昇降口が近付くにつれて、生徒の数がじょじょに増え始める。
ここでも、眠いとか、だるいとか、そういう類の症状はあふれていて。
先生だけが特別変ってわけじゃないのかもしれない。ひいき目、あるかも。 あと、自分も季節の変わり目の流行に乗っかって。
朝からずっと、ノドにしっくり来ない感じがあって。
アメをなめてごまかしていた身体、色々なことに敏感になっていて、そのせいもあるかもしれない。
ナオは鞄を提げてないほうの手を口に当てて、こほこほと咳をした。
(どっちかって言うと風邪ひくのって、先生の得意技なんだけど)
そしたらいきなり、身体だけ移動して、鞄をその場に置いてけぼりにする、なんて器用なことをした。
って。一人でやったわけじゃなくて、鞄の先をつまんだ手の力も加わっていて。
びっくりして振り返ったら、忙しそうに肩を上下させてる先生が、いた。
「おはよ、町田、……ごめん」
かろうじて単語三つ分だけしぼり出す。
職員玄関からここまで300メートルぐらいある。
……全力疾走ですか。もしかして。
何事だ?と、ぞくぞくと登校する生徒から好奇心の目が注がれる。
そんなの気にしないで。
せっかく引っぱった線、軽々と飛び越えて。
なかったことにするのも、先生の得意技で。
ナオはため息をついた。
思ったよりもずっと強い力で、鞄の先をつままれていて。
周りの目を気にして外させようとか、してもできないのに。
ずっと力の弱い自分の何が、先生を慌てさせるのかな。
「……大丈夫です」
それより職員会議のほうは大丈夫なんですか。と、ナオは聞き返す。
先生は整わない呼吸を一瞬止めて明らかにほっとして。顔を上げて目が合ったら、ぎょっとした。
これで会議に遅刻するのが決定的になったから。とか。
一度はそう解釈して。
じゃないって。鞄の先をつまみ続けていた手の離れ方で、分かった。
え。
今度はナオが慌てた。
「先生?」
ナオの声にびくりと反応して、数歩後ずさりする。
ごめん、じゃあ。って、それきり逃げるみたいに。
いきなり来て、いきなり戻っていった。
残されたナオは、周りの生徒と一緒になっていったいなんだったんだ、と首をかしげた。
ぶるぶる、とナオの、鞄を握り締めた右手に震えが来た。
がさごそと中身をかき分けて携帯電話を取り出す。
メールが届いていた。
安藤春日って名前、そういえばあんまり慣れてないなってそこで。
気付いたりして。
(今日一日、半径10メートル以内立ち入り禁止!)
……びっくりマーク付きって、よっぽどのことだった。
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