鬼の児
2火郎活劇篇 〜紅丸の章〜 今回の主人公 キャラクター紹介
獅子王 紅丸千年前の7人の火の勇者のリーダー的存在。死して後、聖剣「法水院紅丸」にその魂を宿す。火の勇者達の中では一番の美形である。ただゲーム中では「ワシ」だの「〜じゃのう」だのやたらじじむさい言葉を使う。頼むからやめてくれと思っていたのはきっと私だけではない筈だ。
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3.
(どうして?)
(どうして母上?)
(こんな細い腕は嫌だ、こんな小さな体は嫌だ)
(そうしてもっと大きく太く産んでくれなかったの、どうして)
紅丸は自分というものが嫌いだった。他の一族の子に比べ自分は余りに華奢で脆い体を持っているような気がしたからだ。実際紅丸は里の中で一番小さく五つも離れてる子達からさえ見下ろされてしまうのだ。
そんな紅丸に、母は一言だけこう言った。
『お前は人間の血が濃く出てしまったようね』
それは鬼族の里では真に奇異な出来事だった。普通、鬼は男子が産まれた場合、そのほとんどが父親似である。男児が母である人間に似る事はまずない。紅丸の場合、父が人間であるのだが、それとて例外ではなかった筈なのだ。なのに何の因果か、紅丸だけはその法則に当てはまらなかったのである。
本来ならそのような子は即刻仲間に喰われてしまうはずだった。それが鬼族の掟だったのだ。だが紅丸は幸か不幸かその掟から逃れる事が出来た。何故か。
紅丸の母である紅葉が反対する他の鬼達を黙らせたというのも勿論ある。紅丸の額に鬼の象徴とも言われる角の名残か、額に骨の出っ張りがあったというのも命を繋げる手助けにはなったであろう。
ただ最も彼の運命に味方したのは、大江の雲であった。
彼が産まれた日、大江山は季節はずれの嵐に見舞われたのだ。
闇鬱とした雨雲が、木々を薙ぎ倒す突風が、山を抉る豪雨が、紅丸の誕生を祝福してくれた。これは鬼族にとって最大の賛辞であり喜ぶべき事なのだ。それらは皆鬼達の兄弟である故に。
だが紅丸にとって自分の産まれた日の事などはどうでも良かった。
こんな惨めな想いをする為に生かされているのではないかと思われてしょうがなかったのだ。
だが里の長である伯父はそんな事は何でもない事だと言った。
『強さというのは見かけではないぞ、紅丸。現にお前はそんな小さななりをしていながら他の者に負けた事がないではないか。逆にお前のその小ささが敵を欺き、お前に勝機を与えてくれる。いや実際、お前は大したものだ。お前はもっと強くなれるはずだ。さすがは祝福されて産まれてきただけの事はある』
伯父は嬉しそうにそう言うが、紅丸には不条理に思えた。
見かけがこんなでなかったならばもっと強かったかもしれないのに、もっと堂々としていられるはずなのに。
だがいくら望んで見たところで彼の体はけして他の者達のようにはならなかったし、いくら鍛えても鍛えてもその限界を超える事はなかった。
そんな風に鬱々している時だった。母に叱咤されたのは。
『そんなにぐずぐずと考え込んでいるのなら、お前は到底鬼には為り切れぬであろう。いっそ人間と暮らした方がお前にはマシかもしれぬな』
母がそんな事を言うのは初めてだった。今までは例えどんなに紅丸がぐずっていようと、人間と暮らせなどとは言わぬ母であったのに。とうとう愛想をつかされたかという想いが紅丸の中で渦巻いた。
『ほれ、ここに紹介状がある、お前の父親に当てての。お前の父は大津の都で踏ん反り返っておる筈じゃて、せいぜい頼っていくがええわ。わらわもその方がせいせいするでな、良いな、もう二度と戻って来る事、罷りならんぞ』
一枚の紙切れを渡されて、紅丸は山から放り出された。どちらが西かも解らぬまま、歩き出し、途中で出会った奇妙な爺さんから貰った地図を頼りにやっと都までたどり着いたのだ。
(井の中の蛙という諺もあるが…)
穏やかな春の日差しの中で紅丸は考え込んでいた。初めて都にきた日の事と、来るまでの事、山での思い出、そして、今。
都に出てみれば回りは軟弱な奴らばかりで、紅丸はいささか塞ぎこんでいた。どいつもこいつも弱すぎるのだ。
紅丸の後見人となった例の男…摂政の基輔という男だが…が、いつまでも鬼のままではいかんというので、剣術やら学問やら色々な事を紅丸に詰め込ませようとするのだが、学問はともかく剣術に関しては既に紅丸の相手になるような者はこの都には一人もいなくなっていた。おかげでもっぱら頭を鍛えさせる方に集中されるので、紅丸としてはいい加減辟易してしまっているのだ。
今も講師の目を盗んで、屋根の上で日向ぼっことしゃれ込んでいた訳なのだが。
「紅丸はおるか」
聞きなれた声が裏口から響いた。無遠慮な足音が返事も確かめぬままずかずかと入り込んでくる。
最近この手の連中がよく紅丸の所にやってくる。といってもその種は紅丸自身が撒いているのだが。
何のかんのといっても紅丸は鬼の血が流れている。暴れることは彼の日課のようなものだ。少しでも強い奴がいると聞き込んでくれば、その日の内に勝負に向かう。挑まれた相手はほぼ全員あっという間に倒されてしまうから、負けた自覚が薄い。
