物事には順序というものがあります。
 たとえば、五月の次に七月がきてしまうというようなことは、ありえないはずなんです。
 ……そんな不思議なことが起こってしまったこのコーナー、別に大した理由があるわけではないんですが、公開順が先月のものよりこの七月号分が先ということになってしまいました。
 一回飛ばしてしまったような六月号分ですが、すぐに更新しますので、どうぞご了承下さい。

 それにしても今月号も、また大変な話であります。今回は、いつものような見開きごとの読み解きで黒騎士団とハスハ騎士団の戦いの様子を見ていき、その後で、同時に語られているミースの衝撃の物語を追ってみたいと思います。


表紙

 デコース仕様のMHバッシュ・ザ・ブラックナイトです。
 二刀流で仁王様のように迫力のある佇まいです。以前に「読み解け今月(&先月)のFSS10月号の続きの続き」で扱った事のあるイラストのモノクロ版再録です。ナイトフラグスにも同じ図柄が載っています。
 ふと思ったんですが、このバッシュ、膝部分が逆関節っぽく曲がってませんか? いやもちろん、MHの可動性を考えれば、膝がある程度逆に曲がるくらいは当然ですけど。


最初の見開き

 まず上段五分の四ほどを見開きのコマです。
 前回のラストで、野生の獣のようなしなやかな姿勢でハスハの地に降り立ったMHバッシュの後ろに、バッハトマ黒騎士団のMHが無数に立っています。
 名前は出てきていませんが、コミックス九巻のパワーバランス表を参照しますと、こいつらはおそらくMHアウェイケンでしょう。右手に片刃のハンドアクス、左には星型の紋の入った盾が装備されています。
 率いるMHバッシュは、左に象徴ともいえる三つ巴の紋の入った円形の大型盾、そして右手に下げるのは少しだけ反りのついた実剣です。これも片刃に見えるので、太刀という表現が正しいかもしれません。

 下段は迎え撃つハスハのMHA・トール。すばやく指示が飛んでいます。


二つ目の見開き

 目もとの落ち窪んだ虚ろな表情を感じさせるフェイスマスクのMHバッシュのアップに、バッハトマ黒騎士団団長であるデコースの名乗りと、「今より王都を制圧する!」という宣言が重なります。
 そして、連載中ではついに初公開になるプラスティック・スタイルのスーツ姿のエストに、意外にも、といったら失礼かもしれませんが、デコースがまともな言葉をかけます。
 これ以降も何度か同様の描写が出てきますが、集団戦を束ねる戦闘指揮官として部下のMHを心配し、左のページに入って重装甲のA・トールを今から相手にするということで、注意点を説明したりしています。
 このシーンで、デコースは初陣という言葉を使っているのですが、「黒騎士」デコースの初陣であると共に、この黒騎士団の初陣であるのかもしれません。
 たとえば、僕らが鉄のパイプでも手に持って、厚いコンクリートの壁を思いっきり殴ったとすると、ひどく手が痺れます。そういうような注意をデコースはしています。感覚的に分かり易いです。
 やはりこの男、器のでかさは前から言われていましたが、将としての能力も多分に備えているようです。

 ところで、星団一美しいといわれるエストの足首までしっかり見えるあたりに作者のあざとさをうかがい知ることの出来るファティマルームのイラストをよく見てみますと、これがなかなかに興味深いデザインになっています。
 以前、コミックス九巻で「仮でじゃいん」ということでMHクルマルス・ビブロスをコントロールするメガエラのファティマルームが描かれたことがありましたが、ファティマの存在理由であるところのMHのコントロールと、プラスティックスタイルのスーツデザインは、かならずしも相性がよいとは言えないのではないかとすら思えてしまう、思考錯誤のあとが読み取れます。
 メガエラのときはボンネットの外にヘッドクリスタルが出ているという形で、そこから電波のようなものが飛び交ってMHの情報をコントロールしていたようですが、今回のエストは、ボンネットにMHからの情報ケーブルのようなものが無数に結合していて、エストの特徴でもあるヘアバンド形のヘッドクリスタルは側面あたりから情報の出し入れを行っているようです。
 そして、「未来的なデザイン」という言葉で表現できそうな、ボタンもスイッチも見うけられない透き通ったパネルに指を乗せ、エストはMHをコントロールしています。
 これらの意匠はおそらく、プラスティックスタイルが表すところの「未来感」のようなものを受けて作られたものだと思うのですが、これはどうにも、感覚的に「大きなロボットを操縦している」という表現としてはいささか力感にかけるような印象を受けます。
 以前の、ぱちぱちぱちっとキーボードを押しながら腕全体を動かすような表現のほうが、まあ、僕が好みだったというだけなんですけどね。
 むしろ、「死の妖精のおわすところ」としてはこの表現のほうが適切なのかも。

