How to run - How to fly  (走り方と飛び方)

 

 慣れない手を羽ばたかせて、空を飛ぶ。
 思い通りにならない足を動かして、地を歩く。

「なあ」

 自由に空を飛ぶってどんな感じ?
 そんなに気持ちいいものなのかい。疲れないものなのかい。

 100メートルダッシュしたら速いのはどっちで。
 42.195キロ、マラソンは得意かい。

 そもそも、地に足がついてないって、どんなだ?

「僕はあんたが羨ましいよ」

 と、ほざく。その底辺にあるものってナニ?
 オレには到底理解できないものなのかい。飛べないオレには。

「二本の足がちゃんと星と繋がってる、あんたたちが羨ましい」

 そんなにいいもんなのかい?
 歩いて、走って、そういうもんは。
 空を飛ぶと言うことは、そんなに不自由で、そんなに嫌かい。

「ねえ、人間って泳ぐよね。あれもすごいよ」
 そういうもんかい。
「翼が邪魔で、僕ら泳げないからさ。人間って万事にたくましくて僕は大好きだな」
 じゃあ、お前は自分たちのことが嫌いなのかよ、とオレが聞いたら、困ったような笑い方をした。

 こいつらの言う、翼ってのは、オレらの手足みたいなものだと補足説明された。

 なあ。

「お前らが空を飛ぶのって魔法の力?」
 はあ?とあからさまに困惑した表情で、僕ら魔法は使えないんだけど、と。

「じゃあ、どうやって飛んでんの?」
 空。を指差しながら言うと、腕組みして真剣にうーんとうなり始めた。

「じゃあさ、あんたらはどうやって歩いたりしてるの?」

「それは……」
 足の裏、がっと地面に付けて、片方の足を上げて、下ろして、続いて、もう片方の足を上げて、下ろす。そのくりかえし。

 ……。

「なんでお前ら、歩けないわけ。飛べるのに」
「なんであんたら、飛べないの。歩けるのに」

 と言ったのが、同時で。やっかいだった。

 なあ。

「オレの仲間はみんな、空を飛びたいって言ってるけど」
「僕の仲間は、歩くのなんてまっぴらごめんだって言ってるよ」

 意見は通っていて。じゃあ、どうして。

「僕はあんたたちが羨ましいんだよ……歩いて走って泳ぐ姿に強く惹かれる」
「お前はみんなから羨ましがられてるのに?」
 飛べるのに?

 ゆっくりと首を振った。一緒に、大きくて白い翼も優雅に揺れた。

「人間の、そういう姿ってキレイで美しいと思う。何よりも、星と共にあれるのが羨ましい」
「そういうもんかい」
「うん。僕は星の重力に強く、引かれるから」
 翼で空を飛びながらいつも感じてる。
「空を飛ぶことって、すごく不自然なことだって」

 星の重力から離れて、足が地に付かないこと。

「……でもそれって、自由なんだろ?」

 また困ったような笑い方して。

 なあ。

 そもそも、自由ってどんなだよ?

「知らねえよ」

 一言で切り捨てたら、傷つきもしないで、嬉しそうに笑って。

 100メートル先のゴールを駆け抜けるあんたの姿が、とても好きなんだ。と言って、一方的に消えた。翼を一度大きく羽ばたかせて。

(なあ)

 位置について、と号令が掛かる。
 スタートライン、右ひざと両手の先を付いて。100メートル先のゴールを見つめて。

 オレは足と手と星と、今、繋がっていて。それをお前に羨ましがられて。

「よーい」

 それを自らの意志と力で絶ち切る時。いつも訪れるその時。
 地面を蹴る瞬間。

 なあ、天使?

 オレはその時、ほんの一瞬。
 空を飛ぶイメージを思うよ、そういえば。

 ぱんっ!

 ピストルが鳴り響く、その瞬間。
 オレは確かに空を飛び、地に足を付けて走るよ。自由に。

 自由に。

 

 

 

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