戻る

前ページへ

〜180000HIT記念リクエスト小説<ほしまる様へ>〜

異郷の旅人 〜公務と研究と私的な問題〜 Vol.8


Scene−11

その夜――。
ヴィオラーデンの工房を借りて、エリーはひとりで調合に取り組んでいた。
ヴィオラートはカウンターで、昼間に店番をしていたピコが記録した売り上げ帳簿をチェックしている。ピコはすっかり消耗しつくしたようで、2階のエリーのベッドで丸くなって寝込んでいる。バルトロメウスは村長宅にクラーラを送っていったまま、まだ帰って来ない。おそらく、夕食でもごちそうになっているのだろう。
昼間にカロッテ海岸で採取した『海の星』と、共同井戸から組み上げた良質の井戸水を材料に中和剤を創る。できあがった中和剤にはすべて、『海の星』に付いていた『腐りやすい+2』の属性が継承された。それからシャリオミルクを精製して『シャリオ油』をこしらえると、鉱石を砕いて『地底湖の溜まり』に溶かした顔料と中和剤を加え、黒インクを創り出した。そして、『黒の騎士』を修理する際に余った『時の石版』のかけらを砕いて混ぜる。最後に、ヴィオラートから分けてもらったゼッテルを組み合わせた。
「さあ、できた。――うん、バッチリ」
満足そうなエリーの声に、ヴィオラートがカウンターから出て寄って来る。
「エリーさん、何ができたんですか?」
出来上がるまでは内緒だと言われ、知りたくてうずうずしていたヴィオラートが意気込んで尋ねた。
「うん、これだよ」
エリーが、作業台の上の完成品を示す。
木製の平らなトレーに、羽ペンとインク壺、それに便箋と封筒がセットされていた。
「これって・・・『レターセット』ですよね」
以前にアイゼルがザールブルグから送ってくれた参考書の記事を思い出して、ヴィオラートが言った。
「そう。ひとつは、バルトロメウスさんへのプレゼントだよ」
「へ? お兄ちゃんに?」
「そうだよ。そのために特別の従属効果を加えてあるんだから」
見れば、まとめて調合したらしく、同じ『レターセット』がいくつか置かれている。
「ひとつは、わたし用――。もうひとつは・・・ダグラス用かな?」
そして、エリーは遠くを見るような眼差しで、普通のレターセットにはない特別な効果の説明を始めた。
「実は、このインクには、昼間に採取してきた『海の星』から抽出した『腐りやすい+2』の属性を、中和剤経由で継承させてあるんだよ」
「へ? それじゃ、すぐに劣化してダメになっちゃうじゃないですか。いざ書こうとしたら、使い物にならないんじゃ、レターセットとして役に立ちませんよ」
「ふふふ、そこはそれ、ちゃんと考えてあるんだよ」
エリーは会心の笑みを浮かべている。
「『黒の騎士』を制御するために使われていた仕組にヒントを得てね、『時の石版』の粉末をインクに混ぜてあるんだよ。だから、放置しておいても『腐りやすい』属性は効果を発動しないようになっているわけ」
「それじゃ、効果を発動させるには、合言葉のようなきっかけが必要だというわけですね」
「そうだよ。さすがはヴィオ、察しがいいね。このインクは、同じレターセットのゼッテルに書かれたときに、初めて『腐りやすい+2』の属性が発動するんだよ」
「へ? それって――」
「うん・・・。たぶん、書いてから何ヶ月か経つと、劣化して消えてしまうだろうね」
「でも、それじゃ、書いて記録に残す意味がないじゃないですか」
「そうだね。錬金術のレシピとか、重要な記録を書き記すのに使うわけにはいかないよね」
「じゃあ、なぜ――」
そんな無駄なものを――と言おうとしたヴィオラートは、はっと思い当たって言葉を飲み込んだ。
「昨夜、バルトロメウスさんの昔の日記を見たのが、きっかけになったと思うんだ」
エリーは自分に言い聞かせるように、続ける。
「伝えたい想いがある・・・。でも、自分の口から直接、伝えるのは恥ずかしい・・・。手紙につづって伝えることはできるけれど、それがずっと残ってしまうのは、やっぱり恥ずかしい――そんなことって、あるじゃない?」
エリーは照れたような笑みを浮かべて、ヴィオラートを振り返る。
「誰にだって、そういう時――そういうことが、あると思うんだ。そんな時、このレターセットがあれば――」
「伝えたいことを全部書いても、数ヶ月後には何も残らない・・・」
「うん、それがいいことなのかどうかは、わからないんだけど」
「でも、お兄ちゃんにはいいかもしれませんね。もともと口下手だし、好きな人の前では緊張しまくって、まともにしゃべれなくなっちゃうんですから。しばらくすれば消えちゃう手紙を使えば、うまくいくかもしれないですよ」
ヴィオラートは嬉しそうに言った。いろいろ悪口は言っても、兄のことを案じる気持ちに偽りはない。
「それじゃ、この『特製レターセット』、後でバルトロメウスさんに渡してくれる? 使い方もちゃんと説明してね」
「え? あたしよりも、エリーさんから渡した方が――」
「ううん、ヴィオから渡してあげて」
そして、エリーは別のレターセットを取り上げると、立ち上がる。
「わたし、ちょっと2階でひとりになりたいんだけど――」
「あ、はい、あたしはまだ、お店の後片付けや明日の準備がありますから、ここにいます」
「ごめんね」
エリーは、軽い足音をたてて階段を上っていった。複雑な表情で、ヴィオラートが見送る。
2階の寝室へ入ると、ベッド脇のサイドテーブルでレターセットを広げる。気配を感じたのか、ベッドで寝ていたピコがもぞもぞと起き上がった。
「あ、お姉さん、おはようございます〜・・・って、まだ夜か」
「ピコ、ちょうどよかった。ちょっとお使いを頼まれてくれないかな」
「はい、いいですけど・・・ボクにうまくできるかなあ」
エリーになにやら耳打ちされたピコは、不安そうによちよちと出て行く。弱気な態度はいつものことなので、エリーは心配しない。
ひとりきりになったエリーは、天窓から月を見上げ、頬杖をついてため息をつく。しばらくじっと思いにふけっていたが、深呼吸すると、羽ペンを取り上げてインクをつけ、ゼッテルの便箋に走らせ始めた。

