Scene−9
2日後の朝――。
ドラグーンの大演習は明日に迫っており、前日までにカナーラント各地から続々と集結してきた竜騎士隊員たちで、南部平原のキャンプ地はごった返している。同様にカロッテ村も、演習を見に来た観光客や、観光客と竜騎士双方を相手に一儲けしようという旅の商人や露天商、旅芸人たちで活況を呈していた。いくつものキャラバンが乗りつけ、村の宿屋の客室はすべて埋まり、民家の納屋までが臨時の宿泊施設として開放されていた。それでもあぶれてしまった旅人たちは、村の周辺で野宿をしながら、ドラグーンの大演習が始まるのを今か今かと待ち構えている。集まってくるのは人ばかりではないようだ。剣を背負った奇天烈な格好の妖精や、ふわふわと宙を飛んで壁をすり抜ける少女の幽霊までもが、カロッテ村周辺に出没するという噂がまことしやかに流れている。
キャンプ地から丘をひとつ隔てた南の窪地では、ローラントをはじめとする竜騎士隊の幹部とダグラス、ロードフリード、それにエリーとヴィオラートが顔を揃えていた。ここならば、丘にさえぎられて、キャンプ地にいる一般の竜騎士や、周辺をうろつく観光客からは見えない。傍らには、運ばれてきたばかりの『黒の騎士』が、生命なき姿でうずくまっている。傷つき歪んだ部分はすべて新品のグラセン鋼に取り替えられ、無気味に黒光りする姿は、以前より迫力を増しているかのようだ。
「おう、見事なもんだ。完璧に直ったみたいだな」
腕組みをして、ダグラスが言う。
「うむ、外見は完全だ。だが、実際に動かして動作を確認しなければな。少しでもおかしなところがあったならば、演習では使うわけにはいかぬぞ」
責任ある立場のローラントは慎重な態度を崩さない。エリーもうなずいて、
「もちろんです。レベルアップさせた新機能も含めて、十分に実地確認していただきたいと思います」
「ふむ。なにやら新たな機能を組み込んだと聞いたが、それはどのようなものなのだ? 詳しく教えてくれ」
「はい」
エリーは進み出ると、小山のような『黒の騎士』を背にして振り返った。オレンジ色の錬金術服が日に映え、白のローブが輝く。
「先日うかがったお話では、この『黒の騎士』は力が強くて加減を知らないので、未熟な騎士の訓練には危険で使えないとのことでした。その理由は、この機械人形を制御するためにマルローネさんが組み入れた属性が『やる気マンマン』だったからです。そこで、わたしとヴィオで、ひと工夫を加えてみることにしたのです」
「ひと工夫? どういうことかね」
いぶかしげな表情を見せるローラントに、今度はヴィオラートが答えた。
「つまりですね、あたしとエリーさんとで、『やる気マンマン』属性の他に、『活きがいい』と『生きている』というふたつの低レベル属性を追加して組み込んだんです」
「よくわからないのだが――」
首をかしげたローラントは、助けを求めるようにダグラスを見やる。だが、ダグラスも肩をすくめ、あっさりと首を横に振った。
エリーとヴィオラートは、顔を見合わせてくすりと笑った。
「実際に見ていただく方が早いでしょう」
そう言うと、エリーは『黒の騎士』に向き直ると、一歩下がり、杖を振りかざして大きく叫んだ。
「これでもくらいなさい!」
すると、『黒の騎士』がぴくりと動いた。ぎこちない動作でゆらゆらと立ち上がると、巨大な剣をゆっくりと引き抜く。
「おい、エリー、気をつけろ!」
『黒の騎士』の強さを身をもって知っているダグラスが叫び、エリーを守るかのように剣を抜いて飛び出そうとした。だが、エリーは左手を軽く上げてダグラスを止め、そのまま恐れ気もなく『黒の騎士』に立ち向かった。ローラントが息をのむ。
