+体温+
40 放課後デート。
名前を知っているだけで、降りるのは初めての駅。
緑の割合とか、建物の並び方とか。
改札を出るとすぐに公園があったりして、いつも利用する駅と、どことなく雰囲気が似ているような気がした。
違うのは空の色で。
ついに我慢の限界に達したのか、先ほどからちらほらと降らし始めた白いかけらが手の甲に消えた。
……なんて、いろいろ考えてごまかそうとしてみても、この異常な脈拍数の原因は、すぐ隣から。
「手、冷たいね」
「……私、末端冷え性で」
「そっか。じゃあ、柳原さんの彼氏はちょっと難儀するかもね」
きゅきゅ、と指先に力をこめて握られる。マッサージする、みたいに。
冷えて感覚の少ない指でも、理実が実感するのには十分だった。
「……なんぎ?」
「んー、好きな人には触りたいじゃない、やっぱり。でも、あれの最中とか、いきなり地肌に触られるとビビるんだよね」
まあそれがだんだんよくなるんだけど、と嘯く人の、思いどおりの反応をしている自信があって、悔しかった。
寒さのせいも重なって、耳の先まで千切れそうに熱くなって。
くっくと堪えきれていない笑い声だけが、しんしんと降る雪に静められた住宅街に響く。
「赤井くんて、意地悪だ……」
負け惜しみを言うと、今ごろ気づいたの? と、逆に驚いた顔をされた。
信号が赤になるのを利用して、横断歩道の前で理実は足を止めた。
繋がった手にひっぱられて、赤井の足も止まる。
「あの、離して、ほしいです」
こうやって、男の子と手を繋いで歩くのは、二回目だ。
多いのか少ないのかよくわからないけれど、特別なことだというのはわかる。
一回目のときと違って今は、手を引かれなくても一人で歩ける。
不自然な状況が許される理由はなかった。
「……逃げたりしないから」
そう言うと、あっけないほど簡単に手は自由になった。
前を行く足は校内のときと同じように、ゆっくりとした歩調で動き出す。
「もう少しで着くよ」
後ろを向いたままの背中は、相変わらず行き先を教えてくれなかった。
ときどき、電信柱や看板の表示を覗いては、現在地を確認しているようで。
初めて来たんだろうか。それにしては、堂々として見えるけれど。
目的地に着く前に、理実は言われなければと思っていたことを切り出した。
「さっきの、写ってたの」
「ああ、あれね、俺の宝物。気に入った?」
いつのまにか、宝物に認定されたらしい。
機嫌がよさそうに揺れる肩を止める算段を、理実は必死になって考える。
「あの、なんていうか。できればその」
写っていたのは、あの文化祭の準備をしていた日の、生徒会室だった。
マクラの役目も成し遂げられずに、気がついたら一緒に眠ってしまっていた。
思い出すのも恥ずかしくて、できれば封印してしまいたい記憶。
「私に、くれないかな?」
振り向いた顔には、今日は眼鏡が乗っていた。
レンズの向こうで、目が企む。
「そうだねえ、人物特定が難しいけど、あれの肖像権は確かに柳原さんたちのものだし。でも著作権は俺にあるからな。写真って難しいよね。
――どうしようか。どうしても、ほしい?」
あの眼鏡はなんでも見透かす眼鏡なんだ、といつか言われたことを思い出した。
だったら、隠してもごまかしてもしょうがないような気がしたのだ。
うん、どうしても。と、理実は頷く。
「だって、独り占めしたいから」
飛び出してきた言葉に、ぱちぱちと意外そうに目がしばたかれた。
鏡のように、理実の目も同じことをする。何を言ったのか、理解は後ろからやって来て。
大慌てで口をふさぐのを見届けて、赤井が破顔した。安心して、と。
「さっき送ったときに元の画像、消しといたから」
手のひらの上で転がされているような気分になった。
住宅街に入ってしばらくして、足が、一度通り過ぎそうになった青い屋根の家の前で、止まった。
二、三歩遅れてたどり着いた理実は不思議そうにその外観を眺める。二階建ての普通の家に思えた。
玄関先のプランターに、赤と緑のクリスマスカラーの花が咲いている。
「ここ?」
その問いには肩をすくめただけで、赤井は門扉のインターホンを押した。
隣に並んだ理実は、掲げられた表札を確認して、固まった。
ぴんぽーん、と家の中で響き渡る音に合わせて、楽しそうに唇が動く。
(どうして、なんで、えっと、ここって、だって、え)
理実は合計十通りぐらいの驚きを表現して、それでもやっぱり逃げ出すことはできずに。
「はい」
と、涼やかな声が、機械を通して聞こえた。
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