 にらみ合う両騎士団にそれぞれ前進が指示されて、次のページへ。


三つ目の見開き

 戦場から離れつつある戦艦で、おそらくデプレと思われる「始まったよ!」の叫びに、バルンガが答えます。
 MH戦だけならば、五分、五分とのこと。
 はて、ジョーカー星団では、MHの戦いというのが戦争の最終局面であるはずです。そこで同等というのなら、必ずしも負ける戦ということでもないでしょう。しかし、ハスハには明らかな敗北ムードが、戦闘の開始前から漂っていました。ならばバルンガやアルルはいかなる要素を考えて、今回の絶望感を抱くに至ったのでしょうか。
 はっきりとは判りません。現時点で判っている両者の戦力を比較するなら、数では恐らくバッハトマが勝っています。そして地の利でも、相手の王都まで戦場にしているという時点でバッハトマの優勢は動きません。でも、騎士団の質では、これは間違い無くハスハが上でしょう。メインの使用MHも星団三大MHに数えられるA・トールですからハスハが劣っているとは考えられませんし、それぞれの指揮官を比べても、デコースがいくら無尽蔵の強さを見せるとはいえ、現剣聖であるカイエンを上と見ていいはず。

 となると、戦力差は騎士の世界ではなく、もう一種の超人、ダイバーの世界がかかわっているのでは、と推論を立ててみます。
 一対一ではボスやん以外決して騎士には勝てない彼らですが、ちょっと頭を使えばダイバーパワーで騎士に勝てるということはコミックス四巻でティンが証明しています。
 いや、そういった武力ではなく、もっと総合的な、たとえば情報戦での優劣というのが関係しているかも知れません。なんせ、バッハトマはボスやんの魔道力をバックに急成長を遂げた魔法国家で、アマテラスのダイバーギルドに対抗しうる勢力であるといいます。もちろん、ハスハも魔道に関してはムグミカ王女というダントツの能力者を中心に歴史ある大国であるはずですが、ダイバーズギルドほどの力はないはず。そして、近代戦以降の戦争では、情報戦こそが勝敗を決する最大の要素であります。

 などと考えてはみたんですが、どうにも弱いような。まだ要素が足りない気がします。
 兵力だけなら互角というのは、非常に緊張感のある状況です。これからどのような要素で戦の行方が変わるのか、じっくりと見ていきたいと思います。


最後の見開き

 アウェイケンの頭部がA・トールのメイスで破壊され、また、A・トールがバッシュになで斬りにされます。
 乱戦の中、デコースは陣形を乱さぬようにと指示を叫びます。集団戦闘では、陣形の崩れから敵に付け入るスキを与えることになり、兵力の均衡が保てなくなって戦況に方向をつけます。そしてやがては以前から作者が言っているとおりの、最強騎士だろうと乱戦になれば死ぬ、という状況が訪れるわけです。
 こういった集団先頭であればこそ、兵隊は錬度の差が出るもので、そういう点ではハスハ騎士団は有数なはずですから、なおさら指揮をとって互角にわたりあっているデコースの非凡さが感じられます。戦闘の騒音で鼓膜が破れることを防ぐために、ヘルメットを装着するよう要請したエストに対して、デコースは「指揮官が視界を悪くしてどーするヨ ボケェ!」といった返事を返すほどです。

