Scene−4
暖かな朝の日差しが、『神のいろり』と呼ばれる高原に降り注いでいる。
上り勾配の山道を、5人の男女がゆっくりと歩を進めていた。ヴィオラート、バルトロメウス、クラーラの3人に、昨日森の中で出会ったザールブルグからの旅人、聖騎士ダグラスと錬金術士エリーである。5人はこれから妖精の森へ立ち寄った後、一緒にカロッテ村へ向かうことにしていた。
先頭に立っているのは道案内役のヴィオラートで、同じようにかごを背負って杖を持ったエリーが並んでいる。錬金術服の色と髪の長さが違うほかは、背格好もよく似ており、肩を並べて歩いている姿は姉妹のように見える。アイゼルから互いのことを聞かされていたし、錬金術という共通の基盤があるため、ヴィオラートとエリーはすぐに打ち解けて、十年来の友人のように笑顔で話に花を咲かせている。エリーの背中のかごからは、ザールブルグから同行してきた虹妖精のピコがちょこんと顔を出して、物珍しそうにあたりの景色をながめている。いささか眠そうな顔をしているのは、昨夜のキャンプでかわいいもの好きなクラーラに放してもらえず、一緒の毛布にくるまって寝ることになったためだ。おかげでバルトロメウスからは何度も険悪な視線を向けられる羽目になり、神経質なピコはまんじりともできないまま朝を迎えていたのだった。
ヴィオラートとエリーに続いて、ダグラスが油断なく周囲に目を配りながら続き、寄り添うようにクラーラが歩いている。最後尾をまかされたバルトロメウスはふてくされたように小石を蹴飛ばしたり、聞こえよがしに調子はずれの口笛を吹いたりしながら、たびたび燃えるような視線をダグラスの背中に向けている。
クラーラはダグラスとは初対面だったが、グラムナート動乱のときにザールブルグからはるばる駆けつけてくれた遠征部隊の指揮官としての活躍ぶりは、ヴィオラートから何度も聞いている。グラムナートの恩人であるばかりか、昨日はクラーラ自身の危機をも救ってくれたのだ。その感謝の心と、はるかな異国から来た旅人をねぎらう気持ちと、カロッテ村の村長の孫娘として賓客を歓待しなければならないという義務感とがあいまって、クラーラはダグラスに気を遣って――本来ならエリーにも同じように接するべきかもしれないが、錬金術士同士ということもあるので、そちらはヴィオラートに任せておけばよい――愛想よく積極的に話しかけているのだったが、もちろんバルトロメウスにはそこまでの心理の綾は読み取れない。
「じゃあ、ハーフェンから大三叉路を北へ曲がらずにまっすぐ東に向かったんですか」
先頭では、ヴィオラートとエリーの会話が続いている。
「うん、そうなんだよ。ハーフェンに着いた段階で、『空飛ぶじゅうたん』の魔力が切れちゃって、えへへ」
エリーが苦笑する。
「ダグラスが竜騎士隊の本部で打合せをしている間に、酒場で情報収集してみたら、北から街道沿いを回ってカロッテ村に行くよりも、森を抜けていった方が近いし、いろいろ珍しいものが採取できそうだと思ってね。それで、『空飛ぶじゅうたん』は放っておけば魔力が充填されるから、街道を通ってカロッテ村へ向かうドラグーンの荷馬車で運んでもらうことにして、森へ入っていったんだけど、まさか通り抜けるには『妖精の腕輪』が必要だったなんて思わなかったよ」
「だから、ボクは変なことは考えないで、竜騎士さんの言うとおり街道を通って行こうって言ったんです。カロッテ村に着く前に、無駄な労力を使う必要はないわけですから・・・どうせ、聞いてもらえないですけど」
背中のかごから、ピコが正論を吐く。ただ、最後に付け加えたひとことがいかにもピコらしい。
「もう、うるさいなあ、ピコは。でも、よかったじゃない。こうして予定よりも早くヴィオラートさんに会えたんだし――」
「あの、『さん』とかつけて呼ばれると照れくさいですから、ヴィオって呼んでください」
「あ、うん、わかったよ、ヴィオ」
エリーも照れたように後輩に笑顔を向ける。そして、ピコを振り返り、