それで紅丸に報復戦を申し込んで来るのだ。それも大抵の場合、完膚なきまで叩きのめされてしまうから、以後紅丸には寄り付かなくなるのだが、一部の人間はそれを認めたくなくて二戦、三戦と挑んでくるようになる。
今しがた入り込んできた男もその内の一人だった。
力の差はそんなにない。純粋に力だけで勝負したら今の所、五分だろう。だが奴の場合、今まで力だけで事が済んできてしまったためだろうが力押しに頼りすぎるきらいがある。その点紅丸は怪力相手のケンカなら、里での勝負で慣れている。
この勝負が紅丸に有利なのは当然だった。
「紅丸、おらんのか、勝負しろ!」
相変わらず短気な奴だ、そう思いながら紅丸は屋根の上で立ち上がった。風がふわりと彼の長い髪を揺らす。
「女彦か、何の用だ?」
わざと怒らせるようにとぼけた声を出してみる。
声の方向を見上げて紅丸を見つけた女彦は案の定、声を荒げて騒ぎ立てた。
「何の用とはふざけるのも大概にしろ!俺が他の用事などで貴様の所になど来るものか、さあ、この間の続きだ!今度こそ貴様を叩き潰してくれるわ!」
「続きねぇ…、アレはとっくに終わってたものだと思ってたぞ、俺は」
出来るだけ奴を怒らせて冷静さを無くさせる。そこに付け入る隙が出来るからだ。既に負かした者などに紅丸は何の興味もなかった。ただうざったいだけだ。そんな下らない喧嘩に一々時間などかけてはいられない。さっさと片をつける、それが紅丸のやり方だった。
「とことんふざけた奴め、思い知らせてくれるわ」
一方の女彦には己の自尊心がかかっている。明らかに自分など相手にしていないという態度をとられ、怒りにこめかみがピクピクと動いた。既に顔中血液が破裂せんばかりに充満し、茹であがった蛸よりも赤くなっている。
そんな女彦の前に羽根のようにふわりと降り立ち乱れた前髪をかきあげる紅丸を、何処から聞きつけたモノやら何時の間にか垣根越しに集まった女共がうっとりとした眼差しで見つめている。
里での喧嘩ではそのような見物人は集まった事がなかった。勿論そこは鬼の里なのであるし、女達は囚われの身分であるからそんな見物に興じるなどという事自体有り得ない事なのだが、それ以前に紅丸は鬼族の者だった。女達には畏怖の対象の一人としてしか映らなかったのである。
だからこの都で女達の視線に気付いた時、何とも不気味なものを感じてしまった。だが元々女は嫌いではない。こちらから何もせず近づいてくる女達は紅丸にとっては好都合以外の何物でもなかった。今では紅丸と寝ていない女は余程遅れているとさえ思われている位だ。都に来てから半年も経たぬというのに、だ。
多分それがまた他の男達を苛立たせているのだなどとは紅丸には思いもつかなかっただろう。人間の男とは根本的に考え方が違うのだ。
「剣を持っておらぬのか?」
女彦が訊いた。剣とはいっても所詮は喧嘩、杉の木を削っただけの木刀である。それでもこの二人にかかれば並の鈍ら刀より余程威力があるのだが。
「お前相手じゃ俺の方に分がありすぎるだろうが、これ位でちょうどいいんだよ」
そう嘯いてやまない紅丸に女彦は顔をますます真っ赤にして怒りに体を震わせた。垣根越しに女達が溜息をついているのが感じられる。大袈裟なほどのその仕草は、彼の気を引く為のものだという事は容易に想像がついた。そんな事は紅丸にとっては何の意味もなかったが。
「貴様の人を馬鹿にしくさったその性根を今日こそ叩き直してくれるわ!」
「貴様程度の拳では俺の性格は直らんよ」
大上段に振り上げられた女彦の木刀を防具もつけていない素手で受け流し、紅丸はその腹に強烈な蹴りを喰らわせた。勿論、その程度でこのタフな男を地面に突っ伏せられるとは思っていない。衝撃で胃液を吐きかけ、無防備になった女彦の股間めがけて無慈悲な一撃が風を切った。
それと同時に先程まで茹であがったばかりの蛸のようだった女彦の顔がみるみる青褪めた。
言葉にならない悲鳴とも喘ぎともつかぬ声を絞りだし、泡を吹いて倒れ込む。
その様子をいかにも愉快そうにその端正な顔を歪めながら、紅丸は眺めた。
「女彦、名前のとおりになれそうだな」
などという嫌味まで飛び出す始末だ。
「まあそうなったら、一晩くらいはお前さんに付き合ってやるよ」
そう言ってまた高らかに紅丸は笑った。
「紅丸様、いい加減、そのような戯言はお止め下さい」
部屋の奥から出てきた30前後のひょろひょろとした男がそう言って紅丸をたしなめた。
「忠久か、別に俺からはじめた訳じゃない、こいつが俺に喧嘩を売ってきたから買ったまでの事だ」
「そんな事を言って、元々はご自分の蒔かれた種が原因でしょうに」
忠久と呼ばれた男は呆れたようにそう言った。だが誰に何を言われようが紅丸には通じない。
「俺に言う事をきかせたくば、母上でも呼んでくるんだな」
母の一撃が一番効いたという紅丸はそんな風に嘯いた。
「こちらが出来ないと思ってそのような無茶ばかりおっしゃるんですから…」
忠久は口の中で愚痴愚痴と文句をたれた。その悔しそうな顔がますます紅丸の行動を煽り立てている事にも気付かずに。
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