 しかし、ハスハ側はカイエンがまだ戦場に出ていないものの、お互いの戦力はまだ拮抗しているようです。この戦いの続きは、また来月ということにあいなりました。今月はちょっぴり短いです。作者曰く「今月はここまでじゃああ…すまん」。作者の大好きなゲームの待望の続編が、つい昨日発売されたばかりです。さて、来月の原稿量は、はたして。
 ちなみに今朝方も永野先生とそのオンラインゲームでしばしご一緒してしまいました。



ミースの逆襲

 では、今月号のもうひとつの重要な物語を見てみましょう。
 カイエンに安全な場所に下がっているように言われても食い下がるミースが、こんな発言をしました。

「聞いて!」
「私 自分の卵巣を アウクソーの体に 入れたの!」

 うひゃあ。
 思わず声に出して、うわーと叫んでしまいました。過去にもFSSを読んで思わず叫んだことが何度かありますが、現役のマンガで声を出すほどびびらせられるのは、僕はこの作品くらいなものです。
 最近の若い子は進んでるわネエ、くらいでは到底片付かない発言です。いくらなんでも、これは予想の範疇を越えてました。
 カイエンは一瞬の無言ののち、ミースを「てめえ」と呼びながらゆっくりと聞き返します。

「そうよ! アウクソーに お願いしたの! あなたの子供が 欲しいって!!」

 ああ、呪われし少女よ。
 その生々しい内容とは裏腹に、ミースの表情は、その姿は、願いは、あまりにも幼げです。僕らのよく知る、鉱山の村でアトロポスに教えを受けていたころの、バランシェの養子になったころの、モラードの庇護下にあったころの、あの聡明で健気なミースの面影を背負ったままです。
 ミースはカイエンが好き。年齢的に、結婚ができるようにもなっているでしょう。しかし、ミースの仕掛けたこの逆襲は、その思いは、あまりにも少女的ではあるまいか。
 両手両足をぐいっと突っ張って、涙ながらに叫びます。人間である自分は、ファティマに、ましてやカイエンのためだけに作られたアウクソーには、敵うはずがないのだと。

 あの日、Drバランシェから受け継いだ四十六例目の「作品」、超人間を生み出すプログラム。少女がそれを手にしたとき、はたしてその小さな胸の内には、すでに目の前の剣聖への思いが秘められていたのでしょうか。人より遥かに知的水準の高い彼女が、まるで年端も行かぬ少女が己の気持ちを全身全霊を込めて憧れの人への手紙にしたためる様に、その全ての能力を愛しい人の子を得るために傾けてしまったように思えます。
 最後のコマで、MH戦の轟音響く中ミースは告げます。純潔の騎士であるカイエンの精子は、卵子を破壊してしまうから、普通は血を残せないのだと。
 ならば、バランシェの伝えたプログラムを施した卵子で、それを受け止められるかもしれないと、少女は気づいてしまったのでしょう。

 やがて産まれるのは狂える最強の剣聖、マキシ。
 これは推測ですが、少女はそんな超人間が作りたかったのではない。ただ、愛しいあの人と自分の子供を残す方法が、それしか無かったから。そして、星団でただ一人、少女にはそれを可能にする能力と、立場があったから。

 先走りすぎてはいけませんね。これはまだ語られている途中のエピソードです。
 連載四月号にて僕ら読者を震えあがらせたマキシの狂気。それは、超人間を超えた超生命とでも言うべき存在であるということのほかに、この「母」の、紛れのない遺伝なのかもしれません。
 まさしく、目を離せない展開は、来月号に続きます。
 いつものとおり、ひたすら待ちましょう。


 あ、ちなみに、オンラインゲームで永野先生とお近づきになれたてなしもですが、FSSの話はほとんどしておりません。伺うのはマナー違反だと心得ています。
 はじめのころに思わず質問してしまったこともありましたが、その内容は「ウピゾナの髪の毛の色ってどんなですか?」「FSS以外の作品は描かれないんですか?」「ISSUEって、今までの五年に一度の別冊のシリーズと考えていいんですか?」くらいのものです。
 それぞれ、「軽い茶色かな。緑色とかヘンな色の人間はFSSにはいません。アイシャとかはカツラ」「忘れた」「そうです」とのお答えでした。



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