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 14. 寝る間を惜しむ  

 

 もしこの目を閉じてしまったら。

 外に降る淡い雪のように、朝には消えてなくなってしまうかもしれない。
 そんなことを思って、まぶたを落とす勇気を持てずにいる。
 弱虫め。
 シーツの下に、小さな自分をののしった。

 携帯電話の液晶からわずかな光が漏れている。
 数字を読み取る気力は、疲れた網膜には残されていない。
 ただ朝までは、まだ長いだろう。
 残酷な一秒の長さに、胃の底が冷えるだけで。

 どうしよう。泣きそうだ。

 鼻がうずく感触をぐっと堪え、のどを通過させてやる。
 身体の器官、一つ一つ意識して動かすみたいに。
 息をする過程さえ、思い浮かべて。
 すべて、シーツの下に隠す。

 隣の人が寝返りを打った。
 その刹那さえ、見逃したくないと思うのだ。
 写真をとるのに夢中になって、自分の目で見るのを忘れるときの気持ちがよくわかる。
 覚えることに夢中になって、ついうっかり、胸に刻むのを忘れてしまう。 

「寝ろ」

 鼓膜が震えた。

「子どもはなんにも考えずに寝てしまえ」

 魔法の言葉じゃなくて、低くてしわがれた、お坊さんの説法のような声で。
 耳元で。
 命令する。繰り返す。これは夢だと。
 寝て起きたら消え失せている、淡雪のようなものだと。
 声にならない声で答えた。うー、とか、あー、とか。

「……俺は、どこぞの赤ん坊に手を出したんだったか」

 呆れたような声音に、涙があふれた。
 悔しい。唇を噛む。
 こんな人を好きになってしまって悔しい。
 負けた。現実に負けた。年齢に負けた。声に負けた。剃り残したひげに負けた。
 完敗で、悔しい。

「ねむい」

 うん、と少し笑って頷く気配がした。
 だんだんと薄れていく視界の中で、大きくて無骨な手がおでこをなでている。
 前髪を掻き分けて、生温かい感触が当たった。

 目を閉じたくないと思った。
 この夜が終わってほしくない。何度も繰り返される夜だとしても。
 思うのだ。
 人間は生涯の半分近くを寝て過ごすのだ。だから眠らなければ二倍の長さになるんじゃないか。
 もったいない。きっと、このままではもったいないおばけに食べられてしまう。
 自分よりもかなり高い倍率で早く消えてなくなってしまう人を、刻み込んでおかないと。
 身体にも、心にも。目にも。
 時間は全然足りていなくて、目を閉じるのをためらう。
 でも簡単に負けてしまうのだ、自分にも。

「―― よく、おやすみ」

 声は、まぶたの上にふわりと溶けて消えた。

 

 

 

 

 

 

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