+体温+

  19 女の子パワーと綿菓子。  

「なんだか、ごめんね。クラスの分まで手伝ってもらって」
 申し訳なさそうに言われて、これも仕事のうちだから、と理実は笑顔で返した。
 追加注文のあったジュースの瓶を運んできてそのまま、2年3組に居座っている。
 と、言っても延長線上で、栓抜きで瓶のフタ開け作業をしているだけなのだけど。
 依子ほか、数名のメイドさんたちに囲まれて、理実は今初めて、文化祭を楽しめているような気がした。
 制服のスカートをいつもより気持ち短めにして、白いフリルのエプロンとカチューシャを揃えたメイド服は、同性から見ても可愛い。
 女の子たくさん、という状況に、理実はみょうにテンションが上がってしまった。
 なんだか久しぶりすぎて、慣れないというか、恥ずかしいというか、みょうに落ち着かない気分だ。
「ほら、それに、うちのクラス今年出し物やってないから」
 普通、文化祭では、各クラスがそれぞれ何か出し物をすることになっている。
 依子のクラスのように、お店を出してもいいし、劇をやったり、展示をしてもいい。
 その普通、あるはずの出し物が、今年のうちのクラスでは、生徒会や、部活の代表者がたくさんいて、人員不足が見込まれたため、なし、ということに決まったのだ。
「あ、それ! めちゃくちゃ残念だったの〜。私、今年は絶対遊びにいくって決めてたのに」
「私もー。特選理クラスの男の子に近づけるチャンスってあんまりないもんね」
 はぁ、とため息まで揃えられて、そういえば、依子が、今年のうちのクラスはかっこいい男子がたくさんいるとか言っていたことを思い出した。
 案の定、依子が少し離れた場所で盛んに頷いていた。
 申しわけなくなって、理実はそれ以上のことが言えなくなってしまった。
 理実が、今ここにいる理由。
 クラスの出し物をなくす代わりに、文化祭当日、クラスで暇な人はすべて、強制的に、裏方の、つまり生徒会のお手伝い役として駆り出されることになったのだ。
 それが誰の陰謀であるかというのは、言うまでもなく。

 教室の、たくさんのいい匂いに包まれながら、理実は黙々とフタ開け作業を続けた。
 甘味どころ、という看板なのに、和洋折衷なんでもあり、らしい。
 お客さんの入りも上々なようで、さっきからひっきりなしに注文が飛び込んでくる。
「あのさー、柳原さんは灰谷と付き合ってんだよ、ね?」
 予想しなかった質問に、理実は思わず瓶を取り落としそうになった。
 実はまだ名前を知らないんだけれど、さっきから依子と一緒におしゃべりしていた女子二人がおそるおそる、と言った感じで聞いてきた。
 理実はなるべく普通に、うん、と頷いた。
 胸にちくり、と刺さるトゲを意識しないように。
 幸い二人は気づかなかったようで、きゃー! と手を叩いて喜んだ。
「やっぱりそうなんだー。うちらね、去年灰谷と同じクラスだったんだよー」
「いいなぁ、柳原さん。灰谷って一年のときから、こっそり人気あったんだからー」
「そうそう、みんながそれとなーく灰谷のこと好きだったんだよね。彼のいいところは自分だけが知っている、みたいな変な独占欲もあったし」
「実は結構本気な子もたくさんいたんじゃないかなぁ」
「灰谷って根っこから優しい感じするもんね。彼氏にするにはもってこいだと思う」
 二人はぎゅーと抱き付き合って、うらやましーともう一度声を揃えた。
 理実はなんともいたたまれない気分になって、苦笑いをしてごまかした。
 身体の奥の心臓が、ぎゅう、と潰れそうになった。
(灰谷くんは、いないと言っていたけれど。
 でも、灰谷くんのことを好きな人は、いる、かもしれない)
 考えなかったことじゃない。
 でも、なるべく考えないようにしていたのは、本当だった。
 もしそうだったら、自分は両方の気持ちを邪魔していることになるから。
「あのー、柳原さん?」
 急に黙ってしまった理実に、不安げな声が掛けられる。
 理実は慌てて、ごめん、ちょっと考え事。と言い訳をした。
 ついでにぎこちなくでも笑って見せると、ほっとしたのか二人は顔を見合わせた。
 そして、ここからが本番よ、とばかりに声を揃えた。
「それで、いったい二人はどこまで進んでるの?」
「へ?」
 固まってしまった理実に、たたみ掛けようとした二人の頭にお盆が振り下ろされた。ごん、と痛い音がした。
「こらー! 理実ばっか働かせてさぼってんなー!」
 後ろから出現した依子は、二人にお盆を渡して、交代を促した。
 二人はしぶしぶと受け取り、理実に、またねと言って消えていった。
 理実は手を振り返しながら、こっそり、依子に感謝する。
 どこまで、と聞かれてもそんなの答えようがなかった。
 嘘の関係が、今以上に前進することも後退することもありえないわけで。
 今までも、灰谷とのことについて聞かれなかったわけじゃないけれど、こんなに直球なのは初めてだった。
 理実は両手で顔を覆って、ふーと肩の力を抜いた。
 久しぶりに、女の子パワーにやられてしまった。
「はい、じゃあ頑張ってる理実にごほうびをあげよう」
 そう言って依子が差し出したものは。
 真っ白で丸くてふわふわで。
「わ、ありがとう」
 満面の笑みを浮かべた理実を、依子は満足そうに眺めた。
 綿菓子なんて、いつぶりに見ただろう。甘味どころはこんなものまで売っていたんだ。
 あっけなく、理実の両手は合計三個の綿菓子でふさがってしまった。
 一コは甘いものすきーな彼氏さん用に。と付け足されて、理実は顔を赤くする。
 ……思い浮かべたの、バレバレだったんだろうか。
「もう一コは、知也に渡して。これから生徒会室行くんでしょ?」
 うん、と理実は頷きながら、ともや? と、首をかしげた。
 それが、生徒会長の下の名前だと気付いて、理実はさらに顔を赤くした。
 いつのまに。
 自分の知らないところで色々なものが少しずつ、動き始めているのを感じた。
 どんなものだって、いつまでも、同じままじゃいられない。

 綿菓子を少しちぎってほおばってみる。甘い味が口いっぱいに広がった。
 理実は、さっきうさぎにもらったチラシを小さく折りたたんで、大切にポケットへとしまった。
(……後夜祭に)
 一緒にいれたらいいな、と思った。
 それで、ちゃんとおしまいにするから。最後にもう一度だけ。
 理実は見えない誰かに向けて、頭を下げた。
 また黙ってしまった理実を見て、依子はぽんと一つ、手を打った。
 おいでおいでと理実を手招きをする。
 可愛らしく笑ったメイドの顔が、とある人の笑顔とだぶって見えて、びっくりした。
「で、ほんとのところ、どこまで進んでいるのかな? ん?」 


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