冗談じゃない。
そのとおり、冗談じゃなくて現実だった。
「嘘だろ、最悪」
それはそのまま私の気持ちまで代弁してくれていた。 選び取った数字は7。同じ数字を持つ人がペア。
この瞬間から私の人生において7は不吉な数字に決定。
「冗談じゃねぇよ」
全くもってそのとおりだ。また先越された。
ペアは地獄の大観覧車行きだ。
いってらっしゃーい、と高校の元クラスメイトたちが笑顔で見送る中、手も振り返さずに歩き出す。
どちらからも合図なんてしない。
ただ、手の中に乗り物券を握り締めて、二人分。
長い足ですたすた歩いていってしまうから、そのあとに遅れないようについて行く。
置いていかれるのはなんとなく気に食わなかった。
「いってらっしゃーい」
と、今度はおねいさんが素敵な笑顔で手を振った。
二人の間の穏やかじゃない空気を感じ取っていないのか。それが商売魂なのか。
ガチャンと、重たそうに扉は閉まる。
これでもう逃げられないよ、と警告を発しながら。
たったの数分だった。
人生に換算すれば一瞬にもならない。
我慢できない時間じゃない。でも、一秒が重たかった。
信じられないくらい、重たかった。
逃げ出したかった。
できれば、この素材不明の透明窓を打ち破って。
「くそう」
たびたび不満を漏らすペアの片割れは、私とは対角の席に座り、反対側の窓から景色を見ていた。
しまった、あっち側からは海が見えるんじゃないか。
こっち側からは小さくなっていく人とか他の乗り物ぐらいしか見えない。あんまり興味ない。
色々考えていたらもうすぐ頂上にたどり着く時間になっていた。
てっぺんの時ぐらい海が見たいな。と思って、反対側を向いたら、目が合った。
なんだよ、人とか建物が好きな奴だったけ?
「高いところ、ダメじゃなかった?」
私、思ったことと全然違うことを口にしていた。
驚いた。二人して。
「……お前、嫌なとこだけは覚えてるのな」
吐き出すように言われて。
でも、この状況で少しだけ優位に立てたことが分かった私は、観覧車の中、できるだけ隅で小さくなってる片割れが少し違うふうに見えた。
蓄積された憎しみを超えて。思わず笑った。
ぎろりと睨まれて、すぐそっぽを向かれた。
「覚えてるよ。絶対忘れてやらないよ、おばあさんになっても」
呪いのように、誓いのように。
好きになったことや、傷ついたことや、傷つけたことを。
嫌いになったことを、忘れることはできないんだろうなと思った。
おばあさんになっても、基本の部分が変わらないんだったらそんなに都合よくなれない。
「ボケても?」
「うん、ボケても。石原保は高いところが苦手」
「オレも絶対忘れないな。森下さよ子は胸がまな板」
「……ここから突き落とすよ」
ブルブルと肩を震わせるマネをして、また黙った。
石原保の向こう側の海がキレイだった。
いいなと思ったら同時に、こっち来れば?とお誘いがかかった。
森下さよ子は海が好き。
そんなことも忘れられないのかもしれなかった。
じゃあ遠慮なく、と横長イスの上を平行移動を始めると、バランスが崩れるからやっぱ来るな、なんて男らしくないことを言う。
「私、誰かさんに泣かされまくったおかげさまで、3キロやせたんで。心配ご無用」
負けじと正面から言い返してやったら、意外にも傷ついた顔をした。
観覧車はてっぺんからゆっくりと下降を始めていた。
海の水面はキラキラと太陽光線を反射して、どの高さから見ても変わらずキレイだった。
こんな近くにくると、正面の人と、石原保と、なんで付き合って、なんで別れたのか、分からなくなりそうだから不思議だ。
あんなに泣かされたこと、おばあさんになっても絶対忘れないと思ったのに。
「……ごめんな」
何かの拍子に呟かれたりしたら、本格的に分からなくなってしまうから不思議だ。
おかえりなさーいって、おねいさんの素敵な笑顔に迎えられる。
二人の間にできた微妙な空気の変化、感じ取られやしないかとひやひやした。
どうしたらいいものかと思い悩む私に、地面に両足をつけた保が哀れみの表情を向けた。
「ごめんな。さよ子の胸、それ以上薄くなったら救いようがないもんな」
地球は丸いんだってこと。
観覧車は一周して、また元の位置に戻るんだって当たり前のこと、森下さよ子はうっかり忘れていた。
地上に戻れば石原保は石原保に戻るんだって。
「やっぱり突き落としてやればよかった」
恨みを込めて言ってやったら、またブルブルと肩を震わせるマネをする。
合図もせずに、元クラスメイトたちが待つ場所へすたすたと歩き出す。
置いていかれるのはなんとなく気に食わなくて、というか後ろからついていくのも気に食わなくて。
大股で追い越してやろうとする。
「まあ、ばあさんになっても救いようがなかったら責任とってやるよ」
何かの拍子に呟いたその言葉、一生忘れてやらないから覚悟しろ。
呪いのように、誓いのように思った。
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