だが、『黒の騎士』の動きは鈍く、太刀筋にもさほどの迫力は感じられない。振り下ろされる剛剣をかいくぐったエリーは素早く反転して、背後から杖で打った。『黒の騎士』がのろのろと振り返ったところで、合言葉を言う。
「いい加減にして!」
とたんに、『黒の騎士』はぴたりと止まった。合言葉への反応は、これまでと同じだ。
「――と、これが初心者モードです。『生きている』属性を発動させました。合言葉は、こちらで勝手に決めさせていただきましたが、『これでもくらいなさい!』です」
エリーはにっこりとローラントを見る。
「次は中級者モードです。『活きがいい』属性を発動させますから、初心者モードよりは格段に動きがいいですが、上級者向けの『やる気マンマン』モードに比べれば、パワーもスピードも落ちます。合言葉は――」
そして、エリーはダグラスに向かって悪戯っぽく笑い、自分で決めた合言葉を口にした。
「そんな暇あるか!」
再び『黒の騎士』に生命が宿る。エリーの言葉どおり、先ほどよりも明らかにパワーとスピードがアップし、相手をするエリーも真剣に立ち向かわざるを得なかった。すぐにヴィオラートが「いい加減にして!」と合言葉を言って止める。
「最後は、以前と同じ『やる気マンマン』属性が発動する上級者モードです。壊れる前と同じかどうか、確認してください。――ダグラス、お願い」
エリーは引き下がった。後を任せられたダグラスは、先ほどの中級者モードの合言葉にしぶい顔をしていたが、エリーの声に肩をすくめて進み出る。
「よっしゃ、いっちょう確かめてやるか」
すらりと剣を抜いたが、困ったように端正な顔をしかめた。
「おい、合言葉に変更はねえのか?」
「へ? ううん、マルローネさんが決めた合言葉は変えられないよ」
「ちっ、仕方ねえな。――おい、エリー、お前は耳をふさいでてくれ」
「え、どうして?」
「あの合言葉はみっともねえんだよ。いいか、ザールブルグへ帰っても、絶対に隊長や街の連中には言うんじゃねえぞ」
「あはは、わかったよ。約束する」
ダグラスににらみつけられ、エリーは笑いをかみ殺してうなずいた。
「よし」
ダグラスの顔が引き締まる。『やる気マンマン』属性の『黒の騎士』に、生半可な覚悟で立ち向かえば大けがをしかねない。
「ぼくの力を見せてやる〜!!」
緊迫した雰囲気には不似合いな合言葉が響いた。
「うむ、完璧だ。しかも、新たに追加してもらったふたつのモードがあれば、精錬所の修練生の相手もさせられるし、『黒の騎士』を利用した訓練の幅が大きく広がる。あらためて、ドラグーンを代表して礼を言わせてもらうぞ」
息をはずませて剣を収めたローラントは、エリーとヴィオラートに向かって最敬礼した。ダグラスとともに復活した『黒の騎士』に立ち向かい、ひとわたり切り結んだ直後だ。初めて目にした『やる気マンマン』モードの黒騎士のすさまじい攻撃ぶりに、思わずヴィオラートが「いい加減にして!」と叫んでしまい、戦いは短時間で終わってしまったが、修理の出来栄えを納得するには十分だった。
ヴィオラートが営業用の笑みを浮かべて言う。
「それでは、修理代金の請求書はヴィオラーデンからドラグーン本部宛に送らせていただきますね」
「了解した」
ローラントはあくまで生真面目だ。
「これで、大演習の準備はすべて、つつがなく整ったな」
「てえことは、今日は一日、自由行動ってわけかい」
汗をぬぐいながら、ダグラスが嬉しそうに尋ねる。
「ああ、明日からの本番に備えて、英気を養ってくれ」
「では、どうでしょう。骨休めに、みんなでピクニックにでも行きませんか」
ロードフリードが一同を見回して言った。
「へ? ピクニックですか?」
ヴィオラートが目を丸くする。
