FORTUNE ARTERIAL−Risato's PastVein
2/4 出会い

「こう君」
・・・誰かの声だ、でもこんな名前は知らない。
「こう君、こう君」
陽菜とは違う(かなでとは決定的に違う)優しい声。
・・・昔聞いたことがあるようなないような、でもその時同じように俺を呼んでくれた人を俺は思い出せない。何か辛すぎる現実が、その人を幻影の姿からリアルな姿へと変えることを拒んでいる。
まどろみから抜けられないでいるとその声は途切れた。やっぱり夢だったのか。
「どうしましょう?」
「・・・授業進行の妨げ」
「じゃ、ちょっと強めでいこっか」
何か嫌な予感がする。孝平とて人間、そして人間とて動物。遠い野生時代の勘や危険を察知する能力は残っている。
「授業中でしょ、起きなさいっ」
ふわり。体が浮いたような感覚。さすがにこうなると目を覚ますしかない。
そして次の瞬間、頭に響く物凄い衝撃。
「ありあんろけっと!」
「えーっと、片手?」
「頭が天井にめり込まない絶妙の力加減」
何か横から心配そうな声と冷たい声が聞こえたが、次の瞬間。
「こう君はお寝坊さんね」
頭が物凄く痛くて、目の前に璃紗都先生の顔がある以外、寝ていた時と代わらない光景が広がっていた。
「孝平君、大丈夫?」
「投げた先生も凄いけど、寸分たがわず同じところに着地できる孝平もかなりのツワモノと見た。
・・・恐ろしいヤツを俺は親友にしてしまったな」
『いつ親友になったんだ』と突っ込みたくなったが、それよりも前にいる人を見る。昨日や入学式前と同じく優しげな表情。その上に命が助かった安堵感と、投げ飛ばされた恐怖感。硬軟合わさった複雑なものが孝平を支配している。
「ところで、こう君って・・・」
「孝平君だから、こう君♪」
うとうと状態でなく、こうやって起きた状態でその呼び名を聞くとものすごくむずがゆい。
陽菜や他の先生からは「孝平君」と下の名前で呼ばれてはいるが、さすがに「こう君」まで来ると恥ずかしいやら何やら状態。しかし相手は先生だし、異論を唱えて覆すことは無理。
「いい呼び名じゃないか、気に入ったぞ」
笑いながら司が孝平を励まし、そして持ち上げる。が、男が男に気に入られても喜ぶのは一部の人たちだけだと思う。
「私、そこまでは言えない」
なんか恥ずかしそうな陽菜。
「それから、義家君」
聞いたことない名前だ、えらく古風な。
「俺のことでしょうか?」
司が反応する。一番璃紗都先生から近いから自分と踏んだのだろう。
「ええ、八幡平だから、八幡太郎義家君♪」
・・・おお、司よ、なんか強そうだぞカッコいいぞ。征夷大将軍も夢じゃない。
「そう呼ばれるのは始めてだなぁ」
「じゃあ、いつもどう呼ばれてるの?もしかして『司きゅん』?」
そう言うと、璃紗都先生は教壇にそそくさと戻っていく。一人起こすのだけで時間を喰ってたら授業がいつまで経っても始まらないから。
「おい、司きゅん」
「言うな、クールイケメンの俺がどっかのオカマと一緒にされるから・・・」
クールイケメン(自称)が落ち込んだ。少なくともこの授業中は立ち直れそうにない。
「えっと、今日は運動式ね。垂直に投げ上げられたこう君の質量をk、初速をv、重力加速度をgとすると、t秒後のこう君の速さはどうなるかしら?」
・・・先生、俺は物理の実験台ですか・・・

「次の授業は体育だけど、わたしがやります」
「璃紗都先生って物理じゃないんでしょうか?」
授業終了直前の璃紗都の言葉に陽菜が質問。
「体育の先生がまだ赴任していらっしゃらないから、代役」
「離島振興法の弊害」
桐葉の言葉は端的過ぎるが、要するに橋とか学園といった箱物は出来ても人は呼べない現実が珠津島を覆っているということらしい。
「あはは、そういう訳でみんなよろしくね」
地方格差を埋めにきた(?)美人教師にもその現実は容赦なく押し寄せている。

