+救いの人+ ++TOP
2 ひや。 突然の刺激に、いつもより高さ割増の声が出た。 まだ衝撃の残るおでこをなでながら、放り投げられたそれをナイスキャッチした。 「おでこ、赤くなってるから、飲む前に冷やしたほうがいいと思いますよ」 ちい子は、はーい、と手をあげて、言われたとおり、おでこに当てた。ひりひりとした。 |
次の電車が来るまでどうぞ、と招かれた駅員室には冬柴さんと、ちい子しかいなかった。 おでこに当てた缶の向こう側で、冬柴さんが行ったり来たりしている。 こんな、めったに利用者のない駅でも、やっぱり仕事はあるんだな、と失礼なことを考える。 ちい子は、窓際の、最近すっかり私物化してきたソファーに腰掛けて、1時間後に思いを飛ばした。 冬柴さんが石油ストーブをつけてくれたおかげで、部屋の中は外よりもあったかい。 「……恋わずらいでも?」 気がつくと、冬柴さんがすぐ後ろに立っていた。 すき? 室内だから、冬柴さんは帽子を脱いでいて。 「冬柴さんは、好きな人いますか?」 きっかり3秒くらい、冬柴さんは固まっていた。 駅員さんを冬柴さん、と意識したのは、生徒手帳を拾ってもらったときから。 「そうですねえ……」 ずずず、とコーヒーが変わりに返事をする。 「本当に好きなら、私のために電車を止めてみせてよ」 どっかで聞いたことのある台詞だな。 「……それ、誰に聞いたんですか?」 と説明しながら、冬柴さんがかぶりついているのは、わが高校の前にある和菓子屋のどら焼きに違いない。 「残念ながら、ちい子さんの条件をクリアできるくらい好き、な人となると厳しいですねぇ」 そうですかー、と冬柴さんはすでに興味が失せたように呟いた。 一週間ほど前に、初めて告白というものをされた。 いつのまにか冬柴さんは、通常業務に戻っていた。 窓ガラスの塗りつぶしたすき?から、つーと一筋の雫が垂れた。 石油ストーブのおかげでほてった身体に、眠気がとろとろとやってきた。 次の電車は1時間後。 決定的になった遅刻のこととか、少し忘れたフリをした。 |
軽い質感が皮膚をなでている。 うっすらとした思考の中でもはっきりわかるのは、冬柴さんの気配だけだった。 いつ、掛けてくれたんだろう。 ふと、今までよりもずっと近いところに気配を感じた。 |
はりつめたような空気から、急速に熱が引いていく。 石油ストーブのスイッチが切られたのだと、ちい子は遅れて気がついた。 狭い部屋の中、必死に冬柴さんの気配を探した。 突然、掛けられていた上着が顔の前を覆った。開いた目が、紺色の布を通過した青い光でいっぱいになる。 「……もうすぐ、電車がきますよ」 冬柴さんの、駅員さんの声が降ってきた。 プルルルルという独特の、心に迫る音階で目が覚める。 「?」 自分に自分で疑問符を飛ばす。 わかりやすい音を立てながら、電車がホームに滑り込んでくる。 |
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