指 輪 |
「腹減った。なんか食うもんある?」
他所のお宅にお邪魔するときの礼儀を小学校で習わなかったの? 「あー、これ土産ね」 今日は、春の陽気だったらしい。 部屋の中央にでんと置かれたままのコタツに、和倉はさっそく足をしまい込んだ。続けて、テレビのリモコンを操作し始める。 (さっきのドラマの続き、ちょっと気になってたのにな) 不満は飲み込んで、ノドを通過させて胃の中に隠した。 和倉は、無言で受け取ると、無言で食べ始めた。 テレビでは、見たことのない、若そうな、同世代くらいのお笑いコンビが漫才をしている。 和倉は、これ土産ね、と買ってきたウーロン茶のパックを手にとって、口を開けて、そのままストップした。 こんな関係が続いて、きっかり、3年目。 大学のサークルの、何度目かの飲み会で、たまたま偶然隣に並んで座った日。 ……あのとき、ぽい、とストローのごみ袋のように捨てられなかった分だけ、よかったのかもしれないし、悪かったのかもしれない。 真佐は、ひらひらと床に舞い降りた白くて細長い紙を拾い上げた。 和倉は、ずずずーっと音を立てて、ウーロン茶のパックを空にした。 つけっぱなしのテレビから流れてくる笑い声と、耳のそばで繰り返される呼吸音。 (ねむたい、のかな……?) 今にも寝息に変わりそうな気配。 「え、するの?」 和倉はベッドに両手をついて、身を起こした。 「シャ、シャワー浴びたいかも。今日まだ、お風呂入ってないから」 そういえば、このあとバイトがあるとか言っていたような。 でもそんな、無理するくらいなら、やめてもいいのに。 流れ流されてたどり着いた、3年目の岸辺。 答えを、知りたいような、知りたくないような。 |
左手の薬指に、ちょうちょがとまっていた。
ただのイタズラにしては、心臓の負ったダメージが大きい。 試しに、隣に手を伸ばしてみたけれど、やっぱり、何にも触れずに。 そのまま、しわの入ったシーツを伸ばすようになでると、薬指に結ばれたストローの袋がころころと指の周りを回転し始めた。 (ああもう、邪魔くさいな) この、ぴょん、と飛び出しているところを引っ張ったら、簡単にほどける。 そもそも最初から、一番大事な何か、が欠けてしまっている関係。 立ち直れば早くて、真佐は、少しの未練も振り切って、薬指に巻きついたストローの袋、ぴょん、と飛び出しているところをひっぱった。 光った、と思ったのは、どうやら都合のいい錯覚だったらしい。 ぱかぱか、と短く点滅して、部屋の中が明るくなる。 左手の薬指に、鈍い銀色に輝く指輪があった。 部屋のどこかで、携帯電話が震えている。 「……もしもし、真佐? オレなんだけど」 オレって誰だよ。最近流行の詐欺かもしれないから、切ったほうがいいかも。 真佐は、指輪と薬指と心臓と耳を、一直線に繋げて。 「……別に今じゃなくても全然いい。だけど、いつかお前が、真佐が、オレで妥協してもいいかなって思ったときには」 合コンでたまたま隣に並んで座った日から、流れ流されてたどり着いた3年目の岸辺で。 「……結婚して?」 ストローの袋よりは、ごみじゃない分だけ、少しマシなだけで、安っぽいのは違いないのに。 (……そもそもこの男は、今日が記念日だということを知っているのだろうか?) 「和倉、あのさ」 3年目の岸辺から、 |