相手の表情の変化を見逃さないだけの視力はある。もちろん真琴のわずかな変化も見逃さなかった。

見学の後は昼食会。礼拝堂のテーブルをごとごと動かして会食できる配置に変更。
麻衣とミアがちいさな皿の料理を並べ、ポットや大皿などの重たいものは
「ユルゲン様」
麻衣やミアから見ると圧倒的に背の高いユルゲンが運んでてる。
「朝霧先輩、エステル司祭、よくここまでこぎつけられましたね」
「なんでお前が?」
多少いかぶる達哉。だがユルゲンは怒りもせず生真面目に動き回りつつ答える。
「僕も学生ですから、それに僕は朝霧先輩やフィーナ様の後輩です。先輩達のお力になるのは当然でしょう」
そういうと何一つ文句も言わず麻衣とミアを手伝う。
「月の貴族という身分を省みず、地球との友好のために彼も頑張ってますね」
「そうなんだろうか?」
「身分とか面子とかなんてくっだらないもの背負ってるからケンカになるのよ」
「ええ、双方同じ場所に立たないと理解というものは始まりません」
フィーナと真琴。言い方は正反対だが、確かにそうだと思う。面子とか出してくると見学会前にやってきた議員みたいなことになるのだし。

昼食会のメニューは月と地球の料理の組み合わせ。
「月と地球の料理はできるだけ同じ皿に盛りつけました」
「食べることも交流だからね」
そしてエステルのご挨拶。
「皆さん、今日はお集まり頂き、まことにありがとうございます
どうか楽しんで、そして少しでも月の生活に興味を持って頂ければ幸いです」
「乾杯」
みんなめいめいの人にグラスをぶつけて乾杯。
「あんたも、ツンギレ司祭をよくあそこまで調教できたわねぇ」
達哉のグラスを打ち合わせたのは、誰あろう真琴だった。
「貴女に言われたくありません」
「をほほ、でもあんたの挨拶もなかなかいいんじゃない?」
「ええ、立派な挨拶でしたね」
フィーナはともかく、珍しくあの真琴が人を褒めている。半分おちょくりなんだろうがちょっと珍しい。

午後。片付けを麻衣たちに任せ、見学会のメインである講義の準備。
さやかから借りたOHPを動かしてみる。「中古でいいよ」と言ったのだが、出てきたのはピカピカの最新式。ありがたいが使いこなすせるか少し不安。
講義をするエステルさんにちゃんとあわせられるか自信はないが、今までの苦労を考えればできる。そう自分に言い聞かせた。
「さあ、行きましょうか」
達哉が資料を配り、機器を準備。動くことを確認。拍手と共にエステルの出番だ。
「ここからは、エステルさんに月や教団の歴史について講演を行って頂きます」
「現在、月と地球には同じ言葉を話す人類が住んでいます」
最初からするとエステルさんは物凄い進歩だと思う。「地球と月は元は同じ」だということを真っ先に言うのだから。
「『静寂の月光』とは地球から来た移民達が、おのおのの宗教や宗派を越えて一つの宗教に融合させたものです」
まずは教団の説明から入る。達哉はエステルの講義にあわせてOHPを操作。
「このように一番の根幹である宗教ですら地球からもたらされたものですから、根は全く同じということが判るでしょうか」
本家というか元祖はみんな地球から。それをあえて強調して説明することで、観衆(フィーナとミア、ユルゲン以外はみんな地球人)を立てる。講演は聞かせてナンボ。
「さて、月と地球の歴史を語る上で避けられないのがオイディプス戦争です」
戦争の部分。勝敗については伏せておくように言っておいたのだが・・・
「現在残っている技術では月の方が勝っています。このことからも、月が勝利したとの見方が妥当である・・・」
そ、それはまずいぞエステルさん!ここにいるクラスメイトには地球が勝ったと教えられているんだから!
「・・というように月では教えられていますが、地球では全く逆のことが書かれていました」
「!」
一瞬だけだが、観客席からとてつもない何か、そう、巨大な力を感じた。
「このように、私たちは教育や歴史においても大きな隔たりを持っています」
肩の荷が下りたような感じがした。そしてあの巨大な力も感じなくなっていた。
「今後、こういった交流が盛んになれば、より多くの隔たりが見つかり、衝突もあるでしょうが、それを乗り越えることで両者の溝は埋まっていくと確信しています」
そういえばそうだ、今回の見学会にしても衝突ばかりだった。でもそれを越えてこそ今があるのだから。
「なぜなら、月人も地球人も、同じ種、同じ人類だからです」
この言葉をもって講演は終わった。それと同時に拍手が巻き起こり、しばらく鳴り止まない。大成功だ。
「ありがとうございます」
エステルさんが深々と礼。少し前まで地球人を嫌い、頭を下げるなどとは考えもしなかった彼女が。
「なかなかやるじゃない、ツンギレ司祭さん?」
 頭を上げたエステルの前に真琴が真っ先に駆けつけていた。しかし午前中の挑発的な表情ではなく、あくまで柔和(本人的に)な表情で
「ツンギレ司祭さん?今日は色々楽しめたし、この私からせめてもの」
「あんたが仕切るなこの地球最凶女ぁ〜!」
二人かがりで真琴をふっ飛ばし、菜月と翠がエステルと向かい合う。
「エステルさん、こっちへ」
「達哉もね」
翠と菜月がそれぞれエステルと達哉を引っ張って外へと連れ出す。いったい何だろう?
二人と二人の後ろからは他の面子もぞろぞろ。
「お疲れ様です」
「お疲れ様ー」
ミアと麻衣、それよりも目の前に中庭に広がるのはちゃんと準備された野外パーティ。
「・・・え」
それだけしか言えなかった。隣にいるエステルも同じ。
「達哉とエステルさんへのせめてものお礼です」
「やあ、ただ盛り上げるだけじゃ二人に悪いから」
「遠山先輩も人が悪いですよ、二人に隠れてこそこそするなんて、僕の性分に合いません」
「あー、何言ってるのかしら、この話切り出したら真っ先に飛びついたユルゲン君?」
他の面子も一言二言言いながら、達哉とエステルの周りに集まっていく。
「今日は本当にありがとう」
「ありがと、楽しかったよ」
「達哉、エステルさん、よくやってくれました」
翠、菜月、フィーナが笑顔で祝福する。
「よくやってくれたわね。ありがと。
・・・私が人を褒めるなんて、珍しいわよ」
笑いながら真琴が達哉とエステルの背中を叩く。
「ありがとう・・・本当に、ありがとう・・・私は一生忘れません・・・」
エステルが涙目になっている。
「凄いですね。朝霧先輩。僕では到底こんなことはできませんよ、御見それしました」
素直に褒めてくれて、そして素直に笑っているユルゲン。最初見た時はいけすかない奴かと思ってたが、そうでもないなと思う。
「さあ、後は朝霧先輩が締める番ですよ、主役らしく決めて下さい」
「頑張って、お兄ちゃん」
「今日はみんな、来てくれてありがとう。こうして成功したのもみんなのおかげです。これが地球と月の新しい一歩になってくれることを願って・・・」
「乾杯っ!」
祭りはまだまだ続きそうだ。


