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「こんなに空が青いと、試したくなるよね」 何を?と尋ねる間もなかった。 高さ1メートルぐらいしかないコンクリート塀なんて無駄だと思う。 律はため息をついた。 不自由になった視界で、自由になった両手で、掴みたいものに手を伸ばした。 「えっち」 暴言が降って来たけれど、無視する。 控えめに上履きのかかとを掴んでるだけなのに、そんなこと言ってたら、この先どうするんだよ。 この手は命綱だった。唯一、明美をこの世に引きとめておくことができる。 ひとしきりの文句を誰よりも高いところで吐き出したあと、明美はふと静かになった。 |
「ね、屋上から飛び降りる人って、死にたくて飛び降りるの、それとも、飛びたくて飛び降りるの。どっち?」 明美は、自分を、歩く万能の辞書だと決め付けているようなところがある、と律は思う。 それが自分の存在価値であるならそうする以外、律に選択肢はないのだけど。 「飛べるかもしれないから、じゃない」 明美の足が小刻みにむずむずし始めたので、手に、命綱に力を込める。 「どんなに飛べそうでも飛べないよ。いくら明美でも、飛べないからな」 辞書もフル活用して、分かりやすい単語で律は説得する。 「こんなに青くてもだめ?」 一番高いところで舌打ちする。そして、まぁいっか。と、また謎を呟いて静かになった。 明美の足の間から、山々が描く青い稜線が見えた。 今日の空は、雲の白にも邪魔されずに青一色で統一されている。 明美が飽きるまで暇だったので、頭の中で、町並みを地図に変換していくことにした。 「……」 メガネ、と思ってしまったのは、遠いところよりも近いところのほうがぼんやりと映るからで。 「こら見るなー」 青い空に思いを馳せていたはずの明美の目と、ばっちり直線で繋がった。 暇つぶしもできなくなって、足元のコンクリートとにらめっこ、なんてすぐに飽きた。 カターン、と甲高い音が響いたのは数秒あとのことだった。 律は顔を上げ、まじまじと、左手に残された上履きを見つめた。 屋上の塀から身を乗り出すようにして、確認する。 「……明美?」 ずるずると崩れるようにして、律はその場に座り込んだ。 ひらひら、と目の前がちらつく。 「……りっちゃん?」 名前を呼ばれた。 「ごめんね、ごめんなさい」 謝られた。 足元を見たら、靴下だけになっていた。 「……明美、ほんとに飛び降りたのかと思った」 もう目はぼんやりしすぎて、使いものにならなくて。 ぎゅっと明美を確認した。まだこの世にある身体はあったかくて気持ちがいい。 「死ぬんでも飛ぶんでも、なんでもいいからさ」 と、明美の肩にあごを乗っけて、律は切実な願い事をする。 「そういうときは命綱ごとつれてってよ」 ええっどこに? と耳元で、明美が見当違いの声を上げる。 「わ、分かった。任せとけ」 しばらくして。 |