「それに、森の中をあちこち歩き回ったおかげで、ブドウとかニューズとかキノコとか、シグザールとは違った調合材料をいろいろ採取できたんだから」
「でも、なんか変なにおいがし始めてます・・・」
「へ?」
ピコの声に立ち止まると、エリーはかごを下ろす。ゆっくりとかごを傾けると、ピコが這い出たあとから、ここ何日かでエリーが採取していた自然のアイテムが転がり出てきた。いくつかは形がくずれたり、つやを失ったりしている。ピコが言うように、腐りかけたような甘酸っぱいにおいを発しているものもあった。
「あ、ほんとだ・・・。これなんて、腐りかけてるよ」
エリーがキノコをつまみ上げ、顔をしかめる。ヴィオラートも覗き込んで、
「ああ、これ、『腐りやすい』属性がついてますね」
「ふうん、そうなんだ。どうやって見分けるの?」
「ええと、ここの斑点とか、色合いとか――。慣れないと、なかなかわからないですけど」
「なるほど、アイゼルが言ってたとおりだね。ここには、ザールブルグの錬金術には未知のことが、たくさんあるみたい。ねえ、ヴィオ、これからいろいろ教えてよね」
「そんな、あたしこそ、いろいろ教えていただかないと――。こんな虹色の妖精さんがいるなんてことも、知りませんでしたし」
ヴィオラートは、虹色の服にこびりついた草の切れ端や枯葉をぬぐっているピコを見やる。ヴィオラートが知っているグラムナートの妖精は、全員が同じ緑色の服や帽子を身につけている。ピコが着ている妖精の服と帽子は、絶え間なく色合いが変化し、じっと見ていると目がちかちかしてくる。
「ああ、そういえば、アイゼルに聞いたけど、こっちの妖精さんは調合の手伝いをしてくれないんだってね」
「はい、そうなんです。お掃除をしてくれる妖精さんはいるらしいんですけど」
ホウキを持った男の子が家々を回っていたという、ハーフェンで聞いた噂を思い出して、ヴィオラートは言った。
「これから向かう妖精の森には、パウルもいるんだよね。懐かしいなあ」
エリーは言った。グラムナート動乱の時に、ヘルミーナがフィンデン王国からザールブルグへの連絡役として送り出したのが、剣を持った変り種の妖精パウルだった。妖精族は、遠い距離でも一瞬のうちに移動できるという能力を持っているが、その能力にはおのずと限界がある。本来、グラムナートの妖精が大陸を横断してザールブルグまで達することは不可能だったはずだが、何事においても妖精らしくない考え方をするパウルは例外ではないかとにらんだヘルミーナの眼力は正しかったのだ。そして、ザールブルグ近郊の森で、最初にパウルに出会ったのがエリーだった。
「ピコももうすぐ仲間に会えるよ。楽しみでしょう」
「え、ええと、ボクはちょっと・・・」
人見知りが激しいピコは、不安げな表情だ。同類とはいえ、見知らぬ妖精と顔を合わせるのも、気が重いのかもしれない。
立ち止まったまま話しているふたりの背後から、ダグラスとバルトロメウスのいらだった声が同時に聞こえた。
「おい、エリー」
「おい、ヴィオ」
そして、ふたりの声が重なる。
「そんなところでいつまで立ち止まってるんだ。早く行かねえと、日が暮れちまうぞ」
口調までそっくりだったので、思わずエリーとヴィオラートは顔を見合わせた。クラーラがくすくす笑う。
ダグラスとバルトロメウスも互いに顔を見あわせたが、バルトロメウスはすぐに目をそらし、怒ったようにその場を離れた。ダグラスはいぶかしげに見送る。
「ち、なんだよ、あいつ――」
「ごめんなさい。お兄ちゃんって、ちょっと無愛想なところがあるから・・・。さあ、出発しましょう」
ヴィオラートがすまなそうに言う。
「そうね、早く行きましょう」
エリーもとりなすように言うと、ピコを乗せたかごを背負いなおした。
そして半日後、一行は妖精の森に着いた。
木々の少ない岩だらけの峠を越えると、ゆるやかな下り坂の先にこんもりとした緑濃い森が見えてくる。森へ足を踏み入れると、それまでの殺伐としていた風景が、がらりとのどかなものに変わる。ここまでの道中では、巨大な猛禽アードラや魔法を使いこなすエルフを警戒してぴりぴりしていたダグラスも、森へ入ると本能的に緊張を解いた。
