+もと彼の弟+ 1+

 

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 母親が牛乳買ってらっしゃいと小銭をくれた。
 家から歩いて10分かからないところにあるコンビニ。
 日没を過ぎるとあまり寄り付かないようにしている。
 なんとなく、暇をつぶす人が、淋しい人が集まる場所な気がして。

 自分も仲間入りするのが、嫌だったんだ。

 

 

 おつかい、という使命あるからと胸を張ってコンビニのレジをクリアする。
 雑誌とかスナック菓子とか、おつりで余分なもの買わないようにした。
 牛乳一本のために店のロゴの入ったビニル袋が使われて、店員さんが慣れた手付きで渡してくれる。
「ありがとうございましたー」
 家から袋一枚持参すればよかったと思うのは、明日の地球のためでもなんでもなくて。
 日頃から誰かの気持ちをよく理解できない、自分の鈍感さに飽き飽きしていたからだった。

 ぴろんぴろんとか陽気な音に見送られてコンビニを出る。
 目に見えないプレッシャーから開放された気がして、肩の力が抜けた。
「あれ、千華さん?」
 斜め45度下からの声に、立ち止まる。
 駐車場のブロックに腰掛けた男の子たち数人と目が合った。
 なんとなく暇で、なんとなく淋しい人たち。
 オレオレ、とひらひら愛想よさげに手を振ってきたのは、短い金髪で耳にたくさん金属をつけている男の子だった。
 かなり目立ちたがり屋なはずなのに、同じような仲間たちの輪の中に普通に収まってるのが変だった。
 自分の地味な人生を振り返ったら、とても奇異な存在で忘れがたいはずなのに、とんと誰なのか思い出せない。
 困ったな、と思ったのが直に顔に出たのか、あれぇ覚えてないのヒドイなぁ。と肩をすくめてケラケラと笑った。
 その笑い方で思い出した。

「宮路の弟?」

 ぴんぽーん。とまたケラケラと笑う。何がそんなに楽しいのか、分からない。
 立ち上がるのも一苦労という感じで重い腰を上げて、気安げにそばに寄ってくる。
 袋の中の牛乳一本を覗き込んで、おつかい?と聞いてきた。

「家まで送ってきましょうか、オレ」
「え。いいよ、いらない」
 これにはなんでか後ろの彼の仲間たちが沸いた。ふられ野郎ーとかなんとか。日本語なのか。
「でもマジ危険だよ。ここらへん、あんなんばっかだから」
 お前が一番危ないだろーとかなんとか、また後ろから突っ込みが入る。
「でもそうしてもらう理由がないから」
 丁重にお断りしようと思ったら。
 ひょいって牛乳一本手から攫われた。まったくの不注意だった。

「オレが宮路の弟だって。それが理由じゃだめっすかね?」
 きっと、この宮路弟はよっぽど暇で淋しい人なんだと思った。
 仕方なく、すでに歩き出していた後ろ姿を慌てて引き止める。
「あのさ、私の家そっちじゃなくて、こっち」

 

 

 

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