月は青い光を地上に注ぎながらゆっくりと天空を歩み、時はうつろっていく。
酒場や宿屋で遅くまで騒いでいた観光客も酔いつぶれ、すっかり寝静まっている。別の世界では“丑三つ時”と呼ばれる、幽霊や物の怪だけが我が物顔に活動する時間帯だ。普通の人間は、戸締りをして家に閉じこもり、明日に備えてベッドでぐっすりと眠り込んでいる。村の中を動き回っているのは、夜なのに日傘を差して、退屈そうにふわふわとさまよっている少女の幽霊だけだ。
だが、人間にも例外はいる。
例えば、錬金術士――。
例えば、聖騎士――。
例外のふたりは、村はずれの小川のほとりのベンチで落ち合った。
「何だよ、こんな時間に呼び出して。ピコに伝言を聞いたときは、びっくりしたぜ」
「うん、ごめんね、ダグラス。演習に備えて、身体を休めてなきゃいけないのにね」
「いや、そんな心配は要らねえよ。聖騎士は一晩や二晩、徹夜したって平気なように鍛えられてるからな」
「そっか・・・、安心した」
「――で、何だよ。なにか話があるんじゃねえのか」
「うん・・・。ここしばらく、お互いに忙しくて、ちゃんと話をしてなかったから」
「ああ、そうだな」
ふたりはしばらく黙って、川のせせらぎに耳を傾けていた。
エリーが意を決したように、手紙を取り出した。夜の半分を費やして、あの特製レターセットを使って書いたものだ。紙袋に入れたレターセットも用意している。
「これ、読んでくれる・・・?」
「ん? なんだよ、あらたまって」
いぶかしげなダグラスに、エリーはヴィオラートにした説明を繰り返した。
「・・・でね、この手紙に書いた言葉は、しばらくすると消えてしまうの。だから、わたしが今、思っていること、伝えたいことを全部書いた・・・。読んだら、ダグラスも、同じようにレターセットで返事を書いてくれないかな。書いた言葉は残らないから・・・」
ダグラスは黙って手紙の封を切り、目を走らせた。エリーも黙って待つ。
しばらく川面を見つめて黙り込んでいたダグラスは、エリーを振り向いた。
「気に入らねえな」
「え?」
「気に入らねえよ」
ダグラスは繰り返した。
「いいか、手紙に書いた中身は消えちまっても、いったん読んじまった以上、俺の記憶にはずっと残るんだぜ。つまらねえ中身なら忘れちまうが、お前の言葉は――」
「ダグラス・・・」
「だからな、そんな小細工は要らねえよ。俺がお前に伝えたいことは、この場で全部、言ってやる。文字になって残るとか残らねえとか、そんなことは関係ねえ。心に残れば、それだけでいいんだからな」
「うん・・・」