「うん、ブリギットに誘われていてね。カロッテ遺跡の下の砂浜なら、観光客も行かないだろうから、ゆっくりできる。明日から演習が始まれば、みんな当分は忙しくて仕事場を離れられないだろう。お弁当を持っていって、静かな海岸でのんびりするのも、たまにはいいんじゃないのかな」
「おう! 弁当ってのはいいな。気に入ったぜ」
食いしん坊のダグラスは、早くも舌なめずりをしている。ヴィオラートもはしゃいだ声で叫んだ。
「賛成! それじゃ、クラーラさんも誘ってみようよ!」
「バルトロメウスさんもね」
エリーが言うと、ヴィオラートは困ったような顔をする。
「あ、はい、お兄ちゃんを誘うのはいいですけど、お店番がいなくなっちゃいますよ。お客さんがたくさん来るのに――」
「大丈夫。ピコがいるじゃない」
エリーはあっさり残酷なことを言う。
「あ、そうか」
変り種妖精のパウルでも店番が務まったのだから、虹妖精のピコなら問題ないだろう。ヴィオラートもあっさり納得した。
「ローラントさんもどうですか。激務が続いているのでしょうから、少しは羽を伸ばした方がいいのではないですか」
「う、うむ・・・。そうだな、責任者が遊び歩いていては部下に示しがつかないが、2、3刻ならば問題はあるまい。早めに失礼させてもらうことになるかもしれぬが」
ロードフリードの説得に、ローラントも折れた。
「よおし、それじゃ、みんなでカロッテ海岸へしゅっぱーつ!!」
ヴィオラートは右手で東――海のある方向を指差し、高らかに宣言した。
Scene−10
カロッテ村から南東へ進むと、小さな森を抜けた先に古代遺跡への入口がぽっかりと開いている。内部には魔物も出るし、岩崩れの危険も大きいため、一般人の出入りは禁止されているが、錬金術の調合材料になるアイテムが豊富に採れるので、ヴィオラートは以前からちょくちょくこのカロッテ遺跡を訪れていた。もちろん、護衛としてバルトロメウスやロードフリードも一緒だった。遺跡の内部は洞窟が入り組む迷路のような構造になっているが、下り勾配の洞窟を抜けて行くと、白砂が輝き波が打ち寄せる静かな海岸に出る。カロッテ村周辺では、海に面した土地は断崖絶壁になっており、遺跡を通ってしか行けないこの砂浜は人目にふれる機会も少なく、穴場的な場所だった。
ロードフリードが発案したカロッテ海岸へのピクニックに参加したのは、ダグラスとエリー、ヴィオラート、ブリギット、ローラント、クラーラ、それにバルトロメウスの総勢8名だった。カロッテ遺跡を通り抜ける際は魔物にも襲われたが、手練れの剣士が揃っているので問題にもならない。エリーは通路のそこここに転がっている鉱物を拾っては目を輝かせ、ヴィオラートに説明を求めている。久しぶりに外出できたクラーラが楽しそうに歩く横では、ビーチパラソルなどの大荷物を持たされたバルトロメウスが、ダグラスとの間に割り込むようにしながら歩を進めている。もっとも、ダグラスはそんなことは気にも留めず、ローラントやロードフリードと熱心に戦術論を戦わせている。いちばん不機嫌な表情でむっつりと黙り込んでいるのはブリギットだった。ロードフリードとふたりきりでピクニックに行くつもりで誘ったのに、このような結果になったのだから、当然だろう。
岩がごろごろした、薄暗くて歩きにくい洞窟を抜けると、目の前にまばゆい日差しに照らされた砂浜が広がる。ところどころに岩場もあるが、険しい岩壁の下に広がった白い砂浜は左右に目の届く限り続き、ぽつりぽつりと生えている背の高い椰子の葉が風にさやぐ音が、寄せては返す波音に重なり合って聞こえてくる。頭上からかすかに響いてくるのは、カロッテ村に集まった旅芸人や音楽家たちが奏でる音楽や打ち鳴らされる太鼓、爆竹が弾けるお祭り騒ぎの音だろうか。
確かにロードフリードが言っていた通り、浜辺には人影ひとつなく、まるでかれらが訪れるのを待っていてくれたかのような穏やかな風景が広がっていた。
