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 その日、朝から先生は変だった。

 スピードがいつもの半分くらいしか出てなくて。前に進めてないし、まっすぐ歩けてない。
 植え込みに足を突っ込んだことにも気付けてない。
 背中を見つめながら、どうしようかな、とナオは思った。
 ごそごそと鞄の中身をかき分けて、携帯電話を取り出す。
 朝の職員会議が始まるまであと5分しかなかった。

 

「先生、おはようございます」
 背後からそっと、声をかけてみる。
 何秒か遅れて義務的な、ああおはよう。が返ってきた。

 いくらクラスの中で認知されていても。
 まさか学校の中で、普通に堂々と色々するわけにはいかない。
 そんなのあたりまえすぎて、いちいち気にしたり傷ついたりだとか、していられないし、しない。
 むしろ傷ついたりするの、先生の得意技だったりするから。
 だから珍しく、朝からきちんと先生モードに頭の中身が切り替わっていてくれるなら、それはそれでよかった。
「先生、このままだと会議、遅れちゃいますよ?」
 伝えたかったことだけはきちんと伝えて。
 まだふらふらしてる先生を追い越して、昇降口へとナオは向かった。
 職員玄関とは校舎の棟が違うので、自然とここで分かれることになる。

 先生と生徒として、きちんと線を引っぱって。
 これを越えなければ大丈夫とか。
 間違えて踏んづけてしまわないように。気をつけてる。

 

 昇降口が近付くにつれて、生徒の数がじょじょに増え始める。
 ここでも、眠いとか、だるいとか、そういう類の症状はあふれていて。
 先生だけが特別変ってわけじゃないのかもしれない。ひいき目、あるかも。

 あと、自分も季節の変わり目の流行に乗っかって。
 朝からずっと、ノドにしっくり来ない感じがあって。
 アメをなめてごまかしていた身体、色々なことに敏感になっていて、そのせいもあるかもしれない。
 ナオは鞄を提げてないほうの手を口に当てて、こほこほと咳をした。
(どっちかって言うと風邪ひくのって、先生の得意技なんだけど)

 そしたらいきなり、身体だけ移動して、鞄をその場に置いてけぼりにする、なんて器用なことをした。
 って。一人でやったわけじゃなくて、鞄の先をつまんだ手の力も加わっていて。
 びっくりして振り返ったら、忙しそうに肩を上下させてる先生が、いた。

「おはよ、町田、……ごめん」
 かろうじて単語三つ分だけしぼり出す。
 職員玄関からここまで300メートルぐらいある。
 ……全力疾走ですか。もしかして。

 何事だ?と、ぞくぞくと登校する生徒から好奇心の目が注がれる。
 そんなの気にしないで。
 せっかく引っぱった線、軽々と飛び越えて。
 なかったことにするのも、先生の得意技で。

 ナオはため息をついた。
 思ったよりもずっと強い力で、鞄の先をつままれていて。
 周りの目を気にして外させようとか、してもできないのに。
 ずっと力の弱い自分の何が、先生を慌てさせるのかな。

「……大丈夫です」
 それより職員会議のほうは大丈夫なんですか。と、ナオは聞き返す。
 先生は整わない呼吸を一瞬止めて明らかにほっとして。顔を上げて目が合ったら、ぎょっとした。
 これで会議に遅刻するのが決定的になったから。とか。
 一度はそう解釈して。
 じゃないって。鞄の先をつまみ続けていた手の離れ方で、分かった。
 え。
 今度はナオが慌てた。
「先生?」
 ナオの声にびくりと反応して、数歩後ずさりする。
 ごめん、じゃあ。って、それきり逃げるみたいに。
 いきなり来て、いきなり戻っていった。
 残されたナオは、周りの生徒と一緒になっていったいなんだったんだ、と首をかしげた。

 ぶるぶる、とナオの、鞄を握り締めた右手に震えが来た。
 がさごそと中身をかき分けて携帯電話を取り出す。
 メールが届いていた。
 安藤春日って名前、そういえばあんまり慣れてないなってそこで。
 気付いたりして。

(今日一日、半径10メートル以内立ち入り禁止!) 

 ……びっくりマーク付きって、よっぽどのことだった。

 

 

 

 

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