さわやかな風が木々の間を抜けて吹き渡り、葉ずれの音が一行を歓迎するかのようにさやさやと頭上でさざめく。うねうねと延びる小道に沿って歩を進めると、行く手に暖かな日差しを浴びた広場がぽっかりと姿を現す。広場の中心には、樹齢数百年にもおよぶかと思われる老木が立ち、木漏れ日の中でおそろいの緑色の服と帽子をかぶった男の子のような姿が何人も、のんびりと思い思いの格好でくつろいでいる。木の枝に架け渡したハンモックに揺られて昼寝をしている者、妖精の木の周囲をぐるぐる回って追いかけっこをしている者、小屋にこもってトンテンカンと槌音を響かせている者、木陰で草を食むシャリオ牛の乳しぼりをしている者、しぼったミルクを横取りしては片っ端から飲んでいる者、キュクロス蜂の巣にいたずらして蜂に逆襲されて泣いている者――。選ばれた人間しか足を踏み入れることが許されない、のどかで平和な妖精の村であった。
ヴィオラートは慣れているらしく、「こんにちは〜」と声をかけて、ずんずんと広場の中心へ向かっていく。クラーラは広場の入口に立ち止まったまま、握った両手を口に当てて、目を輝かせている。人目がなかったならば、そのまま「かわいい〜♪」と叫んで妖精たちの輪の中に飛び込んでいたことだろう。バルトロメウスとダグラスの男性陣は、興味なさそうに腕組みをして後ろに控えている。
そして、妖精の森に慣れているはずのエリーは、目を丸くしていた。
ここの妖精の森は、ザールブルグの南にあった妖精の森とは、まったく雰囲気が違っている。お手伝い妖精を雇うために何度も足を運んだ妖精の森だが、そこで常にエリーを出迎えたのは、白いひげに顔中をおおわれた妖精族の長老だった。森には多くの妖精が暮らしていたはずだが、ほとんどエリーの目に触れることはなかった。長老が見せてくれる名簿の中から雇う妖精を決め、工房へ戻ってみると、その妖精が先に到着していて、昼寝をしたり回転ダンスを踊っているのが常だった。
しかし、ここでは様子が違っているようだ。見渡したところ、長老らしき姿は見えない。そして、妖精たちが身につけているのは、すべて緑色の服と帽子だ。ザールブルグでは、緑色の服を着ているのは能力的にほぼ平均レベルの妖精である。ここグラムナートでは、妖精にレベルという概念がないのだろうか。もしかしたら、人間の手伝いをしないということにも関係があるのかもしれない。
「どうしたんですか〜? 早く早く」
ひとりだけ妖精の木の下に着いているヴィオラートが、振り返って呼ぶ。すでにヴィオラートの周囲には、妖精たちがわらわらと集まって、歓迎の輪ができている。
「わ〜い、お姉さん、久しぶり〜」
「今日は、何しに来たの〜?」
「新鮮なシャリオミルクがいっぱいあるよ〜」
「ねえねえ、またお話をきかせてよ〜」
「あ、今日はお友だちもいっしょなんだね〜」
近付いていくエリーたちに気付いた妖精のひとりが、振り返って言った。ヴィオラートはにっこりしてうなずき、
「うん、あたしの大切なお友だちだよ。みんな、仲良くしてね」
「うん、もちろんだよ〜」
「長い髪のお姉さ〜ん、こっちでいっしょに遊ぼうよ〜」
ひとりの妖精がよちよちとクラーラに近付き、手を差し伸べる。腰をかがめ、ふっくらとした小さな柔らかい手に触れたとたん、クラーラの自制は崩壊した。
「かわいい〜♪」
人形をプレゼントされた少女のような声で叫ぶと、妖精を抱きしめ、頬ずりをし、導かれるままに妖精たちの集団の中へ入っていった。ひとりひとりを抱き上げ、名前を尋ね――同じ顔をしているのだから名前を訊いたところで区別はつかないはずなのだが――幼子と遊ぶ保母のように、満面の笑みで妖精たちに溶け込んでいる。バルトロメウスは、怒っているのかうらやましがっているのか、複雑な表情で見守っている。妖精に変身できる魔法があるともちかけられたとしたら、魂を売ってでも手に入れようとしたかもしれない。
エリーとダグラスの方にも、何人か妖精が寄ってきていた。