「わあい!」
「ああ、待って、ヴィオ!」
子供のように歓声をあげてヴィオラートが波打ち際へ向かって駆け出し、負けじとエリーが後を追う。
「――ったく、子供なんだからな」
ダグラスはつぶやいたが、その実、自分も海へ飛び込みたくてうずうずしているようだ。
背後ではブリギットの高飛車な指図を受けたバルトロメウスが、ふくれ面でシートを広げ、ビーチパラソルを砂浜に突き刺していた。作業が済むと、当然のような顔でバスケットを置き、パラソルの日影に腰を下ろしたブリギットは、ポットを取り出してロードフリードに声をかける。
「ロードフリード様、こちらへいらっしゃって、お茶でも召し上がりませんこと?」
「おい、俺も重労働でのどがからからなんだけどな」
というバルトロメウスの声は、耳に入っていないらしい。
「あの・・・、もし、よろしかったら――」
「ああ? 何だよ――」
不意に背後から声をかけられたバルトロメウスは、かみつくような不機嫌な声で振り向く。
「あ、あの・・・」
クラーラが、びっくりしたように目を見開いていた。声の主がクラーラだとわかったバルトロメウスは、大あわてで直立不動の姿勢をとる。
「ク、クラーラさん、すみません! 違うんです! その――」
あまりの豹変ぶりに、クラーラもくすっと笑った。そして、
「あの、わたしが淹れたお茶でよろしければ、いかがですか」
「あ、はい、いただきます!」
「熱いですから、気をつけてくださいね」
バルトロメウスは、クラーラが注いでくれたカップを受け取ると、勢い良く口をつける。
「あ、あちち!」
「まあ、大丈夫ですか、バルトロメウスさん」
「いえ、このくらい、なんてことないです」
一方、波打ち際では、エリーがしゃがみこんでいた。砂をかき分けるようにして、なにかを覗き込んでいる。
「なにか見つかりましたか? エリーさん」
ヴィオラートが近寄り、エリーの手元を見る。
「あ、『海の星』ですね」
手の平よりも一回り大きなサイズで、見事な星型をしており、青緑色の地に黄色い斑点がいくつも浮かんでいる。ほとんど動いているようには見えないが、これでも生き物なのだ。
「やっぱりそうなんだ。本では読んだことがあるけど、見るのは初めてだよ。カスターニェの浜辺には、こういう生き物はあまりいなかったし」
「あれれ、でもこの個体は珍しいですね」
ヴィオラートが星の形の生き物をつかみ上げ、しげしげと見つめた。
「へえ、どういうふうに?」
「普通、『海の星』には『腐りにくい+1』の属性が付いているんですけど、これは『腐りやすい+2』が付いています」
「ふうん」
エリーはなにやら考え込んだ。そして、ヴィオラートが湿った砂の上に放した『海の星』に手を伸ばした。
「よし、これを採取していこう」
ヴィオラートがいぶかしげな目を向ける。
「でも、これって、腐りやすいんですよ。今も生ぐさいし、すぐにでろでろになっちゃいますよ」
「うん、そこがいいんだよ。中和剤にすれば、属性だけを抽出できるんだよね」
「はい、それは、そうですけど」
ヴィオラートは釈然としない表情だったが、エリーは構わず採取用のかごに『海の星』をいそいそとしまい込む。
満足そうに顔を上げたエリーが、ふと眉をひそめた。近場から沖の方まで、穏やかに波打つ水面を見つめる。
「どうしたんですか、エリーさん?」
エリーは返事をせず、そのまま背後を振り返る。
ビーチパラソルの陰ではブリギットが本を広げ、寝そべったロードフリードに読んで聞かせている。少し離れた砂地ではクラーラがしゃがみこんで貝殻を拾い集めており、傍らをバルトロメウスが所在なげにうろついている。ダグラスは向こうの椰子の葉陰でのんびりと昼寝をし、ローラントはあたりを見回しながらゆっくりと歩き回っている。