 グラウンド。体育の授業といっても始業式直後ということもあって高度なことはせず、まずは走らせてみて各自の能力を把握する時期。
このぐらいの内容なら本職でない璃紗都先生がアルバイト気味でやってもどうにかなる。
「じゃ、みんな、適当に分かれて準備運動ね」
まずは準備運動。璃紗都先生の言葉を合図にして各自がめいめいに別れる。
「よっ、こう君」
「何だ、司きゅん」
それぞれの呼び名((C)白鳳璃紗都)同士、妙なコンビが誕生している。
「え、えっと、孝平君」
火花散る呼び名対決になんとか割って入ろうとする陽菜。
「ふふっ、こう君」
そしてもう一人いた。
「ブルータス紅瀬、お前もか!」
・・・紅瀬が「ふっ」とばかりに笑っている。明らかに俺は見下されている!
「紅瀬、お前もブルマ履くのか」
「規則だから」
建て直しをかけている間に司の方が桐葉に話しかける。
「夏はスク水だし、ここってヘンな所で古式ゆかしいの」
それはなぜかと気にすると寝れなくなるので考えない方がいいだろう。しかし鑑賞対象としては桐葉はなかなかのものだ。
「・・・見たいのはあっちじゃないの」
 何か邪なものを感じたのか、桐葉は目線だけ別方向に移動して目標を教える。そしてその方向には
「せせせ、先生!」
「あれ、こう君に義家君、ちゃんと準備運動はしなきゃダメよ」
おいちーにーさんし♪とばかり璃紗都先生が準備運動をしている。
「そうでなくて・・・どうして、どうして」
「義家君、落ち着いて、はい深呼吸」
むやみやたらに血気に流行る司をなだめる璃紗都。
「あのー、なんで先生もブルマ・・・ふごふご」
「馬鹿者!空気を読め!」
後ろから質問内容を説明しようとする孝平を羽交い絞めにしてまで口封じをする司の目が怖い、暗殺者の目をしている。
「あ、ああ」
孝平はなんとか司を振り払って改めて璃紗都先生を見る。
 今まではジャケットとロングスカートを着込んでいた判らなかったが、今、自分も走るための体操服に着替えた璃紗都先生を見ると「すげえ」と思ってしまう。
何より脚が長い。身長は確かに孝平や司より低いが、足が長い上に桐葉よりもスタイルが上だから文字通り強烈。その上ブルマだから鑑賞作品としては最高レベル。
当然のごとく孝平や司以外の他の男子生徒もわらわら集まってあっという間に人だかり。
「さて、まずはみんなの走りを見せてもらおうかな?」
璃紗都はすくっと立ち上がり、トラックへ。後ろからは男達がぞろぞろついてくる。
「どうして、男の子ってああなのかなぁ?」
「欲求不満だから」
男ではない陽菜と、何気に真実をつく桐葉だけが後に残っていた。

「おい、孝平」
璃紗都の後をついていく二人。司がいつの間にか孝平の呼び方を元に戻している。不毛な争いはもうごめんらしい。
「何だ?」
「ブルマ女教師はともかく、あっちにいるのが昨日言ってた瑛里華」
少し離れたところにその瑛里華という人間がいた。これから走るところらしくトラックに移動している。
「それで、その瑛里華という人が、どうしたって?」
「まあ、見てな」
興味がないという感じ丸出しの孝平を司が押しとどめ、瑛里華の走りを見れる位置まで連れて行く。
「速いな」
ちょうど瑛里華たち隣のクラスの女性軍が走っている。速い。他の女性軍を完全に圧倒している。
「あれだけ速く走れて、しかも成績はトップ。ついでに生徒会副会長。非の打ち所がないよな」
走り終えても涼しい顔。つまり余裕ということ。

「私と走れる人はこの学院にはいないのかしら?」
走り終えた瑛里華が周囲に言い放つ。つまり物足りないから「挑戦者求む」ということ。
「いないのかしら?」
二度目。さすがに陸上系の男は遠慮する。勝ったとしても相手は女性だし、生徒会に睨まれたりはしたくない。
ならば女性陣はというと、こっちは肉体的(脚力的)に瑛里華には勝てないから、最初から負ける勝負を挑んだりしない。
「しょうがないわねぇ、だったらわたしが千堂さんと走るけど、異議あるかな?」
誰も出てこないのなら、責任者が行くべきだと判断したのか、璃紗都が動き出し、同時に周囲の生徒に質問する。
「ないわ」
何か先を越されたような顔をしている桐葉が真っ先に答える。
「頑張ってください」
「右に同じ」
ついでに言うと陽菜の左側に立ってるのは孝平だ。

