+クスリ+
誰もいなくなった教室にいた。 窓からオレンジ色の光が差し込んで、机でできた影があちこちで交差している。 窓際の、一番後ろの席を選ぶ。 ほっとした途端、じわり、と目から水分が溢れ出てきた。 「うーううー」 ノドから、いつもより何段か低い、お世辞でも可愛くない声が出てきた。 泣きすぎて、こめかみのあたりがズキズキしてきた。 |
「だい、じょうぶ?」 ぱちぱちと、涙で重たくなったまつげを二回、動かした。 下校時刻はとっくの昔に過ぎていた。 「大丈夫?」 今度はちゃんと、漢字に変換されて返ってきた。 「んま!」 そのまま、あんぐりと口を開けて、朝子は固まった。 「ま、ま、ままま町田くん?!」 大声で叫んで、無礼そっちのけで指まで差した。 「うっええっ?!どうして?!なんで?!」 朝子は思ったままを考えなしに口にする。 そもそも、使った言い訳がまずかった、ということで。 「それは……ここで勝手に、八木沢さんの心配をしてました」 |
「ううう、ごめんねー」 朝子は鼻をすすりながら謝った。 「人間って、泣くなんて特別なことしなくても、一年でジュース一缶分ぐらい涙を流してるんだって」 眼球を乾かさないようにするために。ってまめ知識を、町田くんが雑談ついでに教えてくれた。 (たいした理由もなしに泣いてるのって、かっこ悪い) でも、町田くんはそこに座っているだけで、何も聞かないで、ただ心配してくれてた。 |
突然、ぽん、と目の前の手が鳴った。 それからがさごそと鞄の底をあさって、なんだか、透明の、小さな袋みたいなものを取り出した。 「八木沢さん、手ぇ出して」 町田くんが魔法の呪文を唱える。 「わ、わ、わ」 「……コンペイトウ、ですか?」 ふーん、と朝子は呟いて、一粒、口に放り込んだ。 クスリのとんがったところを舌で感じて、少し落ち着いてきた。 とりあえず、見るに耐えないひどい顔になっているのを、朝子は真っ先に謝っておいた。 「なんか、八木沢さんの泣き顔は結構、クセになるかもしれない」 にっこりと笑った町田くんはやっぱり、いつもの町田くんのまま。 朝子は、ばっと左耳に手をやった。 |
効用は、たった一粒で百倍元気。 町田家に代々伝わっている、魔法のクスリです。 |