エリーは声を上げた。
「ダグラス! ローラントさん!」
声音にただならぬものを感じたヴィオラートが、不安げに振り向く。
「エリーさん?」
「海の中に、なにかいるよ! なにか、すごく大きなものが――」
エリーの言葉が終わらないうちに、海面がうねり、泡立ち、大きく盛り上がった。激しい水柱が上がる。
「何だ!?」
ダグラスとローラントが駆けつけてくる。
波が左右に割れ、小山のような巨大な姿が現れた。ずんぐりした流線型の身体に大きなヒレ、丸い頭には鋭い一本の角が生えている。
クラーラが悲鳴を上げた。ヴィオラートがつぶやく。
「島魚――?」
島魚は、このあたりの海に生息している巨大な魚だ。時おり、地上にも上がってくることがあるが、性質は温和で動きが鈍く、攻撃されればすぐに逃げてしまう。
しかし、ヴィオラートの言葉にローラントが首を振った。顔が険しい。
「いや、ただの島魚ではない。獰猛な変異種だ。こやつは、手強いぞ!」
ヴィオラートはあらためて怪物をながめた。確かに、普通の島魚に角は生えていないし、牛のようなまだら模様もついてはいない。これと同じような姿の魔物には、カナーラント王国南部の未開の海岸で遭遇したことがあるだけだ。あの時は、強烈な攻撃と生命力の強さに相当に手こずらされたものだ。
「まさか――!? こんなところに出るなんて?」
とたんに、巨大な尾ビレが水面をたたき、巨体が宙にはね上がった。大きな影が頭上をおおい、砂浜に落ちた衝撃が大地を揺るがす。全員がもんどりうって倒れた。ブリギットとクラーラの悲鳴が重なる。
「まさかだろうが何だろうが、ここにいるもんはいるんだ。しょうがねえだろう」
跳ね起きて剣を抜いたダグラスが、不敵に笑った。
「演習準備で地上がいつになく騒がしかったので、海底で目を覚まし、怒って出てきたのかもしれませんね」
ロードフリードも長剣をすらりと引き抜き、ローラントと目を見交わす。
「うむ、だが、こんな魔物に大演習の邪魔をさせるわけにはいかぬ。おおごとになる前に、やるしかないな」
3人の騎士は、うなずき合うと、砂浜に散る。
「ダグラス! わたしたちも――」
杖をかざしたエリーに、ダグラスは叫んだ。
「これは俺たちの仕事だ。危なくなったら援護してくれ!」
「わかった!」
エリーはヴィオラートをうながして、波打ち際を離れる。
「待て! 俺も戦うぞ!」
バルトロメウスが剣を手に走って来ようとした。ダグラスが振り向き、一喝する。
「あんたは引っ込んでろ!」
「な――何だとぉ!?」
激昂するバルトロメウスに、ダグラスは落ち着いた口調で言う。
「女性陣を護れるのは、あんたしかいねえんだ。頼んだぜ」
そして、毒気を抜かれたようにぽかんと口を開けたバルトロメウスに、
「男なら、しっかり護ってやれよ」
言い捨てると、ダグラスは後も振り返らず、巨大島魚に立ち向かっていく。バルトロメウスはすぐにビーチパラソルの方へ駆け戻ると、ブリギットにすがって震えているクラーラを背に仁王立ちになった。
「さあ、魔物め、来るなら来てみろ! 絶対にここは通さねえぞ!」
その姿に、左右に分かれて杖を手に身構えているエリーとヴィオラートは、目に笑みを浮かべてうなずき合った。
砂浜では、巨大島魚が身を丸め、次の攻撃の準備をしているようだ。ダグラスが叫ぶ。
「ここはいっちょう、手早く片付けようぜ!」
ローラントが目を見張る。
「貴公、あれを試そうというのか?」
「当然だ。実戦で使ってこその訓練じゃねえか。あの『黒の騎士』にも効いたんだ。この化物がいくら図体がでかくても、ひとたまりもねえはずだぜ」
「なるほど・・・。ローラントさん、やりましょう!」
ロードフリードがうなずいた。
そこから先の動きは、めまぐるしかった。