「瑛里華さん?」
「何でしょうか」
「わたしが一緒に走ってもいいかしら?」
「文句はありませんけど・・・って、どうしてそんな後ろにいるんですか!」
瑛里華の承諾を受けるが速いか、璃紗都先生はスタート地点から急いで後ろに下がる。
その距離は孝平の目からするとだいたい50メートルもあろうか。
「先生と生徒の競争だから、ハンデ!」
「な、何考えてるのかしら・・・」
「おいおい、400メートル競争だぞ。それをあんなにハンデつけてどうするんだ?」
「ちょっと生徒をなめ過ぎよねぇ、千堂さんの速さを知らないのかしら?」
相手をする瑛里華だけでなく、周囲の面子すら疑問に思える璃紗都先生の行動。

「よーい、ドン!」

「いくら何でも私を舐めすぎですわね」
そう思いながら、半分笑いながら瑛里華は走る。さすがに速い。そこらの男性軍ではとても追いつけない程の速さ。
その速さに似合わぬ涼しい顔。そんな彼女がグラウンドを駆ける。本人が基本的に自信家だということを差し引いてもその姿はやはり周囲の注目と羨望を集めて余りある。
「は、速い・・・」
「すげえ・・・俺、こんなの初めてみた」
「あの脚線美は伊達じゃねぇ」
周囲からの賞賛の声。自分への賞賛。それが気持ちいい。
「璃紗都先生速すぎ。あれじゃ、あの子が形無しだよなぁ」
・・・『あの子』ですって?五年生で私の名前を知らないって誰?
走りながら瑛里華が少し横を向く。いた。自分が知らない名前の教師を知ってる癖に自分を名前で言わなかった男が。
学院一の知名度を誇るはずの瑛里華にとって少しショックだった。しかし本当のショックは後ろからやってきた。
「瑛里華さん、そろそろ抜くけどいいかしら?」
「え、ええっ!」
隣から誰かの言葉。その方向を向くと自分より一回り背の高い女教師が余裕しゃくしゃくの顔で走ってる。
「そうはさせませんわ!」
ありったけの力を全身に込めて瑛里華が走る。しかしその横を走る璃紗都は涼しい顔をしたまま。
「うーん、わたしから見るとまだまだ脚の回転が弱いと思うんだけど、どうかしら?」
「な、何を!」
「これぐらいで走らないと。ね♪」
璃紗都がちょっと加速。それだけでよかった。一瞬にして差を広げてそのままゴール。
最初のハンデは一体何だったと言うしかないほどの大差。こうなると慌てるのは周囲。
「き、記録!」
「えーっと、44秒21ですが」
陽菜があわててストップウォッチを見る、そして周囲が驚愕する。
「世界記録なみじゃないか!」
「そりゃ、千堂さんが勝てないわけよね」
ちなみに400メートルの世界記録は男子でも43秒そこら。
「そこそこ、わたしはちゃんとした距離走ってないから公式記録に申請しないでね」
にこにこ笑いながら敗者たる瑛里華のところに向かう璃沙都。
「司、陽菜」
「孝平君、どうしたの?青い顔して」
「先生、400メートル以上走ってたよなぁ・・・」
「正確には452メートル」
桐葉の機械的報告に全員が凍りついた。完全に世界記録を更新している。
「でもさあ、先生って走ったらあんなに速いのに」
少し離れた場所で「べちっ」という何かがぶっ倒れる音。そして痛そうな声。
「あいたた・・・」
予想したとおりの人がコケていた。我らが白鳳璃紗都先生、なぜあなたは歩いたらいとも簡単に転びますか?
「どうして歩いたらあんなに簡単に転ぶのかしら・・・」
「先生は速度が乗らないと安定しないから」
・・・紅瀬さん。周囲に圧迫感をもたらす腕組みはやめて下さい。そして人をコマや自転車と同じに扱わないで下さい。

「ぜー、ぜー・・・」
こちらは敗者。肉体的疲労以上に(本気で走ったのに全然相手にならなかった)精神的疲労が瑛里華を襲っている。
「えっと、大丈夫?」
「大人げありません!」
「あはは、わたしはゆっくり走ったつもりなんだけど、瑛里華さんがあんまり遅いものだから」
笑っている。そしてこの先生は完全に余裕であの走りが出来る。これを人は絶望的な差という。
「次は頑張ってね♪」
怒ったままの瑛里華を残し、にこにこしながら璃紗都は孝平たちのクラスに戻っていく。