なにか面白いことはないかとふわふわとさまよっていた幽霊は、ベンチでたたずむふたりの人影を見つけた。だが、少女の幽霊は首をかしげると、しばらくなにか考えていたが、やがてかすかに笑みを浮かべると、そのままふわふわと去っていった。邪魔をしてはいけないと思ったのだろう。
この時、ふたりが何を伝え合ったのか――。
それは、ふたりだけが知っている。

<おわり>


○にのあとがき>

たいへん長らくお待たせいたしました(最近こればっか(^^;)。
『ふかしぎダンジョン』18万アクセスのキリ番を踏まれたほしまるさんのリクエストにお応えした“グラムナートのダグエリ”「異郷の旅人」、ようやく完結です。
3月に前編を掲載後、何人もの方から感想をいただくとともに、「早く続きを読みたいです〜」という声もお寄せいただきまして、早くしなきゃとわたわたしつつ、なんとかアップにこぎつけました。

ほしまるさんからいただいたリク内容は「アイテム腐っちゃうグラムナートが好きになれる」小説、できればダグエリ味ででした。確かに、ザールブルグ錬金術に慣れたプレーヤーとしては、「ユーディー」で突然アイテムが腐りまくる環境にとまどった方も多いのではないかと思います。自分もそのひとりでした(笑)。
「この青い空の下」でエリーをグラムナートに連れてくることができず、心残りになっていましたので、“グラムナートのダグエリ”はスムーズに設定を作ることができました。問題は、読んだ人が、アイテムが腐ってしまうことを好きになってくださるようなネタが浮かぶかどうかでした(笑)。
そんな時、思い浮かんだのは、「書いて何年か経ったら消えてしまうインク」を使ったボールペンでした。これって、たしか何年か前に(今も?)市販されていたのではないかと思いますが(直接のネタは「OL進化論」の4コマ(^^;)。これって『腐りやすい』ことのメリットを利用したアイテムじゃないか?と、ラストシーンで使うことにしました。

ダグラスを活躍させるために創り出したのが『黒の騎士』でしたが、予想以上に(笑)活躍してくれました。合言葉をいろいろ考えるのは楽しかったです。
また、本作品を書く上での裏テーマ(笑)は、金丸さんv.s.金丸さんでした。これがアニメ化されたら(ありえません)、ダグとバルテル兄の言い合いがどう演じ分けられるのか、想像すると楽しいです。
ご感想など、お聞かせいただけると嬉しいです〜。


前ページへ

戻る