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 いつも、朝の風景は、唐突に階段から始まる。
 前とか後ろをすっ飛ばして、プルルルルという独特の、心に迫る音階でやっと目が覚める。

 気持ちだけ身体から抜け出して、先に階段を駆け下りていくのが見えた。
 わ、待って。置いていかないで。
 追いつこうとして、下から3段目に足をつけたところで、電車のドアが閉まり出すのを感じた。

(待って!)

 足がもつれて、気がついたらコンクリの地面に頭突きをくらわしていた。
 赤くなったおでこをさすっている隙に、がたん、と電車は動き出した。

 また、遅刻だ。
 決定事項を確認して、がくりと頭を下げた。次の電車は、1時間後。

 お前次遅刻したら、どうなるかわかってんだろうな。
 生徒指導の先生の怖い顔が浮かんで、消えていった。

 電車はゆるやかに加速を始めて、手の届かないところへ。
 一度走り始めてしまったらもう、誰にも止めることはできない。

 こういうときだけは、自分の生まれを呪う。
 いつもなら、この駅は畑に囲まれていて、のんびりできるいいところだなぁって思うんだけれども。
 今朝の体感気温は氷点下。
 電車と人がいなくなった駅のホームは、余計に寒い。
 でも、ひび割れた心に忍び込んでくる冷風を、撃退する元気も沸いてこなかった。

 

「ちい子さん?」

 空から降ってきた声は、頭のてっぺんで溶けて消えた。

 朝の眩しい太陽を背にしていて、顔がよく見えない。
 ただ、シルエットで。制服の帽子を少し前に傾けたのがわかった。
 唇が動いている。なんか名前を呼んでいるな、とぼんやり理解する。

「ちい子さん、大丈夫ですか?」

 伸びてきた白い手袋をした手が、肘を掴んで、立たせてくれる。

「駅員さん?」
「……また、乗り遅れてしまったみたいですね」

 帽子のつばの影で隠れた顔が、こっそりと微笑む。
 腰にちっとも力が入らなくて、腕にしがみつくようにして立った。

 駅員さん。

 冬柴さん。

 と、右目で至近距離の名札を映しながら、思う。

 いつも、絶望の淵から私を救いあげてくれる人。

 

 

 

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