放課後。陽菜が孝平に話しかける。
「孝平君は、何か部に入る気はないの?」
「うーん、俺は別になぁ、司は?」
「俺は帰宅部部長だから」
つまり何も入ってない。おそらく放課後は街に出たりしているのだろう。
「紅瀬は?」
「興味ないわ」
あっけなく否定。予想通りとはいえ、答えてくれただけでもめっけものか。
「でも、桐葉さんって、確か書道部じゃなかったっけ」
「戦力にならない人間を入れるほど余裕はないわ」
いきなりの戦力外通告。孝平が書道素人だということを察知できるほど桐葉の眼力は凄い。
「キツいな、だったら自力で見回るさ、人間足だと体育の授業で習ったし」
「あ、孝平君」
 ただ座っていては何も起こらない。自らの足で動き回らねば、孝平は学院を巡ってみることにした。後ろからは陽菜が心配そうについてくる。

「こっちが運動部、それで向こうが文化部」
陽菜に案内されて学院を回る。普通に部室が並んでいる。このあたりは前いた学校と大差ない。
「他に何かないかなぁ、こう、特徴のある場所って」
外から見た感じは立派だが、やっぱり機能を追求すると内部はそう変わりはしない。だからしばらくめぐるとつまんなさが孝平を支配する。
「礼拝堂があるくらいかしら?」
「礼拝堂?」
「うん、行ってみる?」
女の子に誘われれば行くのが男。孝平とて男なんだから反応は全く同じだ。

礼拝堂。見るからに年期の入ったどっしりと、そして荘厳さも兼ね備えた建物。信仰心がそのまま建築物になった感じだ。
庭を歩く。礼拝堂と同じくそんなに目新しさを感じる木々も草もないが、代わりに小奇麗さとしっとりとした雰囲気を感じる。
近づくと中からは清らかで、澄み渡った祈りの歌が響いてきた。
「この歌は?」

「ペルゴレージの『スターバト・マーテル』です」
答えが返ってきた。
「誰?」
「こんにちわ」
声。少し弱いけど、しっかりとした声。
「こんにちわ」
陽菜が孝平よりも先にその声の主と対面する。ちいさな女の子だ。
制服の上に礼拝用のマントと帽子を重ねた様はなにやら人形のような雰囲気もかもし出している。
「えっと、ここのシスターさん?」
ちいさな女の子に声をかけてみる
「いえ、天池先生なら今いません。私はただのお手伝いです」
少し自信なさげな答えが帰ってきた。
「それで、何か礼拝堂にご用でしょうか?」
「孝平君の学院案内で来たの」
「はじめまして、東儀白と申します」
ぺこりと自己紹介。実に礼儀正しい。
「俺は支倉孝平、それでこっちは」
「陽菜先輩ですね」
「白ちゃんもお変わりなく」
二人は知り合いだったらしい。
「それで、支倉先輩とはどういったご経緯で?」
「お、幼馴染かな?」
なんか語尾が変だが、あまり気にしてはいけない。
「そういうことにしておきますね」
意外にこの白という人物は切れるようだ。

「もう、日が暮れます」
「結構話し込んでしまったかな」
海を見ると夕日が沈みかけている。そろそろ寮に戻らねば。
「寮に戻りましょう」
「ああ、それじゃあな」
「はい」
白と別れ、寮に戻っていく孝平と陽菜。
「私は棟が別だから、ここで」
「ああ、案内ありがとう」
「そんなことないよ。これくらい幼馴染としては当然だと思って」
・・・幼馴染か、便利な言葉だよなぁ。でも俺と陽菜にとってそれだけでいいんだろうか。
「じゃ、また明日」
考えているうちに陽菜は自分の棟に去っていく。ここからは一人で寮に戻らねばならない。

寮。孝平の住んでる棟の前には見慣れた姿が立っていた。
「先生」
「こう君、おかえり〜♪」
なぜだろう。先生の「おかえり」が物凄く心に響く。ほんの数日前に初対面したばかりなのに。
「なんでここに?」
「送り迎え。他の学校だと生徒を狙う妖しいひとたちが増えてるから」
珠津島では犯罪とかいうものには全く縁はない。でもこういった取り決めは全国一律。先生も大変だ。
「それより、どうして先生は俺たちと同じ寮住まいなんですか?」
「あはは、お金なくて」
乾いた笑い声。
「いい、こう君。先生って給料安いの。その割に時間外勤務とか、休日出勤とかあるし」
がしっと孝平の両肩を掴んで涙目。先生はとっても大変。なり手も減っている。
「それじゃ、また明日」

そして今日も一日が終わる。今日は瑛里華を見たし、白にも出会った。次の出会いは何だろう?


(3/4へと続く)




*あとがき
二話です。やはり「こう君」がポイントでしょう(笑)
ここの方への夏こみはこのシリーズを回すかどうかはこれからの執筆速度によります(^_^;;;

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