「あ、お姉さんも錬金術士なんだね〜」
「でも、あっちのお姉さんとはニオイがちがうよ〜」
「うん、前に来たピンクのお姉さんと、同じニオイがするね〜」
「へえ、すごい、よくわかったね」
エリーは再び目を丸くした。
「わたしも、アイゼルと同じ、遠くの国から来たんだよ」
「へえ〜、そうなんだ――あっ!」
エリーを見上げた妖精のひとりが大声をあげた。エリーが背負ったかごの中からちょこんと突き出た妖精の帽子に気付いたのだ。しかも、虹色に輝いている。
「あ、そうだ、忘れてたよ」
エリーはかごを下ろし、身を縮めて隠れていたピコの襟をつかんで引っ張り出す。
「わたしの国の妖精さんだよ。虹妖精さんで、名前はピコっていって――」
最後まで言えなかった。ピコの姿を目にした妖精が、すっとんきょうな声をあげたのだ。
「虹妖精――!?」
妖精たちの間に、どよめきが走る。クラーラと遊んでいた妖精たちや、ヴィオラートとシャリオミルクやハチミツの商談を進めていた妖精までが、顔をこちらに向け、やがて口々になにやら叫びながら、わらわらとエリーとピコの周囲に群がり集まって来た。
「へ? ど、どうしたの、みんな――」
気圧されたように、エリーが一歩あとずさる。ピコは泣きそうになってエリーの後ろに隠れようとした。だが、緑の服の妖精たちは重なり合うように周囲に二重三重の輪を作り、驚いたことに深々と頭を下げたのだった。そして、口々にうやうやしい口調で言う。
「長老さま――」
「ボクたちの長老さま――」
「ええと・・・。なに? どういうこと?」
エリーは困ったようにつぶやく。助けを求めてヴィオラートを見るが、ヴィオラートも目を丸くして茫然と見ている。
「ピコ・・・?」
「ボ、ボク、わかりません・・・。なんでこんなことに・・・。ああ、森に帰りたい・・・」
ピコはますます身を縮めて、エリーのローブにしがみついている。
「ええと、その・・・、説明してくれないかな? 何がどうなっているのか――」
エリーはすぐそばにいる妖精に尋ねた。このままでは身動きもとれない。身の危険は感じないが、背後に隠れたピコが怯えきっているのはわかる。
「そうでしたな。人間族は知らないことでしたな」
ひとりの妖精が進み出た。外見はほかの妖精と同じだが、口調が妙に理屈っぽい。ペーターという名だと、あとでわかった。ペーターは滔々と述べ始めた。
「ここカナーラントの妖精の森では、ずっと前から長老さまが不在のままなのですな。長老さまがいなくとも、日々の暮らしには格別の不都合はないのですが、やはり確固たる指導者がいないということは、妖精族としても不自然な状態なのですな。なので、そろそろ次期長老候補を選ばなければならない時期に来ていたのですな。ボクたちの間に伝わる伝説では、長老候補となるのは選ばれし存在でなければならないのですな。例えばこの上にそびえる山頂に舞い降りる『神の浮船』を倒すとか、試練を経なければならないわけですな。一方、伝説には、究極の妖精として『虹妖精』の存在も語られているのですな。妖精としての修行を極めきった、神のごとき存在ですな。いつの日か、虹妖精が降臨して、長老としてボクたちを導いてくれるという伝説もあるのですな。伝説とばかり思っていましたが、まさか実際に降臨されるとは思いませんでしたな。ありがたやありがたや・・・」
エリーは驚いて、ピコを見下ろした。ピコはローブにぎゅっとしがみついたまま、大きな目に涙をためて、ぶるぶると首を横に振る。
「知りません・・・。ボク、そんなんじゃありません。長老さまだなんて・・・ぐすん」
「ねえ、みんな、聞いて。ちょっと誤解があるみたいなんだけど――」
エリーは困ったように、集まった妖精たちを見回した。ヴィオラートとクラーラは口をぽかんと開けて見つめ、ダグラスとバルトロメウスは腕組みをしたまま、成り行きを見守っている。少なくとも戦いになるはずはないので、ダグラスの出番はない。
「そうだ! みんな、だまされちゃダメだ!」
