+晴音・バレンタインデー企画・拍手御礼小話+
準備期間。
最終下校時間が迫っている。
和枝は少し焦りながら、部室で、備品の整理に追われていた。
来週からテスト期間に入ってしまうので、今週中に片づけてしまわないといけない仕事が多いのだ。
弱小テニス部の名前のとおり、この部室はこじんまりとしている。
掃除をするのは楽ちんなのだけれど、どうして男子はこんなにも汚すのが上手いのかな。
和枝は深く深くため息を吐き出す。
でもなんとなくほこりっぽい空気にも慣れた。成長したのかもしれない。
ドアが開いて、冷たい空気が入りこんできた。
隙間から、コートに残って最後まで片づけをしていた加味くんが顔をのぞかせる。
「あ、お疲れさま」
「お疲れ。みんなは?」
「もう帰ったよ」
他の部員が帰ってしまったあとの部室は、嵐が過ぎ去ったあとのようで。
騒がしさにギャップがあって、今は静けさが勝ちの時間だ。
ふーん、とあたりを見回した加味くんは、自分のロッカーのほうに足を向けた。
戸を開いて、中から制服のシャツも一緒に取り出したところで、止まる。
あ、そうか。
「ごめん今、出るね」
和枝は慌てて、席を立った。
他の部員はマネージャーの存在などお構いなしで着替えタイムに突入してしまうのだけれど。
加味くんだけは、和枝を和枝として気遣ってくれる。
思い出してみると入部したときからそうで、それがなんだか恥ずかしくて、嬉しい。
和枝は筆箱をしまおうと、鞄のチャックを開けた。
そこに、今朝から忍ばせておいたそれがあった。
あ、そうだ。
「加味くん」
和枝は名前を呼んだ。
ロッカーの影ですでに着替え始めていた加味くんが、体操服を首にひっかけた状態でこちらを見た。
うわ。
思わず固まった和枝の手の中にそれを見つけて、加味くんは首をかしげる。
「あ、チョコ?」
うん、と和枝はなんとか頷く。
慣れて、マネージャーとして成長したつもり、だったのに。
(半年で別人だなぁ……)
身体つきが全然違うように思った。
前は細くてうらやましいと思っていたおなかのラインとか、今はなんだかたくましくて。
厚い、と言ったらいいのだろうか。自分のラインと比べると、くらくらとした。
和枝のそんな動揺などお構いなしで、加味くんはその格好のままやってくる。
照れくさくて顔が上げられない。
それでもなんとかその胸にチョコレートを押し付けた。
「……ありがと」
ちらりと上を見たら、はにかむような笑顔が飛び込んできた。
和枝は慌てて顔を伏せた。
心臓が飛び出しそうだ。
身体の成長に、心の成長が追いついていないのかも。
もっとこう、準備期間が必要だったのに。
今の加味くんをきちんと見ることはとてもとても、難しい。
「マネージャー?」
うん、もうちょっと待ってね。
準備ができるまで。
和枝はすーすーと深呼吸した。
加味くんが安心して頼れるようなマネージャーになれるまで。
照れくさくて死んでしまいそうでも、きちんと加味くんのありがとうに見合う彼女になれるまで。
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