居住区の中で唯一深夜まで営業している店がある。バーという形態をとるその店。
人々が昼間は表に出そうとしない本当の心と話。そんなものを吐き出させるのがその店。
モーリッツは店の雰囲気を感じる暇も惜しむかのようにあるテーブルに座る。
「来たか」
「待っていてくれたのですね」
テーブルの反対側には男が座っていた。小柄でむさ苦しさすら感じる雰囲気を持つ男。
「お前(めぇ)が来ているというから、わざわざ月人の縄張りまで出向いてやったんだぞ」
感謝しろとばかりに高圧的な態度。だがモーリッツは冷静に話を進める。
「高野さん、息子さんは?」
名前の通り、モーリッツの前に座るのはマスター高野。見た目は対照的な二人だが
「・・・二年前にお前の娘のところに逝っちまったよ」
「そうですか・・・」
口が止まる。両者とも子に先立たれた親であることは共通している。
「高野さん、エステルに会ってはくれませんか?」
「ははあ、お前、エステルちゃんにまだ言ってないんだな」
あっさりと意図を見抜かれる。高野武はただのジジイではない。
「お恥ずかしい限りですが」
「俺が行ってどうする」
「高野さんはエステルの祖父ではありませんか」
「お前だってエステルのじいさんだろ?」
高野とエステルは全く似ていない。だが事実は曲げられない。
「クソ真面目なエステルちゃんに『実は貴方は地球人とのハーフで、祖父はこの人です』
と俺を紹介してみろ、あの子は狂い死ぬぞ」
「死ぬなどとは大げさな」
「心が死ぬ」
鬼のような形相で言い切った。
「俺は死ぬまでも、死んでからもエステルちゃんには会わない。それがお前の娘孕ませたボンクラ息子を持った親の義務だ」
「しかし、本当の事を教えるのも親の義務だと思いますが」
「モーリッツ、お前はどうしてそう真面目なんだ?」
「性分・・・でしょうか」
苦笑するモーリッツ。
「なら聞く。エステルちゃんが地球人と月人の合いの子だという事を知っている人間は?」
「私と、高野さんだけでしょうね」
「それ以外の地球と月の人間はエステルちゃんは月人だと思ってる、わかるか?」
「一人だけ正しくて、他の全員が間違いだったら、一人の意見は間違いになる
・・・貴方はそう言いたいのですね」
「ようやく判ったか石頭」
石頭とは酷いと思ったが、実際そうだとも思える。
「じゃあな、モーリッツよ」
高野が立ち上がり、別れを言う。
「どこへ行かれるのです?」
「聞くな。お前とはこれまでだ。俺がお前と会ったりすると話がややこしくなる。あばよ」
高野は手を上げ、そして二度と振り返らずバーを出て行く。想いを断ち切るように。
「貴方にも、神の祝福を、そして、ありがとう」

次の日の朝。
早起きというか、半分徹夜した達哉はフィーナと共にTVを視聴中。すると
「あれ、この人は」
「昨日の見学会に割り込もうとした議員ね」
ニュースによるとスキャンダルとか何とかで辞任するらしい。
「あの人、辞任に追い込まれたんだって」
「当然の報いです」
きっぱり。確かにああいう場違いな御仁にはいい薬だろう。
「姫さま、達哉さん、朝食が出来ました」
朝食のよい香りと共にミアが二人を呼ぶ。朝食前のTV談義も打ち切りだ。

『・・・同議員は、宇宙船開発の強力な推進者であり、この辞任によって宇宙船開発の進行が大幅に遅れることは間違いないでしょう』



*あとがきと謝罪(^_^;;;
19話から二ヶ月以上も空いてしまいました、申し訳ありません(・・;)
書いてた途中のデータが全て吹っ飛んだり、ふぉあてりのSSを書いたりしてましたが、それは言い訳ですよね。
次(21話)からはゲーム版で言うところの「夜明け前より瑠璃色な」編に入ります。
ゲーム版ともコミック版ともアニメ版とも違う凄い話になりますが、見捨てないでくださいませ(^_^;;;
最後に、次からはもっとペースを上げていきたいと思います。




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