かんだかい声が、頭上の妖精の木から降ってきた。
「え?」
みんな、一斉にこずえを見上げる。
「とりゃあ!」
気合のこもった声とともに、ひとりの妖精が飛び降りてきた。空中でくるくると回転し、格好よく着地しようと思ったのだろうが、もんどりうって一回転する。ぺたんと座り込んで目を白黒させたが、すぐに立ち上がって、エリーの背中に隠れたピコをにらみつける。
「パウル!」
エリーが小さく叫んだ。ダグラスも思い出したようにつぶやく。
「そうか、あの威勢のいいチビか」
自称“妖精族最強の剣士”パウルは、肩から斜めにかけた革製の剣帯で剣を背中に吊っている。身長と同じくらいの長さの剣の柄に油断なく右手を添え、妖精には珍しい太い眉をつり上げ、熱血そのものといった表情を浮かべて、まくしたてる。
「この森の次期長老候補はオイラだ! 最初はイヤだったけど、この森を守るのはオイラしかいない――それが、“妖精族最強の剣士”パウルさまの使命だ。後からやってきて、長老の座を奪おうなんて、オイラが絶対に許しはしないぞ。よそ者に、妖精の森を明け渡してたまるもんか! 虹妖精だろうが何だろうが、オイラは負けない! オイラはおまえに決闘を申し込む!――さあ、長老の座をかけて、正々堂々と勝負しろ!」
「ふ・・・、ふえ・・・」
ピコはもう限界だった。大粒の涙がこぼれる。そして――
「うわあああああああん!」
ピコは、横倒しになったままのエリーの採取かごに飛び込むと、かごの底に丸くなってすすり泣き始めた。
「ふん、戦わずして勝ったか・・・。口ほどにもない。オイラの最強っぷりに怖れをなしたな」
パウルは胸を張った。ふんぞり返りすぎて転びそうになり、手をばたつかせて体勢を立て直す。そこへヴィオラートが歩み寄り、たしなめるように言う。
「もう! パウルったら! ピコは最初っから長老候補になろうなんて思ってなかったんだよ。みんなが勝手に誤解しただけなの。遠くからきたお客さんを泣かせるなんて、ひどいじゃない」
「へ? そうだったの?」
パウルはきょとんとする。ダグラスも歩み寄り、
「よ、久しぶりだな。相変わらず、いいタンカ切るじゃねえか」
「ああ、久しぶり――って、お兄さん、誰だっけ?」
「おい! ひとの顔ぐらい覚えとけよ。マッセンハイムで一緒に戦ったじゃねえか」
ダグラスが顔を突き出し、パウルも正面から見返す。エリーがくすっと笑った。
「なに笑ってんだよ、エリー」
「なんだい、お姉さん、どうしたの」
ダグラスもパウルもいぶかしげに振り向く。正面から見比べ、エリーの笑いがさらに広がった。
「あははは、だって・・・、そっくりなんだもん。前から、似てるなあって思っていたけど、こうして並んでいるのを見ると、目とか眉毛とか――あはは、パウルって、ダグラスの子供みたい」
これを聞いて、ヴィオラートもぷっと吹き出す。クラーラはくすくす笑い、バルトロメウスまでが大口を開けて笑った。
「なるほど、言われてみりゃそっくりだぜ」
「ば――ばか言うな」
ダグラスが気色ばむ。
「俺を、こんな変てこな妖精と一緒にしないでくれ」
そのとたん、パウルの顔色が変わった。
「オイラが、変――。オイラが、変・・・」
眉毛が下がり、悲しげな表情に一変する。背後でヴィオラートが嘆くように額に手を当てた。
「ああ、『変』って言葉はパウルには禁句だったのに・・・」
「うわああああああああああん!!」
先ほどのピコよりも激しい泣き声をあげて、パウルは走り去った。あわててヴィオラートが後を追う。
「何だ? どうしたんだ、あいつ――」
わけがわからないでいるダグラスの横で、バルトロメウスが腕組みして言った。
「なんだよ、妖精の長老ってのは、泣くのが仕事なのか?」
結局、ピコをエリーが、パウルをヴィオラートが慰めて立ち直らせるのに夕方までかかった。その間、ダグラスはのんびり昼寝をして英気を養い、バルトロメウスは遠くからクラーラの様子をながめてはやきもきしていた。そして、残りの妖精たちの遊び相手を一手に引き受けたクラーラは、至福の時を過ごしたのだった。