+pool2・illust+
ぴんぽーん。 ぴんぽん、ぴんぽん、ぴんぽーん。 うざい客、と律は思った。 チェーンははずさず、ドアだけわずかに開ける。 ゴオォォとすさまじい轟音が、耳の機能を一瞬おかしくした。 |
「こんちゃ」 ぼやけた輪郭の中で片手を挙げて。 「……なにしに来てんの」 「へ。遊びに来たんだけど。せっかく学校休みだし。退屈だったから」 なんで、こんな鮮明な話し方を、するんだろう。と律は思った。 見えなくても、髪から雫を滴らせながら濡れ鼠になっている姿が想像できた。 |
「あ、ごめん。勉強の邪魔しちゃった?」 「それはいつもだから……いいけど。じゃなくて。台風だろ?暴風警報でてるだろ?だから学校休みなんだろ?」 雨に負けないように声を張り上げて、根本を説き聞かせても、無駄だ。と分かってるけど。 「シャワー使ったりする?着替え、ジャージでよければ貸す」 |
どのチャンネルに回しても、テレビは台風情報で溢れてた。超大型台風と連呼してた。 キッチンのテーブルで、明美が、ふーふーと息を吹きかけながら、つるつると焼きうどんを食べている。 体から湯気を立ち上らせながら。 「おいしぃー」 メガネを掛けたら世界は鮮やかで。でも少しだけ今は曖昧に律は思う。 (なんでこんななんだろ……) その湯気で、レンズがくもってしまったみたいに。 時計の針はきっかり午後2時を示していた。 |
明美は箸を置いた。合掌して、ごちそうさまでした。 きれいに食べ終わった皿を流しまで運んで、水につけて。 ぱたぱたとスリッパを鳴らしながらリビングまでやってきて、律の隣のソファーに座った。 クッションを一つ、抱え込んで。 しばし一緒に台風情報を見る。 「……」 沈黙に耐え得る相手って貴重な存在だと律は思う。 隣で台風情報をじぃーっと見てる明美は、学習とかしない人物で。 律は一つ深くため息をついて。 |
明美の肩に掛かっているだけになっていたタオルを抜き取って、まだ雫が滴る髪をごしごしと拭き始めた。 「ちゃんと拭けるようになってよ、髪ぐらい」 「私ねえ、りっちゃんにごしごししてもらえるの、かなり好き」 そんなことすごい嬉しそうに言う。何よりもずるい手だと、律は思った。 「……あのね。今日おかあさん帰ってきたよ」 タオルで隠れてはいたけれど、明美は話す間、一度も台風情報から目を逸らさなかったと思う。 |
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明美との関係は、世間で言うと幼なじみというやつで。 だからと言って、家が近いわけではなくて。 証拠として、律はそのおかあさんに会ったことも2回しかなかった。 どういう仕事をしてる人、とか聞いてないから知らない。 だから、そんなに親しいわけでもないのかもしれないし。 実はあんまり、よく知らないのかもしれない。 でも、分かることもあって。なんだかな。と律は思う。 ぎゅっ、とタオルごと頭を抱え込んだ。 |
「りっちゃん?」 テレビが見えないんだけど。と後に続きそうな調子で明美は言う。 (でも、分かることあって) この幼なじみ、人の目を見て話さないのはよくない兆候の現れだった。 そして、たいてい本人は無自覚だ。 「……よかった」 その発言に明美はびっくりしたみたいだった。 「こんな日にプールに飛び込んだら、水中から顔を出しても溺れるからね。覚えといて」 何か言いたげな上目遣いを明美はして。 「りっちゃんってエスパーかも。それ、私の今日の究極の二択の一つ目」 それから、律はゆっくり明美の頭を解放した。 |
(なんで、こんな……こんななんだろう) 明美に勝てるものって、あんまりない。 「……よかった。オレ、料理得意で」 |