+体温+
43 タッチセラピー・上
生命線が長い。
思わずたどってしまう指を止められずに、上から下までなぞってみる。
長生きしてほしいな、なんて願うのは飛躍しすぎだろうか。
でも、彼の未来が明るいものであればいいと思う。
呼吸を耳にしているだけでも苦しくなってくる。もちろん、本人の何分の一にすぎないだろうけれど。
いつも助けてもらっているのに、何もしてあげられない。
こうやって手の届く位置にいるからこそ、無力な自分を思い知る。
ぴくり、と小指が内側にはねた。
理実がゆっくりと顔を上げると、困ったような視線がこちらを見ていた。
「わっ」
頭のてっぺんまで一気に血が駆け上がる。
理実は慌てて手を離して、降参のポーズをとった。
「ご、ごごめんね、勝手に」
氷枕に頭を押しつけたまま、ぼんやりとした表情だけがこちらに向いていて。
おでこにうっすらと汗が浮かんでいる、普段は気にならない前髪がひっついていて、幼く見えた。
「あ、あの」
反応のなさに不安を覚えると、手が顔の近くまで動いて突然、頬をつねった。
夢なのか現実なのか、曖昧な境界線を一緒になって確認する。
「柳原……?」
かすれた声でいつものように呼ばれたので、理実はいつもよりも必死で頷いた。
やわらかく表情が溶けて、また、静かになった。
すーすー、とさっきよりは安定した呼吸が聞こえてくる。
理実はほっと息を吐き出して、実感とともに赤くなる頬を、ぱたぱたと扇いだ。情けないことに、熱が乗り移ってしまったみたいで。
なんのためのお見舞いなのか。反省して、手に引っ掛かっているコンビニ袋を思い出した。
中身は、プリンだった。冷蔵庫に入れておけば後から食べられるかもしれない、そう思って。
立ち上がろうとしたところで、気がついた。
手が、ゆっくりと動いている。
まるで何かを探しているように、シーツに波を立てながら。
理実はなぜかきょろきょろとあたりを見回して、自分が一人しかいないことを確認した。
その意味を、問い掛けた。自分自身に。
もう一度、じゅうたんに膝立ちをして、ベッドに寄り添う。
そっと、手を重ねた。熱い、湿った温度に触れる。
ぎゅっと逆方向からの力を感じた。
そこに誰かがいることを確かめるように。
思い出した。
少し前の自分のこと。
具合が悪くなって、保健室のベッドで、手を貸してもらったこと。
おでこに当てられた手が、ひんやりとして、気持ちがよかった。
男子に対する不信感が消えて、不思議な安心感に包まれたこと。
(少しは恩返しになっているだろうか)
さっきよりは穏やかさを取り戻したような気がする寝顔を見ながら、理実は大きな手のひらを包みこむように握りしめた。
あのときから、自分のダメなところが何一つ、変わったようには思えないけれど。
もっともっと頑張らないとダメだって、わかっているけれど。
でも、こうやって必要とされている自分は、少し認めてあげてもいい。
「……私が私を好きになれたのは、あなたのおかげです」
ありがとう。
閉じられたままのまぶたに、理実は言わずにはいられなかった。
目から溢れ出てきたものは、やわらかな微笑みの内に溶けた。
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