3人の騎士は素早く動いて、島魚を中心とした正三角形の頂点に位置を取る。そして、長剣を逆手で水平に構えた。
「行くぞ!」
気合のこもった叫びとともに、3人の足が砂を蹴る。不安定な砂の上でも足取りがまったく乱れないのは、普段の鍛錬の賜物だろう。
3本の剣が銀の閃光となって、巨大な魔物を襲う。
「トリプル・シュベート・ストライク!!」
牛小屋さえも飲み込んでしまいそうな大きな口を開け、島魚が弓なりにのけぞった。尾ビレも胸ビレもひくひくと痙攣し、全身がしびれているようだ。
剣をたたきつけた勢いのまま砂地を駆け抜けた3人は、距離をとって反転する。再び、3人の騎士は三角形を描いて立った。
「よし、次だ!」
ローラントの合図で、ダグラスもロードフリードも、今度は自分の顔の真正面で剣を直立させて構える。そして、剣越しに敵を見つめながら、気を集中させる。見守っているエリーやヴィオラートにも、3人の周囲の大気が熱を持ち、陽炎のようにゆらめくのが感じ取れた。なにか、強大な力が胎動し、生まれ出ようとしている・・・。
大気のゆらめきが最高潮に達した時――。
「トライアングル・ドラグーン・ノヴァ!!」
気合のこもった叫びとともに、なぎ払うように振られた剣から、強力な気の流れが放出され、大気を熱で焦がしながら、渦巻いて島魚へ向かう。三方向から一箇所へ集中した気の渦は激しい相乗効果を生み、その場にあるものを切り裂き、焼き尽くした。
さしもの巨大島魚も痛烈なダメージを受けたようだ。麻痺した身体が自由を取り戻すと同時に、傷だらけになった身体で痛そうにもがきながら波の方へ向かうと、そのまま海へ飛び込み、一気に沖の方へと姿を消していく。
それを見送ると、ダグラス、ローラント、ロードフリードの3人は剣を収めた。互いに満足げに視線を交わすと、誇らしげに親指を突き立てて見せた。
「す・・・ごい。こんな合体攻撃を編み出していたなんて――」
「そうか、こんな攻撃を受けたんじゃ、あの頑丈な『黒の騎士』もボロボロになるわけですよね」
ようやく緊張を解いたエリーとヴィオラートは、感心したように、なかばあきれたように騎士たちを見やる。
「ロードフリードさま!!」
ブリギットが手を振りながら、静かにたたずんでいるロードフリードに向かって走っていく。
エリーとヴィオラートも、黙って沖を見つめているダグラスとローラントの方へ向かった。
「すごいじゃない、やったね、ダグラス!」
「ああ、まあな」
ダグラスはにやりと笑った。
「この技を会得しただけでも、ここへ来た甲斐があったってもんだ。これこそ、ウルリッヒのおっさんが言ってた“文化交流”ってやつだよな」
「ええと・・・。それはちょっと違うんじゃないかと思うんだけど」
とはいえ、合同演習を待たずにカナーラント竜騎士隊とシグザール聖騎士との間で、強い信頼関係が結ばれたのは確かなようだった。エンデルクやゲマイナーが期待した以上の外交成果だと言える。
「そうだ、お兄ちゃんは?」
ヴィオラートの声に振り向くと、ビーチパラソルの下で、恐怖と緊張から解放されて涙ぐんでいるクラーラにすがられたバルトロメウスが、顔を真っ赤に染めながらぎこちなく慰めの言葉をかけているところだった。
「お兄ちゃん――」
そちらへ向かおうとしたヴィオラートの肩を、エリーがつかんで止める。
「そうそう。放っておいておやりなさいな」
ロードフリードにぴったりと寄り添ったブリギットが、冷ややかな口調で言った。
「ほら、よく言うではありませんか。ひとの何やらを邪魔するものは、ユニコーンに蹴られてしまいますわよ」
その口調には、どうやら「あなたたちもお邪魔虫なのですから、早くどこかへ行っておしまいなさい」という気持ちがこめられているようだった。