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3 ふわりと浮かんできた眠気を吸い込んで、ちい子は改札をくぐろうとした。 「え?」 思わず、ちい子は差し出した定期券をひっこめるのタイミングを忘れてしまった。 いってらっしゃい、と送り出してくれた笑顔は、冬柴さんのものではなくなっていた。 こんな、1時間に一本しか電車のない田舎駅から、たぶんどこか遠い、もっと忙しい駅に。 |
ぱたり、と遅刻癖は治った。 身体は、正直にゲンキンで。 そんなちい子の色々なつけのピークは、一時間目に数学の小テストがある朝にやってきた。 久しぶりの朝は、いつもの風景から始まった。 電車はゆるやかに加速を始めて、手の届かないところへ。 そんな電車を止めてしまうくらいの好きって。 (私、なにやってんだろう……) 一人で、こんな田舎駅のホームに残されても、もう誰も手を、差しのべてはくれないのに。 流れていく車両の後ろのほうに、同じ制服を着た学校の友達を見つけた。 電車はホームの端っこに、最後尾の車両を引っ掛かっけるような状態で止まっている。 そこから紺色の制服から伸びた白い手が伸びて、ひょいひょい、と空気を漕いだ。 息を弾ませてやって来たちい子を見て、紺色の帽子が少し、宙に浮かぶ。 途端に転んで、床に強かにおでこをぶつけ、車内を静まり返らせたちい子に、白い手袋をした手が差し出された。 冬柴さん。 ぎゅうっと腕にしがみつきながら、ちい子は立ち上がる。 「……車掌さんに、なったんですか?」 どうして、と思ったちい子を見て、冬柴さんは帽子を深くかぶり直した。 「ちい子さんのことが心配だったので」 プルルルルという独特の、心に迫る音階が、もう一度発車の合図をした。 切符を拝見します、というフリをして、冬柴さんが身を屈めた。耳元に囁きが落ちてくる。 「……思わず、電車まで止めてしまいました」 職権濫用。内緒ですよ。 緊急の事態に、学校の友人たちが驚いた顔をして集まってきた。それとすれ違うようにして、通常業務に戻っていく。 駅員さん、車掌さん、冬柴さん。 たった一言で、おでこの痛みを吹き飛ばしてくれる、私の救いの人。 |
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