+体温+
27 二人きりの後夜祭。
あれ?
待ち合わせというか、たぶんここに来ればお互い会えるだろうと暗黙の了解みたいなものがあって。
それで訪れた生徒会室だったのだけれど、がらんとしていて、人のいる気配がなかった。
校庭の方角から、がやがやとした歓声や、マイクテスト〜という声が聞こえてくる。
生徒会や実行委員のみんなは後夜祭の準備で忙しいので、ここに誰もいないのは当然として。
きょろきょろと理実が見回していると、給湯室のドアが開いて、一人の女子生徒が顔を出した。
「あれ、柳原さん?」
あ、名前覚えてくれてるんだ。
こっそりとそんなことに感激しながら、理実は、女子生徒に軽く頭を下げた。
文化祭実行委員の子で、慣れない作業にあたふたしているときに、何度か助けてもらった記憶がある。
名前は確か、山岡さん。みほりって、下の名前が可愛いらしくて、彼女によく似合っているなと思っていて。
「あー、灰谷なら、さっき出てったよ。柳原さんのこと迎えにいったんだと思うけど」
すぐ直結で、その名前が出てくる事実には、いまだに慣れない。たぶん、一生かけても慣れないように思う。
理実は照れくささを押し隠しながら、ありがとう、と、みほりにお礼を言って、生徒会室を出た。
静かに締めたドアの向こうから、どういたしましてー、と軽い調子が返ってきた。
どこに行ったんだろう。
とりあえず理実は、校庭に出ようと昇降口に向かって歩き出した。
この疑問は、たぶん、ポケットに眠る携帯電話に託せば、すぐに解決される。
でも、なんとなく力を借りたくなくて。
自分の力で見つけ出したいというか、なんとなく、あそこにいるような。
予感よりも少し強めで、自分にはわかっているような気がした。
理実はくるりと背を向けると、特別教室のある校舎のほうへ歩き出した。
文化祭から、一番遠い位置にある場所。
閉まっていなきゃいけないはずのドアの施錠はされていなかった。けれど、理実の予想に反して、室内は薄暗くて。
窓の向こう側も、日が落ちて暗かった。
ただ校庭には大きめの照明がいくつか灯っているから、おこぼれで、図書室の中を見回すことも難しくはない。
目が闇に馴染んでくれば、読書机の片隅で、今本を閉じた男子生徒がいることにも気がついた。
理実は名前を呼ぼうとして、一瞬、立ち上がった男子生徒のほうが早く口を開いた。
「図書委員さん」
はい、と理実は反射で、返事をする。
相変わらずの律儀な態度に、灰谷が苦笑した。
手の中で、本の背をぽんぽんと軽く叩く。
「本の返却、お願いします」
「ごめん。結局、すごく返却期限やぶることになっちゃって」
差し出された本は、青いペンキをこぼしたような表紙で。
前に、図書委員の仕事を手伝ってくれたときに、借し出ししたものだとわかった。
理実はじゅうぶんに気をつけて、それを受け取る。
「ぜんぜん平気だよ。期限守らない人のほうが多いし、こうやってちゃんと返してくれるだけでも。それに、文化祭でごたごたしてる時期に本借りにくる人なんて滅多にいないしね」
「でも、柳原の信頼を裏切ったから」
図書カードに返却日を書き入れながら、理実は不思議そうにカウンターの向こう側を見る。
灰谷はいつものとおり、まっすぐそこに立っているだけだ。
時折、視線を校庭のほうに向けるので、理実も遅れて実感する。
照明の黄色いあかりに混じって、赤い炎のあかりが揺れる。
空の暗さをバックにして、二重三重の帯を作っているように見えた。
たくさんの歓声から浮き上がって聞こえてくるのは、たぶん、いつも耳にしている声で。
マイクを通しただけで別人のように、威厳のようなものまで感じさせてしまうのだからさすがだなと思う。
ピー、というマイクの不調音を響かせ、一瞬、雑音が周囲から消える。
見計らったように、声は響き渡った。
「――えー、では、ただいまより、後夜祭の開会を宣言いたします」
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