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 いつもの時間、いつもの場所で。

 学校の手前、そこに最大最強の敵が待ち構えてる。
 傾斜60度近い、長い長い上り坂。通称、『滑り台』
 何人ものチャレンジャーがここで敗北してきた。唯一、彼女を除いて。

 彼女は今日も、いつもの時間、タイミングで。
 戦う。

 勢いよく、横を駆け抜けていった笹島さんを、僕はいつものように見送った。

 前を歩いていた男子生徒が、ヒュー♪とチャチャを入れて、カッコイイ、なんて声を掛けたが、笹島さんは気にもしなかった。
 また、強くなったんだ。もう昨日までの彼女じゃなく。もっと上へ上へと彼女は行く。

 上り坂も半ば。必死の攻防戦。
 僕はそこで、いつもの笹島さんらしくないな、と言う、感想を持った。
 いつもの彼女なら、楽勝ムードでこの坂を攻略するのに。
 今朝はまだゲーム中盤で、苦戦している。

(あ)
 飛び込んできたのは、スカートから伸びる足、痛々しいバンソーコ。勲章の数々。
 思い浮かんできたのは、女の子が抱える特有の敵。
 それでも、今朝もいつものように戦って。逃げないで。

 負けない。負けてなんかやらないんだ。って。

 なんて、強くて、カッコイイ。

(がんばれ)
 僕は無言の後押しをした。その小さな背中を押せるように。がんばれ、と。
 いつものように手の平がじっとり汗をかいてるのを感じながら、強く握り直して。

「がんばれ」

 無意識の内に口に出していた。
 前を行く男子生徒がぎょっとした顔で振り返った。何事だ?と。
 僕は構っていられなかった。

 小さな背中が苦しいと言っていた。苦しくても苦しくても戦う。
 負けない、負けてなんかやらない、って。
 僕は黙っていられなかった。

「がんばれ!!」

 笹島さんは振り返らない。当然だった。その集中力は昨日以上だった。
 同じ負け方を、失敗を、彼女はしない、絶対に。

 ただ、顔を上げて、キッと敵を睨みつけて、敵がひるんだその一瞬の隙に、一気に勝負を仕掛けたみたいに。
 自転車のペダル、全身の力を込めた右足で、重力に逆らって、一こぎ……
 

「……、ぃやった!!!

 と、その歓声は複数重なり。

 笹島さんは、坂の向こう側へと退場する前に、後ろ向きのまま、高らかに右手を上げて、勝利のVサイン。
 そのシルエットは、観客の目に心に深く焼き付いて。

「かっけぇー……」

 と言う男子生徒の呟きに、僕は大きく何度も頷いて。
(なんて、カッコイイんだ)

 なぜか涙が出そうで。でもそれじゃ、あんまりにもカッコ悪いから、我慢して。
 拍手したくて、でもそれも、みっともないから、我慢して。
「やった、やった!」
 と小さな声で、エールを。
 直接伝えたい、と思った。僕のこの気持ちを。

 僕のヒーローに。

 

 

 

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