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「あぁっ!さっきの白状男」

 保健室のドア開口一番、そんなことを言い放ったものだから、保健室の浅井先生は驚いて、僕ら二人を見比べた。
「三崎くん、笹島さんに何したの?」 なんてことを、不思議そうに聞いてきた。

「えっと……さっき、転んで、その」
 しどろもどろに僕が言うのを、浅井先生は心配そうに見ていたが、当の笹島さんのほうからは容赦がなかった。
「はっきり言いなさい!あんたのせいで!私がケガしたんでしょ??!!」

 僕は初めて、彼女が膝のところを擦り剥いているのに気が付いた。鮮やかな血がにじみ出てる。
 そうなの?と先生が聞いたので、僕は黙って弱く頷いた。今朝、転んだ時にできたものだとすぐに合点した。

 手当てのために、先生は消毒液を脱脂綿に含ませたものピンセットでつまんで。ちょっと染みるわよ。なんて優しく忠告をしながら。
 傷に押し当てた瞬間を、僕は見ていられなかった。ちなみに笹島さんは眉一つ動かさなかった。
 居心地が悪いことに、治療中もずーっと、彼女は僕を睨んでいた。
 あの、鋭い眼光のままに。

「それじゃ私、ちょっと用事があるから。笹島さん、早めに教室に帰りなさいね」

 ぱたん、と保健室のドアが閉まった。静寂が、僕の心臓を押し潰しそうとした。
 治療が終わっても、笹島さんはイスから立ち上がる気配を見せず、腕を組んで、ただ、僕を、睨んでいた。

「……131連勝記録がかかってたのよ」
 随分な沈黙の後、笹島さんがポツリと言った。その迫力に僕は顔を上げた。
「え?」
「だから、131連勝よ。私の栄光の戦績に一敗が刻まれたのよ、どうしてくれるのよ?」

 彼女のことをまじまじと見たのは、もしかしたら、その時が初めてで。
 華奢で可愛い感じの女の子だった。黒髪はストレートで、彼女の小顔を引き立たせていた。
 ただ目だけが違った。明らかに。

「……あ、ごめん」
「ごめんなさいで済むんだったら、警察はみんな失業よ」
 勇気を振り絞った一言も、無残に打ち砕かれた。
「……ごめん、本当に。オレ、のせいで」
 謝ることしかできない、僕はなんて弱いんだろう。
 弱くて嫌になる。

 笹島さんはもうそれ以上何も言わず、ただ、身を投げ出すようにベッドにダイブした。
 短いスカートから覗く足が眩しかった。でも、あちこちにバンソーコが貼ってあって痛々しかった。

「あの、笹島さん、授業は……」
「生理休暇」
「せっ……」

 女の子って大変だ、なんて一般的な感想を、浮かべそうになって。ふと朝の光景を思い出した。
 派手にめくれ上がったスカート。
 綺麗な足にたくさんのバンソーコ。
 傷だらけのチャレンジャー。
 ベッドで寝転がってる、笹島さん。

「―― ごめん、本当に」
 反応は返ってこなかったが、構わず続けた。
「ごめん、記録、ずっと続いてたのに」

 あの長い長い坂を、一息で上がっていく、笹島さんは僕のヒーローだったのに。
 力に、なりたかったのに。頑張れって心から思ってたのに。

「もういいよ」
 笹島さんはベッドの上に座って、今度はギラギラしてない目で、こっちを見た。
「て言うか、謝んないでいいよ。あんた……三崎くんだっけ?よく思い出すと、私のこと誉めてくれたんじゃん?」
 そう、あの時は、すっごいって思わず、口から出て、それで。
「負けたのは私の責任。ごめん、何かのせいにしたかっただけです」

 やっぱり。と僕は思った。
 やっぱり、笹島さんは僕のヒーローで。潔くて、カッコイイ人だった。

「三崎くんって、なんで保健室登校してるの?イジメ?」
 恐ろしい質問もいとも簡単に口にする人でもあった。
「いや、オレ、体弱くて。この時期、気管支の発作がよく出るから……」
「へえ、そうなんだ。大変だね」
 そうでもないよ。と僕は曖昧に答えた。
 笹島さんは、次々と質問を寄越した。どれにも気の利いた答え方は一つもできなかった。
 ただ笹島さんは気にならないみたいで。

「もしかして、三崎くんって、いっつも見てたの?」
 毎朝の私の戦い。と言われて、答えに詰まった。
「いや、って言うか、結構、みんな見てる、よ?」
「はあ?ウソ。なんで?」
「なんでって、その、……足とかが」
「足ぃ?」
 笹島さんがスカートの裾を摘み上げたので、僕は目をそらした。
 この、足ねえ。とブツブツ言ってる。
「三崎くんも足目当て?」
「オレは違うよ!」

 笹島さんは、びっくりしてた。声を張り上げた僕も、びっくりしてた。

「それは……一緒にしちゃって、すみません」
「いや、ごめんなさい」

 罰が悪い雰囲気になった。
 それはお互い感じ取っていて、笹島さんは教室に戻ろっかなと言い出した。

 僕には、まだ、言わなきゃいけないことが、ここにあった。がんばれとか色々。
 でも、ノドのあたりで詰まって、出てこない。
 こんな弱い自分は大嫌いだった。
 僕は笹島さんみたいになりたいと、そう、思って。

 ピシャンとドアが閉まる音で、その場面は終わった。

 

 

 

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